カテゴリ: 日立製作所のIT利権

太田述正コラム#655(2005.3.10)
<再び日立問題について(続)>

 私がせっかちなのかもしれませんが、私のご披露した日立問題には、全く異な
る見方がありえる、というのが本日の話題です。
 皆さん、推理小説や推理ドラマがお好きな方は多いでしょう。
 犯人は誰か、その動機は何かを思いめぐらし、結構的中させることもあるので
はありませんか。
 推理小説や推理ドラマの暗黙のルールは、犯人が狂人(これは禁止用語なので
すね。普通に変換キーを押しても出てきません。使用することを大目に見て下さ
い)ではない、ということです。
 同様、日立問題に関わった日立関係者の中にも狂人はいないはずだ、という前
提に立つとして、一人の迷探偵に登場してもらいましょう。
 「強者」だらけの皆さんの中で、めずらしくカンが鋭い人らしいですよ。

 <迷探偵「金田一強者」の推理>
 太田君、まただまされおったな。何度もウソをつかれて頭に来た?そんなこと
は商売では当たり前だよね。営利企業が愚行を繰り返し、カネを垂れ流しにして
いる?これも官公需依存大企業の通弊だよね。それがどうしてか究明したいだっ
て?大いにやってっくれたまえ。
 しかしだな。読者の一人が「今回の日立の対応は、たしかに腑に落ちない点
<が>ある」と言っとるように、ちょっとおかしいと思わないか。
 まず第一に、どうしてセクションの業務が大幅に縮小させられたのだろう。
 セクションの責任者のAが上司と衝突した、というが、いくらAがセクションの
「創業者」だったとしても、IT部門の総括部局は、どうしてまだ発足して二年も
たっていないセクションの業務を大幅に縮小させたのだろうか。セクションが愚
行を繰り返し、カネを垂れ流しにしたことは、どうやら日立全体の通弊のようだ
から、そんなことが理由ではないはずだ。
 第二に、太田君の「感謝状要求」をIT総括部局が受け取ってからの対応は、太
田君が苦し紛れにひねり出した諸「理論」では説明がつかないほど異常だ。
 発想を180度変えてみよう。
 日立のIT総括部局の対応は常に合理的な計算に基づいていた、と仮定してみる
のだ。
 今をときめくIT部門の総括部局まで愚行を繰り返すようでは、太田君の言うよ
うに、日立は既につぶれているはずだ。
 発想を180度変えると、こういうことが言えるのではないか。
 まず、セクションの業務の大幅縮小は、絶対に公表をはばかられる目的をもっ
て行われたのではないか、ということだ。
 しかし、その時点で、太田君が口利きをセクションのために行っていたことま
で、IT総括部局は知らなかった、としよう。
 太田君が「感謝状要求」をつきつけたことは、IT総括部局にとってショック
だったに違いない。
 「感謝状要求」そのものよりも、太田君が、日立と円満に別れたというストー
リーを(ウソのストーリーでもいいから)つくってくれ、と求めたことが問題
だった。
 IT総括部局としては、太田君に謝意表明するくらいのことは朝飯前だっただろ
うが、ストーリーの方がどうしてもつくれない。ウソのストーリーをつくって
も、なまじ太田君がセクションの内情をよく知っている。(例えば、セクション
のコンセプト作りをしたaは太田君の友人だったよね。)それだけにウソはすぐ
ばれてしまう。何かを隠すためにウソをつかざるをえない、ということが太田に
分かってしまうことを彼らは恐れた。
 そこで太田君にはゼロ回答する方針が決まった。
 しかし、善意で「感謝状要求」等をつきつけていた太田君は当然怒り狂うだろ
う。太田君が更に何らかのアクションをとることも大いに考えられる。
 その結果、青森県、大分県、防衛庁等で日立が全社的に蒙るであろう損害は甘
受せざるを得ない。
 しかし、一番困るのは、殆ど考えられないことではあるが、太田君が感謝状要
求・謝罪・報酬支払い・賠償、の一部または全部を求めて裁判に訴えることだ。
そこでやむをえず、その場合の対応策まで検討することになった。
 恐らく、予想される太田君(原告)側の証人リストも作成され、場合によって
は証人工作も行われたかもしれない。
 検討のポイントは、裁判の過程で、セクションの大幅業務縮小の本当の理
由・・不祥事・・が明るみに出る可能性を排除できるかどうか、だった。
 検討の結果、秘密はぎりぎり守り通せると判断された。
 そこで、二ヶ月後、太田君にゼロ回答がようやく伝達された。
 <迷探偵「金田一強者」の推理:終わり>

 いかがでしたか。
 お前自身はどう思っているのかですって?
 それが分からないのですよ。
 日立全体が機能不全に陥っており、私がそのために翻弄されただけなのか、少
なくとも日立の一部は、不祥事をもみけすためなら不始末が明るみに出て損害を
蒙ることくらいは甘受する、という程度の合理的行動はとることができ、私はそ
の合理的行動の「犠牲」になったのか。そのどちらなのかが。
 しかし、私も命が惜しいので、詳細には申し上げられませんが、様々な状況証
拠から、後者の要素もあった可能性が高いと思います。
 いずれにせよ、私としては、読者の皆さんが一人として、後者の可能性を指摘
しなかったのは、皆さんがお勤めになっていたり、皆さんがおつきあいのある大
企業が、おしなべてひどい機能不全に陥っているため、日立の機能不全の程度が
尋常でないことに皆さんが気付かなかったためではないか、という懸念を持って
います。
 そうだとすると、日本の現状が心の底から心配です。

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太田述正コラム#653(2005.3.8)
<再び日立問題について>

1 始めに

 私は、常にフィールドワーカー的に物事を見ているところ、日立シリーズへの
読者の反応に、新鮮な驚きを覚えたので、今度はこれを分析してみようと思いた
ちました。
 何が新鮮な驚きかと言いますと、約一名の読者を除き、全員が、私の問題提起
と無関係なコメントをお寄せになったことです。
 私は、日立シリーズを、ビジネススクールの「ケース」に倣って書いたつもり
です。(MBA教育におけるケースメソッドについては、コラム#507、 509参照。)
 大昔、私自身がMBA教育を米国で受けた時、細部のシチュエーションを変えた
り、登場人物に仮名を使ったりはしているけれど、ケースで取り扱われる企業
が、よくこんな赤裸々な話がオープンになって平気なものだ、と感心したことが
あります。これも企業の社会貢献の一つなのでしょう。
 ですから、日立にも社会貢献してもらうことにしました。これは、日立のため
に費やした私の時間と労力などを無にしないことでもある、と考えた次第です。

2 日立シリーズにおける問題提起

 既に、日立シリーズを受けた私のHP(http://www.ohtan.net)の掲示板上での
やりとりで、口を酸っぱくして私が繰り返し申し上げているように、日立シリー
ズで私が読者の皆さんに問題提起をしたかったのは、「どうして日立という大企
業は利益追求(損失回避)を忘れているのか」です。
 一般に「ケース」では、何がその「ケース」で問われているのかは、ぼかされ
ていることが多いのですが、日立シリーズでは、ぼかしたつもりはありません。
ところが、読者の皆さんには伝わらない。
 これには、まいりました。
 何が問題提起されているか分からないから、私が随所に埋め込んだヒントに誰
も言及しようとしないのでしょうね。
 第一に、(大企業の社員たる読者には常識なのであえて書きませんでしたが)
日立には全社的営業部局があります。それなのに、どうして私のような個人に営
業を委嘱したのでしょうか。わけの分からぬ第三世界の外国に売り込むのではな
く、日本国内の営業ですよ。
 これは、全社的営業部局が機能していない、(と少なくとも製品そのものを所
管する部局が見ている)ことを意味します。これは全社的営業部局に無駄なコス
トをかけている、ということでもあります。
 この問題を解決するためには、全社的営業部局そのものを抜本的に改革する
か、営業部局を廃止し、個々の製品所管部局に移す、という二つの方法がありま
す。しかし、どちらも官公需依存型大企業にあっては困難なのです。(なぜかは
考えて下さい。)ですから、無駄なコストの垂れ流しが続くことになります。
 第二に、例のセクションが、既に発足してしまっているというのに、そのコン
セプトづくりを私の友人aに依頼し、(ここも当たり前だから書きませんでした
が)多額のコンサル料を彼に支払ったことです。
 これは、コンセプトがないのに新しい現業部局を発足させてしまったか、発足
直後にコンセプトを変える必要が生じたことを意味し、いずれにせよ、IT部門の
総括部局が現業部局に対し、最低限のコントロールすら行っていないことが分か
ります。
 セクションが大幅に業務を縮小するはめになった結果、上記コンサル料はどぶ
に捨てたことになり、それどころか、セクションの運営にかけた経費の殆ども回
収不能に陥ったわけです。
 恐るべき無駄遣いではありませんか。
 第三に、企業人なら真っ先に問題にすべきであったのは、売れない商品を私に
売らそうとしたことです。
 売れない(問題)商品(=買うに買えない商品)をかつがせるということは、
口利き先に対して、私と日立の信用を落とすどころではありません。口利き先に
対する侮辱です。
 もちろん、一般論としては、そんなことはどこにでもある話でしょう。
 しかし、今回の私の口利き先の社会的地位を考えれば、TPOをわきまえないこ
と甚だしい愚行である、と言わざるを得ません。
 このことにより、日立は全社的大損害を蒙ったのです。
 更に目も当てられないのは、技術者ばかりのセクションが、私にかつがせた商
品が売れない商品である、という認識を持っていなかったフシがある点です。
(この可能性は、読者に指摘して欲しかったですね。)
 技術にも営業にも素人の私ですら、あの主力商品の弱点を事前に知っておれ
ば、この商品の口利きは躊躇したことでしょう。
 結局、営業的センス・常識のある人間が配置されていなかったセクションの人
的構成に問題があるのであって、この点でもIT総括部局は責められるべきです。

3 本題

 以上、いかに日立がコスト感覚のない、つまりは利益を追求していない会社
か、少しはお分かりいただけたと思います。
 その上で、ようやく本題です。
 以前(コラム#630で)、公立小学校の実態をご紹介したことがあります。
 読んでおられない読者は、ぜひ読んでください。
 実は、あの話には続きがあります。
 私が息子に、私の「分析」を話したところ、息子は、「お父さんの言う通りだ
けど、そんなこと、言っちゃダメだよ」と私をたしなめようとしたのです。
 なぜか。
 学校は息子にとっては、楽しいゲームの場なのであり、授業は建前上はゲーム
の場ではないだけに、そこで行われるゲームはとりわけ楽しいからです。しかも
楽しんでいるのは彼一人ではありません。そんな楽しいことのからくりを暴いて
何が面白いのか、ということでしょう。
 しかし、あの授業がゲームであることが分かり、かつそのゲームを楽しめるの
は、息子が、あの教室の多数派に属するところの、分数を既に知っている強者だ
からです。
 分数を知らない、少数派の弱者は、楽しむどころではありません。しかも、実
態がゲームであるところの授業は授業ではないのですから、弱者にとってその
「授業」に出ている時間は、無駄な時間に近い、ということになります。しか
も、ゲームであることがうすうす分かる弱者にとっては、その屈辱感はどんなに
大きいことでしょうか。
 もう一つの問題は、そもそもわれわれ納税者としては、学校の行事や総合学習
の時間ならともかく、通常の授業の時間にゲームで暇つぶしをしてもらっては困
る、ということです。
 そして最大の問題は、当時私が書いたように、あのような「授業」は、社会性
を過度に子供に身につけさせることになるのであって、「もっと面白いゲームを
やりましょう」とか、「ゲームをやらずに授業をやってください」、と異議申し
立てができる人物がこれら子供達の中から将来出てこなくなる懼れがある、とい
う点です。既に息子は、過度の社会性に毒されつつある、と私は慄然としたもの
を覚えました。

 何を私が言いたいかお分かりですか。
 私のコラムの読者の大部分は、(公教育が今ほどはひどくはなかったとはい
え)戦後日本教育の産物であり、かつ日本社会における強者だ、ということです。
 だから、私が日本の社会のからくりを指摘すると、私の息子と同じく、訳知り
顔に、「なぜそんな話をするのか」と私を教え諭されるのです。
 皆さんの側らで無数の弱者がいて呻吟しており、その一方で皆さんが猛烈に無
駄遣いを続けながら人生を謳歌されており、しかしだからこそ日本の社会全体が
深刻な閉塞状況に陥っている、という事実に、皆さんはお気づきになっていない
か、あえて目をつぶっておられるのです。

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議論の呼びかけ(続)

<読者Z>
初めてお便りする愛読者(支持者の立場)です。

太田さんのご意見は、正鵠を射ているものが多く共鳴を受けておりました。
いつもは拝読するだけでした。
今回は太田さんの呼びかけに応えたいと思います。

余り時間がありませんので以下、簡潔に私の感想と意見をランダムに記します。

・日立シリーズに記述されている内容は、我々民間の企業人にとって珍しいこと
ではない。
・太田さんの主張は他人から見て、公憤か私憤かの区別をつけるには材料が少な
すぎる。
・太田さんが政治の世界での活躍を志しているとするならば、口利きの世界を
テーマに取り上げると誤解を受けやすい。
・太田さんが正義の主張と信じたテーマ選び、より良い日本を願って意見を繰り
広げるのであれば、読者の反応如何に関係なく信じる所信を表明し続けるべきだ。
・政治家志向なら他人の目を気にするのは止むを得ないが、太田さんは今回の
テーマに限らずあまりにもエミアブル過ぎる。
・民間・公的機関に関わらず、契約に基づかない商行為における思惑違いは、ト
ラブルが発生したとき追及のしようがない。
・口利きをすることにより、感謝状を貰うなどという発想は唖然とするばかり。
・口利きという行為は立派なビジネス行為なので、堂々と金銭的な成功報酬契約
を締結すべきだ。
・契約しようとしない相手は、どんな大企業であっても相手にしてはいけなかった。

