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太田述正コラム#2148(2007.10.26)
 <Q&A「結局,自衛隊が補給した油は,イラクにも使われているの?」:消印所沢通信21>

 【質問】
 結局,自衛隊が補給した油は,イラクにも使われているの?

 【回答】
 物理的に言えば可能性はある(でも可能性としては低いし,
断定は不可能)が,帳簿上で言えばno.

***

 さて,「がりぽり軍事学」です.

 本当は早く

「打倒!スーパー・ストロング・マシーン!!」

を書きたいのだけれども,

「お前は平田だろ」

とか言われそうだし(涙)

 ということで

「テロ特措法下の給油問題」

について書きたいと思います.

 今回のポイントは,

「物理的な話と
帳簿上の話を
分けて考える必要がある」

ということ.
 小沢さん自身
よく分かってないみたいだから.(笑)

 さて,話を思いきり分かりやすくするために

「Jオイル」

という架空の燃料があると仮定してみよう.

 このJオイルは,
普通の軽油と変わらないんだけど
ただ色がピンク色していて
日本が給油した燃料であることが
見た目で分かるという...(笑)

 じゃあ,このJオイルを1万バレル
米艦に給油してみよう.
 自衛隊では米補給艦に給油することにしているから
米補給艦にすでにあった燃料と
Jオイルとが混ざって
燃料全体が薄ピンク色になるよね.

 次にこの薄ピンク燃料を
米補給艦から空母に補給してみよう.
 米軍だって無用の摩擦は起こしたくないから,
日本からもらった1万バレルは,
臨検活動中の艦艇に給油しようと考える.
 実際にはすでに薄ピンク色なんだけどね.(笑)
 そこでインド洋上の空母に
薄ピンク燃料が1万バレルが補給される.

 普通は1万バレル使いきれば
問題はないんだけども,
軍事作戦に限った話じゃないが
予想外の事態が発生することがある.
 たとえば,イラクでアルカーイダの幹部が発見されて
急遽空爆が必要になったとかね.

 1万バレル給油したばかりだけれども
空母はイラク沿海に急行することになる.
1万バレル使いきってから行ったんでは
アルカーイダを取り逃がすことになるからね.
 かといって,
いちいち日本政府の了解をとりつけてからでは
これもまた手遅れになるしね.
 で.あとで1万バレル分返せばいいやということで
かくして薄ピンク燃料を積んだまま
イラクでアルカーイダを攻撃することになるわけだ.

 だから,物理的に言えば
ピンク色の燃料が
まったく使われないことは
ありえないんだ.※

 ありえないんだけれども,
これを立証するのもまた不可能だということは
分かると思う.
 だって,現実の燃料はピンク色してないから.(笑)
 見た目での区別はつけられないでしょ?

 ここで帳簿の上の話になってくるんだけど,
さっき空母が予定外で使ってしまった1万バレル,
給油艦に返してしまうと,
帳簿上は帳尻が合ってしまう.
 返したぶんの1万バレルは
給油艦が積んでいる
アメリカ政府自身が買ってきた油を
空母に給油するだけだし,
実際はそんなめんどくさくて無意味な作業はやらないで
帳簿上で動かすだけだろうけど.(苦笑)

 日本政府としても,
この1万バレルは,
アメリカが勝手に借りて行っただけってことになるから,

「イラク戦争に使われることを想定して,
給油したわけではない」

という理屈が成り立つんだ.

「いや,勝手に借りていく可能性があると分かっていながら,
給油をすれば,それは戦争加担だ」

と言い出す人もいるかもしれない.

 でも,「可能性がない」状況とは
いったいどんな状況なんだろう?

 援助というものを
援助を受け取る側から見れば,
援助された分だけ,
ゆとりが生まれるわけだから,
そのゆとりの生じた分を,
他に転用することは当り前にある.
 そしてその転用先は
非軍事とは限らないんだ.

 たとえば(昔,読んだ本なので題名が思い出せないんだけど),
中越戦争の頃,日本の対中ODAがそっくりその戦費に
流用されたんじゃないか?という疑惑を指摘していた人がいた.
 その人によれば,戦費とODAとがほぼ同額だったんだそうだ.
 これは日本の軍事援助ということになってしまうのだろうか?

 あるいはまた,昨今話題のミャンマーもそうだ.
 ここにも日本は多額の援助をしている.
 その援助で生まれたゆとりを
ミャンマー政府は軍事予算に振り向けてはいないと
断言できる人がいるだろうか?

