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太田述正コラム#2077(2007.9.21)
<退行する米国(続x5)(その1)>(2007.10.23公開)

1 始めに

 キリスト教原理主義であるブッシュに対するBoston Globe誌のコラムニストであるキャロル(James Carroll)による批判を、適宜私の言葉を交えつつご紹介しましょう。

 (以下、特に断っていない限り
http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/II21Ak02.html
(9月21日アクセス)による。)

2 キャロルのブッシュ批判

 米国の起源は世俗的なバージニア植民地と宗教的なマサチューセッツ植民地の二つ(コラム#1763)だが、後者の影響の方が大きい。
 マサチューセッツ植民地を創ったピューリタン達は、米国は神に愛でられた特別な存在であると思っていた。いわゆる米国例外主義(American exceptionalism)というやつだ。
 そのマサチューセッツ植民地には、コットン(John Cotton)やその同僚ウィンスロップ(John Winthrop)の宗政国家・・自分達流のキリスト教を住民に、そしてインディアン等に押しつけることを当然視する・・の考え方とウィリアムス(Roger Williams)の政教分離の考え方とがあった(コラム#485)。
 ウィリアムスの考えは、180年後にジェファーソン(Thomas Jefferson)によって米国憲法に謳われることになる。
 いずれにせよ、米国例外主義的な物の考え方は、米国人の間で脈々と受け継がれて行った。
 リンカーン(Abraham Lincoln)大統領が米国を「人類の最後の望み」と形容したことや、米国による北米大陸の征服が、自由の民による自由の普及であって道義にかなったこととして正当化されたのがその現れだ。いわゆるマニフェスト・デスティニー(manifest destiny)だ。
 自由(ないし民主主義)という言葉は、大方の米国人にとってはキリスト教による救済と同義なのだ。だから、自由(ないし民主主義)の普及、すなわちキリスト教の異教徒への普及は、大方の米国人にとって使命なのだ。
 米国の保守派とリベラルの違いは、前者が自由(freedom)という言葉を使うのに対し、後者は人権(human rights)という言葉を使うことくらいだ。

 だからソ連との冷戦もキリスト教対無神論の宗教戦争であると受け止められた。
 アイゼンハワー(Dwight Eisenhower)政権のダレス(John Foster Dulles)国務長官は、まるで説教のような講演をしたものだが、「共産主義」のことを必ず「無神論の共産主義」と言ったことで知られている。アイゼンハワー自身、物見の塔の棄教者であったところ、1953年に大統領就任12日目に長老派(Presbyterian)教会の洗礼を受け、1954年には大統領宣誓に「神の下で」という文言を加えることとし、更に「神を信じるものなり(In God We Trust)」という文言を1956年に米国家標語(motto)として採用し、1957年にはこの文言を米国紙幣に印字させた(
http://en.wikipedia.org/wiki/Dwight_D._Eisenhower
(9月21日アクセス)も参照)。

 さて、20世紀初頭に原理主義(fundamentalism)という言葉が生まれる。
 これは、聖書の文字通り受け止めるプロテスタントの宗派を指した言葉だった。
 このキリスト教原理主義は、啓蒙主義と科学の否定の上に成り立っていた。

 考えてもみよ。
 イスラエルはユダヤ教徒の国だと思われているが、自称ユダヤ教徒が占める比率は75%に過ぎない。ところが、米国では自称キリスト教徒が占める比率が80%に達しているのだ。
 キリスト教原理主義に冒されている者はその一部だとはいえ、米国はイスラエルがユダヤ教国であるという以上にキリスト教国なのだ。

 現ブッシュ大統領は、このキリスト教国米国において、本来出自が異なるところの、米国例外主義とキリスト教原理主義を結びつけたのだ。
 ブッシュの下で共和党は、米国憲法の政教分離原則に反し、積極的にキリスト教原理主義諸派と提携し、これら諸派の政治力を活用するようになった。
 その結果として共和党の政治家達は、世界を善悪二元論的な色眼鏡で見るようになってしまった。
 また、国防省内では、組織の上下関係を通じたキリスト教宣教活動が黙認されるようになった。
 上官が祈祷会を兼ねた朝食に部下がやってくることを促し、やってこないと人事考課でx点をつける、といったことはザラだ。
 ブッシュの側近の2人(Ted HaggardとJames Dobson)が画策して空軍士官学校をキリスト教原理主義で染め上げようとしたことも分かっている。
 メル・ギブソン(Mel Gibson)の映画、キリストの受難(The Passion of the Christ)を同校内で上映し、学生全員に鑑賞することを強制したのはその一環だ。これが問題になり、結局校長は辞任し、空軍は遺憾の意を表した。
 しかし、それで終わった訳ではない。
 私が空軍の従軍牧師長(chief chaplain)にインタビューしたところ、彼は、自分には二つの任務があり、それは米国憲法の遵守とキリスト教の福音の説教であり、この二つは密接不可分の関係にあると語ったこと一つとってもそうだ。
 私は空軍士官学校卒であり空軍にも在籍したが、その当時、こんなことを言う従軍牧師は一人もいなかったし、そもそも、キリスト教の福音の説教を行う任務があると思っている従軍牧師などいなかったのだ。むしろ、礼拝堂の外に出たら、そんなことは絶対兵士に対して行ってはならないと思っている従軍牧師ばかりだったというのに・・。

(続く)

太田述正コラム#2075(2007.9.20)
<退行する米国(続x4)>(2007.10.21公開)

1 始めに

 今回はもう一人の経済学者、クルーグマン(Paul Krugman。1953年〜)のブッシュ批判をとりあげたいと思います。

2 クルーグマンの主張

 (1)大分岐の時代の到来

 20世紀からの米国の歴史を振り返ってみよう。
 これまで金ぴかの時代(Gilded Age。コラム#1776)は1900年前後に進歩の時代(Progressive Era)に変わったと考えられてきた。
 しかし、実際には金ぴかの時代はニューディール時代のただ中まで続いたのだ。これを私は「長い金ぴかの時代」と呼びたい。
 というのは、19世紀後半と同程度の経済的不平等が続いた(注1)からだ。

 (注1)http://krugman.blogs.nytimes.com/中のSeptember 18, 2007付コラム(9月20日アクセス。以下同じ)に掲げられている表・・1917年から2005年までの、上位10%の人の所得が全所得に占める割合の推移・・をぜひご覧いただきたい。

 何せ、勤労者達は人種的・宗教的・文化的に分断されていたのに対し、エリートは団結して政治を支配していたのだからどうしようもなかったのだ。(何やら現在と似ていると思わないか。)

 次いで、「大圧縮の時代」(The Great Compression)となる。フランクリン・ローズベルトとニューディールのおかげで、1935年から45年にかけての極めて短い期間に金持達は後退し勤労者達はかつてない前進をかちとった(注2)。

 (注2)これは「ニューディールのおかげ」ではなく、「第2次世界大戦争(その準備を含む)のおかげ」と言うべきではないか(コラム#599参照)。(太田)

 その次が、その結果到来した「中産階級の時代」(Middle class America)であり、強力な労働組合、高い最低賃金、累進税制のおかげもあって、極端な金持ちや貧乏人がいなくなった時代だ。
 これは、民主党と共和党が基本的な諸価値を共有し、超党派で協力することが可能な時代でもあった。
 最後は現在であり、米国がもはや中産階級の社会ではなくなった「大分岐の時代」(The great divergence)だ。
 1979年から2005年の間に中位家計所得は13%伸びただけだが、上位0.1%の金持ちの家庭の所得は296%も伸びた。
 これは、技術変化やグローバリゼーションの必然的結果などではない。
 1935年から45年にかけての変化が政治の産物であったのと同じく、1970年代以降の不平等度の高まりもまた政治の産物であったと私は考えている。
 こんな趨勢は他の先進国では見られないのであって、サッチャー時代の英国の不平等度の高まりなんて可愛いものだ。
 興味深いことに、この時代は保守化の時代(the era of “movement conservatism”)でもあった。
 貧乏人の叛乱が起こるどころか、保守化がどんどん進行し、ついにブッシュの時代に、共和党は三権すべてをコントロールするに至ったのだ。
 こうして、不平等度が高まったというのに、金持ちに対する税率は下げられ、セーフティーネットは穴だらけになった(注3)。
 (以上、特に断っていない限り、NYタイムスブログ中のコラム上掲による。)

 (注3)クルーグマンは、以上を詳述した'The Conscience of a Liberal'という本を近日上梓する予定。

 (2)共和党の手口

 共和党は、どうやって有権者を丸め込んだのか。
 第一に、供給重視経済学(コラム#2052)だ。これは、税率引き下げを売り込むのに使われた。
 第二に、国家公務員が多すぎるというためにする議論だった。
 その言い出しっぺはレーガンであり、1964年に共和党のゴールドウォーター大統領候補を応援する演説で、「250万人も非軍人の国家公務員がいるなんてキチガイじみている」という形で登場した。
 実際には、そのうちの三分の二は国防省と郵便局の非軍人の国家公務員だった。
 第三に、共和党の人間の批判をやると、共和党はみんなが協力して総掛かりで主要メディア、ラジオ、そして最近ではブログを駆使して批判者の人格攻撃を行い、完全に打ちのめしてしまう。
 これに対し、民主党の人間の批判をしても、こんなことは全く起こらない。
 第四に、これもレーガンが始めたことだが、生活保護を受けている人間がキャデラックに乗っているといった類の、実態は人種差別的な議論だ。

 (以上、
http://bookclub.tpmcafe.com/blog/bookclub/2007/sep/11/crank_politics
による。)

 (3)グリーンスパン批判

 グリーンスパンは、クリントン政権時代には、ようやく財政が黒字になったが、再び赤字に転落させるなと警告を発していたというのに、ブッシュ政権時代になると掌を返したように、2001年の税率削減に上院での証言で賛意を表明した。
 2004年に至ってもなおグリーンスパンは、税率削減を恒久化する措置に賛意を表明している。
 そのグリーンスパンが、連邦準備制度理事会議長を辞めた今、ブッシュ政権の放漫財政批判に転じた。
 これは、ブッシュ政権の開戦理由のいかがわしさに気付きつつも対イラク戦に賛成した人物が、その後のイラクの状況を見て、実は自分は対イラク戦に反対だったのだと言い出したようなものだ。
 要するにグリーンスパンは、ブッシュ大統領の支持率が下がり、上下両院の多数を民主党が占めるようになったのを見て、またまた態度を豹変させた、ということだ。

 (以上、
http://economistsview.typepad.com/economistsview/2007/09/paul-krugman-sa.html
による。)

3 感想

 クルーグマンによって(正当にも)こきおろされたグリーンスパンですが、そのグリーンスパンまでブッシュ批判に転じたということは、ブッシュ政権がいかに異常な政権であるかを示している、と私は思います。
 しかし、以上のようなクルーグマンやグリーンスパン、そしてライシュら経済学者によるブッシュ批判が大衆の賛同を得るのは容易ではなさそうです。
 検索をかけると結構上位に来る投稿の筆者が、「クルーグマンは機会の平等ではなく結果の平等を求めるマルキストと同じだ。これは米国の建国の理念に反する」という趣旨の悪罵をクルーグマンに投げつけている(
http://www.freerepublic.com/focus/f-news/1898847/posts
)のを見ると、つくづくそう思います。

太田述正コラム#2131(2007.10.18)
<ブッシュとイラン・北朝鮮の核問題>

1 始めに

 ブッシュ大統領は17日の記者会見で、北朝鮮とイランに対する厳しい見解を表明しました。
 それぞれをどう受け止めるか、私見を申し述べたいと思います。

2 対北朝鮮

 ブッシュ米大統領は、北朝鮮の核問題に関し、「北朝鮮は核拡散活動に関するすべての申告とともに、プルトニウム、(核)兵器をどれくらい生産したのか完全な申告を行<わなければならない>」と述べるとともに、「6<か国>協議では、拡散問題は兵器の問題と同等の重みを持っている」と強調し、「北朝鮮が合意を守らなければ、代償を払うことになる」とくぎを刺しました(注1)(
http://www.asahi.com/international/update/1018/TKY200710170368.html
。10月18日アクセス)。

 (注1)10月3日に発表された6か国協議の合意文書では「すべての核計画の完全で正しい申告を年内に行う」とされたが、具体的な中身には触れていない。北朝鮮の6か国協議首席代表の金桂寛外務次官は、先月の6か国協議の際に開かれた韓国との協議等で、年内に行う申告に核兵器を含めない考えを示していた。

 朝鮮日報は、「最近米国で北朝鮮に対しあまりにも譲歩し過ぎているのではないかという世論が巻き起こっているのを意識した<発言の>ようにみえる。」と論評しています(
http://www.chosunonline.com/article/20071018000000
。10月18日アクセス)。
 しかし私は、このブッシュ発言は、北朝鮮が核計画の全貌を明らかにしなければならないということを明確に述べたものであり、シリアへの核協力といった弱みを抱えている北朝鮮としては、日本人拉致問題の全貌を明らかにすること以上の要求を突きつけられていることを意味するものである、と受け止めています。
 これまで(コラム#2123等で)何度も申し上げていることですが、この発言は、ブッシュ政権が一貫して北朝鮮の体制変革を追求してきているとの私の指摘を改めて裏付けるものです。

2 対イラン

 一方、イランの核問題については、ブッシュ大統領は、「もしイランが核兵器を保有することになれば、世界平和にとって危険な脅威となろう。だから私は、第三次世界大戦を予防しようというのなら、彼らが核兵器をつくるために必要な知識を獲得することを防止しようとすべきだと主張してきた。・・私は核兵器を持ったイランの脅威を極めて深刻に受け止めている」と述べています。
 「第三次世界大戦」というのは極めて強い表現であり、イランに対して軍事行動をとる選択肢を留保していることを示唆したものであると受け止められています。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/10/17/washington/17cnd-prexy.html?hp=&pagewanted=print
(10月18日アクセス)による。)

 しかし、これまた(コラム#2123等で)何度も申し上げてきているように、ブッシュの残任期中の米国の対イラン攻撃はありません。
 ありえないのです。

 現在米国の軍部には、反ブッシュ政権の気運が漲っています。
 一番最近では、2003年半ばから約1年間在イラク米軍総司令官を勤め、現在は退役しているサンチェス元米陸軍中将が、10月12日、ブッシュ政権の指導者達を無能で腐敗しているとし、イラク占領政策の失敗は、職務怠慢の極みであり、軍人であったら軍法会議にかけられてしかるべきだと激しく非難したことが話題になりました(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/10/12/AR2007101202459_pf.html
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7042805.stm
(どちらも10月14日アクセス)による)。

 それに以前(コラム#2074で)、「仮にブッシュ=チェイニー・ラインがイラン攻撃を命じたとしても、ゲーツ<米国防長官>は自らこのことをリークし、或いは制服幹部達がこのことをリークするのを黙認することによって、この命令を覆すことを目論むでしょうし、それで覆せなければ、今度はファロンが公然と異論を唱えて辞表を叩き付けることでしょう」と述べたところ、私の指摘を裏付ける、要旨以下のようなコラムがスレート誌に掲載されました。
 
 イラクの反省の上に立ち、今度、(将官達の間では絶対にやってはならないというコンセンサスができているところの)イラン攻撃を大統領から命ぜられた時にどうすべきか、侃々諤々の議論が米軍人達の間でなされてきた。
 合法的な命令には服さなければならないので、命令に服するのを頭から拒否するわけにはいかないというのが大前提だが、その上でどうすべきかについて、ようやく以下のようなコンセンサスができつつある。
 この種の軍事的にばかげた命令(注2)を大統領から受け、その命令に服すことが米国の安全保障を危うくすると信じた場合、軍人は、大統領に翻意を促す、プレスにリークする、学術論文を上梓してその中に主張を織り込む、議会でやらせ質問をしくんで言いたいことを証言する、こういったことを多数が一緒になってやる、と次第にエスカレートさせていき、それでもダメなら、辞任(resigning)するか何人かで一斉に退役(retiring)すると大統領に訴える(注3)、この辞任ないし退役を実行する、更に辞任ないし退役後速やかに声を挙げる、というものだ。
 (以上、
http://www.slate.com/id/2176122/
(10月18日アクセス)による。)

 (注2)「政治的に」ばかげた命令ではないことに注意。なお軍事的にばかげた命令には、誤った情報ないし歪曲された情報に基づいて大統領が発出した命令を含む。
 (注3)辞任と退役は全く違う。退役する場合は、医療サービス受給資格や士官クラブ会員資格等の便宜供与を引き続き受けることができるが、辞任すればこれら一切を擲つことになる。だからこそ、この40年来、辞任した将官は一人もいない。