全くまとまりのないランダムな記述となったことをお許し願います。
これからも今までと同様、好意を持って愛読を続けます。

<太田>
>・日立シリーズに記述されている内容は、我々民間の企業人にとって珍しいこ
とではない。

 百も承知しています。
 私が問題にしているのは、日立の「クレーム」対応能力が柔軟性を欠いている
ために、日立が自損行為を行ってしまった点です。
 これはあくまでも公人的視点からの問題視です。

>太田さんの主張は他人から見て、公憤か私憤かの区別をつけるには材料が少な
すぎる。

 靖国参拝が公人か私人か、と似たような話であり、区別などつけられないので
は?ただ、私が今では一介の私人であるにもかかわらず、自分を依然公人だと思
いこみ、行動していることが、日立の誤解を呼んだ、という面はあるように思い
ます。

>・太田さんが政治の世界での活躍を志しているとするならば、口利きの世界を
テーマに取り上げると誤解を受けやすい。

 アドバイス、ありがとうございますが、防衛庁に加えて日立にも嫌われてしま
うようなことをあえてする私が依然、政治を志しているはずはないですよね。
 もっとも、私自身は防衛庁のため、日立のために苦言を呈しているつもりです。

>・口利きという行為は立派なビジネス行為なので、堂々と金銭的な成功報酬契
約を締結すべきだ。

 私も「口利きという行為は立派なビジネス行為」だと思っており、「堂々と金
銭的な成功報酬契約を締結」しようとしたのですが、相手が応じなかったという
ことです。

>・太田さんが正義の主張と信じたテーマ選び、より良い日本を願って意見を繰
り広げるのであれば、読者の反応如何に関係なく信じる所信を表明し続けるべきだ。
>・政治家志向なら他人の目を気にするのは止むを得ないが、太田さんは今回の
テーマに限らずあまりにもエミアブル過ぎる。

 叱咤激励と受け止めさせていただきますが、いかなるフィードバックであれ、
何もないよりは勉強・刺激になるので歓迎です。

>・民間・公的機関に関わらず、契約に基づかない商行為における思惑違いは、
トラブルが発生したとき追及のしようがない。

 果たしてそうでしょうか。ここは他の方のご意見も聞きたいところです。

>・口利きをすることにより、感謝状を貰うなどという発想は唖然とするばかり。

 感謝状というのは、私の公人的発想から出てきたものであり、無償行為という
発想のなかった日立を警戒させ、口利き契約の存在の証明を感謝状の取得によっ
て容易にすることが目的だと誤解させた懼れがあり、反省しています。
 なお、コラムの中で書いているように、感謝状の趣旨は、口利きに対する謝意
ではなく、日立の不手際により迷惑を蒙ったのにこれを咎めないことにしたこと
に対する謝意+日立現業部局の不手際を「上級」部局に情報提供したことに対す
る謝意+日立の不手際を口利き先に開示しないことへの謝意、なのでお間違えな
きよう。

<読者Y>
太田さん

 いつもメルマガ,興味深く拝見させていただいております。勉強になる点が多
く,大変役立っております。

 この問題についての議論が掲示板で活発に行われていない理由はおそらく次の
点にあると思います。

・太田さんの話しを前提とする限り,そもそも,太田さんの「口利き行為」は民
法・商法上も「法律行為」ではなく単なる「事実行為」に過ぎない可能性があ
る。仮に,これが「法律行為」(委任)であるとしても,太田さんが商人(商行
為を業とする者)として活動を行ったものでない限り,太田さんがセクションと
の間で明確に報酬の取り決めをしない限りは,報酬を請求できないのが民法の原
則である。
・セクションとしては,太田さんに「口利き」を依頼したのは,太田さんの防衛
庁における経歴,または,将来の政治家としての影響力に期待していたのではな
いか(太田さんが別の考えで行動したとしても。)。そのような口利き行為が批
判を浴びているのは周知のことである。
・上記のようなことを踏まえると,そもそも,太田さんの議論は,私憤を公憤と
して扱っている嫌いがある(契約の不履行の問題を出発点とするのはよいのです
が,そこから日立全体の問題を導き出すのはいかがなものか。また,このような
問題は一人日立だけの問題なのか)。

 このようなことから,「賢明な」読者は,太田さんの問題提起に乗って日立を
俎上に上げた議論をしたがらない(する必要がない)と判断したのではないで
しょうか。

<太田>
>・太田さんの話しを前提とする限り,そもそも,太田さんの「口利き行為」は
民法・商法上も「法律行為」ではなく単なる「事実行為」に過ぎない可能性があ
る。仮に,これが「法律行為」(委任)であるとしても,太田さんが商人(商行
為を業とする者)として活動を行ったものでない限り,太田さんがセクションと
の間で明確に報酬の取り決めをしない限りは,報酬を請求できないのが民法の原
則である。

 ちょっと待って下さい。
 シリーズを読んでおられるはずなのに不思議なことをおっしゃる。私は、この
「紛争」の過程で一度もカネを請求したことなどありませんよ。人の行動原理は
カネだ、と思いこむのがどうやら企業人の哀しい性(さが)のようですね。そこ
からボタンの掛け違いが始まるわけです。
 次に、私とセクションとの関係が、「法律行為」であったことは、セクション
とのメールログから証明できます。それが販売委託契約的なものであって、報酬
規定はしかじか、というやりとりがなされています。ただし、報酬規定はしかじ
かで間違いありませんね、という私からの最終確認メールに対する返事はありま
せんでした。しかし、Aはa(私のコンサルタントの友人)に「報酬規定を含め、
太田さんの要求は全部飲んだ」と語っています。
 ちなみに、私とセクションとの間に「契約関係」があったことは、日立のIT部
門の総括部局側も認めている、と裏情報から断定できます。
 煩瑣になるので、シリーズ中では省きましたが、日立が大分県知事のアポ取り
をした際に、「太田さんにはコンサルをお願いしています」と私に断りなく先方
に伝えており、面会の席上でもAが知事に向かって同じことを言ったので、私
が、「いや、そんな堅苦しい関係ではありませんが・・」と話を変えた、という
経緯があります。
 私が遮ったのは、契約書が存在しないだけではく、コンサルタント契約だとい
うことは、私が日立から顧問料的なものをもらっているか、口利きだけで報酬を
もらう関係にある、と知事に誤解させるからです。
 ここが、日立のIT部門の総括部局を最も悩ませたところだと推察されます。
 私から、コンサルタント契約の存在を主張されたらどうしよう、そうすると私
に(額未定の)報酬を払わなければならないのでは、というわけです。
 しかし、何度も繰り返しますが、私はこの「紛争」の過程で、まったくカネの
話などしていません。

>・セクションとしては,太田さんに「口利き」を依頼したのは,太田さんの防
衛庁における経歴,または,将来の政治家としての影響力に期待していたのでは
ないか(太田さんが別の考えで行動したとしても。)。そのような口利き行為が
批判を浴びているのは周知のことである。

 老後の小遣い銭稼ぎに保険の代理店になれば、まず友人達のところから回る、
のと同じことですよ。
 違うのは、私がかついだ主力製品のお値段が千万円単位であり、やや値が張っ
たことから、回るべき友人が特定のところに限られた、というだけのことです。
 (私は、「口利き」という言葉は、読者の皆さんにわかりやすいだろうと思っ
て使っただけで、日立との間では、一度も使ったことはありません。この言葉の
イメージからして、使わない方がよかったかもしれませんね。)
 日立が「太田さんに「口利き」を依頼したのは,太田さんの防衛庁における経
歴,または,将来の政治家としての影響力に期待していた」のであれば、日立の
私への対応は最初から最後まで間違っていた、つまりは、日立側にそのような感
覚がなさすぎた、ことに私はあきれはてているのです。(私が防衛庁に勤務して
いたことも、選挙に出たことも事実なのであって、私にはどうすることもできま
せん。)

>そもそも,太田さんの議論は,私憤を公憤として扱っている嫌いがある(契約
の不履行の問題を出発点とするのはよいのですが,そこから日立全体の問題を導
き出すのはいかがなものか。また,このような問題は一人日立だけの問題なのか)

 もう一度シリーズを読んでください。私は「契約の不履行」問題など提起して
いません。
 無償で善意にもとづく忠告を繰り返しただけのことです。
 私がこの話をオープンにしたのは、一つには日立が外部からの情報遮断状況に
あって、日々損失を蒙っていることを日立の心ある社員に訴えるためであり、も
う一つには、恐らく「このような問題は一人日立だけの問題」ではないので、広
く読者等に知らせたかったからです。
 「そこから日立全体の問題を導き出すのはいかがなものか」とおっしゃいます
が、(本来自分で言うべきことではないけれど、)私のユニークな能力は、ささ
いなことから「全体の問題を導き出す」ことができる点です。
 私のアングロサクソン論も軍事論もそして国際情勢分析そのものも、その能力
の産物です。
 この時代、無数の日本人が世界中で働き、世界中で学び、世界中を旅行してい
ますが、ささいなことから「全体の問題を導き出す」能力を持っている人は、ほ
んの一握りです。だからこそ、いつまでたっても世界のことが分からないのです。

<読者X>
読者Zさんの例に倣って思いつくままランダムに記します。

・「時期が悪い」、日立シリーズにおける日立のような存在に対して真に反感を
感じているのは、民間の精神的に自立した市民と自立した中小零細企業の経営者
或いは自営業者、自由人であろうと想像する。 彼等が最も忙しい時、期末試験
直前のような時期である確定申告の時期、そしてその直後に来る年度末の決算
期、このような時期に反応が無いと言われても、或いは何か意見を求められても
全く対応する閑などある筈がない。
反応のない原因についての難しい分析などより、こういう単純な事情に想いが巡
らないと本当の世直しは実現しない。
戦う「時」と「場所」を選ぶべし。

・今回の日立の例に見られるように日本の多くの大企業は「法人」とは呼ばれて
いても遠の昔に「人」としての意志も尊厳も喪失している。
その様な組織体に未だに「法的人間性」を夢見て「約束」だの「信義」だのを求
めている人が居るのを見て唖然とするばかりだ、コメントを求められてもなかな
か言葉が続かない。 因みに私は反企業人ではない、全てとは言わないが、社長
の顔の見えている中小企業の一部には未だ武士道も騎士道もそして商人道も生き
ていると実感している。 そしてそこにはケチできついけれども爽やかな世界が
存在する。

・「> そんな会社はつぶれるしかありませんね。」というくだりが#650の文末に
ありました。 これは事実に目を瞑ろうとする発想です。 現実には「当分日立
は潰れないであろう」という見通しと対峙しなくてはいけません。 何故なら
「日立的行動」は現在の日本社会の澱んだ宿痾に対して最も適合した行動であ
り、日立はこの最も適合した悪しき行動を長年にわたり行って来たから大企業に
成れたのだと理解すべきなのです。
即ち日本の社会が今のままである限り日立は永遠なのです。
しかし恐竜がそうであったように環境が変わればそういう日立も忽ち絶滅します。
例えを変えましょう、伝染病の被害から人類を救う方法は大きく分けて二つあり
ます、病原体そのものを殺傷する抗生物質等を使用すること、もう一つは環境衛
生を改善し病原菌が繁殖しにくい環境を創りだすこと。 私は耐性菌とのイタチ
ゴッコを繰り返す前者の方式よりも環境改善による後者の対応の方を好みます。
 清く正しい社会で今の日立が生き抜いていけるだろうか?それこそ忽ちつぶれ
るしかありませんね。
では、清く正しい社会を作るには…、短期的には司法が機能する、法の支配が実
現する社会を作ること、そしてそれを長期的に実現し、維持し、発展させるのは
教育です。

・「紛争処理手段の不備」については同感です。 日本では社会の正義の最後の
拠り所とならなくてはならない筈の司法が本当には殆んど機能していません。
太田さんの言う、「…日本の民事裁判制度は極めて問題があります。」を通り越
して、多くの判事達は社会の現実に目を瞑り背を向けた非常識集団であるように
しか見えません。
尤も、最高裁事務局の意向に反したら生涯網走地裁に転勤させられる事情を考慮
すれば、判事達も日立の役員達同様に自己にとって最も合理的な行動をとる血の
通った動物として同情出来るのかも知れません。
陪審制は愚かな制度だと思いますが、現行の制度よりは遥かにマシな制度なので
しょう。 少なくともそれよりマシな制度に未だお目に掛かったことはありません。
人々が、支配的立場の圧力や顔役、暴力団等に問題の解決を委ねるよりも、仮に
アンビュランスチェイサーと呼ばれる悪徳弁護士が増えたとしても、人々が法の
支配による社会を選択する方がより合理的であると心から感じられる社会にした
いものです。