 それからまた,世界の国連加盟国は
国連分担金というものを国連に払っている.
 その国連は北韓(北朝鮮)に人道援助をしている.
 その援助で生まれたゆとりを
北韓が軍事予算に次ぎ込んでなどはいないと断言できる人は
よほどのお人よしだろう.
 この場合,国連加盟国は,テロ支援国家を支援する国家と
見なせるのだろうか?(笑)

 このように,
どんな援助であっても
それが軍事援助に流用される可能性は
ゼロではない.
 でもだからといって,
可能性がゼロではないからというだけの理由で,
「援助をやってはダメだ,
それは戦争に加担する行為だ」
という話になれば,
日本はどこにも何も援助することはできなくなってしまう.※2
 そうなるともう日本は鎖国するしかなくなってしまうね.
 うひょひょ...(苦笑)

 そして逆に言えば,

「Xという援助が実はYに使われている!」
という話は,
難癖をつけたいときに便利な,
どうとでも解釈できる主張でしかない,
ということも分かるよね.
 とほほほ...

 だから今回のイラク特措法に関するモノ言いというのは

「このボールペンを暴力団摘発以外に使ってはならない」 という条件で備品を援助    ↓  すでに買ってあった,余ったボールペンを,交通課へ
回した    ↓  ボールペンが交通取締りに使われた!    ↓  プロ市民大激怒

という構図と同じなんだ.

 ただし,では与党には何も問題はないのかといえば
そうではない.
 一番の問題は

「ここまでは日本もやる.
 ここから先は日本はできない」

という原則を打ち出していないことだと思うんだ.※3

 テロ特別措置法という存在からして,
「一時的な」ものでしかない.
 その場しのぎのものでしかなく,
他に大きな国際テロが起きたらどうするのか,
というのが見えてこない.

 某k●jii.n●tでは
テロ対策基本法といった恒久法の制定を主張していたけれども,
僕はそこまですることはないと思う.
 今の政治風土では困難だろうし,
第一,恒久法にしたら
日本の場合だと逆にそれに縛られすぎて,
臨機応変な対応ができなくなるんじゃないかな.

 それよりも,
半年に一度とかの定期的に
最新の分析を元に

「これからの半年間は,
テロ抑止について,
日本はこういうことを目指します.
 そのためにはこういうことまではやります.
 しかしそこから先はできません」

という原理原則を首相自ら宣言したほうがいいと思うんだ.
 この場合,最新の分析を元に,
半年ごとに更新していくのがミソだ.

 そうすれば
このままどんどん深入りしていくんじゃないかと
なんとなく不安を感じている人々も安心できる.
 新しいテロ事態が起こっても,
その原理原則に従って迅速に対処できる.
 日本人は長期戦略は苦手だけど,
中短期戦略は得意だしね.(苦笑)

 そんなわけで,
なんだか本家の人の政治学の分野に
素人が片足突っ込んじゃった感もなくもないけど,
まあ安全保障問題と被る部分なんで
勘弁してね.

 それでは,またね.

「がりぽりぽり」,2007/10/3
※この文章の文体は「かみぽこぽこ」のパロディであり,
実在のかみぽこ氏とはいっさい無関係です

 ※ 佐藤守は次のように述べる.

[quote]
海自から補給を受けたある艦艇が,事態の変化に伴って
イラク紛争に関する作戦に出動したとき,海自か
ら補給された燃料を一時抜いて,イラク作戦専用の燃料と
積み替える,などという芸当は不可能である.如何に
米軍といえども,艦艇数は限られている.

佐藤守のブログ日記,2007/9/28
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20070928
[/quote]

 ちなみに,この手の間接給油はイラク開戦後,
激減している.

補給艦への給油,88%が米軍に=01,02年度に集中−防衛省公表
時事通信,2007年10月9日(火)20:27
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/politics/jiji-09X008.html

 ※2 やはり佐藤守は次のように述べる.