 イラン攻撃はありえない、と信じていただけましたか?
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 有料版のコラム#2132(2007.10.18)「報道の自由「後進国」の日本・再訪」のさわりの部分をご紹介しておきます。
 コラム全文を読みたい方はこちらへ↓
http://www.ohtan.net/melmaga/
・・・・今年も国際的NGOの「国境なき記者団」が「2007年世界報道自由度ランキング」を発表しました。
 それによると、調査対象169カ国中、昨年51位だった日本が37位に上昇し、31位だった韓国は39位に下がりました。
 ・・
 「2007年世界報道自由度ランキング」の原典・・にあたってみたところ、・・日本には閉鎖的な記者クラブ制度があること<等>が挙げられていました。
 これらは一貫して日本が批判されている点です(コラム#936参照)。
 ・・
 記者クラブの存在による病理であると最近思えてならないのが、防衛記者クラブ会員社であるところの新聞社やTV局等の主要マスコミが、どこもほとんどと言ってよいほど防衛省不祥事を取り上げていないことです。
 ・・
 その結果、おかしなことが起こっています。
 民主党が、・・防衛省の守屋武昌前事務次官の証人喚問を要求したのですが、守屋氏を証人喚問する理由が、氏が防衛局長時代に海上自衛隊のインド洋での給油活動での給油量の訂正や航海日誌の破棄などが相次いだことへの責任を問うためだけだというのです・・。
 ・・せっかく守屋氏を証人喚問するのであれば、少なくとも併せて防衛省不祥事についても問い質すべきでしょう。
 ・・
 民主党が取り上げようとしない最大にして唯一の理由は、主要マスコミが本件をいまだに報道していないことだと私は見ているのです。
 ・・
 コラム全文を読みたい方はこちらへ↓
http://www.ohtan.net/melmaga/

太田述正コラム#2069(2007.9.17)
<退行する米国(続x3)(その1)>(2007.10.18公開)

1 始めに

 退行する米国シリーズでは、ブッシュの(日本にも関わる)ひどい演説の話から出発して米国のファシスト国家化という深刻な結論に到達したわけですが、今後ともこのテーマは機会あるごとにとりあげていきたいと思っています。
 今回は、経済学者のグリーンスパンとライシュのブッシュ批判に触れたいと思います。

2 グリーンスパン

 グリーンスパン(Alan Greenspan。1926年〜)は、言わずと知れた、1987年から2006年にかけての18年間、米連邦準備制度理事会議長を見事に勤めあげた経済学者(注1)です。

 (注1)ユダヤ系。ジュリアード音楽院でクラリネットを学び、一流のジャズ奏者と競演したというユニークな経歴を持つ。ニューヨーク大学で経済学の学士号、修士号を取得した後、コロンビア大学の博士課程に入学するもドロップアウト。学位論文も書いていない(?)のに、1977年にニューヨーク大学から博士号(Ph.D.)を授与される。彼は、哲学者でかつ文学者であるランド(Ayn Rand。1905〜82年)女史の客観主義(Objectionism)哲学の熱心な弟子でもある(
http://en.wikipedia.org/wiki/Alan_Greenspan
。9月17日アクセス)。
    ちなみに、ランドもユダヤ系であり、ソ連のペトログラード(サンクト・ペテルブルグ)大学を卒業した後21歳の時に米国に亡命し、ハリウッドの脚本書きから出発し、在野の哲学者・文学者として生涯を終えた。彼女の客観主義哲学については、私はその内容をつまびらかにしないが、毀誉褒貶が激しいらしい。いずれにせよ、米陸軍士官学校の卒業式の祝辞の中で彼女は、「米合衆国は、その建国理念において、世界史上、最も偉大で最も高貴で、唯一の道義的な国家であると私は断言できます」と述べたというのだから、私としては、彼女の客観主義哲学なるものは、敬して遠ざけることとしたい(http://en.wikipedia.org/wiki/Ayn_Rand
。9月17日アクセス)。

 グリーンスパンは共和党支持者でもあるのですが、彼がこのたび自叙伝'The Age of Turbulence'を上梓し、その中でブッシュ大統領と共和党を激しく批判していることが話題になっています。
 すなわちグリーンスパンは、クリントンの財政政策とは違ってブッシュの財政政策は、政治的ウケ狙いの放漫財政であり、共和党は、財政規律を権力追求のために犠牲にし、その結果、昨年の上下両院選挙でその両方とも失ってしまった、と力説しているのです(注2)。
 (以上、特に断っていない限り
http://www.latimes.com/features/books/la-na-greenspan15sep15,0,6425254,print.story?coll=la-books-headlines
(9月16日アクセス)による。

 (注2)グリーンスパンが、対イラク戦の本当の目的は石油だったはずだと書いたことも話題になっている。彼によれば、大量破壊兵器疑惑はタテマエとしての対イラク戦開戦理由に過ぎず、開戦の本当の目的が、サダム・フセインがホルムズ海峡を閉鎖して、世界の石油市場を大混乱に陥らせるようなことがないようにするためだったことは明白だ、というのだ。(
http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,2170661,00.html
。9月17日アクセス)

3 ライシュ

 ライシュ(Robert Reich。1946年〜)カリフォルニア大学バークレー校教授は、クリントン時代の1993〜97年に労働長官を勤めた、日本でもおなじみの経済学者です。
 彼が、このたび上梓した'Supercapitalism: The Transformation of Business, Democracy and Everyday Life'は、直接ブッシュ大統領を批判しているわけではありませんが、米国における所得と富の不平等化、雇用不安定性の増大、地球温暖化の放置を問題視している、という意味ではこれは、まぎれもないブッシュ批判の本であると言えるでしょう。

(続く)

太田述正コラム#2065(2007.9.15)
<退行する米国(続々)(その3)>(2007.10.16公開)

<補注2>

1 始めに

 ブッシュひいてはテキサス人の特異性を(コラム#2029で)指摘したところですが、このあたりのことをもう少し掘り下げてみましょう。

2 テキサスと死刑

 テキサスは、住民の四分の三近くが死刑に賛成しているめずらしい州です。
 何せ、1976年以来全米で1,000人ちょっとが死刑を執行されていますが、そのうちテキサスだけで半分近くを占めているのです。
 ブッシュが知事であった6年間に152人の死刑執行を行いましたが、これは彼の後任のペリー(Rick Perry)知事に次ぐ、全米知事の最高記録です。

 現在、全米50州中11州で死刑制度が廃止されており、4州で死刑の執行が停止されています。そして更に1州(ニュージャージー)で死刑制度が廃止されようとしています。

 死刑制度が廃止されたり死刑執行が停止されるケースが増えてきているのは、人道的理由からだけではありません。

 一つには今では、死刑にする方が完全終身刑にするよりはるかに沢山カネがかかることです。
 例えば、北カロライナでは、200万ドルも余計にかかります。
 というのは、通常の囚人ならメシを食わせて看守をつけておけば事足りるのですが、死刑囚には弁護士をつけて、長年にわたって無実の人間を死刑にするようなことにならないかを議論しなければならないからです。
 例えばメリーランドの場合、死刑制度があるために、1978年から計算すると2,240万ドル余分の出費を強いられているというのです。これだけのカネがあったら、毎年500人追加的に警官を雇うことができ、あるいは1万人のヤク中毒者の治療ができる勘定なのだそうです。しかも、このような用途にカネを使えば、それは確実に命を救ったり暴力犯罪を予防することにつながる、というわけです。
 ただ、メリーランドの上院では死刑廃止案は今年5対5の同数で先送りになりました。
 二つには、今や死刑には犯罪抑止力がないことです。
 2005年の数字で、死刑制度がある州の方がない州より、州民一人あたり46%も殺人が多いことです。しかもこの差は、1990年以来広がってきています。
 そもそも、とっくの昔に死刑制度を廃止した西欧諸国より米国の方が殺人ははるかに多いのです。
 しかも、殺人を犯した者の99%以上は死刑宣告を免れており、宣告された者も、毎年その2%しか刑を執行されていないのに対し、ヤク密売人の殺害率は年7%であり、死刑囚になる方がシャバにいるより安全だというのですから何をかいわんやです。

 (以上、
http://economist.com/PrinterFriendly.cfm?story_id=9719806
(9月5日アクセス)による。)

 このように見てくると、テキサス人は死刑が大好きだから死刑制度を存続させ、死刑を乱発している、としか考えられませんね。
 まことにテキサスは異常な州なのです。

3 ブッシュの人柄

 テキサス人のブッシュは、以前は人生も大統領職も軽く考えるようなだらしなくてのんびりした人物だったが、大統領になってからは細部にこだわる人物へと一変した。
 ホワイトハウスにいる時には、クリントンはくつろいだ服装をすることを好んだが、ブッシュは背広とネクタイ着用にこだわる。それに、時間厳守だ。一度パウエル国務長官が閣議に遅れた時には、ブッシュは部屋に入れなかったことがある。
 夜は9時に就寝し、朝7時から仕事を始め、15分刻みで精力的に仕事をこなしていく。

 欠かせないのは一日2時間のサイクリングだ。
 カトリーナ災害が起こった時、サイクリングの直後で消耗しきっていたために禄に質問もできず恥をかいたのはよく知られている。9.11同時多発テロの前日にブッシュの頭の中を占めていたのは、サイクリングで1マイル7分を切ることだった。
 警護官はたまったものではない。
 全速でサイクリングをするブッシュを同じマウンテンバイクに乗って伴走しなければならないし、ブッシュのでかける先にあらかじめ行ってサイクリング・コースを決定した上で、自転車が走る道を平らにしたり雑草をむしったりしておかなければならないからだ。

 ブッシュは一旦決心をするとテコでも動かなくなる。また、一旦決心をするとその後がどうなろうとほとんど関心を示さなくなる。

 ブッシュの記憶力はすこぶる弱い。

 ブッシュの辞書に失敗という言葉はないので、悪いニュースをブッシュに伝えると大変なことになる。だから、側近達は悪いニュースはなるだけブッシュには伝えないようにしている。

 (以上、
http://books.guardian.co.uk/departments/biography/story/0,,2168980,00.html
(9月15日アクセス)による。)

 いやはや、ブッシュはスタイルが変わっただけで、ハーバード・ビジネススクールの時のままの悪ガキですね。
 お坊ちゃんの安倍首相の方が、まだはるかによいのではないでしょうか。
 それに何と言っても、ブッシュはイラクだけで一般住民を100万人も殺した(
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-iraq14sep14,1,3270284,print.story?coll=la-headlines-world
。9月15日アクセス)けれど、安倍首相はただの一人も殺していませんからね。

(完)

太田述正コラム#2059(2007.9.12)
<退行する米国(続)>(2007.10.13公開)

1 始めに

 ブッシュ政権は、行政権一元化理論(Unitary Executive Theory)を信奉しているとされています。
 これがいかなる理論であるか、ご説明しておきたいと思います。

2 行政権一元化理論

 (1)行政権一元化理論

 チェイニー副大統領は、フォード(Gerald Ford)大統領の33歳の幕僚長(chief of staff)であった頃、行政権に制約が多すぎるためにベトナム戦争の遂行や同戦争にからむ諜報活動に齟齬を来したと感じ、行政権強化の必要性に目覚めたとされています。
 この行政権強化の要請に応える新憲法理論が行政権一元化理論であり、最初にこれを法理論化したのは、レーガン大統領の時の司法長官のミース(Edwin Meese)ですが、チェイニーの現在の補佐官であるアディントン(David Addington)や、カリフォルニア大学バークレー校の学者からブッシュ政権で司法省入りしたユー(John Yoo。司法省勤務:2001〜2003年)や、後に最高裁判事にブッシュによって任命されることになるロバーツ(John Roberts。2005年9月から最高裁長官)とアリトー(Samuel Alito。2006年1月から最高裁判事)によって磨きをかけられました。
 彼らは、大統領は、米議会の同意なしに戦争を行う、令状なしの捜索や監視活動を許可する、国際条約を恣に無視(abrogate)する、立法府または司法府が大統領の権限に課している制約のうちのどれをどの程度受け容れるかを決める、固有の権限を有すると信じています。

 (2)理論の適用

 ブッシュ政権は、この理論を拳々服膺しています。
 まず総論的に言えば、同政権は、大統領権限の拡大に取り憑かれており、議会と調整することを厭い、専門家の意見を徴する前に結論を決めてかかる姿勢をとっていることが挙げられます。
 ブッシュ政権と同じく危機の時代の政権であったリンカーン政権やフランクリン・ローズベルト政権の時とは違って、ブッシュ政権には、大統領大権への依存はあっても、法制化・調整・議論・謙譲的姿勢の採用・憲法的ないし国際的諸価値配慮の姿勢の表明、などは薬にしたくてもないのです。
 各論的には、例えばブッシュ大統領が、2003年に、第4ジュネーブ条約(Fourth Geneva Convention)・・占領当局の義務と占領地非軍人の取り扱いについて規定・・が占領地のテロリストはこのジュネーブ条約によって保護されないという方針を打ち出したことが挙げられます。

 (3)今後の展望

 ブッシュ政権によって行政権一元化理論が採択され適用されたということが前例となり、たとえ次の政権が民主党政権になったとしても、この理論は生き続けることになるのではないか、という暗鬱な予想が米国の知識層の間でなされています。
 
 (以上、
http://www.latimes.com/features/books/la-et-rutten7sep07,0,4405098,print.story?coll=la-books-headlines
(9月11日アクセス)、及び
http://www.nytimes.com/2007/09/11/books/11kaku.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print
(9月12日アクセス)による。)

3 感想

 米国のブッシュ大統領によって、少なくとも安全保障面で大統領に独裁的権限を与えるに等しいところの、行政権一元化理論が採択され適用されるに至ったということは、、戦前の日本になぞらえて言えば、当時の公認学説たる天皇機関説に代わって昭和天皇によって天皇主権説が採用され適用されるに至ったに等しいゆゆしい事態(注)であり、このことについて、米議会が直接問題視していない上、米最高裁も長官以下この理論を信奉する者が増えていることは、米国がファシスト国家になりつつあるもう一つの有力な例証であると言えるでしょう。
 (天皇機関説については、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E6%A9%9F%E9%96%A2%E8%AA%AC
(9月12日アクセス)による。)

 (注)天皇機関説の主唱者であった美濃部達吉東大教授は、不敬罪で告発されたが起訴猶予処分となり、しかも、肝腎の昭和天皇は一貫して天皇機関説信奉者であり続けたのであって、天皇主権説は、ついに天皇機関説に取って代わることはなかった。

太田述正コラム#2051(2007.9.8)
<誰がイラク軍を解散させたのか>(2007.10.7公開)

1 始めに

 対イラク戦争「勝利」の後、米国がイラク軍を解散させてしまったことが、その後イラクの状況が泥沼化した原因の最たるものであることは、今や定説になりつつあります(例えば、コラム#2039参照)。
 では米国の誰がこの重大な意思決定を行ったのでしょうか。
 それが今だに判然としない、という呆れた話を今回はしたいと思います。

2 誰がイラク軍を解散させたのか

 2003年5月16日にイラク軍を解散する命令を直接下したのが、当時イラクを統治していたところの、実質的には米国隷下にあったCPA(Coalition Provisional Authority)の長のブレマー(L. Paul Bremer)であったことに争いはありません。
 その結果、25万人のイラクの若者達が、武器を携えたまま仕事を奪われて失業者として抛り出されることとなったのです。
 
 ところが、ブッシュ大統領が、「イラク軍は解散させないことになっていたのにどうしてブレマーが解散させてしまったのか分からない。当時のことは思い出せないが、何でそんなことになったんだ、と当時言ったものだ。」と述べたと先だって報じられたので一騒ぎになりました。
 これに対してブレマーは、イラク軍解散の件等を記した書簡をブッシュに送り、ブッシュから了解したとの書簡を受け取っていたことを明らかにした上で、自分はラムズフェルト国防長官(当時)の指示に従っただけである、この件については米国防省とホワイトハウスの関係者はみんな了解していた、サダム・フセイン政府の抑圧機関の一掃という意味でイラク軍の解散は行うべきであった、イラク軍の兵士達は逃散していたし基地は掠奪にあって使い物にならない状況であったことからイラク軍は当時既に事実上解散してしまっていたと言える、と弁明しました。

 コラムニストのカプラン(Fred Kaplan)は、ブレマーが昨年上梓した回顧録の中で、イラク軍解散の指示書をフェイス国防次官(Douglas Feith)から手交されたと記していること、またジャーナリストのウッドワード(Bob Woodward)が上梓した本(State of Denial: Bush at War, Part 3)の中で、ラムズフェルトが、この指示は別の所から来た、と言っている旨記されていることを指摘した上で、恐らくこの指示を発した張本人はチェイニー(Dick Cheney)副大統領であろうとし、それはイラクからの亡命者であったチャラビ(Ahmad Chalabi)の入れ知恵に基づく指示であったのでは、と推測しています。