<太田>
>戦う「時」と「場所」を選ぶべし。

ギャフン。まいりました。

>その様な組織体に未だに「法的人間性」を夢見て「約束」だの「信義」だのを
求めている人が居るのを見て唖然とするばかりだ

 申し訳ないけど、私の方が唖然としました。
 国際情勢分析をするにあたっては、アルカーイダのような反社会的「NGO」は
もとより、歴とした国家であっても、国益(=主権者の利益のことですから、独
裁国家においては独裁者の利益です)が「約束」や「信義」に優先する、という
認識が大前提になります。
 私がそんなことも分からない甘チャンだと思っておられたとすれば、私の国際
情勢分析を中心とするコラムなど、とっくの昔に読むのをお止めになっているは
ずですが・・。
 私が、頭が狂いそうになったのは、日立が「約束」や「信義」を反故にしたこ
とについては、(シリーズ冒頭で防衛庁でのエピソードを紹介したことからもお
分かりのように、)全く驚かなかったけれど、私に対し、社益(利益の追求・確
保)に反する対応を一貫してとったことです。
 社益の追求は、時代を超越した、営利企業にとっての至上命題であるはずであ
り、この点こそ日立の最大の問題点だと私は考えているのです。
 「そんな会社はつぶれるしかありませんね。」と私が指摘したのは、そういう
意味です。
 今までだってそれではダメなのです。環境が激変しつつある現在、そして将来
においてももちろん。

 最後に一点。
 「法の支配による社会」は私も望むところですが、紛争解決が裁判だけによっ
て行われる社会は、好ましい社会であるとは思いません。
 日本は、太古の昔から、裁判とそれ以外の紛争解決方法が機能的に並存してき
た社会(後者のウェートが大きい社会)だと私は考えています。
 問題なのは、現在、どちらの紛争解決方法も、十分機能していないところです。

<読者X>
> 私が、頭が狂いそうになったのは、……、私に対し、社益…に反する対応を一貫
してとったことです。

上記記述の発端となった
>その様な組織体に未だに…夢見て「約束」だの「信義」だのを……を見て唖然と
するばかりだ。

の記述については、『「約束」だの「信義」だのを』という部分に誤った記述を
したことをお詫びすると同時に、より丁寧な説明が必要であったと反省しています。
私の先の投稿の記述は誤っていました。 私がそこで申し上げたかったことは、
「…。社益の追求は、……、営利企業にとっての至上命題であるはずであり、…」 
という点を太田さんは当然の大前提となさったことに対して、「…そうではな
い」と異論を述べたつもりだったのです。
私の常識では、肥大した日立のような組織では一個の有機体として当然の行動で
ある筈の社益を追求するというような動機が最早失われているということです。
 これが怖いのです。
その例の際たるものが政府です。 国家は国益を最優先するのが当然の筈です
が、各省庁の各セクションが国益を最優先に行動していますか?
日立のような企業体も同様です、各セクションの各人が自分の利益と都合だけで
行動している訳で社益のこと等欠片ほども頭にはない筈です、時々社益に沿った
行動をする様に見えるのは偶々自分の利益と社益が一致する時だけです。
日立(大企業)の社益の追求行動を当然となさった、その認識に唖然としたのです。

チョッと話が脇にずれるのですが…、堤 義明容疑者に率いられたコクドと西武
鉄道は「社益」を求めて真しぐらというこの点に於いて稀に見る秀逸な企業だっ
たと思います。
堤 義明容疑者が如何に邪悪な動機に基づいて意思決定したとしても、彼の一つ
の頭脳によって社益を追い求めて有機的に行動する組織が社会に与える害悪や損
失などは高が知れています。
一方、堤 義明容疑者に比べれば遥かに質素で清貧に甘んじた生活をしていた嘗
ての総裁を頭とする真の責任を誰も取ろうとしない道路公団が行った社会的損
失、資源の浪費はコクド・西武などとは比較にならない程凄まじいです。
西武は図体はでかくても本質的に町の小商店でケチ親爺の頭一つで動いていま
す、一方道路公団は中枢神経を持たない自己の生命維持にもそれ程の熱意を持た
ない、ただ、人的、物的、社会的資源をがぶ飲みしその割に人々をあまり幸せに
しない怪物であるという点で、より日立と共通点があります。
ついでに言うなら、堤容疑者は法律を犯した犯罪者であり厳重に処罰されるべき
人間ですが、彼と彼の会社を管理監督する立場にあり、その権限も持ちながらそ
の権限を行使することなく彼と癒着することにより、より多くの利益を得ていた
人や組織の方にも厳重な処罰が行くようにしたいものです。


> 「法の支配による社会」は私も望むところですが、紛争解決が裁判だけによっ
て行われる社会は、好ましい社会であるとは思いません。

以前、私も同様の考え方をしていました、従ってそのおっしゃるところは良く分
かっているつもりです。
が、しかし、そうではない、やはり 「法の支配」だけによる決着を旨とする社
会の方がまだマシだと、段々考えるようになって来たのです。
私は未だその論拠を確立していません、少しだけ言えそうなことは、法の支配以
外による解決は究極で結局強者の理論になるように感じるのです。
何もかも裁判でと言っているのではありません、紛争になった時と限定している
のです、本当の弱者になった時…、紛争になったら「法」以外に頼りになるもの
があるだろうか? 紛争とは即ち相手は弱点を探して攻撃してくる状態なのです
から。
いずれにしても、この問題は私にとっても未解決問題です。
この点について読者の中からご示唆をいただければ幸いです。

<太田>
1 ため息

 日立シリーズを読んだA(大企業に長くお勤めになった経験あり)さんが、
メールでコメントをお寄せになったのですが、彼とのやりとりの一部をご披露さ
せていただきます。

A :何か、お手伝いできることがありましたら、ぜひ、ご協力させていただけ
ればと常々、考えております。

太田:お申し出は大変ありがたいのですが、私にとって今足らないのは人手では
なくお金なのです。しかし、日立の件をご覧になってもお分かりのように、なか
なか、うまくいきません。

A : お金とは・・・・。
確かに貧乏なわたしの及ぶところではないこと、了解いたしました。
 日立の件で、お金が手に入る仕組みがあったやに読めますが、それがうまくい
かなかった、ということでしょうか??

太田:ウーム、まことにコミュニケーションはむつかしい。
 私は、口利きが成功しておれば、口銭が入ったはずだ、という当たり前のこと
を言っただけなのに、私が、日立にクレームをつけてカネをとろうとしたが失敗
したと告白した、と誤解されたようですね。
 私に好意を持っておられる(と勝手に思わせていただきますが)Aさんでも、
そのような誤解が生じるのであれば、日立が私を誤解したのも無理からぬこと
だった、と思うべきでしょうね。

 日立シリーズで書いた私の結論は結論として、一体「見知らぬ」大企業に善意
で近づくにはどうしたらいいのでしょうか。(日立と円満に分かれることは、む
ろん私にとってもメリットはある(もう一度繰り返します。金銭的メリットなど
念頭にありませんよ)けれど、日立にとってのメリットの方が比較にならないほ
ど大きいのですから、私は善意であったと言っていいでしょう。)
 いやそもそも、「見知らぬ」個人に善意で近づくことすら、現在の日本ではや
らない方がいいのでしょうか。

2 読者Xさんへ

>日立(大企業)の社益の追求行動を当然となさった、その認識に唖然としたの
です。

 これは重要な問題提起です。
 どうしても私は合理的に理解しようとしてしまうのですが、社(部門)の中枢
が個々の部門(部局)へのコントロールを放棄してしまっていることは、個々の
社員やその社員が属する部局が「約束」だの「信義」をふみにじって悪徳商売を
することを黙認・奨励する一方で、社(部門)の中枢が責任追及を免れるための
意図的行為なのでしょうか。
 日本はすさまじいところですね。
 フィールドワーカーとしての私の血潮がたぎりつつあります。

 もう一つの合理的説明は、私が前から主張しているように、政府(官僚機構
の)の堕落が官公需依存大企業を堕落させている、ということです。
 つまり、日本は吉田ドクトリンの下、米国の保護国であり続けている。(対北
朝鮮制裁を米国に止められている現状を見よ。)保護国である以上、「国益(=
独立国の利益)」観念は存在しない。
 国益観念がない以上、省益(更には部局益、役人の個人益)しか存在しない。
官邸による各省庁、各省庁による各部局のコントロールも存在しない。
 官公需依存大企業の社益放棄・コントロール放棄の体制は、このような政府
(官僚機構)の姿をそっくり写し取っているだけだ。
 というわけです。
 だけど、国に国益はなくても、企業に社益はあるはずだし、その社益を追求す
る手段(各部局をコントロールする手段)も、企業の方が国よりも豊富に持ち合
わせていることを考えると、この説でもまだ完全には腑に落ちませんね。

<読者V>
>企業に社益はあるはずだし、その社益を追求する手段(各部局をコントロール
する手段)も、企業の方が国よりも豊富に持ち合わせている

とばかりもいえないと思います。
 強大な力を持ち、大組織になるほど組織が硬直化し、その成員が外部環境(社
会正義も含みます)に疎くなり、内部論理優先の集団無責任体質になるのは、官
庁に限らず、戦前戦後に限らず、日立に限らず、普遍の病かと思われます。
 太田先生は、すこし民間企業に幻想を抱いていらっしゃるように思います。

 今回のお怒りの気持ちは理解できますが、結論から申し上げますと、太田先生
など大日立にすれば虫けら同然、本シリーズのクレームなど痛くも痒くもないと
いうのが現実でしょう。
 また、この程度のトラブルであれば「なかったこと」にして踏み潰して前進し
たほうが、結果的にはコストも掛からず合理的だというのが現実ではないでしょ
うか。
 いちいち水鳥がいるからといって、大空母が速度を落としたり進路を変えるこ
となどないのです。
 今回の日立の対応は、たしかに腑に落ちない点はあるものの、経済的にも社会
的にも、社会正義に照らしても全く不合理であるとまではいえない、ましてや潰
れるほどの判断ミスがあるとは到底思えない、それどころか、なかなかうまく片
付けたなという感覚を持つ人もいるかもしれません。
 それは利益追求の営利企業であるからこそ、社会的正義を黙殺するほうが、
(短期的にも長期的にも)合理的な場合があることに起因しています。

 さて、今回のこの件について投稿が少ない理由は、むしろ多くの方が「意外」
の念を抱かなかったことにあるかと思われます。
 大企業対個人、大企業対中小企業などにおいては、ある程度の人生経験のある
方ならば、もっと悲惨な事例も直接に体験もしくは見聞することは少なくないと
思われます(私自身も、勤めていた会社の下請企業の社長が会社の門前で焼身自
殺したことがあります。しかし、社員として私個人ではどうしようもないわけで
す)。そういう矛盾の中で、それでも(それが正義に反するとクレームさえ出来
ずに)市井の人々は懸命に生活しているわけです。

 私憤もそれが個人の体験を離れ、純粋化され、国民に共有されるならばそれは
公憤となるといえるでしょう。
 そういった意味では、私自身も太田先生の怒りを公憤として共有できる基盤は
あるでしょうし、多くの人がそうだといえると思います。
 ただ、今回のシリーズにおいてはまだ十分に熟していないように思えます。
 まだ個人の固有の体験を引きずっていて、日本の大企業対個人、大企業対中小
企業の構図が私的体験を離れて、客観的に構造的に分析されていない。
 このメールマガジンの購読者の期待しているところは、今回のシリーズの調子
として感じられる「実名告発」ではないように思います。
 むしろ太田先生の世界情勢への無辺の造詣から、現代日本社会の(強さも弱さ
も)解明と真の国益の明晰な分析がなされることが期待されているのではないで
しょうか。

 いずれにせよ、本件については、一旦〆て次に進まれるのが得策かと思います。
 一部失礼な表現があったかと思いますが、お許しください。また横からのコメ
ントになり申し訳ありません。

 それでは、今後のご健筆を期待しております。

<太田>
>今回のこの件について投稿が少ない理由は、むしろ多くの方が「意外」の念を
抱かなかったことにあるかと思われます。

 日立の背信行為については、私は怒ったけれど、「意外」の念など全く抱きま
せんでした。私が「意外」だったのは、日立が自損行為(自損事故)的対応を
とった点です。念のため。

>それが正義に反するとクレームさえ出来ずに市井の人々は懸命に生活している
わけです

 私は日立にクレームなどつけていないのですから、関係のない話を持ち出され
ても苦笑するだけです。
 いずれにせよ、弱者が強者に契約書を交わしてもらえない、という実態は変え
なければなりません。それだけで、「市井の人々」の相当多くは助かるはずです。

>今回のお怒りの気持ちは理解できます

 最終的には、怒りではありません。日立の不合理な対応に頭がおかしくなりそ
うになった、ということです。

>太田先生など大日立にすれば虫けら同然、本シリーズのクレームなど痛くも痒
くもないというのが現実でしょう。また、この程度のトラブルであれば「なかっ
たこと」にして踏み潰して前進したほうが、結果的にはコストも掛からず合理的
だというのが現実ではないでしょうか。いちいち水鳥がいるからといって、大空
母が速度を落としたり進路を変えることなどないのです。

 問題はここです。仲介者C(大会社に長年の勤務暦あり)は、私の話を聞いた
時点で、恐らく投稿子と同様の発想からでしょう、結末がゼロ回答だと予想して
いました。私は、日立がそんな自損行為をしでかすはずがないと思っていました。
 ところが、Cにとってまず「意外」だったのは、日立が私からの「クレーム」
を受けて(私が描写したような形で)二ヶ月間かけて徹底的な検討作業を行った
ことです。大変な「コスト」が「掛か」ったはずであり、Cも、これなら前向き
の回答があると思い始めていたようです。私自身は、何たる無駄作業をやってい
るのか、とあきれていましたが・・。
 ところが、その挙げ句のピンボケ・ゼロ回答だったのですから、Cも私も二人
とも「意外」に思った次第です。
 私は、このような日立の対応は、どんな立場に立っても、「意外」であるはず
だと思うのですが、投稿子は「意外」に思っておられないようなので、私はまた
もや「頭がおかしく」なりそうです。

