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太田述正コラム#2145(2007.10.25)
<防衛省不祥事報道に思う(続x5)>

1 始めに

 コラム#2141で「私はゴルフ代は守屋(夫妻)が全額払っていたとみなすべきだと考えている」と書いたのに、どなたも、何のコメントもお寄せにならないので拍子抜けしています。
 そこで、このことをもう少し説明しておきます。

2 英国でのこと

 1988年に英国の国防省の大学校(Royal College of Defence Studies)に「留学」した時、「留学生」に特権が与えられたことに目を丸くしました。
 5つくらいのクラブ・・イギリスのクラブ、social club のことですよ・・の一年間の名誉会員にしてもらえたのです。
 その中には、ゴルフクラブが一つと、ロンドンの都心の一等地のペルマルにあるクラブハウス(2階以上は宿泊施設、地下にはプール)に加え郊外にもクラブハウスのあるクラブが一つ含まれていました。
 前者はロンドンの西方のヒースロー国際空港に近い市中にあるRoyal Surrey Golf Club(RSGC)であり、後者は、Royal Automobile Club (RAC。日本のJAFに相当する組織のクラブ)でした。後者の郊外のクラブハウスは、ゴルフコース付きのクラブハウスでした。このゴルフコースはロンドンの南方の郊外のエプソムの競馬場の近くでした。
 宿舎(英陸軍の官舎)からは、前者は車で15分、後者は車で30分の距離でした。
 何せ20年近く前のことなので、若干の記憶違いはあるかもしれません。
 RSGCでは、平日名誉会員であり、夏場はロンドンの日没は遅く、かつ大学校の「授業」が終わるのは午後一時なので、それからでも十分1ラウンドのプレーができます。水曜は、「学生」のコンペの日でした。
 RACでは、週末もプレー可能な名誉会員であり、しかも、「学生」の配偶者も名誉会員扱いでした。
 (名誉会員証は確か与えられたと思うし、ゴルフコースでは名誉会員証を提示したことがあったのではないかと思いますが、ペルマルのRACのクラブハウスを初めて訪れた時、ドアを開けてくれたスタッフが、私の顔を見た瞬間、「太田様、いらっしゃいませ、お待ちしておりました」と会釈したのにはたまげました。顔写真が事前に配布されていたのでしょうが、留学生だけで40人くらいの顔と名前を全部覚えたということですから・・。日本の例えば学士会の学士会館には、非会員も、来館目的を記して署名すれば入館できますが、イギリスのクラブには、会員同伴でなければ入館できなかったと思います。ちなみに、食堂に女性は入れません。ただし、RACの場合、ゴルフコースのクラブハウスの食堂には女性も入れました。)
 
3 私が言いたいこと

 「学生」達は、英国の「学生」も外国からの「学生」も、大佐か准将クラスで、少数いたシビリアンも大佐か准将相当でしたが、この程度(?)でも、大学校の格式が高いということもあるのでしょうが、以上のような待遇を受けるわけです。
 忘れてはならないことは、日本以外の世界の国々では、そもそも軍人は特別扱いされる対象だということです。
 ですから、海外に行けば自衛官だって特別扱いされるし、そのお相伴で当時の私のようなシビリアンだって特別扱いされる場合がある、ということなのです。
 どうしてかって?
 命をかけて公のために働いている人々である軍人が尊敬の対象になるのは当たり前ではありませんか。
 また、たまたま取り上げた二つのクラブの名称にどちらもRoyalがついていることにお気づきになりましたか?
 英国の海軍と空軍の正式名称もRoyalから始まります。(陸軍にはRoyalがつかないのは面白いですね。その代わり、王族達が連隊の名誉連隊長等を勤めます。)
 つまり、王室と近しい関係にある組織・機関は、特に軍人を大切にする、ということです。
 これも万国共通であり、国家元首にとって最も重要な役割は、軍隊の総指揮官としての役割であり、軍人は国家元首にとって最も近しい存在なのです。
 これにひきかえ、戦後の日本は何と異常な国なのでしょうか。
 日本の軍人たる自衛官は国ために死ぬことを禁じられています。
 もちろん日本の皇室から自衛隊は完全に切り離されています。
 死ぬことを禁じられている軍人なんて、単なる不労所得者、と言って悪ければ単なる年金生活者ではありませんか。
 そんな自衛官に対し、国民の多くが敬意を抱くどころか内心蔑み哀れんでいたとしても不思議ではありません。だからこそ前回のコラムで引用した加藤氏のような不用意な発言も飛び出すのです。
 われわれは全員米国の保護国に住む原住民です。
 宗主国米国は、自立心を忘れ、倒錯の世界に生きているわれわれを、「蔑み哀れんで」見下しています。
 保護国の原住民としての生き様に徹するのなら、自衛隊を廃止して、防衛費は思いやり経費だけにして全部宗主国の米国に貢いでしまえばいいのです。そうすれば、今のままではドブに棄てているに等しい防衛費も米国によってより活かされるでしょう。われわれは、米国からの更なる「蔑み哀れ」みの視線に耐えればいいだけのことです。
 いずれにせよ、そんな日本が、米国と合邦したい、連邦議会に代表を送りたい、大統領選挙にも加わりたいと言っても、相手にされないこと請け合いです。

4 終わりに

 防衛省キャリアは、国内からと米国からの二重の蔑視に晒され続ける生涯を送ります。 やがて、彼らは蔑視に鈍感になっていきます。蔑視に晒されていることすら忘れようとします。自己防衛機能というやつです。
 しかし、いかに蔑視に対する耐性ができたとしても、防衛省キャリアの大部分の精神が蝕まれ、ゆがんで行くのはごく自然なことなのです。
 (正確には、日本国民一般に比べて、より精神が蝕まれ、ゆがんで行くと言うべきでしょうね。)
 彼らには、大集団を統率し、防衛装備を使い、訓練をするという、自衛官の幹部のような逃げ道すら与えられていないのですよ。
 その彼らの手に5兆円近くの防衛費が、気前のよいこと夥しい国民から、本来の用途以外に使えと言われて委ねられているわけです。
 好き放題に使ってなぜ悪いのですか。
 当然その彼らに政治家と業者、更には基地周辺住民が群がり、防衛費をむさぼりあう。
 それが、今回の守屋事件の背景です。
 
 守屋氏は悪い。
 しかし、ゴルフを、会員なら8,000円のところを、夫婦共々、1人1万円も出してプレーしていた点だけをとらえれば、守屋氏は何も悪いことをしていません。
 そのゴルフ場が、うさんくさい山田洋行の関係会社のゴルフ場であったことは確かですが、日本の一流ゴルフ場の中に、自衛官の将官クラスやこれに相当する防衛省のシビリアンに、名誉会員証を提供する所が一箇所もない日本がおかしいのです。
 守屋氏をこれ以上叩くのは止めましょう。
 守屋氏は、あなた方がつくったのです。あなた方の被害者なのです。
 加藤氏のような政治家はいくら叩いても良い。
 心優しい皆さんには、その政治生命を復活させる用意があるからです。
 しかし、防衛官僚は、一度水に落ちてしまえば、後は死ぬだけだからです。あなた方には防衛官僚を復活させる手段も意思もないからです。
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太田述正コラム#2146(2007.10.25)
<防衛省不祥事報道に思う(続x6)>

→非公開

太田述正コラム#2075(2007.9.20)
<退行する米国(続x4)>(2007.10.21公開)

1 始めに

 今回はもう一人の経済学者、クルーグマン(Paul Krugman。1953年〜)のブッシュ批判をとりあげたいと思います。

2 クルーグマンの主張

 (1)大分岐の時代の到来

 20世紀からの米国の歴史を振り返ってみよう。
 これまで金ぴかの時代(Gilded Age。コラム#1776)は1900年前後に進歩の時代(Progressive Era)に変わったと考えられてきた。
 しかし、実際には金ぴかの時代はニューディール時代のただ中まで続いたのだ。これを私は「長い金ぴかの時代」と呼びたい。
 というのは、19世紀後半と同程度の経済的不平等が続いた(注1)からだ。

 (注1)http://krugman.blogs.nytimes.com/中のSeptember 18, 2007付コラム(9月20日アクセス。以下同じ)に掲げられている表・・1917年から2005年までの、上位10%の人の所得が全所得に占める割合の推移・・をぜひご覧いただきたい。

 何せ、勤労者達は人種的・宗教的・文化的に分断されていたのに対し、エリートは団結して政治を支配していたのだからどうしようもなかったのだ。(何やら現在と似ていると思わないか。)

 次いで、「大圧縮の時代」(The Great Compression)となる。フランクリン・ローズベルトとニューディールのおかげで、1935年から45年にかけての極めて短い期間に金持達は後退し勤労者達はかつてない前進をかちとった(注2)。

 (注2)これは「ニューディールのおかげ」ではなく、「第2次世界大戦争(その準備を含む)のおかげ」と言うべきではないか(コラム#599参照)。(太田)

 その次が、その結果到来した「中産階級の時代」(Middle class America)であり、強力な労働組合、高い最低賃金、累進税制のおかげもあって、極端な金持ちや貧乏人がいなくなった時代だ。
 これは、民主党と共和党が基本的な諸価値を共有し、超党派で協力することが可能な時代でもあった。
 最後は現在であり、米国がもはや中産階級の社会ではなくなった「大分岐の時代」(The great divergence)だ。
 1979年から2005年の間に中位家計所得は13%伸びただけだが、上位0.1%の金持ちの家庭の所得は296%も伸びた。
 これは、技術変化やグローバリゼーションの必然的結果などではない。
 1935年から45年にかけての変化が政治の産物であったのと同じく、1970年代以降の不平等度の高まりもまた政治の産物であったと私は考えている。
 こんな趨勢は他の先進国では見られないのであって、サッチャー時代の英国の不平等度の高まりなんて可愛いものだ。
 興味深いことに、この時代は保守化の時代(the era of “movement conservatism”)でもあった。
 貧乏人の叛乱が起こるどころか、保守化がどんどん進行し、ついにブッシュの時代に、共和党は三権すべてをコントロールするに至ったのだ。
 こうして、不平等度が高まったというのに、金持ちに対する税率は下げられ、セーフティーネットは穴だらけになった(注3)。
 (以上、特に断っていない限り、NYタイムスブログ中のコラム上掲による。)

 (注3)クルーグマンは、以上を詳述した'The Conscience of a Liberal'という本を近日上梓する予定。

 (2)共和党の手口

 共和党は、どうやって有権者を丸め込んだのか。
 第一に、供給重視経済学(コラム#2052)だ。これは、税率引き下げを売り込むのに使われた。
 第二に、国家公務員が多すぎるというためにする議論だった。
 その言い出しっぺはレーガンであり、1964年に共和党のゴールドウォーター大統領候補を応援する演説で、「250万人も非軍人の国家公務員がいるなんてキチガイじみている」という形で登場した。
 実際には、そのうちの三分の二は国防省と郵便局の非軍人の国家公務員だった。
 第三に、共和党の人間の批判をやると、共和党はみんなが協力して総掛かりで主要メディア、ラジオ、そして最近ではブログを駆使して批判者の人格攻撃を行い、完全に打ちのめしてしまう。
 これに対し、民主党の人間の批判をしても、こんなことは全く起こらない。
 第四に、これもレーガンが始めたことだが、生活保護を受けている人間がキャデラックに乗っているといった類の、実態は人種差別的な議論だ。

 (以上、
http://bookclub.tpmcafe.com/blog/bookclub/2007/sep/11/crank_politics
による。)

 (3)グリーンスパン批判

 グリーンスパンは、クリントン政権時代には、ようやく財政が黒字になったが、再び赤字に転落させるなと警告を発していたというのに、ブッシュ政権時代になると掌を返したように、2001年の税率削減に上院での証言で賛意を表明した。
 2004年に至ってもなおグリーンスパンは、税率削減を恒久化する措置に賛意を表明している。
 そのグリーンスパンが、連邦準備制度理事会議長を辞めた今、ブッシュ政権の放漫財政批判に転じた。
 これは、ブッシュ政権の開戦理由のいかがわしさに気付きつつも対イラク戦に賛成した人物が、その後のイラクの状況を見て、実は自分は対イラク戦に反対だったのだと言い出したようなものだ。
 要するにグリーンスパンは、ブッシュ大統領の支持率が下がり、上下両院の多数を民主党が占めるようになったのを見て、またまた態度を豹変させた、ということだ。

 (以上、
http://economistsview.typepad.com/economistsview/2007/09/paul-krugman-sa.html
による。)

3 感想

 クルーグマンによって(正当にも)こきおろされたグリーンスパンですが、そのグリーンスパンまでブッシュ批判に転じたということは、ブッシュ政権がいかに異常な政権であるかを示している、と私は思います。
 しかし、以上のようなクルーグマンやグリーンスパン、そしてライシュら経済学者によるブッシュ批判が大衆の賛同を得るのは容易ではなさそうです。
 検索をかけると結構上位に来る投稿の筆者が、「クルーグマンは機会の平等ではなく結果の平等を求めるマルキストと同じだ。これは米国の建国の理念に反する」という趣旨の悪罵をクルーグマンに投げつけている(
http://www.freerepublic.com/focus/f-news/1898847/posts
)のを見ると、つくづくそう思います。

太田述正コラム#2069(2007.9.17)
<退行する米国(続x3)(その1)>(2007.10.18公開)

1 始めに

 退行する米国シリーズでは、ブッシュの(日本にも関わる)ひどい演説の話から出発して米国のファシスト国家化という深刻な結論に到達したわけですが、今後ともこのテーマは機会あるごとにとりあげていきたいと思っています。
 今回は、経済学者のグリーンスパンとライシュのブッシュ批判に触れたいと思います。

2 グリーンスパン

 グリーンスパン(Alan Greenspan。1926年〜)は、言わずと知れた、1987年から2006年にかけての18年間、米連邦準備制度理事会議長を見事に勤めあげた経済学者(注1)です。

 (注1)ユダヤ系。ジュリアード音楽院でクラリネットを学び、一流のジャズ奏者と競演したというユニークな経歴を持つ。ニューヨーク大学で経済学の学士号、修士号を取得した後、コロンビア大学の博士課程に入学するもドロップアウト。学位論文も書いていない(?)のに、1977年にニューヨーク大学から博士号(Ph.D.)を授与される。彼は、哲学者でかつ文学者であるランド(Ayn Rand。1905〜82年)女史の客観主義(Objectionism)哲学の熱心な弟子でもある(
http://en.wikipedia.org/wiki/Alan_Greenspan
。9月17日アクセス)。
    ちなみに、ランドもユダヤ系であり、ソ連のペトログラード(サンクト・ペテルブルグ)大学を卒業した後21歳の時に米国に亡命し、ハリウッドの脚本書きから出発し、在野の哲学者・文学者として生涯を終えた。彼女の客観主義哲学については、私はその内容をつまびらかにしないが、毀誉褒貶が激しいらしい。いずれにせよ、米陸軍士官学校の卒業式の祝辞の中で彼女は、「米合衆国は、その建国理念において、世界史上、最も偉大で最も高貴で、唯一の道義的な国家であると私は断言できます」と述べたというのだから、私としては、彼女の客観主義哲学なるものは、敬して遠ざけることとしたい(http://en.wikipedia.org/wiki/Ayn_Rand
。9月17日アクセス)。

 グリーンスパンは共和党支持者でもあるのですが、彼がこのたび自叙伝'The Age of Turbulence'を上梓し、その中でブッシュ大統領と共和党を激しく批判していることが話題になっています。
 すなわちグリーンスパンは、クリントンの財政政策とは違ってブッシュの財政政策は、政治的ウケ狙いの放漫財政であり、共和党は、財政規律を権力追求のために犠牲にし、その結果、昨年の上下両院選挙でその両方とも失ってしまった、と力説しているのです(注2)。
 (以上、特に断っていない限り
http://www.latimes.com/features/books/la-na-greenspan15sep15,0,6425254,print.story?coll=la-books-headlines
(9月16日アクセス)による。

 (注2)グリーンスパンが、対イラク戦の本当の目的は石油だったはずだと書いたことも話題になっている。彼によれば、大量破壊兵器疑惑はタテマエとしての対イラク戦開戦理由に過ぎず、開戦の本当の目的が、サダム・フセインがホルムズ海峡を閉鎖して、世界の石油市場を大混乱に陥らせるようなことがないようにするためだったことは明白だ、というのだ。(
http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,2170661,00.html
。9月17日アクセス)

3 ライシュ

 ライシュ(Robert Reich。1946年〜)カリフォルニア大学バークレー校教授は、クリントン時代の1993〜97年に労働長官を勤めた、日本でもおなじみの経済学者です。
 彼が、このたび上梓した'Supercapitalism: The Transformation of Business, Democracy and Everyday Life'は、直接ブッシュ大統領を批判しているわけではありませんが、米国における所得と富の不平等化、雇用不安定性の増大、地球温暖化の放置を問題視している、という意味ではこれは、まぎれもないブッシュ批判の本であると言えるでしょう。

(続く)

太田述正コラム#2127(2007.10.16)
<日本帝国の敗戦まで(その1)>

1 始めに

 英国の著名なジャーナリストにして歴史家であるヘースティングス(Max Hastings。1945年〜)の『復讐の女神--日本のための戦い 1944〜45(Nemesis: The Battle for Japan, 1944-45)』をご紹介しましょう。
 (以下、特に断っていない限り、この本の書評である
http://books.guardian.co.uk/reviews/history/0,,2189851,00.html
(10月13日アクセス)、
http://thescotsman.scotsman.com/critique.cfm?id=1634822007
http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/books/history/article2583903.ece
http://www.waterstones.com/waterstonesweb/displayProductDetails.do?sku=5780974
http://www.spectator.co.uk/the-magazine/books/223341/the-worst-of-friends.thtml
http://www.telegraph.co.uk/arts/main.jhtml?xml=/arts/2007/09/29/bohas129.xml
(いずれも10月18日アクセス)、及びこの本からの抜粋である
http://www.dailymail.co.uk/pages/live/articles/columnists/columnists.html?in_page_id=1772&in_article_id=482589&in_author_id=464
http://www.dailymail.co.uk/pages/live/articles/columnists/columnists.html?in_page_id=1772&in_article_id=481881&in_author_id=464
(どちらも10月16日アクセス)による。)

 この本は、第一次世界大戦及び第二次世界大戦で侵略を行い敗北して占領された諸国の中で日本においてのみ反政府活動がなかったのはなぜか、どうして日本がすぐに占領者であった米国の忠実な、ただし時としてグズな同盟国になったのか、どうしてドイツが戦後犠牲者に(選別的にせよ)補償を行ったというのに日本は過去と向き合うことすらしないのか、に答えようとしたものである、というのですが、残念ながら、この本の部分的抜粋や、書評からは、著者がいかなる回答を示しているのか、その全貌が必ずしも明らかではありません。
 そこで、将来この本を読む機会があった時に、もう一度この本を取り上げることにし、まずは、現時点で分かる範囲でこの本の内容の一端をご紹介をすることにしました。
 
2 1944年から日本帝国の敗戦まで

 1944年には6月6日に欧州で米軍を中心とする総兵力152,500人でノルマンディー上陸作戦が開始されたが、その5日後に太平洋で米軍だけの総兵力130,000人によるマリアナ諸島上陸作戦が開始された(注1)。

 (注1)この日付と兵力は、6月15日に兵力71,000人で開始されたマリアナ諸島サイパン島上陸作戦と符合しない(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
。10月16日アクセス)。どなたかご教示いただきたい。

 
 米国の対日戦争にかける決意のほどが分かろうというものだ。
 このマリアナ諸島攻防戦は、1942年のミッドウェー海戦に次ぐ、対日戦争の転換点となった。
 1944年後半までにドイツでは先の大戦全体で生じることになる死者数の半分の300万人が既に死んでいたが、日本の死者はほとんどがこの時期以降に生じたものだ。
 この時点では、対日戦の当事国は、どの国も幻想を抱いていた。
 英国は日本に勝利すれば、インドの支配を継続できるし、ビルマとマラヤも再支配することができると思っていたし、米国は支那を日本の占領から解放すれば支那を自由な社会へと変貌させることができると思っていた。
 しかし何と言っても日本の幻想は一番ひどかった。まだ勝利できると信じ込んでいたのだから。
 世界の三分の一の広さがある太平洋・アジア地域に米国は125万人の兵力を投入し、英国は40万人近くの英軍と200万人以上の英印軍を投入した。
 そして米国は103,000人の兵士を失い、英連邦は、30,000人以上の英国人、インド人、オーストリア人等の兵士を失った。
 米軍の対日戦における死傷率は欧州におけるそれの3.5倍に達した。
 とにかく、日本の兵士達の戦いぶりは凄まじかった。
 日本人達は、1941年の開戦時、ドイツ人達が1939年に開戦した時よりはるかに熱狂的だった。アジアにおいて領土を拡大し、それに反対するいかなる者にも立ち向かうとの考えは、大半の日本人達の支持を得ていた。
 これに対し、連合国側はバラバラだった。
 米国人達は、自分達達自身破壊しようと決意していたところの英帝国を、英国人達は取り戻したいだけがために戦っていると軽蔑していた。まさに当たらずといえども遠からずだが・・。
 また、米海軍は、英海軍を太平洋における戦いに加えないように努めた。
 米陸軍は、英国によるビルマ戦役は、援蒋ルートを確保することにより、中国国民党軍を助け、同軍が支那本土を日本軍から解放し、米軍が日本本土に侵攻するする根拠地を得る、という意義しか認めていなかった。
 東南アジア地域の米陸軍司令官であったスティルウエル(Joseph Warren Stilwell 。1883〜1946年)とその次のウェデマイヤー(Albert Coady Wedemeyer。1897〜1989年)は、どちらも英軍の同僚達への嫌悪と支那人への侮蔑を隠そうとしなかった。
 また、米国は蒋介石が偉大な民主主義的指導者であって戦後の四つの世界の警察官役の一つたりうるとという幻想を抱いていたのに対し、英国は蒋介石を、自分の利益だけを考えている、暴虐で腐敗した軍閥であると見ていた。
 オーストラリアは、自分達を棄てた英国と自分達を蔑ろにする米国に憤りを覚えており、英米両国との協力を最小限にとどめた。
 米軍内のいがみあいもひどいものだった。
 海軍は日本に海上封鎖だけで勝利できると信じていたし、陸軍航空部隊は日本に空爆だけで勝利できると信じており、それが空軍を陸軍から独立させる契機になると期待していた。
 誇大妄想狂のマッカーサーは全く独自に、フィリピン解放という自らの誓約の実現と個人的栄光の追求に血道を上げていた。
 米参謀本部は、米国の富と生産力のおかげで、全く優先順位をつけることなく、これらすべての希望を充足させてやることができた。
 この間、スリム(William Joseph Slim。1891〜1970年)は、辺境のビルマで日本に対する勝利とはほとんど関係のない、シンガポールでの降伏という英国の屈辱を晴らすための戦いを続けていた。もっとも、この戦いも米航空部隊の支援があったからこそ遂行できたのだ。