 カプランによれば、対イラク戦が始まる1週間前の2003年3月10日、ブッシュ・チェイニー・ライス・パウエル・テネット(CIA長官)・統合参謀本部議長等臨席の下で米国家安全保障会議が開催され、戦後、イラクのバース党員を審査し、最大限5%程度と目されるところの好ましからざる人物を排除するという方針が全員一致で決定され、次いで3月12日、再び国家安全保障会議が開催され、フセインの精鋭部隊であるとともに護衛役であるところのイラクの共和国防衛隊(Republican Guard)(コラム#77)は解散させるが正規軍の兵士達は、忠誠心を確認の上、軍に復帰させるという方針がやはり全員一致で決定されたというのです。
 ところが、この二つの決定がどちらも、恐らくチェイニーの指示により、ブッシュのあずかり知らないところで覆され、5月12日にイラクに着任した直後、ブレマーは13日に全バース党員排除命令を、そして14日にはイラク軍解散命令を発したというのです。
 パウエル国務長官も統合参謀本部議長も統合参謀本部副議長(後に議長)のペース(Peter Pace)も、統合参謀本部構成員たる陸海空参謀長も、も全く蚊帳の外でした。
 そしてこれは、上記国家安全保障会議決定に従い、イラクで逃散したイラク兵士の部隊への呼集作業に既に着手していた米軍人達にとっても全く寝耳の水のことだったのです。
 (以上、
http://www.latimes.com/features/books/la-na-bush3sep03,0,6931007,print.story?coll=la-books-headlines
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/09/02/AR2007090201297_pf.html
(どちらも9月4日アクセス)、及び
http://www.nytimes.com/2007/09/06/opinion/06bremer.html?pagewanted=print  
(9月7日アクセス)を参照しつつ、基本的に
http://www.slate.com/id/2173554/  
(9月8日アクセス)によった。)

3 感想

 満州事変から先の大戦終戦に至る時代の日本・・無責任体制と下克上の日本・・を思い出させるようなブッシュ政権の体たらくですね。
 退行する米国シリーズの特別編としてお読みいただいても結構です。

太田述正コラム#2095(2007.9.30)
<退行する米国(続x5)(その2)>

 (本篇は、形の上でコラム#2077の続きですが、実態は、コラム#2063の続きです。読者との対話だけで終わってしまったので、例外的に全篇を即時公開します。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<バグってハニー>

 結局、ナオミ・クラインの本(THE SHOCK DOCTRINE The Rise of Disaster Capitalism )のイラク戦争の章に関しては全く議論が盛り上がらなかったです。とにかく前にも書いた通り、イラク戦争の章の批評を担当した、Jeremy Scahill(民間軍事会社ブラックウォーターを批判する本を書いている)は、ここまで詳細な占領政策の批判は初めてだとべた褒めしています。それで、彼のブログにはついぞ右派の投稿子が登場せず、左派の投稿子が勝手に勝利宣言を出しています。結局、占領政策のあまりの拙さは右派も否定しようがないということなんでしょう。
 一つだけ投稿子の発言で鋭いと思ったのは占領地の運営を民間会社に任せるのはなにも真新しいことではない、というものです。つまり英国の東インド会社によるインド支配。

<太田>

 米国のイラク「経営」のやり方は、東インド会社より、かつての英海軍を思い起こさせます。

 英国では長く、正規の海軍と捕獲免許状(Letter of marque)(コラム#41)を与えられた海賊(私掠船=privateer )が渾然一体となって戦争を遂行したものです(
http://en.wikipedia.org/wiki/Privateer
。9月30日アクセス)。
 これに対し、エリザベス1世の勅許状に基づいて1600年に設立された株式会社たる東インド会社(Honourable East India Company)(
http://en.wikipedia.org/wiki/British_East_India_Company
。9月30日アクセス)は、植民地経営を英本国から、軍事も含めて全面的に委任された形で経済合理的に遂行しました。
 思うに、欧州諸国の植民地「経営」と英国の植民地経営との最大の違いは、前者は基本的に私掠船的掠奪に終始したのに対し、後者は株式会社的経営であった点に求められるのではないでしょうか。
 ついでながら、日本の植民地経営は、この二つのいずれとも異なり、もっぱら安全保障的観点から行われたため、財政的には持ち出しの形で社会貢献的に行われたと言えるでしょう。

 話を戻しますが、米国のイラク「経営」は、第一に米軍、第二にこの米軍を軍事面で補完する役割を担わされた民間会社、そして第三に非軍事面をほぼ全面的に委任された民間会社、、の三位一体で進められ、この状態がイラクが主権を回復した以降も基本的に続いているわけです。
 米経済学者のクルーグマン(PAUL KRUGMAN)は、イラクにおける民間軍事会社の社員の死者の数が、米軍どころか米軍を含めた全多国籍軍の死者の数を上回っているとし、こんな異常なことになったのには三つ理由がある、と指摘しています。
 一つ目は、民間軍事会社で補完することで、イラク派遣米軍兵力を少なく押さえることができたことです。(徴兵制復活ができない以上は、それ以外に方法はなかったと言えるのかも知れません。(太田))
 二つ目は、ブッシュ政権や共和党とのコネで、イラク一般市民虐殺事件を起こして問題になっているブラックウォーター(Blackwater)のような、不適格な民間軍事会社がイラクで米軍補完任務を委任されたことです。
 三つ目は、ブッシュ政権が民間委託イデオロギーとでも呼ぶべきものに取り憑かれていることです。
 その証拠に、ブッシュ政権は、9.11同時多発テロが起こったというのに、依然空港の安全を民間会社に委ね続けている、というのです。
 
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/09/28/opinion/28krugman.html?ref=opinion&pagewanted=print
(9月29日アクセス)による。)

<バグってハニー>

 ナオミ・クラインはその後三回ガーディアン紙上でブログを書きましたが、そのうち二回はほとんどフェンビーへの再反論に費やしています(三回目は読者の質問への回答)。それで投稿子にもいちいち反応するフェンビーと違ってクラインは書きっぱなしなので中国に関しても議論は深まりませんでした。
 それでウィル・ハットン(オブザーバー紙とガーディアン紙のコラムニスト)が手短にまとめてくれていますが、ナオミ・クラインの分析はイラク戦争とハリケーン・カトリーナに関してはうまくいっている、中国に関しては全くでたらめ、英国に関してはそもそも関係ない、ということなんだそうです。
 私が受けた全体的な印象は彼女の著書はマルクスの資本論の劣化版焼き直しなのかなと。ブルジョワ対プロレタリアートという階級闘争史観をネオリベラリスト対アンチグローバリゼーショニストに置き換えて資本主義を攻撃しているのではないかと。
 そんなに資本主義が嫌いなのだったら本をただで読ませてくれよと(彼女そんな読者からの質問にまじめに答えています)。ちなみに彼女、新たな手法(映画みたく予告編の動画)で著作を宣伝しています。これぞ資本主義の極み!クライン家は活動家の家系なんだそうです。<太田さんも言われていることですが、クラインが>イデオロギー色が強すぎるというのは確かなようです。
 ただ、今現在こんな図式が通用する紛争なんて世界のどこにあるのかと。民間主導のイラク復興政策がでたらめだったことは確かかもしれないですが、イラク人同士が殺し合いをしているのはネオリベラリズムに対する抵抗ではないですよねえ。そのあたりが、コナー・フォーリーが指摘した伝統的な左翼思想の危機、世界の左翼を結束させる左翼思想の欠如なのではないかと思いました。

<太田>

 ノーベル経済学賞を受けた米経済学者のスティグリッツ(JOSEPH E. STIGLITZ)のナオミ・クライン本の書評の結論的部分をご紹介しましょう。

 「クラインは学者ではないし、学者的基準で判断されてはならない。彼女の本の中には単純化し過ぎの箇所が沢山ある。しかし、フリードマン等のショック施療師達も単純化し過ぎという点では同罪だ。連中の市場経済の完全さに対する信奉は、完全情報・完全競争・完全リスク市場を前提としたモデルに立脚している。クラインを攻撃するのなら、連中の掲げる諸政策はもっと強く批判されなければならない。この諸政策は、堅固な経験的・理論的基礎に全く立脚していない・・。
 クラインは経済学者ではなくジャーナリストであり、彼女は世界中を旅し、それぞれの現場において何が本当に起こったのかを直接発見しようとしてきた。・・イラクの民営化、<インド洋の大>津波の後に起こったこと・南アフリカでANCが権力を掌握してからの年月・・<を扱った>各章はこの本の中の最も面白くない部分だが、最も説得力のある部分でもある。」

 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/09/30/books/review/Stiglitz-t.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print
(9月30日アクセス)による。)

 恐らく、これは常識的な結論なのだろう、と私は思っています。
 このスティグリッツのコラムは、これまで英国内、しかもほぼガーディアンの中だけで取り上げられていた(注)クライン本が、ついに米国でも、ただしニューヨークタイムスだけで取り上げられた、という点でも注目されます。

 (注)クラインに対する毀誉褒貶を整理
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/magazine/6992893.stm
。9月14日アクセス
    イラクでの民間会社委託に関する評価
http://books.guardian.co.uk/shockdoctrine/story/0,,2167229,00.html
。9月15日アクセス(以下同じ)
    中共に関するクライン批判
http://commentisfree.guardian.co.uk/jonathan_fenby/2007/09/the_tiananmen_square_peg.html
    中共に関するクラインの弁明
http://commentisfree.guardian.co.uk/naomi_klein/2007/09/an_absorbing_debate.html
    ロシアに関するクライン批判
http://commentisfree.guardian.co.uk/john_lloyd/2007/09/lost_in_the_mists_of_time.html
    クライン擁護
http://commentisfree.guardian.co.uk/gary_younge/2007/09/there_is_the_general_and.html
    クライン擁護
http://commentisfree.guardian.co.uk/jeremy_scahill/2007/09/testimony_of_the_tortured.html
    南米からのクラインに対する建設的批判
http://commentisfree.guardian.co.uk/conor_foley/2007/09/striking_parallels.html
    クラインに対する高い評価
http://commentisfree.guardian.co.uk/seumas_milne/2007/09/crying_conspiracy_is_no_answer.html
    英(サッチャリズム)米(レーガノミックス)は事情が異なるとする批判
http://commentisfree.guardian.co.uk/madeleine_bunting/2007/09/shocked_awed_and_uncertain.html
    精神病治療との類似性に同感であるとする評価
http://books.guardian.co.uk/reviews/politicsphilosophyandsociety/0,,2169298,00.html
    最も鋭くかつ暖かいクライン批判
http://books.guardian.co.uk/reviews/politicsphilosophyandsociety/0,,2174930,00.html
。9月23日アクセス
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
コラム#2096(2007.9.30)「朝鮮戦争をめぐって(その4)」のさわりの部分をご紹介しておきます。
 ・・
 最終章たる朝鮮戦争から始めることにしましょう。

 現在の日本人の多くは、占領史観の影響を受けた、戦前と戦後が断絶した歴史観を抱いています。
 ですから、朝鮮戦争についても、隣国で米軍と北朝鮮軍/中共軍とが戦った戦争、といった程度の認識の人が多いのではないでしょうか。

 このような認識は誤りです。
 ・・
 朝鮮戦争の主役はあくまでも北朝鮮軍と韓国軍であり、それをそれぞれ中共軍と米軍等が支援した、ととらえるべきなのです。
 北朝鮮軍は中共軍やソ連軍に属していた朝鮮族部隊をそのまま北朝鮮軍師団に改編したものが殆どで練度が高かったのですが、その北朝鮮軍に対し、韓国軍は、建国後に新たに編成された師団ばかりであって、その5年前まで日本帝国臣民であったところの、その多くが日本軍出身者であった将校・・が、まだ訓練が十分ではなかった、やはりその5年前まで日本帝国臣民であった兵士を率いて戦いました。
 ・・
 それに、朝鮮戦争には、正真正銘の日本の武装部隊が参戦をしています。
 海上保安庁の掃海艇(もちろん旧海軍由来)が戦闘地域である朝鮮水域で掃海を実施した・・のです。
 ・・
 疎遠になっていた中国国民党と米国との関係修復もまた、朝鮮戦争を契機に成ったのです。

 このように見てくると、東アジア25年戦争の最終章、かつ最後の日ソ戦としての朝鮮戦争は、それまで日本を敵視していた米国(や英国等)と中国国民党が、初めて日本の側に立ってソ連と中国共産党と戦った最初にして最後の戦争であった、という捉え方ができるのです。
 朝鮮戦争の結果、南北併せて最高約300万人(南約100万、北最高約200万)の旧日本帝国臣民たる一般市民、41万5,000人の旧日本帝国臣民たる韓国軍兵士、33,000人の米軍兵士、約150万人の北朝鮮兵士(その中には多数の旧日本帝国臣民が含まれている)と中共軍兵士が死亡しました・・。
 この天文学的な犠牲、とりわけ旧日本帝国臣民の犠牲は、米国が旧日本帝国を敵視し、先の大戦で旧日本帝国を瓦解せしめてさえいなければ生ずるはずがなかったことに鑑みれば、その責任は米国が一義的に負わなければならない、と私は考えているのです。

(続く)

太田述正コラム#2074(2007.9.20)
<米国の対イラン攻撃はない(続)(その2)>

 (2)米国の対イラン攻撃はないと思う根拠

 私が現時点で一番重視しているのは、ゲーツ米国防長官の存在です。
 9月17日、ゲーツは次のような趣旨の講演を行いました。
 
 米国においては、建国以来、対外政策に関し、現実主義者(realist)と理想主義者(idealist)の間で議論が続いてきた。
 例えば、フランス革命について、アダムス(John Adams)は向こう見ずな過激主義と見たのに対し、ジェファーソン(Thomas Jefferson)は自由の勝利と見た。
 爾来米国は、他の暴君(tyrant)達に勝利するために暴君達と取引をしたり、人権の旗手を任じながら、人権蹂躙の権化のような連中と手を携えたりしてきた。
 自由を熱烈に信奉しつつ時と場合によって自由を推進するために異なったアプローチをとることは偽善でも冷笑主義でもない。
 大事なことは、歴史の悲劇的な皮肉は善をなすためには悪と妥協しなければならないことと、民主的改革には時間がかかるのであって忍耐強く待つ必要があることを理解することだ。

 これだけでもゲーツは決して単なる現実主義者ではない一方で、ブッシュよりもはるか国際問題に通じている印象を受けます。
 そしてこの講演後のニューヨークタイムスとのインタビューで、ゲーツは、(ハーバード大学のナイ教授の言う)ソフト・パワーの重要性を繰り返し説き、冷戦後に米国が犯した二つの最大の誤りは、国際開発庁(Agency for International Development)の縮小と米情報庁(U.S. Information Agency)の廃止だ、と答えています。
 また、イランに係る安全保障上の脅威を勘案しながら、そのイランにおいて自由を推進するにはどうしたよいかとの質問に対し、ゲーツは、ソフトパワーを用いることを強調し、イランの体制が自ら掲げるレトリックの達成に失敗していることをイランの大衆に気付かせる必要がある、と答えています。
 最後にゲーツが、現在米国が遂行しているイラク駐留米軍増強戦略が決まる際に、反対意見のリークがなかったことを指摘し、この戦略についていかに国防省内でコンセンサスが成立しているかに注意を喚起していることはイミシンです。

 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/09/19/opinion/19brooks.html?ref=opinion&pagewanted=print
(9月20日アクセス)による。)

 このゲーツが米国の対イラン攻撃の鍵を握っているのであり、しかも、対イラン攻撃の際の現地最高司令官は、あのファロン海軍大将(コラム#2067)です。
 仮にブッシュ=チェイニー・ラインがイラン攻撃を命じたとしても、ゲーツは自らこのことをリークし、或いは制服幹部達がこのことをリークするのを黙認することによって、この命令を覆すことを目論むでしょうし、それで覆せなければ、今度はファロンが公然と異論を唱えて辞表を叩き付けることでしょう。

 これに加えてガーディアンが論説で、ライス米国務長官もゲーツの側になびきつつある、と指摘しています(
http://commentisfree.guardian.co.uk/simon_tisdall/2007/09/tehrans_misguided_defiance.html
。9月19日アクセス)。

 これでは、いかにブッシュ=チェイニー・ラインが頭に血が上ろうとも、対イラン攻撃など容易に行えるはずがないと思いませんか。

 イランは、宗政国家ですが、民主主義的要素もあり、民度も必ずしも低くない、一筋縄では捕らえきれない国です。
 そのイランでは、政府も国民も、イラクで泥沼に陥っている米国が対イラン戦を敢行することはありえないと思いこんでいる(
ガーディアン上掲及び、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6999513.stm
(9月19日アクセス))のは、当たらずといえども遠からずといったところでしょうか。
 もっともこれまた私同様、イランは、イスラエルがイランの核施設等を攻撃する可能性はあると見ているようで、イランの空軍副司令官は19日、イスラエルの攻撃に対しては、イランの防空戦闘によって飛来戦闘機の30%は撃墜できるし、イランはミサイルと戦闘機でイスラエルに報復攻撃をする、と精一杯虚勢を張ったところです(
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-iran20sep20,1,5503100,print.story?coll=la-headlines-world
。9月20日アクセス)。