>「企業に社益はあるはずだし、その社益を追求する手段(各部局をコントロー
ルする手段)も、企業の方が国よりも豊富に持ち合わせている」、とばかりもい
えないと思います。

 (「その社益を追求するための各部局をコントロールする手段」と正確に書く
べきでしたが、)カギ括弧内の私の指摘は公理です。この公理に背く企業はつぶ
れるはずです。つぶれないとすれば、その企業に経済外的理由で延命措置が施さ
れているのであり、そんな延命措置は絶つか、延命措置を施している政府ともど
もつぶさなければなりません。

><日立側に>潰れるほどの判断ミスがあるとは到底思えない

 この程度の簡単なケースで自損事故を招来してしまう判断ミスを犯す企業は、
必ず潰れると私は思いますよ。
 繰り返しますが、潰れないとすれば、延命措置が施されているのです。

>まだ個人の固有の体験を引きずっていて、日本の大企業対個人、大企業対中小
企業の構図が私的体験を離れて、客観的に構造的に分析されていない。

 私のコラム#651に引きずられたのでしょうが、日立シリーズのメインテーマは
そんなところにはありません。
 何度も繰り返しますが、大企業がなぜ自損行為(自損事故)をしでかしたの
か、です。

>太田先生の世界情勢への無辺の造詣から、現代日本社会の(強さも弱さも)解
明と真の国益の明晰な分析がなされることが期待されている

 激励していただき、ありがとうございます。
 ただし、私自身は、日立問題の徹底的解明なくしてそれは不可能だと思ってい
ます。
 私の「統計的分析」によれば、日立の背信行為を咎めず、日立の最終的対応を
意外とも思わない方は大企業にお勤めの方(や恐らく下請け企業の経営者)に多
く、背信行為に怒り、かつ最終的対応を意外と思う方は独立している中小企業の
経営者に多いのです。
 そして、私の中間的総括は次のとおりです。
 前者の方々は、厳しい言い方をすれば、乗っている船が氷河にぶつかって沈み
つつあることに気づいていない、あわれな方々だ、ということです。

>利益追求の営利企業であるからこそ、社会的正義を黙殺するほうが、(短期的
にも長期的にも)合理的な場合がある

 全く同感ですが、私がシリーズの中で言ったことと同じ話を繰り返さないで下
さい。
 私は、日立が社会的正義を黙殺しても驚かないが、利益追求(損失の回避)を
しなかったことに驚いているのです。
 より正確に言えば、損失を受忍するか回避するか、といった検討を恐らく行わ
ないまま、裁判で勝てるかどうかの検討に血道をあげたことに驚いているのです。
 私に、何ら金銭的要求をする気も裁判に訴える気もなかったにもかかわらず・・。

 私の方こそ、率直に申し上げすぎたかもしれませんが、私の名前に免じてお許
しいただきたいと存じます。

<読者X>
太田述正 様

> >日立(大企業)の社益の追求行動を当然となさった、その認識に唖然とした
のです。

> これは重要な問題提起です。
> どうしても私は合理的に理解しようとしてしまうのですが、社(部門)の中枢
が個々の部門(部局)へのコントロールを放棄してしまっていることは、個々の
社員やその社員が属する部局が「約束」だの「信義」をふみにじって悪徳商売を
することを黙認・奨励する一方で、社(部門)の中枢が責任追及を免れるための
意図的行為なのでしょうか。

 お答えします。
 その通りです。 少なくとも私はそう認識しています。
 ・・・・中枢が責任追及を免れるために、コントロールを放棄することにより
免罪符を入手し痛痒感を感じずに悪徳商売をすることを黙認・奨励出来るよう
に、意図的にそうしているのです。
 これは企業統治の理想など欠片ほどにも持たない殆んどの取締役や監査役にご
く日常的に見られる行動です。
 勿論これは社益に反する行為で、民間企業の場合にはこんな事はあり得ないは
ずだ、というのが太田さんの腑に落ちない点ですね。
 本当の自立した民間企業の場合は全くその通りです。

 しかし、官公需依存大企業はそうではありません、その実態は「個人株主の集
合」が所有する会社なのではなく「公官庁」が所有する会社であり、同時に「公
官庁」の子会社なのですから。
 だから社益など考えなくても存続可能で、太田さんが期待するようには そう
簡単にはつぶれません。
 正しく統治されていれば決して発生しなかった筈の莫大な無駄なコストは、こ
ういう会社の場合、税金で補填されるのではなく、国力の低下即ち円の価値の低
下というかたちで発露し、これは市民生活の質の低下というかたちで補填されます。
 税金の様に直接的ではないので多くの国民はそれに気がつかず、その分余計に
始末が悪いのです。
 諸外国に比べて国民がこんなに勤勉に働いているのに一向に人々の生活が豊か
にならない根源の一つはこれです。

 マクロ経済に不慣れな方のために表現を変えましょう。
 「社益」動機を持たない会社の行動は当然の如く利益を生まないばかりか資源
の無駄使いをしますから、それは国力の低下を招きます。
 また人一倍忙しく働かなくてはなりませんが家庭は少しも豊かになりません、
豊かな家庭を作るために生産された筈だったものが、或いは家庭を豊かにする筈
だった資源が、「仕事のための仕事」に浪費されてしまうからです。
 このように、いうなれば家庭で幸せに消費される筈だった財の流用補填によっ
てこれ等の会社は生き長らえることが出来ますからそう簡単につぶれることはあ
りません。

 自由経済の妙は、個個人の利己的な行動が個人の意図とは関係なく集団の繁栄
につながる仕組み所謂「神の見えざる手の導き」にあった訳ですが、公官庁経済
の悲劇は、個個人の合理的で利己的な行動が個人の意図とは関係なく集団の貧困
につながって行く、いわば「悪魔の見えざる手の導き」によって貧困のスパイラ
ルに陥って行くことです。
 只、スパイラルと言っても無限地獄へのスパイラルではなく、市民の生活水準
の低下という実質的には家計の犠牲による補填によって下支え補正されてしまい
ますから、決して 豊かにはなれないが破綻もしないという不幸な安定状態に落
ち着くことになります。
さしずめ、これが戦後50年間の繁栄すれども個人生活は豊かにならない日本の状
態なのでしょう。

 太田さんのおっしゃる「もう一つの合理的説明は、私が前から主張しているよ
うに、…」から始まる、一連の論理展開については全面的に同意します。  補
足するならば、政府のレベルは国民レベルに収斂しますから結局行き着く先は教
育ということになるのでしょうか。

最後になりましたが
> …その社益を追求する手段(各部局をコントロールする手段)も、企業の方が
国よりも豊富に持ち合わせていることを考えると…
については、官公需依存大企業が「株主」の会社ではなく「公官庁」の会社であ
り「公官庁」の子会社でもあること故にまずつぶれる恐れがないことを考慮すれ
ば、社益など考えなくても済む行動があり得、且つそれが担当役員にとってそれ
なりに合理的な行動であることについて、腑に落ちて頂けましたでしょうか?
 ミクロには皆それなりに合理的に行動しているのですよ、日立の役員も、ニッ
ポン放送の役員も!

太田述正ブログは移転しました 。
www.ohtan.net
www.ohtan.net/blog/

太田述正コラム#651(2005.3.6)
<議論の呼びかけ>

1 始めに

 このところ、大変活発化していたHP(http://www.ohtan.net)の掲示板への投
稿が、日立のシリーズを書き出してから殆ど止まってしまったのは不思議です。
むろん、日立シリーズに関する投稿は一件もありません。
 そこで、どうしてか考えてみました。そして、私自身が論点を提起することに
しました。
 まず、なぜ投稿がないのか、です。

2 なぜ投稿がないのか

 (1)他人の紛争には近づかない
 しかし、投稿は匿名でできるし、私自身、自分と日立のどっちが正しいかを投
稿して欲しいなどとは毛頭思っていませんよ。それに私と日立の問題は、「紛
争」ならぬ、ボタンの掛け違いに終わった悲喜劇、だと思いませんか。

 (2)話が身近すぎ、生々しすぎてコメントしにくい
 読者のほとんどの方が企業にお勤めか企業と係わるお仕事をされているでしょ
うから、お気持ちは分かりますが、国際情勢とか、教育問題についてはコメント
できるが、自分自身に直接かつ切実に係わる問題についてはコメントしたくな
い、というのであれば、今までのコメントはゲーム感覚でやってきただけだ、と
いうことになりやしませんか。
 そうだとしても、別にそのことを咎めはしませんが、いささかさびしいですね。

 (3)国際情勢のコラムだと思っていた
 コラムで国際情勢を取り上げることが多いことは事実ですが、何も私は好きこ
のんで、無償で、読者の皆さんの知的暇つぶしや、読者の皆さんの外国に係わる
お仕事の情勢把握面や情勢予測面でのお手伝いをやってきたわけではありません。
 皆さんに、日本のあり方を見つめ、どうすべきかを考えていただきたいという
のが私のコラム執筆の目的です。国際情勢を取り上げることが多くなったという
のは、結果的にそうなったというだけのことです。
 いずれにせよ、私からすると、国際情勢には関心があるが、国内のことには関
心がない、という方の思考回路が理解できません。

 (4)不得意な国内問題など取り上げるな
 私の生い立ちや勤務歴からして、私自身、国際情勢の方が国内問題よりも明る
いことは否定しませんが、私よりももっと日本を知らない外国人が日本について
行った批評が結構正鵠を射ていることがあることを考えれば、私にも十分発言権
はあると自分では思っています。
 私が思い上がっているかどうかは、読者の皆さんのご判断にまかせます。

 (5)国内問題なら別のフォーラムがいくらでもある
 まあ、そんな堅苦しいことをおっしゃらなくてもよろしいではありませんか。

 次に、日立シリーズから、私ならいかなる論点を提起するか、まとめてみました。
 それ以外にも沢山ありそうですが・・。

3 日立シリーズにおける論点いかん?

 (1)大企業の弱者いじめ
 私の場合は個人で口利きをやったわけですが、企業の場合でも、中小企業が大
企業と取引したり、大企業の下請けになったりするケースで、商慣行と称して契
約書をつくらないことがいまだに横行している、と聞きます。
 下記((2))を考慮すると、これは極めて問題ではないでしょうか。

 (2)紛争処理手段の不備
 日本の民事裁判制度は極めて問題があります。(刑事裁判にも問題があるが、
立ち入りません。)
 精密司法といって、ことこまかに係争事案に係る経緯や原告被告それぞれの人
柄(社格)を見極めようとし過ぎ、時間がかかり、紛争をこじれさせてしまう傾
向があります。これでは結果の予測もつきません。その挙げ句、裁判官は和解勧
告をして裁判を中途で投げ出してしまう(?)ことが頻発します。
 つまり、裁判はできるだけ避けた方がよい、ということです。
 ところが、裁判以外の紛争処理手段が、日本の社会の変化とともに急速に失わ
れつつあります。今回、私が試みた紛争処理手段も十分機能しませんでした。
 だから、フィクサーや暴力団(、そして政治屋)がますます横行しています。

 (3)官公需
 官公需調達に係るルールが依然透明性を欠いています。
 いまでも、公共事業では官主導の談合が続けられており、企業の規模いかんに
かかわらず、OBの受け入れにしのぎを競っています。企業側の自主的談合もなお
盛んです。当然調達価格は水増しされます。
 このようなメカニズムは、官公需に係わる企業の側に品質と価格をめぐる自助
努力を怠らせがちであり、法令遵守の精神も萎えさせます。本来の意味での営業
能力が向上するはずもありません。
 日立は官公需依存型大企業の典型ですが、私への対応を見る限り、重篤の官公
需依存症候群にかかっている感は否めません。

 (4)吉田ドクトリン
 結局、この根源的な問題に戻ってきてしまうのですが、吉田ドクトリンの下、
日本の官僚機構が志を失い、戦略的視点を放擲して漂流している(官僚の生活互
助会化している)ことが、公立学校の学童化をもたらし、更に(官僚機構の一環
である)裁判所の機能障害をもたらし、あるいは官公需依存大企業を始めとする
日本の企業を腐食させてきている、という面があるのではないでしょうか。
 こんな志のない社会で、地域等で紛争解決にあたる世話役(無私の人格者であ
ることが望ましい)が払底するのは当然ではないでしょうか。

太田述正ブログは移転しました 。
www.ohtan.net
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太田述正コラム#651(2005.3.6)
<議論の呼びかけ>

1 始めに

 このところ、大変活発化していたHP(http://www.ohtan.net)の掲示板への投
稿が、日立のシリーズを書き出してから殆ど止まってしまったのは不思議です。
むろん、日立シリーズに関する投稿は一件もありません。
 そこで、どうしてか考えてみました。そして、私自身が論点を提起することに
しました。
 まず、なぜ投稿がないのか、です。

2 なぜ投稿がないのか

 (1)他人の紛争には近づかない
 しかし、投稿は匿名でできるし、私自身、自分と日立のどっちが正しいかを投
稿して欲しいなどとは毛頭思っていませんよ。それに私と日立の問題は、「紛
争」ならぬ、ボタンの掛け違いに終わった悲喜劇、だと思いませんか。

 (2)話が身近すぎ、生々しすぎてコメントしにくい
 読者のほとんどの方が企業にお勤めか企業と係わるお仕事をされているでしょ
うから、お気持ちは分かりますが、国際情勢とか、教育問題についてはコメント
できるが、自分自身に直接かつ切実に係わる問題についてはコメントしたくな
い、というのであれば、今までのコメントはゲーム感覚でやってきただけだ、と
いうことになりやしませんか。
 そうだとしても、別にそのことを咎めはしませんが、いささかさびしいですね。

 (3)国際情勢のコラムだと思っていた
 コラムで国際情勢を取り上げることが多いことは事実ですが、何も私は好きこ
のんで、無償で、読者の皆さんの知的暇つぶしや、読者の皆さんの外国に係わる
お仕事の情勢把握面や情勢予測面でのお手伝いをやってきたわけではありません。
 皆さんに、日本のあり方を見つめ、どうすべきかを考えていただきたいという
のが私のコラム執筆の目的です。国際情勢を取り上げることが多くなったという
のは、結果的にそうなったというだけのことです。
 いずれにせよ、私からすると、国際情勢には関心があるが、国内のことには関
心がない、という方の思考回路が理解できません。

 (4)不得意な国内問題など取り上げるな
 私の生い立ちや勤務歴からして、私自身、国際情勢の方が国内問題よりも明る
いことは否定しませんが、私よりももっと日本を知らない外国人が日本について
行った批評が結構正鵠を射ていることがあることを考えれば、私にも十分発言権
はあると自分では思っています。
 私が思い上がっているかどうかは、読者の皆さんのご判断にまかせます。

 (5)国内問題なら別のフォーラムがいくらでもある
 まあ、そんな堅苦しいことをおっしゃらなくてもよろしいではありませんか。

 次に、日立シリーズから、私ならいかなる論点を提起するか、まとめてみました。
 それ以外にも沢山ありそうですが・・。

3 日立シリーズにおける論点いかん?