[quote]
 湾岸戦争が開始された直後,三沢基地司令だった私は,
ワシントンから来た大佐達を含む基地の主要幹部たちとの
夕食会で,
「何故世界の平和のために,自由を守るために,日本は
今回の紛争解決に協力できないのだ.
 日本の憲法が海外派遣を禁じているというのがその理由か?」
と真剣に聞かれ,
「その通り,尊敬するマッカーサー将軍が作ってくれた
憲法に,我々日本国民は忠実なのだ」
と茶化したが通じず,
「あれから既に40年,いつまでもマッカーサーのせいに
するのはおかしい.
 憲法問題は日本人自身の問題だ.
 独立したのに何故自分達の憲法をつくろうとしないのだ?」
と切り替えされた.そして
「自国の憲法を理由に自衛隊を参加させない理屈は分かった.
 しかし,代わりに出した金の明細書を要求するのはどういうことだ?」
と詰問された.

 思い上がった米国人め!というのはやさしい.
 原爆を落としやがって!というのも分かる.
 しかし,軍人として軍事的常識から考えると,彼らが
明細書を出せという神経が分からない,という気持ちは良く
分かる.

佐藤守のブログ日記,2007/9/28
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20070928
[/quote]

 ※3 給油が果たして本当に日本にとってメリットを
もたらしているかについては,このコラムでは触れない.
 何らメリットをもたらしていないという見解もあれば,
おおいにメリットをもたらしているという見解もあるため.

 前者の見解については,太田述正コラム#2111
http://blog.ohtan.net/archives/51024455.html
などを,後者の見解については週刊文春2007/10/11号
(麻生幾)や同10/18号などを参照されたし.
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<太田>

 直前の私のコラムの補足みたいな感じで絶好のタイミングでしたね。

太田述正コラム#2113(2007.10.9)
<海自艦艇インド洋派遣問題(続)(その2)>

3 給油はダメでもISAFへの自衛隊派遣はできる?

 (1)始めに

 小沢民主党代表は、国連決議に基づく国連の活動であれば、海外での武力行使でも憲法に違反しないという考えであるところ、10月に入ってから、インド洋での給油活動は国連活動でもない米軍等の活動に対する後方支援であって憲法が禁じる集団的自衛権の行使にあたるので許されないが、政権を担う立場になれば、アフガニスタンでの国際治安支援部隊(ISAF=アイザフ)への参加を実現したいと言い出しました。
 (以上、
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20071003k0000m010162000c.html
(10月3日アクセス)、及び
http://www.asahi.com/politics/update/1006/TKY200710060001.html
(10月6日アクセス)による。)

 この小沢氏の意向を受け、民主党執行部は、ISAFへの後方支援のための自衛隊派遣等の検討を始めました。
 これに対し、石破防衛相は、「国連が決めたら突如として日本の主権が消えて憲法9条に反しないという理論が本当に党内で賛同されているのか」と、また高村外相は「陸上でのアフガニスタンはすべて戦闘地域みたいなもの。憲法解釈上難しいのではないか」と批判しました(
http://www.asahi.com/politics/update/1007/TKY200710070091.html
。10月8日アクセス)。

 民主党内からも、疑問の声が出ています。
 例えば枝野幸男元政調会長は、「国連軍(への自衛隊派遣)なら国の主権を離れる。だが(ISAFのような)国連のオーソライズに基づくものは、(憲法が放棄した)国権の発動(たる戦争)の側面も残る。石破氏の言う通りだ」と語っています。
 (以上、
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/071007/plc0710071946003-n1.htm
(10月8日アクセス)による。)

 一体この問題はどう考えればよいのでしょうか。
 まずは事実関係を押さえておく必要があります。

 (2)給油活動の位置づけとISAF

  ア 給油活動

 9.11同時多発テロを受け、2001年10月、米国は、他の国々とともにアフガニスタンのタリバンとアルカーイダ勢力を殲滅するための戦争を開始します。
 これがアフガニスタン不朽の自由作戦(Operation Enduring Freedom - Afghanistan=OEF-A)です。
 この不朽の自由作戦は、米国に関しては個別的自衛権、他の国々に関しては集団的自衛権の発動として開始されたのです。
 翌2002年1月16日、国連安保理決議1390が採択され、全国連加盟国に対し、上記両勢力に係る資金凍結と要員の入国/通過の防止を求めるとともに、上記両勢力に対する軍事物資や軍事に係る技術的助言・支援・訓練の直接的間接的提供が国内から行われたり自国民や自国船舶・航空機によって行われることの防止を求めました。
 (以上、
http://en.wikipedia.org/wiki/Operation_Enduring_Freedom
http://en.wikipedia.org/wiki/War_in_Afghanistan_%282001%E2%80%93present%29
http://72.14.235.104/search?q=cache:xd_KrW_5DJQJ:www.fatf-gafi.org/dataoecd/44/13/34346121.pdf+UN+Security+Council%3Bresolution%3BJanuary+16,+2002&hl=ja&ct=clnk&cd=2&gl=jp
(どちらも10月9日。以下同じ)による。)