3 終わりに

 イランが一筋縄では捕らえきれない国である証拠を一つご紹介しておきましょう。

 一昨年アフマドネジャド(Mahmoud Ahmadinejad)大統領がホロコースト否定論を何度も口にし、昨年12月には同大統領のお声掛かりでテヘランでホロコースト否定論者による国際会議が開催されたイラン(コラム#1552)で、1940年代のナチス占領下のパリで当時のイラン大使館がユダヤ人の脱出を助けるために500冊のイランのパスポートをユダヤ人のために発行したという史実を踏まえた連続ドラマが現在、国営TV局で放映されています。
 その中で、「ファシスト達はユダヤ人を強制収容所に送ろうとしている」といったセリフが飛び交い、イラン大使館員とユダヤ人女性(いずれも想像上の人物)との恋、そしてこの大使館員がユダヤ人達をパレスティナに逃がそうとする、という話が展開するのです。
 実は、イランにはユダヤ人25,000人が居住しており、イランは中東におけるイスラエルに次ぐユダヤ人「大国」なのです。
 国営TV局は、イランの最高指導者のハメネイ師(Ayatollah Ali Khamenei)の直轄下にあり、このドラマの訪映がハメネイ師の了承を得て行われていることは確かなのです。

 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/09/16/AR2007091601363_pf.html
(9月18日アクセス)による。)

(完)

太田述正コラム#2056(2007.9.11)
<退行する米国(その17)>

 最後は、ブッシュ論ということにならざるをえません。

 既にこれまでに何度か(コラム#104、507、509)ブッシュ論を展開してきているところですが、コラム#509で、「ハーバードビジネススクールでの二年間の<ケースメソッド中心という>「誤った」教育によって、ブッシュの判断能力は歪められ、かつ発達が抑えられてしまい、そのことが、その後の経営者としてのふがいない成績・・につながったほか、大統領としては、その構想力・実施能力・予見能力の欠如をさらけ出すこととなり、アングロサクソン世界、とりわけ英国における不評を買う大きな原因をつくった、という可能性は大いにある」と申し上げたことを覚えておられる方はいらっしゃるでしょうか。

 当時は知らなかったのですが、2004年にオンライン雑誌に、1973〜74年にブッシュのハーバード・ビジネス・スクール時代に彼にマクロ経済学を教えた鶴見Yoshi教授(現在ニューヨークのバルーク・カレッジ(Baruch College)の教授)がブッシュの思い出を語っています。
 鶴見教授によれば、ブッシュは問題学生でした。よく遅刻したし、クラスでの議論にほとんど参加せず、一番後ろの席にすわり、テキサス州兵(空軍)の爆撃兵用のジャケットを着て噛みタバコを紙コップに吐き出していたというのです。
 また、ブッシュの成績は一番下の10%層に入っていましたし、他の学生とうまくやっていけず、そんなことでも教師の世話になっていたというのです。
 それどころではありません。
 ブッシュは病的なまでにウソつき癖があり、その先入観や偏見を問題視されるとすぐむくれ、30秒前に言ったことすらそんなことは言っていないと否定する、という有様だったというのです。

 (以上、
http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/II11Ak03.html
(9月11日アクセス)による。)

 ハーバード・ビジネススクールの教育に問題があるとかないとか言う以前に、ブッシュはどうしようもない学生だったということです。
 多様な学生を入学させるところに、米国の大学(学部レベル)やビジネススクール(大学院レベル)の強みがあるのですが、まれにはこんなブッシュのような人間が入学してしまうこともあるわけです。
 しかし、上記コラムの筆者も指摘しているように、大統領が直接選挙で選ばれてしかも民度が低い米国のような国では、えてしてこういう悪ガキ的人物が大衆の人気を博するものなのです。
 ブッシュのような大統領候補者がゴアやケリーのような品行方正の優等生を破ることができたのは、そのためであると言わざるをえません。

 ここで、米国の民度の低さにも触れておきましょう。
 現在でも米国人の約40%は、サダム・フセインが9.11同時多発テロに関与していたと信じていますし、半数以上が連邦予算に占める対外援助の割合は20%前後だと思いこんでいるのです。実際には連邦予算の1%でGDPの0,1%に過ぎず、先進諸国中、最低水準であるにもかかわらず・・(アジアタイムス上掲)。

 以上読んでこられて、皆さん、暗澹たる気分になられたのではないかとお察しします。
 そう。日本はこんな国の保護国なのですぞ。
 日本は一刻も早く米国から独立すべきだと思いませんか。
 その上で日本は、東アジアにおける文明開化の旗手であった過去の経験を踏まえ、英国等、米国以外のアングロサクソン諸国と手を携えつつ、ファシスト国家になりつつある米国を正気に戻し、善導しなければなりません。
 そして、米国を立てつつ、世界の平和と繁栄、そして自由民主主義の普及のために尽力をしなければならないのです。

(続く)

太田述正コラム#2054(2007.9.10)
<退行する米国(その16)>

 次に、キリスト教原理主義に立脚した自由民主主義をイデオロギーとするファシズムである点についてご説明しましょう。

 ウィルソン(Woodrow Wilson)、フランクリン・ローズベルト(Franklin D. Roosevelt)、ケネディ(John F. Kennedy)、カーター(Jimmy Carter)、レーガン(Ronald Reagan)も自由民主主義を唱えましたが、ブッシュほど大声でこれを唱えた米大統領はいません。
 2004年の大統領選挙で再選が決まると、ブッシュは民主主義の普及を唱えるシャランスキー(Sharansky)(コラム#606)と専制(tyranny)を終わらせるべきであると唱えるエール大学の歴史学者であるガッディス(John Lewis Gaddis)の助けを借りて自由民主主義普及戦略を練り、翌年の大統領就任演説で、後にブッシュ・ドクトリンと称されることになるこの戦略を打ち出します。
 以前(コラム#604で)この演説を紹介した際、

 「演説中に「彼ら(人類。太田)は天地創造者の姿に似<せてつくられ>ており・・」、「正義の神の支配の下で・・」、「シナイ半島で<ユダヤ教の神から啓示されたところの>真実、<キリストが諭した>山上の垂訓、コーランの言葉、そして我が国民の様々な信仰・・」、「自由が究極的には勝利することにわれわれは全幅の信頼を寄せている。・・それはわれわれが自分自身を<神によって>選ばれた民族だと考えているからではない。神が欲するからこそ神はご自身の意思として行動し選択するのだ。」「神よ皆さんを祝福されよ。そして米合衆国を見守り給え。」といった表現がちりばめられているのですから、牧師の説教と言うほかないでしょう。
 一番最後の常套句はともかくとして、これだけ神・・しかも実質的にはキリスト教の神・・への言及がなされているところから、米国憲法に謳われた宗教と政治の分離の原則がないがしろにされた、いかにもキリスト教宗教原理主義者ブッシュの面目躍如とした演説だったと思います。
 ・・これは演説(speech)というより牧師の説教(sermon)だ・・<という>感想<です・>」

と指摘したところです。
 その時、同時に、「<この戦略を>実現するための具体的方策に何も触れていない」とも指摘しました。
 牧師の説教とは言いえて妙であった、と改めて思います。
 
 この演説の直後に、800万人のイラク人が暫定(interim)議会(コラム#190、640、900)選挙で投票し、レバノンでは暗殺事件を契機にいわゆるレバノン杉革命(Cedar Revolution)が起こり、親シリア政権が打倒され、シリア軍のレバノンからの撤退が実現し(コラム#652、656、662、663)、キルギスタンでは選挙不正を契機にいわゆるチューリップ革命(Tulip Revolution)が起こって大統領の交代が実現します(コラム#558、#671)。
 まさに、さっそくブッシュ・ドクトリンに呼応して全世界で自由民主主義化のうねりが高まっている、といった趣があったのです。

 ブッシュは、この戦略を実施に移すべく、国務省やCIAに、専制国家の反体制運動反体制運動家への一層の(資金援助を含む)支援を命じます。
 ところが、米国務省には、ブッシュ・ドクトリンは悪評さくさくでした。
 例えば、人道援助を行う場合、たとえ専制的な政府であってもその助力を得なければ目的を達成できないからです。
 ウズベキスタンで反政府デモ隊が政府の攻撃を受けて何百人もの死者が出て、ブッシュ政権が抑制された批判を加えただけで、駐留米軍が追放された(コラム#725、730)こと一つとっても、米国防省もブッシュ・ドクトリンには不満たらたらでした。
 パレスティナ議会選挙が2006年1月に行われる話がアッバスパレスティナ当局議長から出てきた時、イスラエル政府は、ハマスが多数を制する懼れがあるとして、ブッシュ政権にこの選挙を止めさせるように頼み込んだ(注12)のですが、ブッシュは聞く耳を持たず、選挙は実施され、その結果、イスラエルの懼れていた結果となり(コラム#1170、1171、1173、1175)、ヨルダン川西岸に拠るファタとガザに拠るハマスが対峙するという現状がもたらされてしまいました(コラム#1826)。

 (注2)シャランスキーでさえ、自由民主主義はそのための制度と市民社会を構築することであって単に選挙をすることではないとして、この選挙の延期を米国政府に呼びかけた。

 しかも、米国がこのパレスティナ議会選挙の結果を否定してしまったことで、アラブ諸国の民衆の間で、ブッシュ・ドクトリンはご都合主義だという見方が確立してしまいます。
 その上、ブッシュ政権は、サウディアラビアやエジプトの専制政府への支援を続けているのですから、ブッシュ・ドクトリンは支離滅裂であるとして、その評判は悪くなるばかりなのです。
 
 (以上、特に断っていない限り
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/08/19/AR2007081901720_pf.html
(8月21日アクセス)、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/09/02/AR2007090200938_pf.html
http://www.csmonitor.com/2007/0904/p09s01-coop.htm
(どちらも9月4日アクセス)による。)

(続く)

太田述正コラム#2050(2007.9.8)
<退行する米国(その14)>

 ブッシュが大統領になってから、米国の貧困率は9%上昇し、医療保険に入っていない人の数は12%増加し、実質ベースの中位家計所得は全く伸びていません。
 所得格差は開くばかりであり、1989年には米企業の社長(CEO)は平均的社員の71倍の所得であったのに、現在では270倍にも達しています。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,2161252,00.html
(9月3日アクセス)による。)

 所得格差は巨大かもしれないが、誰でも高額所得者になる機会が均等に与えられているのが米国であるとされてきましたが、それも神話になりつつあります。
 最新の調査によれば、米国の世代間の所得階層移動率は、デンマーク、オーストリア、ノルウェー、フィンランド、カナダ、スウェーデン、ドイツ、スペイン、フランスや英国を下回っているのです。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/07/13/opinion/13fri2.html?pagewanted=print  
(7月14日アクセス)による。)

 客観的に見れば、米国ではいつ貧者の叛乱が起こっても不思議ではない状況であると言えるでしょう。
 ところが、貧困率が高くて所得が低い州はどこでも、金持ち優遇政策を追求してきた共和党、そしてブッシュ政権の支持州なのです。貧しい人々が投票しないこともあって、昔から候補者が貧しい人のことを無視しがちなのが米国なのです。
 2000年10月には、ブッシュが、金持ちとの夕食会の席上、「何とすばらしいお歴々だろうか。皆さんは持てる方々(haves)であり、とりわけ大いに持てる方々だ。皆さんのことをエリートと呼ぶ人がいるが、私は皆さんを私の味方(base)と呼んでいる。」とホンネを漏らしています(ガーディアン上掲)。

 ブッシュ政権の金持ち優遇政策は、二つの理論に依拠しています。
 一つはフリードマン(Milton Friedman。1912〜2006年)(コラム#1231)らの原理主義的自由主義経済学(シカゴ学派経済学)であり、もう一つはラッファー(Arthur Laffer。1940年〜)らの供給重視経済学(supply side economics)です。

 原理主義的自由主義経済学は、理論としては洗練されており、サッチャリズムやレーガノミックスに大きな影響を与えました。
 しかし、原理主義的自由主義経済学は、英国や米国で実践された際には大きな蹉跌をもたらさなかった(ただし米国についてはコラム#1221参照)ものの、チリやロシアで実践された際には両国の経済を破綻させた(コラム#1568)ことからも、その「正しさ」には疑問符がつきます。
 ブッシュ政権が原理主義的自由主義経済学を信奉している証拠が、2005年にハリケーン・カトリーナで壊滅的被害を受けたニュー・オーリンズ復興事業への取り組み方です。
 堤防や送電施設の復旧は遅々として進まなかったというのに、19ヶ月後には、まだ同市の貧しい人々が避難先から戻れていなかったというのに、ニューオーリーンズの公立学校システムは競売に付され、ほとんどが私立学校群でもって取って代えられたのです(注9)。
 (以上、
http://business.guardian.co.uk/comment/story/0,,2165023,00.html
(9月8日アクセス)による。)

 (注9)ナオミ・クライン(Naomi Klein)(コラム#500)は、「現実の、あるいは仮想の(perceived)危機のみが真の変化を生み出す」とフリードマンが述べていることをとらえて、この経済学はショック・ドクトリン(shock doctrine)の経済学であるとし、1970年代半ばにピノチェトのクーデターと超インフレというチリの危機を好機ととらえて原理主義的自由主義「改革」を推奨し、1980年代にはソ連崩壊というロシアの危機を好機ととらえてやはりこの「改革」を推奨し、カトリーナ災害にあたっても公立学校システムを廃止して住民に教育バウチャーを配る案を推奨した、と指摘している。
.
 供給重視経済学に至っては、レーガン政権の副大統領であった頃、ブッシュ父が「ブードゥー経済学(Voodoo economics)」と嘲笑した代物(コラム#375)です。

(続く)

太田述正コラム#2041(2007.9.4)
<退行する米国(その13)>

 2003年に米国が対イラク戦を始めるにあたって、米議会では、民主党の議員で開戦に反対の議員もいましたが、党として、議会の宣戦決議(米憲法第1条第8節)を求める声は出ませんでした。
 2001年の対アフガニスタン戦は、9.11同時多発テロという緊急事態下の自衛権の発動とみなす余地があったけれど、対イラク戦は事情を全く異にします。
 共和党議員達だけではなく、民主党議員達も、軍の最高指揮官としての大統領をチェックするという基本的な憲法感覚が希薄になっているのではないか、と言わざるをえません。
 (以上、
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-cuomo3sep03,0,983313,print.story?coll=la-opinion-rightrail 
(9月4日アクセス)による。)

 その後、民主党は上下両院で多数を握りましたが、議会が大統領を弾劾できる(米憲法第2条第4節。第1条第2節に基づき下院が訴追し、第1条第3節に基づき上院が判決を下す)権限を行使しようとする気配は全くありません。
 ニクソン大統領のウォーターゲート疑惑に対してはもとより、クリントン大統領の偽証等の疑惑に対してすら弾劾手続きが発動されたというのに、民主党は、ブッシュ大統領が、9.11同時多発テロ以降、テロリストを監視するためという名目で、外国情報監視法(Foreign Intelligence Surveillance Act=FISA)違反であるところの米国人に対する令状なしの盗聴行為を国家安全保障庁(National Security Agency=NSA)に行わせた(上述)ことに対してさえ、弾劾手続きを発動しようとするどころか、ブッシュの行った違反を追認するFISA改正を行う始末です。

 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/09/02/books/review/Gillespie-t.html?pagewanted=print
(9月2日アクセス)、及び
http://www.slate.com/id/2173106/
(9月4日アクセス)による。)

 ニューヨークタイムスは、リーズン誌の編集長のギルスピー(Nick Gillespie)の、共和党は言うもがな、民主党も脳死状態(brain-dead)だとする論考を掲載したくらいです。
 彼が、民主党のなげかわしさの例証としてもう一つ挙げているのは、下院議長のペロシ(Nancy Pelosi)が推進し、先般採択された農業法であり、カネに全く不自由していない農民への補助金を継続するというので、財政規律を追求する保守派だけでなくリベラルの環境保全派まで怒らせてしまったことです。
 ギルスピーは、民主党は、所得格差が広がるばかりの米国、人々が一層安全に暮らせなくなってきている米国を何とかしようと真剣に考えているようには見えない、と嘆くのです。
 (以上、ニューヨークタイムス上掲による。)

 われわれ日本人としては、民主党が多数を制した米下院で、初めて、あの愚昧きわまる慰安婦決議が採択された(コラム#1890)ことが思い起こされます。
 この分では、民主党のヒラリー・クリントンやオバマが次の大統領になったとしても、何の期待も抱けないと思った方がよさそうですね。

 (4)米国のファシズムの特徴

 以上、米国がファシスト国家になりつつあることを色んな角度から論じてきましたが、20世紀のファシズムと比較して、米国のファシズムの特徴はどこにあるのでしょうか。
 私は、富者のファシズムであること、キリスト教原理主義に立脚した自由民主主義をイデオロギーとするファシズムであること、の2点が米国のファシズムの特徴であると考えています。
 富者のファシズムである点からご説明しましょう。