 (1)大企業の弱者いじめ
 私の場合は個人で口利きをやったわけですが、企業の場合でも、中小企業が大
企業と取引したり、大企業の下請けになったりするケースで、商慣行と称して契
約書をつくらないことがいまだに横行している、と聞きます。
 下記((2))を考慮すると、これは極めて問題ではないでしょうか。

 (2)紛争処理手段の不備
 日本の民事裁判制度は極めて問題があります。(刑事裁判にも問題があるが、
立ち入りません。)
 精密司法といって、ことこまかに係争事案に係る経緯や原告被告それぞれの人
柄(社格)を見極めようとし過ぎ、時間がかかり、紛争をこじれさせてしまう傾
向があります。これでは結果の予測もつきません。その挙げ句、裁判官は和解勧
告をして裁判を中途で投げ出してしまう(?)ことが頻発します。
 つまり、裁判はできるだけ避けた方がよい、ということです。
 ところが、裁判以外の紛争処理手段が、日本の社会の変化とともに急速に失わ
れつつあります。今回、私が試みた紛争処理手段も十分機能しませんでした。
 だから、フィクサーや暴力団(、そして政治屋)がますます横行しています。

 (3)官公需
 官公需調達に係るルールが依然透明性を欠いています。
 いまでも、公共事業では官主導の談合が続けられており、企業の規模いかんに
かかわらず、OBの受け入れにしのぎを競っています。企業側の自主的談合もなお
盛んです。当然調達価格は水増しされます。
 このようなメカニズムは、官公需に係わる企業の側に品質と価格をめぐる自助
努力を怠らせがちであり、法令遵守の精神も萎えさせます。本来の意味での営業
能力が向上するはずもありません。
 日立は官公需依存型大企業の典型ですが、私への対応を見る限り、重篤の官公
需依存症候群にかかっている感は否めません。

 (4)吉田ドクトリン
 結局、この根源的な問題に戻ってきてしまうのですが、吉田ドクトリンの下、
日本の官僚機構が志を失い、戦略的視点を放擲して漂流している(官僚の生活互
助会化している)ことが、公立学校の学童化をもたらし、更に(官僚機構の一環
である)裁判所の機能障害をもたらし、あるいは官公需依存大企業を始めとする
日本の企業を腐食させてきている、という面があるのではないでしょうか。
 こんな志のない社会で、地域等で紛争解決にあたる世話役(無私の人格者であ
ることが望ましい)が払底するのは当然ではないでしょうか。

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太田述正コラム#650(2005.3.6)
<日立製作所(その5)>

 (2)日立IT部門の総括部局
  ア 始めに
 好意をもって共同ダメッジ・コントロール(damage control)を申し入れよう
とした私の手を払いのけたままじっとしていて「事故」にあってしまった、とい
う日立の悲喜劇は、一体どうして起こったのでしょうか。

  イ 孤立する日立
 まずもって、日立の孤立を指摘しなければなりません。
 私はそれほど積極的に人脈作りを行ってきたわけではありませんが、日本の大
方の大会社であれば、その会社全体に影響力を持つ役員や社員と友人である、あ
るいは少なくともこれら役員や社員の友人の友人ではある、と言えると思います。
 ところが、日立については、そのような役員ないし社員の人の「持ち合わせ」
(失礼!)が私にはありませんでした。
 同じ話を、他の人からもよく耳にします。
 つまり、この人は一角の人物だ、と思って友人になると、いつの間にかその日
立の友人は、子会社に移ったり、日立を退職したりしていなくなってしまう、と
いうのです。
 日立の人事はおかしい、というわけです。
 こういう次第で今回、友人ベースで日立側と話ができなかったことが、ボタン
の掛け違いをもたらした原因の第一です。

  ウ セクショナリズム
 原因の第二は、セクショナリズムです。
 日立は分権化が徹底していて、全社的総括部門がITを含む各部門をほとんどコ
ントロールしていない、という声を聞きます。
 そうだとすると、オール日立の営業をやっている大分や青森の日立の現地事務
所のことなど、IT部門の総括部局が眼中にないのは当たり前だ、ということにな
ります。
 分権化と言えば、IT部門の総括部局もまた、IT部門の現業部局をほとんどコン
トロールしていない印象を私は受けます。
 前にも述べましたが、セクションが製品販売に乗り出した以上、その状況を把
握し、営業の専門家を誰かセクションに配置すべきだったのに、それをしなかっ
たことが、セクションの私への対応を誤らせたのです。
 それだけではありません。
 総括部局は、自分が現業部局のために存在しているという認識が希薄であり、
現業部局の売り上げのことより、目先のクレーム対策に関心を奪われているよう
な印象を受けます。

  エ クレーム対策マニュアル
 そのクレーム対策が、マニュアルに縛られ融通性に欠ける、というのが原因の
第三です。
 マニュアルの内容は、他社の実務や今回の私への対応等から判断して、次のよ
うなものだと考えられます。
 クレームがあった時は、そのクレームに対する方針が確立するまでは、できる
だけクレーム元の本人には会わない。Aが私に会おうとしなかったことがその現
れです。
 IT部門の総括部局も、私の代理人(仲介者)たるCには会っても、ついに私に
直接会い、事情聴取することなく、否定的回答の結論を出し、C経由で私に伝達
してきたわけです。
 肯定的回答の結論を出した場合は、恐らく私に会ってあの手この手で懐柔に努
めたことでしょう。
 否定的とか肯定的のメルクマールは何か。
 クレーム元が裁判に訴えた時に日立が負けそうなのか勝ちそうなのか、です。
 私の場合は、私が金銭的要求をすることを目論んでいる、という前提で、セク
ションと私との間に契約が成立していたか(yes)、その契約は終了しているか
(yes?疑問の余地があれば、終了させればよい)、私の口利きで成約に至った
ものはあるか(none)、損害賠償しなければならないことはあるか(まあな
い)、契約は販売委託契約かコンサルタント契約か(微妙だが販売委託契約と言
える)、といった検討を行い、私がコンサルタント契約かさもなくば販売委託契
約だったとして金銭請求をしてきても、裁判で勝てる、という結論を出したに違
いありません。
 この検討の過程では、Aを始めとして社内関係者全員からの事情聴取、関係文
書やメールログ等の徹底的チェックが行われたことでしょう。むろん、全社的法
務部局との協議も何度も行われたに相違ありません。
 Aが米国出張から戻ってすぐIT部門の総括部局に私の「クレーム」を取り次い
でいたとすればそれから二ヶ月、私の仲介者Cがこの部局に私の話を取り次いで
からは一ヶ月半も検討の時間がかかったのはそのためでしょう。
 最終結論に至るまで二転三転しましたね。
 まことにご苦労様でした。
 しかし、何とまあ無駄な作業をされたことでしょうか。
 私は金銭的要求をするつもりも裁判に訴えるつもりも全くなかったどころか、
好意で皆さんに話をしようとしただけなのですから・・。
 ですから、そんな作業にのめり込む前に、私に直接会って、私の話を聞き、私
の人となりを自分の目で確かめればよかったのです。
 会うべきかどうかを判断するための材料を集められるほど社外人脈を抱えてい
ない?
 また、会ったところで、人となりを見抜くだけの眼力を備えた社員が日立には
いない?
 そんな会社はつぶれるしかありませんね。

 日立の皆さん、会社の状況は深刻ですよ。一刻も早く目を覚まして下さい!

(完)

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太田述正コラム#649(2005.3.5)
<日立製作所(その4)>

 友人から連絡があり、フェア(上記)で当初の予定通り、私が口利きをしてい
た主力製品が出品されたというのだ。
 ただし、出品元はセクションではなく、日立の子会社であったこと、また、セ
クションの職員もその場にやってきていたこと、も教えてくれた。
 話が違う。セクションは業務を縮小したというが、取り扱い製品を日立本社か
ら日立子会社に移しただけで、オール日立としては同じではないか。(どうせ売
れそうもないだろうから)私の商権が侵害されたとまでは言うつもりはないが、
私に何の断りもなく、なぜそんなことができるのか。
 私が既に手を引かされていることを知らないまま、約束通り私のために尽力し
てくれていたこの友人に、私は謝罪した。
 調べてみてもう一つぶったまげた。
 元セクション責任者のAが首になるどころか、しかるべきポストに異動にな
り、米国出張中だというではないか。
 これでは、口利き先に対し、「社内ベンチャーたるセクションを立ち上げた責
任者が首になったためにセクションの業務が大幅に縮小されることになり、これ
に伴い日立と私との関係も終了したが、日立は私に大変感謝している。お世話に
なりました」という気の利いた説明ができなくなる(注9)。

 (注9)Aの名誉のために付言するが、私がその後得た情報によれば、少なくと
も彼自身は、一時本当に首になると思っていたようだ。

 ということは、私は日立の悪口を言わざるをえないということだ。
 それは、そんな日立の口利きを行った私のアホさかげんが明らかになることで
もある。
 しかし、日立ははるかに大きな打撃を受けるはずだ。日立の大分の事務所の責
任者の顔等が浮かんだ。
 そこで、セクション経由で米国出張中のAに私のメールを転送してもらった。
 メールの内容は、年内に私に会って、事実関係のすりあわせを行い、日立IT部
門のしかるべき人に私との経緯を説明した上で、(レベルを上げて)担当取締役
以上から感謝状(注10)を私に発出してもらって欲しい、というものであり、こ
れは日立のためでもある、と付け加えておいた。

 (注10)今回の感謝状の趣旨は、セクションの感謝状の趣旨(コラム#648)と
同じ趣旨+法令遵守・情報公開により配意した方がよいとアドバイスしたことへ
の謝意+口利き先等が日立に悪感情を抱かないように配慮したことへの謝意、
だ。もとより、「担当取締役以上からの感謝状」というのは最大限要求であり、
私は担当取締役からの口頭の謝意の表明くらいで手を打つつもりだった。

 しかし、今度も返事はなかった。
 年が明けてすぐ、私はある公益団体幹部で知人であるCを仲介者として、同様
の要求を日立IT部門の総括部局にぶつけてもらった。その際、私が日立と円満に
別れたと周囲に説明できるようなストーリー(ウソの話しでよい)をつくってく
れるように、併せて頼んだ。
 先週末、C経由で返事が来た。全面拒否回答だった。
<以上、経緯終わり>

 さて、ここまで読んで来られた読者はお分かりだと思いますが、この「紛争」
の過程で、私は、何も求めていない状態からスタートして、セクションからの感
謝状が欲しい、いや取締役以上からの感謝状だ、と要求を「エスカレート」させ
てきたところ、この過程で私が失ったものは殆どありません。好意が何度も無に
されて頭には来ましたが・・。しかし、最終的に日立は大きな打撃を受ける結果
を自ら選択しました。ぎりぎりのところで合理的な判断ができる日立(のIT部
門)、という私の認識(コラム#647)は間違っていたのです。
 一体、日立はどうしてそんなばかげた選択をしたのでしょうか。
 私の分析をご披露しましょう。

