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太田述正コラム#2035(2007.9.1)
<退行する米国(その10)>

七、学者と官僚の統制

 ナチスドイツのゲッペルス(Joseph Goebbels)は、反ナチスの学者達を大学から追放した。またナチスドイツは、1933年4月に、官僚を統制するための法律(Reich Law for the Re-establishment of a Professional Civil Service)を成立させ、これに基づいて検事を含む官僚達を解雇した。

 他方米国では、いくつかの州議会が、州立大学に対し、ブッシュ政権に批判的な学者達を処罰するか解雇するよう圧力を加えている。
 また、官僚に関しては、政権への忠誠心が十分でないと目された8名の検事が解雇されている。

八、報道機関の統制

 米国では、反戦デモのビデオの供出を拒んだサンフランシスコのブロッガーが一年牢屋にぶち込まれたし、国内安全保障省がブッシュ政権を批判したベストセラー作家たる記者のカトリーナ災害取材時の取るに足らないことを問題にして刑事訴追すると脅したし、サダム・フセイン政権の核疑惑の一つを否定した記事をニューヨークタイムスが掲載したところ、ブッシュ政権はこの記事を書いた人物の妻がCIAの諜報員であることを暴露してこの妻を事実上CIAから追放した。
 イラクでは、アルジャジーラだけでなくBBCの記者やカメラマンが米軍によって発砲されたり銃で脅されたりした。ITN等の記者は米軍によって負傷させられたり殺害されたりした。CBSとAPの現地スタッフは、米軍によって定かでない嫌疑で牢屋にぶち込まれた。

 また、ホワイトハウスは、誤った情報を湯水のように垂れ流しており、何が本当で何がウソか見極めることが困難になってきていることから、米国民が政府を監視することは容易ではなくなりつつある。
 これぞまさしく、ファシストのやり口だ。

九、異論の大逆罪視

 スターリンは、1938年にイズベスチャ編集長のブハーリン(Nikolai Bukharin)を大逆罪で見せ物裁判にかけ、処刑した。
 米国では、昨年6月にニューヨークタイムスが、CIAが財務省を使って国際資金取引を調べ上げている(前出)ことを暴いた論説(
http://www.nytimes.com/2006/06/23/washington/23intel.html?ex=1308715200%26en=168d69d26685c26c%26ei=5088%26partner=rssnyt%26emc=rss&pagewanted=print
。9月1日アクセス)を掲載したところ、ブッシュは「機密漏洩は恥ずべきことだ」と述べ、議会の共和党議員達は大逆罪ものだと非難し、これに右翼評論家達が唱和した。

 米議会は、愚かにも昨年軍事権限法(Military Commissions Act of 2006。前出)を成立させ、いまや大統領は、どんな米国市民でも「敵性戦闘員(enemy combatant)」呼ばわりできるようになった。
 敵性戦闘員とみなされた米国市民は、敵性戦闘員とみなされた外国人とは違って最終的に裁判にかけられる権利が今のところはあるが、ブッシュ政権は、裁判を回避する方法を模索し続けている。

十、法の支配の停止

 今年米国で防衛権限法(The John Warner Defense Authorization Act of 2007)が成立したことによって、大統領は、この法律によって宣言しやすくなった緊急事態をA州に対して宣言すれば、B州の州兵をA州に投入できることになった。
 これは、大統領に戒厳令を布告する権限を与えたに等しいとの批判がある。


 以上を踏まえ、ウルフは、ブッシュ政権の任期が来年来て、大統領選挙で民主党大統領が誕生して、ブッシュ政権が導入した人権抑圧諸措置が撤回される可能性がある、という点でまだ米国が完全なファシスト国家になったとは言い切れないけれど、9.11同時多発テロ並ないしそれ以上の、アルカーイダ等による対米攻撃がもう一度起こったら、仮にヒラリーやオバマが大統領になったとしても、人権抑圧諸措置が恒常化することは避けられないだろうとし、そうなれば、米国は完全なファシスト国家になるだろう、と警告するのです。

(続く)

太田述正コラム#2023(2007.8.26)
<退行する米国(その4)>

5 英米での反応

 (1)ベトナムとの比較について

 英米の主要メディアの反応は、ブッシュ演説中、ベトナムへの比較のところを紹介し、批判したものがほとんどです。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6958824.stm
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,2154354,00.html(注4)
(どちらも8月23日アクセス)
http://www.latimes.com/news/opinion/la-ed-diem23aug23,0,1295966,print.story
。8月24日アクセス
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/blog/2007/08/23/BL2007082301044_pf.html
。8月24日アクセス:米英のメディアの報道ぶりを概観した記事
http://www.ft.com/cms/s/0/152b3d0a-527a-11dc-a7ab-0000779fd2ac.html
。8月25日アクセス:北ベトナムの識者による批判を紹介したもの
http://observer.guardian.co.uk/comment/story/0,,2156380,00.html
。8月26日アクセス:ヒッチェンス(Christopher Eric Hitchens。1949年〜)による批判的コラム
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-bacevich25aug25,0,6199802,print.story?coll=la-opinion-center
。8月26日アクセス

