カテゴリ: 消印所沢通信

 このような米国からの強い「見捨てられ」る懸念は、安全保障と内政の分野での韓国の行動にも映し出されていた。例えば、1972年までに朴正熙は、極秘裏に核兵器開発計画を推進することを決定していたし、一方で、1972年10月、「維新体制」の樹立に着手し、朴正熙に対するあらゆる反対勢力を一掃し朴正熙の権力を強化することを目指した。

 (5)危機の高潮

 1972-74年時期の日韓間の政治・軍事関係には、二段階で軋轢が生じている。第1は1972年から73年半ばであり、「韓国条項」、日朝関係、日中国交正常化をめぐるものであった。第2の段階は、ほぼ1973年の半ばから74年にかけての期間であり、この時期、外交危機が相次いで起こった。いずれの段階の危機も、両国関係に生じた深刻な亀裂の根底にあったのは、両国の「見捨てられ」と「巻き込まれ」の懸念の非対称性であった。

 第一の軋轢は韓国条項をめぐって起こる。ニクソンの訪中直後に、佐藤首相は韓国防衛のために在日米軍基地を使用することをもはや「自動的」と想定することはできないと語った。さらに1972年1月の佐藤とニクソンとの首脳会談後の声明において、過去3年間用いられてきた「韓国条項」という用語はまったくふれられなかった。また、日韓定期閣僚会議の議事録と共同声明においても、従来の反共的言辞や日韓間の防衛協力についてはほとんど触れられていなかった。これらの日本の行動の動機が、「巻き込まれ」の懸念であったことは明かであった。日本にしてみれば「韓国条項」に固執することは、日本の安全保障を損ないかねず、この地域におけるデタントの機運にも逆行していた。また「韓国条項」は、北朝鮮、中国、ソ連を敵対視するものであったため、これによって日本は、この3国との関係を拡大する千載一遇の機会を逸することにもなりかねなかった。何よりも「韓国条項」に固執すれば、日本は自らの安全に必ずしも死活的とは言えない紛争に巻き込まれかねなかった。このため、日本は自らの安全にとって緊要なのはもはや韓国の安全ではなく、朝鮮半島全体の安全であるとして1969年の「韓国条項」を解釈しなおした。これに対し、韓国側はむしろ、安全保障環境が急激に変化しているからこそ、日韓間のより緊密な協力が以前にも増して不可欠になっていると主張し、1972年の日米首脳会談の2日前に朴正熙は特使を派遣し、佐藤から「韓国条項」が依然として有効であるという言質を取ろうと迫った。しかしそれは日米共同声明には反映されず、朴正熙は韓国との事前協議なく「韓国条項」を修正したとして佐藤を非難した。

 次に、日中関係の改善も、韓国が日本への不安を募らせることになった。韓国政府では日中接近は「韓国条項」の修正の要因になると考えており、さらに、日中国交正常化が実現すると日朝間の外交、経済関係の進展にも道が開かれることになると懸念していた。日本が対中国接近を試みると、日韓関係の悪化はいっそう顕著になり、関係強化の機会を逃した。たとえば、1972年10月、朴正熙は韓国大統領として戦後初めて日本を訪問し、1週間滞在する予定であったが、突然これをキャンセルした。米国当局者は、朴正熙が日中国交正常化に憤慨し不安を感じたことに中止の最大の要因があったと明言している。

 最後に、この時期の軋轢の最大の原因は、北朝鮮であった。朴正熙が抱く「見捨てられ」の懸念は、日本が北朝鮮と接触したことでさらに深刻になった。韓国は基本的に、日朝関係の進展は日韓関係の犠牲の上にあり、朝鮮半島での反共体制を脆弱化させるというゼロサム状況としてとらえていた。一方、日本は韓国とは対照的に、北朝鮮との実質的な関係を築くための千載一遇の機会が生まれたと考えていた。それは輸出市場という意味で利益が見込めるばかりでなく、日本にとっての安全保障上の脅威を低下させる可能性もあると考えられていた。その結果、日本には、北朝鮮を敵視する韓国に必要以上関与すべきでないという、「巻き込まれ」の懸念が生じることになったのである。

 日韓両国が北朝鮮に対して相容れない戦略をとったために生じた軋轢は、以下の4点をめぐる論争として表面化した。

 第一に、対北朝鮮政策に関して日本が出した声明があった。この時期、韓国が強く抗議していたにも関わらず、日本政府は北朝鮮との外交接触を止めなかった。1971年11月には、筋金入りの反共主義者である福田赳夫が、北朝鮮にはいかなる敵意も抱いていないと述べた上で、北朝鮮当局者の日本訪問を認める方向で検討すると発言した。また、1972年の施政方針演説で佐藤は1965年の日韓基本条約は、北朝鮮との関係改善を排除するものではないと述べた。さらに、田中首相は佐藤を踏襲し、1972年11月の国会で、日本は南北双方と偏りのない接し方ができるような外交政策に近づける必要があると述べた。そして、1973年の国会での政策演説で、中曾根康弘通産相は、北朝鮮との経済・政治・文化交流を拡大する好機が到来したと述べた。

 第二に、日本のさまざまな政治グループの北朝鮮訪問があった。デタント以前、日本政府は日韓関係に不必要な問題を引き起こすとして、通例与野党を問わず政治家間の訪朝を自粛させていた。しかし1972-74年時期、政治家の訪朝回数は増え、1971年の美濃部亮吉東京都知事の訪朝に続いて、1971年11月に246人の議員が日朝友好促進議員連盟(議員連盟)を結成した。これに対して韓国は、この種の交流を続ければ日韓関係を悪化させることになると警告し、議員連盟に加入している多数の議員の韓国入国を拒み、不満を表明した。

第三に、在日朝鮮人への再入国査証をめぐる問題があった。1972-74年時期、日本は韓国の抗議にもかかわらず、人道的理由がある場合にのみ査証を発給するという従来の基準を緩和した。韓国は、日本の再入国査証に関する新しい政策を自国の安全保障を脅かすものと考えた。個人が北朝鮮に出入国する渡航制限が緩和され、その後、その内の大半が韓国に自由に入国できたため、侵入行為を自由に行える経路を北朝鮮に与えることになったと考えられた。この新しい政策は、韓国にとっては、日本が事実上、北朝鮮の体制を政治的に支持することを意味していた。韓国は、これらの日本の行為を1965年の日韓基本条約に違背するものと非難し、さらに韓国は日本に対して何らかの報復をすると警告した。

 第四に、日本のマスメディアの活動があった(『読売新聞』事件)。1972-74年時期、日韓間の軋轢が深まることによって、日本のマスメディアについての論争も過熱していった。日本のメディアが、文化・政治交流の拡大に駆り立てられ、北朝鮮を称賛する記事を書いたため、日本の一般大衆の中には北朝鮮に強い興味を持ち、心酔する者も現れた。日本と北朝鮮は、最終的に両国に常駐の支局を設立することを議論するまでに至った。韓国は主に次の二つの点でこれらの事態に反対した。その第1は、北朝鮮が「平和攻勢」をしかけるため日本のメディアを果敢に利用したことであり、朴政権はこれに極度に狼狽していた。第2には、日本の新聞が北朝鮮に同情的な報道を行い、それとは対照的に朴正熙の「維新体制」について否定的な報道をするようになったことである。このような事態に抗議するため、韓国文化広報部は、『読売新聞』のソウル支局を突如閉鎖した上、同紙の発行を禁じ、特派員全員に国外退去を命じた。

 (6)日韓関係のどん底

 1973年から74年の間の日韓関係は、国交正常化以来、最低のところまで対抗した。軋轢の原因は、両国政府が主権と安全保障をめぐって正面衝突したのをはじめとする一連の政治事件であった。

 1973年8月8日、東京のホテルの一室から、韓国の野党政治家、金大中が誘拐された(「金大中拉致事件」)。事件発生当初、KCIAが拉致を画策し、金大中の政治活動を封じて、朴正熙体制の脅威となる金大中を永久に葬り去ろうとしているのではないかという疑惑が広まった。田中首相は日本の信望を落とさないために、事件の解明をめぐり、憲法で保障された言論の自由と社会秩序を守る姿勢をただちに打ち出した。しかし、朴正熙政権の高官は日本からの捜査支援申し出にほとんど熱意を示さず、金大中本人と証人二人への事情聴取を求める日本からの要請を拒否した。これに対し、田中伊三次法相はKCIAが拉致を画策した公然と非難し、大平外相も日本は「韓国の関与が明らかになった場合には、韓国に対して断固たる態度で臨む」と警告した。このような批難は、非難の応酬を激化させた。このような中、上記の『読売新聞』事件がおこり、それに対して田中は、日韓定期閣僚会議を延期し、そこで供与することになっていた経済借款2億ドルと事件の解決を結び付けた。結局、朴正熙が日本からの経済支援を必要としたため、1973年11月に日韓両国は一時的に歩み寄り、韓国は、金大中が反政府活動を公式に謝罪することを条件に金大中の自宅軟禁を解き、事件に遺憾の意(謝罪ではない)を表明した。

 さらに、1974年、日韓間の軋轢は深まっていった。これには、二つの力学が関係していた。第1に、韓国が反朴正熙を唱える活動家の取り締まりに日本が非協力的なことに不満を募らせ、他方で日本は、韓国が引き続き権威主義体制を正当化するため安全保障上の脅威を誇張しているという批判をしていたことである。第2に、このような論争によって、歴史的な反目が再燃する土壌が整い、敵対的な雰囲気が生じたことである。韓国人は、金大中拉致事件と日本と北朝鮮が急速に接近したことで高まった怨嗟のはけ口を歴史的感情の問題に見出した。例えば、韓国はこの時期一貫して、日本が南北朝鮮への等距離政策をとることで、朝鮮半島の分断を永続させ、韓国人を日本に隷属させようとしていると非難していた。金大中事件について韓国人は、韓国政府が決着に応じたのは日本が経済関係を断つと迫ったためであると考えていたため、日本人の「経済帝国主義」に対し、再び抵抗姿勢を見せ始めた。1974年に、田中首相が国会で、日本の朝鮮統治は特に教育と農業の分野で実際には利益をもたらしたと軽率な発言をしたことで、韓国人の「恨」は爆発した。金大中事件をめぐり依然として憤懣やるかたなかった韓国国会は田中の発言を糾弾し、日本大使館の前では一般市民が7日間におよぶ激しいデモを行った。

 歴史的な反目の再燃に拍車をかけたのは、そのころ起こっていた日本のジャーナリズムをめぐる論争であった。朴正熙は韓国の「準戦争」状態と日本の「平和な環境」の違いを強調し、1974年1月、韓国の安全保障上の至上命題を尊重し、批判的な報道を中止するよう日本人ジャーナリストに警告した。ついに翌2月には、虚偽のプロパガンダをまき散らし、北朝鮮の「代弁者」のようにふるまったとして、文化広報部が『朝日新聞』の流通を禁止したのである。

 1974年4月には、KCIAは朴正熙体制の打倒を図る韓国内の過激派グループと共謀したとして、ソウルに留学していた日本人留学生2名を逮捕し、さらに、1971年の大統領選挙時に選挙法違反を犯していたとの理由をねつ造して、金大中を逮捕した。大平外相と後宮大使は、韓国が事前協議をせずにその行動をとったことに激怒し、事件の扱いも強引であったと非難した。さらに金大中の逮捕は、1973年11月の外交決着に背くものであった。学生の有罪が確定すると、東京の韓国大使館の前で大規模なデモが起こり、抗議の意味も含めて外相は再び後宮大使を召還した。朴正熙もこれへの対抗処置として、田中が日本の新北朝鮮系団体に対して弱腰な態度をとり、日本が共産主義者の中継地点になっているという理由で、駐日韓国大使を召還した。

 このような中、1974年8月15日の解放記念日に朴正熙が演説していると、在日韓国人で大阪在住の男が、演壇に向けてやみくもに発砲しながら国立劇場の通路を駆け寄ってきた。大統領は事なきを得たものの、大統領夫人の陸英修が銃弾を受け、命を落とした。襲撃犯の文世光が、日本の北朝鮮系団体から暗殺計画の手ほどきを受け、報酬を与えられたのは明らかであった。韓国人にとってこれは、北朝鮮の脅威に対して日本が優柔不断な態度をとってきたがために、またしても繰り返された悲劇であった。事件後数週間、日本大使館前や韓国国内各地の領事館の前で激しいデモが続いた。金鐘泌国務総理はテレビ演説において日本が「法的にも倫理的にも責任」を負うよう要求した。さらに外務部長官と駐日韓国大使は、日本の北朝鮮系組織から法的保護を剥奪するよう要求した。さらに韓国国会は、日本が事件の責任を負うことを拒否した場合には、外交関係を断絶するという決議文を送ったのである。しかし、田中政権は韓国の謝罪要求に屈しようとはしなかった。田中政権は、暗殺計画は北朝鮮の支援を受けて朴正熙政権を打倒しようとしたというよりも強権的な「維新体制」に対する怒りの表れと考えていた。

 さらに、相互の感情が高まるなか木村外相が、日本がデタント政策を再確認する文脈で、数々の物議を醸す発言を行い、韓国との関係をさらに悪化させていった。例えば犯行からちょうど2週間後の国会で、木村は北朝鮮からの安全保障上の脅威を日本は感じていないと明言した。さらに翌週の9月5日、木村はこのデタントという新たな時代においては、韓国政府を朝鮮半島の唯一の合法政府と認識していないと述べた。韓国人はこのような発言を、「日本政府高官がいつも口にする嫌がらせの最たるもの」と受け止め、さらに、日本が冷戦期の提携国を見捨て、朝鮮半島に等距離政策をとろうとする明らかな前兆であると理解された。日本の立場からすれば、文世光事件に対する木村の発言と態度は、日本が韓国への「巻き込まれ」の懸念を抱き、その地政学的な脅威認識が変化したことに端を発するものであった。木村によると、デタントによって「社会正義」と多国間外交を基盤にした新たな外交政策を策定する必要が生じていていたという。

 国交正常化以降、最悪の状態にまで関係を悪化させたのは、このような韓国と日本の認識の相違であった。1974年8月30日、韓国外務部は木村の発言に抗議し、その発言は「無責任」であり、1965年の日韓基本条約の精神に反すると非難した。さらに朴正熙は、事件に対する誠意および日本における反韓運動の取り締まりに協力を得られなければ、外交関係断絶と韓国内日本資産の国有化も辞さないという最後通牒を日本につきつけた。また、文世光事件と木村の発言が物議をかもした数週間に、韓国各地の都市で約500回にのぼる激しい反日デモが起こり、そこに参加した韓国人は300万人を超えた。デモの勢いはとどまるところを知らず、ついに9月6日に日本大使館を襲う事態に至った。デモ隊は館内に火を放ち、日本の国旗を引き裂いた。大使館の外では、韓国人学生数人が自殺を図り、25人が抗議の意を込めて、自分の指を切り落とした。

 このように両国の関係が極度に悪化したため、米国務省当局者が、国交断絶の危機に瀕している状況を強く憂慮すると表明するに至った。フォード大統領もその趣旨を朴正熙に伝え、駐韓大使リチャード・スナイダーを東京へ派遣して、日本側当局者と会談させた。このような中、9月19日になってようやく難航した交渉が一応妥結を見せ、日本は暗殺事件に対する「遺憾の意」を表明することを受け入れた。さらに椎名特使が、今後日本は反韓団体を従来より厳しく監視すると口上書を手交した。しかし、この決着は反目をいさめたわけでもなく、対立する両国の意見を一致させたわけではなかった。決着後も韓国は日本の姿勢を非難すること止めなかった。さらに日本は、捜査の結果、その事件と日本での朝鮮総連の非合法活動との明白な関係は発見できないと発表したのである。

 このように、1973-74に生じた日韓間の外交危機の原因は、「見捨てられ」と「巻き込まれ」の懸念の非対称性と、同盟敵対ゲームにおいて日韓双方が相異なる戦略をとっていたことから説明することができる。いずれの論争においても中枢にあったのは、北朝鮮の脅威に対する評価の根本的な相違であり、共通の同盟国である米国から「見捨てられ」る懸念が異なっていたために、それはさらに拡大していった。金大中事件の場合は、主として金大中が日本で自由に反政府活動を行うことによる危険性をめぐって日韓間に認識の相違が生まれ、日本人留学生二人の逮捕の場合には、彼らの過激な活動が朴政権に対して真の脅威になったか否かを中心に認識の相違が生まれた。『読売新聞』支局閉鎖の問題では、北朝鮮に同情的な報道に対する韓国の懸念があり、同様に、木村の発言をめぐる軋轢は、北朝鮮の侵略的企図を日本が無視したことに対して、韓国が不満を抱いたこと端を発していた。さらに、文世光事件の根底には、北朝鮮系団体が日本で画策していた陰謀を日本が軽視していたことに責任があるのではないかという疑念があった。いずれの場合も、敵対ゲームにおける韓国の北朝鮮に対する強硬な冷戦的姿勢が、米軍が撤退することへの懸念によってさらに強まり、それは日本との同盟ゲームにおいても「見捨てられ」の懸念を呼び起こしていた。そのため韓国は、自国が受けている安全保障上の脅威に日本があいまいな姿勢をとっていることに抗議し、日本が北朝鮮の侵略行為の「中継地点」となっていると非難したのである。一方、敵対ゲームにおける日本の同盟ゲームにおいては強い「巻き込まれ」の懸念をもたらした。なぜなら、デタントは米国からの「見捨てられ」の懸念を緩和し、新たな外交関係を築く機会も生んだ上、日本の外部からの脅威認識を軽減し、それは同時に日本が、北朝鮮と関係を築くことを阻もうとする韓国との関係を制限しようと慎重な態度を示すことにつながったからだある。いずれの論争においても、軋轢は実際に起こった事態を直接の原因として生まれたが、日韓両国をさらなる関係悪化に追いやった根底には、両国が同盟ゲームと敵対ゲームの双方で相反する姿勢を示し、相容れない戦略をとったことによる力学が働いているのである。

※経済関係に関する軋轢の記述は割愛した。

4.さいごに

 このように、チャは「疑似同盟理論」の枠組みの中で、ニクソン・ドクトリン、および、デタントの下で見られた日韓の協調と軋轢を見事に説明している。一方で疑問として残るのは、日本のように軍事を放擲し米国の保護国になり下がっている国家において、そもそも外交戦略における意思が存在するのかということである。また、この理論が日米韓以外のさまざまな事例を通して確立されているわけではないという点も、今後の課題かもしれない。

 しかし、日本を米国の保護国としても依然としてこの枠組はなりたつのではないだろうか。つまり、日本は、ニクソン・ドクトリンの時期には、米国からの「見捨てられ」の懸念を持ち、韓国条項をはじめとして様々な米韓の要求をのむ中で、(かつて敵国であった米国が対等の立場と国力にふさわしい安全保障上の貢献を望んだにも関わらず、)米国の保護国であり続けることに徹することで、米国からの「見捨てられ」の懸念を著しく弱めることに成功した。さらにデタント期においては、脅威が減衰したのであるから、米国からの「見捨てられ」を懸念する必要がないというわけで、近視眼的に朝鮮半島や中国における経済的な利益を追及する中で、韓国へ「巻き込まれ」の懸念をもつようになった。そして、日本の北朝鮮をはじめとする共産主義諸国との外交を優先し韓国との安全保障関係を犠牲とする外交姿勢が、米国からの「見捨てられ」の懸念を強く持ちつつ北朝鮮の脅威を強く認識していた韓国と衝突し、日本から「見捨てられた」と感じた韓国は眠っていた歴史的反目を蘇らせたのだ。

 このような見方からすると、戦後の米国の保護国たる日本の住民の『エコノミックアニマル』としてのあり方こそが、1974年におこった韓国における反日感情の復活および爆発の原因であった。そして日本に裏切られることで復活し強くなった反日感情は、コラム(その1)に示したように、韓国の民族主義と結びつきつつ歴史教育などを通してさらに反日感情を増幅させると共に、韓国自身の安全保障に対する姿勢にまで影を落とすようになってしまった、ということではなかろうか。

 それでは、この絶望的な状況を改善する手だてはあるのだろうか?
 チャは著書の「疑似同盟理論」に基づき、結論において次のように述べている。『米軍のプレゼンスによって日韓両国が軽減されている責務の一つに、日韓関係から感情的傾向を取り除く必要性が挙げられる。その意味では、米国のプレゼンスは「無責任という自由」を助長しているといえよう。・・・結局のところ、日韓関係において協力と軋轢のバランスがどちらに傾くかは、この地域への米国の政策に対する両国の認識に大きく依存することになるであろう。米国が唐突に全面的撤退を行うことは、日韓関係に軋轢をもたらす条件を生むことになる。他方、明示的であるが段階的な撤退を行うことは、日韓関係の協力を促進する。突然米国が撤退することになれば、・・・日本と韓国は、耐え難い「囚人のジレンマ」の状況に陥り、本格的な軍備増強を行うことで国際的均衡を維持する、という近視眼的な自力救済的戦略をとるであろう。それよりは、明示的ではあるが段階的な撤退――「段階終極」という考え方――が、日韓間の協力を促進することになる。・・・米国は、、日本と韓国という同盟国が安心し切らない程度に「見捨てられ」の懸念を高めつつ、両国が相互不信を高めたり、自力救済的な行動をとったりしないようバランスを図ることになる。』

 このようなシナリオを現実のものにするためにも、日本人は保護国住民の精神から脱却し、東アジアの安全保障に広く目を向けねばならないと思う。

(完)
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<太田>

 チャの所論のご紹介、まことにありがとうございました。
 ほんの少し手を入れさせていただきました。
 チャの本に直接あたっていないので、不適切な変更を加えた部分があるかもしれませんが、ご容赦下さい。

 日本は、米国が韓国防衛の意思と能力を有している限り、日本に対する軍事的脅威は(核とテロリスト的脅威を除いて)極めて小さいのであって、米国が朝鮮戦争以降、かかる意思と能力を持ち続けていることから、日本が領域防衛目的で軍事力を保持する意味はほとんどない、という状況が続いて今日に至っています。
 以上は、韓国防衛にあたって、日本が米軍の兵站拠点として機能すること、すなわち、日本が法理論上、韓国防衛戦争に「巻き込まれ」ることになっていることが前提です。
 以上が、日本が戦後、米国の属国として安全保障と外交の基本を米国にぶんなげ、自らは諜報機関も持たず、米国向けの見せ金としての小規模かつほとんど何の役にも立たない軍事力(=自衛隊)を維持するという退嬰的な国家戦略を一貫して維持し続けることを可能にしたゆえんです。
 ちなみに韓国は、日本にとっての戦略的緩衝地帯たる「韓国」も「海洋」も有しません。ですから、韓国自身も北朝鮮(及びその同盟国であるところの中共及びソ連/ロシア)の軍事的脅威の下、米国にその防衛を全面的に依存するわけには行かないのであって、自らも軍事力を保持することが不可欠です。
 このことが、更に日本に対する軍事的脅威を低下させているところです。
 すなわち、日本は米国と韓国の軍事力によって二重に守られているのです。

 以上のような米日韓の安全保障構造は、戦後一貫して変わっていないことからすれば、安全保障と日韓関係をストレートに結びつけようとするチャの戦後日韓関係史の記述は、それだけでも説得力に乏しいものにならざるをえないでしょう。
 ただし、戦後日韓関係史を事実の羅列としてではなく叙述しようと試みたチャの努力は評価されるべきでしょう。
 戦前の日本帝国史と戦後の両国それぞれの国内のダイナミズム、日本の戦後における吉田ドクトリンの墨守、そして日韓両国を取り巻く国際環境の変遷等に目配りした、本格的な戦後日韓関係史の出現が待たれるところです。

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太田述正コラム#2777(2008.9.7)
<読者によるコラム:日韓の反目と安全保障(その3)>(2008.10.28公開)

 (これは、読者SMさんによるコラムです。)

1.はじめに

 前回のコラムでは、ビクター・チャが提唱した「疑似同盟理論」を紹介した。これによると日韓間の「見捨てられ」/「巻き込まれ」の懸念に非対称性があるとき軋轢が生じ、この懸念の非対称性の効果を米国からの「見捨てられ」の懸念が打ち消すほど高まるとき日韓間において協調関係が生じるはずである。

 それでは、実際にどのようなプロセスで軋轢ないしは協調が生じたのであろうか?これを明らかにするため、チャの著書「米日韓 反目を超えた提携」の内、協調の生じた「ニクソン・ドクトリン」の時期、また、軋轢の生じた時代として「デタント」の時期を、特に安全保障に関連する記述を中心に紹介したい。また、この間、日本側の政策がいわゆる「吉田ドクトリン」の元で進められていたことをみるために、日本側の記述を特に詳細に紹介した。

※以下、コラム筆者による抜粋、一部文形などの変更有。

2.「ニクソン・ドクトリン」下での協力(1969-1971、第三章)

 (1)「ニクソン・ドクトリン」下での日韓関係の概要

 ニクソン・ドクトリンにより米国のアジアにおける安全保障上のコミットメントの信頼性について疑念を生んだことが、日韓双方に「見捨てられ」の疑念を生み、これにより両国政府は相互関係を改善することになった。もちろん、この協調関係は、日韓間に新たな親近感が生まれた結果もたらされたものではなく、歴史的反目が消滅した結果もたらされたものでもなかった。それはむしろ、米国との同盟関係に変わる安全保障の手段を欠いていた日本と韓国という弱小国が、強大国米国という共通の庇護者の意思決定によって生じた懸念に対処しようとする、一時的かつ現実政治的な対応であった。

 (2)ニクソン・ドクトリン

 1969年7月ニクソンは、国内における兵力削減の圧力の増加や国際情勢の変化を受け、「米国は引き続き、条約上の責任を果たし、核の脅威にさらされている同盟国を防衛するが、通常兵力による武力衝突については、何らかの安全保障および経済支援を提供するが、同盟国側が国防の第一義的負担を負うことを期待する」という指針(「ニクソン・ドクトリン」)を明らかにした。この指針にそった兵力削減において朝鮮半島は第2の削減地域にあたり、その後の1971年2月6日の米韓両国政府の共同声明は、2万人の米軍兵略の削減とともに、非武装地帯の防衛責任が完全に韓国に移管されることを意味していた。

 (3)韓国の米国からの「見捨てられ」の懸念

 このような状況下で、韓国に「見捨てられ」の懸念が増大する契機になったのは、何度かの北朝鮮による挑発行為であった。例えば、1968年1月21日の北朝鮮の特殊部隊による青瓦台(韓国大統領官邸)襲撃未遂事件は、朴正熙大統領とポーター大使の暗殺を目的としたもので、官邸の1キロメートル手前でかろうじて作戦を阻止できたという深刻なものであった。にもかかわらず米国は米韓どちらによる報復にも反対し、その結果、韓国人は次第に、米国は安全保障上の利益を韓国から切り離し、朝鮮半島での紛争から選択的に撤退しようとしていると考えるようになった。
 さらに、兵力削減に対する韓国の抗議もほとんど支持を得られず、延期要請は米国に却下される。この結果、武力衝突の際の米国による「自動介入」という考え方をもはや当然のものとして受け入れることはできなくなり、「自動介入」を保証するNATO型の条項を追加して相互防衛条約の改定を要求し、その他にも、極秘裏に核兵器開発に着手することを決定していた。

 (4)日本の米国からの「見捨てられ」の懸念

 一方、米国の決定は日本にも懸念を植え付けていた。

 当時、朝鮮半島情勢は不安定化しており、さらに、文化大革命後の中国は、極端な反資本主義的主張を掲げ、核兵器を保有し、日本が台湾防衛のための在日米軍基地の使用を言外に認めるという「台湾条項」を激しく糾弾していた。
 このような情勢の中、ニクソン・ドクトリンをうけ日本は、米国の決意が信頼に足るかどうかを懸念していた。1970年初頭に外務省と防衛庁の高官は政策立案のための月例会を発足させ、米国のアジアからの撤退を中心に議論した。岸信介元首相など政権外部で影響力をもつ日本の指導者たちも、アジアの近隣諸国の指導者たちとの対話に乗り出し、急速に変化する安全保障環境に対応するために政策協調を行う意義について話し合った。