(続く)
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 有料版のコラム#2128(2007.10.16)「日本帝国の敗戦まで(ペリリュー島攻防戦)」のさわりの部分をご紹介しておきます。
 コラム全文を読みたい方はこちらへ↓
http://www.ohtan.net/melmaga/

・・ヘースティングスの本の中から、ペリリュー島攻防戦を描いた部分を抜き出してご紹介し、それを若干補足しましょう。
 ・・
 1944年9月15日に開始された米軍のマリアナ諸島ペリリュー・・島上陸作戦は、日本本土に至る飛び石作戦の最初のものだ。
 ・・
 ・・数日で終了すると考えられた戦いは、珊瑚礁にトンネルを縦横無尽に掘って陣地とした日本軍を相手に6週間も続き、組織的抵抗が終わった後も日本兵の散発的抵抗が続いた。
 ・・
 この小さい島を占領するまでの間に米軍は小銃で弾を1,500万発、迫撃砲弾を15万発も撃ち、手榴弾を118.262個も投げた。日本兵1人を殺すのに1,500発の火砲の弾を使った。そして米軍兵士1,950人が死んだ・・。
 ・・
 このペリリュー島上陸作戦のパターンはその後何度となく繰り返されることになった。
 それは、日本軍が動くと米軍に一方的に殺戮されるが、日本軍が陣地内にとどまっている限り、掃討するのは著しく困難、というものだ。
 ・・
 戦後、日本人が中心になって再建されたペリリュー神社の境内に建てられた碑に、「諸国から訪れる旅人たちよこの島を守る為に日本軍兵士が いかに勇敢な愛国心を持って戦い玉砕したかをつたえられよ。・・米太平洋艦隊司令長官C.ニミッツ」と掘り込まれています。
 ・・
 名越自身が指摘しているというのですが、この詩文は、古典ギリシアの・・テルモビレーの戦い・・の・・碑の詩文を彷彿とさせます。
 ・・
 ペリリュー島攻防戦は、後の硫黄島攻防戦等とともに、まさにこのテルモピレーの戦いに勝るとも劣らない、敗者の戦いの金字塔であると言えるでしょう。

 コラム全文を読みたい方はこちらへ↓
http://www.ohtan.net/melmaga/

太田述正コラム#2123(2007.10.14)
<イスラエル空軍機のシリア攻撃(続x5)>

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<弁慶船長>(2007.10.11)

 開戦前夜。
NYフィルが北朝鮮に行くことになったという。
 そこまでなりふり構わず、北との妥協を目指す裏には、かなりの確率でイラン攻撃が予定されているはずだ。
 日米開戦前、ドイツのソ連侵攻までは、日米諒解案の交渉にもアメリカ側に相当の真剣さがあったように、アメリカは本当に叩きたい敵に集中するためには、第二の敵と妥協する可能性がある。北朝鮮はいま、それをうまく読み込んで、アメリカの妥協を引き出した。
 アメリカの眼中には、六カ国協議における日本の立場など、まったく見えていない。都合のいいときだけ日米同盟というアメリカを、どこまで信頼できるのか、それを見切ることのできる新しい日本のリーダーがどこにいるのだろうか。

<太田>

 米国によるイラン攻撃は少なくともブッシュ政権下ではない、という見通しを私はこれまで累次(最近ではコラム#2070、2074で)申し上げてきているところです。
 私と同様の見方が、日本でも
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20071009/137071/?P=1
(10月10日アクセス)でなされています。
 他方、ブッシュ政権の最近の対北朝鮮政策についてはどう考えるべきなのでしょうか。イスラエル空軍機のシリア攻撃とのからみで、改めて解明してみたいと思います。
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1 始めに

 イスラエル空軍機のシリア攻撃について、ついにターゲットが何であったのかが明らかになりました。

2 シリア空爆のターゲット

 空爆のターゲットについては、シリアのアサド大統領が10月1日、「<空爆されたのは>建造中の軍事施設でまだ使用されてはいなかった。・・建造中なので中には誰もいなかった。兵士もいなかった。中には何もなかったのだから、われわれは<イスラエルがどうして空爆したのか>理由が分からない。はっきりしないのだ。・・ターゲットになった健造現場にはいかなる防備も防空システムも施されておらず、<空爆後、>放射能は出ていないし緊急措置がとられたということもない。・・われわれは北朝鮮と関係を持っているが、このことは秘密でも何でもない。・・われわれはいかなる意味でも核兵器には関心はない。」と語りました(
http://www.guardian.co.uk/international/story/0,,2181459,00.html
。10月2日アクセス)。
 通常、こういう話の全部がウソだということは稀です。
 どの部分が本当でどの部分がウソなのか、それが14日付のニューヨークタイムスの記事で明らかになりました。
 米国とイスラエルの政府筋からの情報に拠って書かれたこの記事のツボは以下の通りです。

 9月6日の空爆のターゲットは、北朝鮮の寧辺(ヨンビョン。Yongbyon)の原子炉そっくりの建造中の原子炉だった。
 イスラエルによる1981年のイラクのオシラク(Osirak)原子炉の空爆は、この原子炉が稼働する寸前だったのに対し、シリアの建造中の原子炉が完成するのはまだ数年先のことだった。
 だから、イスラエル政府がこの原子炉を空爆したいと米国に伝えた時に、米国政府はこれに反対した。(もっとも、オシラク原子炉の空爆の時も、当時の米レーガン政権は、イスラエル政府を非難した。)
 というのも、シリアは核拡散防止条約に調印しているものの、建造の初期段階の原子炉の存在を明らかにする義務はないし、発電のためであれば、そもそも原子炉を建造することは認められているからだ。
 イスラエルの狙いは、シリアはもとよりイランにも核保有は絶対に認めないとの意思を伝えることにあったと考えられるが、シリアを除き、いかなるアラブ政府も、そしてイランまでもがこの空爆を非難していないことは、イスラエルの狙いが一応奏効したということかもしれない。(シリア以外では北朝鮮だけが非難した。)
 シリアは、以前から研究用の小さな原子炉を持っている。
 これまでシリアは、本格的な原子炉をアルゼンチンやロシアから購入しようとして果たせていない。その都度イスラエルはシリアを非難したが、軍事行動をとるとは言わなかった。
 アサド大統領は、今年初め、シリアに核保有願望があることを一般論として述べている。
 なお、北朝鮮の原子炉そっくりだとはいえ、北朝鮮が原子炉そのものを売ったのか、設計図をシリアに渡しただけなのか、また、北朝鮮の専門家が空爆時に現地にいたのかは定かではない。北朝鮮からの技術の移転が数年前に行われた可能性もある。

 なるほど、これが真相だとすると、最近北朝鮮がシリアに核協力をしたという可能性は低く、だから米国が6カ国協議の場で北朝鮮を追いつめなかったのだな、と腑に落ちます。

3 シリア空爆と米対北朝鮮戦略

 ニューヨークタイムスは、10月10日付の記事(
http://www.nytimes.com/2007/10/10/washington/10diplo.html?pagewanted=print
(10月11日アクセス)と、上述の記事で、チェイニー副大統領等のブッシュ政権内タカ派が、シリアの核保有に北朝鮮が協力していることが明らかになった以上、6カ国協議に臨む米国のスタンスは見直しが必要であるし、来月米国のアナポリスで開催が予定されている中東和平会議へのシリアの招待もまた見直されるべきであると主張している、と報じています。
 日本では一般に、ブッシュ政権内のタカ派は北朝鮮の体制変革(transformation)を追求する路線であるのに対し、ハト派は北朝鮮に核保有を諦めさせ、その見返りに体制存続を認める路線であるとされ、ブッシュ大統領はタカ派からハト派に乗り換えた、と考えられています。

 しかし、私は必ずしもそう考えてはいません。
 何度も申し上げてきているように、ブッシュ政権の対北朝鮮戦略は、基本的にぶれることなく、政権内のコンセンサスに基づいて推進されている、と私は考えています。
 チェイニー副大統領やボルトン元米国連大使は、対北朝鮮悪役をあえて演じている、と見ているわけです。
 改めてその根拠を、ごく最近のワシントンポストと朝鮮日報から挙げてみましょう。

 ワシントンポストは10月12日付の社説で、ブッシュ政権と韓国のノムヒョン政権が、来るべき数ヶ月間で北朝鮮の体制変革が実現するかのように振る舞っていることに釘を刺すとし、北朝鮮がウラン濃縮計画とシリアへの核協力の全貌を明らかにし、IAEAによる北朝鮮の核計画の監査体制が確立し、その上で北朝鮮の核計画が完全に廃棄されて初めて北朝鮮の体制変革が実現する、と記しています(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/10/12/AR2007101202101_pf.html
。10月14日アクセス)。
 これは、米国では、北朝鮮の核計画の完全な廃棄と北朝鮮の体制変革がイコールであると考えられていることを示しています。
 私自身、なるほどそうだと思います。

 また、朝鮮日報の10月13日付の記事(
http://www.chosunonline.com/article/20071013000029
。10月14日アクセス)は、「米国が南北首脳会談以後の韓国の行き過ぎた行動を警戒する動きがさまざまな面で明らかになっ<た>」と記しており、米国が、北朝鮮が核計画の完全廃棄に向けて動いているかどうかを慎重に見極めながら対北朝鮮戦略を一歩ずつ進めていることが窺えるのです。
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 有料版のコラム#2124(2007.10.14)「海自艦艇インド洋派遣問題(続)(その6)」のさわりの部分をご紹介しておきます。
 コラム全文を読みたい方はこちらへ↓
http://www.ohtan.net/melmaga/  ・・
 (本篇は、コラム#2119の続きでシリーズの最終回ですが、都合により非公開扱いにします。)
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<バグってハニー>

>また、これに関連し、「ときわ」が、ペコスに補給したのと同じ日に米イージス艦ポール・ハミルトンにも燃料を直接提供しており、 そのペコスがイラク戦争に参加した可能性があるという指摘もなされており、防衛相は、そのポイントは、ポール・ハミルトンが巡航ミサイルのトマホークを搭 載していた艦艇なのかどうかだとして、その点を米側に照会したいと国会で答弁しました・・。

 ポール・ハミルトン、イラク開戦時にトマホーク発射してますね。
 第五艦隊の“消えた”ウェブページから
http://nofrills.up.seesaa.net/image/5th-oif.png

On March 21, the night of "shock and awe," 30 U.S. Navy and coalition warships launched more than 380 TLAMs against significant, real-time military targets of interest. The U.S. ships which launched Tomahawks were USS Bunker Hill (CG 52),・・・ USS Paul Hamilton (DDG 60),・・・USS Cheyenne (SSN 773) and two Royal Navy submarines, HMS Splendid and HMS Turbulent.
−−−

 まあ、先生的にはトマホークを発射してようがしてまいが関係ない、ということなんでしょうが。給油から一ヶ月近くたった艦艇の作戦行動を縛ろうとするなんておこがましいですよね。

<太田>

 長々と神学論争にお付き合いいただき、恐縮です。
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4 終わりに代えて
 ・・
 政府と民主党の間の神学論争が延々と続いています。
 ・・
 この問題の核心は、政府・自民党の安全保障政策のホンネとタテマエが乖離している上に、何がホンネであるかについても、実のところはっきりしていないことです。
 これは、政府・自民党の安全保障政策が一貫して、米国の要請(指示)と世論との板挟みの中で落としどころを探す、というものであったところから来ています。
 
 平行して、民主党内でも神学論争が続いています。
 ・・。
 こちらの問題の核心も、・・民主党にいまだに党としての明確な安全保障政策がないことです。
 ・・
 私に理解できないのは、国会で誰も燃料を無償で提供していることを問題にしていないことです。
 そもそも世界の議会の原点とも言うべきイギリス議会は、国王(行政府)を戦費の承認の是非を通じてコントロールするものであった、ということを肝に命じて欲しいものです。
 ・・
 ・・米国防総省の諮問機関・国防科学委員会の・・シュナイダー氏は、日本に以下のような苦言を呈しています。
 「給油活動<は>1999年の日米防衛指針(ガイドライン)関連法成立後の・・日本の大きな政治的変化の産物・・だと評価<しているところ、>・・問われているのはその変化が長期的なものなのか、それとも一部の政治指導者の時代に限ったものだったのかということだ・・。控えめな給油活動も続けられない<というの>なら、・・米国と日本、豪州<等の国々>で21世紀の新たな同盟構造を模索しているが、日本にいかなる関与を期待できるのか疑問をもたらす・・さらに、・・日本が安全保障上の役割を受け入れることが困難なら、なぜ・・国連安保理常任理事国・・になる必要があるのか」・・と。
 神学論争をやっているヒマはないのです。
 ・・
 私は、インド洋でこれまで実施してきた無償の給油活動は止めさせ、その代わり、海自艦艇をOEF-MIOの一環としての海上阻止行動の本体に参加させることを提言します。
 ただし、インド洋派遣自衛艦には補給艦を随伴させることとし、他国が給油を求める時はこれに応じてもよいが、あくまでも有償(原価)で提供することとするのです。
 もっともそうなれば、ほとんど給油を求める国はなくなると思いますが・・。
 これは、民主党が小沢下ろしを行った上で、この案で党内コンセンサスを形成することが前提になります。
 こうでもしない限り、民主党は再び世論から見放されることでしょう。
 (私は、ISAFへの参加は、自衛隊関係の法整備が十分でない現状においては、隊員にとってリスクが大きすぎるので差し控えるべきだと思っていることを申し添えます。)
(完)

 コラム全文を読みたい方はこちらへ↓
http://www.ohtan.net/melmaga/

太田述正コラム#2059(2007.9.12)
<退行する米国(続)>(2007.10.13公開)

1 始めに

 ブッシュ政権は、行政権一元化理論(Unitary Executive Theory)を信奉しているとされています。
 これがいかなる理論であるか、ご説明しておきたいと思います。

2 行政権一元化理論

 (1)行政権一元化理論

 チェイニー副大統領は、フォード(Gerald Ford)大統領の33歳の幕僚長(chief of staff)であった頃、行政権に制約が多すぎるためにベトナム戦争の遂行や同戦争にからむ諜報活動に齟齬を来したと感じ、行政権強化の必要性に目覚めたとされています。
 この行政権強化の要請に応える新憲法理論が行政権一元化理論であり、最初にこれを法理論化したのは、レーガン大統領の時の司法長官のミース(Edwin Meese)ですが、チェイニーの現在の補佐官であるアディントン(David Addington)や、カリフォルニア大学バークレー校の学者からブッシュ政権で司法省入りしたユー(John Yoo。司法省勤務:2001〜2003年)や、後に最高裁判事にブッシュによって任命されることになるロバーツ(John Roberts。2005年9月から最高裁長官)とアリトー(Samuel Alito。2006年1月から最高裁判事)によって磨きをかけられました。
 彼らは、大統領は、米議会の同意なしに戦争を行う、令状なしの捜索や監視活動を許可する、国際条約を恣に無視(abrogate)する、立法府または司法府が大統領の権限に課している制約のうちのどれをどの程度受け容れるかを決める、固有の権限を有すると信じています。

 (2)理論の適用

 ブッシュ政権は、この理論を拳々服膺しています。
 まず総論的に言えば、同政権は、大統領権限の拡大に取り憑かれており、議会と調整することを厭い、専門家の意見を徴する前に結論を決めてかかる姿勢をとっていることが挙げられます。
 ブッシュ政権と同じく危機の時代の政権であったリンカーン政権やフランクリン・ローズベルト政権の時とは違って、ブッシュ政権には、大統領大権への依存はあっても、法制化・調整・議論・謙譲的姿勢の採用・憲法的ないし国際的諸価値配慮の姿勢の表明、などは薬にしたくてもないのです。
 各論的には、例えばブッシュ大統領が、2003年に、第4ジュネーブ条約(Fourth Geneva Convention)・・占領当局の義務と占領地非軍人の取り扱いについて規定・・が占領地のテロリストはこのジュネーブ条約によって保護されないという方針を打ち出したことが挙げられます。

 (3)今後の展望

 ブッシュ政権によって行政権一元化理論が採択され適用されたということが前例となり、たとえ次の政権が民主党政権になったとしても、この理論は生き続けることになるのではないか、という暗鬱な予想が米国の知識層の間でなされています。
 
 (以上、
http://www.latimes.com/features/books/la-et-rutten7sep07,0,4405098,print.story?coll=la-books-headlines
(9月11日アクセス)、及び
http://www.nytimes.com/2007/09/11/books/11kaku.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print
(9月12日アクセス)による。)

3 感想

 米国のブッシュ大統領によって、少なくとも安全保障面で大統領に独裁的権限を与えるに等しいところの、行政権一元化理論が採択され適用されるに至ったということは、、戦前の日本になぞらえて言えば、当時の公認学説たる天皇機関説に代わって昭和天皇によって天皇主権説が採用され適用されるに至ったに等しいゆゆしい事態(注)であり、このことについて、米議会が直接問題視していない上、米最高裁も長官以下この理論を信奉する者が増えていることは、米国がファシスト国家になりつつあるもう一つの有力な例証であると言えるでしょう。
 (天皇機関説については、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E6%A9%9F%E9%96%A2%E8%AA%AC
(9月12日アクセス)による。)

 (注)天皇機関説の主唱者であった美濃部達吉東大教授は、不敬罪で告発されたが起訴猶予処分となり、しかも、肝腎の昭和天皇は一貫して天皇機関説信奉者であり続けたのであって、天皇主権説は、ついに天皇機関説に取って代わることはなかった。

太田述正コラム#1734(2007.4.15)
<宗教を信じるメリット?(その5)>(2007.10.12公開)

4 私の見解

 (1)日本の社会科学者への期待

 そこで、私の見解ということになるのですが、私はもとより、専門家ではないので、日本の社会科学者に、ぜひ宗教を信じるメリットの最終的な解明を成し遂げて欲しいと思っています。
 なぜなら、日本の社会科学者しか、それはできないと考えるからです。
 現在社会科学が最も進んでいるのは米国ですが、米国におけるこの種研究には限界があるからです。
 どうしてか?
 ここで重複を厭わず、もう一度いかに米国が宗教的に異常な国であるかを再確認しておきましょう。
 2005年の世論調査によれば、米国の10人に6人は悪魔と地獄の存在を信じており、10人に7人は天使・天国・奇跡・死後の生活の存在、を信じていますし、2006年の調査によれば、米国の92%の人が唯一神の存在を信じています。
 つまり、米国はいわゆるアブラハム系宗教の信者が圧倒的に多い国であり、しかもすこぶるつきの「敬虔な」アブラハム系宗教の信者が多い国である、という点で、世界でも稀な異常な国であるということです。(強いて言えば、サウディアラビアが米国に似ているかもしれません。)
 そしてこの関連でと申し上げてよいと思いますが、上記の2005年の世論調査によれば、米国の成人の54%は進化論が誤りだと思っており、1994年の46%より比率が上昇しています。
 つまり、このところ、「敬虔」な信者の割合が増えつつあるという意味でも、米国は世界の潮流に反する異常な国なのです。
 こんな米国で、宗教・副産物説であれ、宗教・適応説であれ、社会科学者達が、進化論の立場から、宗教のメリットを解明し、宗教の神秘のベールをはがそうとしていることには敬服せざるをえません。
 しかし、あえて申し上げますが、宗教・副産物説のリーダーであるアトランが、ミシガン大学という比較的有名な大学の教授ではあっても臨時教員(Adjunct professor)に過ぎず(注7)、また、宗教・適応説のリーダーであるウィルソンが余り耳にしないビンガムトン(Binghamton)なる大学の教授に過ぎないことが大変気になります。
 これは、米国で、この種の研究が市民権を得られないことを示唆していないでしょうか。

 (注7)ただし、パリの研究所の所長を兼務している。

 また、同じアングロサクソンとは言っても、米国と違って世俗的な国である英国の社会科学者は、世界では宗教を信じる人が大部分であることから、世界中を敵に回しかねないこの種の研究は敬して遠ざけているのではないでしょうか。
 だからこそ、私は、世界で最も世俗的な国であり、しかもアブラハム系の宗教の信者が極めて少ない国であり、かつ、アングロサクソンなるグローバルスタンダード文明に属さないことから英国の社会科学者のような配慮が必ずしも必要でないところの、日本の社会科学者に期待するのです。
 もっとも、その前に、まず日本の社会科学全体の水準を引き上げる必要があります。