 日本が2001年11月2日に施行されたテロ特措法に基づいてインド洋に派遣した海上自衛隊の補給艦と護衛艦は、この不朽の自由作戦の海上阻止行動(OEF‐MIO:Operation Enduring Freedom-Maritime Interdiction Operation)に従事する米国等の艦船に対する支援活動を行ってきたわけです(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E6%B4%8B%E6%B4%BE%E9%81%A3)。
 なお、私の指摘のように、海自艦艇が給油(給水を含む)以外の監視等の活動を行っているとしても、それらも支援活動の範囲であると言えるのではないでしょうか。
 とまれ、海自の給油活動は、2002年1月16日の上記安保理決議までの間こそ、各国の自衛権に基づく海上阻止行動への支援活動であったけれど、決議採択以降は、各国の海上阻止行動も、海自の海上阻止行動支援活動も、どちらも国連にオーソライズされた行動なのです。

 他方、不朽の自由作戦については、安保理決議において累次言及され(典拠省略)、オーソライズされてきていたところ、この作戦の一環であるインド洋での海上阻止行動については、その部分だけ取り出した形での言及がありませんでしたが、2007年9月19日の安保理決議1776中でわざわざこの行動に言及した上でこの行動に貢献した諸国に対する感謝の意が表されました。
 海上阻止行動が、念押し的に国連によってオーソライズされるに至ったと言っても良いでしょう。
 (以上、特に断っていない限り
http://www.undemocracy.com/S-RES-1776(2007).pdf
(10月10日アクセス)による)。
 この安保理決議の文面は、日本政府が米国等を通じて入れさせたと指摘するむきもあることはご承知の通りです。

  イ ISAF

 次に、ISAF(International_Security_Assistance_Force)についてです。

(続く)
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 有料版のコラム#2114(2007.10.9)「魔女狩り(その1)」のさわりの部分をご紹介しておきます。

太田述正コラム#1651(2007.2.7)
<吉田茂小論>(2007.9.16公開)

1 始めに

 防大1期生の平間洋一氏が防大教授兼図書館長の時に私は同大学校の総務部長を勤めていたので、掲示板上で同氏の吉田茂邸訪問記がサイト(
http://www.bea.hi-ho.ne.jp/hirama/yh_ronbun_sengoshi_yoshidahoumon.htm
。2月7日アクセス)に掲げられているという話を聞いて、なつかしくなり、同サイトにアクセスしてみました。
 その結果、この際、吉田茂についての小論を上梓すべきであると感じました。

2 平間氏に会った当時の吉田茂

 吉田茂(1878〜1967年)があらゆる機会に語った以下のような持論が、1957年2月に平間氏らが吉田邸を訪問した時にも吉田の口から語られています(注1)。

 (注1)吉田は、1954年12月に(五度目、かつ最後の)首相職を辞任したが、当時、引き続き衆議院議員ではあった(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E8%8C%82

 「国防は国の基本である。 しかし、 今の日本はアメリカとの安全保障の下に経済復興を図るのが第一で、 アメリカが守ってやるというのだから守って貰えばよいではないか。また、 憲兵に追われ投獄され取調べを受けたが、 かれらのものの解らないのにはどうにもならなかった。 だから僕は陸軍が嫌いだ。 昔のようにものの解らない片輪な人間を作ってはならない。 そのためには東大出身者は固くて分からず屋が多いので駄目だ。」
 「君達は自衛隊在職中決して国民から感謝されたり、 歓迎されることなく自衛隊<生活>を終わるかも知れない。きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。 御苦労なことだと思う。 しかし、自衛隊が国民から歓迎され、 ちややほやされる事態とは外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか国民が困窮し国家が混乱に直面しているときだけなのだ。 言葉を変えれば君達が日陰者であるときのほうが、国民や日本は幸せなのだ。 堪えて貰いたい。 一生御苦労なことだと思うが、 国家のために忍び堪え頑張って貰いたい。自衛隊の将来は君達の双肩にかかっている。 しっかり頼むよ」