 日本はまた、「ニクソン・ドクトリン」が暗に提起した長期的問題にわずらわされることになった。ニクソンの考えでは、米国が海外のプレゼンスを削減するにしたがい、世界には米国、ソ連、中国、日本、西欧の新たな5大国体制が出現し、5大国間の勢力均衡によって安定がもたらされるはずであった。しかし問題は、ニクソンが同等の極となる5大国の一つに日本を数えた背景には、最終的には日米同盟の見直しを目的としていたとも受け止められる点が示唆されていたことであった。日本は多くの発言を通じて、そのような独自の役割を果たす国力も政治的意思もないと強調することになった。愛知外相が1969年の『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄稿した次の論文は、その代表的な例であった。

 「アジアで平和を維持する責任を米国からそのまま引き継ぐことなど、日本にとっては問題外である。日本は憲法上の制約を抱えている上、両国間の軍事力は現在も将来も大きな開きがあるからである。このような責任を引き受ける準備は日本の一般世論にもできていないだけでなく、それを歓迎する自由国家はアジアにはないと私は考えている。・・・・・合理的に考えて、この地域での大規模な軍事的な冒険に効果的に対抗できる米国の抑止力を引き続き維持することに変わるものは、当分ありえないであろう。」

 米国は在日米軍基地については、1969,1970年に戦後最大規模の削減および再配分計画を実施し、米軍全体を1960年の規模のおよそ半分にした。この計画は兵力削減よりは再編成に近いものであったが、当時の日本の懸念は、唐突で事前協議を欠いた米国の手法に集中していた。

 また、在韓米軍第7歩兵師団の撤退への日本の対応は、韓国のそれと比べれば穏当なものであったが、日本が在韓米軍削減と自国の安全保障を関連付けていたことは明らかであった。佐藤は、削減計画発表直後のウィリアム・P・ロジャーズ国務長官との会談で、彼には似つかわしくない熱心さで米国の決定への懸念を表明した。また、愛知外相は、韓国の外務部長官と米軍の兵力削減に関する臨時の会談の場をもち、両者の共同声明は、それまでの慣例とは異なり、「米軍の極東におけるプレゼンスが、この地域の安定の大きな支柱である」と明言していた。さらに、愛知外相は会談後の記者会見で、米軍撤退に関して韓国に同情を示し、それを将来の米国との交渉に反映させると約束したのである。

 日本が抱いたこれらの懸念は、最終的には日本の安全保障政策に目立ちはしないが大きな変化(少なくとも言葉の上で)をもたらした。防衛庁が1970年10月に初めて発行した『防衛白書』(『日本の防衛』)では、日本は日米安全保障条約を日本の防衛力に「代替」するものではなく「補完」するものととらえるべきと主張されていた。これに沿って、1970年の大蔵省提出予算は自主防衛力強化を焦点とし、防衛費では戦後最大の上げ幅となる17.7%の増額を計上したのである。

 また、日本政府は、日本国内には「見捨てられ」の懸念をあえて表明すべきではない多くの政治的な要因があったにもかかわらず、これを公式の場で表明していた。例えば、米軍の削減によって生じる安全保障の空白をどう埋めるべきかについて不安を表明すると、国民はそれを沖縄返還後の将来沖縄に米国の核兵器を再び持ち込むことに同意し、それを正当化する思惑があるのではないかという疑念を抱いた。また、佐藤は、目前に迫っていた1970年の日米安全保障条約延長をめぐる論争を避けようと考えていた。日本が「ニクソン・ドクトリン」について強い懸念を表明すれば、国民と政治家の関心がこの懸念に対処する手段として防衛力強化に向けられ、それに反対する勢力を駆り立てると共に、中立主義政策の主張を世論が支持するなど、円滑な条約延長を阻む事態を招く可能性もあった。このため、佐藤は、米国からの「見捨てられ」に関する発言を誇張するのではなく、控え目にした。
 つまり、佐藤が米国の決定への懸念を控え目に表現せざるえなかったのは、懸念解消に必要な「治療薬」を投与する上で大きな政治責任がともなったためであった。というのは、政府がこのような懸念をいったん表明してしまえば、懸念を解消する何らかの方策を示さなければならなくなるからである。しかし、それは防衛力増強や核武装という政治的な機微に触れる問題を浮上させてしまう可能性もあった。米国の政策に対して穏当な表現で懸念を表明することは、このような困難な問題を回避するのには最適の方法であった。したがって、国内に課題を抱えているにも関わらず、佐藤政権が取った行動や発した声明は、米国の決定への強い懸念をよく示していた。

 (5)協力の萌芽

 米国の兵力削減への懸念は、沖縄返還、「韓国条項」、軍事問題に関する両国政府の相互作用の増加という三つの側面において、両国の関係を強固にする作用を及ぼした。

 沖縄返還に際しては、米国は、他のアジア地域の防衛、特に韓国防衛のために返還後の米軍基地を使用する権利を日本が認めるかどうかを懸念していた。また、韓国は、交渉の経緯の韓国への周知し、日本が返還後事前協議の権利を放棄することを求めた。佐藤政権は韓国のこのような要請に理解を示した。これに対して、韓国は日本の前向きな姿勢と受け止め、それまでよく見られた脅しや瀬戸際政策で日本に圧力をかけるのを控えることになった。韓国の報道機関も、会談は両国の協調を新たなレベルに引き上げたと広く報じていた。

 沖縄返還に関する合意を示した佐藤=ニクソン共同声明に「総理大臣と大統領は、特に、朝鮮半島に依然として緊張状態が存在することに注目した。総理大臣は、朝鮮半島の平和維持のための国際連合の努力を高く評価し、韓国の安全は日本自身の安全にとって緊要であると述べた。」(「韓国条項」)といった文言や、沖縄の返還は「日本を含む極東の諸国の防衛のために米国が負っている国際義務の効果的遂行の妨げとなるようなものではない」といった文言が盛り込まれた。これらの文言は日韓間の協調関係に分水嶺ともいえる転機をもたらした。第1に、「韓国条項」は両国の安全保障が直結していることを初めて公式に宣言するものであった。第2に専門研究者の小此木政夫が言うように、この二つは、米国=日本=韓国の安全保障三角形の底辺を強化することを意図していた。日米首脳会談の翌日、崔圭夏外務部長官は共同声明に満足の意を表明し、韓国の報道も、いっせいにこれを賞賛した。第3に、日本は韓国防衛のために(沖縄と本土の基地から)支援を行う旨の「白紙委任状」を米国に与えることになり、事実上、日米安全保障条約第5条を修正するに等しかった。また、この条項の中では「朝鮮半島」ではなく「韓国」という表現が用いられれており、日本が南北朝鮮の均衡を維持することによってではなく、韓国を防衛することでその安全を確保しようとしていたことを示していた。

 また、1969-1971年時期に日韓間で初めて、数次に及ぶ軍事面での接触が始まった。例えば、EC-121 型機撃墜事件の際、北朝鮮が攻撃したとき、米軍機が公海上空を航行中であったことを確認する上で、日本の海上自衛隊のレーダー監視は大きな役割を果たした。さらに、日本は第71機動部隊が展開する際に、事前協議を行わずに日本の港湾を利用することを許可した。また「プエブロ号事件」の際には、北朝鮮のさらなる挑発を抑止するために、日本の港湾、とりわけ佐世保港を経て、米航空母艦が北朝鮮沖まで配備された。

 朴正熙は1971年の年頭記者会見で、日本をこの地域への脅威ともみなしていないし、日本が防衛力を強化することにあえて反対する理由はないと述べた。また、1970年には韓国の政府機関各所から、日本との安全保障関係の強化を促す提言がなされた。例をあげると、1970年2月の国防報告と、1970年6月の国会国防委員会報告は、米軍の撤退に伴う安全保障の空白を埋めるために、日本と軍事訓練、情報週活動、その他の形態の防衛協力を行うように求めていた。

 防衛分野での協力は最終的に、防衛当局者間の直接交流という形で明確に表れた。このような2国間の交流は(内政的理由により)ほとんど公にされることはなかったが、比較的地位の高い国防官僚が、日韓双方の国防関係者、政府首脳を訪問した。このような交流は概して儀礼的なものであったが、自衛隊と韓国軍の間の透明性を高め、安全保障問題に関する非公式会談のチャンネルを確保するという意図を持っていた。

 (6)軋轢の回避

 また、これらの協調関係とは別に、日韓両政府は、紛糾の可能性のある事件が軋轢に発展するのを避けるため努力を続けた。第1に、1969年6月、北朝鮮が韓国の海岸線へ潜入する際に用いていた高速艇が日本から購入したものであったことが韓国で明らかになったこと。韓国民は日本がボートを売却していたことが判明すると激怒し、日本人は信用ならない「エコノミック・アニマル」であるという認識を強めていった。第2に、1970年12月、日本の法務省が日本を経由して北朝鮮に亡命しようとした韓国軍将校の身柄を拘束し、10日後、決定を覆し、人道的見地から将校を北朝鮮に亡命させてしまったことである。以上の点を考慮すると、日本のとった行動が韓国で厳しい対応を引き起こし、両国関係を混乱させたと誰もが予想するだろう。しかし、韓国政府がとった対応は驚くほど抑制されており、不満の意を表明し、日本大使館に短い抗議文を提出するにとどまった。さらに、1970年4月の「よど号」ハイジャック事件において航空機が日本当局による陽動戦術で韓国の金浦空港に着陸した際も、韓国は異例ともいえるほど日本からの要求に便宜を図った。にもかかわらず、日本側当局はハイジャック犯との最終合意について韓国政府には事後報告として通告し、それが明らかになると韓国人は激怒したが、それにも関わらず、外交問題に発展するのを避けるため、韓国は公の場では沈黙を頑なに守ったのである。

※コラム著者:その他、政治、経済分野でおきた協力関係は、主に安全保障分野に主眼を置いた関係で割愛する。

3.デタントと危機の高潮(1972−1974年、第四章)

 (1)デタント期の日韓関係の概要

 1960年代末、日韓間に新たに出現した協力関係は、その出現と同じくらい急速に消滅していった。皮肉なことに、この時期に軋轢が増大した主たる要因は、冷戦期の緊張が緩和したことにあった。疑似同盟モデルに即していえば、地域的あるいは超大国間のデタントが、多国間関係と2国間関係の双方に「見捨てられ」/「巻き込まれ」の懸念の構造に変化をもたらしたのである。
 日韓それぞれと米国の関係をみると、日本が米国から「見捨てられ」る懸念は、やや小さくなったのに対し、韓国は以前と同様「見捨てられ」る懸念を抱いていた。さらに、韓国が日本の共産主義の隣国との交流に対して、「見捨てられ」の懸念を募らせていたにもかかわらず、超大国間の対立はデタントによって本質的に緩和したと受け取った日本は、北朝鮮や中国との新たな関係構築という課題に取り組むことで「巻き込まれ」を回避しようと政策を転換し、南北朝鮮と等距離を保とうとする政策をとった。かくして、両国間に軋轢が生まれ、数々の論争とあいまって、歴史感情による緊張が再燃し、日韓関係は不安定になっていった。

 (2)デタントの増殖

 1972年ニクソンは、毛沢東首席、周恩来総理との歴史的会談を行った。両首脳は会談後に発表した「上海コミュニケ」で、アジアで平和共存と覇権主義反対の原則を守ることを確認した。米中接近は米ソ関係にも波及した。ニクソンは1972年ブレジネフと首脳会談を行い、和解に向けた対話を始めた。この動きは朝鮮半島にも波及した。例えば、韓国の李厚洛KCIA部長と北朝鮮の朴成哲副首相が、極秘裏に南北間の緊張緩和の方策について話し合い、1972年7月4日の南北共同声明の発表という驚くべき成果をあげ、南北間でデタントを進めるための処置いくつか発表された。

 (3)デタント期における日本の安全保障認識

 超大国米国という庇護国に先導されていた日本では、共産主義諸国と新たな関係を築く機会が各段に広がったと考えられていた。デタントの増殖は、日本の脅威認識や1969−71年時期に見られた米国の安全保障上のコミットメントについての懸念を低めるという、それまでにない効果を及ぼした。

 これを示す事例は、第一に、米中接近を賞賛する日本側の発言があげられる。例えば、田中政権の木村俊夫外相は、日本は東アジアにおける米国の勢力均衡努力を支えてきたが、ニクソンの対中接近によるデタントの増殖によって、すべての地域国家に善意があり、平和維持の可能性があることが明らかになったと簡潔に述べていたのである。第二に、日本人の抱く脅威認識が緩和したのは、この地域との敵対数カ国との関係、とりわけ中国との関係を改善したことによるところが大きかった。第三に、日本は外交チャンネルを広げ、両共産主義国に新たな経済的可能性について打診する一方、特に中国が日米安全保障条約に公然と反対しないとの立場をとってからは、日本は米国の安全保障条約の下に守られているという状況を引き続き享受することとした。

 (4)韓国のデタントへの対応

 日本とはまったく対照的に、韓国はアジアでデタントが増殖することについて動揺していた。韓国の立場からすれば、冷戦期の緊張が雪解けしたという名目で発表されたさまざまな声明や宣言は、政治芝居じみたものでしかなかった。朴正熙は、「直接体験してきたわれわれ韓国人だけが、アジアの共産主義者の脅威がいかにおそろしいかを語ることができる」と述べ、ニクソンに「正しい方向感覚」を維持するように迫り、デタントを称賛したものを「幻想理想主義者」と非難した。また、このような中、南北共同声明に代表される南北朝鮮両政府の接触は中断するに至る。

 韓国が脅威を募らせた原因は、1972-74年時期に見られた北朝鮮の数々の敵対行為であった。例えば、1974年8月には、在日韓国人の活動家が朴正熙大統領暗殺を企て、同年11月には、国連軍司令部がDMZでトンネル一本を発見し、それは後に北朝鮮から侵入するための数本のうちの一本であることが判明した。このような事実の数々は、デタントによって北朝鮮が行動を自制するという希望がほとんど持てないことを示していた。

 また、韓国は、超大国間のデタントが米国の戦略ドクトリンを根底から変えてしまったと考えていた。米ソ間の平和共存によって、それ以降米国の対外政策を規定するのはもはや周辺部における抑止力の維持ではなく、国際秩序(すなわち、超大国間の関係)の中心部での安定維持であるということが暗に示唆されていた。つまり、韓国から見れば、米中接近は米国がこの地域への影響力を失い、中国の影響力がますことを米国が暗黙裏に認めたことを意味していたのである。さらに朴正熙はデタントは韓国よりも北朝鮮を戦略的かつ外交的に優位にさせるものと考え、やがて朝鮮半島に引き続き米軍が駐留することへの国際社会の支援を失うことにつながると考えていた。米国における政策論議も戦争抑止から撤退と経費削減へとその基調を変えていた。これらの結果、朴正熙の側近によると、米国の行動の背後にある意図は極めて明白であった。「それは北朝鮮が再び攻めてきてもわれわれは助けに行かないという韓国民へのメッセージ」であったという。

<後半が続きます。>

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太田述正コラム#2775(2008.9.6)
<読者によるコラム:日韓の反目と安全保障(その2)>(2008.10.27公開)

 (これは、読者SMさんによるコラムです。)

1 はじめに

 このコラムでは、歴史的反目を抱える日韓関係を分析するために、ビクター・チャ、前NSCアジア部長(現ジョージタウン大教授)が、その著作「米日韓 反目を超えた提携」(原題、"Alignment Despite Antagonism: The United States-Korea-Japan Security Triagnle")において提唱している疑似同盟(quasi-alliance)理論を紹介する。

※以下、上記書籍の序章及び第二章を元にしたMSのまとめ。

2 チャの著作の概要

 戦後、日韓両国は、ソ連や中国、あるいは朝鮮人民共和国(北朝鮮)の脅威という 共通の脅威が存在し、おおむね同様の安全保障上の利害を共有し、日米、韓米安全保障条約を左右の辺とする安全保障三角形の底辺を構成してきた。国際関係論のリアリスト学派の立場からは、このような関係にある二国は友好的なはずであるが、実際の日韓間には、日本の朝鮮半島統治時代に端を発すると考えられる反目のため軋轢が繰り返されており、依然として相互安全保障条約への抵抗感が残存している。
 チャは、このような共通の脅威と共通の大国の庇護を受けているにもかかわらず、阻害要因(歴史的反目)によって同盟形成を妨げられている二つの中小国の関係を解明するため、疑似同盟という概念を新たに提唱した。また、さらにそれを、1970,80年代にみられた日韓間の軋轢と協調、つまり、「ニクソン・ドクトリン」の影響下の時期(1969-1971年、第三章)、デタント期(1972-1974、第四章)、ヴェトナム戦争とカーター政権期(1975-1979)、レーガン政権期(1980年代)を分析することで実証している。

(※レビュー:http://koreaweb.ws/ks/ksr/ksr00-11.htm

3 疑似同盟理論

 ここでチャの提唱する疑似同盟理論を簡単に説明する。同盟理論では、国家行動の決定要因の一つが、同盟国に「見捨てられる(abandoment)」たり「巻き込まれ(entrapment)」たりすることへの懸念にあると仮定する。ここで注意すべきは、条約上の同盟は、共通の利害認識に基づく連帯感を強化し、公式化するにすぎないことである。従って、日韓のように同盟関係にない国家間関係でも、(1)外的な安全保障上の脅威、(2)この脅威から防御することについて利害を共にする認識の程度、(3)その結果生じる相互支援への期待』の三つの基本条件が存在すれば、「見捨てられ」/「巻き込まれ」の懸念が生じるため、同盟理論を援用できる。チャはこのような枠組みの中で国家が対応する命題として以下の三つを挙げる。

命題1: ある国が「見捨てられ」の懸念を抱いている場合、同盟相手国からそれを相殺する対応を引き出すための一つの選択肢として、同盟国に対してより強いコミットメントの姿勢を示すことがある。

命題2: 国家が「巻き込まれ」の懸念を抱いている時、同盟相手国が敵対国に非妥協的な態度を示すのを妨げるため、同盟相手国には弱いコミットメントしか示さない。

命題3: 同盟ゲームにおける最適の戦略は、同盟関係への自国の義務を極小化しつつ、同盟関係から得られる安全保障を極大化させることである。

 さらに、これらの命題を組み合わせることで次の二つの仮説が提示される。

仮説A: X国とY国の間の関係が、「見捨てられ」/「巻き込まれ」の懸念の非対称的な構造を示しているなら、X国とY国の関係は軋轢を生むことになる。

説明: 仮に「見捨てられ」懸念がX国においてY国よりも強いとしたとき、命題1より、X国が同盟への強いコミットメントを示す。これによりX国の見捨てられ懸念は改善するが、Y国の義務履行の必要性は低下する。このため、命題3より、Y国の同盟関係へのコミットメントが低下し、Y国に同等のコミットメントを望むX国の不満は解消されず、軋轢を生むことになる。 

仮説B: X国とY国の関係が、相手国もしくは第三国Z国から「見捨てられ」る懸念が対称的な構造を示しているなら、協調関係が生じる。(ただし、Z国がX,Y国の強大な庇護者であることが前提である。)

説明: 第三国Z国を想定する場合は、X国、Y国が取りうる選択肢は多岐にわたりうる。第一の選択肢は、Z国に対するより強いコミットメントの姿勢をX,Y国が示すことであるが、Z国がそれに応じない場合、X,Y国には他の安全保障の取り決めの選択肢がないこと、そして過去の支出が存在するため、互いに協調関係を模索せざるえなくなり、緊密な関係(疑似同盟)をもたらす。ここで注意すべきことには、Z国をめぐる疑似同盟力学は、X国とY国間の「見捨てられ」/「巻き込まれ」懸念という様相とは無関係に起こることもある。つまり、Z国からの「見捨てられ」の懸念によて生じたX国とY国の協調関係を生みだす力は、2国間関係における「見捨てられ」/「巻き込まれ」の非対称な構造から軋轢がうまれる傾向を凌駕する。   

4 日米韓における「巻き込まれ」/「見捨てられ」の懸念

 実際の日米韓の関係では、チャの国交正常化以降の当時の日韓双方の政策決定者へのインタビューによると、韓国が抱く日本からの「見捨てられ」の懸念は日本より強い一方、逆に日本が抱く韓国への「巻き込まれ」の懸念は韓国よりも強かったことが分かっている。また、疑似同盟の文脈の中で、日韓両国は共通の同盟国である米国からの「見捨てられ」の懸念を共有していた。

<日韓両国における米国からの「見捨てられ」の懸念>

 韓国では、米軍のプレゼンスは北朝鮮の侵略行為が起こった場合の防衛上の保障であると同時に、北朝鮮の侵略意図を抑止するものであると評価されている。また、日本においては、米国が安全保障の担保を与えているため、日本は防衛費を低く抑えることができ、日本がアジアの近隣諸国との関係に影響を与えかねない防衛力増強の問題その他の複雑な問題をめぐって、国論が分裂するような議論を先送りさせたり、緩和させたりすることができる。米日韓の安全保障三角形における後者2国の米国への依存度が高いため、時には外的脅威の度合いが客観的に変化の有無によらず、米国からの「見捨てられ」の懸念が著しく増加することがある。

<韓国における日本からの「見捨てられ」の懸念>

 韓国にとっての日本からの「見捨てられ」の懸念が増大するのは概して四つの場合である。第一に、日本における北朝鮮の韓国に対する脅威の認識が低い場合(例:日本の北朝鮮との通商など)、第二に、日本が北朝鮮を事実上認めるような接触を行った場合、第三に、1969年の佐藤=ニクソン会談後に宣言された日米韓の非公式な防衛協力である「韓国条項」に謳われている直接の安全保障上の関連に日本が同意しなかったり、「韓国条項」と同時にうまれた、「北朝鮮による武力行使の際、韓国防衛のための米国による沖縄の基地利用を日本は無条件許可する」という合意に矛盾した姿勢を日本が見せた場合、最後に日本が韓国の政権に積極的な政治支援を行わなかったり、両国政府の間の特別な安全保障上の緊密な協議を韓国と行わなかった場合である。

<日本にとっての韓国への「巻き込まれ」の懸念>

 日本にとっての韓国への「巻き込まれ」の懸念は、「韓国条項」を強く支持しすぎると、日本の防衛に韓国が不可欠な安全保障上の貢献を行っていることを公式に認めることになりかねないということ、また、韓国を強く支援することにより北朝鮮に孤立化の懸念を増大させ、朝鮮半島により不安定な状況を作り出すだけなく、北朝鮮に対して挑発的で非妥協的な姿勢をとるよう韓国を煽ることになるかもしれないということ、また、その結果、日本にも直接報復が及ぶことになるかもしれないということにあった。
 さらに、このような「巻き込まれ」の懸念を最小限に抑えることは日本側の国内事情にも適っていた。つまり、日韓関係が強化された結果、北朝鮮の好戦的な態度を招くことになれば、日本はその軍備と軍事大国としてのプレゼンスを法的に限定していた憲法第9条の再評価を迫られることになるかもしれない。日本にはまた、朝鮮総連の内部監視や、第二次朝鮮戦争が勃発した際に起こりうる朝鮮半島からの難民の受け入れといった厄介な案件を扱う必も生まれてくる。さらに共産主義者の隣人と不和状態にある韓国との関係に「巻き込まれ」ることは、日本に経済的利益をもたらす潜在的な輸出市場が封鎖されることになる。また、それは日本が過去に戦争を行い、犠牲を強いてきたすべての国との関係を再構築するという戦後の考え方に逆行することにもなるであろう。また、日韓間に直接の安全保障上の関係があると認めなければ、日本は、韓国が日本の防衛の緩衝地帯での安定を支える責務を負っているのだから、日本は韓国に「安全保障の賃料」という形で経済支援を行うべきであるという議論(「防衛の砦」論)の攻撃を受けずにすみ、韓国からの「安全保障の賃料」の要求をかわすことができる。

5 日韓間の協調と軋轢に対する説明

 「見捨てられ」と「巻き込まれ」は反比例の関係にあるため、上記の懸念とは逆に韓国における日本からの「巻き込まれ」の懸念と、日本における韓国からの「見捨てられ」の懸念は弱い。したがって、日韓間の「見捨てられ」/「巻き込まれ」の懸念に大きな非対称性が存在し、その非対称性が強くなった時に軋轢が生じ(仮説A)、また、非対称性の効果を打ち消すほど米国からの「見捨てられ」の懸念が強まった時に協調が生じる(仮説B)。

 次回のコラムでは、このようなメカニズムで協調の生じた「ニクソン・ドクトリン」の影響下の時期(1969-1971年、第三章)、国交断絶一歩手前の軋轢の生じたデタント期(1972-1974、第四章)について紹介したい。

(続く)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<太田>

 シリーズの中途でコメントを差し挟むのは控えなければならないのですが、「疑似同盟関係」なる新しい概念をチャが提唱するのであれば、それが日韓関係以外の分析にも有効であることを彼があらかじめ示す必要があるのではないでしょうか。
 もし彼が、このことを示していないのであれば、こんな新概念を用いると話がむつかしくなるだけだという気がします。
 それに、米日韓の関係を論ずるにあたっては、抽象的な概念で説明することもさることながら、日本と韓国がかつて日本帝国の構成国であったことや、戦後の日本が米国の属国(保護国)であり続けているといった、歴史的/法理論的な事実を踏まえることが何よりも重要であると私自身は考えます。
 続きに期待しています。

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太田述正コラム#2772(2008.9.5)
<読者によるコラム:英国=米国の属国?>(2008.10.26公表)

 (これは、バグってハニーさんによるコラムです。)

・はじめに

 太田コラムでは「日本=米国の属国」論がかまびすしいですが、私は実はそれには一切与していないのです。こんなの「属国」をどう定義するかによってどうとでも結論できるし、観念的すぎて根性論の一種としか思っていません。正直なところ。日本が今よりも軍事的に自立して米軍基地が縮小されたとして、日本の政治・政治家がよくなるかといえば、そうなるかもしれないし、そうならないかもしれないし。高校野球で根性入れて練習したとして、それで試合に勝てるようになるかもしれないし、勝てないかもしれない、というのと似ている。

 今回の守屋氏の不祥事ですけど、航空機の調達にまつわる不正というのは昔から繰り返されてきたわけです。ロッキード事件なんてのが一番有名ですよね。それで、そういう過去の事件と今回の守屋氏の事件を比較してはっきりと実感するのは賄賂がどんどんチンケになってきているということです。ロッキード事件では田中角栄氏にすごい額のお金が動いたと思うのですが、守屋氏の場合、ただのただゴルフですよね。あるいはリクルート事件とかもっと昔の造船疑獄とかと比較してみると、いまどきの政治家が悪事を働いたとして非難されているのは年金保険料をちょろまかしたとか、非常にちんけな話ばかりです。

 この間、日本の安全保障制度や国防に関する意識が抜本的に改革されたかというとそんなことはない。「日本=米国の属国」論に従えば、日本は戦後一貫して吉田ドクトリンを墨守しているということになっている。それが与党政治家、外交・国防当局の腐敗を招いているとのことですが、そのような主張とは逆に、政治の腐敗は規模として戦後一貫して縮小してきている。ということはどういうことかというと、安全保障の自立度と政治の腐敗度にはさして相関はなかろう、ということになるわけです。日本の国防・外交がてんでなってないことに異論を差し挟むつもりは毛頭ないですが、日本の国防・外交に対する意識がどうであろうと有権者の目は戦後どんどん厳しくなってきていて、日本の政治の腐敗は一貫して矮小化しているわけです。

 日本国内の経時的な比較だけでなく、国際的に比較してみても日本の腐敗印象度(CPI、潔癖度、2007年度)は決して低くなく、世界180カ国の比較で日本17位と英(12位)独(16位)仏(19位)米(20位)国と遜色ないわけです(太田コラム#2614)。
http://www.transparency.org/news_room/in_focus/2007/cpi2007/cpi_2007_table
 あんまりこういうこと書くと日本の最大の問題は官僚の天下りだと太田さんに怒られるのですが。