 (2)私の見解
 
 このシリーズを読んでこられた方には想像がつくでしょうが、私自身は、宗教・適応説より宗教・副産物説の方に軍配を上げたいと思っています。
 ただし、それはアトラン自身のウィルソン批判のように、宗教・副産物説が、宗教とイデオロギーを区別せずに論じていて、宗教固有のメリットを説明できていないからではありません。
 そもそも私は、アトランのように、マリアが母であると同時に処女であるとか神は人間の姿をしているけれど身体を持たない、といった非常識な物語を人間に信じさせる宗教と、政治的・経済的・科学的に一見説得力のある理論を人間に提供するところのイデオロギーとを截然と区別する考え方をとらないのです。
 確かに、総じて言えばイデオロギーの方が宗教より逸り廃れが激しいといった違いはあるけれど、私は、「非常識」に立脚する宗教も、ある時代のある場所における「常識」に立脚するイデオロギーも、どちらも人間の思考や行動を制約したり歪めたりするドグマであるという点で同類だと思っているのです。

 まず、どうして私が、宗教・副産物説の方の方がもっともらしいと思っているかをご説明した上で、宗教、とりわけアブラハム系宗教の「危険性」について私見を申し述べることにします。

 (以下、特に断っていない限り、世界の主要宗教については、
http://www.adherents.com/Religions_By_Adherents.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Major_religious_groups
(どちらも4月15日アクセス)による。また、アブラハム系宗教と欧州文明のイデオロギーの「同根性」と「危険性」については、
http://www.csmonitor.com/2006/1121/p09s01-coop.html
(2006年11月21日アクセス)、及び
http://www.mises.org/journals/rae/pdf/rae4_1_5.pdf
http://en.wikipedia.org/wiki/Eschatology
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%82%E6%9C%AB%E8%AB%96
(2007年4月15日アクセス)による。)

(続く)

太田述正コラム#1724(2007.4.8)
<宗教を信じるメリット?(その1)>(2007.10.6公開)

1 始めに

 動物と人間を画然とわけるメルクマールと考えられてきたことには、次々と疑問符がつきつけられてきています。
 類人猿も人間と共通する倫理感覚を持っていることについては既にご説明したところです(コラム#1701)。
 また、火を使うことこそできなくても道具を使う動物もいるし、しゃべったり書いたりすることこそできなくても初歩的言語能力を身につけることができる類人猿もいます(典拠省略)。
 しかし、人間にはあって動物には絶対にないものがあります。
 それは宗教です。
 一体、人間が宗教を信じるメリットはどこにあるのでしょうか。
 いまだ完全には解けていないこの難問に迫ってみましょう。
 
2 異界たる米韓

 一般的にあまり信心深くない日本人から見ると、米国や韓国は時に異界に見えることがあります。
 米カリフォルニア州北部のフレモント選出のスターク(Pete Stark)民主党連邦下院議員(1973年選出)は、3月12日、世俗主義の団体である米国世俗者連盟(the Secular Coalition for America)の要請に応え、「自分は神(a supreme being)の存在を信じていない」と宣言しました。
 彼は、無神論者・・反宗教的ニュアンスがあるatheistや、神不可知論者であるagnosticとは区別するために、最近米国ではnontheistという言葉が推奨され始めている・・であることを公に認めた最初の米連邦議会議員である(注1)とともに、無神論者であることを公に認めたところの、これまでで米国で選挙で選出された最も位の高い公務員である、ということになります。

 (注1)米連邦議会の議員の数は上下両院合わせて535名だ。

 本年2月に米国で実施された世論調査によれば、大統領にふさわしい候補者が、カトリック教徒であれば95%、ユダヤ教徒であれば92%、モルモン教徒であれば72%が投票すると答えたのに対し、無神論者であれば投票すると答えたのは45%しかおらず、投票しないと答えたのは53%にのぼりました。
 53%という数字は、同性愛者には投票しないと答えた43%、72歳の人物には投票しないと答えた42%、三度目の結婚をしている人物には投票しないと答えた30%、モルモン教徒には投票しないと答えた24%、女性には投票しないと答えた11%よりも多いのです。
 これは、2002年に米国で実施された世論調査で、宗教の信者であることが善人になるための必要条件であると47%の人が答えていることを考えれば、不思議ではありません。
 ちなみに、ある研究によれば、米国人のうち無神論者の人は3%しかいませんし、ある世論調査によれば、「無宗教、無信仰、無神論者、または神不可知論者」と答えたのは11%だけですし、別の世論調査によれば、無信仰であると答えたのは9%だけです。(ただし、12%が良くわからないと答えています。)
 このような中で、スターク議員が無神論者であることを認めることができたのは、彼がたまたま、米国では異例なほど世俗的な選挙区選出であるためです。
 他の連邦議会議員達の中にも必ず無神論者はいるはずですが、スターク議員に倣ってそのことを認める議員が出てこないのは当然ですね。
 (以上、
http://www.latimes.com/news/nationworld/politics/la-na-atheist13mar13,0,6065304.story?track=mostviewed-homepage
(3月14日アクセス)、及び
http://www.latimes.com/news/opinion/la-ed-stark15mar15,0,3687277.story?coll=la-opinion-leftrail
(3月16日アクセス)による。) 

 「韓流スター、チェ・ジウが海外宣教活動を行う。――――――チェ・ジウの関係者は<2006年10月>29日、チェ・ジウが30・31日に東京・淀橋教会と大阪・NHKホールで2日間かけて行われる韓国の宣教専門衛星放送、CGN TVの日本支局開局イベントに出席することを明らかにした。CGN TVはオンヌリ教会が運営しており、熱心なクリスチャンとして知られるチェ・ジウは現在、この教会に通っている。チェ・ジウは「ラブ・ソナタ」というテーマのイベントで、信仰告白をする予定だ。」という朝鮮日報日本語電子版の記事(
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/10/30/20061030000013.html
。10月31日アクセス)を読んだ時は驚きました。
 議員同様人気商売である俳優が、信心深くない人が多くて、韓国に比べればキリスト教徒がいないにも等しい日本で、キリスト教の特定のセクトの宣教に一役買うというのですから。
 おそらく、韓国ではこんなことは少しもめずらしいことではないのでしょうね。

 信心深くないという点では典型的な日本人である私から見ると、米国や韓国は異界であるとしか言いようがありません。
 一体全体、米国や韓国の多数派や日本の少数派が、何のメリットがあって宗教を信じているのだろうか、という疑問を解明したくなるのは、私だけではありますまい。

(続く)

太田述正コラム#2088(2007.9.27)
<イスラエル空軍機のシリア攻撃(続x4)>

1 始めに

 イスラエル空軍機のシリア攻撃を踏まえて、ブッシュ政権が、本日(9月27日)から北京で再開される6か国協議にいかなる姿勢で臨もうとしているのかが、かなり鮮明になってきました。

2 シリア攻撃のターゲット

 「<イスラエルは、>空軍コマンド・チームを爆撃の数日前に現地に潜入させ、<爆撃>当日、レーザー・ビームを「農業研究センター」にあてて、戦闘機編隊を誘導させた。」と以前(コラム#2068で)記したところですが、この精鋭のサイエレット・マツカル(Sayeret Matkal)部隊に属するコマンド・チームの本当の潜入目的は、核物資のサンプルを現地で事前に入手するためであったようです。
 米国政府が、イスラエル政府に対し、明確な証拠の提供を求めたから、というのです。
 そして、イスラエルに持ち帰られた核物資の出所が分析の結果北朝鮮であることが判明し(注1)、ブッシュ政権はイスラエルによる爆撃にゴーサインを出した、というのです(注2)。

 (注1)この核物資がプルトニウムなのか濃縮ウランなのかは明らかにされていない。
 (注2)昨年12月にクウェートの新聞(Al Seyassah)がブリュッセルの欧州諜報筋の話として、シリアが東北地区で高度な核計画に従事している、と報じたことが今更のように注目されている。

 他方このところ、北朝鮮とシリアの間の、ミサイル及びミサイル用の化学弾頭に関する協力状況についても情報が明るみに出てきています。
 2004年4月22日(注3)に北朝鮮の列車が爆発・衝突事故を起こした際に、約10人のシリア人技術者達が死んでおり、北朝鮮の兵士達が防護服をつけて、シリア人達が乗っていた区画付近の残骸を片付けており、このシリア人達の遺体はただちに平壌空港からシリアの軍事輸送機でシリアに運ばれた、というのが第一点です。

 (注3)9月9日の間違いでは(コラム#473)?(太田)

 更に今年7月に、シリアの北方の都市アレッポ(Aleppo)で、スカッド・ミサイルに化学弾頭を装着しようとしていたシリアとイランの技術者達が、ミサイルの燃料が発火し爆発するという事故が起こったために何十人も死んだというのが第二点です。
 この爆発の結果、VX・サリン・マスタードガスが噴出したといいます。
 ちなみに、このスカッドは改良型であり、北朝鮮がミサイル本体の重量の軽減・筐体の強靱さの高上等に成功し、この新技術が最近シリアとイランに提供された、ということのようです。

 (以上、
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/middle_east/article2512105.ece
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/middle_east/article2489930.ece
(どちらも9月27日アクセス)による。)

3 ボルトンの発言

 元ブッシュ政権高官のボルトン(John R. Bolton)は26日、爆撃対象が北朝鮮がらみの核施設だったのかミサイル施設だったのか、また、北朝鮮とシリアの合弁事業だったのか北朝鮮単独の事業だったのかは分からないが、それ以外の可能性はない、と述べました。
 その上で彼は、6か国協議には反対しないと述べ、核廃棄の見返りに重油100万トンを供与するところまではよいが、北朝鮮をテロ支援国家のリストから削除し、更なる援助を行うことを可能にすべきではない、と付け加えました。

 (以上、
http://www.jpost.com/servlet/Satellite?cid=1189411494860&pagename=JPost%2FJPArticle%2FShowFull  
(9月27日アクセス)による。)

 6か国協議に反対し続けてきたボルトン(コラム#1637、1659)が態度を豹変させたのですから、これは、ブッシュ政権とボルトンが、役割分担して対北朝鮮ハト派、タカ派をそれぞれ演じてきたところ、もはやその必要がなくなったということなのではないでしょうか。
 これに関連して、彼が、「核施設」説(コラム#2060、2078、2080)から「核施設またはミサイル施設」説へと軌道修正した点も注目されます。

4 ブッシュの演説

 このように見てくると、ブッシュ米大統領が25日に国連で演説し、「すべての文明化された国々は独裁制の下で苦しんでいる人々のために立ち上がる責任を負っている」とした上で、「ベラルス、北朝鮮、シリア及びイランでは残虐な体制がそれぞれの国民の、国連人権宣言に謳われている基本的人権を否定している」と述べたことが注目されます。
 ブッシュが2002年に北朝鮮を悪の枢軸の一つとしたことが米国と北朝鮮との関係を悪化させ、昨年の北朝鮮による核実験に至った、ということを思いを致せば、これは大変な発言であると言うべきでしょう。
 念が入ったことに、同じ日、ライス米国務長官は、「北朝鮮の体制の本質について理解していない人など全くいない。・・特に大統領と私はそうだ。われわれはこれが悪い体制であることを知っている」とTVインタビューで語っています。

 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/09/25/AR2007092500136_pf.html
(9月26日アクセス)、及び
http://www.ft.com/cms/s/0/d58f5830-6c6d-11dc-a0cf-0000779fd2ac.html
(9月27日アクセス)による。)

5 6か国協議の展望

 私は、ブッシュ政権は、核施設説が正しいことを知っていて、あえてミサイル施設説の可能性もプレスに流している、と考えています。
 つまり、核施設説で北朝鮮を追いつめて6か国協議をただちに挫折させるのではなく、重油の支援プラスアルファ程度で北朝鮮の寧辺(ヨンビョン。Yongbyon)の核関連施設を無能力化できれば、北朝鮮はプルトニウム生産能力を奪われ、これ以上核弾頭を生産することも、プルトニウムをシリア等に横流しすることもできなくなることのメリットが大きいので、テロ支援国家リストからの削除はしないという含みで、北朝鮮に決断を迫ることにした、と考えているのです。
 北朝鮮の濃縮ウラン製造技術がまだ初歩的段階にとどまっている、という判断も恐らくその背後にあるのでしょう。

 (以上、部分的に
http://www.csmonitor.com/2007/0926/p07s02-woap.htm
(9月26日アクセス)を参考にした。)

5 終わりに

 私は、一貫してブッシュ政権の対北朝鮮政策の基本はぶれていない、と指摘してきた(コラム#1637、1657等)ところですが、改めて私のこの指摘の正しさが裏付けられた思いがしています。
 再び崖っぷちに追いつめられた金正日がいかなる決断を下すかが楽しみですね。
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<太田>
 2篇コラムを書いた日の最初のコラムは、何も断っていなくても即時公開コラムです。
 なお、未公開の「ミャンマー動く」シリーズの昨日までのコラムを(典拠は削除した上)再構成して情報屋台(
http://writer.johoyatai.com/
。有料化されている)とMixiの太田述正コミュニティーの掲示板に掲載してあります。
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 コラム#2089(2007.9.27)「朝鮮戦争をめぐって(その1)」のさわりの部分をご紹介しておきます。
 ・・
1 始めに

 今年4月に交通事故で亡くなったハルバースタム・・の遺作・・についてのいくつかの書評を読んで感じたところをご披瀝したいと思います。

2 書評と感想

 (1)ワシントンポスト

 ・・

 「マッカーサー・・は、・・<朝鮮>戦争をリモート・コントロールで行った。「朝鮮半島の戦場でわずか一夜を過ごす」こともなかったのだ。・・。」

 →・・マッカーサーは・・専用機で水原に入り、自動車で前線を視察しただけでなく、自ら戦場を歩き回っています・・。確かにマッカーサーはその日のうちに日本に戻っているので、ハルバースタムの指摘は間違いではないとはいえ、何十万の軍隊を指揮する元帥が戦場にいなければならない、ということはないでしょう。第一、マッカーサーは戦場のすぐ近くの日本にいたのです。

 「・・マッカーサーは、<もともとからあった>第8軍・・と並列の第10軍団・・を編成した・・。自分の部隊を・・ハルバースタムに言わせれば「信じがたいことに」・・二つに分けたの<だ・>・・その結果マッカーサーは敵の追撃を一ヶ月遅らせてしまった」

 →第10軍団は仁川・・上陸作戦を敢行するために編成されたものであり、その間、半島内における追撃の速度が鈍ったとことはある意味で当然のことですし、海兵隊を交えた上陸作戦の特殊性に鑑みれば、新しい部隊を編成したことも決しておかしいとは言えないのではないでしょうか。
 ・・

 (2)ニューヨークタイムス1

 「朝鮮戦争は、議会ないし国民が理解しないままに疑わしい戦略的大義に基づき大統領が命じた、ハルバースタムの生涯中に生起した3つの米国の戦争の最初のものだった。
 朝鮮戦争は、米国が初めてその帝国的無能さをさらけ出し、軍事指導者達が二度とアジアにおける地上戦を行うまいと誓うことになった戦争でもあった。しかし・・ベトナム戦争とイラク戦争がその後に生起することになる・・。
 ・・アチソン・・国務長官<は、>定例演説で南朝鮮を米国のアジアにおける「防衛圏・・」に含めることを忘れ<てしまっ>た・・。
 
 <また>マッカーサーは・・日本においても、南朝鮮においても、攻撃に対して準備することを完全に怠っていた。・・
 マッカーサーは・・<仁川上陸・・>・・で答えた。これが逆説的により大きな大失敗を引き起こすことになる。・・<マッカーサーは、>自分はもはや不敗であると思い、・・中共が彼に挑戦するようなことはありえないと信じ込み、全北朝鮮の速やかな征服を命じた。
 ・・しかしその結果、・・またもや米軍が敗走<する羽目になっ>た時、マッカーサーの・・反応は核戦争をも辞さない、中共との全面戦争の扇動だった。・・彼はトルーマンによって1951年4月に馘首されなければならなかった。そのおかげで、対峙状況が招来され、二つの朝鮮の間のもともとの境界線が回復することになったのだ。」

 →ここは、まことにもってその通りですね。

 ・・
(続く)

太田述正コラム#2018(2007.8.23)
<第3の性(その2)>(2007.9.26公開)

3 ブラジル性転換手術無料化へ

 8月15日、ブラジルの連邦裁判官達の委員会(panel)が、政府に対し、性転換手術を一般の疾病の治療同様無償で実施できるように30日以内に措置しなければならないとした上で、遅延すれば、毎日5,000米ドル相当の罰金を科すと決定しました。
 ちなみに、ブラジルでは、憲法上の権利として国民は医療を無料で受けることができることとされています。

 この決定に対し、ブラジル政府は、抗告しないことにしました。
 なお、誰に対して性転換手術を受ける資格を与えるかについては、地方ごとに保健担当官吏が決定すべきこととなりました。
 いずれにせよ、世界で初めて、ブラジルでは性転換手術を無料で受けることができることになったわけです。

 (以上、
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-briefs18.s4aug18,1,5573105.story?coll=la-headlines-world  
(8月19日アクセス)による。)

 日本では、性転換手術はもちろん保険ではカバーされていないと思いますが、ブラジルは何と進んでいることでしょうか。

4 「性同一性障害」の原因論をめぐる米国での騒動

 しかし、この性転換手術の対象にもなるところの、性同一性障害の原因について、研究者の間でコンセンサスが成立している、というわけではなさそうです。
 米ノースウェスタン大学の心理学者のベイリー(J. Michael Bailey)が2003年の春に出版した本“The Man Who Would Be Queen”をめぐって米国で激しい議論が行われています。
 この本の中でベイリーは、男として生まれた人が女になろうとするのは、生物学的なミスマッチで男の体にくるまれた女性として生まれてしまったからであるとの通説に異論を唱え、女性になって行うセックスへのあこがれ(erotic fascination)からである、と主張したのです。
 
 爾来、通説を当然視する大部分の学者達や性同一性障害者達から、ベイリーは、非科学的謬見を唱えるものであってナチと同じだ、といった厳しい非難を受けています。
 ベイリーを支援している学者等も少数ながら存在するものの、ベイリーの説の支持を表明している人はほとんどおらず、もっぱら、批判者が学問的批判の域を超えた人格攻撃が行われていることへの懸念の表明にとどまっています。

 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/08/21/health/psychology/21gender.html?pagewanted=print  
(8月22日アクセス)による。)

 このような面については日本よりはるかに進んでいる米国においても、なおタブーが存在しているらしいことが分かりますね。

5 終わりに

 日本には、芸の上での異性装者、すなわち歌舞伎や大衆演劇の俳優たる女形が存在します。
 中には時々立役を行う女形の俳優がいますし、女形しかやらない俳優の中にも、日常生活は普通の男性として送る人と日常生活においても女性的な生活を送る人がいると承知しています。
 異性装者にしても、性同一性障害者にしても、第3の性の世界は奥行きが深そうですね。

(完)

太田述正コラム#2080(2007.9.23)
<新悪の枢軸をめぐって>

1 始めに

 ブッシュ政権は、イラク・イラン・北朝鮮を悪の枢軸と呼びましたが、イラクのフセイン政権打倒後は、シリアがイラクに代わり、シリア・イラン・北朝鮮が新悪の枢軸と目されて現在に至っています。
 この三者をめぐる、最新の動きをまとめてみました。

2 最新の動き

 (1)始めに

 最初に、読者との対話を掲げておきます。

<読者(KS)>

 私は専門家ではないので、米国によるイラン空爆はない、との太田様の分析(コラム#2074)に関して明確に反論することはできませんし、するつもりもありません。
 ただし、軍部上層部が軍の最高司令官である大統領に対して反旗を翻すことが、米国のイラン攻撃に対する抑止力になりうるか、については疑問を感じます。
 私はより本質的な問題として、イラン空爆の日本への石油供給の影響は如何か?ということに関心があります。
 仮にイスラエルがイランの核施設と思われる施設への限定空爆を行ったとして、この空爆が日本への石油供給に影響を及ぼす可能性はあるのでしょうか、それともないのでしょうか?