(続く)

太田述正コラム#2037(2007.9.2)
<退行する米国(その11)>

7 補足を兼ねたエピローグ

 (1)ブッシュ政権の無能さ

 2003年3月の対イラク戦開戦時の英国の統合参謀総長(Chief of the Defence Staff)のボイス(Sir Michael Boyce)海軍大将が私の英国防省の大学校(Royal College of Defence Studies)での同期生であると以前(コラム#1075で)申し上げましたが、その時期に英陸軍参謀総長をしていたジャクソン(Sir Mike Jackson)陸軍大将が、今般、ラムズフェルト(Donald H. Rumsfeld)米国防長官(当時)を念頭に置いて米国の対イラク戦後の戦略を「知的破産」と形容したことが英米関係に波紋を投げかけています。
 その直後、対イラク戦開戦前に英国で戦後計画に関与していたクロス(Tim Cross)陸軍少将が、ジャクソンの言う通りだとし、開戦当時ににラムズフェルトに対し、米国のイラク戦後政策は「致命的な欠陥品」であり、細部が全く詰められていないのは問題であること、またこれに関連し、イラク復興事業が国連と協力しつつ国際的に推進されることになっていないのは問題であることを指摘したが、ラムズフェルトは聞く耳を持たなかった、と暴露しました。 
 これらの発言を受けて、保守党政権で外相及び国防相を務めたリフキンド(Sir Malcolm Rifkind)まで、ラムズフェルトを「無能」呼ばわりする、というおまけまでつきました。
 
 (以上、
http://observer.guardian.co.uk/world/story/0,,2160947,00.html
(9月2日アクセス)による。)

 時を同じくして、ライス(Condoleezza Rice) 米国務長官に対し、対イラク戦開戦時の米大統領安全保障担当補佐官としての責任等を問う記事がニューヨークタイムスに掲載されました。
 ライスはスタンフォード大学にまだ籍があり、国務長官の職を辞せば同大学の教授職に戻る予定なのですが、学内の世論は、彼女が、理性・科学・専門性・誠実性、といった学問の府の精神を踏みにじった、あるいはイラクの全国民に大災厄をもたらした等として、これを許さない雰囲気であるというのです。
 実際、ライスは、補佐官当時、パウエル国務長官(Colin L. Powell。当時)とラムズフェルト国防長官との絶え間ない政策論争に対し、何の調整も行おうとせず、ただただブッシュのイエスマンとしてラムズフェルトの肩を持ち続けたのです。
 ワシントンポストのウッドワード(Bob Woodward)は昨年秋に上梓された著書“State of Denial”の中でライスを「恐らく安全保障担当補佐官職ができて以来の最悪の補佐官」と形容したものですが、今では、まさにその通りであったという声が圧倒的です。

 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/09/01/washington/01rice.html?ref=world&pagewanted=print
(9月2日アクセス)による。)

 お飾りの黒人国務長官のパウエルと、自分の識見を発揮することを許されない、あるいは発揮することを期待されない黒人かつ女性たる安全保障担当補佐官のライス、というわけですが、この二人を任命したのはブッシュです。
 私には、ブッシュの黒人、ひいては有色人種に対する侮蔑が、ここからも透けて見えるような気がするのです。
 ブッシュに楯突いたために用済みになったパウエルを首にした後、ライスを後任の国務長官にすえたのは、対外政策の余りの悪評を少しでも挽回したいブッシュが、同じ立場のライスに、共に悪評を挽回しようと言いくるめ、彼女をこき使おうという魂胆であったに違いありません。
 ですから、現在ブッシュ政権の対外政策から、対パレスティナ政策や対イラン政策や対北朝鮮政策等で、どんなとんでもない奇策が飛び出してくるか予期できない状況である、と思った方がよいでしょう。
 いずれにせよ、ラムズフェルトの無能さとライスの「無能さ」は、ブッシュ自身、ひいては退行する米国の無能さの反映である、と私は考えているのです。
 
 (2)対イラク政策を通して見えてくる米国のファシスト国家化

 ある国の光と闇は、その新しく獲得した属領、と言って語弊があるならその国の新天地、においてより鮮明に立ち現れるものです。
 戦前の日本の光と闇を知りたいと思ったら、満州国の状況を見極めればよいのです。
 同様、現在の米国の光と闇を知りたいと思ったら、イラクの状況を見極めればよいのです。
 ウルフもしばしばイラクの状況に言及しましたが、ここで、「イラク復興事業が国連と協力しつつ国際的に推進され」なかった結果、どういうことが起こったかに触れておきたいと思います。

(続く)

太田述正コラム#2033(2007.8.31)
<退行する米国(その9)>

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<バグってハニー>

>人気とり目的のために黒人二人をあえて立て続けに起用した、という意地悪な見方もできるのかもしれません。

 まあ、それでもいいのと違いますかねえ。個人的な信念はどうあれ、政治的な正しさとは何かを考えて、国益に合致して行動することができればいいのではないかと。その点において、従軍慰安婦にまつわる安倍首相の言動は拙かったですねえ。結局、元慰安婦のハルモニを嘘つき呼ばわりして恵んでやった金を 取り返すつもりもないのに、中途半端に慰安婦を否定する発言をしたのではないかと。世界は首相の個人的な信念の表明ではなく、日本国民を代表した意見だと 受け止めますからねえ。

<太田>

 贔屓の引き倒しにもほどがありますよ。
 イラクだけでも、米兵や英兵に何千人もの死を、そして何よりも、一説によれば、約1年前までの段階で既に65万人もの大量死をイラク人にもたらした(
http://en.wikipedia.org/wiki/Lancet_surveys_of_mortality_before_and_after_the_2003_invasion_of_Iraq
。8月31日アクセス)ところのブッシュ大統領のヒットラー的無能さ、この形容が厳しすぎるとすればサダム・フセイン的無能さ、に比べれば、安倍首相のお坊ちゃん的無能さなど可愛いものではありませんか。

<バグってハニー>

 ナオミ・ウォルフのも詭弁だと思いますねえ。表面的な類似点だけに着目して米国を貶めているだけだと思います。「Homelandがナチス用語」だなんてまさしく字面が同じだというだけですよねえ。
 グアンタナモに関しては連邦裁が疑義をはさみ、大統領の裁量を裏打ちする軍事権限法を上下両院が制定したわけで(太田コラム#1431)、三権は 機能しているわけです。(ただし、太田先生はこれこそまさしく米国がファシスト国家に成り下がりつつある動かぬ証拠だと解釈しているのだと思います が...。なんとなくウォルフの展開も読めるような。)
 ヒトラーとブッシュの決定的な違いは何かというと、ブッシュは憲法の規定に従って確実に大統領職から退き、次の大統領が民主的な手続きを経て選ばれるということにあると思います。イラク戦争は国民にはずいぶん不人気で、イラク戦争に批判的な民主党から大統領が選出されることが確実視されているわけ です(大統領候補の組み合わせによってはヒラリー・クリントンは必ずしも安泰ではないそうですが)。
 そして、ウォルフの存在自体が米国がファシスト国家であることを否定しています。一国民が「大統領はファシストだ!」なんて新聞で大っぴらに批判できるような国は断じてファシスト国家じゃないですよ。
 一方、太平洋戦争末期の日本では竹槍事件というのが起きます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E6%A7%8D%E4%BA%8B%E4%BB%B6
 これは東京日日新聞(現在の毎日新聞)の新名丈夫記者(37歳)が本土決戦に備える陸軍の戦術を批判した記事(
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/takeyarijiken-2.htm
)で、東條首相を批判したとも受け取れる内容であったため に、無理やり前線に送り込まれそうになったという事件です。新名記者は海軍にコネがあったために命拾いしますが、辻褄を合わせるために召集された、無関係な同世代の人々が巻き添えを食って硫黄島で犠牲になるという悲惨な結末を迎えています
 戦争に反対するどころか、やんわりと戦術を批判するだけでも命懸けだったわけです。ウォルフの記事と読み比べてみてください。今の米国がファシスト国家なのであれば、ルーズベルトはもっとファシスト的ということになるでしょうし、戦時中の日本は間違いなくファシスト国家ということになるでしょうね。太田先生にとっては悩ましい選択ですね。

<太田>

 Wolf→ウォルフ、でも正しいのですが、日本では通常、Wolf→狼→ウルフ、であることからウルフと表記したいと思います。

 このウルフの見解等については、基本的に以下のコラムの記述にゆだねますが、一点だけ。
 コラム#2030で、ウルフの見解として、「米国では、第二次世界大戦の時等においても日系人の収容所送りといった人権抑圧が行われたが、今回の脅威、及びこの脅威との戦いに関しては、時間と空間において無制限であるという点がこれまでの戦争の際の脅威とは異なっており、各種人権抑圧が恒常化してしまう可能性が高い。」を紹介しましたが、これが大事なポイントです。
 先の大戦においてナチスドイツが援用した共産党とユダヤ人の脅威と同様、対テロ戦争においてブッシュ政権が援用している「全球的カリフ主義」の脅威は時間と空間において無制限であり、戦時人権抑圧が恒久化する可能性が高いのに対し、先の大戦時において日本が援用した脅威は(支那のことをさておけば、)米英(鬼畜米英!)の軍事力であり、日本が勝利するか敗北するかで早晩決着がつくことがはっきりしており、プレスの自由の制限等の戦時の人権抑圧が恒久化する可能性は低かった点が決定的に異なります。
 なお、ファシスト体制の典型であるナチスドイツ体制と似ても似つかぬ先の大戦下の日本の体制について言及したコラム#2026も、改めて参照してください。
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三、ならず者集団の活用

 イタリアの黒シャツ隊に倣ってつくられたナチスドイツの茶シャツ隊、すなわち突撃隊(Sturmabteilung=SA)はお咎めなしに、社会民主党や共産党の関係者を襲って暴力をふるい、ドイツ市民を恐怖に陥れた。
 米国では9.11同時多発テロ以降、政府が雇う軍事会社が幅をきかすようになった。
 イラクでは軍事会社がイラク人の囚人に拷問を加えたりジャーナリストを妨害したりイラク市民に発砲したりしているが、米占領当局は、これら軍事会社が訴追されないとする布令を布告している。
 カトリーナ災害にみまわれたニュー・オーリンズでは、国内安全保障省が軍事会社に警備を委託したが、市民への発砲事件を引き起こしている。
 また、2000年の大統領選挙の際のフロリダでの投票再集計場に似たようなシャツとズボンを着用した若い共和党支持者達が多数集まり、威嚇した。

四、国内監視システムの構築

 全体主義国家には、自ら市民を監視するとともに隣組同士を互いに監視させるところの秘密警察がつきものだが、米国でも当局の手で、市民の電話を盗聴し、Eメールを読み、国際資金取引を調べ上げることが行われ始めて現在に至っている。

五、市民団体の敵視

 米国では反戦団体や環境保護団体にはことごとく政府の工作員が潜入しており、活動状況を調査している。
 また、国防省の対諜報野外活動庁(Counterintelligence Field Activity =Cifa) は「潜在的テロ脅威」に関する情報収集をすると称してありとあらゆる政治的活動を監視している。動物の権利を擁護する活動すら「潜在的テロ脅威」の範疇に含められている。

六、市民の恣意的勾留・放免の実施

 米国の航空安全当局は、要注意人物リストを作成しており、リスト掲載者は、航空機への搭乗を拒否される場合がある。
 リストには、対米批判を繰り返しているベネズエラのチャベス政権のメンバー等のほか、リベラルのエドワード・ケネディ上院議員まで載っている。
 あるプリンストン大名誉教授の憲法学者は、同大学でブッシュが種々の憲法違反を犯していると指摘した講演を行ったところ、すぐリスト入りし、搭乗を拒否された。

(続く)

太田述正コラム#2031(2007.8.30)
<退行する米国(その8)>

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<バグってハニー>

 #2029のリンドの言い分はありえないと思うのですが。状況証拠その一を見ただけで、もうむりやりこじつけようとしているような気が・・。出身地で昔人種差別があったとか犯罪があったとか、どんな政治家にも当てはまりそうな気が・・。
 ブッシュ家はイギリス国王ヘンリー三世の末裔だから、ロスチャイルド家などのユダヤ資本と結びついている。だから、911はユダヤの陰謀、とか言ってる広瀬隆とあんまり変わらないような。
 ブッシュはややおつむが弱いことは、もう大統領選のディベートやインタビューなんかで明らかでしたよね。失言癖は父親譲りです。ただ、政治家には知性だけが必要というわけでもないと思うんですけどね。問題はこの演説の原稿が、知識のある側近によるチェックを受けずにそのまま出てしまったことにあるのではないでしょうか。まあ、だから米国(政府)が全体として退行しているというのはそうなのかもしれないですが。

<太田>
 
 前段については、今回のコラム以下をお読みいただくとして、後段については、情報屋台で、マイクさんが、

 「ブッシュは今回の演説で、「真珠湾攻撃後に元駐日大使がトルーマン大統領に"日本では民主主義は機能しない"と自信満々に進言した」というエピソードに言及したが、実は、ラムズフェルド国防長官(当時)も2005年6/4のアジア太平洋国防相会議での演説で「全く同じエピソード」に触れた上で、「しかし今や日本は世界の民主国家の模範となる経済大国になった」と続けた。
 即ち、米国の軍事行動を正当化するために「日独の民主化」という成功例を挙げるという「マニュアル」が米政府内に存在し、ブッシュもラムズフェルドも、これに基づいて発言してきていることは間違いない。従って、今後も、「日本を戦争で打ち負かして軍国主義から民主主義に大改革したのは米国の手柄→同じようにイラクも米国が大改革する」というブッシュ演説は続くだろう。」

と書いていますよ。
http://johoyatai.com/?page=yatai&yid=56&yaid=554

 まあ、例によって典拠がついていませんが・・。

<バグってハニー>

>ブッシュ演説以前から、ブッシュに対する嫌悪感が米国の知識人の間でどれほど高まっているかを示している。

 これはまあ、事実としては正しいですが、結局、民主党の支持者は都市部の高学歴のホワイトカラーですし、知識人はもともと一般的にリベラル・反戦・反共和党ですよね。別にブッシュ大統領になって急にそうなったという話ではないです。日本の知識人や大学なんかとおんなじ。

<太田>

 現在の日本の知識人や大学人が「リベラル・反戦」であるという印象は全くありませんねえ。
 「小泉「改革」支持(=セーフティーネットの破壊=反リベラル)・日本人拉致のみ糾弾(=北朝鮮体制変革推進=好戦)」のオンパレードじゃありませんか。

<バグってハニー>

 ブッシュが黒人差別的だという印象はないですね。ローザ・パークスが死んだときにも式典に出張ってましたし。その例↓
http://www.whitehouse.gov/news/releases/2005/12/20051201-1.html

<太田>
 
 今回のコラムの冒頭部分をお読み下さい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 しかし、考えてみると、パウエル(Colin Luther Powell。1937年〜)は国務長官時代、ネオコン全盛のブッシュ政権内で浮き上がった存在であり、いたたまれず一期で退任に追い込まれましたし、ライス(Condoleezza Rice。1954年〜)だって、パウエルよりは政権主流派に近い政治信条の持ち主ではあるものの、黒人にしてかつ女性である点を買われてこそ国務長官に抜擢されたことは否めません。
 そもそも、ライスの「出世」の原点となったスタンフォード大学副学長就任だって、当時のスタンフォードの学長が、確か、ライスが、黒人にして女性であることも考慮して副学長に抜擢したことを示唆していたと思います。
 ブッシュは有色人種差別主義者だけど、(2006年まで運輸長官を勤めたところのもともとは民主党の日系人(黄色人)たるノーマン・ミネタ(Norman Yoshio Mineta。1931年〜)や、このたび辞任に追い込まれたヒスパニック(茶色人)のゴンザレス(Alberto Remora Gonzales。1958年〜)司法長官のケースと同じく、)人気とり目的のために黒人二人をあえて立て続けに起用した、という意地悪な見方もできるのかもしれません。
 (以上、典拠省略。)

 (3)既にファシスト国家になった米国?