2 最晩年のもう一人の吉田茂

 以上の吉田の言を、1963年に上梓された吉田の著書『世界と日本』(番長書房)における、以下の記述(拙著『防衛庁再生宣言』43〜44頁)(注2)と付き合わせて見てください。

 (注2)吉田は、1963年10月、次期総選挙に出馬せず引退する旨を表明している(ウィキペディア上掲)。

 「再軍備の問題については、<これが、>経済的にも、社会的にも、思想的にも不可能なことである<ことから、>私の内閣在職中一度も考えたことがない。・・・しかし、・・・その後の事態にかんがみるに、私は日本防衛の現状に対して、多くの疑問を抱くようになった。当時の私の考え方は、日本の防衛は主として同盟国アメリカの武力に任せ、日本自体はもっぱら戦争で失われた国力を回復し、低下した民生の向上に力を注ぐべしとするにあった。然るに今日では日本をめぐる内外の諸条件は、当時と比べて甚だしく異なるものとなっている。経済の点においては、既に他国の援助に期待する域を脱し、進んで更新諸国への協力をなしうる状態に達している。防衛の面においていつまでも他国の力に頼る段階は、もう過ぎようとしているのではないか。・・・立派な独立国、しかも経済的にも、技術的にも、はたまた学問的にも、世界の一流に伍するに至った独立国日本が、自己防衛の面において、いつまでも他国依存の改まらないことは、いわば国家として片輪の状態にあるといってよい。国際外交の面においても、決して尊重される所以ではないのである。・・・今日、一流先進国として列国に伍し且つ尊重されるためには、自国の経済力を以って、後進諸国民の生活水準の向上に寄与する半面、危険なる侵略勢力の加害から、人類の自由を守る努力に貢献するのでなければならぬ。そうした意味においては、今日までの日本の如く、国際連合の一員としてその恵沢を期待しながら、国際連合の平和維持の機構に対しては、手を藉そうとしないなどは、身勝手の沙汰、いわゆる虫のよい行き方とせねばなるまい。決して国際社会に重きをなす所以ではないのである。上述のような憲法の建前、国軍の在り方に関しては、私自身の責任を決して回避するものではない。憲法審議の責任者でもあり、その後の国政運営の当事者でもあった私としては、責任を回避するよりは、むしろ責任を痛感するものである。」

3 吉田茂の評価

 吉田茂は、1946年5月に初めて首相に就任する際、「戦争に負けて、外交に勝った歴史はある」と側近に語っています(ウィキペディア上掲)。
 私は、この発言を、大東亜戦争敗戦の意趣返しのため、戦前の日本に代わって、東アジアにおけるソ連等共産主義勢力への防波堤の役割を米国に全面的に負わせるべく首相に就任するという吉田の決意表明であると思っています。
 だからこそ、吉田は、占領軍が「押しつけた」第9条入りの日本国憲法を堅持し、「戦力なき軍隊」(自衛隊に関する吉田自身の議会答弁。ウィキペディア上掲)の保持しか肯んじなかったのだし、1952年のサンフランシスコ講話条約締結にあたって日米安保条約の締結にあれほど執念を燃やした(ウィキペディア上掲)のだ、と私は考えているのです。
 このことは、自衛隊員が日陰者ないし税金泥棒視されることにつながったわけですが、そんなことは、戦時中に憲兵隊に逮捕され、40日間の拘置所暮らしを強いられて旧軍に含むところのあった吉田(上掲の吉田自身の言及びウィキペディア上掲)にとっては、むしろ小気味よいことだったのではないかとさえ私は勘ぐっているのです。
 ですから私には、吉田の「君達は自衛隊在職中決して国民から感謝されたり、 歓迎されることなく自衛隊<生活>を終わるかも知れない。きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。 御苦労なことだと思う」以下の言は、かかる立場に防大出身の自衛隊幹部達を追いやってしまったことについての、吉田のかすかな自責の念に由来する白々しい弁明としか受け止められないのです。
 すなわち、吉田は、米国と旧軍に対する二つの私憤(注3)の意趣返しのため、憲法第9条の堅持と「戦力なき軍隊」の保持という、政治家としてあるまじき政策に固執することによって、結果として、講話条約によって主権を完全に回復するはずであった日本を米国の保護国にしてしまった責任者なのです。