 (注4)このガーディアンの記事は、ブッシュがこんな演説をしてイラクから早期撤退をしないことを強調したのは、22日に公表された世論調査で、(民主党主導の)米議会に対する評価が、1974年からこの種世論調査が始まってから最低の18%に落ち込んでいることが判明したこと、またそれより少し前の世論調査で、現在実施中のイラクへの米軍増派に対する支持率が先月の22%から31%に上昇したこと、米軍早期撤退論者の民主党レビン(Carl Levin)上院軍事委員長と最近イラク政策でブッシュと袂を分かった古参共和党上院議員のワーナー(John Warner)が、共同で米軍増派が目に見える成果を挙げたという声明を出したこと、が背景にある、と指摘している。

 この中で特に興味深いのは、下から2番目のヒッチェンス(コラム#175、727、1096)によるコラムです。
 オックスフォード大卒で1981年に米国に帰化したヒッチェンスは、戦闘的無神論者として知られていますが、彼にしてはめずらしく筆が滑ったところが目に付くコラムです。

 筆が滑ったと私が思うのは、「ベトミン、後には民族解放戦線は、第二次世界大戦中、枢軸国に対する米英の戦いの同盟相手だった。他方、イラクのバース党はその反対だった。」と「ホーチミンは、ベトナム独立宣言においてトーマス・ジェファーソンを引用したが、こんなことはバース党員やイスラム聖戦のプロパガンダでは絶対ありえないことだ。」というくだりです。
 前者に関しては、米国や英国が、単に敵である日本(と仏ヴィシー政権)の敵として、中国共産党等とともにベトミンをも支援した、というだけのことですし、後者に関しては、ヒッチェンス自身が認めているように、ホーチミンによるプロパガンダ以外の何物でもないからです(注5)。

 (注5)しかも、ホーチミンは米国の英国からの独立の論理を引用したわけではなく、単にジェファーソンの「すべての人間は平等につくられた」という言葉を(米国へのリップサービスとして)引用しただけだ(
http://archive.salon.com/books/review/2000/11/14/duiker/index.html
。8月26日アクセス)。フランス革命時の「自由・平等・博愛」しなかったのは、この精神に反してベトナムの独立を認めなかったフランスへの当てこすりだろう。それに「自由」もホーチミンのお気に召さなかったか。

 なお、私は米国によるベトナムへの介入は愚行だったけれど、ベトナムから米軍を撤退させ、南ベトナムを北による併合を黙認したことは更なる愚行だったという立場であることはご承知のことと思います(コラム#1579等)。
 これに関連し、私は対イラク戦を支持するとともに、ベトナムからの米軍の撤退に反対するの同じく、イラクからの米軍の早期撤退には反対であることを申し添えます。

 (2)日本との比較について

 日本にも触れた記事やコラムがないわけではないのですが、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6960089.stm
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/08/22/AR2007082200323_pf.html
(どちらも8月24日アクセス)は、文字通り触れただけであり、コメントを伴っているのは、
http://commentisfree.guardian.co.uk/matthew_yglesias/2007/08/dont_know_much_about_history.html
(8月23日アクセス)と
http://www.nytimes.com/2007/08/23/washington/23history.html?ref=world&pagewanted=print
(8月24日アクセス。訂正記事8月26日アクセス)だけです。

 まず、ニューヨークタイムスの記事から片付けましょう。

 この記事が、あたかもブッシュが、ナチスドイツと日本に同等のウェートで言及したかのような書き方をしていることがまず気に入りません。
 しかも、「米国にとって史上最も攻撃的で無法な二つの敵(two of history’s most aggressive and lawless adversaries)」という修飾語句をナチスドイツと日本の前につけて書いているのももってのほかです。

 ただ、これらの点を除けば、それほどおかしいことは書かれていません。
 ドイツと日本との戦いは総力戦であったけれど、イラクでの戦いはそうではないこと、ドイツと日本はどちらも均質な国民国家であってイラクとは対照的であったこと、占領にあたってドイツと日本の政府や潜在的占領反対勢力を消滅させた(注6)こと、それでも占領に当たってイラクと比較してそれぞれ3倍以上もの大兵力を投入したこと、長期間にわたって占領したこと、その間、一人の米兵も叛乱分子に殺害されなかったこと、を挙げて、ドイツや日本は引き合いに出すべきではない、という指摘はその通りです。

 (注6)「日本の政府を消滅させた」については誤り。

(続く)

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