4 日立の愚行の解明

 (1)セクション責任者A
 Aが営業経験に乏しく法令遵守感覚がなかったという私の見立ては誤っていな
かったと思います。問題は、それにもかかわらず、彼が誰にも相談せずに、(私
があるに違いないと考えているところの)裏マニュアル通りの対応を私に対して
行った点です。
 恐らくそのマニュアルには、口利きを頼むときには、極力契約書はつくらず、
たとえつくったとしても、できるだけ一般条項を用いて具体的な契約条件は明示
するな、と書いてあったはずです。
 また、契約条件等についてやりとりする際には、記録の残るメールの使用はひ
かえ、口頭でやりとりすることとし、その際もできるだけ言質を与えないように
せよ、とも書いてあったはずです。
 どうしても契約条件等に関し、メールをやりとりしたり、言質を与えたりする
必要がある時は、権限のない者を使って後でしらを切れるようにせよ、とも。
 なぜこのようなAの対応に問題があったのでしょうか?
 私が将来とも日立との関係に依存せざるをえない人間、つまりは日立から見て
の弱者(泣き寝入りせねばならない者)ではなかったことです。
 そもそも、私が契約書をつくることを何度も要求した、という点だけとって
も、少なくとも私が自分を弱者ではない、と考えていたことは見て取れたはずな
のに・・。(契約書をつくらないならやーめた、と私が言わなかったことをもっ
て、弱者だと誤解したのでしょうね。)
 私とは、契約書をかわすべきだったのです。
 対等の相手である以上、契約書があることは日立を守ることにもなるからです。
 契約書があれば、例えば、契約終了条項も入っているはずで、その条項に従っ
て、私と協議しなければならず、協議さえしておれば、淡々と後腐れなく私との
契約関係を終了させることができたはずです。
 契約書を交わさず、従って契約条件も確定していなかったことでもう一つ日立
が後々困ることになったのは、一体私との契約が、口利き先と商談がまとまった
時だけ口銭を払うという条件(販売委託契約)なのか、それとも口利きそのもの
にも謝礼を払うという条件(コンサルタント契約)なのか、不明確だったことで
す(注11)。

 (注11)私自身は、当然のように前者の認識でいた。後者を潔しとせず、と
いったところだ。今から思えば、いささか潔すぎ、これも相手をして私を弱者と
誤解させることにつながった、と反省している。

(続く)

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太田述正コラム#648(2005.3.4)
<日立製作所(その3)>

 販売委託契約が締結されなかった結果、私の口利きで商談がまとまった場合に
私が受け取る口銭の算定方法や私が口利きをする商品の範囲も曖昧なままとなった。
 私は不満だったけれど、販売委託契約は成立したという理解の下、口利きを始
めた。
 なぜか。
 相手は天下の日立だということで安心感があった上に、私は口利きをする場
合、アポとりをセクションにやらせた上で、口利き先と面会する際も必ずA等、
セクションの職員を同道するつもりだったので、いざとなったら口利き先は、私
が日立と何らかの契約関係にあると思っていたと証言してくれるだろうし、仮に
日立が背信行為を行うようなことがあれば、私の口利き先等(注7)が心証を害
し、結局日立が損をすることになる、と考えたからだ。

 (注7)「等」について:私は内局にこそ煙たがられているが、制服の間では
シンパが少なくない。他方、日立も防衛産業であり、とりわけIT部門は防衛庁と
深い関わりがある(コラム#647)。

 しかも、私はセクションが技術系職員ばかりで構成されており、営業の専門家
が一人もいないことに同情していた。セクションが法令遵守(compliance)面で
疎かなのは、そのためだ、と自分に言い聞かせていた。
 さて、私は三村青森県知事・広瀬大分県知事を始めとする地方公共団体首長等
数名に口利きを行った(注8)。このほか、私の友人数名に販売協力を要請した。

 (注8)日立は大分県庁との関係が疎遠であり、何かきっかけが欲しかった日
立の大分県事務所は、Aを同道した私の県庁訪問を大歓迎してくれた。この事務
所の責任者も、知事の執務室に一緒に入った。

 しかし、全く売れなかった。
 その最大の原因は、われわれがかついだ主力製品に大きな弱点があったからだ。
 しかし、その弱点はセクションが作成した、この製品の説明資料には掲載され
ていなかったし、私も聞かされていなかった。口利き先がなぜこの製品を買って
くれなかったのかについても、セクションから私にきちんとした報告はなかっ
た。この主力製品は米国のベンチャー企業の新製品だったが、不審に思った私が
自分でこの会社のサイトを調べて、この弱点を発見した。
 セクションが法令遵守面で遺漏があるだけでなく、情報開示面でも不十分であ
ることに私はあきれた。この弱点が是正されない限り、この主力製品は売れない
だろうと思い、私は当分口利きは見合わせることにした。
 2004年9月初旬、人を介して、セクションから、Aが上司と衝突した結果、9
月末でセクションの責任者からはずされ早晩日立を退職させられること、セク
ションは業務を大幅に縮小し、私が口利きを実施してきた一連の製品は取り扱わ
ないことになったこと、これに伴い、私との関係を終了したいこと、を連絡して
きた。
 そこで、私はメールでA宛てに、
ア 私が口利きをした先々とセクションとの間で今後商談が成立した場合、私と
の関係はどうなるのか。((注8)参照。)
イ 私の友人に、彼の主宰しているフェアへのセクションの主力製品(上記)の
出品を依頼し、内諾を得ているが、どうするのか。
ウ セクション(日立)から私に感謝状を発出してほしい。
という三点をぶつけ、AまたはAの後任から私への返事を求めた。
 これは、セクションと私との間の契約が依然有効であるとの前提の下で、契約
終了の条件を提示したものだ。
 感謝状の趣旨は、契約書もなく、契約内容も確定していない状況下、しかも情
報開示も不十分であったにもかかわらず、私は、結果的に無償で、セクション
(日立)に貢献したのだから、きちんと謝意を表して欲しい、ということだ。
 これに対して直接の返事はなかったが、またもや人を介して、イはなくなっ
た、と連絡があった。
 これで実害はなくなったと思い、私は馘首されることになったAをこれ以上追
及するのはしのびないので、ネゴを中止した。
 ところが、である。12月に入ったばかりの頃、私はイスから飛び上がらんばか
りに驚いた。

(続く)

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太田述正コラム#647(2005.3.3)
<日立製作所(その2)>

 仙台勤務になって、半年以上経過し、新職務に慣れ、仙台局がかかえていた一
連の懸案事項も片づいたこともあって、私は、庁OA問題にケリをつけるべく、不
本意ながら、ある政治家に事情を説明して介入してもらうことを決意した。しか
し、人を介してご本人に面会を申し込んだところ、相手が大物で超多忙であった
ために、なかなか返事が来ない。
 その間、念のために本庁(防衛庁)に電話を入れて、グループウェアがどう
なったかを確認してみた。
 すると、驚くべきことに、日立が内局に対し、グループマックスからノーツへ
の切り替えを要請してきたため、内局もその要請に従わざるをえなくなり、全機
関がノーツを採用するに至り、結果として全庁のグループウェアは統一されたと
いう。(正確に言えば、一つの幕はノーツではなく、ノーツ・ドミノを採用した
のだが、この二つの製品はどちらもIBMの、(これも正確に言えば、IBMが買収し
たばかりの米ロータス社の)しかも相互互換性のある製品なので、全く問題はな
かった。)

 以上が事実関係です。
 その時の私の解釈は、日立としては、防衛庁のグループウェアの不統一が将来
不祥事としてマスコミや国会で取り上げられ、そのとばっちりが日立に及ぶのを
避けるために、(グループウェアに係る営業収入こそ計算上少し減るけれども、
庁OAに係るハード・ソフト全般にわたってのシステムの内局等への納入業者とし
ての地位は確保済みなので、総営業収入に殆ど差は生じないとの前提で)このよ
うな行動をとった違いない、というものでした。
 私は、30年弱の防衛庁勤務において、企業に直接関わる仕事をしたことは余り
ないのですが、このグループウェア問題等を通じ、日本の歴とした大企業であっ
ても、商道徳に反することや場合によっては違法なことも厭わず利益追求を図ろ
うとする場合がある(注5)が、利益を確保しなければならないという歯止めが
かかるので、極端に非合理的な行動はとらない、という認識を持つに至っていま
した。

 (注5)緊急事態が発生したことに伴い、日本の著名な某重機メーカーと、急
遽同社保有の巨大可動機器を借り受ける交渉をすることになったところ、私が政
治加算して心づもりしていた金額の三倍もの巨費をふっかけられて腰を抜かした
ことがある。しかも、要求額の積算内訳は、(個々の経費に水増しがあることは
当然として)ほんの少し原価計算のたしなみがあれば、二重計上が随所にあるこ
とを見破れる杜撰なものだった。こちらを内局のフツーのキャリア並の原価計算
音痴とふんでのことであったろうが、とんだところで、昔受けたMBA教育の痕跡
が役に立ち、ことなきを得た。

 つまり、吉田ドクトリンによって毒され、国益の確保という歯止めを失って堕
ちるところまで堕ちてしまった大部分の中央官庁・・グループマックスに固執し
た防衛庁内局がその典型です・・に比べ、(利益が確保できなくなれば破綻する
だけに、)同じ官僚機構であっても、大企業の方がまだマシだ、と認識するに
至っていた、ということです。

3 日立IT部門との二度目の関わり

 ところが私は、日立IT部門との二度目の関わりを通じ、この部門の、というよ
り恐らく日立という会社そのものの、まことに非合理的な行動に遭遇することに
なるのです。
 ことの経緯は次のとおりです。
 
 (本稿の以下の記述は、日立の特定の個人の批判をしたり、責任を追及したり
することを目的とするものではなく、日立を例にとって日本の大企業の病理の一
端を白日の下に晒すことが目的であるので、日立の登場人物の名前や肩書きは伏
せることとした。他方、日立以外の登場人物については、公人に限って、名前や
肩書きを記した。)

 2003年10月、コンサルタント業をやっている私の友人aから、日立IT部門に新
しい面白いセクション(以下「セクション」という)ができたので、行ってみな
いかと誘われ、東京の中心部のビルにあるセクションを訪問した。
 セクションの責任者Aと顧問Bがわれわれ二人を応接した。後から知ったのだ
が、Bは日立の取引先企業αからの派遣社員だった。
 この四人でセクションの業務についてブレーンストーミングを行った後、Bか
らaと私に対し、コンサルティング(セクションのコンセプト作成)とある製品
販売の口利きをやってくくれないかと依頼があった。結論から言うと、aはコン
サルティングを、私は口利きを引き受けることになった。
 その後、すぐに問題が起こった。
 aは、形式上はα、しかし実質上はセクションとの間でコンサルタント契約を取
り交わした(注6)のに、私との販売委託契約がいつまでたっても締結されない
のだ。

 (注6)日立と取引できる会社は限定されており、新規に日立と取引したい会
社等は、日立と取引できる会社を経由して行わなければならないことになってい
る。こんなシステムにしている理由が、今でもよく分からない。

(続く)

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太田述正コラム#646(2005.3.2)
<日立製作所(その1)>

1 始めに

 私はかつて佐世保重工業(SSK)をとりあげたことがあります(コラム#44、45、
85、86)。
 SSKが地方有力企業の一つだったとすれば、日立製作所(以下、「日立」とい
う)は日本を代表する大企業の一つです。
 これだけの大企業になると、(グループ企業も入れればなおさら)その全体を
取り上げるのは私の力に余ります。そこで、たまたま二度にわたって私自身が濃
密な関わりを持った日立のIT部門に焦点をしぼってとりあげることにしました。
 SSKに関するシリーズは、「SSKが転落の一途をたどり、会社ぐるみの公金横領
事件が露見して天下に醜態をさら」(コラム#86)した後で発表したものであ
り、SSKを厳しく批判した内容であったにもかかわらず、何のお咎めもありませ
んでした。
 しかし、今回のシリーズは、まだ会社ぐるみの刑事事件を起こしたわけではな
く、破綻したわけでもない日立という会社(の一部門)(注1)を厳しく批判す
るものであり、相当のリスクが伴います。

 (注1)もっとも、日立のIT部門は、1982年にIBM産業スパイ事件を引き起こし
ている。(その背景については、http://web.kyoto-inet.or.jp/people/s-oga/jcomhist/ron-b.htmを参照。)

 しかし、私が負うリスクよりも、私の文章によって、心ある日立社員や同じよ
うな問題を抱える日本の大企業の心ある社員が多少なりとも覚醒し、その結果会
社ぐるみの刑事事件や会社の破綻が少しでも回避されるならば、そのメリットの
方がはるかに大きい、と判断しました。大企業は国の公器だからです。
 皆さんからの掲示板(http://9120.teacup.com/ohtan/bbs)へ
の投稿とメールをお待ちしています。(本シリーズに関して届いたメールについ
ては、ここ数回、コラム末尾に添付してきたメール公開ルールは凍結することと
し、いかなる形でも公開いたしません。)

2 日立IT部門との最初の関わり

 私と日立IT部門との最初の濃密な関わりについては、拙著「防衛庁再生宣言」
(日本評論社2001年)の中で取り上げています。
 しかし、本の中では、会社名や製品名を隠していたので、この際、オープンに
した上で、ごく簡単にこの最初の関わりを振り返ることにしましょう。(詳しく
は、拙著21〜30頁参照(注2)。)

 (注2)拙著中の「伏せ字」解題・・A:ロータス・ノーツ(IBM製グループウェ
ア)、A’:ノーツ・ドミノ(IBM製グループウェア)、B:グループマックス(日
立製グループウェア)、a:IBM、b:日立。