 (注3)吉田の米国に対する怒りは、本来決して私憤ではなく、私自身も共有するところの公憤だが、吉田が、あのような方法で公憤を晴らそうとした瞬間に、それは私憤に堕してしまったと私は思う。吉田は、朝鮮戦争の勃発で尻に火がつき正気に戻った米国に、占領軍を通じて日本の憲法改正を命じさせ、かつ米国の軍事・経済援助を最大限引き出す形で日本の再軍備を実現するとともに、朝鮮戦争への参戦は断固拒否する、という方法で米国に対する怒りを晴らすべきだったのだ。

 ただし、吉田の偉大さは、やや遅きに失したとはいえ、この自分の犯した過ちを全面的に認め、自らを厳しく断罪したところにあります(注4)。

 (注4)吉田のもう一つの偉大さは、首相時代、利益誘導してもらうべく、たびたび自分の選挙区の高知県から有力者が陳情に訪れたが、その都度「私は日本国の代表であって、高知県の利益代表者ではない」と一蹴したことだ(ウィキペディア上掲)。

 上掲の「上述のような憲法の建前、国軍の在り方に関しては、私自身の責任を決して回避するものではない。憲法審議の責任者でもあり、その後の国政運営の当事者でもあった私としては、責任を回避するよりは、むしろ責任を痛感するものである。」という吉田の最晩年の言をどうか噛みしめてください。
 しかし、この吉田の最晩年の言に吉田が引き立てたところの吉田の後継者達は耳を貸さず、吉田自身が誤りを認めた吉田の現役政治家時代の政策が吉田ドクトリンとして吉田の後継者達によって墨守されることとなり、現在に至っているわけです。

太田述正コラム#1998(2007.8.14)
<軍隊の訓練は人殺しのため?:消印所沢通信19>

 「こんばんは,『クローズアップ原生代』の時間です.さて,辺野古では業者側のダイバーと基地反対派のダイバーとが,互いに「人殺し!」と罵り合う事態になっています
http://obiekt.seesaa.net/article/48930018.html
が,基地反対派の反対理由の一つに,「人殺しの訓練をするための施設は,いかなる理由があろうと反対」 というものがあります.(例えば
http://atsukoba.seesaa.net/archives/20070503-1.html
>人殺しのための基地を作らせない). では,軍隊の訓練は人殺しのためのものなのでしょうか?今日はその点を検証してみたいと思います.それでは,ゲストをスタジオにお呼びしております.人殺しといえば,この方,ゴルゴ13さんです.ゴルゴさんは住所氏名年齢不詳.世界中の様々な人々から依頼を受けて,ライフルで狙撃して暗殺することをなりわいとしております.ゴルゴさん,今日はよろしく御願いします」
 「……」
 さてゴルゴさん,時間がありませんので単刀直入にうかがいますが,軍隊の訓練というのは,人殺しのためのものなのですか?」
 「……」
 「あのう?……」
 「……」
 「えー,大変無口な方のようですね(苦笑).軍隊の存在理由は,江畑謙介氏によれば,『軍事力(それは広くは軍隊自身を含め,兵士だけではなく国民の指揮や継戦能力,すなわちどれだけ戦闘を続けられるかの能力も含まれる)の最大にして最も根本的な役割は抑止力である』※ とのことですが,そうだとしますと,軍隊の訓練は抑止力のためであって,人殺しのためではない,ということにはなりませんか?」
 「……まあ,そうだな」
 「しかし,実際に戦闘になったら,やはり軍隊は戦うわけですよね?」
 「……」
 「だとしますと,やはり軍隊の訓練は人殺しの訓練という要素を含むということになるのでしょうか?」
 「……」
 そのとき原作者のさいとうたかをが,ゴルゴのあまりの無口さにとうとうしびれを切らし,自らスタジオに出てきて口を挟み始めた.
 「まあ,なんと言いますか,その場合でも,決して人を殺すこと自体が目的じゃないんです.ほら,警察だって銃を撃つ訓練はするけれども,決してそれは人を殺すためじゃないですよね? それはいざってぇときに,犯人を威嚇したり,犯人の抵抗をやめさせたりして,犯人逮捕を行うという目的のためのものですよね? 犯人が両手を上げて建物から出てきたってぇときに,犯人を撃つバカな警官はいない.軍隊もそれと同じことで, 目的のために敵を排除できればそれでいいんで,目的を達することができるなら,別に敵兵が何人死のうが死ぬまいが関係ないんです」
 さいとうの突然の乱入に戸惑いながらも,アナウンサーが, 「目的というのは?」 と聞くと,再びゴルゴを差し置いて原作者.「それは敵地を占領したり,兵站を妨害したり,偵察したり,都市を降伏させたり,色々でさあね.そしてその目的を妨害しにくる敵兵に対しては,それを『無力化』できればいいんでしてね.極端なことを言えば,敵を取り囲んで,弾丸を全部撃ち尽くさせてしまえば,そうすれば彼らはもはやこちらを攻撃することはできませんやね? このゴルゴにしたところで,みんなで取り囲んで彼の手に弾が渡らないようにし,ライフルがタマ切れになってしまえば,ただの格闘技の強いあんちゃんです.銃を持った人間にはなかなかかないませんから,あとは逃げるしかない.かくしてゴルゴを殺すことなく,ゴルゴから身を護るという目的を達成できますね?」
 調子に乗ったさいとうは,取り囲むかのようにゴルゴのまわりをグルグル回り始めた.  
 するととっさにゴルゴは 「俺の後ろに立つな」 と鋭く言って,椅子から回転するように降りて床に伏せざま,持っていた拳銃を一発発射.「ズキューーーーーン!」 という「ゴルゴ13」にはおなじみの擬音がとどろき,あおむけに倒れたさいとうのみけんには大きな穴が. これで超長期連載記録を伸ばしていた「ゴルゴ13」も連載終了かと思いきや,次の号にも何事もなかったかのように「ゴルゴ13」は載っていましたとさ.
 げに恐ろしきは,さいとうプロのオートメーション方式.
(終劇)