 (ブッシュのような著名な指導者や隆盛を極めるテキサス州の過半の住民だけがファシストであればまだしも、)今や米国そのものがファシスト国家になりつつある、と今年4月にガーディアン掲載コラムで主張して英米に衝撃を与えたのが、サンフランシスコ生まれのローズ奨学生(コラム#1009)にして「第三波の」フェミニストと形容される著述家のナオミ・ウルフ(Naomi Wolf 。1962年〜)です。

 (以下、特に断っていない限り
http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,2064157,00.html
http://commentisfree.guardian.co.uk/take_two/2007/05/naomi_wolf_v_alan_wolfe.html
http://commentisfree.guardian.co.uk/take_two/2007/05/naomi_wolf_v_alan_wolfe_round_1.html
(いずれも8月28日アクセス)による。)

 彼女は、9.11同時多発テロ以降に誕生した国内安全保障省(Department of Homeland Security)のHomelandがナチス用語であることに注意を喚起します。
 その上でウルフは、主としてナチスドイツを例にとってファシスト国家の属性を10個あげ、ブッシュ政権下の米国(以下「米国」という)がいかにそれとそっくりになってしまっているかを描写するのです。
 ごくかいつまんで彼女の言うところをご紹介すれば次の通りです。

一、恐ろしい国内外の敵の援用

 ナチスドイツの場合は、脅威は、共産主義という現実の脅威とユダヤ人という仮想の脅威であったのに対し、米国の場合は、「文明を根絶」しようとしている「全球的カリフ主義(global caliphate)」の脅威(2001年米愛国者法)であり、この脅威に対する全球的戦争が宣言されている。
 米国では、第二次世界大戦の時等においても日系人の収容所送りといった人権抑圧が行われたが、今回の脅威、及びこの脅威との戦いに関しては、時間と空間において無制限であるという点がこれまでの戦争の際の脅威とは異なっており、各種人権抑圧が恒常化してしまう可能性が高い。

二、強制収容所の設置

 ナチスドイツの強制収容所については説明の要がないが、米国もグアンタナモに法の支配の外にある強制収容所を設立した。
 これに関連し、ナチスドイツが1934年に人民法廷(People's Court)という、本来の司法システムを迂回するシステムを作ったように、米国も軍事法廷(military tribunal)を設置した。

(続く)

太田述正コラム#2029(2007.8.29)
<退行する米国(その7)>

6 退行する米国

 (1)始めに

 ところで、日本に触れていない投稿の中で、一つご紹介しておきたいものがあります。
 「ブッシュが昨日<演説で>言ったことは、大学入学資格検定試験(GCSE)を受けた学生なら不合格ものだ。
 ワシントンでは深刻な頭脳流出が起こっているらしい。
 もしも、米国民が自分達の大統領について深く恥じ入り、こんな類の男を権力の座につけた深刻な過ちを自覚しないならば、米国がみんなが書いたり思ったりしてきたよりはるかに早く没落することは必定だ。
 米国民にとってスローガンは、「二度と決して<こんな男を大統領にしてはならない>」であるべきだ。ジョージ・ブッシュは何とも救いがたい人物であることを昨日天下に示したのだ。」(注7)

 (注7)http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=22283943&comm_id=2428880に転載したComment No. 773067。米国憲法を改正して大統領リコール制を導入すべきだという声が米国で出てきている(
http://www.csmonitor.com/2007/0829/p09s01-coop.htm
。8月29日アクセス)のは、ブッシュ演説以前から、ブッシュに対する嫌悪感が米国の知識人の間でどれほど高まっているかを示している。

 よくぞ言ったり。私も全く同感です。
 ブッシュはプロパガンダのためなら、意識的・無意識的に歴史的事実をねじまげることを厭わない政治家であることが、この演説によってはっきりしたからです。
 プロパガンダのためなら、意識的・無意識的に歴史的事実をねじまげることを厭わない政治家、と言われて思い出しませんか。
 ヒットラーがその典型ですよね。
 そうです、ブッシュはまさにファシストであることがはっきりしたのです。
 
 (2)ブッシュ家のテキサスは世界の脅威

 実は、リンド(Michael Lind)が2004年に'Made in Texas: George W. Bush and the Southern Takeover of American Politics'という、今にして思えば予言的なブッシュ論を世に問うています。

 テキサスは西部ではなく南部、しかも深南部(Deep South)に属するのであって、テキサス出身のブッシュ家は、南北戦争の時の南部連合、就中その主導者であったアングロ・ケルト(Anglo-Celtic=Scots-Irish(コラム#624))の系譜に連なるところの、ディクシークラット(Dixiecrat)・・南部で、かつて民主党支持だったが、1948年に設立された州権党(States' Rights Party)の結党等を通じて共和党支持に転じた人々・・であり、ブッシュ父もブッシュも白人至上主義者(white supremacist)にして圧政的な反動主義者(oppressive reactionary)だというのです。

 その状況証拠としてリンドは、以下の諸点を挙げています。

 一、ブッシュ家の家と牧場があるテキサス州クロフォードは、かつての黒人リンチ多発地帯のただ中にある。
 二、そこから18マイル離れたワコ町にテキサス・レンジャーズ球団の記念館(Hall of Fame)があるが、その会員は黒人差別主義的なならず者や殺人者であると思っているメキシコ系テキサス人(Mexican-Texan)やメキシコ人が多い。
 三、南部連合の6人の将官はワコの住人だったし、ワコやその(クロフォードを含む)周辺から南軍17個中隊が編成された。
 四、1870年代にテキサス州知事のコーク(Richard Coke)は厳格な黒人分離法制(Jim Crow laws)を黒人に押しつけ、後に連邦議員になってからは、黒人に選挙権を与える法案(Force Bill)に反対した。
 五、1916年にはワコでおぞましい人種犯罪が起きている。
 六、1920年代にはワコはKKK(Ku Klux Klan)の強力な根拠地だった。
 七、1930年代には、民主党員だったハレー(J. Evetts Haley)はフランクリン・ローズベルトの政策に反対し、そのハレーは1956年に黒人分離を掲げてテキサス州知事選に出馬し、1964年にはジョンソン大統領及びその市民権法案(Civil Rights Act)に対し、本まで書いて批判した。

 その上でリンドは、ディクシークラットのテキサスは、「農業・畜産・石油・鉱業といった非近代的経済に立脚した<米国で最も遅れたしかも反動的な>社会であり、勤労者は教育程度が低く健康面での保護や安定した仕事を享受していない。・・このテキサスは、米南部における上下関係が厳格な<綿花>プランテーション・システム<に由来するところの>、白人・ラティノ・黒人の多数が低賃金で働いている一方で、寡占的で無情な金持ちの白人諸家族と彼らが雇用する専門職の人々が経済・政治・とほんのちょっとの学問的・博物学的文化を支配している、という過酷なカースト制の有毒な副産物である」とし、これらのテキサス人は、宗教原理主義者であるとともに、「他の南部諸州以外には、アングロサクソン世界では全く見られないところの軍事的諸価値の虜となっている人々であり、・・すこぶるつきの地方主義者であり、ワシントンを敵とみなしている」と指摘します。

 リンドは、だからこそ、ブッシュ家は、逆累進課税、有限天然資源の濫掘、ニューディール的セーフティネットに代わる宗教的慈善、といった経済・社会政策を追求してきたのだし、ブッシュ現大統領は、唯一の超大国としての米国の地位を守るため、9.11同時多発テロに藉口して、外交を蔑ろにし、条約や国際的取り決めを無視し、イラクが米国やその同盟国に直接的脅威を与えていないにもかかわらず、対イラク戦を計画し、先制攻撃的にこれを遂行したのだと言うのです(注8)。

 (注8)リンドは、生まれてから大学を卒業するまでずっと東部にいたブッシュ父より、ブッシュ現大統領のディクシークラット的テキサス性はずっと筋金入りだとしている。ちなみに、ブッシュは、両親が信徒である英国教会から自分で原理主義的キリスト教に転じている。またリンドは、ブッシュの対外政策は、ネオコンの影響で一層過激化したとも指摘している。

 そしてリンドは、ディクシークラットのテキサスは、こうして米国だけでなく、世界の繁栄と平和に対する脅威となっていると警告を発したのです。

 市民権法案を推進したジョンソン大統領だってテキサス出身ではないか、との反論に対しては、リンドは、ジョンソンはドイツ系米国人の自由主義・反奴隷感情が横溢し、ビールと歌と勉学を好む地域で育ったのであり、黒人リンチを好んだテキサス人一般とは全く違う、と切り返しています。
 ただし、白人至上主義のはずのブッシュが二人も黒人の国務長官を任命したではないか、との反論に対しては、リンドは、直接的な再反論はしていないようです。
 
 (以上、特に断っていない限り
http://www.weeklystandard.com/Content/Public/Articles/000/000/014/024nesep.asphttp://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9C06E2D9103FF931A25752C0A9659C8B63&sec=&spon=&pagewanted=print
http://books.guardian.co.uk/guardianhayfestival2003/story/0,,963661,00.html
http://www.newstatesman.com/200304070003
(いずれも8月28日アクセス)による。)

(続く)

太田述正コラム#2027(2007.8.28)
<退行する米国(その6)>

 では、私の投稿に対し、或いは日本について、いかなる議論がその後なされたか、その概要をご紹介しましょう。

 さすが、ガーディアンの読者達と言うべきか、結構良識的な議論が展開されていますね。
 なお、日本のフィリピン占領については、コラム#201をご参照ください。

 (この際、もう一度URLを繰り返しておきます。
http://commentisfree.guardian.co.uk/matthew_yglesias/2007/08/dont_know_much_about_history.html
。但し、今回は8月28日アクセス。)

               記

 <P(インドネシア。ただし、インドネシア系米国人か))>

 江戸時代以来の歴史の中で日本の人々は自分達自身で日本を民主主義化させた。

And as for Japan gaining democracy "because" of US occupation (i forgot what nitwit posted this) i can only say that you know very little history or even have very little knowledge of what the Japanese are like. Industrious people do not need to be set free by some other man in some far off country. They are far from perfect but with regards to forward thinking and industrious ingenuity you'll find that it was the people in Japan (Read about the Taiko, the shogunate, Edo period, Meji period, etc) that made democracy possible and not America (LOAD OF B*****KS). I'd only go as far as to say that it was commodore Perry that allowed them to get in touch with the western world ( I think that they would've anyway, read up on Masamune Date's expedition to Rome), but definitely not the American occupation bringing "democracy" (also you could read up on the protests of the existing American base in Okinawa and the crimes it has caused).

<R(日本)>

 米国等による1941年の石油禁輸が日本を追いつめた。

The 1941 oil embargo basically painted Japan into a corner. Any military strategist at the time could have expected the Japanese to react violently: they needed the East Indies oil even to survive domestically and the only way to get it was to cripple the US Navy. You probably dont believe the theory that FDR played this hand to bring the US into the European War, but it is a viable theory.
Even more viable is the view that US interventions from the Phillipines to Iraq are less about democracy and all about imperialism. 'Democracy', such as it is in the Phillipines, Japan or elsewhere, is just the US method of political influence, mainly because it goes hand in hand with free enterprise.

<P(再登場。以下同じ)>

 日本のフィリピン占領がインドネシアの占領と同じようなものであったなら、民主主義が確立されたわけがない。
 しかし、日本人の中にも良い人はいた。
 前田大佐はインドネシアが独立宣言をするのを助けてくれた。

If the occupation of the Philippines was anything like the occupation of Indonesia then I would beg to differ. Anything BUT democracy would have been created. You see once my Grandfather told me the story of how he had to eat the fesses of a Japanese soldier just so my Grandmother wouldn't get raped (she was offered rape or murder of one of her children-the Japanese imperialist years have a long history of rape and prostitution through out Asia don't they?) and how his family participated in Romusya (You do know about Romusya and it's several other versions through out south east Asia don't you?). But like all people even the Japanese aren't all stereotypically the same. A certain Col. Maeda from the Japanese army helped with the proclamation for Indonesia's independence and my grandfather has a half Japanese granddaughter (all legitimately through his line :->). But it is still too early for you to claim such Japanese supremacy.

<C(?)>

 大正デモクラシーはあったものの、関東大震災の時に、これを好機として日本政府の戦争好きの右翼はありとあらゆる不穏分子を根絶しようとした。どこかで聞いたことがあるような話だと思わないか。

・・Japan's 'Taisho democracy' of the late teens and early 20s was better than no democracy at all, but then warmongering rightists in government used a great calamity (the 1923 Kanto earthquake) as an excuse to eradicate dissent, whipping up hatred against 'subversive' liberals, left-wingers and foreigners -- hmm, sounds familiar doesn't it?

<J(米)>

 米国が民主主義を与えたというのは傲慢な無知の表れだ。日本でもドイツでも1945年まで50年もの民主主義の歴史があった。日本では、戦時中も曲がりなりにも議会制が続いた。

The claim that "we" built democracy is a demonstration of arrogant ignorance of the democratic institutions that existed in BOTH nations for over half a century prior to 1945. In fact, the Japanese nation continued to have parliamentary institutions throughout World War Two. While these had been subverted, they remained extant. So, both nations had long-standing practices and arrangements that allowed them to revive their parliamentary that had developed out of their own history. And the arrangements that continue to exist in both countries owe far more to their own practices, dating back to the nineteenth century, than to anything that the United States "built".

<F(?)>

 日本は高度に発展した教育水準の高い国であり、米国が占領していなければ、もっと早く復興していたかもしれない。
 米国が民主主義を支援したのは国益のために他ならない。
 問題は米国が、右翼的政府に対する反民主主義的介入を行った事例が多すぎることだ。
Japan succeeded because they were and are a highly developed and educated nation, and probably would have recovered a lot more quickly without US intervention within the country; though US nuclear deterrent proabably v. helpful. (b) Where the US has supported democracy it is for self-interest (nothing necesarily wrong with that but saintly it ain't). There are just too many examples of anti-democratic interventions in support of awful right-wing governments - Greece, Africa, South America, even in the UK.

<P(インドネシア)>

 日本とドイツの民主主義がうまくいっているのは、大部分米国の慈悲深い占領と支援の賜なのだ。

The bottom line is that Japan's successful democracy is due mostly to America. Our benevolent administration of the country and our support were the crucial elements. Same with Germany.

<S(米)>
 フィリピンについて言えば、慰安婦問題を忘れたのか。
 また、日本とナチスドイツの同盟は便宜的同盟であったかもしれないが、どちらも同類のファシスト国家だった。
 お前は、日本政府が検閲した歴史教科書しか読んでいないのか。

"If occupation of Philippines by Japan lasted for 10 odd years without the duress of war, then Philippines could have established a functioning democracy.
Study the Philippines occupation by Japan if you have time and curiosity."

I'll do you one better Oh-

"In 1992 when Henson was 65, she decided it was time to tell the world about her experience during the Japanese occupation of the Philippines in World War II. Until 1992, only two people who knew of her secret, her late mother and her dead husband. After coming out publicly with her story, Lola Rosa decided to write about her war-time experience. The result was the book, Comfort Woman: A Slave of Destiny". In Comfort Woman: A Slave of Destiny, Rosa provided an achingly straightforward voice to the erstwhile silent and invisible existence of Filipino comfort women. Almost 200 Filipino women soon followed Rosa's example as they decided to reveal themselves and their pesonal stories for the first time, not only to the world but to their families as well. Other Filipino women victims joined together, including those from Korea and China, to file a class action lawsuit against Japan. Together they demanded justice in the form of a formal apology from the Japanese government; the inclusion of all the war-time atrocities committed by the Japanese into Japan's school history books; and monetary reparations to compensate for all the abuses and violence committed against the women. However,the Japanese government denied legal responsibility and refused to pay the victims."
http://en.wikipedia.org/wiki/Rosa_Henson

I guess they probably left that out of your history books, eh?
"The Alliance of liberal democratic Japan with Nazis Germany was an alliance of convenience,"
Yes it was. It was also an alliance of like-minded fascists.
You know Oh, I had heard a little about how the Japanese had been busy revising the history of WW2 for their public. But if you are any indication, the problem is much worse than I ever thought. Pick up a history book and read it, and make sure its not one censored by the Japanese government.

<T(独)>

 そもそものコラムでコラムニストは日本が米国領を攻撃したと記している。
 しかし、ハワイはカリフォルニアから数千マイルも離れていた。

Mr Yglesias mentions that the Japanese attacked U.S. soil. At that time Hawaii was a territory, several thousand miles off the Californias (Baja Cal. making it plural.)

<M(英)>

 ブッシュが真珠湾攻撃を持ち出したのは適切だと思うが、比喩の使い方は逆であるべきだ。米国はイラクに対し、当時の日本と同じことを、つまり怪しげな先制攻撃理論に基づいて攻撃したのだ。また、真珠湾は軍事目標で日本にとって脅威だったのに、米国はイラク社会全体に対し、仮想的な脅威に藉口して野蛮な攻撃をしかけたのだ。

Actually I think Bush was right to invoke the attack on Pearl Harbour by way of analogy, except he got it the wrong way round. America is now in the role of imperial Japan, justifying its acts of aggression with the spurious doctrine of "anticipatory self-defence" - except for of course the fact that Pearl Harbour was an attack on a military target and an actual threat, whilst Iraq was a savage attack on a whole society and a pretended threat.