 そんなふうに私は「日本=米国の属国」論を懐疑的に見ているのですが、そういう私の考えをぴったり裏付ける記事を発見しました。タイトルはずばり「我々はもはや属国に成り下がった−英国は米国に主権を譲り渡した(We are now a client state - Britain has lost its sovereignty to the United States
)」です。
http://www.guardian.co.uk/politics/2003/jul/17/usa.world
 太田さんも一目置いている英ガーディアンの記事です。2003年とやや古い記事なのですが、日米の関係を占う上で米英の関係は非常に参考になるので紹介したいと思います。ちなみに、この原稿をほぼ書き上げた時点で、同記事が太田コラム#139で既に取り上げられていることに気づきました。太田さんの料理の仕方と比べてみるのも一興かも。


・我々はもはや属国に成り下がった

 英国というのは日本よりもちっぽけな国なのに、安全保障や外交はよほどしっかりしていて、実際国際的な影響力は絶大なわけです。日本が目指すべきような国で太田さんも目標にしているような国でしょう。そういう一見自立した国の中にも太田さんのように「自国は米国の属国だあ」と唱える人がいるわけです。Sir Rodric Braithwaite合同情報委員会(joint intelligence committee )前議長(1992-93年)・前駐ロシア大使がこの記事の主要な登場人物なのですが、この方、英国版太田述正といった趣で、彼の唱える「英国=米国の属国」論の根拠がふるっています。ちなみに、ガーディアン当該記事が下敷きにしている、Prospect誌に掲載されたBraitwaite氏の手記は以下から読めます。
End of the affair
http://www.prospect-magazine.co.uk/article_details.php?id=5563


・第一の根拠「英国は米国の許可なく巡航ミサイルが発射できない」

 実は、太田さんも忌み嫌う(隠れファンの?)田中宇氏もガーディアン当該記事をキャリーしていて、彼の記事を引用します。

アメリカの属国になったイギリス 2003年7月29日   田中 宇
http://tanakanews.com/d0729uk.htm
 また、7月17日の「わが国は属国になった」と題するガーディアン紙の記事などによると、イギリス軍の潜水艦部隊はアメリカの巡航ミサイル「トマホーク」を大々的に導入すべく改装を行っているが、トマホークはアメリカの許可なしには発射できない。トマホークは米企業レイセオンの製品で、イギリス軍には2001年から配備が開始され、イラク戦争前に95発を売ってもらい、米本国以外で初めての大量供与となった。だが、トマホークは、地図とミサイル直下の実際の地形と照合して誘導するターコム(Tercom)と、GPS(衛星を使った位置測定システム)というアメリカの2つのシステムがないと飛ばせず、イギリスにとって対米従属を強いるミサイルとなっている。
―――

Braithwaite氏はこのような状況に非常に悲観的で、「自分たちだけでベルグラーノ号(注)を撃沈したようなことは二度と起きない」と嘆いています。しかし、ちょっと待ってほしい。ガーディアン当該記事で指摘されているとおり、そもそも非常に強力な攻撃的兵器であるトマホークを米国から供与してもらっているのは同盟国の中でも「特別な関係(special relationship)」にある英国だけです。イラク戦争でもトマホークを搭載した英国王室海軍の潜水艦HMSスプレンディドとHMSタービュラントが活躍しました。
http://nofrills.up.seesaa.net:80/image/5th-oif.png
つまり、巡航ミサイルは使えるだけでも特権的なのであって、Braithwaite氏はないものねだりというか。ところで、日本はどうかというと当たり前ですが、巡航ミサイルのような攻撃的兵器は保有してはならないことになっています。


・第二の根拠「英国は米国の許可なくして核兵器を使用できない」

 英国の戦略核システムはトライデントと呼ばれるのですが、トライデントというのは正確には米ロッキード・マーティン社が開発した潜水艦発射弾道ミサイルの名称です。英国は核弾頭と原子力潜水艦は自前で用意して運搬手段のミサイルだけ米国から供与を受けて戦略核システムを構築しています(典拠省略、Wikipediaでも読んでください)。

 しかし、ちょっと待ってほしい。この「英国は米国の許可なくして核兵器を使用できない」という表現には誇張が含まれており、実際にはトライデントの発射には米国の許可は必要ではないというのが、英国防省の公式見解です。以下は情報公開法に基づくQ&Aからの抜粋。
http://www.mod.uk/NR/rdonlyres/E2054A40-7833-48EF-991C-7F48E05B2C9D/0/nuclear190705.pdf

 Q2.英国政府による核使用に、米国政府は何らかの関与をしますか?
 A2.いいえ。
 ただし、NATOとして使用する場合はこの限りではありません。
 米国を含むNATO同盟国には意見を表明するための手続きが定められています。

 Q3.米国政府は英国による核使用を禁止したり拒否権を発動することはできますか?
 A3.いいえ。

 Q4.英国政府には核使用に際し米国政府に通告する義務がありますか?
 A4.いいえ。ただし、A2にあるとおりNATOとしての核使用の場合、米国と相談することになります.

―――
 これはちょっと考えてみれば当たり前の話であって、戦略核というのは最終的・絶対的な報復手段であって、国家存亡の秋にいちいち外国にお伺いを立てなきゃならないというのだったら、そもそも何の役には立ちません。
 Braithwaite氏が言うように「トライデントの保守点検には米国の協力が必須である」ことは確かなのですが、そのことは「発射には米国の許可が必要である」とは同値ではありません。前者は実際の運用の話であって、後者は手続きの話なのですから。しかしながら、巡航ミサイルと同じ理屈で英国の戦略核も米国に大きく依存しているのは確かです。

 これは日本も同じですよねえ。日本の場合は「大きく」ではなくて「全面的に」ですが。太田さんはBraithwaite氏よろしく「米国の核の傘なんて信頼ならん」と過去に言ってましたよねえ(太田コラム#1339,1340)。


・第三の理由「米軍基地の存在」

 在英米軍基地には王室空軍フェアフォード基地とか王室空軍クラウトン基地とか英空軍の基地かと見まがう名前がつけられているのですが、これは英国が米軍基地を恥じているからインチキな名前を付けているのだとガーディアン記者はずいぶん自虐的です。Braithwaite氏曰く「英国人は米国人がこれらの基地を使用する理由を一度も問い質したことがない。これは基地に関わる取り決めでは我々にはそうする余地がほとんどないからだ。これもまた別の英国の主権に関わる傷だ。」

 米軍基地が存在するのは日本も同じで、太田さんも日本が米国の属国である根拠にしていますよね。しかしながら、米軍基地を抱える国というのは日英以外にも独伊豪韓国など一見自立しているように見える国が数多くあり、米軍基地の存在だけをもって日本は米国の属国であるとは結論することはできないのではないかという反論が読者からなされることがたびたびあります。太田氏の再反論は、「米軍基地が日本のように首都圏に集中している国はない(太田コラム#1823)」というものです。ううん、微妙な反論だなあ。


・第四の理由「諜報」

 ガーディアン記者はまたまた皮肉たっぷりに、イラクがニジェールからウランを購入したという疑惑
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%AB%E7%96%91%E6%83%91
と大量破壊兵器を載せたイラクの弾道ミサイルが45分以内に発射可能であるという疑惑
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/3466005.stm
を取り上げています。これらはブレア前首相がイラク開戦の根拠にした諜報なのですが、どちらも後に間違いであることがはっきりとわかりました。ガーディアン記者はガセネタであっても独自に情報を仕入れているということはMI6(英国の諜報機関)は少なくとも何か仕事はしているようだ、と強烈に皮肉っているわけです(参考:太田コラム#266)。記者とBraithwaite氏はまたも微妙な理屈をこねくり回して英国の諜報機関がどれだけ米国発の情報に依存しているかを指摘しています。でも、英国の諜報機関は世界でももっとも優秀な部類なんですよ。

 諜報も太田さんがいつも口をすっぱくして主張していることですよねえ。日本は英国よりずっとダメで、ガセネタとってくる諜報機関さえ存在してないですが。


・第五の理由「英国は米国の許可なくしてもはや戦争できない」

 英国は米国のお先棒を担いでいるだけだということですね。一方の米国は、ラムズフェルドが指摘したように、英国抜きでも戦争を遂行することができると。私にとって新鮮だったのは、左派のガーディアンが「戦争ができないこと=主権の喪失」としていることですね。

 この理屈だと憲法で交戦権を否定している日本にはそれだけでそもそも主権が存在していないことになってしまって、太田理論を補強することになってしまいますが。


・第六の理由「英国は英国市民を米国の権力から保護することができない」

 もう面倒くさくなってきたので、太田コラム#139からそのまま引用します。

―――
米国が対テロ戦争を遂行する過程で確保した「捕虜」を、通常の裁判所ではなく行政府が設置するMilitary Tribunal で裁くこととした(コラム#5参照)ことに伴って発生した米英両国間のあつれきを指しています。米国は、米国内で確保した「捕虜」や、たとえ米国外で確保した「捕虜」であってもそれが米国人であれば、通常の裁判所で裁く扱いにしたのですが、英国政府はグアンタナモ米軍基地で抑留されている英国人「捕虜」二名を英国の(通常の)裁判所で裁くべく、彼らの英国への移送を求めており、これを米国政府が拒否しています。
英国は米国と法意識を共有しており、緊急事態における特別な司法手続き導入の必要性そのものに反対しているわけではないので、いずれこのあつれきは両国間で「円満に」解決できると考えた方がいいでしょう。「英国は自国民を米国の権力から守ることができない」と肩に力を入れるような話ではありません。
―――

 さて、これらの英国人捕虜はその後、どうなったのでしょうか。この記事は2003年7月の時点に書かれており、二人の英国人捕虜と言うのがいったい誰を指しているのかがはっきりとしないのですが、ティプトンの三人組(Tipton Three)と呼ばれる、グアンタナモ・ベイに二年間拘留されていた英国人たちは2004年3月に英国に送還され、その翌日無罪放免となっています。
http://en.wikipedia.org/wiki/Tipton_Three
 逆に、グアンタナモ・ベイで虐待を受けたと米国政府を訴え、その廉で英国政府は現在調査中のようです。それ以外にグアンタナモ・ベイに拘留されていた英国人たちも軒並み開放されていますね。
http://en.wikipedia.org/wiki/Guantanamo_Bay_detainment_camp#Released_prisoners
 「いずれこのあつれきは両国間で『円満に』解決できる」という「太田予想」またしても大当たり!ぱちぱち。

 日本人でグアンタナモ・ベイに拘留されている人は寡聞にして聞いたことないです。強いてあげれば、日本で無罪が確定したにもかかわらず、2008年にサイパンで逮捕された三浦和義氏ですかねえ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Kazuyoshi_Miura_(businessman)
 彼の場合、日米間で外交問題にはなってないですが。


・最後、第七の理由「不平等条約」

 これは米英間の刑事共助条約(Mutual Legal Assistance Treaty、MLAT)のことを指しています。英国は米国が証拠を示さずとも英国人容疑者の身柄を引き渡すのに対して、米国は、合衆国憲法修正第4条に基づいて、確かな証拠がない限り米国人容疑者の身柄を引き渡さないことが不平等だと主張しているのですが...。ちょっと調べてみましたが、何が問題なのかよくわかりませんでした。ガーディアン記者はまたしてもシニカルで、反米が主張するように英国が実際に51番目の州であったなら、今の英国政府以上に米国政府から守られているのに、と皮肉を吐いています。

 ちなみに、日米間でも、2003年に同様の条約が締結されています。その取り決めによると

―――
同条約は相手国の共助請求に基づき、関係者の取り調べや証人尋問、証拠物の授受などに協力する義務を明記。外交ルートを通さず、日米の捜査当局(法務省、国家公安委員会、米司法省)が直接、やりとりできる「中央当局制度」を採用し、国際テロや兵器関連物資の違法取引などへの対応を迅速、効果的に行うことを目指している。  このほか日本の制度としては初めて、相手国の要請に基づき、国内で身柄が拘束されている受刑者らを証人として出頭させるため、拘束状態のまま相手国に移送する制度も創設。双方の国内法が犯罪と規定する「双罰性」を満たさなくても原則として共助に応じることとした。
http://www.47news.jp/CN/200308/CN2003080501000666.html
―――

となっています。「不平等条約」というほどのものなんですかねえ。


・最後に

 最後がややしりつぼみになってしまいましたが(もとの記事がそうなのですが)、「英国=米国の属国」論は屁理屈が多く、誇張にすぎるような気がします。こういう議論も踏まえた上で、日本が本当に米国の属国であるかどうか、どの部分で独立を目指すのかを議論していかなければならないでしょうね。


 (注)ベルグラーノ号。フォークランド紛争で英海軍に撃沈されたアルゼンチンの艦艇。アフガン・イラク戦争とは異なり、英国はフォークランドでは単体で戦争しました。これはNATOが北米・欧州の地域同盟でありフォークランドが対象地域外であったために、NATOの集団的自衛権が発令されなかったからです。ちなみに、911は米国本土に対する攻撃であったためにNATOは史上初めて集団的自衛権を行使し、英国はアフガニスタンでは他のNATO同盟国と協同して作戦に従事しています。
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<太田>

 全般的にはこれも大変よくできたコラムですが、出だしがひどいねえ。
 私の属国論は根性論なんかじゃ全くなくて、防衛官僚としての体験論(旅先であるがゆえに典拠省略)であり、何よりも法律論(コラム#1823)であることを忘れてもらっちゃ困ります。
 私の日本の米国属国論(保護国論)を批判しようと思ったら、まずは、英文ウィキペディアの「保護国(protectrate)」についての記述を批判するところから始めなければなりません。
 ちなみに、ここの記述に日本はズバリあてはまるけれど、どう逆立ちしても英国はあてはまりません。
 また、現在の日本の腐敗・・官から業への天下りを中核とする政官業の三位一体的癒着構造・・は、世界で他にほとんど例を見ない特異な腐敗であり、腐敗度の国際比較に俎上に載せられることのない腐敗であると指摘していること(同じく典拠省略)については、バグってハニーさんもご存じのようですが、私の腐敗論を批判されるのであれば、これまた、正面から批判を展開していただきたかったですね。
 このような観点からは、私は、日本の腐敗度はむしろ増してきている、とさえ考えているところです。

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太田述正コラム#2771(2008.9.4)
<読者によるコラム:日韓の反目と安全保障(その1)>(2008.10.25公開)

 (これは、読者SMさんによるコラムです。)

1.はじめに

 日本国開闢以来、朝鮮半島は我が国の安全保障にとって最も重要な地域であることは疑念の余地がない。日本と朝鮮半島の諸国家との利害は歴史上必ずしも一致しなかったが、敗戦から現在に至るまで、ロシアや中国、あるいは北朝鮮といった脅威を有している点で、日本と韓国の利害はほぼ一致していると考えられる。にも関わらず、36年間の日韓併合(1910-1945)に起因すると考えられている両国間の反目のため、戦後約60年たった現在もなお安定した安全保障関係が存在しない。
 このコラムのシリーズでは、日韓関係を反目と安全保障という観点から議論した文献をいくつか紹介したい。
 (その1)では、韓国において反日感情が民族主義と結びつき、歴史教育に暗い影を落とすことで、次世代の韓国国民の国際情勢に対する認識のあり方を損ない、韓国の安全保障に暗い影を落としかねない状況を、韓国の国定教科書と、それに反対する韓国の歴史学者の著書を比較しつつ紹介する。

2.安全保障に関わる韓国の歴史教育の問題

 李栄薫ソウル大教授は朝鮮日報のインタビューに対して次のように語った。『土地や食糧の収奪、虐殺など、この作品(日帝時代を扱った小説『アリラン』)が描いた内容は事実とかけ離れている。自分も学校の図書館でこの本を借りて読んだことがあるが、本には学生らがあちこちに書き込んだメモが残されていた。例えば、日本人の巡査が土地調査事業を妨害したという理由で、朝鮮人農民を裁判にもかけずに処刑する場面では、“ああ、こんなことがあってよいのか…”と怒りを示していた。このように商業化された民族主義が横行し、被害意識だけが膨れ上がった結果、(植民地支配を実際に体験した)高齢者よりも若い世代で反日感情が強くなった。これは、商業化された民族主義と間違った近現代史教科書に基づく公教育のせいだ』(朝鮮日報 http://www.chosunonline.com/article/20070603000016
 このようにして反日感情と一体となって強くなった民族主義が特に歴史教育を通して韓国の安全保障に対しても深刻な問題を生んでいる。崔文衡、漢陽大学史学部名誉教授は『「高校の近現代史教科書が民衆民族主義を至上とする特定の理念に偏るあまり、我々が直面していた客観的現実を正しく把握できないでいる」とし、「民族・民衆を語るあまり、我々は今、国益を追求する能力さえも失ってしまった」と語った。』(朝鮮日報、http://www.chosunonline.com/article/20060115000017) 
 以上の崔文衡氏の問題意識をより詳しく知るために、具体的に、韓国の近現代史に関して韓国の安全保障および反日感情を考える上で重要と考えられる二つの出来事に関する記述を、以下の二つの違う立場の書籍から抜粋し比較した。
・「韓国の高校歴史教科書 高等学校国定国史 三橋広夫訳 明石書店」
・「韓国をめぐる列強の角遂副題:19世紀末の国際関係(崔文衡(Choi Mun-Hyung)著、齋藤勇夫訳、彩流社、2008)」
(論文(フリー): Korea Journal, "The Onslaught of Imperialist Powers and Its
  Influence in Korea" (Vol.24 No.3 March 1984 pp.4~23)
http://www.ekoreajournal.net/archive/detail.jsp?VOLUMENO=24&BOOKNUM=3&PAPERNUM=1&TOTALSEARCH=Choi%20mun&AUTHORENAME=&PAPERTITLE=&KEYWORD=&PAPERTYPE=0&SUBJECT=0&STARTYEAR=&ENDYEAR=&LISTOPTION=1&KEYPAGE=10&PAGE=1

一.江華島修好条約(1876)


 日本と朝鮮の間で結ばれたこの条約によって、それまで清国の保護国として鎖国を続けていた朝鮮の安全保障のあり方は終わりを告げた。この重大な出来事に関する上記書籍における記述を以下に示す。

 『1873年に高宗の親政によって興宣大院君が退き、閔氏勢力が権力を握り、開港と通商貿易を主張する集団が政治的に成長した。このような動きの中で日本は韓半島侵略をうかがい、雲揚号事件を引き起こした。これをきっかけに朝鮮は日本と江華島条約を結んで国の門を開いた(1876)。江華島条約はわが国最初の近代的条約だったが、釜山と他二港を開港し、日本に治外法権や海岸測量権などを明け渡した不平等条約だった。
 ついで朝鮮政府はアメリカと条約(1882)を結んだ後、イギリス、ドイツ、ロシア、フランスなどの西洋列強とも外交関係を結んだ。これらの条約もやはり治外法権と最恵国待遇を規定した不平等条約だった。』(国定国史、p.116-117)

 『英露がともに相手を意識して自制方針を固めると、この両大国を自国の韓半島進出の 最大の制約要因と認識していた日本は絶好の機会を迎えることになった。そして、フランス、米国、ドイツなども直ぐにこの機会を利用して各々が韓国浸透を図ってきた。リデル神父ら天主教徒迫害を口実にした丙寅洋擾(一八六六)、ゼネラルシャーマン号事件(一八六六)による辛未洋擾(一八七一)、そしてドイツ商人オペルトの通商要求失敗 による南延君(大院君父親)墓盗掘事件(一八六六)などがそれである。すなわち、 英露両国の対決自制による相互牽制作用から派生した力の空白が日本を始め多くの国をして韓半島浸透の試みを可能にしたのである。・・・
 日本はこのように英露の対立を逆に利用して、両国の干渉という日本の韓半島進出の 第一制約要因を軽く取り除き、続く清国の干渉と言う第二制約要因も順に除去することに成功した。一八五四年に英露の修交提案を二国が交戦中との理由で拒絶したことのある日本としては、明治維新を経て二〇余年の歳月を重ねた一八七六年ごろには国際情勢を適切に活用できないわけはなかっただろう。すなわち、侵略の機会を捉えるには英露を手本とし、相対国清国の苦境を好機として利用し、侵略方法には米国のペリー提督を真似て、いわゆる砲艦外交を駆使したのである。
 この結果、日本はまず江華島修好条約第一条に、韓国が自主之邦であると主張し、韓国に対する清国の宗主権を否定して、従来の日本と韓国との隣国交流の関係を近代的不平等関係に切り替えた。これは清の干渉を排除するための布石だった。・・・
 しかしどうあれ、日本の強圧に屈服して結んだ江華島条約は、以後韓半島が列強の争奪の対象に追われる最初の段階になったのは事実である。』(「韓国をめぐる列強の角遂」p.31-35)

 どちらの文献も、この条約の締結をそれ以降の朝鮮半島における激動の歴史の始まりとして認識していることは共通しているが、後者の崔文衡氏の記述の方が多国間の競合のダイナミズムの中でこの条約の締結をとらえているのに対し、前者の国定国史はこの出来事を日本と朝鮮の二国間のみの関係で捉え、他の列強諸国はそれに追随した形でしかとらえていない点で不十分である。

二.日清戦争(1894)

 日清戦争は、朝鮮が自助努力による独立維持の可能性を失ったという点で非常に重要であると共に、日韓併合への第一段階であるため反日感情とも密接に関わっていると考えられる。

 『甲午改革と乙未改革
 農民の不満と改革への要求によって、政府はこれを反映した改革を推し進めざるをえなかった。このとき、日本を朝鮮への干渉を維持するために景福宮を占領し、清日戦争を引き起こした(1894)。金弘集内閣は農民の不満と改革への要求を反映させようと軍国機務処を設置し、政治、経済、社会など国家の主要政策に対する改革を推し進めた(甲午改革、1894)。』(国定国史、p.120)

 『日清戦争はアジアにおける帝国主義時代の開幕を知らせる戦争ということができる。この戦争は清国の無力さを露出させ帝国主義列強に清国分割の道を開いた画期的事件だった。戦争以前の清国は交易相手国として列強の関心を集めたが、戦争以後は侵略的分割の対象に変わった。・・・
 しかし、何よりもわれわれの注目を引くのは、この戦争が韓国を争奪対象として直接韓半島で展開された事実だ。そしてこの戦争は、韓国の運命を悲劇に陥れた初期段階としての意味を併せ持っていた。実に日清戦争は戦勝国日本をアジア唯一の帝国主義列強にした反面、戦敗国清国を半植民地に、そして日清の争奪対象だった韓国を植民地の道へと追い立てていったのである。もちろん日露戦争が終わるまでは、未だ韓国の帰属方向は決定されていなかった。しかし歴史を動かす力の源泉が既に韓国から離れ、列強の手中にあったかの如く、わが運命は列強対決の最終勝利者に左右されるしかなかったのである。』(「韓国をめぐる列強の角遂」p.82)

 驚くべきことには、前者の国定国史では日清戦争に関する詳細な記述や歴史的意味の解説が、それらの重要性にも関わらず存在しない。

 以上のように、韓国の国定国史は、国内情勢ないしは日本との関係のみに記述が終始し、19世紀末の朝鮮の安全保障のあり方に決定的役割を果たした「列強の角遂」が十分に記述されていない。この原因は、民族主義や反日感情が強いあまり、当時の朝鮮人が日本をはじめとする列強諸国に十分な対抗手段をとれなかった現実を直視できないことに原因があると推測される。原因はともあれ、このような歴史教育は、国際情勢を見誤ることで国が滅んだ過去の教訓が新しい世代に継承されないという安全保障上重大な問題を孕んでいる。
 このような問題意識を、崔文衡氏は上記著書の序文で次のように述べている。『今日、われわれは”世界化”という名のもと、いわゆる”第二の開放”を強要されている。これは100年前に帝国主義列強により強要された”第一の開放”と筋道が同じだ。・・
 "第二の開放期”に対する真っ当な歴史認識が切実だという著者の考えの根拠もここにある。・・われわれ韓国の地に侵入した帝国主義列強の本質とその実態を理解しなければ、開放期の歴史を正しく把握できない。本書は、世界に向けて門戸開放をしたわれわれの先人が帝国主義の本質と国際情勢に暗いために、試行錯誤を繰り返した過去の歴史を直視することにその目的がある。』この言葉は、韓国国民のみならず、安全保障を米国にまるなげしたまま国際情勢の急激な変化に目をつむっているかに見える日本国民にとっても肝に銘ずべきものだと思う。

 次回のコラムでは、このような深刻な歴史的反目の問題を抱える日韓の安全保障問題を分析するために、ビクター・チャ、前NSCアジア部長(現ジョージタウン大教授)が、その著作「米日韓 反目を超えた提携」(原題、"Alignment Despite Antagonism: The United States-Korea-Japan Security Triagnle")において提唱している疑似同盟(quasi-alliance)理論を紹介する。

(以上、リンクは2008/08/28アクセス)

3.謝辞

本コラムは「太田述正掲示板」において、2008年7月22日から8月9日の間に行われた議論に基づき執筆された。議論をしてくださった安保様、海驢様、雅様、どうもありがとうございました。

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太田述正コラム#2769(2008.9.3)
<読者によるコラム:硫黄島の戦いと黒人兵士>(2008.10.24公開)

 (これは、バグってハニーさんによるコラムです。)


"The only thing new in the world is the history you don't know."
この世界で新しいものといえば、あなたの知らない歴史だけである。
               合衆国大統領ハリー・トルーマン


1 はじめに

 以下は、米国を代表する二人の映画監督の間で繰り広げられた、ある有名なハリウッド映画にまつわる論争です(太田コラム#2606、2610も参照のこと)。

 「クリント・イーストウッドは硫黄島の映画を二つも撮って上映時間は全部で4時間以上もある。それなのに、スクリーンにはただの一人も黒人俳優が出てこない。彼がなぜそうしたのか俺には知りっこない...。でも、それは誰かに指摘されたはずだし、変えようもあったはずなんだ。彼は知らなかったとかそういうんじゃない。」
 「彼は硫黄島の映画を続けて二つも撮ったのに黒人兵士はどちらの映画にも一人も出てこない。あの戦争を生き抜いた大勢の退役軍人、アフリカ系米国人がクリント・イーストウッドにうろたえたよ。彼の見立てでは硫黄島には黒人兵士は一人も存在していないんだ。そんな単純な話さ。俺の映画は違うよ。」(スパイク・リー)

 「彼は一度でも歴史を学んだことがあるのかな?彼ら(黒人兵士)は旗を掲げなかったんだ。」
 「これは父親達の星条旗、つまりあの旗を掲げる、有名な写真の話なんだ。彼らは旗を掲げなかった。」
 「もしも僕がかまわずにアフリカ系米国人俳優を映画に出していたら、みんな『こいつ頭がおかしくなったんじゃないか』ってなるだろう。それは正確じゃないってことさ。彼みたいなやつは黙ってるべきだね。」(クリント・イーストウッド)
http://blogs.guardian.co.uk/film/2008/06/clint_eastwood_vs_spike_lee_the_new_battle_of_iwo_jima.html

 このやり取りを見て、硫黄島の戦いで黒人兵士が実際にどんな役割を果たしたのかに興味を持ちました。両監督のうち、どちらの言い分が正しいのかは最後のお楽しみに。


2 モントフォード・ポイント基地

 1941年12月8日(米国時間)、真珠湾奇襲の翌日、フランクリン・ルーズベルト大統領(当時)による、かの有名な『屈辱の日(Day of Infamy)』の演説の後、下院は日本に宣戦を布告し、米国は戦時体制に移行します。演説に高揚した男性は志願兵に殺到し、足りなくなった国内の労働力は銃後の女性が穴埋めしました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Infamy_Speech#Impact_of_the_Infamy_Speech
http://en.wikipedia.org/wiki/Homefront-United_States-World_War_II#Labor