<太田>

 イスラエル空軍機のシリア攻撃について、アラブ諸国は沈黙を保っています(典拠省略)。
 核疑惑が報じられ、しかも対イラン核施設等への攻撃の予行演習を兼ねて行われたといった報道がなされているにもかかわらずです。
 というより、だからこそ、アラブ諸国は、アラブの国であるシリアが攻撃を受けても、(少なくともシリアが主張しているように領空を侵犯されても)沈黙を保つことによって、事実上イスラエル側に立った、ということだと私は理解しています。
 イラン国民の大部分はアラブ人ではありませんし、イラン国民の大部分は、アラブ諸国では少数派のシーア派です。
 ですから、イスラエルのイランの核施設等への攻撃に対し、イランがペルシャ湾の封鎖を行ったりすれば、アラブ諸国、とりわけ湾岸諸国は強く反発し、イランに対して軍事力を行使するとまでは思いませんが、米軍による封鎖解除、及びそれに関連する対イラン攻撃には積極的に賛成するのではないでしょうか。
 また、イランが、イスラエルに対する報復としてはいささか的はずれですが、イラク内の過激派やアフガニスタンのタリバンに手を回してイラクとアフガニスタンの米軍等に攻撃をしかけさせるようなことがあれば、ファロンだって喜んで対イラン攻撃の指揮をとることでしょう。
 すなわち、イランとしては、せいぜい報復としてイスラエルに地対地ミサイル攻撃を加えるぐらいでお茶を濁さざるを得ない、と思うのです。
 以上から、イランによるペルシャ湾封鎖はないし、いわんや湾岸諸国の石油施設への攻撃などありえない、という結論になります。
 また、イスラエルが攻撃したとしても、イランの核施設等が破壊されるだけなのですから、イランの石油関連施設は被害を受けず、イランにおける石油生産・石油輸出には影響は出ないでしょう。

 (2)イラン

 ファロン米中央軍司令官は21日、イランの革命防衛隊が強力かつ精緻な徹甲路傍爆弾の部品をアフガニスタンの叛乱分子に供給しているとし、これが続くようなら「断固とした対応をとる(act decisively)」と述べました。
 この発言は、ブッシュ政権内の対イラン強硬派のガス抜きをするために、とにかくイラン非難声明を出す必要があったけれど、イランがイラク国内の過激派を支援していることを証明できないので、より根拠のある上記事例を持ち出してイランを非難する、というねらいでなされた、と私は見ています。

 イランがイラク国内の過激派を支援していることの証明を米国ができていない証拠として、20日にイラクのタラバニ(Jalal Talabani。クルド人)大統領が、駐イラク米国大使宛に、米軍がクルド地方において、過激派に武器を提供し、訓練を施しているとの容疑で拘引した自称商業使節のイラン人をただちに解放するように求める書簡を送ったことが挙げられます。
 タラバニは、拘引されたイラン人はクルド地区への正規の商業使節である上、イランが拘引に怒ってクルド地区との国境閉鎖を口にしており、閉鎖されればクルド地区は大きな経済的打撃を受けるし、そもそもクルド地区で勝手に米軍が外国人を拘引するのは遺憾である、と記しているのです。

 このことと、ファロンの側近がわざわざ後で、ファロンが「断固とした対応をとる」と言ったのは軍事行動をとることを示唆したものではなく、アフガニスタン領内での、違法物資の差し押さえ活動を強化する可能性に言及しただけだと述べたことと、ファロン自身が、発言の際、イランはアフタニスタン西部に対して開発援助を行っていてこれには助かっているとも述べていることから、ファロン発言がガス抜きであったことは明らかだと思うのです。

 (以上、
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-afghan22sep22,1,3783082,print.story?coll=la-headlines-world
http://www.cnn.com/2007/WORLD/meast/09/22/talabani.letter/index.html
(どちらも9月23日アクセス)による。)

 (3)北朝鮮とシリア

 北朝鮮が射程約435マイルのスカッドDミサイルをシリアが開発するのを助けたのは確かなのですが、シリアが核装備計画も追求しているかどうかは、ブッシュ政権内でかねてより議論が続いてきたところです。
 ボルトンが国務次官当時、2002年から2003年にかけて、米国政府としてシリアの核計画に公式に言及すべきだと主張し、それに対し諜報諸機関が確証がないとして反対したことが知られています。
 この主張のために、米連邦議会議員等は2005年にボルトンが正式に国連大使になることに反対したのです。
 ボルトンは、今回のイスラエル空軍機によるシリア攻撃によって、自分のこの主張が裏付けられたと述べていますが、米国政府もイスラエル政府も公式には何も言わないので、真偽の程を確かめようがないという状況が続いています。
 最近の目新しい話としては、米政府筋から、この夏、北朝鮮とシリアの間で2つ以上の技術貿易に係る協定が締結されているところ、これが核と関係したものであった可能性がある、という疑惑が語られたことくらいです。
 ニューヨークタイムスに、米国のアジアにおける密接な同盟国の2人の上級の外交官が、米国からいつも北朝鮮情報をもらっているが、今回の件では何もくれないとこぼしている、という話が出ています。
 これは、恐らく日本の外交官なのでしょう。
 この記事は、米国政府のこのようなガードの堅さは、情報の確度に自信がないせいか、それとも情報源の秘匿のためなのか分からない、と記しています。
 謎は深まるばかりです。
 6か国協議における米国の出方を注視しましょう。

 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/09/22/world/middleeast/22weapons.html?_r=1&hp=&oref=slogin&pagewanted=print
http://www.chosunonline.com/article/20070922000017
(9月23日アクセス)による。)
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 コラム#2081(2007.9.23)「ミャンマー動く(続)(その1)」のさわりの部分をご紹介しておきます。
 ・・
 昨日、ミャンマーにおける反政府活動は、新たな次元に達したことが判明しました。
 僧侶達とアウンサン・スーチ女史との連携の兆しが現れたのです。
 ・・
 ヤンゴンで22日、雨の中を反政府デモに参加した少なく見積もっても約2,000人の僧侶達のうち約1,000人が、・・軟禁中の民主化運動指導者アウンサン・スーチー女史の自宅に向かいました。
 ・・
 女史が大勢の人の前に姿を見せたのは、2003年5月の拘束以来初めてであり、僧侶達が、反軍事政権の象徴である女史と連携する兆しが現れたことで、反政府の機運が一気に広まる可能性が出てきたのです。
 ・・
 翌23日の日曜日には、約10,000人の僧侶達がデモを行い、このデモを守るように約10,000の一般市民が人垣をつくりました。
 ・・
 軍部が頭を抱えているらしいことは、24日に開催を予定していた20人の地域軍司令官達による四半期ごとの会議を取りやめたことからも窺えます・・。
 ・・
 僧侶達はミャンマーに50万人近くいると見られています。
 ・・。
 ・・僧侶達は喜捨を受けて生活をしているために、ミャンマーの状況が一番良く分かっています。
 ・・
 次はスーチー女史についてです。

(続く)

太田述正コラム#2014(2007.8.21)
<米国リベラルのサルコジ観>(2007.9.23公開)

1 始めに

 米国のリベラルがどうサルコジ新仏大統領を見ているか、ご紹介しましょう。
 当然、これらは英国の指導層のサルコジ新仏大統領観でもあると言ってもよいと思います。

2 ニューヨークタイムス

 (1)論説1の概要

 サルコジについては、親米イメージが米国で流布している。
 しかし、サルコジは就任時の演説で「<フランスは>米国の友人<であり、>米国がフランスを必要とする時は常に米国に与する<が、>友情というものは友人が異なった行動をとることを認めるものなのだ」と語ったことを忘れてはなるまい。

 彼は、シラク前仏大統領の対イラク戦反対の立場をずっと支持してきた。
 それに加え、サルコジは、米国がアフガニスタンへのフランスの派兵規模を増やしてくれと要望しているというのに、フランス兵を撤兵させる意向を表明してきた。
 また彼は、炭酸ガス排出規制の京都議定書に入っていない(米国等の)諸国からの輸入品に炭素税をかけることを選挙運動中に示唆してきた。
 ブッシュ政権が推しているところの、トルコのEU加盟についても、強硬に反対してきた。
 ブッシュ政権の東欧へのミサイル防衛施設の設置にも中立的立場をとってきた。

 サルコジを見ているとナポレオンを思い出す。

 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/05/13/weekinreview/13smith.html?ref=world&pagewanted=print  
(5月13日アクセス)による。)

 (2)論説2の概要

 内政面でも、サルコジはリベラル・イメージが米国で流布しているけれど、サッチャー革命を志向する様子は全くない。

 サルコジは蔵相であった時、企業に課される税金や社会保障負担を減らそうとはしなかったし、外国企業による国内企業の買収を阻止したし、危機に瀕した大企業を税金を投入して救った。
 大統領に就任してからも、企業の自由度を増大しようとしているものの、最低賃金制を撤廃しようとはしていないし、大学の自治を強化しようとしているものの、民営化しようとはしていないし、福祉国家のありかたを見直そうとしているものの、福祉国家であることを止めようとはしていないし、労組の力を削減しようとしているものの、労組と敵対しようとはしていない。

 要するに、これは1990年代以来のフランスの政策の継続であり、全面的規制撤廃などサルコジは全く考えていないのだ。
 考えてみればこれは当たり前であり、サルコジは経済面ではリベラルかもしれないが、政治面では決してリベラルではないからだ。
 彼はナショナリズムと国家介入主義の信奉者なのであり、このことはサルコジが欧州中央銀行の金融引き締め政策に反対したり弱いユーロを追求したりしていることからも分かろうというものだ。

 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/05/15/opinion/15roy.html?pagewanted=print
(5月16日アクセス)による。)

3 ニューヨーカー誌の論考の概要

 サルコジが一躍フランス中に名前が知られるに至った出来事がある。
 彼がパリ近郊のニュイリー(Neully)の市長であった1993年のことだ。
 変質者の男が保育園を占拠した。彼は爆弾を体に巻き付けており、園児達を人質に取った。彼は訳の分からない要求を突きつけ、警察が保育園を取り囲んだ。
 するとサルコジが、たった一人で保育園に乗り込み、男に話を始めた。
 何が欲しいのか、どんな問題を抱えているのか、自分にできることはないか、等々。
 その上で、まずは園児を解放しなければならない、と言った。
 30分後、サルコジは園児全員を連れて外に出てきた。
 その後、警察が踏み込んで男を射殺した。

 ここからも分かるように、サルコジは勇敢なんてものではない。爆弾を体に巻き付けたこの変質者も真っ青の危険大好き人間なのだ。

 そんな人間だからこそ、大統領就任後、野党の社会党の有力者を二人もたらし込めたのだ。
 一人は外相に据えることによって、そしてもう一人はIMFの専務理事に据えることによって。
 また、そんな人間だからこそ、党首の老ルペン(Jean-Marie Le Pen)を誉めるという綱渡りまでして、かつ選挙期間中移民や犯罪に厳しい姿勢を表明して、右翼の国民戦線(National Front)の支持者を多数自分の党に鞍替えさせることができたのだ。
 それどころか、サルコジは、正規の外交ルートを使わず、(フランスの武器供与をエサに?)よりを戻したばかりの彼の美人妻をリビアのトリポリに派遣することによって、子供達にHIVを注射で感染させたとしてリビアの裁判所で死刑を宣告されたブルガリア人看護婦達を帰国させることに成功した。
 
 これはボナパルティズム(Bonapartism)だ。
 ボナパルティズムと言ってもナポレオンの第一帝政のそれとナポレオンの甥のルイ・ナポレオン(Louis-Napoleon)の第二帝政のそれがあるが、サルコジのボナパルティズムは甥の方をより彷彿とさせる。
 いずれにせよ、ボナパルト家は、コルシカが里だし、サルコジ家は、ギリシャ系ユダヤ人とハンガリーの田舎貴族の流れを汲むというわけで、どちらもフランスのよそ者である上、ナポレオンもサルコジも身長が低いところまでそっくりだ。
 ルイ・ナポレオンは、1848年から(普仏戦争で無様な敗北を喫する)1871年までフランスを国家元首として統治した。これは、アンシャンレジーム以降では最長記録だ。
 その統治は、国家主義的であると同時に企業家的(entrepreneurial)であり、ひたすらフランスの力の強化に努めたが、首都パリの大整備計画等を推進したり、新規さを追い求めたりすることを厭わないという意味では決して保守的な統治ではなかったことを思い起こそう。
 
 (以上、
http://www.newyorker.com/reporting/2007/08/27/070827fa_fact_gopnik?printable=true  
(8月21日アクセス)による。)

4 コメント

 私はかねてより、アングロサクソン文明と欧州文明の対立を論じ、その欧州文明にあって民主主義的独裁の原型を生み出したのがフランスであり、その原型とはナショナリズムである、と主張してきたところです。
 私の言うナショナリズムとボナパルティズムとはほぼ同じものであり、アングロサクソンが欧州のナショナリズムないしボナパルティズムをいかにうさんくさく見ているかが、これらサルコジ観からよく分かりますね。

太田述正コラム#2078(2007.9.22)
<イスラエル空軍機のシリア攻撃(続x3)>

 (本篇は、即時公開します。)

1 始めに

 その後の英米のメディアによる、本件の報道内容を、私見を交えつつご紹介しておきましょう。

2 関係国の反応

 (1)イスラエル

 イスラエルの野党リクードの党首のネタニヤフ(Binyamin Netanyahu)元首相は20日、「首相がイスラエルにとって何か重要で必要なことを行う場合は、私は同意を与える」とイスラエル空軍機のシリア爆撃があったことを、イスラエルの関係者として始めて認めました(
http://www.guardian.co.uk/syria/story/0,,2173899,00.html
。9月21日アクセス)。

 その一方でイスラエル政府は、シリアとの緊張緩和に腐心しているように見えます。
 オルメルト首相は、国際法上は戦争状態にあるシリアと、無条件で平和交渉を再開する用意があると述べました。
 これは7月11日に同首相が述べたところの、「私はアサド・シリア大統領と平和について話し合う用意がある。シリアと平和を取り結ぶことができればうれしい。私はシリアに戦争を仕掛けたくはない」というスタンスに何ら変更がないことを意味しています。
 これに加えて、18日にはイスラエルのペレス(Shimon Peres)大統領が、「われわれはダマスカスとの対話の用意がある」と述べました。
 そもそも、爆撃にあたってわざわざ、ゴラン高原に展開している兵力の一部を、シリアに通報した上で、イスラエル南部のネゲブ砂漠に移駐させているのです。
 (以上、
http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/II22Ak06.html
。9月22日アクセス)。
 イスラエル軍部自身、ゴラン高原をシリアに返還する件でのシリアとの交渉再開を上申したと伝えられています(
http://www.secure-x-001.net/SecureGeo/Issue/SecureObservationComments.asp?IssueFunction=103&Site=109&Portal=1
。9月22日アクセス)。

 イスラエル政府が、爆撃について箝口令を敷いていることと以上のことから、イスラエルがシリアとの関係を悪化させないよう、最大限の努力を払っていることは明らかです。
 そんなことをする目的は、何かもっと大事が控えているからとしか考えられません。
 やはり一番可能性があるのは、イスラエルがイランの核施設等への攻撃を真剣に準備中である、ということです。


 (2)米国

 他方、同じ20日、ブッシュ米大統領は、本件についてのコメントを何度も拒んだ上、「われわれは、北朝鮮が核兵器と核計画を放棄するという約束を守ることを期待しているし、もし彼らが核拡散を行っているのだとすれば、6か国協議を成功させたいのなら核拡散を止めることを期待している」と述べるに留めました(
http://www.ft.com/cms/s/0/4f50eef6-67a3-11dc-8906-0000779fd2ac.html
。9月21日アクセス)。
 米ブッシュ政権は、北朝鮮のシリアへの核資器財の提供疑惑が浮上した時点において、この問題を強く提起はしないという戦略的意志決定を行ったと報じらています。
 これは、2002年に当時のケリー米国防次官補が、確証のないまま、北朝鮮のウラン濃縮計画疑惑を追及したところ、北朝鮮との対話が途絶え、3ヶ月後に北朝鮮が核拡散防止条約からの脱退を声明した、という前例に懲りているからだ、というのです。
 (以上、FT上掲による。)

 9月6日の爆撃から1週間後、米国が北朝鮮に対し、核廃棄を実行すれば見返りに2,500万米ドル相当の重油を提供する意向を表明した(secure上掲)ことや、ブッシュ政権が、爆撃後、事実関係について、リークは黙認しつつも公式には沈黙を保っているのは、イスラエル政府の要請を受け容れたものであり、その上で、北朝鮮の出方を冷たく見守っている、ということであろうと私は考えています。

 (3)北朝鮮

 21日、中共は、北京で27日から4日間の日程で6か国協議が開催されると発表しました。
 これは、北朝鮮が、とにかく協議には出て米国の出方を見極めようとしたことを意味します。
 その一方で、21日に、平壌で崔泰福(Choe Tae Bok)朝鮮労働党中央委員会書記とダウード(Saaeed Eleia Dawood)シリア・バース党(Ba'ath Arab Socialist party)組織局長との間で会談が行われています(
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,2174292,00.html
。9月22日アクセス)。
 これは、両国の間で口裏合わせが行われたもの、と見るべきでしょう。

3 シリアと核計画

 2004年に当時のボルトン軍備管理担当国務次官が、シリアが核計画を推進している、とシリアを非難しました。
 これは、2003年の対イラク戦直後、米国はフセイン政権の重鎮達がシリアに逃亡したと指摘したにもかかわらず、彼らの大部分がイラク国内で拘束され、次いでイラクの大量破壊兵器がシリアに運ばれたと指摘したにもかかわらず、それが間違いであることが判明した後に行われた三番煎じのシリア非難でした。
 それでも捨て置けないので、IAEAが調査に乗り出したのですが、2004年6月26日にエルバラダイ事務局長が、米国の非難の根拠を見出すことは全くできなかったというコメントを発表し、調査は終了しています。
 (以上、アジアタイムス前掲による。)
 それだけに、やはりシリアは核計画を推進していたのか、という驚きの声と本当だろうかという疑問の声が出ているわけです。

4 新たに分かってきた事実

 トルコ領空を通ってイスラエルの編隊が目標に接近したという説がある(典拠失念)上、帰投する際に補助燃料タンクをトルコ領内に投棄したところから、イスラエルがトルコ軍部と事前に調整していた可能性が取り沙汰されています(secure前掲)。

 爆撃の前に、本件で米国がイスラエルと諜報面で協力していた、という報道もなされています。
 爆撃担当の戦闘機のパイロットは離陸後にようやく任務を明かされたところ、編隊中の制空担当の戦闘機のパイロットに至っては、任務の詳細を最後まで明かされなかったくらい、秘密厳守が徹底していたようです。
 もともと犠牲者の数を最小限にするために6日の未明に爆撃が敢行されたのですが、犠牲者がゼロだった可能性があるようです。
 爆撃の3日前に入港した北朝鮮の船については、核資器財を積載していたという説が有力ですが、ミサイル部品を積んでいただけだという説や、そんなものは一切積んでおらず、爆撃の時期と入港の時期がたまたま重なっただけだ、という説もあります。最後の説は、イスラエルは、メディアに情報が漏れることを心配して、早めに爆撃を敢行したのではないかというのです。

 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/09/20/AR2007092002701.html?hpid=topnews
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,2174292,00.html
(どちらも9月22日アクセス)による。)
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 コラム#2079(2007.9.22)「ミャンマー動く」のさわりの部分をご紹介しておきます。
 ・・
 今回の反政府活動のきっかけになったのは、8月15日に突然当局がガソリン等の燃料を2倍に値上げしたことでした。
 8月19日から、まず、軟禁中のアウンサン・スーチー(Aung San Suu Kyi) 率いる民主同盟(National League for Democracy=NLD)の指導者達や学生達が抗議行動の先頭に立ったのですが、当局の弾圧を受けて逮捕されたり逃亡したりして抗議行動が下火になったところへ、若い僧侶達が抗議行動に参加し始めた、という経緯をたどって現在に至っています。
 ・・
 ・・9月18日から、僧侶達による抗議行動が、ミャンマー最大の都市であり、つい最近まで首都であったヤンゴン(ラングーン)等で組織的に行われるようになったのです。
 ・・
 22日には、マンダレーで約4,000人の僧侶達を中核とする約10,000人のデモが行われました。
 これは、1988年の暴動以来の大規模なデモであると言えます。
 ヤンゴンにおいても、連日降りしきる雨の中で、21日の約1,500人の僧侶達によるデモに引き続き、22日、約1,000人の僧侶達に約800人の一般市民が加わる形でデモが行われました。
 この間、「全ミャンマー僧侶連盟(The All Burma Monks Alliance)」という耳慣れない団体が、一般市民に対し、僧侶達による抗議行動に加わるように促しました。
 「われわれは、僧侶を含むあらゆる人々を貧困に陥れている悪の軍事専制を全市民の的であると宣言する。・・この共通の敵である悪の体制をミャンマーの土地から永久に放逐するために、団結した大衆は団結した僧侶勢力と手を携える必要がある」と。
 こんなことは、独立以来、初めてのことです。
 ・・
 <しかし、>・・今後当局が強硬な弾圧に出てこないという保証はありません。

 米国の国連大使<や>・・英国の国連大使は、<ミャンマー当局に警告を発しています。>
 ・・
 北朝鮮とシリアの核開発提携疑惑にも、この風雲急を告げるミャンマー情勢にも余り日本のメディアは関心を示していないようで、まことに困ったものです。
 日本の数多ある市民団体はどうしてミャンマーの民主化勢力への連帯と支援のアッピールの一つくらい行わないのでしょうか。
 どうして日本の外務省は、ミャンマー当局に警告を発しようとはしないのでしょうか。
 現在の日本では、他人のことを顧みようとする人物など払拭しているということなのでしょうか。

太田述正コラム#2074(2007.9.20)
<米国の対イラン攻撃はない(続)(その2)>

 (2)米国の対イラン攻撃はないと思う根拠

 私が現時点で一番重視しているのは、ゲーツ米国防長官の存在です。
 9月17日、ゲーツは次のような趣旨の講演を行いました。
 
 米国においては、建国以来、対外政策に関し、現実主義者(realist)と理想主義者(idealist)の間で議論が続いてきた。
 例えば、フランス革命について、アダムス(John Adams)は向こう見ずな過激主義と見たのに対し、ジェファーソン(Thomas Jefferson)は自由の勝利と見た。
 爾来米国は、他の暴君(tyrant)達に勝利するために暴君達と取引をしたり、人権の旗手を任じながら、人権蹂躙の権化のような連中と手を携えたりしてきた。
 自由を熱烈に信奉しつつ時と場合によって自由を推進するために異なったアプローチをとることは偽善でも冷笑主義でもない。
 大事なことは、歴史の悲劇的な皮肉は善をなすためには悪と妥協しなければならないことと、民主的改革には時間がかかるのであって忍耐強く待つ必要があることを理解することだ。