 20世紀が終わろうとしていた頃、防衛庁では遅ればせながら、六本木から市ヶ
谷への庁舎の移転時期に合わせ、内局・統幕・陸海空幕等の各機関を網羅した行
政系のコンピューター・ネットワーク・システム(庁OA)を構築しようとしていた。
 しかし、OSとアプリケーションソフトについては、統一されたものの、グルー
プウェア(庁OAを通じて共同作業をするためのソフト)は、各機関が自由に選択
できることと決定された。
 そこに、私が担当官房審議官として着任し、この決定を覆し、グループマック
スより費用対効果上優れているロータス・ノーツ(以下、「ノーツ」という)で
統一しようとしたところ、お膝元の内局等から激しい反対を受けた。
 実は、内局は既にグループマックスを選択した上で、内局限りの庁OAを試行的
に立ち上げており、今更ノーツに代えたくない、というわけだ。
 内局がグループマックスを選択した背景は次のようなものだった。
 ロータス・ノーツは、(日立を含め)色々な会社が販売しているので競争があ
るが、グループマックスは日立だけが販売しているので、日立はグループマック
スを採用させれば受注を独占できた。ところが、陸海空のうちの一つの幕は、兵
站系システムでノーツをかねてから採用しており、このシステムとの整合性の観
点からグループマックスを自分の幕で採用することには絶対反対だった。そこで
日立は、庁OA試行に向けてグループウェアを選定中であった内局のIT担当部局
が、IT音痴に近かった(?!)ことを奇貨として、言葉巧みに内局にグループマッ
クスを採用させようと図った(注3)。内局がグループマックスを採用すれば、
統幕も施設庁も同じグループウェアを自動的に採用することになっていたし、他
の機関もグループマックスを採用する可能性があった。

 (注3)内局側が悪いことは重々承知しつつも、私は自分の部屋に、日立のIT
担当者達に来てもらい、「困ったことをしてくれましたね」とクレームをつけた
ものだ。

 内局のIT担当部局には、ノーツ以外は見向きもしない上記幕から派遣された自
衛官が勤務しており、この自衛官は、IT担当部局内の殆ど唯一のIT通であり、彼
もまた、熱心にグループマックスの採用を主張したため、結局内局はグループ
マックスを採用した。この自衛官は、出身母体の幕の意向を忖度して、あえて内
局にグループマックスを採用させ、内局と自分の出身幕との間のネットワークを
介した情報交換を困難にしようとしたフシがある(注4)。

 (注4)哀しいことだが、防衛庁における背広組と制服組の反目にはすさまじ
いものがある。

 さて、最も権限のある内局の猛反対にあって、私の主張が通らないまま、一年
後、私は東北地方を所管する施設局長として仙台に赴任した。
 ところが、事態はその後、意外な展開をみせる。

(続く)

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太田述正コラム#0086(2002.12.18)
<佐世保重工業(その4)>

9月11日には私は佐世保に赴いて、光武佐世保市長以下に浮きドックオプションを説明し、後刻、姫野SSK副社長とも話をしました。(これが私の姫野氏との二回目、かつ最後の出会いです。)
その後、浮きドックを提供したIHI等の間で一山も二山もあったのですが、最終的には、浮きドックが佐世保に回航され、ベローウッドの修理がつつがなく終了することになります。
総経費は約20億円。この(中古)浮きドックが買えるほどの金額です。(米軍が支出したベローウッドの修理費そのものはこの中には含まれていません。)

最後に、本件の総括をしましょう。
最初に外務省です。
9月17日付の長崎新聞は「佐世保でも揺らぐ外務省の信用」という記事の中で、ベローウッドの修理問題に関連して外務省の評判が芳しくないとし、社民党佐世保市議団の幹部の「彼らは米側の言い分を繰り返すだけ。日本の利益を主張する姿勢は見えなかった。日米安保を守るというより、安保を借りて米国を守っている感じ」及び長谷川SSK社長の「あんな妙な連中に外交という大事をやらせていいのか。おれは国を憂えるよ。」という発言を紹介しました。
この記事を読んで、当時私もわが意を得たりと膝を叩いたことでした。
外務省は、門外漢で部外者の有力政治家の言うがまま、権限も能力もない件に頭を突っ込んだばかりか、当事者双方の言い分を突き合わせるという最低限の作業を怠り、米側受け売りの話をそのまま無批判に用いて政治決着をせまり、SSKから本音で話す意欲と機会を奪いました。
もし、浮きドックオプションが土壇場で急浮上せず、ベローウッドの修理が横須賀等に回航されて行われる事態に陥っていたとすれば、当時沖縄問題を背景に悪化していた米軍と日本政府の関係は決定的に険悪化していたでしょうし、SSKは政府のキャンペーンによって一人悪者にされ、SSKもこれに反発してSSKと米海軍ないし海上自衛隊の関係も切れていたに違いありません。それどころか、佐世保でも沖縄のような反基地闘争に火がついていたかもしれません。
それにしても、9日の日米会議の際の田中審議官の、「SSKの人と会ったのは、私にとって今までで最も不愉快な経験だった」という発言はいただけません。あの時の姫野氏の受け答えは基本的に正論であり、誠実なものでした。自分の主張が通らなかったからといって、公の場で第三者を誹謗するとは、外交官の風上にも置けません。それに冗談半分だとしても、あれが「最も不愉快な経験」とは、田中氏・・戦後外務省が、と言い換えてもよろしい・・が国益を背負ったぎりぎりの外交などやったことがなかった証拠でしょう。
(ただし、浮きドックオプションが急浮上してからの外務省の施設庁への協力振りは誠意あるものであったことを外務省の名誉のため付言しておきます。)

防衛庁の責任も重大です。第3ドックは、もともと国が米軍に提供していたものを、SSKが払い下げを受けたという経緯があります。払い下げを受ける際にSSKが提示した、米軍が必要な時は無償でドックを提供するという破格の条件を、当時の政府はそのまま受け入れたわけですが、こんな公序良俗に反するような政府側に有利な条件を改めることによって、米側から要求があったときにSSKがドックをより提供しやすくしようとしないまま何十年も放置してきた防衛庁は、怠慢のそしりを免れません
また防衛庁は、1995年末に今回の問題が浮上しても、官は私の商業交渉には立ち入れないという建前論に藉口して、協定問題という公の問題が真のイッシューであったにもかかわらず、交渉状況のモニターや協定問題の法的検討を行おうとしませんでした。
しかも防衛庁は、いよいよ問題に火がついたとき、対応を権限と能力のない外務省に丸投げして自らの責任を回避しようとしたばかりか、外務省とともに(防衛庁長官の指示も無視して)罪を一方的にSSKになすりつけようとしました。せっかく浮きドックの話が急浮上した際にも、施設庁長官はこれを抑えようとさえしました。
(しかし、いったん方針が決まってからの防衛庁の対応は、施設庁を中心として内局や海幕の協力の下、おおむね適切な対応ができたと言えるでしょう。)

SSKはSSKで、まことに拙劣な対応をしたと言わざるを得ません。
まず、早い段階で本件を政治問題化し、本来無関係な政治家を巻き込んだり、(本稿では触れませんでしたが)労働組合をあおったりしたことは、SSKが状況に応じ、対応を機敏に変えることを困難にしてしまいました。しかも、その過程で大げさなプロパガンダを行った(注)ため、米海軍のSSKへの心証を決定的に損ねてしまいました。

(注)SSKは第3ドックを使われると360億円もの損害が生じると主張しました。しかし、SSKのドックはいくつもあって稼働率も低く、仮に半年以上にわたって第3ドックを提供させられたとしても、97年3月期決算見込み売上高が650億円しかないSSK(日本経済新聞1996年9月6日付朝刊)としては、荒唐無稽な数字だったと言わざるを得ません。

SSKの最大の誤算は、外務省の「主役」としての予期せぬ登場と、その陰に隠れた施設庁の冷たい対応でしょう。これは政治家を使って商売をしてきたSSKの上手から水が漏れたというところでしょうか。
SSKが、自社でベローウッドの修理を引き受けた上で条件闘争を行い、施設庁が浮きドックオプションのために費やした約20億円の相当部分を第3ドック使用料及び得べかりし利益等の補償費名目で受け取っておれば、恐らく赤字になるようなことはなかったことでしょう。しかも、米海軍や海上自衛隊の覚えも大変めでたいものになっていたことでしょう。
SSKは短期、長期のビジネスチャンスを、いずれも自らドブに棄ててしまったことになります。その後SSKが転落の一途をたどり、会社ぐるみの公金横領事件が露見して天下に醜態をさらすまで、五年しかかからなかったことには哀れみの念を禁じ得ません。

他方、棚ぼた式に大儲けしたのがIHIであり、大損をしたのが納税者たる国民と言う次第です。

(完)

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太田述正コラム#0085(2002.12.17)
<佐世保重工業(その3)>

(その1、その2を書いたのは、随分前(7月2日と8日)なので忘れてしまった方や、まだ読んでいない方も多いと思います。ご関心ある方は、私のホームページのコラム欄(http://www.ohtan.net/column/index.html)にアクセスし、その1(コラム#44)、その2(コラム#45)をお読み下さい。なお、SSKは佐世保重工業のことですし、田中均北米局審議官とは、2002年にアジア大洋州局長として、瀋陽事件のハンドリングミスをとがめられて処分を受け、その後、日朝首脳会談を実現させたかと思ったら、拉致問題では被害者家族への冷たい対応でミソをつけ、にもかかわらず12月20付で外務審議官に昇格したあの田中均氏です。)

 ところで、今まで防衛庁長官の話が全然出てきませんでしたが、長官は全く蚊帳の外だったのでしょうか。
 決してそんなことはありません。情報は当時の臼井防衛庁長官にきちんと入れていました。臼井長官は9月2日に我々の経過報告・・本件は本来、外務省ではなくて防衛庁(施設庁)の所管だという説明は入っていません・・を聞き、SSKに批判的な外務・防衛両省庁の論調をたしなめた上で、??ドック使用協定については、このような時勢であるので、もっと民主的なものにしなければならない。??米軍とSSKのどちらの言い分に理があるのかはっきりさせて欲しい。??その上で、わが方の対処方針を作成すべきだ、という三点を指示しています。
 この指示は、村上議員のアバウトな「指示」に比べれば具体的であり、担当者の私としてもうなずけるものがありました。しかし、外務省及び防衛庁は、村上議員の「指示」に基づき、ベローウッド修理問題の政治的決着に向けて動き始めており、臼井長官の指示は殆ど無視されることになります。(「殆ど」というのは、少なくとも私はこの長官の指示を実行しようと努力したからです。)いくら臼井長官に法的に権限があっても、無権限だが政治家としてははるかに格上の村上議員の方を見つめている部下の官僚達を自分の方に振り向かせることはできなかったのです。

翌9月3日、外務省で田中均北米局審議官以下と私が出席して姫野副社長との会談が行われました。
やりとりのさわりの部分は次の通りです。なお、<>内は、私のコメントです。

田中:落しどころを探りたい。
<事務的な論点のつめもしていないのに、政治的決着が図れるはずがないのでは?>
姫野:私にそんな権限はない。社長は妥協点はないと言っている。
<この木で鼻をくくったような答えは、しゃしゃり出てきた外務省に対する怒りの表明か>
田中:何が最大の問題なのか。
<外務省は、何が最大の問題なのかすら分かっていないまま、政治的決着を図ろうとした!>
姫野:・・米軍艦艇の本格的修理は今まで手がけたことがないが、かつて手がけた修理で赤字が出たこともある。
<SSK側のホンネがにじみ出ている。この点こそ、防衛庁とSSKとの間で第三者を交えず、静かに、深く掘り下げて話し合われるべきだった>
田中:米軍は、ドック使用期間はできるだけ短縮し、場合によっては6週間程度にすると言っているし、協定を見直す用意もあるという。しかも、今回第3ドックを使ったら、後8年間は使うことはないとも言っている。
<そんな話は聞いていない!>
姫野:ドック使用期間は、最低三ヶ月は必用だと見込んでいる。八年間は使わないとか二度と使わないと言われても、(そして、協定を見直すと言われても)到底信じられない。
<外部省側の米側受け売り発言はでたらめで、SSK側の認識の方が正しかったことが、後日判明した>
・・とにかく、あの狭い佐世保に米海軍、海上自衛隊、SSKの3者が重畳的にせめぎあっているという状況を何とかしない限り本当の解決にはならない。最低限、3者のすみわけを図るべきだ。<このくだりは、佐世保の状況を放置してきた外務省・防衛庁に対する痛烈かつ正鵠を射た批判>
田中:では、ベローウッドの修理はどうしたら良いのか。
姫野:・・ドック外でできる修理の一部を佐世保でやって、ドック内修理等残りを横須賀でやるほかあるまい。(母港である佐世保在住の)家族と離れるのが問題だと言うが、家族持ちは乗組員中180何名だけだ。
<一私企業にすぎないSSKにそこまでの認識を求めるのは無理な話だが、そんなことになっていたなら、第一に、ベローウッドが、すなわち米海軍が日本に前方展開している(=家族を日本に居住させている)意味がなくなる。直接的な責任を問われて、ハスキンス在日米海軍司令官はクビになっていただろうし、第二に、日本政府が米国との協定を反古にしたということであり、日米安保体制の信頼性は地に堕ちてしまっていただろう。>