 太平洋戦争・第二次世界大戦は米国にとって国家がもてる全ての力を動員する総力戦であり、それは少数派と呼ばれるアフリカ系・アジア系・アメリカ原住民にとっても例外ではありませんでした。これに先立つ同年6月、ルーズベルト大統領は「公正雇用実施委員会(Fair Employment Practices Commission、FEPC)」を創立するための大統領令にサインします。これは黒人などの少数派が銃後産業(homefront industry)に従事するのを促進することを狙ったもので、「防衛産業や政府が労働者を雇用する際、人種、信教、肌の色、出自に基づいて差別することが禁止」されました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Fair_Employment_Practices_Commission

 それまでアフリカ系やアメリカ原住民など少数派を受け入れてこなかった海兵隊では、軍指導者達が異議の声を上げるも、1942年から黒人兵士の募集を始めさせられます。海兵隊初の黒人新兵達は北カロライナ州レジューン駐屯地(Camp Lejeune)に隣り合うモントフォード・ポイント(Montford Point)という黒人専用の基地で基礎訓練を受けることになりました。モントフォード・ポイントでは1949年まで2万人以上の黒人兵士達が訓練を受けました。
http://library.uncw.edu/web/montford/index.html
 その中には、ローランド・ダーデン(Roland Durden)氏とトーマス・マクファター(Thomas Mcphatter)氏がいました。ちなみに、『父親達の星条旗』の主役の一人、アイラ・ヘイズ(Ira Hayes)は、同時期に海兵隊員になった、これまた少数派のアメリカ原住民です。


3 ダーデン二等兵(Private Durden)―黒人初の海兵隊員の誕生

 (以下は、
http://library.uncw.edu/web/montford/transcripts/Durden_Roland.html
http://www.guardian.co.uk/world/2006/oct/21/usa.filmnews
にあるインタビューをもとに構成しました。「」内は彼の答えを訳したものです。)

 ダーデン氏はニューヨーク・ハーレム地区で生まれ育ちました。1943年(1944年?)、中学校で一年飛び級したために他の人よりも一年早く黒人白人共学の高校を卒業したダーデン氏は海兵隊に参加しました。

 「18歳になったすぐ後、海兵隊に入りたいと思ったんだ。男になるためにね。」
 「訓練と経験を積むことができるだろうと思った。当時は、忠誠心とか男の友情とか英雄とか、そういうのを高揚させる映画がたくさんあった。だから、たぶんその影響を受けたんだろう。あと、当時、戦争の只中にあっても、ちゃんとした仕事がもらえなかったんだ。」
 「そのときは(それまでは海兵隊は黒人の入隊を認めていなかったことを)知らなかった。海軍では、我々(黒人)はメス・マン(Mess men)として従軍していたからね。(自分が歴史を切り開いてるなんて)露とも知らなかった。」

 ダーデン氏の記憶によると、母に見送られつつ、ニュー・ジャージーから北カロライナ州ロッキー・マウントまで兵士専用列車で移動し、さらにバスを乗り継ぎモントフォード・ポイントにたどり着きます。

 「キャンプにいるときはブート(海兵隊の新兵)として扱われる。今まで一般市民だったことは忘れさせられる。たとえば、君が帽子をかぶってるとするだろ。軍曹はそれを剥ぎ取って足で踏みつけるんだ(笑い)。」
 「いつも気を張り詰めさせる教官がいて、行進したり、射撃場でいろんなことを練習する。柔道スタイルの戦い方、銃剣の使い方、いろんな匍匐前進のやり方を練習する。」

ダーデン氏が生まれ育った北部とは異なり、モントフォード・ポイントのある米国南部では奴隷制が廃止された後も人種隔離(segregation)の名の下、黒人差別的な待遇・政策が続けられました。兵員専用列車では差別的な待遇はありませんでしたが、休暇中、一人で旅行する際に、ニューヨークから首都ワシントンまでは列車のどこにでも座れたのに対して、ワシントン以南は黒人は給炭車の後ろの車両に座らなければなりませんでした。エアコンがなく窓が開いているので、北カロライナ州に着くころにはカーキ色の制服が汚くなったそうです。町に出れば、映画館では二階席に座れなければならず、バスでは後部座席に座らなければなりませんでした。

 訓練を終えたダーデン氏は、ヘルニアを患っていたこともあり、第33兵站部隊に配属されます。第33・34兵站部隊は列車で西を目指します。列車は途中ニュー・オーリンズでドイツ軍捕虜を拾いました。

 「西部のどこかで石炭か水を補給するために停車したとき、赤十字の看護婦が列車に乗ってきてコーヒーとドーナッツを配ったんだ。我々の将校、大尉は白人だったんだけど、『ドイツ人に先に配れ』と言った。赤十字の看護婦は『いいえ、私達の兵隊さんに先に配ります』と答えた。」

 カリフォルニア州ペンドルトン駐屯地に一時滞在した後、サン・ディエゴからドイツ軍の捕獲船でハワイ真珠湾を目指します。ハワイに3、4ヶ月滞在した後、今度は戦車揚陸艦(LST)で行き先を伝えられないまま出撃します。途中、グアムで艦隊を整え、1945年2月19日未明に硫黄島に到着しました。

 座って戦況を眺めるだけの日々を過ごした後、23日に、ダーデン氏の部隊は上陸を試みますが、日本軍による迫撃砲が激しく、失敗します。翌24日の朝、ダーデン氏の部隊は再び硫黄島に上陸します。ダーデン氏は埋葬部隊に配属されました。

 「ひたすら埋葬に明け暮れた。毎日が終わらないようだった。我々は海兵隊員と言うよりも作業員のような扱いだった。」

 ダーデン氏には三人の白人将校がいましたが、大尉(既出の大尉とは別人)は偏見に満ちていたようです。

 「彼は黒人と一緒に戦うのや嫌だって家に手紙を書いたんだ。黒人海兵隊員の検閲官がいたんだよ。手紙は全て検閲しなければならなかったんだ。」

 その一方で、白人兵士との心温まる交流もありました。

 「こんなことがあったんだ。我々黒人海兵隊員四人くらいが白人の海兵隊員を囲んで座っていた。彼はまだ若く、戦闘で疲れていた。そして、彼はこう言ったんだ。『僕は間違ったことを教えられてた。今、君達と出会って、君たちの事を誇りに思う。』彼がしゃべったことで思い出せるのはそれで全部。でも、彼がしゃべったこと、それをどういう風に言ったか、私は決して忘れません。」

 ダーデン氏は擂鉢山の頂上に掲げられた旗を見ることはなかったようです。(註:星条旗は2月23日に掲揚されましたが、この日はダーデン氏の部隊が日本軍による激しい攻撃のために弾薬の荷揚げを諦めざるを得なかった日です。)

 「旗が上ったとき、旗は見なかった。いや、本当なんだ。まだ船に乗っていたから、旗が揚がったかどうかなんて気づかなかった。旗を見たなんて言えないよ。」

 また、ダーデン氏は日本兵と直接戦うこともなかったようです。

 「いいや、戦闘は見なかった。迫撃砲が自分達のほうに飛んでくるのはあったが。時どき飛んでくるときは、もちろん、死人の間で伏せるんだ。」

 (黒人初の海兵隊員であることをどう思うか問われて)

 「一緒にいた連中が私の誇りです。我々は全体としては教養があるとはいえないが、我々は忠実だった。友達だった。こういう経験を共有すると、それ以外どこでも手にすることができない、ある種の兄弟愛が芽生えるんだ。」


4 第8弾薬中隊マクファター軍曹の場合

 (このセクションは
http://www.guardian.co.uk/world/2006/oct/21/usa.filmnews
にあるインタビューと
http://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Iwo_Jima
をもとに構成しました。)

 マクファター氏は硫黄島で、ダーデン氏とは少し異なる経験をしています。擂鉢山の星条旗掲揚にも一役買っており、日本軍との直接的な戦闘も経験しました。

 硫黄島に到着した海兵隊は1945年2月19日、上陸を開始します。マクファター氏は上陸用舟艇に乗船し、海岸に向かいました。

 「そこらじゅうに死体がぷかぷかと浮いていました。死んだ兵士たちがね。」
 「私たちは匍匐しながら浜に上がっていきました。壕に飛び込むと、家族の写真を握り締めた若い白人の海兵隊員がいました。この兵士は榴散弾にやられて、耳と鼻と口から血を流していました。それを見て私は怖くなりましてね。ただそこに横たわって、主の祈りを何度も何度も繰り返すことしかできませんでした。」

 4日間の激戦の後、海兵隊はついに擂鉢山頂上に到達します。実は、擂鉢山では2月23日の午前と午後の二度にわたって星条旗は掲揚されたのですが、写真家ジョー・ローゼンタールによる、かの有名な写真は二度目の掲揚時に撮影されたものです。Wikipediaには一度目の様子を写した写真も掲載されています。
http://en.wikipedia.org/wiki/Raising_the_Flag_on_Iwo_Jima#Raising_the_first_flag
 マクファター氏はこの一度目の掲揚に関わっています。

 「硫黄島に最初の星条旗を立てた人は、旗を取り付けるための水道管を私から受け取ったんですよ。」

 擂鉢山を巡る攻防はその後も続きますが、日本軍は次第に追い詰められ全滅します。35日間にわたる激戦は、米軍による公式の制圧宣言によって終了しました。しかし、組織的戦闘が終わった後も、隠れていた日本兵による最後の玉砕は続きました。これに応戦したのはマクファター氏ら黒人海兵隊員でした。

 「私達の後に、飛行場を直すために陸軍の人たちがやってきてテントに寝泊りしていました。...(日本兵は)『バンザイ』と叫びながら、抜刀して穴から出てきました。日本兵は(陸軍兵士用のテントの)ロープを切り、キャンバス地の中、剣を手に(陸軍兵士達を)追いかけ回していました。私達の所までやってきたとき、我々はまだ泥の中眠っていました。私達が彼らを倒したんです。倒したのは黒人兵士たちなんです。(しかしながら、こんな活躍も)今まで一度も顧みられたことがない。」


5 終わりに

 『The Marines of Montford Point』の著者であり、それを基にしたテレビ・ドキュメンタリーを監督したメルトン・マクローリン(Melton McLaurin)北カロライナ州立大学ウィルミントン校教授(ウィルミントンはモントフォード・ポイントの近くの港町)によると、35日間続いた戦闘の初日から硫黄島には何百人もの黒人兵士がいました。黒人海兵隊部隊の大部分には弾薬補給業務が割り当てられていたのですが、上陸後の混沌の中、この戦闘計画はすぐに頓挫します。浜辺に着いたとたん、抵抗があまりにも激しかったために弾薬の移動はそっちのけでライフルで反撃するしかありませんでした。
http://www.guardian.co.uk/world/2006/oct/21/usa.filmnews

 このように、海兵隊初の黒人兵士達は人種差別という内なる敵と戦いながら、主敵である日本軍と硫黄島で戦ったのです。しかしながら、この戦争が米国における黒人の役割、彼らの地位、彼らに対するまなざしが見直されるきっかけとなったのも確かだと思います。

 さて、冒頭の二人の映画監督による論争に戻りましょう。実のところ、Wikipediaによると、硫黄島映画『父親達の星条旗』では三箇所で黒人兵士が出てきます。

・ニール・マクドノー演じるセベランス大尉が硫黄島について島の特徴などの概要や上陸作戦について説明する場面(証拠の写真を掲示板とMixiに上げてあります)。
・最初の上陸の場面では、負傷した黒人海兵隊員が運ばれていきます。
・また、最後のクレジットに用いられた、硫黄島の戦いの記録写真には黒人海兵隊員が写っています。
http://en.wikipedia.org/wiki/Flags_of_Our_Fathers_%28film%29

 最初の場面では次のような音声がかぶせられています。
"The 28th will land here at Green Beach"(吹き替え:第28連隊はグリーンビーチから上陸)
"The 8th Ammo Company will land here to resupply"(吹き替え:第8弾薬中隊は、ここで補給にあたれ、字幕:補給部隊はここから上陸)
http://diary4.cgiboy.com/0/unforgiven/index.cgi?y=2008&m=5#26

 つまり、リー監督の「スクリーンにはただの一人も黒人俳優が出てこない」という主張はまったくのデタラメです。おそらく彼は映画をちゃんと見ていないのでしょう。ガーディアンまでその事実を指摘せずに、いわばとぼけて報道を続けているのが不思議です。

 硫黄島の戦いでは米軍の兵力が11万人であったのに対して
http://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Iwo_Jima
黒人海兵隊員は約900人。
http://www.guardian.co.uk/world/2006/oct/21/usa.filmnews
 総兵力の1%にも満たないわけです。にもかかわらず、イーストウッド監督は黒人兵士が出てくる場面をわざわざ挿入し、なおかつ史実に忠実に描いているということは、むしろ、彼が映画の中で黒人海兵隊員を大切に取り扱っていることをよく示している思います。
 
 ちなみに、イーストウッド監督による別のアカデミー賞受賞作『バード』(1988年、ジャズ・サックス奏者チャーリー・パーカーの伝記映画)では、『父親達の星条旗』とはまったく逆に黒人ばかりが登場しますが、イーストウッド監督によると、リー監督はこの映画にも難癖を付けてきたそうです。「なんで白人がそんなことするんだ?」と。他に誰もチャーリー・パーカーの映画を作る人がいなかったから監督したまでで、リー監督が撮りたかったんだったら私が撮る前にそうすればよかっただけだ、そうじゃなくて彼は別の映画を撮ってたんだから、とイーストウッド監督は反論しています。
http://www.guardian.co.uk/film/2008/jun/06/1
 黒人俳優が出てきても出てこなくても文句があるというのは節操がないですね。

<太田>

 すばらしいコラムですね。

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太田述正コラム#2767(2008.9.2)
<読者によるコラム:角田忠信教授と日本人論>(2008.10.22公開)

 (これは、バグってハニーさんによるコラムです。)

 太田コラム#2533では太田さんが角田教授の右脳/左脳論を援用してライトの言説を擁護していたのですが、恥ずかしながら角田教授の名前を聞いたことがなかったので、調べてみました。

 学術論文で検索をかけてみましたが、この方、英語論文をほとんど書いてないですね。それで、「日本人の脳」という主要な業績については、一応英訳されてはいるものの、学術論文におけるこの本の引用回数は非常に少ないです(両手で数えられるくらい)。学術雑誌に載った論文ではなくて一般向けに書かれた著書なので引用されにくいのでしょう。角田教授は日本人を主な相手に研究を発表してきた、いわば「内弁慶」であって、この業界ではほとんど知られていない、つまり彼の実験を追試して結果を再確認した人も反駁した人もほとんどいない、という感じです。今では彼の用いた手法はほとんど廃れていて(両耳に対する音刺激に対する脳幹の反応の違いを調べるという手法は当時もほとんど彼の独占状態にあったようですが)、今は機能的MRIなど脳の機能イメージングが全盛の時代です。実際、表意文字である漢字と表音文字であるアルファベットでは用いられる脳の部位が違う(中国人と西洋人との比較)、といった研究は行われています。

 角田教授の著作を否定的に引用した論文の中では、彼には言語学のバックグラウンドがないことを問題視して、日本語やポリネシア語に関して初歩的な誤解をしているという手続き的な間違い(しかしながら、彼の研究がまったく無意味である可能性も)を指摘しているものがありました。(たとえば、
Journal of Japanese Studies, Vol. 5, No. 2 (Summer, 1979), pp. 439-450
に載った書評に添えられた編集部による注釈。)

 肯定的な引用では、Nature誌に掲載された柴谷篤弘オーストラリア連邦科学産業研究機構上級主任研究員(当時、専門は分子生物学)による「編集者への書状(Correspondence、通常の論文の体裁をとらない、短い意見表明)」がありました。
Nature 299, 102 (09 September 1982)
 Natureに掲載された別の論文で日米欧の子ども達のIQ比較の結果日本の子どものIQが高いことが示されたのですが、柴谷氏はそれは著者達が指摘したような書き言葉の影響ではなく話し言葉の影響であると指摘し、角田教授の脳の機能局在論を援用していました。

 それで、おもしろかったのは、英文論文の中で角田教授の研究が引用される場合、大半はその生理学的知見に言及するのではなく日本人論という文脈の中で引用されていた、ということです。つまり、脳生理学などの生物学雑誌ではなく日本研究など社会学の雑誌の方が角田教授はよく引用されているのです。角田教授の著作は日本人論の典型なのですね。

 それで、日本人論についても調べてみたのですが、英語版Wikipediaはそのものずばり「Nihonjinron」なる項目を見つけました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Nihonjinron
 ちなみに、例に漏れず、英語版のほうが日本語版よりも記述も典拠もずっと充実していると言う情けない状況です(角田教授の「日本人の脳」は英語版だけで文献リストに載っている)。

 それでこのWikipediaの項目によると、日本人論とは次の特徴をおおむね備えているんだそうです。
・特異性:日本、日本人、日本文化、日本のものの考え方、社会行動、言語などなどは独特である。
・この日本人の特異性は特色ある日本人の特徴や民族性に根ざしている。
・時代を超越した性質:日本人の特質はあらゆる時代を通して変わっていない。さらに、しばしば当然視されることであるが、有史以前に生まれた。
・均質性:日本人は民族、人種、民族的共同体として一様である。

 こういう議論は、当たり前ですが、欧米の人々には大変不評です。角田教授の「日本人の脳」も日本人論として英文論文で取り上げられたときは 100%否定的な取り上げ方でした。以下に一例を示して、本コラムを閉じたいと思います。「国家の品格」という、一種の日本人論を著した藤原正彦氏に、英フィナンシャル・タイムズ誌記者がインタビューしたときの記事なのですが、その中で藤原氏が角田教授の右脳/左脳論を持ち出したときの記者の反応です。
http://news.goo.ne.jp/article/ft/nation/ft-20070323-01.html

 たとえば本の中で藤原氏は、日本を訪れたアメリカの大学教授が虫の音を耳にして、「あのノイズはなんだ」と言ったと書いている。虫の音を雑音扱いされて、藤原氏はあぜんとしている。虫の音は美しい音色だと、日本人なら誰でも分かるのに、この大学教授には分からないのか? 「なんでこんな奴らに戦争で負けたんだろう」と思った、と藤原氏はそう書いている。

 「虫の音を聴くと、私たちは冬も間近な秋の悲しみを聴く。夏は終わってしまった。日本人なら誰でも感じることだ。そして同時に私たちはもののあわれを感じる。短く儚い人の一生のあわれを感じるのです」

 こういう藤原氏に私は反論する。日本人が聞き取るこの「音楽」は当然ながら、教養として教わり作られた感覚のはずだ。確かに日本で虫の音は、「もののあわれ」を象徴する。あっという間にはかなく散る桜の花と同じだ(ちなみに藤原氏は、欧米人が肉厚な花びらのバラを好むのに対して、薄く儚い桜花を好む日本人の感覚を対比している)。しかし日本人が、虫の音や桜の花びらに「もののあわれ」を感じるのは、あまたの詩人や歌人や哲学者たちにそう感じるよう教わってきたからではないか? それはたとえば、ボールがクリケットバットあたる音を聞いても、一般的な日本人はただ「ボールが木のバットにあたる音」としか思わないだろうが、イギリス人にばそれは「夏」と「村の緑地」を意味する音なのだ、ということと同じではないか?

 藤原氏は私の言うことにも一理あるとは認めてくれるが、結局のところは、意見を撤回するつもりはない。「ある東京の大学の教授(註:角田教授のこと)が電子器具を使って実験した結果、日本人は虫の音を聞くのに右脳を使うが、欧米人は左脳で聞いているので、日本人は虫の音を音楽として聴き取るのだと証明した」と藤原氏は言う。

 これはいわゆる「日本人論」そのものだ。しかし藤原氏は日本と日本的なものに高い誇りを抱く一方で、英国についても実に温かい言葉をかけてくれる。英国は肉厚なバラと論理とバカでかいマグカップの国だが、そんな国でも、藤原氏はなかなか気に入ってくれているのではないか?

 とても好きだ、と藤原氏は言う。英国は残酷な歴史をもつが、それでも好きな国だと。「20世紀になって、ドイツとアメリカはイギリスに追いつき、追い越してしまった。経済が下向きになるに伴い、イギリスの人々は、あれほどの金と名声があっても決して幸せではなかったと気づいた。だからこそあなたの国の経済は、ずっと停滞したままなんです」と藤原氏は、ゴードン・ブラウン英財務相の逆鱗に触れるようなことを言う。「経済停滞が続いても、英国人は慌てなかった。だから英国は偉大なんです。日本は英国から学ぶべきだ。いかに優雅にエレガントに衰退するか。いかに優美に朽ちていくか」

<太田>

 私は、以前(コラム#1600で)藤原正彦氏の「国家の品格」を取り上げて、同氏の無知蒙昧ぶりを厳しく批判しています。
 お示しの記事は私も読んでいますが、ファイナンシャルタイムスがこんな藤原氏・・数学者としての藤原氏ではありません。念のため。・・を、食事をしながら有名人にインタビューするという定評ある欄で取り上げたことをなげかわしく思っています。
 なお、日本人の手によるこれまでの日本人論一般に批判的であることを、以前(コラム#40で記していることを申し添えます。

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太田述正コラム#2765(2008.9.1)
<読者によるコラム:人種間格差を教育でいかに克服するか>(2008.10.21公開)

 (これは、バグってハニーさんによるコラムです。)

 太田さんの「オバマ大統領」シリーズを興味深く読んでいます。
 予備選が近くなると一日に何回もバラクから電話がかかってきましたが(もちろん録音メッセージですけど)、一方のヒラリーはたったの一回だけ。こんなところでオバマ陣営は資金力・組織力の差をみせつけていました。今はもうすっかり元通り、静かになっています。

 さて、私の子供が通っている学校では毎年EOG(End-of-Grade Tests、要するに学年末テスト)の成績を人種別に公表しています。なぜ、平均点を人種別に公表するのか、その意図は分からないのですが、昨年度の結果はアジア系がほぼ満点で一位(>95点)。それに白人が僅差で続き(93.6点)、やや間をあけてヒスパニック(76.9点)、ダントツのドベで黒人(53.1点)となっています。米国はなんでも大変地域差が大きいのが特徴ですが、州全体の平均でもこの順序に変化はありません(全体的に下がるだけ、うちの町は優秀)。アジア系、ヒスパニックには言葉のハンデがある生徒も含まれることを考えれば黒人との差はことさら強調されることでしょう。なぜ、白人と黒人の間で学校の成績にこんなにも大きな差異が生まれるのでしょうか。
 ある人は次のように説明しています。

―――
 1970年代、ヘイル博士(Janice E. Hale、教育学者・社会学者)はアフリカとヨーロッパの比較研究から、子供たちがまったく違うやり方で学習することを見出した。ヨーロッパ人とヨーロッパ系アメリカ人の子供たちは左脳を用いた、客体的学習法をとる。左脳は論理と解析を司っている。左脳は書物といった対象から学ぶ。アメリカの現行の教育システムはこの左脳学習法に基づいている。
 アフリカ人とアフリカ系アメリカ人の子供はまったく違うやり方で学習する。彼らは右脳を用いた、主体的学習法をとる。右脳は創造性と直感を司っている。彼らは人という主体から学ぶ。
 1954年に人種分離政策が禁止されたのを覚えている人は多いであろう。そのとき学校でも人種の分離が廃止されたが、決して統合されることはなかった。フィラデルフィアで人種分離が終わったとき、私の学校の白人の先生何人かがパニックになった。なぜって?だって、黒人の子供はじっとおとなしく座っていないから。黒人の子供たちは机の後ろやそこらじゅうをよじ登った。なぜなら、彼らは対象ではなくて主体から学ぶから。違うやり方で学ぶからだ。
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/apr/28/differentnotdeficient
―――

 そう、これはオバマ候補がかつて師と仰いだジェレミア・ライト師の演説にある一節ですね(太田コラム#2519、2533参照)。 ニューヨークタイムスの論説委員(Public Editor)によって、「この理論は神経科学者達によって神話に過ぎないとされている、と片付け(太田コラム#2533)」られちゃった理論です。果たして、この理論にはいかほどの妥当性があるのかを調べて見ました。

 まず、ヘイル博士ですが、この方は純粋に教育学者であって「右脳・左脳」というのは彼女がヒトの脳を研究した結果ではないです。こちらに彼女の著書Learning While Black: Creating educational excellence for African American children(黒人として学ぶ)
http://edrev.asu.edu/reviews/rev211.htm
の書評がありますが、もっぱら自分の子どもの経験や公立学校の観察などをもとに、黒人生徒も学業を達成できるような学校改革を提言しています。提言の中に、地域の黒人教会との連携を活用する、というのがあって、それを読んだライトが自分の教会に招待して講演してもらったのが縁となって、問題の演説でライトがヘイル博士に言及したようです。http://www.diverseeducation.com/artman/publish/article_11086.shtml

ヘイル博士によると、「右脳/左脳」という用語は「分野従属/分野独立(field
dependent/field independent)」、「関係的/分析的(relational/analytical)」などとも呼ばれる、この分野の教育学者達が用いる学習法の分類のようです。つまり、この右脳対左脳学習法というのはヒトの脳自体を研究した結果から得られた知見ではないです。
 さて、このライトの演説に対する批判は先にあげた太田コラムの中でもいくつか取り上げられていますが、私のライトに対する根源的な批判というのは、ライトは「違うだけなのであって劣っているわけではない」という呼びかけのもと、逆に黒人に対する偏見を新たにし差別を固定化しているだけなのではないか、というものです。彼の主張というのは換言すれば、白人生徒は創造性と直感にもとり、黒人生徒は論理と解析にもとるため書物から学習できない、と言っているのであって、どちらに対しても大変失礼な言い分です。リベラルな人々はそういう偏見・ステレオタイプと戦ってきたのであって、「米英のメディアは・・私が参照しているのはリベラルなメディアが大部分ですが・・、その掲載記事・論説のほとんどがライト非難一色(太田コラム#2533)」になるのもむべなるかな。

 この教育における人種間格差というのは米国では大きな問題であって、それは様々な原因に求めることができると思うのですが、私の見立てはいたってシンプルです。それは教育に対する熱意の文化的な違いです。アジア系は概して自分の子どもの教育に熱心です。私は家庭教師を雇っている韓国人や中国人をたくさん知っています。私の子どもが通う小学校では白人とインド系の親御さんが学校行事を主導しています。一方、ヒスパニック、黒人の親御さんはまずもって学校に顔を出しません。子どもも放課後ほったらかしになっている場合が多いです。親が学校に来ないから教師もどうしようもない、という感じです。もちろん、子どもの教育にどれだけ手間隙がかけられるのかは経済的状況にもよるわけで、これらの人々には様々な文化的社会的制約から(つまり差別のせいで)そんな余裕がない、というのもありますが、アジア系によく見られる、親が苦労しても子どもだけにはどうにか学を授ける、というメンタリティがあまり感じられないです。今の地位に安住していて、のし上がってやるぞという意欲に欠ける、そういう「奴隷根性」が私には垣間見えます。

 それではどうすればよいのか。ライトの主張とは逆に、黒人のためにこそ黒人に対するステレオタイプを打破する必要があるのではないでしょうか。オバマ候補が大統領となれば、黒人でも、シングル・マザーであっても、能力があれば大統領にだってなれるという実例になり、米国の黒人も自分達に対する見方が変わる大きな福音になると思います。

 「黒人のIQは白人よりも低い」というように、我々は知能や学習能力を固定したものと捕らえがちですが(注1)、実際には知能や学習能力は様々なことをきっかけに大きく変化します。ある子どものIQを経時的に何度も測定した研究から、たとえば両親の離婚をきっかけにIQが大幅に低下することなどが知られています(昔読んだ心理学の教科書に載っていた例)。最後に、サイエンス誌に掲載された、たったの15分で白人生徒と黒人生徒の成績差を劇的に改善する方法を紹介したいと思います。
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/313/5791/1251
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/313/5791/1307

 研究者達が7年生(中学生)に与えたの秋学期初めのエッセイです。実験群の生徒には人生にとって大切な価値をまず選び、それがなぜ自分にとって大事なのか説明する、という課題が与えられます。
 (「友達や家族との関係」を選んだ黒人女子生徒の例)「私の友達や家族は私が誰かと話さなければならないような大きな問題にぶち当たったときにとても大切です。私は友達から友情と勇気をもらいます。私は家族から愛され理解されています。」
 一言で言って他愛のない文章です。15分しかないですからね。しかしながら、生徒達にとっては自己の存在を肯定的に捕らえる機会となるわけです。

 一方、それと比較する統制群の生徒には同じ価値がなぜ他人にとって大事なのか、という課題が与えられます。(「政治」を選んだ黒人男子生徒の例)「政治はジョン・ケリーにとっては大事なんだろう。だって彼は大統領になりたいんだから。」

 そして、その後、学期末テストの成績を比較します。自分に関するエッセイを書いた実験群の黒人生徒は他人に関するエッセイを書いた統制群の黒人生徒と比べてGPA(grade point average、優=4、良=3、などと成績を数値に換算した平均)で0.3向上していました。これは数値としてはたいしたことがなさそうに見えますが、人種間成績ギャップでは最大で40%に相当します。たった15分の課題が何ヶ月も持続していることを考えれば黒人生徒たちにとって大変力強い朗報です。(ちなみに白人生徒の成績では特に向上は認められませんでした。おそらく成績が頭打ちしているのでしょう。)

 社会学、心理学の力を活用して黒人生徒達が自己に対するステレオタイプを打ち破り、人生や学業における成功を手にすることを願って止みません。

 (注1)たとえば、DNAを発見したジム・ワトソン博士は「アフリカの展望については悲観的たらざるをえない」、何となれば「われわれの社会諸政策は彼らの知能がわれわれと同じであるという事実に立脚しているところ、あらゆる検証の結果はそれがそうではないことを示しているからだ(太田コラム #2184)」と発言して顰蹙を買いました。ところが、この話には続きがあって、ワトソンのゲノムが解読され公表・分析されたところ、彼の遺伝子のうちアフリカ人由来のものが、ヨーロッパ系では普通1%未満のところ、なんと16%にものぼることがわかりました。これはワトソンの曽祖父母のうち一人がアフリカ系だとするとつじつまがあいます。
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/science/article3022190.ece
 ワトソンにとってはなんとも皮肉な結果です。黒人を祖先にもってもノーベル賞が取れるのだったら、人種と知能の問題はあんまり心配する必要がなさそうですね。

<太田のコメント>

 バグってハニーさん、nature(氏)かnurture(育ち)か論争や、IQの意義論争といった深刻な論争にそう簡単には決着をつけてもらっちゃ困ります。
 これらの論争について、バグってハニーさんの手によるさらに掘り下げたコラムが近い将来に登場することを期待しています。
 また、その関連で、以前も(コラム#2746で)お願いしたように、Seed誌に載った、人間の動機付けに係る
http://www.seedmagazine.com/news/2008/08/a_new_state_of_mind.php
に関するコラムも書いていただきたいものですね。
 平素から盛んに投稿もしているのに、注文が多すぎる?
 まあ、そうおっしゃらずに。

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太田述正コラム#2778(2008.9.8)
<読者によるコラム:強い意志/付:読者の声>

 (これは、消印所沢さんによるコラムです。)

 ふとしたきっかけで,『世界のキノコ切手』
(飯沢耕太郎著,プチグラパブリッシング刊)という
本を読了.
 世界にこれだけキノコ切手があることに,まず驚かされる.