 これだけでもゲーツは決して単なる現実主義者ではない一方で、ブッシュよりもはるか国際問題に通じている印象を受けます。
 そしてこの講演後のニューヨークタイムスとのインタビューで、ゲーツは、(ハーバード大学のナイ教授の言う)ソフト・パワーの重要性を繰り返し説き、冷戦後に米国が犯した二つの最大の誤りは、国際開発庁(Agency for International Development)の縮小と米情報庁(U.S. Information Agency)の廃止だ、と答えています。
 また、イランに係る安全保障上の脅威を勘案しながら、そのイランにおいて自由を推進するにはどうしたよいかとの質問に対し、ゲーツは、ソフトパワーを用いることを強調し、イランの体制が自ら掲げるレトリックの達成に失敗していることをイランの大衆に気付かせる必要がある、と答えています。
 最後にゲーツが、現在米国が遂行しているイラク駐留米軍増強戦略が決まる際に、反対意見のリークがなかったことを指摘し、この戦略についていかに国防省内でコンセンサスが成立しているかに注意を喚起していることはイミシンです。

 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/09/19/opinion/19brooks.html?ref=opinion&pagewanted=print
(9月20日アクセス)による。)

 このゲーツが米国の対イラン攻撃の鍵を握っているのであり、しかも、対イラン攻撃の際の現地最高司令官は、あのファロン海軍大将(コラム#2067)です。
 仮にブッシュ=チェイニー・ラインがイラン攻撃を命じたとしても、ゲーツは自らこのことをリークし、或いは制服幹部達がこのことをリークするのを黙認することによって、この命令を覆すことを目論むでしょうし、それで覆せなければ、今度はファロンが公然と異論を唱えて辞表を叩き付けることでしょう。

 これに加えてガーディアンが論説で、ライス米国務長官もゲーツの側になびきつつある、と指摘しています(
http://commentisfree.guardian.co.uk/simon_tisdall/2007/09/tehrans_misguided_defiance.html
。9月19日アクセス)。

 これでは、いかにブッシュ=チェイニー・ラインが頭に血が上ろうとも、対イラン攻撃など容易に行えるはずがないと思いませんか。

 イランは、宗政国家ですが、民主主義的要素もあり、民度も必ずしも低くない、一筋縄では捕らえきれない国です。
 そのイランでは、政府も国民も、イラクで泥沼に陥っている米国が対イラン戦を敢行することはありえないと思いこんでいる(
ガーディアン上掲及び、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6999513.stm
(9月19日アクセス))のは、当たらずといえども遠からずといったところでしょうか。
 もっともこれまた私同様、イランは、イスラエルがイランの核施設等を攻撃する可能性はあると見ているようで、イランの空軍副司令官は19日、イスラエルの攻撃に対しては、イランの防空戦闘によって飛来戦闘機の30%は撃墜できるし、イランはミサイルと戦闘機でイスラエルに報復攻撃をする、と精一杯虚勢を張ったところです(
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-iran20sep20,1,5503100,print.story?coll=la-headlines-world
。9月20日アクセス)。

3 終わりに

 イランが一筋縄では捕らえきれない国である証拠を一つご紹介しておきましょう。

 一昨年アフマドネジャド(Mahmoud Ahmadinejad)大統領がホロコースト否定論を何度も口にし、昨年12月には同大統領のお声掛かりでテヘランでホロコースト否定論者による国際会議が開催されたイラン(コラム#1552)で、1940年代のナチス占領下のパリで当時のイラン大使館がユダヤ人の脱出を助けるために500冊のイランのパスポートをユダヤ人のために発行したという史実を踏まえた連続ドラマが現在、国営TV局で放映されています。
 その中で、「ファシスト達はユダヤ人を強制収容所に送ろうとしている」といったセリフが飛び交い、イラン大使館員とユダヤ人女性(いずれも想像上の人物)との恋、そしてこの大使館員がユダヤ人達をパレスティナに逃がそうとする、という話が展開するのです。
 実は、イランにはユダヤ人25,000人が居住しており、イランは中東におけるイスラエルに次ぐユダヤ人「大国」なのです。
 国営TV局は、イランの最高指導者のハメネイ師(Ayatollah Ali Khamenei)の直轄下にあり、このドラマの訪映がハメネイ師の了承を得て行われていることは確かなのです。

 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/09/16/AR2007091601363_pf.html
(9月18日アクセス)による。)

(完)

太田述正コラム#2070(2007.9.18)
<米国の対イラン攻撃はない(続)(その1)>

<KS>

 仏在住の者ですが、日本はやれ安倍退陣だ、やれ福田総理だ、等と相変わらず緊張感がなく、がっくりしています。
 仏外相が昨日、イラン攻撃も最悪ありうると発言していました。
 このところ不気味に沈黙を守っている米国ではなく、仏がこのような発言をしたことはかなり危険な兆候だと私は見ています。
 日本の石油需要の8割以上を依存している中東湾岸地域で仮にイラン空爆が実施された時のリスク、またそのようなリスクに対し日本は国としてどのように対応するか、日本の政治家や官僚が果たして考えているのでしょうか?非常に気になるところです。

<太田>

1 イランをめぐる情勢

 フランスのクーシュナー(Bernard Kouchner)外相が16日ご指摘のような発言をしたことは事実です。その際、外相は、フランスのトタール(Total)やルノーのような大企業にイランと契約を締結しないように働きかけていることも明らかにしました。(
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6997935.stm
。9月17日アクセス)
 しかも同外相は翌17日、国連安保理は(ロシアや中共の反対により)より厳しい対イラン経済制裁措置をとることは恐らくないであろうから、フランスは英国やオランダらとともに、米国が既にとっている措置と同様の追加的対イラン経済制裁措置を独自にとることを考慮していると言明しました(
http://www.nytimes.com/2007/09/17/world/middleeast/17cnd-iran.html?_r=1&hp=&oref=slogin&pagewanted=print
。9月18日アクセス)。
 そもそも先月、フランスのサルコジ大統領が、イラン問題は現時点における「最大の危機」であって、世界は「イランの<核>爆弾かイランに爆弾を落とすか、という究極の選択」を迫られている、と述べて物議を醸したばかりです。

 また、17日には、英国の政府筋が、フランスの外相が「述べたのは当たり前のことだ」と言明したことで、ますますきな臭さが漂ってきました。

 (以上、
http://www.guardian.co.uk/international/story/0,,2171395,00.html
(9月18日アクセス)による。)

 フランスや英国よりもともとイランに対してより強硬な米国では、対イラン慎重派のライス国務長官から、対イラン強硬派のチェイニー副大統領に対外政策の実権が再び移りつつあるとされています(
http://observer.guardian.co.uk/world/story/0,,2170382,00.html
。9月17日アクセス)。

 IAEAのエルバラダイ(Mohamed ElBaradei)事務局長は、先月イラン政府との間で、IAEAとしてイランがこれまで核物資を平和目的以外に転用したことがないことが確認できたとした上で、ウラン濃縮中止に言及しないまま、IAEAが提示したいくつかの疑問にイランが回答する、という了解に達したところです。
 ところが米国だけではなく、このところフランスの首相や外相のほか英国の政府筋によってIAEAのハシゴをはずすような発言が行わ始めたことにエルバラダイは危機感を強め、17日、対イラン攻撃などもってのほかであり、そんなことをすればイラクで一般住民70万人が死んだ二の舞になる、と警告しました(ガーディアン及びオブザーバー上掲)。

 またイラン外務省の報道官は17日、フランスの外相をたしなめる発言を行いました(
http://www.cnn.com/2007/WORLD/europe/09/17/france.iran/index.html
。9月18日アクセス)。

2 私の判断

 (1)私の判断

 このように昨今、フランスや英国まで、対イラン戦を口にしているわけですが、フランスや英国が対イラク攻撃を行うことは将来ともおよそ考えにくい上、米国もまた、ブッシュ大統領が在任中に対イラン攻撃を決行するようなことはない、と私は考えています。
 米国がイランを攻撃しないであろう理由は、以前(コラム#1676、1680で)も述べたところですが、現在でもこの判断を改める必要があるとは思いません。
 ただし、その時にも述べたように、イスラエルが単独で、この一両年中にも対イラン攻撃・・ただし核施設に目標をしぼった攻撃・・を決行する可能性は排除できません。
 9月6日にイスラエルがシリアの、恐らくは核施設を攻撃し、破壊したことからも、このことはお分かりいただけると思います。なおこれは、イランへの警告であると同時に対イラン攻撃の予行演習であったと考えられています。(
http://observer.guardian.co.uk/world/story/0,,2170188,00.html
。9月16日アクセス)

 それにしても、先月末、ブッシュ大統領が、今年米軍がイランの工作員によってイラクの過激派に提供されたイラン製の240ミリロケット弾を発見・押収した、と述べた(
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6968186.stm
。9月17日アクセス)り、アフガニスタン駐留NATO軍が、イランからタリバンに渡されようとしていたところの、(路傍爆弾に用いられる)徹甲成型弾等を9月6日に押収したと発表する(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/09/15/AR2007091500803_pf.html。9月16日アクセス)等、イランが米国の敵に対する支援を活発に行っている可能性が取り沙汰されているというのに、なにゆえ私が米国による対イラン攻撃はないと考えているかを、この際改めてご説明しておきたいと思います。

(続く)

太田述正コラム#2003(2007.8.16)
<米国の相対的衰退>(2007.9.18公開)

1 始めに

 タイトルを見て、また米国経済の相対的衰退の話かと思われた方が多いかもしれません。
 そうではなくて、米国民の平均寿命と平均身長の相対的低下の話をしたいのです。

2 平均寿命の相対的低下

 この20年間で米国人の平均寿命は、世界で11位から42位に落ちました。
 ちなみに、米国の黒人の平均寿命は73.3歳であるのに対し、白人は77.9歳であり、黒人男性だけとると69.8歳でしかありません。
 しかも、米国人の健康体であり続けられる平均年齢は60歳という驚くべき低さです。

 その最大の原因は、米国には医療保険に入っていない人が4,500万人もいる(コラム#1784)ことであり、保険に入っている人も、保険でカバーされない部分が多々あることです。実に、上位1%の富裕層を除き、米国人は誰でも事故に遭ったり病気に罹った結果破産するリスクを抱えているのです。
 肥満も米国人の平均寿命の相対的低下をもたらしている大きな原因です。米国のほとんど三分の一の成人は肥満体であり、これは世界最悪です。(ちなみに、米国人の喫煙率は低い方です。)
 このほか、米国の乳児死亡率も新生児1,000人あたり6.8人と決して少なくありません。

 (以上、特に断っていない限り
http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,2147617,00.html
http://www.nytimes.com/2007/08/12/opinion/12sun1.html?pagewanted=print  
(どちらも8月13日アクセス)

3 平均身長の相対的低下

 米国の成人の平均身長は、かつては男女とも世界一高かったけれど欧州諸国に抜かれてしまい、今では男性は9位、女性は15位に落ちてしまいました。
 男性はオランダ人男性より平均で約2インチ(1インチ = 2.54cm)も低いのです。
 ただし、上述したように、米国は肥満体の人の割合が世界一高いだけに、平均体重では男女とも世界一を維持しています。

 ちなみに、独立戦争の頃は、英領北米植民地の人々の平均身長は英本国の人々より約2インチ高く、1850年代頃の米国人の平均身長はオランダ人を始めとする欧州諸国の人々より約3インチ高かったのです。
 そして米国は、平均身長世界一の座を第二次世界大戦後まで維持し続けるのです。
 米国の富と力、それと米国人の身長は完全に相関していた、ということです。

 ところが、米国人の平均身長の伸びは1950年代から停滞を始め、1970年代には欧州諸国に次々に抜かれ始めました。その後再び米国人の平均身長は伸び出したけれど、欧州諸国の伸びには追いついておらず、差は開くばかりです。
 現在でも米国は実質世界一の平均所得を誇っていますが、身長では欧州諸国にかなわないわけです。
 この原因としては、西欧や北欧諸国は福祉国家であり、全国民的な社会経済的セーフティネットが完備していて、米国の自由市場志向経済に比べて、子供達や青年達により生物学的に高い生活水準を提供できているからであると考えられています。
 また、欧州諸国に比べて、米国の子供達がTVを見過ぎており、スナックやファーストフードを食べ過ぎていることも原因として指摘されています。
 このほか、欧州諸国に比べての米国の、乳児死亡率の高さ(上述)、低体重新生児の多さ、貧困家庭で育つ子供の多さ、予防接種率の低さ、も原因として指摘されています。
 とはいえ、まだはっきりとした原因は分かっていません。

 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/08/12/AR2007081200809pf.html  
(8月13日アクセス)による。)

4 感想

 米国の相対的衰退は、意外な所にまず現れましたね。
 米国の識者は、寿命や身長の相対的低下に危機感を募らせており、このこともあって民主党大統領候補の多くが国民皆医療保険制度の導入を唱えていると承知しています(典拠失念)。
 それにしても、日本人の平均寿命は世界一だというのに、平均身長は、データが得られる国々との比較では、中共、シンガポールよりは高いけれど、依然世界最短水準にとどまっている(
http://en.wikipedia.org/wiki/Human_height
)のはどうしてなのでしょうね。

太田述正コラム#2066(2007.9.16)
<海自艦艇インド洋派遣問題(その2)>

 実は、メルケル首相の本当の発言は、かなりニュアンスが違うのです。
 彼女は、「もし日本が国際社会でより大きな役割を果たそうと思っているのなら、より大きな責任を果たさなければならない」と言ったのです(
http://www.taipeitimes.com/News/world/archives/2007/08/31/2003376595
。9月1日アクセス)。
 これは、海上自衛隊による給油等の補給活動という軽易な貢献に加えて、アフガニスタン本土における陸上自衛隊ないし航空自衛隊による貢献を求めた、と受け止めるのが自然です。
 小沢氏も、そう受け止めたからこそ、わざわざ、アフガニスタン国際治安支援部隊(ISAF。コラム#561、1899、1991)は国連の決議に明確に基づいているとは言えないので、日本はISAFには参加しない旨を言明した(台北タイムス上掲)(注2)に違いないのです。
 
 (注2)ISAFが国連安保理決議1386という明確な根拠に基づいていることからすれば、これはあってはならない発言であるし、そもそも、先月行われたシェーファー米駐日大使との会談の際の、「国連安保理決議1386に基づく・・ISAF・・への参加は可能だ」との小沢氏自身の発言(コラム#1899)と矛盾する。テロ特措法の延長反対という一点を除き、小沢氏は自衛隊の対テロ戦への貢献問題で、その都度思いつき的に発言しているとしか思えない。ちなみに、ドイツはNATO率いるISAFに3,000名の兵力とトルネード戦闘機6機を提供している(台北タイムス上掲)。

 ドイツも海自補給艦から給油を受けています(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E6%B4%8B%E6%B4%BE%E9%81%A3
。9月16日アクセス)が、ドイツ海軍、ひいてはメルケル首相は、海自艦艇のインド洋派遣の隠された目的を知らないのでしょう。

 (4)対イラク戦参加艦艇への給油等?

 海自艦艇による給油等の補給活動について、米第5艦隊(注3)のホームページで、イラク戦争の作戦名である「OIF(イラク自由作戦)」の表題のもとに、「日本政府は8662万9675ガロン 以上、7600万ドル相当以上の燃料の貢献をしてきた」などと書かれ、末尾にアフガニスタン戦争を意味する「不朽の自由作戦(OEF)」の開始以来 とただし書きはあるものの、全体としてはイラク戦争に参加する艦船に給油したとも読める書き方をしていたことが、日本で政治問題化しかけたため、米国防総省はその記述を削除するとともに、釈明を行いました(
http://www.asahi.com/politics/update/0911/TKY200709110518.html
(9月12日アクセス)、
http://www.asahi.com/politics/update/0914/TKY200709140391.html
(9月15日アクセス)、
http://alcyone.seesaa.net/article/53612856.html
(9月16日アクセス))。

 (注3)実は、1980年代に私が日米共同演習に関わる仕事を当時の防衛庁でやっていた頃は、米海軍にとって第5艦隊とは、海上自衛隊の通称だった。「なるほど、だから5が欠番だったのか、それなら1、4は何だ。1は英海軍だろうが、4はどこだ?」と頭を悩ましたものだ。

 しかし、こんなことが政治問題化するなんて噴飯ものです。
 「(1)何をやっているのか」に記したことからもお分かりのように、インド洋でパキスタン沖に展開している米艦等の行っている業務は、アフガニスタンにもイラクにも共通する、いわば汎用性のある業務ばかりであり、特定の艦艇がアフガニスタン用に業務をしているのかイラク用に業務をしているのか、本来その艦艇に聞いたって分からないはずだからです。
 それに、この海域に所在する米艦は、すべて米第5艦隊、及びその上級司令部である米中央軍の指揮を受けており、中央軍司令官または第5艦隊司令官の命があれば、ただちに業務を変更したり、パキスタン沖海域を離れて別の海域、例えばペルシャ湾、に赴かなければならないのであり、そんなことを日本が詮索できる立場ではないことを考えればなおさらです。
 実際、そんなことなど日本政府自身、と言って悪ければ海上自衛隊自身、全く気にしていない証拠に、海自補給艦は、米英の補給艦にも給油をしてきたところです(ウィキペディア上掲)。米英の補給艦がいかなる国のいかなる艦艇にその燃料を給油しようと自由であることは言うまでもありません。

3 以上のほかに理解して欲しいこと

 (1)アフガニスタンこそ対テロ戦争の中心

 米軍は行きがかり上イラクに依然重点を志向していますが、対テロ戦争の中心は一貫してアフガニスタン及びその周辺です。
 これに関連して重要なことは、今や、米国はアルカーイダ等のイスラム過激派の主たる攻撃対象ではなくなっていることです。
 なぜなら、英国や西欧諸国のイスラム教徒の方が、米国のイスラム教徒に比べて人口比が大きいし、より疎外されていて、イスラム過激派へのシンパが多いため、英国や西欧諸国における方が、テロ活動等を実行しやすいからです。
 このイスラム過激派の最大の拠点は、パキスタンとアフガニスタンの国境地帯であり、そのアフガニスタン情勢は、タリバンの反転攻勢によって悪化しつつあります。
 だからこそ、ドイツ等の西欧諸国は、イラクには派兵しなかったり、イラクからは撤兵しつつも、アフガニスタンにはむしろ兵力を増派してきている、という経緯があるのです。

 (以上、
http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,,2167942,00.html
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-klein13sep13,0,1378807,print.story?coll=la-opinion-rightrail
(どちらも9月14日アクセス)による。)

 ですから日本が、新たな自衛隊による貢献抜きで、海自艦艇をインド洋から引き揚げるならば、それは米国を怒らせるだけでなく、それ以上に英国や西欧諸国を怒らせることになるのです。

 (2)インド洋における海自プレゼンスの意義

 今年4月中旬に房総沖で米日印3か国による初めての海軍演習が実施されましたが、今月初頭には、米日豪印4か国が初めて合同でインド洋で海軍演習を行いました。(シンガポールも参加しました。)
 この演習には、合わせて26隻の艦船が参加し、米国とインドは空母を派遣し、日本からは、護衛艦2隻と哨戒機2機が参加しました。
 これは、民主主義国家である上記4か国による軍事提携関係(Quadrilateral Initiative)樹立を踏まえて行われたものです。
 先月の安倍首相や小池防衛相(当時)、更には米太平洋軍司令官のキーティング(Timothy Keating)海軍大将の訪印や、7月のオーストラリア国防相の訪印、先月のオーストラリア海軍司令官の訪印は、すべてこの海軍演習の実施をめがけての政治的デモンストレーションであったと理解すべきなのです。
 この演習の直接的名目は、シーレーンの安全確保のための参加各国の防衛面での関係強化ですが、真のねらいが、情報開示が不十分なまま軍事力を増強しつつあるところの非民主主義国家たる中共への牽制にあったことは公然の秘密です。

 (以上、
http://blogs.yahoo.co.jp/huckebein0914/48615417.html
http://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1189224676/l50x
(どちらも9月16日アクセス)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/6968412.stm
(9月4日アクセス)、
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2007/09/09/2003377972
(9月10日アクセス)による。)

 以上から容易に想像できることは、日本が恒常的にインド洋において海自艦艇のプレゼンスを図ることが期待されていることです。
 給油などというイチジクの葉は取り去って、海自艦艇が補給艦を伴いつつ、インド洋で堂々と情報収集・監視活動ができるようになるのはいつのことなのでしょうか。

 (3)特措法システムそのものがナンセンス

 このほか、日本及びその周辺以外における自衛隊の行動の態様や期間を法律でしばるという特措法システムそのものがナンセンスであり、そんなことをしている限りは、自衛隊はいざという時、何の役にも立たない、という根本的な問題があるのですが、この話の詳細は、別の機会に譲りましょう。

(完)

太田述正コラム#1897(2007.8.7)
<原理主義的キリスト教に飲み込まれる(?)中共>(2007.9.8公開)

1 始めに

 われわれは中共の経済成長にばかり目を奪われていますが、実はその陰で、中共では原理主義キリスト教徒が爆発的に増えつつあります。
 アジアタイムスのスペングラー(Spengler)匿名論考に触発されて、このことをお伝えしようと思い立ちました。

2 原理主義的キリスト教に飲み込まれる(?)中共

 (1)背景

 19世紀に半植民地状態になってしまった支那では、儒教等に由来する伝統的な信条が失われ、中国共産党の権力掌握以降、それに取って代わった共産主義/毛沢東主義的信条もまた、トウ小平の経済開放政策の下で権威を失ってしまいました。
 その上、沿岸部を中心とする大都市圏と農村部との成長ギャップによって農村部から大都市圏への人口の大移動が生じ、いわば根無し草になった人々が多数発生していることもあり、中共の人々は拠るべき新しい信条を渇望しています。