<P(インドネシア)>

 憲法だけで民主主義にはならない。
 その社会が民主主義が機能する社会でなければダメだ。
 だから、米国が民主主義的憲法を与えたから日本が民主主義化したというのは誤りだ。
 それにマッカーサーは米国でなく、連合国を代表していたことをお忘れなく。
 
1.a DEMOCRACY is in essence GRASS ROOTS, a CONSTITUTION does NOT and can NOT denote whether or not a COUNTRY is democratic, the PEOPLE and SYSTEM OF GOVERNING DO (Theocrats have CONSTITUTIONS TOO). It is however a CRITERIA of GOVERNMENT to HAVE a CONSTITUTION but it DOES NOT MEAN IT IS DEMOCRATIC.
therefor
when YOU SAY :
AMERICANS GAVE DEMOCRACY
it is UNTRUE
since a CONSTITUTION cannot exist to GIVE democracy.
and since the CONSTITUTION is all you have for an argument on how AMERICA GAVE DEMOCRACY to JAPAN it becomes a MISNOMER.
2.MacArthur SUPERVISED as a COMMANDER OF THE ALLIED FORCES... emphasis on ALLIED FORCES.

(続く)

太田述正コラム#2025(2007.8.27)
<退行する米国(その5)>

 さて、いよいよ肝腎のガーディアンのコラムです。
 このコラムで、米国人のコラムニストが、ブッシュの演説中の日本に係る部分についてどんな批判をしているかをご紹介しましょう。

 「ブッシュは、「日本が降伏した後、多くの人は日本が民主主義へと変身することを助けるなどナイーブな発想だと思ったものだ・・」と・・語った。
 しかし、実際のところ、こんなことを当時の日本について本当に思っていた人がどれだけいたかは疑わしい。
 何人かが議論していたのは、米国にとって、日本が民主主義化することより、日本がソ連に対抗する信頼できる同盟国になることの方が重要だということであったに違いない。
 実際その通りだった。ティム・ワイナーの新しい本『灰の遺産』には、CIAの元東京支部長のホレイス・フェルドマン(Horace Feldman)が、「われわれは日本を占領時代に統治したが、占領が終わった後は異なったやり方で統治した。自民党が、米国のアジアにおける安全保障政策を蹈襲するのと引き替えに政治権力をほぼ独占できるようにした。」という証言が載っている。
 このような介入が行われたにもかかわらず、万事めでたいことに、日本は戦後の占領期を経て、自由民主主義の基本的骨組みが備わった形で立ち現れた。
 ところが、アジアのほかの所ではそううまくは行かなかった。
 台湾・韓国・フィリピンといった国々は親米軍事独裁政権の支配するところとなり、何十年も後に民衆の抗議運動の結果ようやく民主主義化した。
 私のこのような指摘は、米国の1940年代と1950年代のアジア政策を非難するという趣旨ではない。単に、<米国にとって>民主主義推進の優先順位がそれほど高くはなかったということを指摘しているだけだ。
 考えてもみよ。米国は日本(やドイツやイタリア)と民主主義建設のために戦ったわけではない。日本が米国領土に卑劣な攻撃をしかけたこと、ドイツがポーランドに侵攻したこと、そしてこの両国とも世界支配を目論んでいたこと、に対して連合諸国は第二次世界大戦を、基本的に防衛的措置として遂行したのだ。
 イラクといかに対照的かは明らかだ。
 それに、均質的で資源小国の日本と非均質的で石油大国のイラクとの違いも巨大だ。」
 このコラムは、一:真珠湾攻撃を卑劣な(sneak)攻撃と形容している、また、二:日米戦争を米国の防衛戦としている、更に、三:日本が戦前に既に民主主義国であったことに触れていない、そして、四:米国の対日占領政策が日本から戦争遂行能力と意思を奪うものから日本を「ソ連に対抗する信頼できる同盟国」にするものへと占領途中で変わったと正確に記していない、という4点はさておき、ニューヨークタイムスの記事よりは評価できます。
 このコラムニストを選んだ英ガーディアンの眼力に一応敬意を表しておきたいと思います。

 このコラムは投稿を募っており、その投稿の中に、若干ながら日本に関して不当なものもあったことから、既にご紹介したような投稿を私が行ったわけです。
 私の最初の投稿の仮訳は以下の通りです。

 「日本は第二次世界大戦(WW2)以前に既に活況を呈した経済を持つ自由民主主義的君主制国家だった。WW2の間も、普通選挙(ただし女性は含まれず)に立脚した議会が効果的に機能しており、行政と軍をチェックし続けた。(例えば、ゴードン・バーガーの Parties out of Power in Japan 1931-1941, Princeton University Press 1977参照のこと。)
 実際のところ、日本はナチスドイツとは180度違っていたのだ。
 このことが、かつて日本の植民地であったところの、韓国と台湾がやがて機能する自由民主主義体制を樹立でき、経済的繁栄すら達成することができた最大の理由なのだ。
 米国の植民地であったフィリピンが、いまだに機能する自由民主主義体制を樹立できず、経済的繁栄も達成できていないことは、極めて興味深いことだ。
 WW2は、東アジアのことを何も分かっていなかった人種差別主義の米国が、腐敗したファシストの中国国民党とスターリニストの中国共産党を支援したために、日本に押しつけられたものだ。
 その結果は大災厄以外のなにものでもなかった。
 例えば、台湾は中国国民党独裁によって過酷に統治されることになり、支那は天文学的な数の支那人を殺すことになる毛沢東によって統治されることになり、北朝鮮は残虐な金王朝によって統治されることになり、韓国は朝鮮戦争によって荒廃することになった。」
 これに対し、米国人とおぼしき投稿子から、私を最近日本ではやっている修正主義史観の持ち主だなとした上で私の指摘を非難し、日本よ原爆を食らってザマミロと締めくくった投稿があったので、私は以下の2番目の投稿(仮訳)をしたのです。

 「「民主主義」の建設は、占領した地域を深くかつ広く科学的方法で、先入観にとらわれることなく調査し、かつ現地住民の文化に敬意を払って初めて可能なのだ。これぞまさしく日本が台湾と朝鮮半島に関してやったことだ。
 もし英語になっているものがあれば、(前台湾総統の)李登輝の証言を読んで欲しい。 単に選挙を行うことは民主主義ではない。
 仮に日本によるフィリピンの占領が10数年に及び、かつ戦争に煩わされることがなかったとすれば、フィリピンは機能する民主主義国になりえていたかもしれない。
 時間と関心あらば、日本のフィリピン占領について勉強して欲しい。
 自由民主主義の日本とナチスドイツとの同盟は、米国と英国のスターリン主義のロシアとの同盟と同じく、便宜的同盟に他ならなかった。
 自由民主主義と帝国建設とは両立しうる。
 米国と英国は帝国を建設したが、それと同じことを日本もやったのだ。
 アングロサクソンと日本が生来的同盟関係にあることを考えると、上述したWW2の時の同盟関係は、歴史の逸脱であり悲劇以外のなにものでもなかった。
 原子爆弾による広島と長崎の破壊は、数十万の非軍人の殺戮であり、戦争犯罪に該当する。
 しかもこれは不必要な愚行だった。
 (ツヨシ・ハセガワのRacing The Enemy: Stalin, Truman, & the Surrender of Japan, Belknap/Harvard University Press, 2005 を参照されたい。)」

(続く)

太田述正コラム#2023(2007.8.26)
<退行する米国(その4)>

5 英米での反応

 (1)ベトナムとの比較について

 英米の主要メディアの反応は、ブッシュ演説中、ベトナムへの比較のところを紹介し、批判したものがほとんどです。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6958824.stm
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,2154354,00.html(注4)
(どちらも8月23日アクセス)
http://www.latimes.com/news/opinion/la-ed-diem23aug23,0,1295966,print.story
。8月24日アクセス
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/blog/2007/08/23/BL2007082301044_pf.html
。8月24日アクセス:米英のメディアの報道ぶりを概観した記事
http://www.ft.com/cms/s/0/152b3d0a-527a-11dc-a7ab-0000779fd2ac.html
。8月25日アクセス:北ベトナムの識者による批判を紹介したもの
http://observer.guardian.co.uk/comment/story/0,,2156380,00.html
。8月26日アクセス:ヒッチェンス(Christopher Eric Hitchens。1949年〜)による批判的コラム
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-bacevich25aug25,0,6199802,print.story?coll=la-opinion-center
。8月26日アクセス

 (注4)このガーディアンの記事は、ブッシュがこんな演説をしてイラクから早期撤退をしないことを強調したのは、22日に公表された世論調査で、(民主党主導の)米議会に対する評価が、1974年からこの種世論調査が始まってから最低の18%に落ち込んでいることが判明したこと、またそれより少し前の世論調査で、現在実施中のイラクへの米軍増派に対する支持率が先月の22%から31%に上昇したこと、米軍早期撤退論者の民主党レビン(Carl Levin)上院軍事委員長と最近イラク政策でブッシュと袂を分かった古参共和党上院議員のワーナー(John Warner)が、共同で米軍増派が目に見える成果を挙げたという声明を出したこと、が背景にある、と指摘している。

 この中で特に興味深いのは、下から2番目のヒッチェンス(コラム#175、727、1096)によるコラムです。
 オックスフォード大卒で1981年に米国に帰化したヒッチェンスは、戦闘的無神論者として知られていますが、彼にしてはめずらしく筆が滑ったところが目に付くコラムです。

 筆が滑ったと私が思うのは、「ベトミン、後には民族解放戦線は、第二次世界大戦中、枢軸国に対する米英の戦いの同盟相手だった。他方、イラクのバース党はその反対だった。」と「ホーチミンは、ベトナム独立宣言においてトーマス・ジェファーソンを引用したが、こんなことはバース党員やイスラム聖戦のプロパガンダでは絶対ありえないことだ。」というくだりです。
 前者に関しては、米国や英国が、単に敵である日本(と仏ヴィシー政権)の敵として、中国共産党等とともにベトミンをも支援した、というだけのことですし、後者に関しては、ヒッチェンス自身が認めているように、ホーチミンによるプロパガンダ以外の何物でもないからです(注5)。

 (注5)しかも、ホーチミンは米国の英国からの独立の論理を引用したわけではなく、単にジェファーソンの「すべての人間は平等につくられた」という言葉を(米国へのリップサービスとして)引用しただけだ(
http://archive.salon.com/books/review/2000/11/14/duiker/index.html
。8月26日アクセス)。フランス革命時の「自由・平等・博愛」しなかったのは、この精神に反してベトナムの独立を認めなかったフランスへの当てこすりだろう。それに「自由」もホーチミンのお気に召さなかったか。

 なお、私は米国によるベトナムへの介入は愚行だったけれど、ベトナムから米軍を撤退させ、南ベトナムを北による併合を黙認したことは更なる愚行だったという立場であることはご承知のことと思います(コラム#1579等)。
 これに関連し、私は対イラク戦を支持するとともに、ベトナムからの米軍の撤退に反対するの同じく、イラクからの米軍の早期撤退には反対であることを申し添えます。

 (2)日本との比較について

 日本にも触れた記事やコラムがないわけではないのですが、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6960089.stm
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/08/22/AR2007082200323_pf.html
(どちらも8月24日アクセス)は、文字通り触れただけであり、コメントを伴っているのは、
http://commentisfree.guardian.co.uk/matthew_yglesias/2007/08/dont_know_much_about_history.html
(8月23日アクセス)と
http://www.nytimes.com/2007/08/23/washington/23history.html?ref=world&pagewanted=print
(8月24日アクセス。訂正記事8月26日アクセス)だけです。

 まず、ニューヨークタイムスの記事から片付けましょう。

 この記事が、あたかもブッシュが、ナチスドイツと日本に同等のウェートで言及したかのような書き方をしていることがまず気に入りません。
 しかも、「米国にとって史上最も攻撃的で無法な二つの敵(two of history’s most aggressive and lawless adversaries)」という修飾語句をナチスドイツと日本の前につけて書いているのももってのほかです。

 ただ、これらの点を除けば、それほどおかしいことは書かれていません。
 ドイツと日本との戦いは総力戦であったけれど、イラクでの戦いはそうではないこと、ドイツと日本はどちらも均質な国民国家であってイラクとは対照的であったこと、占領にあたってドイツと日本の政府や潜在的占領反対勢力を消滅させた(注6)こと、それでも占領に当たってイラクと比較してそれぞれ3倍以上もの大兵力を投入したこと、長期間にわたって占領したこと、その間、一人の米兵も叛乱分子に殺害されなかったこと、を挙げて、ドイツや日本は引き合いに出すべきではない、という指摘はその通りです。

 (注6)「日本の政府を消滅させた」については誤り。

(続く)

太田述正コラム#2021(2007.8.25)
<退行する米国(その3)>

4 日本での反応

 (1)日本のメディアの無反応

 日本のメディアは、私の気付いている範囲では、無反応に近いと言ってよいでしょう。 米国の植民地根性、ここにきわまれり、といったところです。
 そもそも、主要紙の電子版では、ブッシュ演説を取り上げたのは朝日と讀賣くらいにとどまっています。
 その讀賣だって、日本への言及部分とベトナム戦争への言及部分を論評無しに紹介した(
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070823id21.htm
。8月24日アクセス)だけです。
 これに対して朝日は、「<ブッシュ演説では、日本で>大正デモクラシーを経て普通選挙が実施されていた史実は完全に無視され、戦前の日本は民主主義ではなかった、という前提<だ>。<しかもブッシュは、>「日本人自身も民主化するとは思っていなかった」とまで語った。・・今回の演説は日本を含めた諸外国の歴史や文化への無理解をさらした。・・戦前の日本を国際テロ組織アルカイダになぞらえ、粗雑な歴史観を露呈した。<これは、>米軍撤退論が勢いを増す中でブッシュ氏の苦境を示すものでもある。」とブッシュを激しく批判しました(注1)(
http://www.asahi.com/international/update/0824/TKY200708240002.html?ref=goo
。8月24日アクセス)。

 (注1)その前日にもいち早く朝日は、演説の日本言及部分を電子版で報じた(
http://www.asahi.com/international/update/0823/TKY200708220378.html
。8月23日アクセス)。

 朝日は、防衛次官人事報道での汚名をこれでかなり挽回できたと言えるでしょう。

 (2)安倍首相のコルカタ訪問

 ずっと以前から決まっていた日程をこなしただけとはいえ、安倍首相の訪印、とりわけコルカタでのパール(Radhabinod Pal)判事やチャンドラ・ボース(Subhash Chandra Bose)の遺族との面会は、ブッシュの先の大戦観に冷水を浴びせた格好であり、よくやったと言いたくなります。
 ところが、日本の主要紙の電子版は、この首相のコルカタ訪問についても、最低限の事実を報じているだけ(注2)であり、呆れました。

 (注2)例えば、http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20070824AT3S2300V23082007.html(8月24日アクセス)を見よ。

 というのも、この訪問は、世界でかなり大きな話題になっているからです。
 英国ではBBCとファイナンシャルタイムスがいち早く報じましたし、米国ではニューヨークタイムスが報じました。
 また、AFPの記事が台北タイムス等、中東を含むアジア全域でキャリーされて報じられたのです。(インターネットをブラウズして確認した。)

 大事なことは、これらが、パールの日本無罪論やボースと日本軍との協力の事実を世界中の人に、かなり詳細に報じたということです。

 しかも、この中でファイナンシャルタイムスは、2005年の小泉首相の訪印の際、インドのシン首相が、歓迎の宴において、極東裁判において表明されたパール判事の見解は、「インド国民が日本に対して抱き続けている敬意(affection)を象徴するものです」と述べたこと、つまりはインドの人々もブッシュのそれとは異なった先の大戦観を抱いている、という事実を報じています。

 また、BBCは、その後のパール判事と(A級戦犯であった)岸信介首相の交友に触れつつ、パール判事の息子さん(弁護士。81歳)の、「私は父親による正しく正義にかなった貢献が、<日本で>今でも記憶されていることを誇りに思います。一方の戦争犯罪だけが咎められてもう一方はお咎めなしなんてことが許されてよいはずがありません。・・安倍首相にお目にかかれたのはまことに光栄です。もう死んでもいいくらいの気持ちです。」という言葉を紹介しています。

 AFPの記事は、ボースの義理の姪(コルカタのボース記念館を運営する財団の理事長。76歳)の、「われわれはとても興奮しています。<安倍首相の来館>は真に歴史的な瞬間であると言えるでしょう。・・これはベンガル地方が現代日印関係の構築に果たした役割が認められたということです。」という言葉や、ボースの甥の、「(ボース一族は、)この安倍首相の比類ない行い(gesture)に深く感謝しています。・・日本がボースによる支援を記憶し続けている以上、われわれインド人としても、ボースが英国の植民地支配と戦うためにインド国民軍を編成するのを、日本が助けてくれたことを記憶し続けなければなりません。」という言葉を紹介しています(注3)。

 (以上、特に断っていない限り
http://www.ft.com/cms/s/0/8d91ce62-518f-11dc-8779-0000779fd2ac.html
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/6960017.stm
(どちらも8月24日アクセス)、及び
http://www.nytimes.com/2007/08/24/world/asia/24japan.html?_r=1&oref=slogin&ref=world&pagewanted=print
http://www.taipeitimes.com/News/world/archives/2007/08/24/2003375609
(8月25日アクセス)による。)