 しかも,ちゃんとそれぞれの国のお国柄が出ている.
 童話アニメふうのチェコの切手.さすが「クルテク」の国.
 毒キノコに対する啓蒙切手まである,キノコ料理の盛んな
東欧諸国.
 濫造気味のある,切手が主要輸出品のアフリカの国々.
 著作権意識希薄なベトナム.
 著者は日本にキノコ切手が1種類しかないことを
嘆いているが,これは日本ではキノコが単なる食品という
位置付けだからだろう.
 キャベツやゴボウや白菜が記念切手のデザインに
使われにくいのと同じこと.
 そのへんも国柄を反映しているといえるだろう.

 それにもまして興味深いのは,
「こんな国(地域)のものまで!」
と驚くような,その網羅性.
 国連加盟国の切手が全部あるのは当たり前.
 カレリア共和国(ロシア連邦の中の自治共和国)や,
オーランド諸島,英領ヴァージン諸島のものまで掲載.
 中でも,チェチェン共和国の切手まであるのには大変驚き.
 旧ソ連の切手の上に,重ね刷りしたとおぼしき
急造切手だが,「独立国」としての意地が感じられる.
 香港や琉球政庁発行の切手も本書には掲載されており,
たしかにこちらのほうがカラフル(つまり技術が
高度)なのだが,なにがなんでも独自の切手を
発行したい!という強い意欲が感じられない.

 独立の意思というものは結局こういうことなのだろう.
 何がなんでも自前の切手.何がなんでも自前の通貨.
何がなんでも自前の言語・文化・宗教……を用意したい
という強い意欲があるかないかで,独立の意思の有無が
判断できるように思われる.
 イスラエルなんざ,ヘブライ語まで復興したしね.

 逆にいえば,いくらテロを繰り返したりしても,そういう
ものが見えてこないうちは,独立への支持は高まらないのでは
ないかと.
 東トルキスタン(中国ウイグル自治区)は小規模なテロは
継続してやっているけれども,そういうものがさっぱり
見えてこない現状では,まだまだ独立は遠い先の話だろうし,
台湾は台湾で,中国と一線を画す独自文化という面で弱い.
 沖縄独立論など,そういう面が殆ど何もないから,
おままごとにしか見えないのだろう.

 各地の紛争地域についてそういう「本気度」を計測できる
尺度を作ってみると,面白いデータが収集できるかもしれない.
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<太田>

 消印所沢さん、どうもありがとうございました。
 今回のコラムにひっかけて言えば、グルジアなんて、

’Georgian society remains infused with an appreciation for Russian culture that Georgian sociologists and historians say will outlive this latest round of tensions.
A monument to Alexander Pushkin, a Russian poet and icon who once visited Tbilisi for inspiration, stands in a park just off Freedom Square in the city. Georgian television channels routinely broadcast old Russian films, kiosks sell Russian-language fashion magazines and Russian pop music blares from taxi radios. While Georgians proudly cling to their distinct centuries-old language, Russian is the second language here.
Even some of those victimized by the Russian bombings said they perceived the conflict as a proxy battle between two global powers - Russia and the United States - rather than a vendetta between Georgians and Russians.'(
http://www.nytimes.com/2008/09/08/world/europe/08georgians.html?_r=1&oref=slogin&ref=world&pagewanted=print
。9月8日アクセス)という有様なのですから、ロシアと事を構えるなんて100年早すぎたのかもしれませんね。

 ところで、ファイナンシャルタイムスの例のインタビューに、巨匠ゲルギエフ(コラム#2751)が登場しています(
http://www.ft.com/cms/s/0/9880da60-7ad9-11dd-adbe-000077b07658.html
。9月6日アクセス)が、いくらご本人も奥さんも北オセチア出身だとはいえ、

'Gergiev・・・ makes no mention of the torching of Georgian communities in South Ossetia or the devastation caused by Russian forces in Georgia.’
という姿勢で、
'For Tskhinvali, 1,000 dead is a devastating loss. It’s the Ossetian equivalent of the Twin Towers. If the Russian army had not intervened, thousands more Ossetians would have been killed.”’
なんて発言されると鼻白みますね。
 もっともこれは、南オセチア人のグルジアからの独立、南北オセチアの統合、統合オセチアのロシアへ自治共和国としての吸収、への思いがホンモノであることを示しているのかもしれません。

<海驢>

MSさま、コラム:日韓の反目と安全保障(#2771・#2775(未公開)・#2777(未公開))拝読しました。
 非常に緻密な文章に少々驚きを覚えながら読みましたが、いや力作ですねえ。
 ビクター・チャ教授の疑似同盟理論については、普遍的なものと解するにはもっと実事例が必要でしょうが、第二次大戦後の日韓関係にはかなり適用性が高いように感じました。

 コラム#2771で謝辞をいただきましたが、当方の投稿などはとてもこの大作コラムにお役に立つレベルではなかったので、少々面映ゆいですね・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

太田述正コラム#2778(2008.9.8)
<仏ダティ法相の妊娠>

→非公開

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太田述正コラム#2608(2008.6.14)
<皆さんとディスカッション(続x164)/書評『国連事務総長・島耕作』:消印所沢通信26>

<ueyama>

>やっぱし、1999年当時でも日本の青少年の自殺率は先進国じゃ高い方なんですね。

 その通りですが、やはり私は「他の世代では軒並み先進国中トップの自殺率なのに青少年はそうではないのか」つまり、どうしても青少年を焦点にしたいのであれば「どうして青少年は自殺しないのか」というほうが適当な気がしますけどね。もちろん、もっと適当なのは「どうして中年以上は(経済苦で?)死ぬのか」でしょうけど。
 それに他の(最近の)データを提示されているわけではないですから、「1999年当時でも」ではなく「1999年当時では」が適当でしょう。19年版自殺対策白書をそのまま信じるなら、現在他の先進国は日本より若者の自殺率はあがっているようですし、これではただの印象操作です。

 ニューヨークタイムズの記事、興味深く読ませていただきました。
 特別目新しい話は出てきていないようですけど、世界的にも、今のところこの程度の考察しかできていないということなんでしょうね。私はもっとラディカルに変革してほしいと思っていますけど、そのままほっておけばこうなっていく、という予測としては充分納得できる話でした。
 ところで、電子ブックの話で出てきているlive readingというのはどういうものですか? 朗読会のようなものかな、と思ったんですけど、それで稼ぐという絵がいまいち想像できません。

<太田>

 筆者のポール・クルーグマン(「クラッグマン」とも日本では表記されてます)は米国の有名な経済学者(プリンストン大学教授)であり、ニューヨークタイムスに載った彼のコラムの内容の信頼性は高いはずです。
 なお、このコラムの文脈でのlive reading は、おっしゃるように「朗読会」なのですが、私は著者による有料「朗読会」のことであると受け止めています。
 詩や小説(長編じゃちょっとムリですね)の著者による有料朗読会や(プロモーション目的での冒頭部分等の)無料朗読会は、ロシアや欧米ではよく行われていると承知しています。
 典拠を探したのですが、すぐには出てきませんでした。

<バグってハニー>

米国が英国にサインするなと頼み込むのは共同作戦で英国にクラスター弾を使ってほしいからじゃなくて、禁止条約が発効して自分だけはみ出し者になるのがいやだからですよね。日本が米国の属国だったらサインするなという「指令」が来てもおかしくないかなと思ったのですが。ただまあ、日本政府に外交力があると考えるのは私の願望にすぎないですが...。
しかし、国際政治で英国には常に一定の存在感がありますよね。国力は日本の半分くらいしかないのに、なんでなんだろ。
対人地雷禁止条約の時には太田さんはまだ旧防衛庁にお勤めでしたよね。何かこれにまつわるエピソードとか太田コラムってありますか?

<太田>

 国際政治で英国に存在感があるのは、英国が、日本とは違って独立国であることは言うまでもないとして、かつて世界のほぼすべてが自分の植民地かその隣国であったことから、世界中のことに強い関心を持っており、現在でもこれらの地域で培った諜報人脈を維持していて、世界中の国の中で最も的確な情勢分析ができるからです。 

 対人地雷禁止条約に日本が署名した1997年12月当時、私は担当部局にはいませんでしたが、このことが防衛庁内で話題になった記憶はありません。
 日本列島への着上陸侵攻の可能性などゼロなのですから、対人地雷(そして対戦車地雷)を自衛隊が持つ必要は全くないのです。
 タテマエ論はともかくとして、対人地雷やクラスター爆弾が禁止されたって自衛隊は痛くもかゆくもないからこそ、大して話題にならないのですよ。
 とにかく、日本が集団的自衛権の行使ができるようにしないと話にも何もなりません。
 さもなきゃ自衛隊は現在の10分の1の規模でよいと私が言っている意味をぜひご理解ください。

<アヒル>

 コラム#2604でご紹介頂いた、日経BPの記事、読みました。面白かったです。
 チベット僧が全員、筋肉逞しく美しい容姿とは限らないと思いますが、拝金主義の漢民族よりも、チベット僧に男性としての魅力を感じるという中国人女性の気持ちはよくわかります。
 デート費用を全額女性に払わせて平気な男性なんて、何人だろうが私もお断りです(笑)。
 私の個人的考えですが、経済的豊かさを追求する人と、精神的豊かさを大切にする人とは、価値観が違いすぎて永遠に理解しあえない壁があると思います。
 もちろん、衣食足りて礼節を知ると言うし、ある程度の生活の余裕があることは必要です。でも、生きるのに必要十分以上の経済豊かさが欲しい人と、欲しくない人がいると思います。
 漢民族に前者が多く、チベット人に後者が多いということではないでしょうか。
 主に先進国の人の一部がチベット人に共感して、チベット頑張れ!と応援するのは、チベット人は金銭欲が希薄で、宗教や文化や言葉を心の拠り所にする民族だから、その価値観に共感する人が一定数いるということだと思います。
 漢民族の中に、チベット人の価値観に傾倒する人が多く出ることを期待します。そうなりつつあるのかもしれませんが。
 典拠にふさわしくない記事のアドバイス、ありがとうございました。私も、この記事を典拠にするのはよくないかな、と思いました。
 今後は信頼できるメディアの典拠をつけるように気をつけます。
 ご存知と思いますが、独裁国家や紛争地域では、報道陣を締め出している国や地域がありますよね。
 太田さんは、一流紙で報道されない事実については、どのようにお考えですか?
 最近、日本語ニュース誌で「国境なき記者団」の特集記事(
http://www.newsdigest.fr/newsfr/content/view/1308/38/
)を読みました。
 ネット版では載っていないようですが、キューバで取材をしたために、何十年の懲役刑を課せられて服役中の記者の話などを読んで、考えさせられました。

<太田>

 私は、英国のガーディアンやファイナンシャルタイムス等で報道されない事実は、先程も申し上げたような理由で、重要ではないと割り切っています。

<ミュンヘン>

 ちょっと気になったので、ささいな事ですが。。。
 タイトルはオバマ大頭領ではなく、オバマ大統領誕生へ?ではありませんか?(早く有料購読者になろうとしているのですが、なかなか余裕が。。。)
 
<太田>

 ゲ! 全く気付きませんでした。
 こうなりゃ、記念に訂正しないでおきましょう。
 それにしても、「世界24カ国で行った調査で、米大統領選に最も高い関心を持っているのは日本との結果が出た・・・。本国の米国よりも高かったのは日本だけ・・・」(
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008061401000286.html
。6月14日アクセス)には驚いたね。
 まさか、オバマと小浜市とのひっかけで関心をもっているだけではないでしょうが、 私のような意味でオバマ、ひいては米大統領選に日本人は関心を持って欲しいものです。

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<書評『国連事務総長・島耕作』:消印所沢通信26>

 島耕作シリーズの最新刊.
 社長ネタをやりつくして,あとは背任くらいしかネタが
ないという島耕作が,国連事務総長に華麗な変身を遂げる
というストーリー.

 シリーズを通しての特徴である,信じられないような
運の良さは,この事務総長編でも健在.
 もう一人の総長候補で,本命と見られていたクルト・
メンシェンイエーガーが実は元ナチスSSで元KKKで
現アル・カーイダだったことが判明し,棚ぼた的勝利で
当選するところからして,ラッキー的要素強し.

 就任直後に起きた大事件が,軍事独裁下にある
東南アジアの国,ピカニャー連邦を襲ったサイクロン被害.
 国土が9割水没したというのに,外国からの援助を
受け入れないピカニャー.
 苦悩する島.

 交渉の末,仏陀の物語の1エピソードにならって,
ドル札を敷き詰めた範囲だけでなら救援活動を認めるという
ことになったものの,2次災害でドル札が全て吹き
飛ばされてしまい,ピカニャー軍事政権は,
「再度,ドル札を敷き詰めないと援助活動は認めない」
と言い放つ始末.
 これにはアメリカも激怒して,あわや一触即発の事態に……
 と思われたそのとき,選挙でアメリカに初の女性大統領が
誕生して,その大統領が実は島の隠し子だったので,島の
説得に応じてB-52を引き返させたというオチには,さすが
強運の持ち主と感心させられる.

 おかげでピカニャーはそのドルで中国製兵器を買って
軍事大国になり,しかも被災民にとっては何の根本的解決に
もなっていない,というところを批判する人もいるが,
現実の国連だって何の根本的解決もできないのだし,
マンガとしてはむしろリアリズム志向なのかもしれない
(苦笑)

 また,ンガンガのエピソードも面白い.
「アフリカのンガンガ共和国で部族同士の虐殺が発生.
 国連軍が同地にいたにもかかわらず騒擾発生によって
退避してしまって虐殺を止められなかったということで,
島にも非難殺到.
 苦悩する島.
 ところが実は,虐殺された10万人以上は全員,島の
隠し子だったと分かり,一転,島に同情が集まったばかりか,
「虐殺に用いられた鉈(なた)は悪魔の兵器である」
として,軍隊での鉈の使用を禁止する国際条約を成立させ,
島が拍手喝采を浴びるというオチは感動的.

 他にも,いかにも全共闘世代らしく,国連憲章に
「加盟国は非武装中立であること」を謳う条文を入れようと
島が頑張り,そのかいあって条文はめでたく入ったものの,
国連脱退国が続出.
 最後にたった1国,国連に残った日本が,念願の
常任理事国の地位を手に入れるというエピソードなどなど,
興味深いエピソードが満載.

 次回作,『銀河帝国皇帝・島耕作』にも期待大だ.
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太田述正コラム#2609(2008.6.14)
<イラクの現状をどう見るべきか>

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太田述正コラム#2477(2008.4.10)
<皆さんとディスカッション(続x108)/マリネラの核武装問題:消印所沢通信25(その4)>

<読者SK>

 <送っていただいた>ご著書は大変素晴らしい内容でした。
 ほっとしたのは、あの岡崎久彦氏と太田さんが同根でなく対極ともいえる思想上の位置であったことです。集団的自衛権の考え方が似ていたので心配しておりました。日頃より岡崎氏の長いものにまかれろの論理には抵抗があったので溜飲がさがる思いでした。
 あらためて、太田さんの言論を支持させていただきたいと思います。

<コバ>

 中央日報(
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=98533
) によれば、村上春樹氏は共同通信とのインタビューの中で、「日本人には、まだ戦争で犯したことに対して本当に反省する気持ちがない」と述べたそうです。氏は取材活動の中でそのように考えるようになったそうですが、このような意見は色んなメディアでよく見かけます。
 自分としては、過去に日本が他国に被害を与えたことは反省するにしても、経験もしていない戦争をどのように反省すべきなのかと悩んでしまいます(ダメ縄文人ゆえ?)。
 太田さんはどう考えますか?

<太田>

 小説家はフィクションを紡ぎ出すことを生業としている人々なのであり、彼らの言動を真面目に受け取って考え込んだりしたらバカを見るだけですよ。
 三島由紀夫が言うことも、大江健三郎が言うことも、村上春樹が言うこともすべてそうです。

 ところで、私が村上論として最も秀逸だと感じたのは、イギリスの詩人ヒル(Tobias Hill)による、村上の英訳短編集'Blind Willow, Sleeping Woman'の書評(
http://books.guardian.co.uk/departments/generalfiction/story/0,,1815022,00.html。2006年7月8日アクセス)です。
 ヒルは、村上のこの短編集に収録されている各短編における日本文化の完全な欠落を指摘した上で、
The lasting effect is not that of a Japanese writer trying to write about the west, but of a writer whose relationship with his own culture is as complex, strange and powerful as the stories he creates.
と締めくくっています。
 これを私の図式に置き換えると、村上は、意識の上では完全に弥生化(英米化)しているものの、どうしようもなく縄文人であり、彼が支那でも英米でもウケているのは、実は村上の縄文性・・ユニークさと普遍性を兼ね備える・・にある、ということになるのかも。

<風>

 太田さんに質問 。
最初に断わっておきますが、あまりにも場違いな質問ですいません。
 最近、テレビ、マスコミの間でキャンディーズが盛り上がってます。
 当時、麻布高校に居た宮台氏(東大社会学科?教授)が蘭ちゃんは本当に可愛かったと発言してました。
 さて、日比谷高校(当時東大生を日本一輩出した高校であり、長い間官僚派閥で最大派閥であった)在学中の太田さんにとってのアイドルって、どういう人でしたか?
 団塊世代だから、やっぱりビートルズ、ツイッギーのミニスカートなんですかね。
 私の場合、小学3年生当時、私にとっての唯一のアイドル山口百恵が引退して以来、全くアイドルも卒業してしまいました。8歳でアイドル卒業は相当オマセなそうですが・・・
 つまらん話題でしたら、無視して下さい。
 キャディーズの熱烈ファンだった防衛大臣石破さんの例もあるので、是非、生身の太田さんの青春時代を知りたくて、質問してみた次第です。

<太田>

 まだ小学校時代の1960年にテレビで中継された舞台演劇「敦煌」で初めて出会った、ヒロイン役を演じた八千草薫(1931年〜)が私にとって最初のアイドルだったと言えるかもしれません。
 「本格的」なヒロインは、高校時代の1965年の映画「赤ひげ」でデビューし、1966年にテレビで毎週放映された「氷点」でヒロインを演じた内藤洋子(1950年〜)です。「氷点」のテーマミュージックをピアノでよく弾き、部屋には週刊誌の表紙から切り抜いた彼女の写真を飾ってました。
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<マリネラの核武装問題:消印所沢通信25(その3)>

 --○○○○--

 1945.4.30,チョビ髭の男が自殺して,ヨーロッパでの戦争は終わった.
 しかし「ドイツとの開発競争」だったはずの原爆開発は終わらなかった.
 開発の目的は対日戦での使用,そして戦後のソ連との対決に備えるためのものへと,開発目的は変化していった.

 科学者たちの多くは,原爆の実戦使用には反対だった.※1
 東京湾の真ん中に原爆を投下し,その威力をデモンストレーションするだけで,効果は十分すぎるだろうと彼らは考えた.
 レオ・シラードが始めた原爆実戦使用反対の嘆願書には,ロスアラモスの科学者のうちの実に74%が署名したという.

 そしてヒギンズ3世も反対者の一人であり,彼はこう提案したくらいだった.
「アラモゴルドでの原爆実験に,天皇を招けばいい.※2
 原爆の爆発を見れば,彼は自分の国がもはや勝ち目がないと悟るだろう」


 前掲『シラードの証言』 によれば,彼は実際に招待状を書いたらしい.
 マリネラ王国は中立国であり,日本の皇室との王族同士の親交もそこそこあったので,そのコネで天皇へ手紙を出そうとしたようだ.
 けれども実際に王国の政治実務をとりしきっているのは当時も今も国王付の武官たちであり,18人の王子王女のうちの一人に過ぎず,しかもまだ未成年のヒギンズ3世の話に,武官たちが耳を傾けるはずがなかった.


 次に彼は,もう少し回り道になるやり方を試した.
 当時,戦時情報局の海軍大佐だったエリス・ザカライアスによれば,彼はレオ・シラードを通じ,同じくハンガリー出身の対日諜報専門家,ラディスラス・ファラゴーに話をしたという.
 ファラゴーは上司のザカライアスに話を伝えた.
 ザカライアスはその話に大いに乗り気だった.
 彼も原爆投下は不要なことを確信していた.
 彼の見るところ,アメリカ側が講和条件として「無条件降伏」の「無条件」を撤回するならば,日本は明日にでも講和会議のテーブルに着くことは明らかだった.
 また,仮に「無条件」を撤回しなくとも,12月になれば日本は餓死者が続出して降伏を余儀なくされる可能性が確信的に高かった.

 だが,国交を断絶している日米間でどうやって手紙を伝えるかが問題だった.
 ヒギンズ3世は,「ユダヤ人コネクションを使ったらどう?」と言った.
 満州や上海にはユダヤ人コミュニティが1945年になっても存在しており,アメリカのユダヤ人コミュニティとの間にコネクションがあった.
 そこで
ハルビンのユダヤ人実業家レフ・ジクマン
⇒安江仙弘大佐
⇒関東軍参謀長・飯村穣中将
というルートで日本に書簡を送る計画が練られた.

 しかし日本本土爆撃が激化するにつれ,日本・満州での外国人排斥機運は急速に悪化,ユダヤ人ルートは事実上絶たれたも同然の状態になった.
 満州で,上海で,ユダヤ人社会も日本の官憲の迫害を受けるようになり,安江大佐は予備役になって軍務から遠ざけられた.※3
 ユダヤ人に限らず,日本人とは見かけの異なる「ガイジン」は,等しく迫害を受けた.
 日本国内ではドイツ人さえ時として石を投げられた.
 そのため,計画は断念された.

 他にも様々なアイディアをヒギンズ3世は出した形跡があるが,それらは上記2計画以上に奇抜すぎて,検討すらされなかったようだ.
 マリネラ王室に保管されている,当時の彼のノートを見ると,次のような走り書きが読み取れる.


「たとえ天皇が乗り気でなくとも,本人の意思がどうあろうと実験を見せたなら


 気球で吊り下げる一人乗りゴンドラ


             天皇のそっくりさんを用意
             日系アメリカ人特殊部隊



西


太平洋を横断


   長いワイヤを天皇にくくりつけ.開けた場所に座らせる
       ワイヤは気球で高く高く吊り上げる

特別な装置
を機首につけた航空機が
ワイヤをひっかけて


ワームホールを利用した"anywhere door"※4


 実験を見ることさえできればいい
身体全部を日本から移動させる必要はない


天皇の


首から上だけ


を生かしておく装置」


※1
前掲『オッペンハイマー』より.