 中共当局は、儒教的信条を人々に再注入しようとしており、これに呼応して放映された、現在42歳の女性である北京師範大学の于丹(Yu Dan)教授のTV論語講座はバカ当たりし、その内容をまとめた本『于丹〈論語〉心得』も既に300〜400万部売り上げてベストセラーになっています。

 昔から支那にあった仏教やイスラム教やカトリシズムの信徒もそれぞれ増えつつあります。
 イスラム教徒は現在2,000万人から3,000万人と言われていますが、北西部の辺境地帯に集中しており、しかもどちらかというと経済発展について行けない人々のための宗教、という趣があります。
 カトリック信徒は1949年に330万人いたのが、現在では1,200万人に増えた言われていますが、この伸びは人口全体の伸びとほぼ同じにとどまっています。

 (2)原理主義的キリスト教徒の爆発的増大

 ところが、プロテスタントの信徒は、1949年には90万人しかおらず、カトリック信徒の3.5分の1に過ぎなかったのに、今では1億1,100万人と言われる中共のキリスト教徒(注1)の90%の1億人に達し(注2)、カトリック信徒の3.5倍になっているのです。まさに爆発的な増大です。

 (注1)中共の総人口は現在13億人であるところ、うち1億人がキリスト教徒だということは、中共が既に米国、ブラジルに次ぐキリスト教大国であることを意味する。
 (注2)こんなに多くなく、7,000万人だ、いや4,000万人しかいない、とする説もある。ただ、いずれの説も、爆発的に数が増えつつあることを認めている。

 しかも、プロテスタントの信徒の大部分は原理主義的キリスト教徒(Evangelicals and Pentecostals)です。
 中国共産党員は現在7,500万人ですから、この数がいかに多いかが分かろうというものです。
 中共の原理主義的キリスト教徒の多くは、キリスト教の歴史は西漸の歴史であると考えています。
 すなわち、キリスト教の中心は、エルサレムからアンチオキア(Antioch。アナトリア半島の南の付け根に位置する都市。セレウコス朝が4世紀に建設。)へ、それから欧州へ、更に米国へと西漸してきたのであって、それが今や支那に中心が移ろうとしており、中共の原理主義的キリスト教徒は、西のイスラム圏に福音を伝え、キリスト教の世界制覇を完結させる役割を担っていると考えているのです。

 現在中共では、毎日キリスト教徒が1万人ずつ増えていると見られており、2050年までには中共のキリスト教徒は2億1,800万人と、その時の推計人口の16%を占めるという予測があります。
 そうなれば、中共は米国に次ぐキリスト教大国になるはずです。

 (以上、
http://ncrcafe.org/node/1252/print
http://www.atimes.com/atimes/China/IH07Ad03.html
(どちらも8月7日アクセス)による。)

3 感想

 このような趨勢がずっと続けば、中共が米国を経済規模で抜くのが早いか、米国を原理主義的キリスト教徒の数で抜くのが早いか、といったところです。
 それどころか、今世紀末までに中共の総人口の過半が原理主義的キリスト教徒で占められる可能性すら排除できません。
 既に韓国のキリスト教徒・・やはりその大部分は原理主義的キリスト教徒・・は総人口の30%に達しており、なおそのシェアを伸ばしつつあります。
 それに脱北者の過半はキリスト教徒になっています。
 ですから、統一朝鮮全体がキリスト教国になる可能性だってあるのです。
 そうなれば、日本はロシア、統一朝鮮、中共、フィリピン、そして米国と回りをことごとくキリスト教国で囲まれてしまうかもしれません。
 しかも、中共と米国がいずれも原理主義的キリスト教国となり、その両国が手を結ぶ、という悪夢が現実になっているかもしれないのです。
 日本の世界史的使命の一つは、あらゆる原理主義を排し、世俗主義を広める、ということであると私が考えていることはご存じの方が多いと思います。
 日本がこの世界史的使命を果たすことは、即日本の国益につながる、ということがお分かりいただけたでしょうか。

太田述正コラム#1891(2007.8.2)
<ダルフールとわが外務省>(2007.9.4公開)

1 始めに

 8月1日、国連安保理はスーダンのダルフール(Darfur) 地方に国連とアフリカ連合(AU=African Union)の合同部隊を派遣することを決議しました。
 本件に関し、朝日新聞は、「日本は国連の分担金比率に従って初年度500億円を支援することになる。だが、スーダン南部に展開する国連スーダン派遣団(UNMIS)に出向している外務省職員は1人だけ。現地情勢の情報を分析できる態勢にはなっていない。政府は政府途上国援助を組み合わせた支援や人的貢献を検討している。自衛隊の派遣については「安全確保ができるかが課題。欧米にとってアフリカは裏庭だが、日本とは風土も文化も違う。行け行けどんどんにはならない」(外務省幹部)などと消極的だ。」 と報じました(
http://www.asahi.com/politics/update/0802/TKY200708010481.html  
。8月2日アクセス)。

 自衛隊の派遣云々はともかくとして、外務省が、「欧米にとってアフリカは裏庭だが、日本とは風土も文化も違う。行け行けどんどんにはならない」という認識で、カネは出すけれど、「現地情勢の情報を分析できる態勢にはなっていない」ことはもってのほかです。

2 背景

 このことを説明する前に、本件の背景にざっと触れておきましょう。
 2003年2月に始まったスーダンにおける内紛は、空軍とアラブ人民兵を駆使するスーダン政府に対するに非アラブ人の叛乱分子、という図式であり、前者による後者の民族浄化・ジェノサイドという側面があります。
 この内紛で20万〜40万人が死亡し、今なお毎月約7,000人が死亡し、200〜250万人の難民が発生しています。

 スーダンには既にAUの平和維持軍7,000名が派遣されていますが、兵力不足もあって、一般住民の保護やNGOの保護が碌にできていないため、英仏や米国は国連平和維持軍を派遣しようとしたのですが、スーダン政府がその受け入れを拒み続けたために実現に至りませんでした。
 そのスーダン政府が6月、ようやく受け入れを認めたのですが、安保理常任理事国の中共が、もともと受け容れには消極的なスーダン政府の肩を持っているため、違法な武器没収権限を国連平和維持軍に与えないといった骨抜きの内容の安保理決議が英仏の共同発議でようやく7月31日に成立したのです。
 米国が共同発議に加わらなかったのは、骨抜きの内容の決議だったからです。

 英仏は、とにかく国連平和維持軍の派遣を行いさえすれば、スーダン政府が非協力的であった場合、より厳しい安保理決議を引き出しやすくなる、という腹づもりです。米国はスーダン政府が非協力的なら、直接米軍を介入させることもありうる、ということまで示唆しています。
 いずれにせよ、こうしてAUの7,000人を含めた最大19,555人の軍人と6,432人の文民警察官からなるところの、史上最大規模の国連平和維持軍の派遣が実現し、スーダンにおける民族浄化・ジェノサイドを止めさせるという目的の実現に向けて、遅まきながら国際社会は第一歩を踏み出すことができたのです。

3 もってのほかの外務省

 そもそも、上記安保理決議は、米国の後押しの下、英国とフランスの共同発議で議決に漕ぎつけたものです。
 確かに、英仏両国は、アフリカの旧宗主国として、またアフリカが欧州の裏庭であることから、アフリカに関する諸問題に特に強い関心を持っていることは事実です。
 しかし、日本が国連安保理常任理事国になるつもりが本当にあるのなら、世界のいかなる地域のことにも強い関心を持ってしかるべきです。

 しかもアフリカは、資源の宝庫であり、近年では産油地域としても注目されていることから、中東と並ぶ世界の戦略の要衝であると認識されるようになりました。
 事実、中共は鋭意アフリカに進出してきています。
 だからこそ、中共を牽制するためにも米国はアフリカ軍を新設しようとしています。
 (以上、コラム#1683、1837参照。)
 資源小国の日本、そして中共の隣国としての日本は、従って、アフリカには特に強い関心を持つべきなのです。

 冒頭に掲げた朝日新聞の記事が正確だとして、この記事が引用するわが外務省の「幹部」のピンボケぶりには、ただただ嘆息するほかありません。

 (以上、事実関係は、
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,2139747,00.html
http://www.nytimes.com/2007/08/01/world/africa/01nations.html?ref=world&pagewanted=print
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/07/31/AR2007073101731_pf.html
(8月2日アクセス)による。)

太田述正コラム#2035(2007.9.1)
<退行する米国(その10)>

七、学者と官僚の統制

 ナチスドイツのゲッペルス(Joseph Goebbels)は、反ナチスの学者達を大学から追放した。またナチスドイツは、1933年4月に、官僚を統制するための法律(Reich Law for the Re-establishment of a Professional Civil Service)を成立させ、これに基づいて検事を含む官僚達を解雇した。

 他方米国では、いくつかの州議会が、州立大学に対し、ブッシュ政権に批判的な学者達を処罰するか解雇するよう圧力を加えている。
 また、官僚に関しては、政権への忠誠心が十分でないと目された8名の検事が解雇されている。

八、報道機関の統制

 米国では、反戦デモのビデオの供出を拒んだサンフランシスコのブロッガーが一年牢屋にぶち込まれたし、国内安全保障省がブッシュ政権を批判したベストセラー作家たる記者のカトリーナ災害取材時の取るに足らないことを問題にして刑事訴追すると脅したし、サダム・フセイン政権の核疑惑の一つを否定した記事をニューヨークタイムスが掲載したところ、ブッシュ政権はこの記事を書いた人物の妻がCIAの諜報員であることを暴露してこの妻を事実上CIAから追放した。
 イラクでは、アルジャジーラだけでなくBBCの記者やカメラマンが米軍によって発砲されたり銃で脅されたりした。ITN等の記者は米軍によって負傷させられたり殺害されたりした。CBSとAPの現地スタッフは、米軍によって定かでない嫌疑で牢屋にぶち込まれた。

 また、ホワイトハウスは、誤った情報を湯水のように垂れ流しており、何が本当で何がウソか見極めることが困難になってきていることから、米国民が政府を監視することは容易ではなくなりつつある。
 これぞまさしく、ファシストのやり口だ。

九、異論の大逆罪視

 スターリンは、1938年にイズベスチャ編集長のブハーリン(Nikolai Bukharin)を大逆罪で見せ物裁判にかけ、処刑した。
 米国では、昨年6月にニューヨークタイムスが、CIAが財務省を使って国際資金取引を調べ上げている(前出)ことを暴いた論説(
http://www.nytimes.com/2006/06/23/washington/23intel.html?ex=1308715200%26en=168d69d26685c26c%26ei=5088%26partner=rssnyt%26emc=rss&pagewanted=print
。9月1日アクセス)を掲載したところ、ブッシュは「機密漏洩は恥ずべきことだ」と述べ、議会の共和党議員達は大逆罪ものだと非難し、これに右翼評論家達が唱和した。

 米議会は、愚かにも昨年軍事権限法(Military Commissions Act of 2006。前出)を成立させ、いまや大統領は、どんな米国市民でも「敵性戦闘員(enemy combatant)」呼ばわりできるようになった。
 敵性戦闘員とみなされた米国市民は、敵性戦闘員とみなされた外国人とは違って最終的に裁判にかけられる権利が今のところはあるが、ブッシュ政権は、裁判を回避する方法を模索し続けている。

十、法の支配の停止

 今年米国で防衛権限法(The John Warner Defense Authorization Act of 2007)が成立したことによって、大統領は、この法律によって宣言しやすくなった緊急事態をA州に対して宣言すれば、B州の州兵をA州に投入できることになった。
 これは、大統領に戒厳令を布告する権限を与えたに等しいとの批判がある。


 以上を踏まえ、ウルフは、ブッシュ政権の任期が来年来て、大統領選挙で民主党大統領が誕生して、ブッシュ政権が導入した人権抑圧諸措置が撤回される可能性がある、という点でまだ米国が完全なファシスト国家になったとは言い切れないけれど、9.11同時多発テロ並ないしそれ以上の、アルカーイダ等による対米攻撃がもう一度起こったら、仮にヒラリーやオバマが大統領になったとしても、人権抑圧諸措置が恒常化することは避けられないだろうとし、そうなれば、米国は完全なファシスト国家になるだろう、と警告するのです。

(続く)

太田述正コラム#2027(2007.8.28)
<退行する米国(その6)>

 では、私の投稿に対し、或いは日本について、いかなる議論がその後なされたか、その概要をご紹介しましょう。

 さすが、ガーディアンの読者達と言うべきか、結構良識的な議論が展開されていますね。
 なお、日本のフィリピン占領については、コラム#201をご参照ください。

 (この際、もう一度URLを繰り返しておきます。
http://commentisfree.guardian.co.uk/matthew_yglesias/2007/08/dont_know_much_about_history.html
。但し、今回は8月28日アクセス。)

               記

 <P(インドネシア。ただし、インドネシア系米国人か))>

 江戸時代以来の歴史の中で日本の人々は自分達自身で日本を民主主義化させた。

And as for Japan gaining democracy "because" of US occupation (i forgot what nitwit posted this) i can only say that you know very little history or even have very little knowledge of what the Japanese are like. Industrious people do not need to be set free by some other man in some far off country. They are far from perfect but with regards to forward thinking and industrious ingenuity you'll find that it was the people in Japan (Read about the Taiko, the shogunate, Edo period, Meji period, etc) that made democracy possible and not America (LOAD OF B*****KS). I'd only go as far as to say that it was commodore Perry that allowed them to get in touch with the western world ( I think that they would've anyway, read up on Masamune Date's expedition to Rome), but definitely not the American occupation bringing "democracy" (also you could read up on the protests of the existing American base in Okinawa and the crimes it has caused).

<R(日本)>

 米国等による1941年の石油禁輸が日本を追いつめた。

The 1941 oil embargo basically painted Japan into a corner. Any military strategist at the time could have expected the Japanese to react violently: they needed the East Indies oil even to survive domestically and the only way to get it was to cripple the US Navy. You probably dont believe the theory that FDR played this hand to bring the US into the European War, but it is a viable theory.
Even more viable is the view that US interventions from the Phillipines to Iraq are less about democracy and all about imperialism. 'Democracy', such as it is in the Phillipines, Japan or elsewhere, is just the US method of political influence, mainly because it goes hand in hand with free enterprise.

<P(再登場。以下同じ)>

 日本のフィリピン占領がインドネシアの占領と同じようなものであったなら、民主主義が確立されたわけがない。
 しかし、日本人の中にも良い人はいた。
 前田大佐はインドネシアが独立宣言をするのを助けてくれた。

If the occupation of the Philippines was anything like the occupation of Indonesia then I would beg to differ. Anything BUT democracy would have been created. You see once my Grandfather told me the story of how he had to eat the fesses of a Japanese soldier just so my Grandmother wouldn't get raped (she was offered rape or murder of one of her children-the Japanese imperialist years have a long history of rape and prostitution through out Asia don't they?) and how his family participated in Romusya (You do know about Romusya and it's several other versions through out south east Asia don't you?). But like all people even the Japanese aren't all stereotypically the same. A certain Col. Maeda from the Japanese army helped with the proclamation for Indonesia's independence and my grandfather has a half Japanese granddaughter (all legitimately through his line :->). But it is still too early for you to claim such Japanese supremacy.

<C(?)>

 大正デモクラシーはあったものの、関東大震災の時に、これを好機として日本政府の戦争好きの右翼はありとあらゆる不穏分子を根絶しようとした。どこかで聞いたことがあるような話だと思わないか。

・・Japan's 'Taisho democracy' of the late teens and early 20s was better than no democracy at all, but then warmongering rightists in government used a great calamity (the 1923 Kanto earthquake) as an excuse to eradicate dissent, whipping up hatred against 'subversive' liberals, left-wingers and foreigners -- hmm, sounds familiar doesn't it?

<J(米)>

 米国が民主主義を与えたというのは傲慢な無知の表れだ。日本でもドイツでも1945年まで50年もの民主主義の歴史があった。日本では、戦時中も曲がりなりにも議会制が続いた。

The claim that "we" built democracy is a demonstration of arrogant ignorance of the democratic institutions that existed in BOTH nations for over half a century prior to 1945. In fact, the Japanese nation continued to have parliamentary institutions throughout World War Two. While these had been subverted, they remained extant. So, both nations had long-standing practices and arrangements that allowed them to revive their parliamentary that had developed out of their own history. And the arrangements that continue to exist in both countries owe far more to their own practices, dating back to the nineteenth century, than to anything that the United States "built".

<F(?)>

 日本は高度に発展した教育水準の高い国であり、米国が占領していなければ、もっと早く復興していたかもしれない。
 米国が民主主義を支援したのは国益のために他ならない。
 問題は米国が、右翼的政府に対する反民主主義的介入を行った事例が多すぎることだ。
Japan succeeded because they were and are a highly developed and educated nation, and probably would have recovered a lot more quickly without US intervention within the country; though US nuclear deterrent proabably v. helpful. (b) Where the US has supported democracy it is for self-interest (nothing necesarily wrong with that but saintly it ain't). There are just too many examples of anti-democratic interventions in support of awful right-wing governments - Greece, Africa, South America, even in the UK.

<P(インドネシア)>

 日本とドイツの民主主義がうまくいっているのは、大部分米国の慈悲深い占領と支援の賜なのだ。

The bottom line is that Japan's successful democracy is due mostly to America. Our benevolent administration of the country and our support were the crucial elements. Same with Germany.

<S(米)>
 フィリピンについて言えば、慰安婦問題を忘れたのか。
 また、日本とナチスドイツの同盟は便宜的同盟であったかもしれないが、どちらも同類のファシスト国家だった。
 お前は、日本政府が検閲した歴史教科書しか読んでいないのか。

"If occupation of Philippines by Japan lasted for 10 odd years without the duress of war, then Philippines could have established a functioning democracy.
Study the Philippines occupation by Japan if you have time and curiosity."

I'll do you one better Oh-

"In 1992 when Henson was 65, she decided it was time to tell the world about her experience during the Japanese occupation of the Philippines in World War II. Until 1992, only two people who knew of her secret, her late mother and her dead husband. After coming out publicly with her story, Lola Rosa decided to write about her war-time experience. The result was the book, Comfort Woman: A Slave of Destiny". In Comfort Woman: A Slave of Destiny, Rosa provided an achingly straightforward voice to the erstwhile silent and invisible existence of Filipino comfort women. Almost 200 Filipino women soon followed Rosa's example as they decided to reveal themselves and their pesonal stories for the first time, not only to the world but to their families as well. Other Filipino women victims joined together, including those from Korea and China, to file a class action lawsuit against Japan. Together they demanded justice in the form of a formal apology from the Japanese government; the inclusion of all the war-time atrocities committed by the Japanese into Japan's school history books; and monetary reparations to compensate for all the abuses and violence committed against the women. However,the Japanese government denied legal responsibility and refused to pay the victims."
http://en.wikipedia.org/wiki/Rosa_Henson

I guess they probably left that out of your history books, eh?
"The Alliance of liberal democratic Japan with Nazis Germany was an alliance of convenience,"
Yes it was. It was also an alliance of like-minded fascists.
You know Oh, I had heard a little about how the Japanese had been busy revising the history of WW2 for their public. But if you are any indication, the problem is much worse than I ever thought. Pick up a history book and read it, and make sure its not one censored by the Japanese government.

<T(独)>

 そもそものコラムでコラムニストは日本が米国領を攻撃したと記している。
 しかし、ハワイはカリフォルニアから数千マイルも離れていた。

Mr Yglesias mentions that the Japanese attacked U.S. soil. At that time Hawaii was a territory, several thousand miles off the Californias (Baja Cal. making it plural.)

<M(英)>

 ブッシュが真珠湾攻撃を持ち出したのは適切だと思うが、比喩の使い方は逆であるべきだ。米国はイラクに対し、当時の日本と同じことを、つまり怪しげな先制攻撃理論に基づいて攻撃したのだ。また、真珠湾は軍事目標で日本にとって脅威だったのに、米国はイラク社会全体に対し、仮想的な脅威に藉口して野蛮な攻撃をしかけたのだ。

Actually I think Bush was right to invoke the attack on Pearl Harbour by way of analogy, except he got it the wrong way round. America is now in the role of imperial Japan, justifying its acts of aggression with the spurious doctrine of "anticipatory self-defence" - except for of course the fact that Pearl Harbour was an attack on a military target and an actual threat, whilst Iraq was a savage attack on a whole society and a pretended threat.

<P(インドネシア)>

 憲法だけで民主主義にはならない。
 その社会が民主主義が機能する社会でなければダメだ。
 だから、米国が民主主義的憲法を与えたから日本が民主主義化したというのは誤りだ。
 それにマッカーサーは米国でなく、連合国を代表していたことをお忘れなく。
 
1.a DEMOCRACY is in essence GRASS ROOTS, a CONSTITUTION does NOT and can NOT denote whether or not a COUNTRY is democratic, the PEOPLE and SYSTEM OF GOVERNING DO (Theocrats have CONSTITUTIONS TOO). It is however a CRITERIA of GOVERNMENT to HAVE a CONSTITUTION but it DOES NOT MEAN IT IS DEMOCRATIC.
therefor
when YOU SAY :
AMERICANS GAVE DEMOCRACY
it is UNTRUE
since a CONSTITUTION cannot exist to GIVE democracy.
and since the CONSTITUTION is all you have for an argument on how AMERICA GAVE DEMOCRACY to JAPAN it becomes a MISNOMER.
2.MacArthur SUPERVISED as a COMMANDER OF THE ALLIED FORCES... emphasis on ALLIED FORCES.