 (注3)安倍首相がボース記念館(Netaji Museum)を訪問した際、このボースの義理の姪の息子のハーバード大学歴史学教授も安倍首相を接遇した。ちなみに、1988年の秋に私は英国防大学の研修団の一員としてコルカタを訪問し、ビクトリア記念館でのボース関係展示に感動したことがある(コラム#14)。その後で、自由時間に1人でインド博物館(INDIAN MUSEUM, KOLKATA。英国人によって創設されたアジア最古の博物館。率直に言って廃屋にガラクタが所狭しと並べられているという印象だった。)を訪問したが、国防大学のくれたコルカタ(当時はカルカッタ)の資料にも、また、英国から持参したインドの観光案内にもボース記念館は載っていなかった。英国人ならそんな所は訪問したがらないということか。載っていたら当然ボース記念館を訪問したことだろう。

(続く)

太田述正コラム#2019(2007.8.24)
<退行する米国(その2)>

 (「その1」にミスプリ等がたくさんありました。直したものをブログに再掲載してあります。)

4 私のブッシュ演説批判

 (1)女性参政権と日本の民主主義

 ブッシュは女性参政権の有無と民主主義とを(意図的に?)混同しています。
 スイスで女性参政権が認められたのは1971年ですが、それまではスイスは民主主義国ではなかったとでも言うのでしょうか。
 フランスだって女性参政権が認められたのは1945年であり、日本と同じ時期です。
 遡れば、米国と英国で女性参政権が認められたのは、それぞれ1920年と1928年ですが、それまでは米国も英国も民主主義国ではなかったとブッシュが思っているわけがありません。
 逆に、ソ連(ロシア)では早くも1917年に女性参政権が認められていますが、それと民主主義と一体いかなる関係があるというのでしょうか。

 (以上、事実関係は
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E6%80%A7%E5%8F%82%E6%94%BF%E6%A8%A9
(8月24日アクセス)による。)

 こんな非論理的な話を平気でしゃべる大統領を選んだ米国の大衆のレベルが推し量れます。

 (2)米国と日本の民主主義化

 より根本的な問題は、日本の民主主義化の経緯についてです。
 日本は、明治維新以降自由・民主主義化への努力が重ねられ、1925年には普通選挙制が導入され、大正デモクラシーの時代を迎え、ここに日本の自由・民主主義は確立したのであって、米国が日本を占領して初めて日本が民主主義化したわけではありません。
 しかも、ここまではドイツと似たような話ですが、1933年3月に全権委任法を成立させて議会機能を停止させ、ヒットラーによる独裁が確立したドイツ(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E5%8A%B4%E5%83%8D%E8%80%85%E5%85%9A
。8月24日アクセス)とは違って、日本では、先の大戦中においても、個人独裁や一党独裁にならなかっただけでなく、(何度も私が注意を喚起してきたように、)選挙で選ばれた議員で構成される衆議院が機能し続け、行政と軍に対するチェック機能を果たし続けました。
 つまり、日本の自由・民主主義は、先の大戦によって一瞬も断絶させられることなく、現在に至っているのです。

 今まで何度もブッシュは米国が日本を民主主義化したと発言してきましたが、その都度黙って発言を見過ごし、日本の自由・民主主義化の長い歴史をブッシュにインプットする努力を怠ってきたと思われる日本の外務省の責任は重大です。

 (3)日本軍人とイスラム・テロリスト

 ブッシュが先の大戦時の日本軍人をイスラム・テロリスト扱いをした部分は、靖国神社が差し障りがあるのなら、日本遺族会あたりが、旧軍人に代わって抗議の声を挙げてしかるべきです。
 真珠湾攻撃だって、カミカゼだって、国家の意思の下で、軍事目標に対して行われたものであり、無差別殺人を厭わずかつ責任の所在が明確でないイスラム・テロと同一視するなど、旧日本軍人に対する誹謗中傷以外のなにものでもないからです。

 (4)ナチスドイツ

 私をとりわけ暗澹たる気持ちにさせるのは、ブッシュが人種差別の米国の時代へとタイムスリップしてしまったかのように見えることです。
 なぜなら、イラクからの米軍の早期撤退を拒否する理由付けとしてブッシュが並べ立てた例は、日米戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争といった「黄色人種」を相手にした戦争ばかりであり、同じ先の大戦でも、「白色人種」を相手にした対ナチスドイツ戦争についてはほとんど言及していないからです。
 ブッシュがわずかにナチスドイツに言及した箇所をご紹介しましょう。

 「欧州中に存在する米兵の墓はナチズムに対する戦いのために費やされた人的コストの巨大さを示している。これらの墓は、それと同時に、今日その全域が自由で平和であるところの欧州大陸という勝利に対するわれわれの貢献を示している。この地において自由がかくも前進したということは、われわれが中東で従事している困難な営みが、これまでアジアと欧州で見出したのと同様の結果を・・同様の頑張りと同様の目的意識を持ち続けさえすれば・・必ずもたらすという確信を与えてくれる。」

 どうしてブッシュは、日米戦争なんぞではなく、悪そのものであるナチスドイツとの戦争について詳述しようとしなかったのでしょうか。
 英国の首相なら、そもそもこのような演説をしないでしょうが、仮にしたとすれば、ナチスドイツを持ち出しこそすれ、間違っても日本には言及しないはずです。
 ブッシュには(あえて厳しく言えばナチスドイツのそれに類似した)人種的偏見があり、そのためにあえてナチスドイツへの詳述を避けたのだとしか思えません。

 (5)先の大戦時の日本のイデオロギー

 ブッシュは先の大戦時の日本の狂信的なイデオロギーについても言及しています。
 いずれ、この問題についは別途取り上げたいと思いますが、とりあえず簡単に私見を申し上げておきます。
 
 ナチスドイツには、ナチスの25か条綱領(1920年)があり、ヒットラーの『我が闘争』(1925、1026年公表)があり、これらを手がかりにして、ドイツ至上主義・反ユダヤ主義・東方勢力圏追求といったナチスドイツのイデオロギーを論ずることができます(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%91%E3%81%8C%E9%97%98%E4%BA%89
http://ja.wikipedia.org/wiki/25%E3%82%AB%E6%9D%A1%E7%B6%B1%E9%A0%98
(どちらも8月24日アクセス))。

 しかし、先の大戦時の日本にイデオロギーの名に値するようなものがあったかどうかは疑問です。
 戦時中も生き続けた帝国憲法をイデオロギーとはもちろん言えませんし、この帝国憲法に基づいて発せられた開戦の詔勅(1941年)にせよ、大東亜会議において採択された大東亜宣言(1943年)にせよ、アングロサクソン的論理で貫かれている文書だからです(
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4669/daitoua1208.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9D%B1%E4%BA%9C%E5%AE%A3%E8%A8%80
(どちらも8月24日アクセス))。

 強いて言えば、文部省が編纂して日本全国の図書館や大学・高校・中学・小学校等に配布された『国体の本義』(1937年)や『臣民の道』(1941年)(
http://www.j-texts.com/showa/kokutaiah.html
http://www2s.biglobe.ne.jp/~shigeaki/ShinminMichi.html
(どちらも8月24日アクセス)による。)が、当時の日本におけるイデオロギー的なものであったと言えるのかもしれません。
 しかしこれらは、総力戦体制の時代に、しかもアングロサクソンが敵に回っているというねじれた時代に、全国民を国家に協力させようとひねり出されたプロパガンダであると受け止めるべきであり、こんなものを持ち出すのであれば、米国政府が大戦中にばらまいた、人種的偏見に満ちた無数の対日戦争プロパガンダ文書(
ジョン・W. ダワー 『人種偏見―太平洋戦争に見る日米摩擦の底流』(TBSブリタニカ) 、同『容赦なき戦争―太平洋戦争における人種差別』(平凡社ライブラリー)参照)も持ち出して、両者を比較しなければならないでしょう。
 
(続く)

太田述正コラム#2017(2007.8.23)
<退行する米国(その1)>

 (本篇は即時公開します。)

1 始めに

 8月22日、ブッシュがとんでもない演説をやらかしました。
 その抜粋をまずはお読み下さい。

2 ブッシュ演説の抜粋

 ・・私が今言った敵とはアルカーイダのことではないし、攻撃とは9.11のことではない。また、帝国とはオサマ・ビンラディンが夢見る過激なカリフのことではない。それは1940年代の日本帝国の軍部(war machine)のことであり、真珠湾奇襲のことであり、帝国を東アジア全体に押しつけようとした試みのことだ。
 最終的に米国が第二次世界大戦で勝利し、その後米国はアジアで更に二つの陸上戦争を戦った。・・<誰が>日本が最強かつ不動の同盟国へと変身することを、そして韓国が朝鮮戦争の後復興して世界で最も強力な経済の一つを持つ国家になることを予想できただろうか。 ・・
 われわれが極東で戦った諸戦争と今日われわれが戦っている対テロ戦争との間には違いが多々ある。しかし、一つの重要な類似点は、核心にあるのがイデオロギー闘争だという点だ。日本の軍部や朝鮮の共産主義者達は人間世界に正しい秩序をもたらすという容赦なきビジョンに突き動かされていた。
 彼らが米国人達を殺したのは、彼らがイデオロギーを他の人々に押しつけようとしたところ、その行く手にわれわれが立ちふさがったからだ。・・これら、過去における敵と同じく、イラクとアフガニスタン、そして他の場所でわれわれに戦争をしかけているテロリスト達は、自由・寛容・異論の圧殺を鋭意目指すところのその政治的ビジョンを普及させようとしているのだ。・・現在のイデオロギー闘争はまだ始まったばかりだが、われわれは過去のそれがどう終わったのかを知っている。・・日本をしてその敗北を民主主義へと転化することを助けた米国を導いた理想と国益と同じものがわれわれをアフガニスタンとイラクに引き続き関与をさせている。
 <また、>韓国人がその全体主義的な隣国に併合されることを拒絶する防衛戦略が、中東を含む世界中の発展途上国のモデルとなったアジアの虎を育て上げることを助けた。
 米国のアジアにおける犠牲と頑張りが、米国を攻撃することなく米国と平和共存することを欲する人々の住むアジアをより自由でより繁栄し、そしてより安定した大陸にするという結果をもたらした。
 第二次世界大戦が始まった時点では極東には民主主義国家が、オーストラリアとニュージーランドの二つしかなかった。しかし、今日ではアジアの大部分の国は自由であり、その様々な民主主義は地域の多様性を反映している。
 日本が降伏した後、多くの人は日本が民主主義へと変身することを助けるなどナイーブな発想だと思ったものだ。当時も、そして今も、自由とは無縁である人々があるということを言う人がいる。
 日本の文化は民主主義と生来的に相容れないと主張する者もいた。元米駐日大使のジョセフ・グルー(Joseph Grew)は、ハリー・トルーマン大統領の下で国務次官をしていた時、大統領に対し、「日本では民主主義は未来永劫機能しません」と述べた。
 日本人も同じだった。大勢の日本人が民主主義は機能しないと信じていたのだ。他の日本人は、米国が日本人にその理想を押しつけていると批判したものだ。例えば当時の日本の副総理は、日本の女性に選挙権を与えることは「日本の政治の進歩を遅らせる」と主張した。
 マッカーサー将軍が回想録に興味深いことを記している。「私が女性への選挙権付与を支持していることには批判が多い。多くの米国人やいわゆる専門家達は、日本の女性は夫への従属という伝統に深く染まっているため、政治的に独立して行動することはできないと言っている」と。・・<しかし、>結局日本の女性には選挙権が与えられ、39人もの女性が日本で行われた最初の自由な選挙において議席を獲得した。今日では、日本の防衛相は女性だし、つい先月には日本の上院に記録的な数の女性議員が選ばれた。
 ちょっと信じられないかもしれないが、中には国民的宗教である神道が余りに狂信的でありかつ天皇制に根ざしているがゆえに民主主義は日本では成功しないと言った人もいた。リチャード・ラッセル(Richard Russell)上院議員は、日本人の信仰を攻撃するとともに、天皇を裁判にかけない限り、「民主主義をつくり出すためにわれわれがとる措置のすべてが失敗することを運命づけられている」と語ったものだ。また、東京にいた国務省のある人物は、「天皇制が消滅しない限り日本は真に民主主義になることはありえない」と喝破したものだ。
 <しかし、>神道が民主主義と相容れないと言ったこれらの人々は間違っており、幸いなことに、当時の米国や日本の指導者達はこのことが分かっていたので、神道を弾圧することはせず、米占領当局は日本人とともにあらゆる信仰に係る宗教的自由を確立するように努めた。また、天皇の位を廃止することはせず、米国人は日本人とともに民主主義的な政治システムにおいて天皇が占めるべき場所を見出すように努めた。
 これらの努力の結果、すべての日本市民が宗教の自由を獲得し、天皇は退位することなく日本の民主主義は強化された。これは、民主主義が日本文化の良い点(cherished part)を包摂した(embraced)からこそなのだ。
 そして今日、懐疑主義者達の批判にもかかわらず、日本はその宗教と文化的伝統を保持し続け、同時に世界の偉大な自由社会の一つとして屹立しているのだ。
 要するに専門家だって時には間違えるということだ。
 ある歴史家が興味ある発言をしている。「・・これらの大専門家達の言い分が通っていたとすれば、民主主義革命をもたらすという観念そのものが、初期の段階で嘲けられ死んでいたことだろう」と。
 とにかく、・・民主主義の日本は日本の人々に平和と繁栄をもたらした。その日本の貿易と投資は地域の他の経済の離陸を助けた。<今では>日米同盟は太平洋全域の自由と安定の留め金(lynchpin)だ。
 さて、総括するので耳をそばだてて聞いて欲しい。
 日本は、20世紀のイデオロギー闘争における米国の敵から、21世紀のイデオロギー闘争における米国の最強の同盟国へと変身を遂げたのだ。

 (以上、
http://www.whitehouse.gov/news/releases/2007/08/print/20070822-3.html
(8月23日アクセス)による。)

3 ガーディアン・ブログへの私の参戦

 実は、上記ブッシュ演説のメインは、ベトナム戦争と対テロ戦争の比較なのですが、
この演説に関し、ガーディアンはさっそくブログを立ち上げており(
http://commentisfree.guardian.co.uk/matthew_yglesias/2007/08/dont_know_much_about_history.html
)、日本に係る議論も行われていることから、私も参戦することにしました。
 本シリーズの最後で、私の投稿に対する反応も含めて解説をしますが、私の投稿内容を、とりあえず英文のまま掲げておきます。

 <ガーディアンのブログへの1047の投稿>

Japan was a liberal democratic monarchy with a thriving economy already before the WW2.
Even during the WW2, Japan's parliament, based upon universal suffrage (not including women), functioned effectively, checking the administration and the military.

(Read for example, Gordon M. Berger, Parties out of Power in Japan 1931-1941, Princeton University Press 1977.)

In fact, Japan was diametrically opposite to Nazis Germany.

That is the single most decisive reason South Korea and Taiwan, which were Japanese colonies, could establish functioning liberal democracy eventually, and even achieve economic prosperity.
It is quite interesting that Philippine which was a colony of the US, could neither establish functioning democracy nor achieve economic prosperity up to now.

The WW2 was forced upon Japan because the racist US, who new nothing about East Asia, assisted the corrupt Fascist Chinese Nationalist Party and also Stalinist Chinese Comunist Party.
The consequenses were devastating.
Taiwan to be ruled harshly by the Nationalist Party dictatorship, China to be ruled by Mao who are to kill astronomical number of Chinese, North Korea to be ruled by the cruel Kim Dynasty, South Korea to be devastated by the Korean War, and so on.

 (注)Philippineにsを付け忘れた。また、Mao are ではなく、Mao is でなければならない。お笑いのほどを。

<1321の追加投稿>

"Building 'democracy' is possible if you study the area you occupy intensively and extensively in a scientific way free from prejudice and also respecting the native culture like what Japanese had done concerning Taiwan and Korean Peninsular.
Read Lee Teng-hui (former president of Taiwan,)'s testimony, if it is available in English.
Simply holding election is not democracy.
If occupation of Phillipines by Japan lasted for 10 odd years without the duress of war, then Phillipines could have established a functioning democracy.
Study the Phillipines occupation by Japan if you have time and curiosity.

The Alliance of liberal democratic Japan with Nazis Germany was an alliance of convenience, just like the alliance of the liberal democratic US, UK with Stalinist Russia.
Liberal democracy and empire building can coexist.
The US and UK built empires, and Japan did the same thing.
Considering the fact that Japan and the Anglo-Saxons are natural allies, the afore mentioned alliance configuration in WW2 was a deviation of history and nothing but a tragedy.

The destruction of Hiroshima and Nagasaki by atom bombs were slaughtering of hundred thousands of civilians and constitute war crimes.
Besides they were unneccessary follies.
(Read Tsuyoshi Hasegawa, Racing The Enemy: Stalin, Truman, & the Surrender of Japan, Belknap/Harvard University Press, 2005)

(続く)

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