※2
ザカライアス著『日本との秘密戦』(朝日ソノラマ)より

※3
安江弘夫著『大連特務機関と幻のユダヤ国家』(八幡書店,1989/8)
H. E. マウル著『日本はなぜユダヤ人を迫害しなかったのか』
(芙蓉書房出版,2004/1/20)
山本尚志著「日本を愛したユダヤ人ピアニスト レオ・シロタ」
(毎日新聞社,2004.11.20),
阪東宏著『日本のユダヤ人政策1931-1945 外交史料館文書
「ユダヤ人問題」から』(未来社,2002.5)より

※4
 anywhere=どこでも
  『オッペンハイマー』によれば,ロバート・オッペンハイマーはブラックホールの発見のヒントになるような着想を,すでに1938年にノートに遺している.
 しかしロバートは天文物理学には興味はなく,その着想はそのまま埋もれた.
 ヒギンズはそのノートを見た可能性がある.
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太田述正コラム#2478(2008.4.10)
<英米軍事トピックス(その3)>

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太田述正コラム#2462(2008.4.2)
<過去・現在・未来(続x6)/マリネラの核武装問題:消印所沢通信25(その3)>

1 阿佐ヶ谷ロフト・トークライブ出演報告

 3月31日の阿佐ヶ谷ロフトでのトークライブ出演報告をごくかいつまんでさせていただきます。
 始まる前に楽屋で東京新聞の半田さんと交わした守屋論が大変面白かったのですが、生々しすぎるので省略します。

 前半では、半田さんが、「守屋が石破防衛庁長官(当時)に訪米時に米ミサイル防衛システム開発への日本の協力をぶち上げさせ、福田官房長官(当時)がすぐにそれを打ち消したにもかかわらず、更に画策を続けて、翌年の小泉訪米で、日本が、開発に協力するだけでなくミサイル防衛システムを導入することにまでコミットするに至らしめた」という話をしたことが印象に残っています。
 私は、「守屋は宗主国米国のエージェントとして動いただけのことだろう、米国と守屋の仲介をしたのは宮崎氏や秋山氏ではないか」と述べておきました。
 守屋、宮崎は立件されたが、果たして立件が政治家まで及ぶかについて、フロアの記者の人も交えて議論になりましたが、分からない、というムードでした。
 (なお、休憩時に、楽屋で、某出演者から、連休明け頃には間違いなく政治家が立件されるのではないか、と具体的根拠を示しつつ話がありました。)
 また、イージス艦の役割が話題になり、私から、「イージス艦を含む護衛艦は、空母や揚陸強襲艦を守る以外に使い道はない」と述べた上で、米海軍と海自の日米共同訓練をやる時、海自が護衛隊群で米空母を守らせてくれと申し出てかえって邪魔だと断られたことがあるというエピソードを披露しました。半田さんがこれを受け、「最近のリムパックでは、海自部隊が米空母部隊と行動を共にさせてもらえない」とし、「冷戦時代と違って、海自護衛艦の存在意義はなくなっている」と述べました。そこで、私から、「冷戦時代だって存在意義はなかった」と指摘しておきました。
 途中で、司会の週間金曜日の伊田さんが、「太田さんは凄い内部告発者だ」と言ったのに対し、私から、「自分では内部告発者だとは思っていない、防衛省・自衛隊の実態を明らかにすることによって、自衛隊はまさに憲法第9条の下、何の役にも立たない代物であることを、気前よく大金をイージス艦等に出している皆さんに知ってもらい、喜んでもらうことが目的だ」といつもの調子で混ぜっ返しておきました。伊田さんが、「皆さんとは「左」に人々ですね」と言うので、私は、「いや、「左」だろうが「右」だろうが意識していないのだけれど、どういうわけか、「右」の皆さんは、お前はなんでそんなこと言うのか、と怒るんですよね」と答えておきました。

 後半では、佐高、鎌田、佐藤、という錚々たる出演者が三菱重工は国家そのものだ、と規定した上で、同重工をぶったたき続けるのを静かに拝聴することに努めました。
 本を出したのは鎌田さんではなく、週間金曜日が、自らの連載を本にされたのですね。 私からは、発注者である防衛省が、天下りが減ってしまうこと等から、安くて性能のよいものをつくらせる気がないところへもってきて、武器輸出禁止という自主規制を行っているため安くて性能のよいものをつくっても仕方がない上、重要な装備、例えば戦闘機、について意欲的な国産開発をしようとすると宗主国米国からダメ出しがある、ということを指摘しました。
 そして、F-2が純国産から、米国の圧力で旧式のF-16をベースにした日米共同開発に切り替えられた頃、重工の航空機製作所を訪問したところ、技術者が怒っており、これでは碌なものができないなと予感したところ、案の定、できあがったF-2はバカ高く、要求性能を充たさず、しかも危険な戦闘機になったと付け加えておきました。
 もう一つ、好むと好まざるとにかかわらず、組織革新や技術革新は軍から始まるものであることを簡単に理由を挙げて説明した上で、戦後の日本の技術革新で見るべきものは即席ラーメンとウォークマンくらいだ。これは日本の自衛隊や重工のような軍事機構がいかにダメかを示している。最近重工は小型ジェット旅客機の生産を発表したが、皆さんは、自分らにこんなちんけなリターンしかしてくれないのか、と重工を突き上げるべきだ、とアジっておきました。

2 朝鮮日報の親日狂ぶり続く
 
 「実は、安重根の抱いていたこのような考えは、安自身は気付いていなかったのでしょうが、伊藤博文の考えとほとんど同じだったのです・・。そのような伊藤の考えの実現を不可能にしたのは、当時の支那や朝鮮半島の指導者達の頑迷固陋さでした。朝鮮日報は喉まで出かかっていてもさすがにそこまで踏み込んで記していません」と(コラム#2426で)記したばかりですが、その後も朝鮮日報の親日狂ぶりは続いています(コラム#2444、2459参照)。
 
 つい最近も私の度肝を抜く記事が次々に掲載されています。

 4月1日付の東京特派員の記事は、東郷平八郎が「李舜臣将軍はわたしの師」と語った話や、司馬遼太郎も紹介するところの、日露戦争前後の日本が、李舜臣の戦法を研究するだけでなく、李舜臣の霊に祈りまでささげることを旨としたという話を紹介しつつ、

 「日露戦争での日本の勝利には、弱小国の民族運動を刺激したという世界史的な意味がある。しかしわれわれ韓国人からすれば、日本は帝国主義化、韓国は植民地化へと向かう一つの経過点だった。日本が世界から注目を浴び、強国への道を歩み始めるとき、韓国は静かに姿を消しつつあった。1909年に義士・安重根が伊藤博文を狙撃したときは、東郷艦隊の歴史的評価が最高潮に達したときでもあった。安重根義士が孤立無援の韓国を象徴するとすれば、伊藤博文は日進月歩で躍進する当時の日本を象徴していた。・・<現代韓国の>(人気小説家)キム・フンは「なぜ小説『安重根』が書けないか」で「伊藤博文の生きざまと内面に対する勉強が足りない」と<記している。>・・「勉強が足りない」というのは謙遜だろう。「当時の世界史をありのまま受け入れるには、まだ韓国社会にとって荷が重い」という表現がふさわしいのではないかと思う。東郷艦隊が敵将に祈るときのような「強国になりたい」という熱意が、自己否定に至るほどは切迫していないせいかもしれない。」

と結んでいます。(
http://www.chosunonline.com/article/20080401000039
http://www.chosunonline.com/article/20080401000040
(4月1日アクセス))

 ついに、朝鮮日報は喉まで出かかっていたことを記すに至ったわけです。
 最後のセンテンスこそ、ナショナリズムに藉口した韜晦ですが、要は、ほとんど同じ考えを抱いていた伊藤がいかに苦渋の思いで韓国の属国化を図ったか、忖度することができないまま伊藤を暗殺した安重根は愚かだった、とこの記事は言っているのです。

 3月31日付の記事にも、ただただびっくりしました。

 韓国の現行の歴史教科書の左傾化を是正するという触れ込みで『代案教科書 韓国近・現代史』が出版されたことは承知していましたが、この記事では、あるTV局が、この教科書に「従軍慰安婦が強制ではなく、大金を稼げるという言葉にだまされたものだ」との記述があると問題視したことに対し、執筆者側が、「既存の教科書の誤りを正すため、『挺身隊』と『慰安婦』が明確に別の存在であることを叙述したものであり、当時韓国の慰安婦の大多数が『就職詐欺』によって慰安婦になった点は、既に韓国国内のこれまでの研究成果によって明らかになっている」と反論したと報じているのです(
http://www.chosunonline.com/article/20080331000048
。4月1日アクセス)。

 そんな内容の教科書が韓国で出版されたこと自体もびっくりですが、この記事は、「従軍」慰安婦の実態がまさにそのようなものであったことを朝鮮日報の読者に周知させることが目的であるとしか思えないことに私は何よりもびっくりしたのです。
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<マリネラの核武装問題:消印所沢通信25(その3)>

 --マリネラは原爆情報をいかにして入手したか?・その2--


 『精神の金羊毛を求める探検』※1なる本によれば,天才について次のように述べられている.『彼らは第一列目に立つわけでもなければ、後続の人たちより一歩先を進んでいるわけでもない。 第一級の天才は、思想的に言って、要するにどこか全然別のところにいるのだ』 そして,普通の天才は世間に歓迎されるが,一級の天才は生前は理解されず、認められるのは未来の世代によってであり,そのような天才は,特に小国において埋もれがちなのだという.
 もっともマリネラ王国は,小国ではあるものの,天才を比較的輩出しやすいところとして,生物学や自然人類学上,よく知られた存在である.※2 『ダーウィン以来 進化論への招待』(早川書房、1995年9月)などの著書で知られるスティーヴン・ジェイ・グールドは,このマリネラ王国の特性について,「マリネラ島はバミューダ・トライアングル中央に位置するため,古来より人の出入りが少なく,そのために近親婚が繰り返されたためだろう」と推測している※3 
 様々な奇行で世に知られる現マリネラ国王パタリロ8世は,しばしば「躁鬱病の躁状態だけの人物」などと言われるが,前出の元KGBスドプラトフによると,ヒギンズ3世は逆に内向的で,「ぬぼーっとした人物」だったという. また,レオ・シラードによれば,オッペンハイマーを「問題の全体を見通し,学際の問題について実際的ない解決法を見つけ出すことのできる天才」とするなら,ヒギンズ3世は「問題を引っ掻き回し,第三者には理解不能のやり方でしか解決しない天才」だったという.※4「エドワード・テラー同様※5,ヒギンズ3世もロスアラモスでは浮いた存在であり,研究をいたずらに混乱させるような着想ばかりが目立っていた. 彼が原爆開発において何か貢献できるようには思えなかった」
 しかしオッペンハイマーは,熱意を失った後のテラーに対してと同様,ヒギンズ3世についても「何かしらの役に立つ可能性が少しでもあるなら」と,彼をロスアラモスに留めた. 私的にもオッペンハイマーは,ヒギンズ3世とは気が合ったらしい. それは二人が似たような境遇の持ち主だったからだろうと,スドプラトフは言う.「オッペンハイマーは,当時のマルクス的な平等主義の風潮の中,自分が裕福な生まれであることに引け目を感じていたが,ヒギンズ3世も同じように,ダイヤモンド産業のおかげで裕福な王家の生まれであり,そのことに引け目を感じていた. また,2人とも同じように内向的だった※6」
 そのときロバート・オッペンハイマー,39歳. 一方,ヒギンズ3世は,平均年齢25歳のロスアラモス研究所の中でも最年少の18歳だった.
(つづく)

※1 2008年時点で邦訳は存在しないが,クノ・ムラチェ(Kuno Mlatje)による同書についての書評『イサカのオデュッセウス Odysseus of Ithaca 』が,書評集『完全な真空』(国書刊行会,1989/11)に収録されている.
※2 その地理的特性のせいか,マリネラ王家の天才伝説にはオカルトの趣きもただよっている.
 例えば17世紀に英国艦隊がマリネラ島に来襲した際,ロケット砲やレーザー光線で反撃され,撃退された,とするオカルト伝説が根強く囁かれている.(ロベール・ド・ラ・クロワ著『海洋奇譚集』,白水社,1983/11 など)
 常識的な歴史学者は,この「レーザー」の実態は「ギリシャ火」に似たものであろうと推測している. これはナフサ、硫黄、松やに等の混合物で、大型の鉄筒に入れて砦の上から注いだり,石や鉄の赤熱した弾丸に詰めて発射したり、布切れにつけたものを矢や槍に巻き付けて投擲するなどした. 濃い煙と大きな音を出し、火炎は水をかけても消えなかったという.
※3 『Nature』1994; 371:125-6.
※4 『シラードの証言』(みすず書房,1982)

 なお,シラードはハンガリー人であり,ハンガリー語に忠実に名前を記述するなら「シラールド・レオー」になるが,本編では一般に通用している表現に統一した.
※5 前掲『オッペンハイマー』によれば,彼は原爆開発研究の途中,より大きな爆発力を持つ核融合爆弾の可能性に気づき,そちらを研究の主体にするよう主張したという. しかしそれでは爆弾の開発自体が大幅に遅れるとして,その主張は受け入れられなかった. その結果,テラーは熱意をなくし,最後には原爆開発から外れることになったという.

 なお,テラーもハンガリー人であり,ハンガリー名では「テッレル・エデ」となるが,本編では一般に通用している表現に統一した.
※6 内向的な性格は崩御するまで変わらなかった. ヒギンズ3世の晩年の楽しみは,テレビ・ゲームに熱中することだった.
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太田述正コラム#2463(2008.4.2)
<先の大戦正戦論から脱する米国?(続)(その1)>

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太田述正コラム#2460(2008.4.1)
<沖縄集団自決事件判決(その2)/マリネラの核武装問題:消印所沢通信25(その2)>

 原告は、遺族年金を受けるために住民らが隊長命令説をねつ造したと主張したのですが、判決は住民の証言は年金適用以前から存在したとして退けました。(東京新聞社説前掲)
 また原告は、軍命令は集団自決した住民の遺族に援護法を適用するために創作されたと主張したのですが、この主張を裏付ける沖縄県の元援護担当者らの証言について、判決は元援護担当者の経歴などから、証言の信憑性に疑問を示し、「捏造を認めることはできない」としてこれも退けました。(産経新聞「主張」前掲)
 更に原告は、渡嘉敷村の助役が集団自決を命令したとも主張したのですが、判決は「信じがたい」としてこれもまた退けました。(朝日新聞社説前掲)
 渡嘉敷島の集団自決の生存者を取材した作家の曽野綾子氏は1973年に出した著書において、隊長「命令」説は根拠に乏しいと指摘しました。これを受けて家永三郎氏の著書「太平洋戦争」は、86年に渡嘉敷島の隊長命令についての記述を削除しています。更に、座間味島の守備隊長に自決用の弾薬をもらいに行ったが断られたという女性の証言を盛り込んだ本が、2000年に刊行されています
 しかし、一方で、日本軍が自決用の手榴弾を配布したとの証言もあります。
 (以上、讀賣新聞社説前掲)
 これに対して判決は、一、多くの体験者が、兵士から自決用に手榴弾を配られた、二、集団自決が起きた場所にはすべて日本軍が駐屯しており、駐屯しなかった渡嘉敷村前島では「集団自決」が発生しなかった、ことなどを挙げて「集団自決には日本軍が深くかかわったと認められる」と述べ、その上で、「元守備隊長らが命令を出したとは断定できない」としながらも、「関与したと十分推認できる」ことから、大江が「命令があったと信じるには相当な理由があった」と結論づけました。(朝日新聞社説前掲及び琉球新報社説
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/d4ceae3a9350607917d91d5ffeed9694
(3月30日アクセス)による。)
 なお、沖縄守備軍が住民に集団自決を命じた文書は一切発見されていません。(沖縄タイムス社説
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/d4ceae3a9350607917d91d5ffeed9694
(3月30日アクセス))

 このように、「公共の利害に関する事実にかかり、公益を図る目的」(公共性のある)の言論に関し、名誉毀損にあたると主張する側に極めて厳格な証明を求めたこの判決の基本的な考え方には私は諸手を挙げて賛成です。
 新聞は、公共性のある言論を商品とする営利企業であることに鑑みれば、「集団自決の背景に多かれ少なかれ軍の「関与」があったということ自体を否定する議論は、これまでもない。この裁判でも原告が争っている核心は「命令」の有無である。」などと讀賣は社説の中で言って、果たしてよいものでしょうか。
 讀賣に掲載される記事が、すべてそこまで厳格なウラをとって書かれているはずがないからです。
 従って、この判決が、元守備隊長らが集団自決に関与したと推認できるので元守備隊長らが集団自決命令を出したと大江が書いたことには過失はなく、名誉毀損は成立しないとした論理構成については、読売だって産経だって賛成すべきだと私は思います。
 そうだとすれば、残された問題は、この判決が、元守備隊長ら、つまり原告らが集団自決に関与したと推認したことの妥当性だけだ、ということになります。
 すなわち、読売社説が言うところの「集団自決の背景に多かれ少なかれ軍の「関与」があったということ自体を否定する議論は、これまでもない」というのが事実だとすれば・・私は個人的にはそうは言い切れない気がしているけれど(脚注参照)・・後は元守備隊長らは少なくとも集団自決に「関与」しなかったかどうかだけでしょう。
 (部下の「関与」について、責任があるという論法をとれば話は別ですが・・)
 結局、元守備隊長らは、自分達が集団自決に関与しなかったことの証明に失敗したということです。
 そんな証明などおよそ不可能だ、というわけではありません。
 この裁判の口頭弁論終結後(判決前)の今年2月、座間味島で守備隊長が集団自決を戒めたとする元防衛隊員の証言が出てきたという産経新聞「主張」の指摘が正しいとすれば、控訴審でこの判決が覆る可能性があります。
 このことから、朝日や東京の社説だっておかしいこと、特に鬼の首をとったような朝日の社説のはしゃぎぶり・・直接お読みいただきたい・・はおかしいことがお分かりいただけるのではないでしょうか。
 この判決や来るべき控訴審判決で大江側が敗訴した時、一体朝日や東京はどんな内容の社説を掲げるつもりなのか、予想ができますね。
 そんな社説を載せる社説欄など廃止すべきしょう。

(脚注)

1 住民の集団自決への軍の関与を推認させるとされる資料
 
 (1)「軍官民共生共死の一体化」の方針

防諜等二関スル県民指導要綱」(1944年11月18日)
 ・・原則トシテ皇国ノ使命及大東亜戦争ノ目的ヲ深刻ニ銘肝セシメ 我国ノ存亡ハ東亜諸民族ノ生死興亡ノ岐ル所以ヲ認識セシメ真二六十万県民ノ総蹶起ヲ促シ以テ総力戦態勢へノ移行ヲ急速二推進シ軍官民共生共死ノ一体化ヲ具現シ如何ナル難局二遭遇スルモ毅然トシテ必勝道二邁進スルニ至ラシムル様一般部民ヲ指導啓蒙スルコト・・
http://www.jca.apc.org/~husen/0704kaihou46_5.htm。3月30日アクセス

 (2)住民たるスパイを殺害せよとの命令

「鹿山文書」( 昭和二十年六月十五日)
(久米島部隊指揮官→具志川村 仲里村 村長 ・警防団長)

 ・・妄ニ之ヲ拾得私有シ居ル者ハ敵側「スパイ」ト見做シ銃殺ス・・
http://hc6.seikyou.ne.jp/home/okisennokioku-bunkan/okinawasendetakan/sikayamabunsyo.html。3月30日アクセス

米軍上陸後<の>三二軍司令部軍会報
 ・・軍人軍属ヲ問ワス標準語以外ノ使用ヲ禁ス 沖縄語ヲ以テ談話シアル者ハ間諜トシテ処分ス・・
http://hc6.seikyou.ne.jp/home/okisennokioku-bunkan/okinawasendetakan/usijimasireikannokunji.html。3月30日アクセス

2 住民の集団自決への軍の関与がなかったことを推認させる資料

 (1)大田実・沖縄根拠地隊司令官「遺書」

 ・・沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ
 ・・所詮敵来リナバ老人子供ハ殺サルベク婦女子ハ後方ニ運ビ去ラレテ毒牙ニ供セラルベシトテ親子生別レ娘ヲ軍衛門ニ捨ツル親アリ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%94%B0%E5%AE%9F。3月31日アクセス

 (2)2次資料

 ・・県民は、軍に協力は惜しまなかったし、疎開に関してはその意図を知ってか知らずか、友軍(日本軍)の近くにいた方が安心、という気持ちが大きく働いて県外疎開を渋るものも多かった。そのことは県内疎開についても同様であった。・・
http://hc6.seikyou.ne.jp/home/okisennokioku-bunkan/okinawasendetakan/usijimasireikannokunji.html。3月30日アクセス

 ・・県下で「集団自決」が起きた現場のほとんどに日本軍がいたことを考えると、「自決」者たちは進めば米軍、とどまれば日本軍という極限状態に置かれ、結局は自らの命を絶たざるを得なくなり、犠牲者を増やした・・
http://www.yomitan.jp/sonsi/vol05a/chap02/sec03/cont00/docu128.htm。3月30日アクセス

3 私の見解

 以上から、私は、日本軍に同行した住民(老人、子供、及びこれらを率いた人々)は、軍の意向に反して同行したものであるところ、必然的に日本軍人とともに米軍の攻撃対象となり、仮に生き残ったとしても、米軍の暴行陵虐を受けると思いこんでいたことから、集団自決が起きた、と考えます。
 つまり、以前にも(コラム#2120、2129で)申し上げたように、サイパンでの日本人住民の集団自決と同じケースだと思うのです。
 ただし、サイパンと違って集団自決に「適した」断崖がなかった沖縄(含む座間味島)では住民は集団自決の手段を探し求めたと考えられるのです。
 手榴弾が、このような背景の下、軍から住民に手交されたケースがあったということでしょう。
 しかし、米軍の暴行陵虐を受けるという観念を流布させたのが軍であった可能性は否定できませんし、手榴弾が手交されたケースがあったことも間違いないないでしょうが、これらをもって軍の関与があったと言えるかは疑問です。言葉の定義の問題ですが・・。
 いずれにせよ、集団自決命令が、たとえ口頭にせよ発せられたケースはなかったと思われるのです。

(完)
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<マリネラの核武装問題:消印所沢通信25(その2)>

※1 『ザ・スーパースパイ 歴史を変えた男たち』( アレン・ダレス著)より.  ただし邦訳版(光文社,1987.11)では原著の2/3が 割愛されており,上記のエピソードは邦訳版には登場しない.
※2 『サムソン・オプション』(セイモア・ハーシュ著, 文芸春秋,1992,2)より.
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 パーヴェル・スドプラトフ. 1907年,ウクライナ・メリトポリ生まれ. 彼はKGBエージェントであったが,ベリヤ失脚と共に逮捕され,名誉回復されたのはゴルバチョフの時代になってからだった.
 スドプラトフは1944年2月,ベリヤから新たな任務を命じられる.※1 それはアメリカの原爆開発情報を入手せよというものだった.

 NKGB(KGBの当時の名前)ではそのころ,サンフランシスコ駐在官グレゴリイ・ヘイフェッツが,物理学者ロバート・オッペンハイマーとの接触に成功していた. オッペンハイマーの妻も弟も友人の多くも共産党員または共産党シンパであり,オッペンハイマー本人も共産党シンパとして,その活動に協力していた. また,ドイツ系ユダヤ人の移民の息子であるオッペンハイマーは,「ソ連国内にユダヤ人安住の地が約束された」と聞かされ,ひどく感動していた. 彼はヘイフェッツと,「(スターリンが提供してくれる予定の)クリミア半島のユダヤ人国家」について熱心に語り合ったという.

 NKGBはそのオッペンハイマーや,レオ・シラードの秘書などを通じ,ロスアラモス研究所に「もぐら」(潜入スパイ)を送り込むことに成功する.※2
 その「もぐら」の一人が遭遇したのが,彼だった.

(つづく) 


※1パヴェル・スドプラトフ他著『KGB衝撃の秘密工作』上巻(ほるぷ出版,1994年)

※2上掲『KGB衝撃の秘密工作』による.
 ただし,スパイ行為幇助の意図がオッペンハイマーにあったかどうかは,現在でも分かっていない. ガイ・バード他著『オッペンハイマー』(PHP研究所,2007年)は,オッペンハイマー=スパイ説を否定する. 同書によれば,FBIや軍情報部が彼を監視し,盗聴していたにも関わらず,スパイ容疑の確たる証拠を挙げられずに終わっているという. また,公開されたKGB文書にも,それを示すものはないという. オッペンハイマーの共産党シンパぶりについても,「それが当時のアメリカ人知識層の一般的な風潮だったのだ」と説明している.
 しかし同書では,キーパーソンの一人であるヘイフェッツについて殆ど無視しており,考察の客観性の点で問題がある. またスドプラトフによれば,戦時の緊急性と原爆開発計画の特殊な性格により,KGBエージェントは工作員勧誘に当たってモスクワの事前承認を得ることが省略され,そのやりとりもファイルされていないという.
 総合的に考えるに,実情はこういうことだろう.
 オッペンハイマーは確かに「もぐら」をロスアラモスに潜伏させる行為に手を貸しただろうが,それは通常の「友人の紹介」の範囲を超えなかっただろう. そしてその「もぐら」は,共産党とは全くかかわりがなさそうな人物だっただろう. 当時のソ連スパイは,「摘発される危険性が高い共産党関係者を,諜報組織に引き入れないこと」を鉄則としていたからである.
 例えばゾルゲ事件でも,僅かな例外を除いて,ゾルゲはその鉄則を守っているし,ゾルゲ・スパイ網が発覚するきっかけになったのも,その僅かな例外のせいだったと考えられている.
 原爆情報をソ連に提供したのは,オッペンハイマー自身ではなく,その「もぐら」だっただろう. そしてその「もぐら」は,これまでスパイ容疑者としては今まで名前が一度も挙がっていないような人物だろう.

※3 あ,今回,マリネラの「マ」の字も出てきてないや.
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<太田>

 所沢さん、送ってこられた「その1」の脚注を入れ忘れ、失礼しました。
 魔夜峰央のギャグ漫画『パタリロ!』のギャグにしてエープリルフールを兼ねるとは、脱帽です。
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太田述正コラム#2461(2008.4.1)
<駄作史書の効用(その4)>

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太田述正コラム#2459(2008.4.1)
<皆さんとディスカッション(続x100)/マリネラの核武装問題:消印所沢通信25(その1)>

<田吾作>

 コラム#2455で論じられていた「無線ICタグの国際標準化問題」に関連するアメリカのユーザー側の実態を示す資料をお送りします。

 「・・2006年の平均返品率は小売市場全体の20%程度、金額にすると4600億ドル相当にもなる。日本の返品率3%前後と比べると信じられない返品率の高さである。こんな面白いデータもある。衣類部門の返品率は市場全体と同じ20%であるが、水着に的を絞ると、返品率はなんと60%にまで跳ね上がる。おそらく、夏の間に使った水着を夏が終わる頃に返品する消費者が多数存在しているはずである。・・」

【不思議の国アメリカ】
何でもありの返品制度が築くゴミの山
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070704/276716/?ST=biz_shin&P=1
より引用

 「・・売れ残ったペーパーバックは返本されない。カバーだけが返される。残りの部分は断裁されるのだ。なかには古本屋に流す書店もある。だから、カバーのないペーパーバックが売られているのだが、これは著者や出版社、あるいは両方からの窃盗である。ペーパーバックが返本されずに断裁される理由は複雑だ。もっと詳しく知りたければ、SF作家協会の記事を見てほしい。・・」

続・混沌の館にて
紙の本は10年後になくなる
http://cmad.nikkeibp.co.jp/?4_8410_117676_31
より引用

 管理の容易な流通業だけでなく、消費者を含むアメリカの社会全体を論じる視点が必要ではないでしょうか?

<太田>

 前者の筆者は、「アメリカで確立している、大量生産、大量販促、大量購買、大量消費(浪費)、大量返品、 大量廃棄」の問題性を指摘しているわけですが、だから、米国では無線ICタグに対するニーズが大きいのだと田吾作さんはおっしゃりたいのですか?
 しかし、大量返品の点を除けば、日本でも基本的に事情は同じではないでしょうか。
 また、後者の筆者が紹介する「ペーパーバック」の「カバーだけが返される」理由は、米国の在庫品にかけられる税制にある(
http://www.sfwa.org/bulletin/articles/thor.htm
。3月30日アクセス)ようですが、この話と無線ICタグの話とは全く関係がないのではありませんか?
 
<かたせ>

 やっぱり今の民主党を応援なんて出来ねえよ。
 ま、所詮は社会党左派の生き残りだしなw。
 それに民主に政権渡しても混乱きたすだけで何かが解決するとも思えないしね。
 後、民主が出す対案の殆どに国籍条項は設けないって一文が入るのは何とかならんのか。
 そんなんだから売国政党とか言われるんだよ。
 それといい加減仕事しろ民主。
 あ〜あ、俺も民主党みたいにサボって数千万円もらえる仕事やりてぇなぁ。

<太田>

 右派を含めて社会党の生き残りは、民主党の議員の一部に過ぎません。
 それに、ロビイスト業と選挙運動(事前運動を含む)を除けば、自民党の議員だって碌に仕事なんてしてやしませんよ。
 朝鮮日報が、「日本には専門分野を持つ国会議員が多い。彼らの話を聞くと、「下手な専門家も顔負け」と感じることがある。」と日本の議員をヨイショしている(
http://www.chosunonline.com/article/20080330000017
。3月30日アクセス)のを読んで苦笑しちゃいました。
 どうしても民主党に投票したくなければ、せめて棄権してね。

<バグってハニー>

 つらつらと眺めていて発見した記事です。

NYT紙「日本の教科書、韓中よりバランスが取れている」
http://www.chosunonline.com/article/20050418000028

 相変わらずストレートに書かないところが朝鮮日報らしいです。

<太田>

 「日本の教科<は>韓<国>・・よりバランスが取れている」という記事のタイトル部分と、「<韓国の教科書には>日帝の植民地支配に協力した韓国人に対する記述など『タブー』が今も残っている・・」という記事本文の最後の部分を言いたいがため、韜晦しまくっているという感じの「客観」記事・・引用の引用!・・ですね。
 朝鮮日報、大好き!