(続く)

太田述正コラム#2013(2007.8.21)
<米印原子力協力と日本>

1 始めに

 「2006年12月18日にブッシュ大統領が署名して成立した米印平和原子力協力法<(Hyde Act)>・・は、NPTに加盟していない国への核<技術や核燃料の>・・輸出を禁止した国内法においてインドを特別扱いすることを認めるものである。
 その代わり、インドは、<今後核実験を行わないこととし、また、民生用原子炉について、IAEAの査察を受けることとしている。>
 日本も含む45ヶ国からなる原子力供給国グループ(NSG<=Nuclear Suppliers Group>)は、NPT未加盟国への原子力関連輸出を認めていないため、この規則の改定が必要となる。NSGは、コンセンサスでものごとを決めるので一国でも反対すれ ば改訂はできない。・・
 米国の国内法もNSGも、1974年にインドが行った核実験を契機に出来たものである。インドは、「平和利用目的」で入手したカナダ製の原子炉・・で米国製の重水を使ってプルトニウムを生産し、これを材料として核実験を行った。米国は、このような「平和利用」技術の軍事用転用が生じるのを防ぐために作った法律と、自らが主導して設立したNSGの規則を対中国の戦略的構想の下で変えようとしている。・・
 <日本には、>米印両政府や国内の産業界などからNSGで米印原子力協力を支持するようにとの圧力がかかっている。」

 (以上、
http://kakujoho.net/us/us_ind3.html
(8月20日アクセス)、及び
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/6955652.stm
(8月21日アクセス)による。)

 以上を踏まえ、「核兵器を持ちNPT(核拡散防止協定)にも加盟していないインド。核兵器廃絶という立場に立つ日本ですから本来は米印原子力協力にも反対しなければなりません。もちろんインドが核兵器を放棄し、今後一切軍事用の核開発をしないと約束するなら話は別でしょうが、そんなことはありえないでしょう。・・」という投稿が情報屋台の掲示板になされたので、これに答える形で私も投稿しました。
 以下は、その投稿です。

2 私の投稿

 日本は米国の保護国であり、米国の核抑止力に依存する立場ですから、米国の主要核政策に背馳するような政策を日本が貫き通せるわけがありません。
 そう言ってしまうと身も蓋もありませんが、本件を考えるにあたっては、少なくとも以下のような諸事情を勘案すべきでしょう。

 1974年にインドは「平和目的」で核実験を行いましたが、1998年5月に一連の核実験を行い、核保有を宣言したのは成立間もない、ヒンズー教政党たるBJP(Bharatiya Janata Party) 政権でした(
http://www.ucpress.edu/books/pages/8386/8386.ch01.html
。8月21日アクセス)。
 2004年にシン(Manmohan Singh)氏を首相とする現在の国民会議派中心の連立政権が成立した(コラム#354、355)のですが、この政権が推進している米印平和原子力協力に対し、最大野党の右派のBJPと現連合政権に閣外協力している左派の4つの共産党が反対しています。
 BJPの反対理由は、インドが今後核実験を行えなくなり(注)、しかも民生用原子炉に対しIAEAの査察を受けることは、インドの核安保政策のフリーハンドを失わせるというものです。

 (注)米国の米印平和原子力協力法は、インドが核実験を行ったらこの法律は自動的に失効すると規定している。また、その場合、米国はこの協力法に基づいてインドに供与された核技術と核燃料を返還するよう求める権利を留保している。

 共産諸党は、米国の経済的政治的覇権への反対を党是としており、とりわけ米国によってインドのイラクやイラン政策に制約が課されることを懼れています。
 連立政権としては、BJPの反対は仕方がないとしても、共産諸党が閣外協力を止めると政権運営が成り立たなくなるので悩ましいところです。

 (以上、特に断っていない限り、BBC前掲及び
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/08/19/AR2007081900882_pf.html
(8月21日アクセス)による。)

 以上ご説明したように、米印原子力協力は、インドの核開発に制限を課する側面があることから、必ずしも核廃絶を推進してきた日本の立場と抵触するわけではありません。
 しかも、インドが世界第2の人口大国であり、かつ近年その経済が活況を呈していることから、同国との友好関係を増進させることは日本の国益にも合致します。
 また、(訪印しようとしている)安倍首相にとって、その価値観外交の観点からも、インドの世界最大の民主主義を擁護すべきところ、宗教原理主義的なBJPやアナクロの共産諸党の攻勢に晒されている現中道主義的連立政権の足を引っ張らない配慮が必要でしょう。
 それに何と言っても、インドは、共産党の支配下にある隣国中国と好むと好まざるとにかかわらず対峙している日本にとって、地政学的観点から生来的同盟国であることを忘れてはならないでしょう。
 ですから私は、日本としては、NSGで米印原子力協力に賛成することとし、その上でNPTへの加入等、核開発に係るより一層の制限を受け容れるようにインドに働きかけて行くことが得策であると思うのです。

太田述正コラム#1854(2007.7.7)
<日本・韓国・米国>(2007.8.16公開)

1 始めに

 日本は1905年の第二次日韓協約によって朝鮮半島を保護国化し、1910年の日韓併合条約によって併合し、都合40年間にわたって朝鮮半島を支配します。
 他方日本は、1945年に米国に占領され、1952年に日本自ら米国の保護国となることを選んで現在に至っており、都合62年間にわたって米国の支配下にあります。
 (年代についての典拠は省略する。)
 このため日本は、韓国に対しては旧宗主国として、大きな影響を与え続けていますが、米国に対しても、現保護国として大きな影響を与え続けています。
 そのことは、本日の朝鮮日報や米スレート誌を一瞥するだけでも明らかです。

2 韓国に対する影響

 (1)そっくりバラエティー番組

 「最近、<韓国の>地上波テレビ各局が、日本の人気番組の形式を輸入し、全くそっくりな番組を制作する事例が急増している。このため視聴者たちの間で、日本のテレビ番組を真似たとする“盗作論争”が起こったり、後になって日本のテレビ番組の模倣という事実を知って抗議するケースが増えている。・・放送専門家らは、こうした「日本の番組のコピーブーム」が韓国のバラエティー番組の安易な制作態度を端的に見せていると批判している。過去に横行した“無断盗作”よりは一段階発展したとはいえ、“創作の苦痛”なしに簡単に視聴率を上げようとする、その場しのぎの手法だという主張だ。・・<ある放送専門家は、、>「日本の番組を輸入した形式で放送する際には、番組の原本まで明らかにすべき」と語った。」(
http://www.chosunonline.com/article/20020723000044  
7月7日アクセス)

 (2)松本大洋のマンガ

 「<日本のマンガ家>松本大洋の<韓国での>人気はとどまるところを知らない。出版業界では昨年以来、『ピンポン』(全5巻)や『花男』(全3巻)、『鉄コン筋クリート』(全3巻)の翻訳本が相次いで出版され、数日前には『GOGOモンスター』の翻訳本が450ページに及ぶ1冊の本となって出版された。これらの翻訳本は軒並み、初版で 3000部を軽く超える売り上げを達成した。翻訳本の編集・・担当<者>は「作家のイメージが先行する作品なので、担当の編集者たちもそれほど期待してはいなかったが…」と驚きを隠せない様子だった。・・
 <また、>大洋の出世作<である>『鉄コン筋クリート』<をアニメ化した>「宝町」という<、>架空の町に住む悪童クロとシロを通じ、現代都市の堕落ぶりや個人の孤独感を描い<た映画の>1週間の客席占有率は90%<に達している。これには、>蒼井優や二宮和也といった若手スターたちの声による演技も人気の背景にあ<ろう>が、それよりも原作者である松本大洋の人気によるところが大きい<と考えられている。この映画は、>大洋ファンとして知られる米国のマイケル・アリアス監督が2006年に<制作>した<ものだ>。・・
 <ある>漫画評論家・・は「<大洋>は世界の漫画史にあって最も優れたグラフィティの技法を大成した作家だ。デビューから10年経ってようやく翻訳本が韓国に入ってきたが、すでに多くの漫画家たちの本棚を飾る“漫画家たちの理想とする漫画家”だ」と評した。」
 (以上、
http://www.chosunonline.com/article/20070706000066
http://www.chosunonline.com/article/20070706000064
http://www.chosunonline.com/article/20070706000065  
(7月7日アクセス)による。)

 実のところ、日本のマンガの韓国への影響は以前から巨大なものがあったのです。
 韓国のある詩人にして建築家は、「<韓国の>3、40代の人たちは『少年アトム』が1979年までの28年間、日本で連載された『鉄腕アトム』の翻案であったことを知らなかった。『少年アトム』が実は日本の漫画だったという事実に、幼いながら裏切りに近い衝撃を覚えたものだ。なぜなら、私はホ・ヨンマンの『カクシタル(嫁の仮面)』で代表される対日抗戦の時代劇を観て育った漫画少年だったためだ。しかし、アトムだけではない。初めて私の神話的想像力を刺激した『火の鳥』や『ジャングル大帝』まで、すべてが日本の漫画だったという事実は、それらが全部韓国の漫画だとばかり思って、耽読していた私を深い劣敗感へと落とし入れた。これらの漫画が手塚治虫という人の手によって創造されたということを知った時、私は驚愕した。日本の誰かが、韓国に住む一人の少年の幼年時代を支配していたのだ。」(
http://www.chosunonline.com/article/20021018000033
。7月7日アクセス)と2002年に記しています。

3 米国に対する影響

 (1)映像技術

 マンガに由来する日本のアニメやホラー映画が米国に大きな影響を与えてきたことは、『鉄コン筋クリート』のアニメ化の話からも分かりますが、このことについては改めてとりあげるとして、このように映像ソフト面だけでなく、ハードたる日本の映像技術が米国に大きな影響を与えてきたことも忘れてはなりません。
 
 「まず、ソニーは1970年代にビデオ・テープレコーダーを生み出すことによって米国に全く新しい市場を創造した。・・ハリウッドの映画会社は、ソニーがこれを売ることを差し止めようと訴訟を提起した。・・ソニーは・・最終的に米最高裁でこの訴訟に勝利した。・・この結果巨大なビデオ・レンタル市場が開かれることとなり、映画会社の予見に反して彼らはむしろ救われることになるのだ。・・
 1990年代には、東芝やソニー・・はハリウッドをもっと根底から変えることになる決定を行った。ビデオカセットをデジタル・プラットホームで置き換えるという決定を・・。これに対しても、ハリウッドの映画会社は、このDVDが、金の卵になっていたビデオ・レンタル市場の足を引っ張るのではないかという懸念から、その投入に抵抗し<たものだ。しかし結果的には、ビデオ・レンタル市場に代わって>映画に係る小売産業が生まれ、<映画会社は更に大儲けすることになる。>
 <そして現在進行中なのが、東芝とソニーによる高解像度標準・・HD-DVDとブルーレイ・・の導入だであり、これに関連したソニーによるプレイステーション3の投入であり、映像ソフトとゲームの世界の融合だ。>」(
http://www.slate.com/id/2138334/
。2006年3月21日アクセス)
 これは、少し古いスレート誌の記事でしたが、お目こぼしを。

 (2)ハイブリッド車

 日本のハイテクと言えば、ガソリン価格の高騰や環境問題への関心の高まりから、日本のハイブリッド車への米国での関心の高まりは大変なものです。
 トヨタのプリウスが環境に優しいだけでなく、いかに高性能であるかを熱っぽく記したスレート誌の記事(
http://www.slate.com/id/2169925/  
。7月7日アクセス)を見ると、改めてそのことを感じます。
 
 (3)日本食

 健康志向の高まりもあり、米国で日本食が大流行です。
 とりわけ、寿司は、グルメにも大衆にも浸透しつつあります。
 スレート誌は、寿司をテーマにした、出版されたばかりの2冊の本の著者(女性と男性)との座談会を掲載しています(
http://www.slate.com/id/2169866/  
。7月7日アクセス)。
 この座談会の中で、現在の寿司の形態を日本全国に広めたのも、米国に寿司を持ち込んだのも米占領軍であったという話が出てきます。
 また、まぐろが寿司ネタとして日本で普及したのは、赤い牛肉を食べる習慣が米占領軍の影響で日本人の間に広まり、その関連で牛肉のように赤いまぐろが注目されたからだという話も出てきます。
 全部が全部その通りであるかどうかはともかく、支配者と被支配者が相互に影響され合う、ということがよく分かりますね。

太田述正コラム#1634(2007.1.24)
<ティンメルマン電報>(2007.8.13公開)

1 始めに

 米国の第一次世界大戦参戦の決定的要因となったティンメルマン電報(Zimmermann Telegram)について解説しておきたいと思います。

2 米国の第一次世界大戦参戦まで

 日本では、ドイツが無制限潜水艦戦を開始し、英国の客船ルシタニア号が米国人乗客を128名を載せてドイツの潜水艦に撃沈されたことで米国が第一次世界大戦(1914〜18年)に参戦したと思いこんでいる人がいますが、ルシタニア号事件は1915年のことであり、当時の米大統領のウィルソンは、(客船への攻撃を含む)無制限潜水艦戦を止めよとドイツに要求しただけでした。
 1917年1月にはドイツが無制限潜水観戦の再開を宣言しましたが、それでもウィルソンは2月にドイツと国交を断絶しただけでした。
 米国の政府と世論が対独戦へと一挙に傾いたのはティンメルマン電報が暴露された同年3月の時点です。
 そして、ドイツの潜水艦によって米国の商船3隻が撃沈された後、同年4月6日、ついに米国はドイツに宣戦するのです。
 米国のオーストリアへの宣戦は同年12月になったことを見ても、米国の参戦は英仏に加担するためというより、米国による対ドイツ防衛戦争として開始されたことが分かります。
 (以上、
http://en.wikipedia.org/wiki/World_War_I、及び
http://www.age-of-the-sage.org/history/zimmermann_telegram.html
(どちらも1月24日アクセス)による。)

3 ティンメルマン電報

 ドイツのティンメルマン(Arthur Zimmermann)外相から駐メキシコ・ドイツ大使宛の暗号電報(下掲)を英国の諜報要員が傍受し、この暗号電報を英海軍暗号解析班が1917年1月17日に解読します。

<電報の内容>
 「われわれは2月1日に無制限潜水艦戦を開始<(再開)>する。とはいえ、われわれは米国に引き続き中立を維持させるために努力する。しかしそれに失敗した場合は、われわれはメキシコに以下の内容の同盟を提案する。すなわち、<ドイツはメキシコと>戦争と和平をともにし、<メキシコに対し>大いに財政的支援を行うとともに、<メキシコから1836年に独立して後に米国に合併された>テキサスや<1846〜48年の米墨戦争で米国に奪取された>ニューメキシコとアリゾナをメキシコが回復することを了解する。
 細部の取り決めは閣下にゆだねる。閣下は、米国と<ドイツと>の戦争勃発が必至となったら、<メキシコ>大統領に秘密裏にすみやかに上記を伝達されたい。またその際、メキシコから日本に対し、直ちに<メキシコの>味方になるように働きかけるとともに、<メキシコに>日本とわれわれとの間を取り持つよう、メキシコに示唆していただきたい。
 また、<メキシコ>大統領に対し、<ドイツが>潜水艦を容赦なく駆使することで、英国を数ヶ月のうちに和平へと追い込む展望が開けたことに注意を喚起していただきたい。」

 この解読された電報は、英国のバルフォア(Arthur James Balfour)外相が駐英米国大使に手交し、更に2月24日にウィルソン大統領の手に渡るのですが、3月1日には米国の報道機関がこれを一斉に報じます。
 当初米国世論はこれを偽造されたものと考え、在米のドイツ、メキシコ、日本の外交官達もそう主張しました。
ところが、ドイツのティンメルマン外相その人が3月3日にそれが本物であることを認め、29日には声明を発します。
 その声明は、この電報は、メキシコの大統領に宛てたものではなくドイツの駐メキシコ大使宛の内部文書であり、それが安全だと思っていたルートで送達されたにもかかわらず明るみ出てしまったと暗に米国政府を非難した上で、メキシコ政府への提案はあくまでも米国が参戦した場合の話であり、何ら米国に対する背信行為ではないと主張し、米国がこの電報を傍受した後対独国交断絶を行っために爾後ドイツが米国と交渉することが不可能となったのは遺憾であると述べたものでした。
 このドイツ政府の正直さは完全に裏目に出て米国の世論は激高し、結局4月の初めにウィルソン大統領は、ドイツの無制限潜水艦戦とこの電報を挙げて対独宣戦布告を米議会に求め、上述したように議会は4月6日に対独宣戦布告を発するのです。

4 補足

 英国は米国を参戦させる決め手としてこの電報を使おうとしたわけですが、悩ましい問題を抱えていました。
 英国がドイツの暗号を破っていたことを知られたくなかったというのが第一点です。
 第二点は、英国がこの電報を傍受したのは米国の海底ケーブルの英国内の中継所からであったところ、このように英国が米国の外交通信を傍受していたという事実を米国政府に知られたくなかったことです。
 (当時米国は、対独信頼醸成措置として、ドイツに米国の外交通信網を利用することを認めていた。問題の電報は、ベルリンの米国大使館からコペンハーゲン経由でワシントンに送られ、そこで駐米ドイツ大使に渡され、駐米ドイツ大使から更にメキシコ駐在ドイツ大使に通常の民間電報として送達された。当時米国は外国の外交通信については、傍受も暗号解析も行っていなかったので、ドイツは安心してこのルートで暗号電報を送達できた。)
 なお、メキシコは、米国から旧領土を奪還したところで将来再び米国取り返されるのは必至であるし、奪還した領土のイギリス系の人々を統治するのは至難の業である上、ドイツがメキシコを支援できることは限られている、という判断から、4月14日、ドイツの提案に拒否回答をします。
 (以上、
http://www.age-of-the-sage.org/history/zimmermann_telegram.html
上掲、及び
http://en.wikipedia.org/wiki/Zimmermann_Telegram
(1月23日アクセス)による。)

5 コメント

 当時のドイツが米国とメキシコの力関係を全く分かっていなかったことや当時の米国の諜報・秘密保全能力のお粗末さ、そして当時の日本の存在感の大きさが良く分かります。
 英国からすれば、この米独両国など赤児のように思えたことでしょう。

太田述正コラム#1849(2007.7.3)
<久間防衛相の辞任>(2007.8.12公開) 

1 始めに

 3日午後、原爆投下に関する発言で久間章生防衛相が引責辞任しました(
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070703k0000e010092000c.html
。7月3日アクセス)。

2 久間氏の発言

 久間氏は6月30日に大学での講演で、要旨次のように発言しました。

 「日本が戦後、ドイツのように東西が壁で仕切られずに済んだのは、ソ連の侵略がなかったからだ。米国は戦争に勝つと分かっていた。ところが日本がなかなかしぶとい。しぶといとソ連も出てくる可能性がある。ソ連とベルリンを分けたみたいになりかねない、ということから、日本が負けると分かっているのに、あえて原爆を広島と長崎に落とした。8月9日に長崎に落とした。長崎に落とせば日本も降参するだろう、そうしたらソ連の参戦を止められるということだった。
 幸いに(戦争が)8月15日に終わったから、北海道は占領されずに済んだが、間違えば北海道までソ連に取られてしまう。その当時の日本は取られても何もする方法もないわけですから、私はその点は、原爆が落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだ、という頭の整理で今、しょうがないな、という風に思っている。
 米国を恨むつもりはないが、勝ち戦ということが分かっていながら、原爆まで使う必要があったのか、という思いは今でもしている。国際情勢とか戦後の占領状態などからいくと、そういうことも選択肢としてはありうるのかな。そういうことも我々は十分、頭に入れながら考えなくてはいけないと思った。 」(
http://www.asahi.com/politics/update/0630/TKY200706300263.html
。7月1日アクセス)

3 久間発言への批判

 この久間発言に対する、これは被爆者感情を逆撫でしたものであるという批判(
http://www.asahi.com/national/update/0630/TKY200706300268.html
。7月1日アクセス)はさておくとして、事実認識として久間発言は間違っています。
 まず、広島への原爆投下は1945年8月6日0815ですが、長崎への原爆投下は8月9日1102であり、ソ連の参戦(モスクワ時間の同日午前零時)の7時間2分後です(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%88%86%E5%BC%BE
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E9%80%A3%E5%AF%BE%E6%97%A5%E5%AE%A3%E6%88%A6%E5%B8%83%E5%91%8A
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%A8%99%E6%BA%96%E6%99%82
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AF
(いずれも7月3日アクセス))。
 ですから、広島への原爆投下はともかくとして、久間氏の地元の長崎への原爆投下が「ソ連の参戦を止め・・る」のを目的として行われたということは言えないのです。

 いや、これはちょっとトチっただけで、久間氏は、原爆投下は日本の早期降伏をもたらした、とだけ言えばよかったのでしょうか。
 いや、それでもダメです。
 というのは、以前から太田のコラムを読んでこられた方はご存じでしょうが、2005年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校のハセガワ(Tsuyoshi Hasegawa)教授が、この米国由来の通説を、完膚無きまでに打ち砕いた本を上梓しているからです(コラム#819〜821)。
 この本において、ハセガワ教授は、原爆による被害は、広島でも東京大空襲並みであり、焼夷弾によるものであれ原爆によるものであり、戦略爆撃が続くことには日本の政府も軍部も耐えてきたのであり、広島への原爆投下以降も耐えていくつもりであったところ、日本の政府も軍部も、ソ連参戦に伴い、ソ連軍によって日本本土が席巻されたり占領されたりすることは絶対に回避しなければならないと考え、降伏を決意した、ということを証明したのです(コラム#819)。
 確かに、ハセガワ教授の説は、まだそれほど一般に浸透しているわけではありませんが、長崎を地元とする政治家が、原爆投下について話をするにあたって、この説を知らなかったとすれば、不勉強も甚だしいという誹りは免れません。