この間私は、ベローウッドの修理をしてくれるところがないか、佐世保周辺の造船所に片端からあたってみましたが、ことごとくお断りを食らっていました。
そこに9月5日、飛び込んできたのが、石川島播磨重工(IHI)の横浜の造船所所在の浮きドックを佐世保に回航し、これを使ってベローウッドの修理を行うという方法があるという情報です。私はただちに検討に着手しました。
翌6日には、池田外務大臣と長谷川SSK社長会談が実施され、大臣から、協定は見直す、ドック使用期間は最小限にする、ドック使用料や損失補償も検討する旨SSK側にもちかけられましたが、予想通り会談は決裂しました。
そこで私は、浮きドックオプションの感触をさぐるため、思い切って佐世保にいた姫野氏に電話してみました。氏の感触はよく、港湾管理者である光武佐世保市長に(自分に既に話をしたことは伏せて)電話した方がよいとの氏のアドバイスが得られました。そこで、私の直属の上司である首藤施設庁施設部長に了解をとった上で市長に電話し、前向きの感触を引き出しました。諸冨施設庁長官と村田事務次官には事後了承をとったのですが、諸冨氏の消極的な姿勢が気になりました。
週明けの9日、市長から電話があり、正式に話を聞きたいので、誰か佐世保に寄越してくれとのこと。
話がここまでくれば、浮きドックオプションの既成事実化を図るとともに具体的検討に一刻も早く着手すべきであると考え、海幕経由で米海軍に対し、浮きドックオプションを検討中である旨を伝えるとともに、米海軍にベローウッドの修理スペックの提供を求めました。
午後、外務省飯倉公館で、本件に関する日米会議が行われました。出席者は、米側からは、在日米軍司令部のマレイ参謀長、ハスキンス在日米海軍司令官、デミング米代理大使等、日本側からは、折田北米局長、田中審議官、施設庁長官、私等です。会議に向かう途中、諸冨長官は「浮きドックの話しは、こちらからは決してするなよ」と私に念を押しました。
外務省は、この会議で米側に頭を下げた上でSSKを悪者に仕立てたプレス向けキャンペーンの実施を約束するつもりだったのですが、米側は私の「期待」通り、浮きドックオプションがあるのではないかと言い出しました。これに対し、諸冨長官は慎重な態度をくずさず、とりあえずは横須賀で修理をするという前提で物事を進めて行って欲しいと答えました。米側は、日本は協定を守らないのか、これでは米海軍は日本に前方展開できないと強く反発しました。
最後に、田中審議官が「とにかく、SSKの人と会ったのは、私にとって今までで最も不愉快な経験だった。」と述べ、ハスキンスが「あなたは1時間半<副社長に>会っただけだが、3時間も<社長に>お付き合いした私のことも考えて欲しい。」と応酬し、会議は終わりました。
(続く)

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太田述正コラム#0045(2002.7.8)
<佐世保重工業(その2)>

ここで、本件の「主役」であるベローウッドについて、ジェーン海軍年鑑の説明を転載しておきましょう。

1978年に就役した、強襲揚陸艦「タラワ」級三番艦。海兵隊1個大隊分の兵員、車両、機材を搭載し、これらを搭載ヘリコプターと揚陸艇によって、一気に敵地に投入する能力を持つ。
 満載排水量 39,967 トン
 全長    254.2  メートル
 幅     40.2  メートル
 喫水    7.9   メートル
 主機    蒸気タービン 2基、2軸
 出力    70,000 馬力
 速力    24   ノット
兵装    RAM近接防御艦対空ミサイル21
             連装発射機 2基
       127ミリ単装砲 2基
       20 ミリCIWS 2基
 搭載機   ヘリコプター 26機
        ハリアー   6-8機
 乗員等   乗員 930名
        揚陸部隊 1,703名

先を急ぎすぎたので、時計の針を少し戻します。
96年8月14日、突然海上幕僚監部の防衛部長室の電話が鳴りました。防衛部長の石川将補は不在であったため、在日米海軍司令官ハスキンス少将からのこの電話を受けたのは防衛課長の香田1佐でした。(ちなみに、現在石川氏は海幕長、香田氏は防衛部長へと「垂直異動」されています。よかれあしかれ、これが海上自衛隊の伝統的な人事です。)震える声でハスキンスは、「先ほどSSKの長谷川社長と本官の会談が決裂し、ベローウッドの修理を商業契約でSSKにやらせることが不可能になった。米海軍としては、SSKの反発は覚悟の上で、第3ドックを強制使用し、公開入札方式で修理を実施せざるを得ない。」と訴えました。
私は、おなじ年の7月から、防衛庁の外局の防衛施設庁で提供施設に関する米軍との調整を担当していましたが、海幕にこの電話が入った時から、本件が実質的な決着を見る10月15日までの約2ヶ月間、予期せぬ仕事に翻弄されることになります。
1日半の短い夏休みをとっていた私は、15日の午後に出勤してことの次第を聞かされ、頭を抱えました。
かねてより、ベローウッドの修理契約をめぐる米軍とSSKとの交渉(前年95年の10月開始)が難航していることは明らかであったにもかかわらず、当時の諸富施設庁長官の方針の下、私的な商議に影響を与えてはならないという建前の後ろに隠れ、施設庁は本件をまともにモニターすることすら怠っていたため、我々は何の予備知識も持ち合わせていなかったからです。
我々は必死に本件に取り組み始めましたが、事態の方がどんどん先に進展していきます。
 20日には、前述したように、かねてからSSKの長谷川社長と親交があった参議院自民党のドン、村上正邦議員のご登場です。参議院自民党幹事長室の村上議員、SSKの長谷川社長、姫野副社長のもとに、外務省の原口官房長、折田北米局長及び施設庁の諸富長官等が呼びつけられ、同議員より、「本件は、日米間において政治問題化する恐れがあり、第一義的には外務省の所管だ。」という認識が示されます。
 これは、両省庁の所掌に関するルールの明白な違反でした。本件は、艦船修理用のドックの提供という、在日米軍への施設・区域の提供に係る案件ですが、防衛施設庁発足時の1962年10月26日付の閣議了解によれば、「個々の施設及び区域の提供又は返還に関し、閣議決定に至るまでの米軍側との交渉は施設特別委員会(筆者注:日米合同委員会の一分科会で施設庁長官が日本側議長。後に施設分科委員会と改称)を通じて行うこととし、関係行政機関、都道府県の長、市町村の長、学識経験者等に対する照会その他の国内関係事務は一切防衛施設庁の責任において行う」こととされているからです。
 このルールの合理性は明白です。国内に活動基盤を持たず、地方支分部局もない外務省が、およそ施設・区域の提供に係る「国内関係事務」を適切に行えるわけがないからです。(外務省お得意の米軍側との交渉さえ、「施設特別委員会を通じて」、すなわち、施設庁のイニシアテイブの下で行われなければならないと規定されているほどです。)
 ところが、村上議員の「ご示唆」に忠実に、外務省は、米軍側との交渉を、施設庁との連絡調整抜きで勝手に開始したばかりか、あろうことか、SSKとの直接交渉にまで乗り出します。外務省にしてみれば、持ち前の政治家に対する卑屈さに加え、施設庁の(英語力を含めた)対米折衝能力に対する不信があったのでしょう。(後者の点は私にも分からないではありません。)
 しかし、外務省は佐世保に土地カンがないばかりか、佐世保地区の自衛艦の修理や若干の自衛艦の建造を通じて平素からSSKとお付き合いのある海上自衛隊や内局を抱える防衛本庁とともに防衛庁を構成する施設庁とは違って、SSKという企業もその経営者も知りません。しかも、外務省は自衛艦や米軍艦の修理について、技術的知識が全くありません。そもそも、こういった問題に対処するためのカネも持っていません。要するに、ナイナイ尽くしの外務省には、本件に関する交渉能力が完全に欠如しており、SSKとの直接交渉がうまくいくわけがありませんでした。
 だから、私は、村上議員の「ご示唆」について、諸富長官から話は聞いてはいたものの、施設庁が中心となって本件に当たるほかないと考えていました。
 そして、まず米側の話を聞く手はずを整えました。
 次にはSSKです。驚いたのはSSKのその時の反応です。本件について説明できる人なら誰でもよいから話を聞かせてほしいと同社に申し入れたところ、長谷川社長自ら28日に私の所に説明にうかがうというのです。正直言っていささかとまどいましたが、すべての経緯に通じているのは社長しかいないというので、お受けすることにしました。
在日米海軍司令部及び在日米軍司令部との会議は26日に私の部屋で行われましたが、私から、第3ドックの強制使用は、法的にも実際的にも不可能であると率直に説明したところ、米側は、「このところ、沖縄に関連し、地位協定に基づいた日米間の取り決めをいくつか締結し、或いは締結しようとしているが、日本政府が履行できなけないような取り決めなら、いくら締結しても何の意味もない。」と激しく反発しました。
その後、米側から、SSKが、交渉の過程でいかに無理難題をふっかけてきたかについてるる説明がありました。
この間、外務省安保課から、SSKを通じて知ったのか、私と長谷川社長の面談に難色を示す意向が伝わってきました。
翌27日に諸富長官に本件の経緯の説明を行ったところ、「本件については外務省にゲタをあずけ、施設庁は外務省への「協力」だけにとどめなさい。長谷川社長との面談についても、そもそも社長と君とでは格違いであるし、外務省も難色を示しているというのであれば、取りやめなさい。」と指示されました。
私は、施設庁として、米側からの事情聴取だけでは片手落ちであるので、ぜひSSKからの聴取もさせてほしいとねばったのですが、認められませんでした。長官は、村上議員の介入をよいことに、所掌に関する閣議了解を無視して外務省に本件をぶんなげ、失敗した場合の全責任を外務省に押しつけようとしているのだな、とその時悟りました
やむなく安保課に対し、「長官の指示もあり、明日の長谷川社長との面談はキャンセルするけれども、外務省の方で、社長と会う気があるなら、SSKに申し入れてみるがどうしますか」と問い合わせたところ、その必要はないと言下に断られてしまいました。
9月3日には、外務省で田中均北米局審議官と姫野副社長との会談が行われ、私も施設庁を代表して陪席を許されました。これが私の姫野氏との第一回目の出会いです。なお、田中均氏とは、先般、瀋陽事件のハンドリングミスをとがめられて処分を受けたあの外務省アジア大洋州局長の田中均氏です。(続く)

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太田述正コラム#0044(2002.7.2)
<佐世保重工業(その1)>

東証一部上場の造船準大手の佐世保重工業(SSK)が社員の教育訓練をしたように装って国の助成金を不正受給した事案で、前社長姫野有文氏を始めとする当時の経営陣ら七人が6月27日に逮捕されました。新聞報道によれば、トップの姫野氏以下、全社一丸となってこの詐欺行為が実行されていたという前代未聞の事案のようです。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20020628/mng_____sya_____010.shtml。2002年6月28日アクセス)

私は姫野氏と二度会っています。忘れもしない、1996年のベローウッド修理事案の時です。
これは、佐世保を母港とする米海軍の揚陸強襲艦ベローウッドの定期修理をSSKが受けるかどうかの契約交渉が難航したため、業をにやした米海軍が、SSKの佐世保の第三ドックを強制的におさえた上で、修理業者を公開入札で募集しようとしたところ、またもやSSKがゴネて、政治問題化した事案です。(第三ドックは戦後SSKに国から払い下げられたのですが、その時の条件が、米海軍が必要なときには無償で使用させるというものでした。米軍はこの伝家の宝刀を一度も抜いたことがありません。)
この事案については、拙著「防衛庁再生宣言」の5??7頁でもとりあげたところですが、その時はSSKや外務省のことは余り書きませんでした。しかし、その後外務省不祥事が次々に明るみに出、とうとうSSKの不祥事まで出てきたわけで、遠慮なく拙著の記述の補足をさせてもらいます。

SSKがらみの二つの事案の背景にあるのは、同社の構造的な赤字体質です。
佐世保には戦前、帝国海軍の鎮守府があり、これをサポートする海軍工廠がありました。敗戦後帝国海軍はなくなり、米海軍が進駐してきます。海軍工廠の施設は逐次払い下げられて行き、その受け皿となったのがSSKでした。海上自衛隊ができると、やがて佐世保には総監部が置かれることになります。佐世保の海上自衛隊と米海軍にとって、艦艇の改修や修理を地元で請け負ってくれるSSKは、貴重な存在であり、現在でもこの点は変わっていません。
ところが、SSKには、大手の三菱重工の造船所が近傍の長崎にあること等から、そもそも海上自衛隊と米海軍以外の顧客があまりいません。しかも、本格的な造船を手がける機会にも恵まれませんでした。これでは技術力が伸びず、だからますます顧客が少なくなる、という次第で、SSKは構造的な赤字体質を抱えてきたのです。
SSKは、この赤字体質を改善する地道な経営努力を怠りつつ、政治家に政治資金を提供し、見返りに顧客の提供等の便宜を図ってもらうという安易な方法で生き残りを策してきました。
そのSSKにベローウッドの修理という災厄が天から降ってきました。
ベローウッドのような空母並の艦艇の修理には高度な技術力が要求されます。SSKにはそんな技術力はない。そうなると、修理のプライム契約を米海軍と結んでも、大部分の工事は自社よりもレートの高い大手造船会社に「下請け」に出さざるを得ない。それでは、米軍が相当甘い積算で契約を結んでくれたとしても赤字になってしまう。だからこそ、SSKはあらゆる難癖を米海軍につきつけ、契約交渉の進展を妨げたのです。
ついにキレた米海軍が第三ドックを強制的におさえようとしたとき、上記のようなホントの話がばれるのは困るし、虎の子の第三ドックがこれが先例になってたびたび強制使用されるようになったらもっと困ることから、SSKの当時の長谷川社長と姫野副社長は、米海軍を悪者にしたてあげ、(かねてより親密な関係にあった)村上正邦議員に泣きつき、善処方を頼んだわけです。(続く)

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