<コバ>

バンクーバーではプールや海岸でのトップレスが認められているそうです(
http://www.dailymail.co.uk/pages/live/articles/news/worldnews.html?in_article_id=548728&in_page_id=1811
)が、こうしたヴィクトリア朝的価値観からの逸脱は欧州化、非アングロサクソン化と捉えられるのでしょうか?日本も米国に敗戦したことで捨てさせられた物事(ちんみさんの言ってた大麻‘ヘンプ’とか?)がたくさんあるのではないかなと思うと、米国からの独立を早く達成しなければならないと思います。

<太田>

 そんなもんで驚いていちゃいけません。私が留学していた1970年代中頃、スタンフォード大学近くの太平洋岸にもトップレスどころか、+ボトムレス(要するに全裸)ビーチがありましたよ。
 誰でも自由に入れるので、友人達と(海水着を着けたかどうか記憶にありませんが)「見学」に行ってきましたが・・。
 これは米国の中でもカリフォルニアだけの現象なのか、イギリスはどうなのか、等は承知していませんが、いずれにせよ非アングロサクソン化なんて大げさなものではなく、高緯度帯(地理的意味での欧州)の日光浴の習慣の延長線上の話のように私は当時受け止めましたね。
 スタンフォード大学校内の芝生でも、水着で寝そべっている学生達をよく目にしたものです。

<コバ>

 去年、太田さんが出演した番組について論じているサイト(
http://knnjapan.exblog.jp/6588365/
)を見つけました。非常に自民党ファンのようで、民主党が沖縄をチャイナに割譲するとか、変な認識をしているところもたくさんありますが、下野した自民党は何をするかわからないというところには恐怖感を覚えました。ともあれ、民主党の政権奪取は速やかに実現させねばなりません。

<太田>

 私も読んだことあります。
 自民シンパの人としては、私についての理解の的確さは表彰ものです。
 防衛省/自衛隊シンパの人々も少しは彼を見倣って欲しいものです。

<読者OM>

 最近のガソリン税等を巡る国会の混乱を、与野党両方の責任だという人が多いのですが、私にはこの主張は理解できません。責任は100%与党にあると考えます。
 原因は参議院での敗北以後、国民の意思を早急に解散総選挙で確認しなかったことだと思います。
 総選挙で、与党が支持されたのなら、例えば今回のガソリン税の暫定税率延長が与党の意思であり、それが同時に国民の意思に近いという自信をもって、野党に能率的な論議を要求できます。仮に参議院で否決されても、衆議院で2/3議席を保有していれば、参院での否決を引っくり返せば良いし、2/3議席なくて延長できなければ、その時こそ、ねじれ国会という言葉を持ち出して野党の態度を非難することも可能かと思います。
 つまり、与党は国民の考えと自分たちの考えが大幅に異なっていることを承知しており、期限ギリギリになって、国会の混乱を避けるのが議会人としての義務であるという訳の判らない理屈で野党を脅している様に見えます。
 太田さんのお考えをお教え下さい。

<太田>

 福田首相の、自民党後退が確実な総選挙をできる限り先延ばしにするという判断は正しいと思います。
 問題は公明党を合わせれば衆議院で絶対多数、参議院では少数、という状況の下での福田氏の決断が常に too little, too late であったところにあります。
 日銀総裁問題でも、早期に前財務官の渡辺君あたりを候補者として提示していれば、決着していたでしょうし、ガソリン税の問題にしても、早期に即時一般財源化案(その見合い額の地方自治体への付け替えを明示する)を提示していれば決着していたでしょう。
 そもそも、福田氏の民主党内情勢等の情報収集・分析能力は余りにもひどすぎます。
 要するに、福田氏は戦いに絶対に勝てない司令官の典型であり、到底首相の器ではないということです。
 吉田ドクトリンがもたらした平和ボケが福田氏のような人間を首相にさせたのです。
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<マリネラの核武装問題:消印所沢通信25(その1)>

 マリネラの核武装問題が初めてアメリカの知るところとなったのは1979年頃とされている. この年,CIAエージェント,アーサー・ヒューイットがマリネラに弾道ミサイルや核ミサイル発射指示用のブラックボックスなどを目撃,直ちにラングレー(CIA本部)に報告した.

 CIAにとっては,これは僥倖だった.(当時,CIAの高官だったロバート・ゲーツ――のちのCIA長官――は,「まぐれ当りの大ホームラン」と評した) ヒューイット情報は,彼と国王パタリロ8世との個人的なつながりによって得ることができたものであり,それまでのCIAのマリネラ王国への浸透の試みはことごとく失敗していたからだ.

 マリネラ王国はカリブ海に浮かぶ小国である. しかしダイヤモンド産業を基幹産業にしていて財力は潤沢であり,前国王ヒギンズ3世時代から強力な防諜網を有していると推測されてきた.(表向き知られている情報部とは別に,存在すら極秘の諜報機関があり,そのトップは恐らく警察長官が兼ねているだろうと,あるNSA高官は語ってくれた)

 しかし,1978年に前国王ヒギンズ3世が死去したとき,新国王パタリロ8世はまだ10歳であり,その政権基盤は弱体だったという. そのため新国王は欧米協調路線を模索し,MI6に協力を求めたと考えられている. ヒューイットがCIAエージェントの公式の肩書きのまま,マリネラに入国できたのは,そのツテのおかげだった.  時のアメリカ大統領,ジミー・カーターは大変驚愕した. 当時,大統領の科学技術顧問だったフランク・プレスは当時を振り返って次のように述べた.「まさに最悪のタイミングだった. その直後にイランのアメリカ大使館人質事件が起こり,議会ではSALTII批准審議が予定されていて,共和党はソ連が条約違反してもアメリカ政府は検証できないとして,これを強く批判していた. とどめに南アフリカで核実験だ. マリネラの核兵器保有の情報が,カーター政権のケチのつき始めのように思えた」

 カーターはさっそくマリネラ大使を召還し,ことの真偽をただした. これに対し,大使の答えは,過去のマリネラの公式の回答と同じだった.「我が国の核開発は,平和利用に限られている.核兵器保有などありえない」

 しかし,核兵器を完成させ,弾道ミサイルに搭載可能なほど小型化するには,開発開始から最低でも30年はかかる. マリネラが本当に核武装しているとするならば,ヒギンズ3世の時代にはすでに開発が始まっていたはずである.

 そもそもヒギンズ3世はなぜ核武装を決意したのだろうか?

(つづく)

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太田述正コラム#2397(2008.3.2)
<紺碧のアフガン艦隊:消印所沢通信24>

アナウンサー「治安悪化により,再び注目を集めるアフガーニスタン.
 今日はそのアフガーニスタンで支援活動に当たっておられます,
NGO『MNKK(M:未来の N:ノーベル平和賞 K:候補は
K:このワシぢゃ!)』代表,フランク医師にスタジオに
おいでいただきました.

 さてフランクさん,『MNKK』ではこのほど,アフガーニスタン
海軍への支援活動をお始めになったそうですね?」

フランク「はい,今,アフガーニスタンには海軍がまったく
ないという悲惨な状況にあります.
 我々はこの状態をなんとかしたいと思い,支援活動を
始めたわけです」

アナウンサー「しかし,アフガーニスタンは内陸国ですよね?
海に面してはいませんよね?
 なのに海軍が必要なのですか?」

フランク「海があるかどうかは重要ではありません.
 ニーズがなくても援助が可能であることは,すでに1977年,
日本がカラー・テレビ局開設を当時のアフガーニスタンへの
援助として行った事実からも明らかです.※1
 当時,カラーTVを持っていたのは全アフガーニスタン人口の
1%にも満たなかったと思われますが,それでもそんな『援助』が
行われたのです」

アナウンサー「なるほど.
 しかしその理屈は,あなたのNGOに寄付してくれた人々には,
通じにくいのではありませんか?」

フランク「その点についても,問題は起きないだろうと我々は
予測しています.
 通じにくい理屈と言うのなら,我々より遥かに理解しがたい
理屈を並べていながら,なおも援助活動を継続できている団体の
例があります.
 例えば
『ターリバーンによるバーミヤン遺跡破壊は,雨乞いのために
行われた』※2
『ターリバーンは血のにおいのしないきれいな政権』※3
『ターリバーン支配下のアフガーニスタンは世界一治安が良かった』※4
などと奇妙な理屈を並べていながら,ほとんど何の批判も
受けなかったばかりか,逆に会員の数を伸ばしたNGOもあります.※5

 これらの事実は,理屈が通じているか否かは寄付金を集める
上で何ら問題にならないということの証拠といえるでしょう」

アナウンサー「アフガーニスタンで海軍に金を注ぎ込んでも,
お金をドブに捨てるようなものではないのですか?」

フランク「投資が行われれば需要が発生しますので,ドブに
捨てることにはなりません」

アナウンサー「発展性がないと思いますけど」

フランク「発展性がないというのなら,どのNGOもナントカの
一つ覚えのように言っている『アフガーンの農業支援』は
どうなります?
 あれだって発展の見込みなんてありませんよ.

 まず耕作可能面積が極めて小さい.農業開発に適した土地は
国土の7%だけです.※6
 なにしろ,国土のほとんどが山岳なのですから.
 しかも,零細農家が圧倒的多数と来ているので,効率的な
生産ができない.

 そのほかにも原始的農法,農民の貧困,農業金融の不備,
熟練農業技術指導員の不足などなど,課題がありすぎでしてね.※7
 アフガーニスタンを農業国と呼ぶのもはばかられるほどです.

 だからこそ,古い時代から沙漠を横断する危険を冒して
シルクロードという隊商路を開かざるを得なかったわけで.※8

 つまり冷静に考えたら,小麦などの自給を達成し,貴重な
外貨を農産物輸入で失うことがないようにした後は,換金作物
助成程度にとどめ,開発のためのリソースは農業以外の産業に
振り向けたほうが賢明なはずですよね?

 しかし現実には,そうした声はほとんど聞かれない.
 どのNGOも,農業!農業!です.
 したがって,発展性のない農業への援助が問題視されないなら,
同じように発展性のない海軍への援助も,何も問題ないという
ことになります」

アナウンサー「……少なくともアフガーニスタンの人々には
喜ばれないんじゃないんでしょうか?」

フランク「アフガーン人はどうだか知りませんが,少なくとも
ターリバーンは喜ぶと思いますよ.

 農業支援が行われて,アフガーン農民がケシ栽培をやめると,
ケシ密輸を収入源にしているターリバーンは困るので,テロを
起こして邪魔をしようとする.
 教育支援をしようとすると,これもターリバーンの教条に
反するから,彼らはテロを起こして小学校すら閉鎖に追い込む.※9
 治安支援については言わずもがなで,イラク同様,警察や
警察志願者に対するテロが頻発していることは,外電記事を
見ればお分かりでしょう.

 これらに比べれば,我々の行う海軍への支援は,何ら中身が
ないので,ターリバーンに対して何らの脅威にもならず,したがって
ターリバーンがテロを起こす理由には何らならないのです.

 これこそテロ抑止じゃありませんか」

(end)



※1
『アフガニスタン共和国テレビジョン放送局建設計画実施設計報告書』
vol.1〜7(国際協力事業団,1977)
参照.読めば脱力できる.

※2
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq06e03.html#bamyan
参照.

※3
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq06e.html#taliban's-massacre
参照.

※4
http://mltr.ganriki.net/faq06e02.html#10799
参照.

※5
 ペシャワール会会報によれば,911テロ発生時では同会の
会員数は8千人.
 これが現在では1万人を超えるとさ.

※6
『アジアにおけるイスラーム法の移植』,成文堂,1997/4/18

※7
『南アジア・大洋州開発選書2 パキスタン・アフガニスタン・セイロン』(鹿島平和研究所編,鹿島研究所出版会,1970.6)

※8
山と渓谷社編「シルクロード1 中国・ソ連・アフガニスタン」
(山と渓谷社,1975/6/1)

※9
『イスラムに負けた米国』(宮田律著,朝日新書,2007.7.30)
によれば,ターリバーンの妨害により,これまで300の学校が
閉鎖に追い込まれたという.
 ただし本書は,少なからぬ部分に信頼性に疑問符のつく
記述が見られるので注意.
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<太田>

 消印所沢・アフガニスタン・シリーズの第2弾ですな。
 面白い!
 ところで、

>我々の行う海軍への支援は,何ら中身がないので,ターリバーンに対して何らの脅威にもならず

 茶々を入れるようで恐縮ですが・・。
 「海軍」を陸軍と空軍と並列で艦艇を主装備とする実力部隊と定義すれば、例えば内陸国であるマケドニアは海軍を持っています(PP168。もっとも、これはミリバラのミスプリである可能性あり)し、陸軍の水上部隊にまで定義を広げれば、例えばオーストリア(PP156)やスイス(PP176)だって海軍を持っています。(PPは英文ミリバラ2007)
 ですから、アフガニスタンに河川や湖沼がどれくらいあるかにもよりますが、海軍創設が考えられないわけではなく、いずれにせよ、海軍の整備を援助することになれば、タリバンは反発しそうですね。
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太田述正コラム#2398(2008.3.2)
<あたごの衝突事故(その1)>

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太田述正コラム#2328(2008.1.28)
<「日本から来ました」:消印所沢通信23>

 「ほほう? アフ【ガ】ーンの農村で実際に自分も
働きながら,農業援助を行いたい,と? それは殊勝な
心がけだね(棒読み)」
 「はい! 困っているアフガーニスタンの人達を
助けたいんです!!」
 
 「・・・なるほど.
 ではまず,農業の従事形態を選んでくれたまえ.
 君はお金をどのくらい用意しているのかね?
 土地を買えるほどかね?」
 「とんでもない! ボランティア奉仕ですから,土地を
買うなんて考えたこともないですよ」
 「すると,土地を持たずにアフ【ガ】ーニスタンで農業を
始めるなら,必然的にdehqan-i-shakhusi,自作農ではなく,
dehqan 小作人として働くことになるな」※
 「小作人ですか・・・.農業組合とか,そういったものは?」
 「あるわけがなかろう.
 クルアーン(コーラン)の教えでは,他人の財産を奪う
ことを禁じておるのだぞ.
 地主から土地を奪って農業組合で管理するという行為は,
クルアーンの教えに反する」
 「はあ・・・」
 
 「さて,小作の雇用形態にもいくつか種類がある.
 まず,全収穫量の何分の1かを,契約に従って地主に
収めるdehqani 分益小作制と,その歳の収穫量のいかんに
関わらず,一定量を地主に収めるijarahdar 定額小作制,
さらにはmazdur 賃働きという形態とがある.
 そのどれかを君は選ばねばならん.
 
 dehqaniの場合,
土地のみを地主が用意し,それ以外の種子,水,
農機具などを小作人が用意する場合と,
労働力以外の一切,種子も水も農機具なども地主に
依存するような場合とでは,
地主に支払う小作料が当然ながら異なってくる.
 また,このそれぞれについて,カレーズ灌漑の場合と
小河川灌漑とでも,やはり小作料が異なってくる.
 たいていの場合,地主がカレーズ所有者も
兼ねているからだがね.
 
 ijarahdarのほうは,土地のみを地主が用意し,それ
以外の種子,水,農機具などを小作人が用意するしかない.
 これにも灌漑の形態によって,小作料に差がある.
 
 まあ,君の場合,アフ【ガ】ーンでの農業経験が
あるとは思えないので,勝手が分かるまでは賃働きが
無難だろう」
 
 「あのう,農村なのになんでそんなにカネ勘定に
細かいんですか?
 グローバリゼーションの悪い影響ですか?」
 「??? 君は何を言っとるのかね.
 アフ【ガ】ーンでは昔っから,農村でも都市でも
挨拶代わりのようなものだぞ.※2
 おかしな『牧歌的で素朴な農村』みたいな偏見でも
君にはあるのかな?※3
 もしあるのなら,早めに捨てることだな.
 
 そうそう,金銭関係で言えば,アフ【ガ】ーニスタンでは
水にも値段があって,ことにカレーズ灌漑の場合は,売価や
分水時間などが事細かに決められているから,その点も気を
つけるように.
 くれぐれもルールからはみ出して,トラブルを起こさないようにな.
 ドシュマン(敵)というレッテルを貼られたら最後,
死ぬまで命を狙われ続けられるぞ.※4
 とくに異文化コミュニケーションではトラブルは
つきものだから,じゅうぶんに気をつけたまえよ」
 
 「・・・でも,僕は村人を援助しに行くんですよ.感謝されて
いいはずなのに,恨まれるなんて筋違いなんじゃ・・・」
「感謝? もちろん感謝するとも.君のような援助者を
つかわしてくれたアッラーにね.※5
 君は言わばアッラーの道具にすぎん.
 それとも君は神にでもなったつもりかね?」
 「・・・ええと.
 ・・・あ,ちょっと失礼.
 また出直してきます」
 「君,どこへ行くんだね?」
 「はい,僕の援助活動を現地で援助してくれる人を探しに」

(了)



※1
『アフガニスタンの水と社会』
(東京大学西南ヒンドゥークシュ調査隊編,
出版:東京大学学術調査探検部,発売 :東京大学出版会,
1969/6/30)
 以下,アフガーニスタンにおける農村の契約形態に
ついては本書に準拠.
 本書は当方の知る限り,アフガーン農村について
日本語で読める教科書としては唯一のもの.

※2
 挨拶の話は
『アフガニスタンの農村から』(大野盛雄著,岩波新書,
1980)
より.

※3
 「素朴な農村」観は,『ほんとうのアフガニスタン』等,
一連の中村哲医師の著作・講演に顕著.
 一部国会議員までが中村医師を真に受けている
ようなので困ったもの.

※4
『戦場のシルクロードを行く』(加藤久晴著,日本テレビ,
1984.3)
 ただし,必ずしもいつも死ぬまで命を狙われるとは限らない
模様.
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq06t.html#08898

※5
 援助しても感謝は援助者には向けられないといった
記述は,
『アフガニスタンの山脈』(安川茂雄著,あかね書房,
1966/12/25)
『アフガニスタンに住む彼女からあなたへ 望まれる
国際協力の形』(山本敏晴著,白水社,2004/8/10)
『こうして僕らはアフガニスタンに学校をつくった』
(岩本悠 & ゲンキ地球NET著,河出書房新社,
2005/9/30)
などに共通して出てくるエピソード.
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<太田>

 消印所沢シリアス路線の第二弾ですね。
 私自身。アフガニスタンについてこのようなコラムを書きたいと思いつつも、発展途上国の農村部、就中イスラム世界の農村部とおおむね共通するところのアフガニスタンの実状を紹介した英米のメディアの記事がほとんど見あたらず、これまで果たせませんでした。
 所沢さんが日本語の典拠を「発掘」してコラムに仕立て上げられたのはお見事です。
 一点だけ。
 「農業組合」という言葉は余り聞きませんね。
 コルホーズや人民公社ないしはキブツ的なものを指しておられるとしたら「集団農場(collective farm)」といった言葉を用いられた方がベターでした。
 「農業組合」と言われると、つい「農業協同組合」をイメージしてしまいますが、これは農地の個人所有を前提とした組織なので意味が通らなくなってしまいます。
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太田述正コラム#2329(2008.1.28)
<オバマ大頭領誕生へ?(続々)>

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太田述正コラム#2290(2008.1.9)
<「不都合な真実」というけれど,「真実」って何?:消印所沢通信22>

<消印所沢>

 前略 所沢です.
 ごぶさたしております.

 やっと1篇送信できました.
 スロー・ペースでどうももうしわけございません.

 まあ,守屋次官事件以降,大変賑わっているようですので,当方がペースダウンしてもさほど問題ないかな?と(笑

<太田>

 お久しぶりです。
 このところ、内容がどんどんシリアスになっていますね。
 消印所沢のバグってハニー化か?
 ところで、ニューハンプシャー州の予備選についてCNNは僅差でクリントンのトップ当確を打ち出しましたね。
 いよいよ米大統領選予備選の成り行きに目を離せなくなりました。
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<消印所沢>

    --「不都合な真実」というけれど,「真実」って何?--

 えー,皆さんの中にも,映画好きな方は多いかと思います.  当方もさすがに今はできませんが,学生のころは毎週のように映画館に,あるいはカネを節約するために試写会に行ったものです.

 マイナーな節約映画館商法としては,地域コミュニティなんかでやっている無料または格安の上映会なんてものもあります.  これの場合,古い映画だったり,お堅い映画だったりすることが多いんですが,黒澤映画をタダ同然で鑑賞できたりすることもあります.  黒澤映画は「7人の侍」も好きなんですが,「羅生門」という作品もなかなか趣があります.  ある事件を巡り,証言がそれぞれ違っていて,真実は藪の中,というのが筋書きなんですが,三船敏郎の演じる野盗や,被害者自身の証言を伝えるイタコなど,それぞれ個性的です.

 そういえば,近くの市民ホールでは「不都合な真実」をこの前やっていました.  残念ながら見には行けませんでしたが,まあ,この映画は有名になりましたから,筋立ては皆さんご存知でしょう.

 でもね,いったい「真実」とは何でしょう?

 「真実は二つある」と言ったのは,初訪米時のミハイル・ゴルバチョフでしたか.  実際,物事には様々な側面があって,「真実」と簡単に断定できないような事柄が少なくありません. (マスコミはその点を,側面の一つだけを乱暴に切り取って紹介して済ませてしまうせいか,そうした単層的な見方が少なからず蔓延しているようで,なんだかなあという気がします)

 例えば「二酸化炭素排出量が増えて,地球が温暖化している」という点は,まず真実と見て間違いないでしょう.  ですがその先,じゃあどうするんだ?ということになると,京都会議を見ても分かるように各国の責任の押し付け合い.  ある人はアメリカが悪いといい,ある人は中国が悪いと言い合っています.

 しかし統計を見ると,にわかには誰が悪いと決め付けられないことが分かります.
 こないだ,科学技術庁があった時代の地球環境に関する統計資料を読んだのですが,まず,アジアについて 「世界の中で最もエネルギー需要の伸びが大きく,今後の拡大の可能性が最も高い」 とすでに予想されていたりします.  つまりずっと問題は放置されてきたわけでして,誰が悪いということになれば,みんなが悪いというしかないでしょう.

 それからまた,国民の生活水準が上がると,必然的に一人当たりのSOx,NOx,CO2排出量もどうしても上昇してしまう.   これらを減らすためには,生活水準を下げるしかない.  よほどの技術革新があれば別でしょうが,現状,そんなものが起こる可能性は低いでしょう.

 じゃあ,地球温暖化は先進国のせいかと言えば,必ずしもそうとも言えない.  例えばGDP当たりのSOx,NOx,CO2排出量は途上国のほうがはるかに高い.  エネルギー使用の効率が悪いわけです.  手元の資料で最も高い伸びを示しているのがアフガーニスタンで,10年で倍増していたり.  さらには途上国では盗電なども横行して,余計に効率を押し下げています.  ここまで来ると,地球環境問題なんだか,治安問題なんだか,その境界すらも怪しくなってきますね.

 おまけに統計自体にも「真実」を巡る問題があります.  独裁国家の発表する数字をそのまま鵜呑みにしていいのかという点がまず一つ.  また,植物性燃料については,森林伐採によって,光合成で分解されるはずだったCO2がその分減らなくなるわけですが,その数字を入れるか入れないかの問題もある.

 そんなこんなを,数字の羅列を見ながら感じたわけで.  これじゃ国際的な排出量規制を巡って,各国の意見が対立するのも道理だと愚考します.  これだけ「真実」の見方が色々できるのでは,纏まるほうが不思議.

 結局のところ,地球の中だけでのやりくりは限界があるんで,もう宇宙に活路を求めるしかないんじゃないか,という気がします.
(終劇)

<参考文献>『世界各国の人間環境1 アジア・オセアニア編』(日本総合出版機構,1972年)
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太田述正コラム#2291(2008.1.9)
<原理主義的自由主義と精神疾患>

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太田述正コラム#2250(2007.12.22)
<バグってハニー氏久しぶりに登場(その2)>

<バグってハニー>

最初に最近のコラムで話題に上った911陰謀論(コラム#2218)ですけど、太田先生は英米の一流紙で陰謀論を目にしたことがないから無視すればよい、と言ってましたけど、私が知ってる範囲で一度はあります。しかも、ガーディアン。
http://www.guardian.co.uk/comment/story/0,3604,1036571,00.html
 これを書いたマイケル・ミーチャー(Michael Meacher)は前ブレア政権で環境大臣まで務めた政治家で、ブレア政権を去った後に911陰謀論をぶち上げたわけで、にわかに信憑性が出てきたような 気がしますが、もちろん陰謀論は陰謀論です。その三日後には、デビッド・アーロノビッチ(David Aaronovitch)という記者に同じガーディアン紙上で完膚なきまで 反論されています。
http://politics.guardian.co.uk/comment/story/0,9115,1038478,00.html
 こういうのを読み比べてみると、太田先生がなぜいつもガーディアンを熱心に薦めるのかがよく分かると思うのですが。

<太田>

 よくこんな昔(2003年)の論考を見つけ出しましたね。
 面白いのは、ミーチャーがローズベルトによる真珠湾攻撃黙認論(私の言う消極的陰謀論)を援用したことにまずアーロノビッチが反論しているところ、真珠湾攻撃黙認論をとる歴史家がいることは認めていることです。
 いずれにせよ、ブッシュによる9.11同時多発テロ黙認論をとる歴史家など、今後とも出現することなどおよそありえないことは、このアーロノビッチの反論を読めば誰しもが納得することでしょう。

<バグってハニー>

 さらに、前回(日英空軍対決)の補足ですが、さらに独仏まで加えると航空自衛隊の装備が制空戦闘機に偏重していることがとてもよく分かります(この段落の数値はすべて2007年版ミリタリー・バランスから)。この四カ国は人員では日:英:独:仏で45,900人:45,210人:60,580人: 63,600人、戦闘用航空機では280機:278機:295機:303機というように空軍の規模が似通っているのですが、戦闘用航空機のうち制空戦闘機 (FTR)の数を比べると、同じく日:英:独:仏で260機:100機:99機:97機となります。日本以外の国では制空戦闘機は100機以下しかなく、 戦闘用航空機の約三分の一しか占めていません。その代わり、攻撃機・爆撃機などいろいろとバラエティに富んでいます。日本の場合、戦闘用航空機の残りの20機も制空戦闘機F-4EJの偵察機派生型RF-EJなので、日本の空軍には実質的に制空戦闘機しか存在していません。ミリタリー・バランスの分類に従わず、支援戦闘機F-2を制空戦闘機から除外するとしても、これは40機しかないので大勢はかわらず、日本は制空戦闘機が占める割合が空軍の規模が同等の 英独仏と比べて倍以上あることになります。まあ、ですから日本はやたらめったら打たれ強い代わりに打って出ることができないということで、これも専守防衛の一端がよく現れていると思います。もちろん、攻撃的役割は在日米空軍が肩代わりしているんですけどね。

 さて、ここからが本題で、今回は日英陸軍対決です。といっても攻撃ヘリに限った話です。例によって『防衛庁再生宣言』には「まず陸上装備だが、対戦車機動攻撃力で見ると、戦車の数こそ日本が上回っているが、攻撃ヘリコプターは英国の3分の1しかない。(同書の表によると日:英で90機:269 機)」という記述があるのですが、これに軍事愛好家が激しく噛み付きました。曰く、英国の攻撃ヘリは水増しされていると。特に、基本的に武装のない観測ヘ リ・ガゼルSA-341が攻撃ヘリとしてカウントされているのはおかしいと。それで、またもや議論は拡散、太田先生も「俺はミリタリー・バランスを基にし ただけだ。文句があるんだったらミリタリー・バランスに言ってくれ」と開き直るという事態に至りました。私も何とか火消ししようと太田先生に助太刀しましたが、微力も及ばず掲示板は大炎上しました。

 しかし、今回は違います。自信があります。ガゼル論争に完璧に終止符を打つという。なぜ、ガゼルが攻撃ヘリとしてカウントされているのかという謎を解明する上で、JSFさん(軍事愛好家の一人)のブログにあったコメントが大変役立ちました。まず、2000年版のミリタリー・バランスにはこう書いて あります(英陸軍の装備一覧)。
ATTACK HEL 269(249):144 SA-341, 110 Lynx AH-1/-7/-9
 なにやら暗号のようですが、ATTACK HELは攻撃ヘリのことであり、その総数は269機ということで、とにかく2000年版のミリタリー・バランスでは『防衛庁再生宣言』にあるとおり英陸軍 の攻撃ヘリは269機と書いてあるのです。SA-341というのが今話題になっているガゼルのことで144機、リンクスにはAH-1/-7/-9という三 つの派生型があり全部で110機という意味です。それで、まず第一にガゼルとリンクスを足しても254機しかなくて総数の269機に足らない、というの と、第二に括弧内の数値は何なのか、というのが気になります。とりあえず一点目は無視します。括弧の数値に関しては
Figures in () were reported to CFE on 1 Jan 2000
と但し書きがあります。CFEとはTreaty on Conventional Armed Forces in Europe、つまり欧州通常戦力条約のことです。これは冷戦期の東西陣営の通常戦力を制限するためにあったのですが、発効したのが冷戦の終結と同時期に なってしまったという、やや不遇な軍縮条約です。CFEの付属議定書を見ると
http://www.dod.mil/acq/acic/treaties/cfe/protocols/exist_equip.htm
 どの装備が同条約で制限されるのか、制限されないのか、細かく分類されています。攻撃ヘリに関しては、(A) Specialised Attack Helicoptersと(B) Multi-Purpose Attack
Helicoptersという二種類があって、ガゼル(Gazelle)とリンクス(Lynx)はこのうちの(B)に分類されています。陸上自衛隊の攻撃ヘリはAH-1S約90機ですが、これは(A)に分類されています。さらに、付属議定書にはこう書いてあります。

Subject to the provisions in Section I, paragraphs 4 and 5 of the Protocol
on Helicopter Recategorisation, all models or versions of an existing type
of multi-purpose attack helicopter listed above shall be deemed to be
multi-purpose attack helicopters of that type.