 次に、原爆投下は、同じく民間人の殺戮を目的とした東京大空襲等の戦略爆撃より悪質な戦争犯罪である、という認識が久間氏には決定的に欠けているように思えます。
 原爆は、命をとりとめた人に、(当時既に一般国際法上使用が禁止されていた)化学兵器同様、後遺症を与え、長く苦しめる残虐な兵器だからです(典拠省略)。
 だから、小沢民主党代表が、久間発言に関し、そもそも米国に原爆投下で謝罪を求めるべきだと言っているのをどこかのTVニュースで見ましたが、私も全く同感であり、米国の大統領が原爆投下で日本に謝罪をしない限り、日本にとって戦後は終わらない、と言うべきなのです。
 ですから、どう考えても、本件で久間氏をかばい続けた安倍首相(
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007063001000527.html
。7月1日アクセス)の見識を疑わざるを得ません。

 それにしても、久間氏はどうしてこんな愚劣きわまる発言をしたのでしょうか。
 恐らく、1月に、大量破壊兵器があると誤認して対イラク戦を行ったことや沖縄の世論に配慮が足らないことで米国を批判(
http://www.guardian.co.uk/japan/story/0,,2001251,00.html
1月30日アクセス)して、米国の反発を呼んだ(

http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2007021101000429.html
。2月12日アクセス)ことが気になっていて、原爆投下問題で今度は米国のご機嫌を取り結ぼうと思ったのでしょう。
 こんな浅慮な人物でも防衛相が務まる日本を、あなたは心配ではありませんか。

太田述正コラム#1993(2007.8.11)
<民主党へのアドバイス(続)(その3)>

 (本篇も情報屋台の掲示板への投稿を兼ねており、即時公開します。)
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<太田>
 引き続き、コラム#1889を受けての読者との対話をご披露しましょう。

<マグナム教頭>
>小沢氏は、アナン国連事務総長(当時)が、2003年3月の米国等による対イラク戦に対し、こちらはそれ以前の安保理諸決議に基づいて行われたと解しうる余地があったにもかかわらず、強い遺憾の意を表明したことと混同していると思われても仕方ありません。

 あなたは、上記のように書いていますが、混同していると述べる証拠を提示していません。あなたの思い込みないしは、どんなにあなたに有利に読んでも単なる推論の域を出ません。

<太田>
 私自身、「単なる推論」である旨をお断りしたつもりですが・・。
 ただ、小沢氏が、8月7日の「アフガン戦争はアメリカが「これは我々の自衛戦争だ」と言って始めた戦争だ。国連や国際社会は関係ない」(バグってハニーさんによる引用。コラム#1891)的な発言を繰り返し行っているところを見ると、これはかなり確度の高い推論であると言ってよいのではないでしょうか。

<マグナム教頭>
 また、ISAFに法的に見て、参加できると考えているのは政府も自民党も同じだと思いますが、PKOなら何でも自動的参加というわけではないので、見合わせていてるわけですね。同じ論理を小沢が取ったとしても、問題はないのではないかと思います。

<太田>
 小沢氏は、シェーファー大使に対し、「テロに対して戦う考えは共有しているが、どういう手段で、どういう方法で参加できるかは国によって違う。」と発言した(コラム#1889)以上、OEF‐MIOへの海上自衛隊の参加は取りやめるけれど、その代わり、かくかくしかじかの新たな「手段」・「方法」で対テロ戦に参加する、と言うべきでした。
 ISAFへの参加は言いづらいとしても、例えば、パキスタンに対し、石油の無償提供を含め、経済援助を増額する、といったことなら言えたはずです。
 そんなことすら言わない、言えないということは、小沢氏の「テロに対して戦う考えは共有している」という発言がウソなのか、小沢氏のOEF‐MIOへの参加取りやめ発言は国内政局だけを念頭に置いたものなのか、いずれにせよ小沢氏は信頼できない人物である、と米国は結論を下したはずです。

<マグナム教頭>
>米国政府が、小沢民主党を、非論理的な反米政党だ、と見放してしまいかねないからです。政権をとる以前に、宗主国米国を敵に回しかねないような動きをすることは愚の骨頂ではないでしょうか。

 「宗主国」米国というのは、その通りだと思いますが、宗主国のいうとおりにせよという単純な主張をされるのであれば、いっそ米国への併合を主張されればどうでしょうか。すべては米国の意のままで、それをやめると政権担当能力なしといわれるのであれば、非常に首尾一貫した主張で見事ですが、ならば、天皇を放り出して、米国の51番目の州になったらどうですか?常任理事国入りなどというまどろっこしいことはいらないですよ。

<太田>
 私が米国からの「独立」を主張していることをご存じないとは困ったお人ですが、それはともかくとして、まさに日本人は、米国からの「独立」か、米国との「合邦」か、そのどちらかを選ばなければならないのです。
 考えてもみてください。
 日本列島の安全保障について、とどのつまりは日本列島の統治について、誰も責任を負っていない・・日本はガバナンスが欠如している!・・という慄然たる状況にあるのですよ。
 日本は対外主権を放棄しているに等しいことから、日本政府が日本列島を統治しているとは言い難い一方で、米国政府も、日本列島が(プエルトリコのような)米国の準州ですらなく、従って日本が(プエルトリコのように)米連邦議会にオブザーバーすら送っていない以上、日本列島を「搾取」こそすれ、統治する責任などないからです。
 戦後一貫してガバナンスが欠如していた日本において、政治家や官僚がかくも堕落してしまったのは当然である、と改めて申し上げておきましょう。
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(続く)

太田述正コラム#1845(2007.6.30)
<北朝鮮をいたぶる米国(続x4)>(2007.8.10公開)

1 最近の状況

 マカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)に凍結されていた資金の送金問題がおおむね解決したと思ったら、ヒル米国務次官補が6月21、22日の両日、北朝鮮の要請を受け容れて電撃的に北朝鮮を訪問しました。
 これは2002年10月に同じクラスの米高官であるジェームス・ケリー氏がが北朝鮮を訪問して以来のことです。
 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/06/21/AR2007062100454_pf.html  
(6月22日アクセス)による。)
 今回、ヒル氏は北朝鮮の迎賓館に相当する百花園招待所に泊まったのですが、ここは2000年の南北首脳会談の際、韓国の金大中大統領(当時)一行が泊まった所です。これは、2002年にケリー米国務次官補が訪朝した時には高麗ホテル泊であったことからすれば、今回ヒル氏は北朝鮮に破格の待遇を受けたといえるでしょう(
http://www.chosunonline.com/article/20070623000011  
。6月23日アクセス)。

 ポールソン米財務長官が、14日、BDA資金送金問題で北朝鮮に協力するのは今回限りであり、北朝鮮を国際金融システムに復帰はさせない、という趣旨の発言をあえて行った(
http://www.chosunonline.com/article/20070616000016  
。6月16日アクセス)というのに、それにもかかわらず、ここまで北朝鮮が米国に媚態を示したことは、金正日が、米国からどれだけいたぶられようと、六カ国協議での合意事項を、当分の間は遵守する方針をとることにした、ということなのでしょう。
 合意事項中、初期段階に実施することになっているIAEA査察下での核施設の封鎖の見返りとして得られる韓国等からの援助(
http://www.chosunonline.com/article/20070623000013  
。6月23日アクセス)を、北朝鮮が喉から手が出るほど欲しがっている、ということなのかもしれません。
 ただし、だからといって北朝鮮が、核開発を止めたわけではありません。
 六カ国協議合意以降も、北朝鮮は核物質を兵器化し小型化するなどの核開発を推進し続けており、このことを米国は把握しています(
http://www.chosunonline.com/article/20070616000005  
。6月16日アクセス)。
 北朝鮮のパトロンの中共政府自身、北朝鮮が本当に核計画の廃棄をするかどうか疑問視しています(
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-norkor26jun26,1,2828837,print.story?coll=la-headlines-world  
。6月27日アクセス)。

2 米国の乱暴ないたぶり方

 それにしても、米国は乱暴に北朝鮮をいたぶっているものです。
 6月6日に米国政府は国連開発計画(UNDP)に対し、北朝鮮によるUNDP援助資金の新たな横流し疑惑を指摘した、と以前(コラム#1807で)申し上げたところですが、28日にUNDPはこの米国の指摘に対して、事実無根であるとして全面的な反論を行いました。
 国連の経済制裁を受けていたフセイン統治下のイラクに対し、イラクの石油とイラクへの食糧等の援助を交換する計画推進に当たって国連事務局が不祥事まみれであったことが判明している以上、今回の国連側の反論も全面的に信用するわけには行きませんが、米国の指摘が相当杜撰なものであったこともまた間違いないようです。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/06/29/world/asia/29nations.html?pagewanted=print  (6月30日アクセス)による。)
 米国の諜報能力が落ちており、まだ回復していない、ということもあるのでしょうが、さほど根拠がなくても、北朝鮮に対するいたぶりに利用できる事は何でも利用するのが現在の米ブッシュ政権の方針だ、ということなのではないでしょうか。

 金正日重病説がまたも囁かれています(
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=88671&servcode=500§code=500
。6月30日アクセス)が、今度という今度こそは、米国の執拗ないたぶりによって金正日が心因性の疾患で重篤になっている可能性はかなり高い、と私は見ているのです。

太田述正コラム#1837(2007.6.26)
<米アフリカ軍の新設(続)>(2007.8.8公開)

1 始めに

 毎日新聞が、「ヘンリー米国防筆頭副次官(政策担当)(注)は・・来年秋に国防総省が創設する地域統合軍 「アフリカ軍」について、「中国は経済問題を通じて一定の政治的影響力を行使している・・アフリカをよりよい地域にし、それによって米国や他の諸国が将来、共に利益を分かち合うことができるが、資源獲得における中国の進出はそれとは少し異なる・・現段階で中国は軍事面でアフリカに深く関与してはいないが、一定の政治力を発揮している。国務省出身の副司令官を置くことで、アフリカでの中国の影響力を正確に把握することができる」と述べ、資源獲得などを目的にアフリカ諸国との政治的・軍事的関係 構築を強める中国を監視する狙いがあることを明言した。」(
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/news/20070624k0000m030110000c.html
。6月24日アクセス)という記事を書いてくれたので、私が3月上旬に書いたコラム#1683の分析が正しかったことが裏付けられました。

 (注)Ryan Henry, principal deputy under-secretary of defence for policy

 そこで、時間が経過したこともあり、補足することにしました。

2 つまはじき者の米国

 コラム#1683で、「さんざんイラクで失敗を重ねてきたというのに、懲りない米国は、来年9月末までに米アフリカ軍(USAFRICOM)という6つ目の地域統合軍を新たに設け、この軍にアフリカ大陸を一括して所管させる予定です」と、この構想の前途が多難であることを示唆したところ、これについても裏付けられました。
 最近、アフリカ北部を、400人から1,000人の米アフリカ軍本部受け入れを求めて回ったヘンリー米国防筆頭副次官以下の米代表団は、リビアとアルジェリアに、ひじ鉄を食わされたばかりか、周辺諸国が米軍を受け容れるのにも反対するとまで言われてしまいました。
 親米でならすモロッコでも、色よい返事はもらえませんでした。
 この界隈では、そもそも米国の「無法な」対テロ戦争に協力し過ぎている、という世論が圧倒的だからですし、米軍を受け容れるとその米軍がテロの目標になることも懸念されるからです。 
 困った米国は、アフリカ軍は、司令部らしい司令部を設けず、ネットワーク的な組織にすることを検討しています。
 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/06/23/AR2007062301318_pf.html
(6月24日アクセス)、及び
http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,2111473,00.html 
(6月26日アクセス)による。)

3 こちらも評判の悪い中共

 興味深いことに、タテマエはともかくとしてホンネでは米アフリカ軍創設の最大のねらいである中共の牽制の対象たる中共の評判も、アフリカではよろしくないのです。

 評判の悪いことの第1は、中共は、現地の人々を雇うより、支那人を連れてきては、石油や鉱物資源をアフリカから奪い去る植民地主義だ、というイメージが広まっている点です。
 もっとも植民地主義などと呼ばわるのは、アフリカで奴隷貿易を行ったこともなければ、アフリカを植民地にしたこともない中共にはやや酷ではないでしょうか。
 第一、ホンモノの植民地主義はすさまじい代物でした。ポルトガルなんて、1975年に独立を認めるまで、アンゴラを500年間も統治したというのに、アンゴラ人の役人や将校を一人も養成せず、独立した時点で、首都ルアンダには一人の現地人医師、弁護士、エンジニアもいなかったのですから・・。
 要するに、中共は大国ではあるけれど同時に発展途上国でもあるのであり、中共が国内で鉱山の大事故を頻発させたり、ダムを造るときに乱暴な強制立ち退きをさせたり、汚職まみれで開発プロジェクトを推進したりするのと同じことをアフリカでもやっているだけだ、と見ることができるわけです。

 評判が悪いことの第2は、鳴り物入りで実施されている中共の対アフリカ経済援助は、好ましくないとして米・欧・日がとっくの昔に卒業した、いわゆるひも付き援助だという点です。
 すなわち、中共の援助額の7割は中共の企業、主として国営企業が受注することになっていますし、残りの3割もほとんどは中共と受け入れ国の合弁企業が受注します。
 これも、中共がまだ貧しいので、米・欧・日のようにきれい事は言ってられない、という風に解釈すべきなのかもしれません。

 評判が悪いことの第3は、中共が、スーダンやジンバブエといった芳しからざる国々を支援し、もっぱら石油や鉱物資源の確保だけを目指し、環境や社会問題にほとんど関心を払わないという点です。むろん、こういった芳しからざる国の政府からは、中共はガバナンスの確立だの腐敗撲滅だの改革だの人権だのとうるさいことを言わずに経済援助をしてくれるのですから歓迎されています。
 中共に言わせれば、支那が列強の介入によってひどい目にあったから、自分達は他国の主権尊重、内政不干渉で行くのだ、ということなのですが、欧米諸国からすれば、内戦や人権抑圧を行っている国から手を引いたところに、しめしめと中共が入り込んでくる、としか見えません。しかも中共は、芳しからざる国の政府に軍事援助(武器の売却)までする、また、これらの国の政府に対し、欧米諸国が国連安保理で制裁や平和維持軍派遣を決議しようとすると中共が拒否権をちらつかせてそれに反対したり抵抗したりする、というのですから、欧米諸国としては、不愉快極まりない思いでいるわけです。

4 展望

 サハラ以南のアフリカのGDPの成長率は1970年代と80年代にはマイナスでしたが、1990年代以降は5%を超えています。
 中共はそのアフリカとの間で昨年550億ドルもの貿易を行っており、米国の910億ドルに次ぐ第二位です。ちなみに、第三位はフランスで470億ドルでした。しかも、5年以内に中共は米国を抜くと見られています。

 (以上、
http://www.csmonitor.com/2007/0625/p11s01-woaf.htm、  
http://www.csmonitor.com/2007/0625/p12s01-woaf.htm  
(どちらも6月25日アクセス)、
http://www.ft.com/cms/s/908c24f2-2343-11dc-9e7e-000b5df10621.html
(6月26日アクセス)、
http://www.csmonitor.com/2007/0626/p01s08-woaf.htm  
(6月26日アクセス)による。)

 ですから、上述した中共批判、就中欧米諸国による中共批判は、この経済が活況を呈しているアフリカで着々と地歩を固めつつある中共に対するやっかみから来ている面が強いのです。

 とはいえ、中共が非自由・民主主義国家であることは忘れてはならないでしょう。
 現在のままの中共がアフリカで主導権を握ることは、欧米はもとより、日本にとっても決して歓迎されることではありません。
 しかし、そのアフリカで、中共を政治・軍事的に牽制する役割を米国が一国主義的に担うこともまた、好ましくありません。

 私は、米地域統合軍は基本的に解消し、したがって米アフリカ軍の創設も取りやめ、NATOを拡大して、豪州や米国から自立した日本が拡大NATOのメンバーとなり、更にインドも取り込み、この拡大NATOが米国を中心として、多国籍的にアフリカを含む世界の安全保障を担う、という体制を確立することが望ましいと考えているのです

太田述正コラム#1818(2007.6.17)
<国家と諜報活動等>(2007.8.5公開)

1 始めに

 「軍事と国家」(コラム#1815)では、パキスタンとイスラエルにとって軍事がいかに国にとって大事かというお話をしましたが、それはとりもなおさず、いかにこの両国が厳しい安全保障環境に置かれているか、ということでもあります。
 それなのに、この両国に比べれば、さほど厳しい安全保障環境にあるとは言えない米国や英国にとって、なにゆえ現在でも軍事は国の大事なのでしょうか。
 それは、米国は超大国として、そして英国は大国として、世界のいかなる国や地域の安全保障も自分自身の安全保障と密接な関係があるとみなし、友好国であるパキスタンやイスラエルを手助けし、その一方で敵性国家を牽制することが、それぞれ自分達米国と英国の国益に合致すると考えているからです。
 ただし、その手助けや牽制は、軍事力による威嚇や軍事力の行使だけで行われるケースだけではありません。
 経済援助(経済制裁)の形で行われることも、諜報活動の形で行われるケースもあります。
 また、ある国が敵性国家であると同時に友好国家でもある場合もあり得ます。
 今回は、米国の対スーダン政策から、そのあたりのことを探ってみました。

2 米国の対スーダン政策

 (1)敵性国家スーダンへの経済制裁

 これまで300万から400万人が旧ベルギー領のコンゴの内戦で命を落とした(コラム#113)と推計されています。
 それに対し、スーダンのダルフール(Darfur)では民間人20万人が命を落としたに過ぎません。
 コンゴでは2002年12月に平和協定が結ばれたのですが、守られておらず、キヴ(Kivu)州では中央政府系の民兵によって先月だけでも数千の民間人が殺されています。
 ところが、当然人道上の見地から「自由主義的介入」を行うべきであるということになって不思議はないというのに、欧米の市民団体もメディアも政治家も、話題にするのは専らスーダンであり、コンゴのことは忘れ去られています。
 この二つの国で何が違うかというと、コンゴでは、自分達の縁の遠い黒人同士が殺戮し合っているアフリカ内の問題であると認識されているのに対し、スーダンでは、黒人がアラブ人によって大量殺戮されている・・余りに単純化された捉え方だが・・と認識されていることです。
 特に米国では、パレスティナ紛争を通じてアラブ人は悪党で残酷だというイメージが以前から確立しており、このイメージの色眼鏡で物事を見てしまいがちです。しかもこのイメージは、イラクでアラブ人によって米軍が苦しめられている、という認識によってこのところ増幅されています。
 しかもスーダンには、コンゴと違って石油があります。
 その上、スーダンは、米国の戦略的な競争相手である中共と密接な関係がある、ときており、つい最近も、中共が密かにスーダン中央政府に大量の武器を供給したことが明らかになりました。
 だからこそ、米国はスーダンに経済制裁を行っており、スーダンが国連平和維持軍を受け容れなければ、追加的な制裁を加えることをほのめかしているのです。
 結局のところ、口では人権・自由・民主主義を確立するために自由主義的介入をするのだと言っていても、米国が実際にそうするのは、それが国益に合致すると思いこんだ場合だけだ、ということです。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/comment/story/0,,2080265,00.html  
(5月16日アクセス)による。)

 (2)友好国家スーダンとの諜報協力

 このように米国はスーダンを敵性国家と見て、経済制裁を加えているというのに、その一方で米CIAはスーダン政府の諜報機関であるムハバラート(Mukhabarat)と密かにイラク等の不穏分子に対する諜報活動で協力しています。
 米国は同じことをウズベキスタンとも行っているのですが、スーダンもウズベキスタンも人権抑圧国の最たるものです。
 米諜報関係者によると、他のスンニ派のアラブ諸国同様、スーダンからもイラクやパキスタンに不穏分子予備軍が流入しており、このルートでスーダンはスパイをイラク等に送り込み、アルカーイダ等の情報を入手しているので、スーダンとの協力は必要なのだそうです。米国人のスパイは髪の毛や肌の色一つとっても、スーダン人のスパイのようにイラク等に潜入することは困難だからです。
 また、スーダンは、隣国ソマリアの情報を米国に提供しているほか、スーダンに入国したテロ容疑者を米国の要請を受けて拘束する、といった協力もしています。
 見返りにスーダンが得ているのは、米国とのチャネルの確保であり、米国の対スーダン政策の緩和です。
 1996年までオサマ・ビンラディン等のアルカーイダ幹部を匿っていたことがあるスーダンですが、次第にアルカーイダを危険視するようになり、アルカーイダ系不穏分子の情報を集め、彼らを追跡・拘束することは、スーダンにとっても利益があります。
 だから、9.11同時多発テロ以降、CIAからの働きかけに応じて米国とスーダン間の諜報協力関係が始まり、現在に至っているのです。
 (以上、
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-ussudan11jun11,0,3455459,print.story?coll=la-home-center  
(6月11日アクセス)による。)

3 感想

 一体日本が米国から自立し、世界のいかなる国や地域の安全保障も自分自身の安全保障と密接な関係があるとみなすようになるのはいつのことなのでしょうか。
 そのための軍事力や諜報能力を日本が備えるようになるのはいつのことなのでしょうか。

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