※1 『軍事力とは何か』(光文社,1994/12/20)
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<太田>
 消印所沢さん、コラム#1831(2007.6.23)以来久方ぶりのご登場ですな。歓迎します。

 おおむねおっしゃっておられることには同感ですが、江畑謙介氏が『軍事力・・の最大にして最も根本的な役割は抑止力である』と言っておられるらしいところ、そう所沢さんもお考えになっておられるとすれば、その点については不同意です。
 「軍事力」ならぬ「軍隊(armed forces」について、英語版のウィキペディアでは、「国家の軍隊は、・・その政府(governing body)の外交及び内政を推進する(further)ためのものである」としています(
http://en.wikipedia.org/wiki/Armed_forces
。8月13日アクセス)。
 ですから、外国等による自国または第三国に対する武力攻撃を抑止する、という江畑氏の定義は、軍隊の存在目的のうちの一つだけを取り出したものであって、軍隊の定義としては狭すぎて不適切です。

 江畑氏は、日本の自衛隊のことが念頭にあってこのような定義をされた可能性がありますが、そうだとしても依然不適切であり、私なら、「自衛隊は、米国に対する見せ金としての軍隊もどきとして設置されたものであり、その意図せざる結果として米国の抑止力の一端を担うことはある(コラム#30、58)ものの、もっぱら政治家や現役・OB官僚が金銭的利益を得るための手段となっている(コラム#1997)」と書くところです。


 補足1:防衛省が沖縄の普天間基地移設計画に伴い、移転先とされている辺野古の海で実施される事前調査に海上自衛隊の掃海母艦「ぶんご」を出動させたことに対 し、防衛庁は明確な法的根拠を示すことができないことを問題視する声がある(
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200705281645381
・8月14日アクセス)が、困った話だ。法的根拠がなければ動いてはいけない警察(
http://en.wikipedia.org/wiki/Police
。8月13日アクセス)とは異なり、本来軍隊は法的根拠なくして動けなければ存在意義はない(コラム#227)。自衛隊はやはり「見せ金としての軍隊もどき」に他ならないということだ。

 補足2:守屋次官は辺野古に関する政府案を堅持しているのに対し、沖縄での声を踏まえて政府案の修正を環境相兼沖縄・北方対策担当相や首相補佐官時代から小池防衛相は唱えており、この点でも二人は対立している、とも言われている(8月14日朝のTV朝日報道番組)。この二人、あるいは沖縄県、辺野古の地元、更には移転元の普天間の地元の動きにそれぞれいかなる利権がからんでいるのか、よくよく見極めなければなるまい。

太田述正コラム#1832(2007.6.24)
<自衛隊エレジー>(2007.8.7公開)

1 始めに

 軍事愛好家の皆さんのおかげで、このコラムで軍事を採り上げることが多くなりました。
 今回は自衛隊そのものを俎上に載せましょう。

2 イラクからも無事生還した陸上自衛隊

 2003年1月から始まって2006年9月に終わった、陸上自衛隊のイラクのムサンナー県サマーワへの派遣では、陸上自衛隊員に1人の犠牲者も出ませんでした。
 派遣地が、イラクの中で例外的に平穏な場所であった、というか、そういう場所を選んで自衛隊を派遣したとはいえ、決して危険がゼロだったわけではありません。
 人道復興支援活動だけを行った自衛隊と違って、同じムサンナー県で治安維持活動にもあたっていたオランダ軍は、2005年3月のイラク撤収までに死者2人を出しています。
 また、自衛隊だって危ない目に何度もあっています。
 宿営地に対して迫撃砲・ロケット弾(各1発〜3発程度)の攻撃が計13回も発生しましたし、2005年6月23日には、サマーワ郊外で路肩爆弾(IED)による攻撃があり、自衛隊の車両が破損しています。
 (以上、事実関係は、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF%E6%B4%BE%E9%81%A3
(6月24日アクセス。以下同じ)による。)
 ですから、自衛隊は運がよかったことは事実です。
 もとより、自衛隊が、危険を回避するために、情報収集活動や宣撫工作や安全対策を適切に行った、ということも忘れてはならないでしょう。
 しかし、ですよ。
 イラクで、2002年から今日までに、自衛隊員以外の日本人が5人も亡くなっています。 ご承知のように、うち2人は外交官ですし、1人は民間軍事会社の社員です。
 (以上、ウィキペディア上掲、及び
http://www.janjan.jp/world/0410/041029172/1.php
による。)
 思い起こせば、1992年から1993年にかけて陸上自衛隊の施設部隊等が派遣されたカンボディアでも、自衛隊員の犠牲者はゼロだったのに、国連ボランティアの日本人1人と文民警察官の日本人1人の計2人の非自衛官が殺害されたのでしたね。
 (以上、
http://www.mekong.ne.jp/directory/society/takada.htm
による。)
 もちろん、自衛隊員の犠牲者だって出ない方がいいに決まっていますが、誰かが言ったように、一般日本国民等を守るべき自衛隊が、一般日本国民等によって守られている、と揶揄したくなるような話です。
 戦後の吉田ドクトリンの下で、軍隊としての仕事をすることを期待されていない自衛隊の姿がここに端的に表れています。

3 荒廃している自衛隊

 今年2月には、海上自衛隊の護衛艦の暗号や訓練関係の文書など、秘文書も含まれる多数の資料が、護衛艦の通信員の私用パソコンからインターネット上に流出していたことが明るみに出ました(
http://www.yomiuri.co.jp/net/news/20060223nt08.htm
)。
 また4月には、やはり海上自衛隊員が、自分がかつて勤務していたイージス艦の構造図面などを持ち出していたことが明るみ出ました(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%B2%E8%A1%9B%E7%A7%98%E5%AF%86%E3%81%AE%E6%BC%8F%E6%B4%A9
)。
 今月は陸上自衛隊の幕僚監部勤務の幹部(1佐)が、陸上自衛隊の野外炊具等の装備品納入をめぐる汚職容疑で逮捕されました(
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007062301000041.html  
。6月23日アクセス)。
 
 これらは、頻発している自衛隊の不祥事のほんの一部に過ぎません。
 しかも、これらの不祥事が、民間企業ならぬ自衛隊で起こっていることは、深刻です。
 なぜなら、自衛隊が軍隊だとしたら、本来卓越していてしかるべき情報管理面や兵站行政面で、自衛隊に致命的な欠陥があることが露呈したからです。
 改めて痛感させられますね。
 自衛隊は、まこと軍隊ではないと・・。

4 終わりに

 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、昨年、中共に抜かれたとはいえ、日本の防衛費は世界5番目の大きさです( 
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/international/31575.html
。6月24日アクセス)。
 いつまで日本国民は、軍隊としての仕事をすることを期待されてない自衛隊、そしてまさにその期待通り欠陥だらけで軍隊としての仕事など逆立ちしてもできない自衛隊、を大金をかけて維持し続けるつもりなのでしょうか。

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