 すなわち、条約の条項に従い、上記多用途攻撃ヘリのすべての派生型は、多用途攻撃ヘリとして取り扱われる、ということです。何を言っているのかというと、ガゼルには対戦車攻撃能力もあるモデル(仏陸軍のガゼル)など、いくつもの派生型があるのですが、基本的に武装のない英陸軍のガゼルもすべてひっくるめて攻撃ヘリとみなす、ということです。これは、CFEが東西のブロックごとに兵力を規制するためにあるので必然的にそうなるわけです。

 英陸軍のガゼルに相当する陸上自衛隊の観測ヘリはOH-6D約160機ですが、CFE付属議定書で相当するのはヒューズ社のモデル500/OH-6(Hughes 500/OH-6)であり、これは規制対象外の戦闘支援ヘリとされています(ただし、OH-6には米陸軍特殊部隊向けの武装型MH-6も一部存在します)。つまり、ミリタリー・バランスは単にCFEの分類に従っているだけなんですねえ。

 さて、冷戦が終わってこのCFEは時代遅れとなり、CFE適合条約(CFE-II)へと改訂されます。ブロックごとの規制に意味がなくなり、その代わりに国・地域別に兵力は規制されることになりました。当たり前ですが。
http://en.wikipedia.org/wiki/Adapted_Conventional_Armed_Forces_in_Europe_Treaty
 対象となる装備も見直しされ、以下のようになりました。
http://www.dod.mil/acq/acic/treaties/cfe/protocols/poet_update.htm
 ガゼル一般は依然攻撃ヘリのままですが、規制対象外の戦闘支援ヘリが増えて、英軍に関しては陸軍のガゼルがどうなったかは分からないのですが、少なくとも海軍と空軍のモデル(それぞれHT2とHT3)は規制から外れることになりました。このような流れを受けて2002年版以降のミリタリー・バランスでは英陸軍のガゼルは支援ヘリ(SPT HELICOPTERS)に分類されています。

 結論としては、日英の戦力比較を行う上でCFEのブロックごとの分類に従う必要はないので、攻撃ヘリは日本がAH-1S約90機に対して英国がリンクス110機ということで、数の上では英国がやや優勢、攻撃ヘリは観測ヘリと組み合わせて運用されることを考慮すると日本はAH-1S約90機+OH- 6D約160機=約250機に対して英国はリンクス+ガゼルで269機(2000年版のATTACK HEL総数)ということで、英国がこれもやや優勢、ということになると思います。差はほとんどないですが。

 とりあえず、ここいらのことを踏まえて表だけでも早急に改定してみます。

 それでは。

<太田>

 まことにご苦労様です。
 しかし、

>陸軍のガゼルがどうなったかは分からない

のでは、「ガゼル論争に完璧に終止符を打」ったとは言えないのではないでしょうか。
 いずれにせよ、ミリバラ自らが欠缺を認めていない限りはミリバラの記述に従う、という私の拙著での日英比較の箇所の執筆方針に従えば、2000〜2001年版ミリバラの記述に従い、日英の攻撃ヘリ(拙著で対戦車ヘリと記したのは不適切)の数を比較すべきだと思います。
 せっかく詳細調べていただいたことは、脚注で記すことが望ましいでしょう。
 いずれにせよ、最後ででもよろしいのでぜひやっていただきたいのは、2000〜2001年版ミリバラに従い、(このミリバラが自ら欠缺を認めているので、これを他の資料で補いつつ、)日英の戦闘用航空機(拙著で戦闘機と記したのは不適切)の数を比較していただくことです。
 まことに厚かましい限りですが、何卒よろしくお願いします。
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太田述正コラム#2251(2007.12.22)
<NLPで役人を辞めた私(その3)>

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太田述正コラム#2207(2007.12.1)
<バグってハニー氏久しぶりに登場(その1)>

<バグってハニー>

 初めに最近のコラムに対するコメントですけど、元航空自衛隊の小西俊博氏の記事(#2174)は匿名ではないですよ。先生と一緒で小西氏も落選後もメルマガ発行を続けて世論に訴えているようです。協力関係ができればいいですね。

 守屋一家、なんかすごいことになってますね。こういう記事をみつけたのですが...。
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/m20071129030.html
 嶋口武彦経理局長というのは守屋氏が業者とねんごろになっていることを知ってたわけですよね。記者にこんな話をするということは、立ち話で注意しただけで「俺は守屋とは違う。ちゃんと責任を果たした正義漢だ」とか思い込んでいるわけで、そんなの実際に止めさせなきゃ意味がないですよ。内部告発が一切機能してないわけで、もう防衛省(庁)は救いようがないなあと思いました。

<太田>

>元航空自衛隊の小西俊博氏の記事(#2174)は匿名ではないですよ

 小西さんがサイト上で本名を明かしたのは、私がコラム#2174を上梓した14日直後の17日だと某記者から聞いています。

>こういう記事をみつけた

 私もこの記事読みました。
 ここまで防衛省の退廃・腐敗が進んだのには、これまで産経新聞が防衛庁(省)の提灯持ち的記事ばかりを書いてきたことにも一因があります。
 私が防衛庁批判をひっさげて選挙に出た時に、主要紙中、産経だけがこのことを記事にしなかったことにも、その提灯持ち的体質があらわれています。
 何を今さら、ということですよ。
 それに、産経はまだまだ、天下り問題に正面から切り込んでいません。
 今後同紙が、過去を反省し、心を入れ替えて政官業癒着構造についてどんな糾弾記事を書いていくのか、眉につばをつけながらも注目したいと思います。

<バグってハニー>

 それでは、気を取り直して。

 みなさま、あらためて初めまして。バグってハニーと申します。安全保障に関心があり、個人的にちょこちょこ調べています。その過程で太田コラムとも出会いました。太田先生のような専門家ではないのですが、ときどき寄稿させてもらっています。

 さて、太田先生は6年前、選挙対策をかねて『防衛庁再生宣言』という著書を著しまた。防衛庁(当時)・自衛隊が抱える様々な問題点を指摘する、一種の暴露本でしたが、その中で日本と似た環境にある英国との間で具体的数値を用いた戦力比較を行い、それを踏まえて自衛隊の戦力は見せ掛けだけで実質戦力はゼロに等しいという見解をぶち上げまた。さて、この当該箇所がネットの軍事コミュニティで紹介されると暴論だと猛反発され様々な訂正が出されたのですが、太田先生は再反論し、訂正をほとんど受けつかなかったために議論はエスカレート、旧太田掲示板がいわゆる「炎上」状態に陥り、やがて掲示板は閉鎖され、軍事愛好家たちは気力も失せてやむなく撤退、太田先生は一人で勝利宣言という事態に至りました。今から半年ほど前の話です(炎上する前の議論は以下で参照できます)。
http://mltr.free100.tv/faq05b.html#08007

 議論は多岐にわたるのですが、それをもう一度繰り返しても仕方ないし、数値もずいぶん古くなっているので、当時出された問題点を踏まえたうえで、最新の日英戦力比較を行ってみたいと思います。軍事力は様々な要因で決まるものであり、何か一つの数値を引っ張ってきて比較することにはほとんど意味がありません。逆に様々な数値を比較することによって、両国の戦力の違いを浮き彫りにしてみたいと思います。引用されている数値は、国際的権威である英国 IISSが発行するMilitary Balance(2007年版)からのものです。

 まず、国力比較(第9章と国別の情報を組み合わせたもの、等幅フォントで表示してください)。

日本 英国
年 2003 2004 2005 2006 2003 2004 2005 2006
GDP(兆US$) 4.59 4.56 2.23 2.43
一人当たり(US$) 35,849 34,410 37,042 40,233
国防費(十億US$) 42.8 45.2 43.9 41.1 43.3 50.1 51.7 55.1
一人当たり(US$) 337 355 345 322 721 832 855   909
対GDP比(%)   1.0 1.0 1.0 0.9 2.4 2.3 2.3 2.3

以下は2007年の数値。

人口(人) 127,463,244 60,609,457
総兵力(千人) 240 191
推定予備役(千人)42 199
パラミリタリー(千人)12 0

 英国は人口も経済規模も日本のだいたい半分という感じですね。英国は国民一人あたりで日本の倍以上の国防費を負担することによって、日本をやや上回る国防費を確保しています。

 総兵力では日本が上回っていますが、予備役は英国のほうが俄然多いですねえ。英国の予備役には常備軍で訓練中の者も含まれます。日本は三自衛隊の予備自衛官+陸上自衛隊の即応予備自衛官となっています。ちなみに、日本のパラミリタリー(準軍隊)というのは沿岸警備隊(海上保安庁)のことです。
 さて、ここから本題である各論に入ります。一応、陸海空の三部構成で(企画倒れになりませんように!)、初回は航空戦力(主に空軍)を比較してみたいと思います。『防衛庁再生宣言』には「日本の戦闘機の数は、英国の2.5分の1しかない」と書かれています。これに関して半年前に「戦闘機論争」とでも呼ぶべき議論が持ち上がり、その中で、『防衛庁再生宣言』は日英の戦闘機数を比較する上で英国を水増ししているのではないかという疑義が呈されました。具体的な水増し手段としては\鐺機ではない機種もカウントされている英国だけ保管機が足されている、というような問題点が指摘され、さらにそこから、そもそも「戦闘機」とは何なのか、といった根源的な問いにまで議論は拡散しました。『防衛庁再生宣言』は一般大衆向けに日本の安全保障が抱える問題を指摘する目的で書かれたわけで細かな定義は必要ではないとは思いますが、厳正な比較を行うためには何らかの一貫した基準を用いる必要があります。ミリタリー・バランスは装備も編成も様々な各国の軍隊を比較するという目的のもと編纂されているので、この点では大変便利です。

 「戦闘機」と聞いて「とにかく敵を攻撃できる飛行機」と思い浮かべる人は多いと思います。ミリタリー・バランスが定義する戦闘用航空機ないし作戦機(combat aircraft)はこのイメージと大変近く、対空・対地・対艦のいずれか、または複数の攻撃手段を擁する航空機、さらには練習機等ではあっても第一線に配備されている機種と同等の性能を有し、有事の際に速やかに実戦投入可能な機体が含まれます。そのような「戦闘機」は航空自衛隊は280機(内訳はF-15イーグル150機[うち20機は練習機]、三菱F-2 40機、F-4EJ(F-4E)ファントムII70 機、さらに偵察用のRF-EJ(RF-4E)ファントムII20機)となっています。

 一方の英国は、王立空軍は278機(内訳はタイフーン25機、トーネードF-3 75機、トーネードGR4 87?機、ジャギュアGR3/GR3A 12機、ハリアーGR7/7A/9 36機、さらに偵察用の トーネードGR4A 24機、ニムロッドMR-2 19機)となっています。2007年版の数値には予備機は含まれていませんが、固定翼対潜哨戒機(ニムロッド)は日本では海軍の所属になっているので除くことにします(対潜哨戒機の話は次回以降)。王立海軍はさらに31機(内訳はハリアーGR9A 26機、ハリアーT MK8 5?機)の戦闘用航空機を保有しています。合計は278(空軍)-19(ニムロッド)+31(海軍)=290機となります(?付きは表には明示されていないが論理的に導き出される数値)。

 戦闘用航空機対決は英国の勝ちですが、日本より10機多いだけですね。

 一方で、「戦闘機」という言葉に「もっぱら空中戦に特化した飛行機」というイメージを持つ人もいると思います。これに合致するミリタリー・バランスの定義は「戦闘機(fighter)」になります。狭義の戦闘機ですね。ややこしいので、本コラムでは制空戦闘機と呼ぶことにします。制空戦闘機の数は、日本が英国を凌駕しています。航空自衛隊は偵察機RF-EJ(RF-4E)を除いた260機であるのに対して、王立空軍にはタイフーン25機とトーネードF-3 75機の計100機しかありません。逆に言うと、日本には戦闘/対地攻撃機 (fighter ground attack)に相当する機種がありません。爆撃機、攻撃機など、英国のほうがバラエティに富んでいると言えます。ちなみに、ミリタリー・バランスでは多用途機(マルチロール)は配備時の任務に応じて分類されます。

 最後に、訓練時間の比較。『防衛庁再生宣言』には、「日本の戦闘機パイロットは、燃料費を節約するため(!)、英国の3分の2の時間しか訓練していない。」という記述がありますが、日本のほうが訓練時間が短いのは変わっていないようです。日本が年間150時間であるのに対して、英国はハリアー GR7で218時間、ジャギュアGR3で215時間、トーネードGR1/4で188時間、トーネードF-3で208時間となっています。

<太田>

 これはこれで大変結構であり、後編にも期待していますが、私のお願いしたつもりなのは、ミリバラ2000〜2001をベースにした『防衛庁再生宣言』の日英比較箇所の表と本文の改訂です。
 もし、お時間があれば、こちらの方もよろしくお願いします。
 注文が多すぎる。5,000円まけてもらって名誉有料会員扱いにしてもらったくらいでは引き合わない?
 そうおっしゃらずに。
 何もなさらなくてよい、という破格の条件で来期も名誉有料会員扱いを続けさせていただきますので・・。

(続く)

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太田述正コラム#2148(2007.10.26)
 <Q&A「結局,自衛隊が補給した油は,イラクにも使われているの?」:消印所沢通信21>

 【質問】
 結局,自衛隊が補給した油は,イラクにも使われているの?

 【回答】
 物理的に言えば可能性はある(でも可能性としては低いし,
断定は不可能)が,帳簿上で言えばno.

***

 さて,「がりぽり軍事学」です.

 本当は早く

「打倒!スーパー・ストロング・マシーン!!」

を書きたいのだけれども,

「お前は平田だろ」

とか言われそうだし(涙)

 ということで

「テロ特措法下の給油問題」

について書きたいと思います.

 今回のポイントは,

「物理的な話と
帳簿上の話を
分けて考える必要がある」

ということ.
 小沢さん自身
よく分かってないみたいだから.(笑)

 さて,話を思いきり分かりやすくするために

「Jオイル」

という架空の燃料があると仮定してみよう.

 このJオイルは,
普通の軽油と変わらないんだけど
ただ色がピンク色していて
日本が給油した燃料であることが
見た目で分かるという...(笑)

 じゃあ,このJオイルを1万バレル
米艦に給油してみよう.
 自衛隊では米補給艦に給油することにしているから
米補給艦にすでにあった燃料と
Jオイルとが混ざって
燃料全体が薄ピンク色になるよね.

 次にこの薄ピンク燃料を
米補給艦から空母に補給してみよう.
 米軍だって無用の摩擦は起こしたくないから,
日本からもらった1万バレルは,
臨検活動中の艦艇に給油しようと考える.
 実際にはすでに薄ピンク色なんだけどね.(笑)
 そこでインド洋上の空母に
薄ピンク燃料が1万バレルが補給される.

 普通は1万バレル使いきれば
問題はないんだけども,
軍事作戦に限った話じゃないが
予想外の事態が発生することがある.
 たとえば,イラクでアルカーイダの幹部が発見されて
急遽空爆が必要になったとかね.

 1万バレル給油したばかりだけれども
空母はイラク沿海に急行することになる.
1万バレル使いきってから行ったんでは
アルカーイダを取り逃がすことになるからね.
 かといって,
いちいち日本政府の了解をとりつけてからでは
これもまた手遅れになるしね.
 で.あとで1万バレル分返せばいいやということで
かくして薄ピンク燃料を積んだまま
イラクでアルカーイダを攻撃することになるわけだ.

 だから,物理的に言えば
ピンク色の燃料が
まったく使われないことは
ありえないんだ.※

 ありえないんだけれども,
これを立証するのもまた不可能だということは
分かると思う.
 だって,現実の燃料はピンク色してないから.(笑)
 見た目での区別はつけられないでしょ?

 ここで帳簿の上の話になってくるんだけど,
さっき空母が予定外で使ってしまった1万バレル,
給油艦に返してしまうと,
帳簿上は帳尻が合ってしまう.
 返したぶんの1万バレルは
給油艦が積んでいる
アメリカ政府自身が買ってきた油を
空母に給油するだけだし,
実際はそんなめんどくさくて無意味な作業はやらないで
帳簿上で動かすだけだろうけど.(苦笑)

 日本政府としても,
この1万バレルは,
アメリカが勝手に借りて行っただけってことになるから,

「イラク戦争に使われることを想定して,
給油したわけではない」

という理屈が成り立つんだ.

「いや,勝手に借りていく可能性があると分かっていながら,
給油をすれば,それは戦争加担だ」

と言い出す人もいるかもしれない.

 でも,「可能性がない」状況とは
いったいどんな状況なんだろう?

 援助というものを
援助を受け取る側から見れば,
援助された分だけ,
ゆとりが生まれるわけだから,
そのゆとりの生じた分を,
他に転用することは当り前にある.
 そしてその転用先は
非軍事とは限らないんだ.

 たとえば(昔,読んだ本なので題名が思い出せないんだけど),
中越戦争の頃,日本の対中ODAがそっくりその戦費に
流用されたんじゃないか?という疑惑を指摘していた人がいた.
 その人によれば,戦費とODAとがほぼ同額だったんだそうだ.
 これは日本の軍事援助ということになってしまうのだろうか?

 あるいはまた,昨今話題のミャンマーもそうだ.
 ここにも日本は多額の援助をしている.
 その援助で生まれたゆとりを
ミャンマー政府は軍事予算に振り向けてはいないと
断言できる人がいるだろうか?

 それからまた,世界の国連加盟国は
国連分担金というものを国連に払っている.
 その国連は北韓(北朝鮮)に人道援助をしている.
 その援助で生まれたゆとりを
北韓が軍事予算に次ぎ込んでなどはいないと断言できる人は
よほどのお人よしだろう.
 この場合,国連加盟国は,テロ支援国家を支援する国家と
見なせるのだろうか?(笑)

 このように,
どんな援助であっても
それが軍事援助に流用される可能性は
ゼロではない.
 でもだからといって,
可能性がゼロではないからというだけの理由で,
「援助をやってはダメだ,
それは戦争に加担する行為だ」
という話になれば,
日本はどこにも何も援助することはできなくなってしまう.※2
 そうなるともう日本は鎖国するしかなくなってしまうね.
 うひょひょ...(苦笑)

 そして逆に言えば,

「Xという援助が実はYに使われている!」
という話は,
難癖をつけたいときに便利な,
どうとでも解釈できる主張でしかない,
ということも分かるよね.
 とほほほ...

 だから今回のイラク特措法に関するモノ言いというのは

「このボールペンを暴力団摘発以外に使ってはならない」 という条件で備品を援助    ↓  すでに買ってあった,余ったボールペンを,交通課へ
回した    ↓  ボールペンが交通取締りに使われた!    ↓  プロ市民大激怒

という構図と同じなんだ.

 ただし,では与党には何も問題はないのかといえば
そうではない.
 一番の問題は

「ここまでは日本もやる.
 ここから先は日本はできない」

という原則を打ち出していないことだと思うんだ.※3

 テロ特別措置法という存在からして,
「一時的な」ものでしかない.
 その場しのぎのものでしかなく,
他に大きな国際テロが起きたらどうするのか,
というのが見えてこない.

 某k●jii.n●tでは
テロ対策基本法といった恒久法の制定を主張していたけれども,
僕はそこまですることはないと思う.
 今の政治風土では困難だろうし,
第一,恒久法にしたら
日本の場合だと逆にそれに縛られすぎて,
臨機応変な対応ができなくなるんじゃないかな.

 それよりも,
半年に一度とかの定期的に
最新の分析を元に

「これからの半年間は,
テロ抑止について,
日本はこういうことを目指します.
 そのためにはこういうことまではやります.
 しかしそこから先はできません」

という原理原則を首相自ら宣言したほうがいいと思うんだ.
 この場合,最新の分析を元に,
半年ごとに更新していくのがミソだ.

 そうすれば
このままどんどん深入りしていくんじゃないかと
なんとなく不安を感じている人々も安心できる.
 新しいテロ事態が起こっても,
その原理原則に従って迅速に対処できる.
 日本人は長期戦略は苦手だけど,
中短期戦略は得意だしね.(苦笑)

 そんなわけで,
なんだか本家の人の政治学の分野に
素人が片足突っ込んじゃった感もなくもないけど,
まあ安全保障問題と被る部分なんで
勘弁してね.

 それでは,またね.

「がりぽりぽり」,2007/10/3
※この文章の文体は「かみぽこぽこ」のパロディであり,
実在のかみぽこ氏とはいっさい無関係です

 ※ 佐藤守は次のように述べる.

[quote]
海自から補給を受けたある艦艇が,事態の変化に伴って
イラク紛争に関する作戦に出動したとき,海自か
ら補給された燃料を一時抜いて,イラク作戦専用の燃料と
積み替える,などという芸当は不可能である.如何に
米軍といえども,艦艇数は限られている.

佐藤守のブログ日記,2007/9/28
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20070928
[/quote]

 ちなみに,この手の間接給油はイラク開戦後,
激減している.

補給艦への給油,88%が米軍に=01,02年度に集中−防衛省公表
時事通信,2007年10月9日(火)20:27
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/politics/jiji-09X008.html

 ※2 やはり佐藤守は次のように述べる.

[quote]
 湾岸戦争が開始された直後,三沢基地司令だった私は,
ワシントンから来た大佐達を含む基地の主要幹部たちとの
夕食会で,
「何故世界の平和のために,自由を守るために,日本は
今回の紛争解決に協力できないのだ.
 日本の憲法が海外派遣を禁じているというのがその理由か?」
と真剣に聞かれ,
「その通り,尊敬するマッカーサー将軍が作ってくれた
憲法に,我々日本国民は忠実なのだ」
と茶化したが通じず,
「あれから既に40年,いつまでもマッカーサーのせいに
するのはおかしい.
 憲法問題は日本人自身の問題だ.
 独立したのに何故自分達の憲法をつくろうとしないのだ?」
と切り替えされた.そして
「自国の憲法を理由に自衛隊を参加させない理屈は分かった.
 しかし,代わりに出した金の明細書を要求するのはどういうことだ?」
と詰問された.

 思い上がった米国人め!というのはやさしい.
 原爆を落としやがって!というのも分かる.
 しかし,軍人として軍事的常識から考えると,彼らが
明細書を出せという神経が分からない,という気持ちは良く
分かる.

佐藤守のブログ日記,2007/9/28
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20070928
[/quote]

 ※3 給油が果たして本当に日本にとってメリットを
もたらしているかについては,このコラムでは触れない.
 何らメリットをもたらしていないという見解もあれば,
おおいにメリットをもたらしているという見解もあるため.

 前者の見解については,太田述正コラム#2111
http://blog.ohtan.net/archives/51024455.html
などを,後者の見解については週刊文春2007/10/11号
(麻生幾)や同10/18号などを参照されたし.
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<太田>

 直前の私のコラムの補足みたいな感じで絶好のタイミングでしたね。

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太田述正コラム#2090(2007.9.28)
<銀河英雄伝説:消印所沢通信20>

 それにしても,世情というものはヒーローに対して,何か
聖人的なものを求める傾向があるようで.
 例えば朝青龍の問題も,突き詰めるとそういうことに
なるんじゃないですかね.
 「横綱の品格」とは何か?と問われたら,それを明解な
言葉で,具体例を挙げて,客観的に説明できる日本人なんて,
そう多くないと思うんですが(それどころか皆無かも),
でもそれを,外国人に求めちゃっていたり.
 日本人にも説明の難しいものを,外国人に「分かれ」と
いうのは無茶というもんです.

 しかもなんだか,ビジネスまで批判されている.
 旅行会社がどうとか,温泉ビジネスがどうとかまで,
言われている.
 引退した力士の再就職先が,相撲協会職員か,親方と
なるか,プロレスラーか,ちゃんこ屋か,警備員くらいと
いう,そちらのほうがちょっと悲しいと思うんですがね.

 金儲けが悪というのは,いったいどこから
来ているんでしょうかね?
 アレですかね,金儲けを軽蔑する儒学思想でもいまだに
影響しているんでしょうかね?
 そういえば,江戸時代は「士農工商」なんて言って,
「商」を最下層扱いしていましたね.
 また,田沼意次も吉良上野介も,賄賂というキーワードで
叩かれていますね,当時.
 実際には,どちらもそんなことはなかったらしくて,
歴史雑学本を読みますと,浅野内匠頭が吉良に斬りかかった
理由は,はっきりとは分かっていないようです.
 取調べに対し,浅野は「遺恨あり」としか答えず,どんな
遺恨なのかについては何一つ語っていません.
 また,浅野は癇癪持ちであり精神疾患も患っていたことから,
そちらのほうの原因を暗示している小説
(『四十七人の刺客』)もあります.
 同書によれば,賄賂云々は赤穂浪士が流した
プロパガンダだったとも.

 田沼の「腐敗」もやはりプロパガンダ説がありまして,
こちらは田沼を目の敵(かたき)にしていた松平定信一派が
流したものだとか.
 最近では逆に,田沼の重商政策や外交政策が評価される
傾向にあるようで.

 仮に金儲け罪悪観が江戸時代の武士の価値観からきていると
して,では,江戸時代の武士のご先祖様である,戦国時代の
武士はどうだったかと申しますと,これはもう「何でもアリ」だったようで.
 試しにそうした武士の1人に,話を聞いてみることに
しましょう.

「それでは,ヒーロー・インタビューです.
 今日は,配下の者が石田三成を捕えた田中吉政選手に
きていただきました.
 まずは東軍の勝利,おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「今回の戦いでは,先鋒を務めたり,三成を捕らえたりと,
大活躍でしたね」
「はい,武士の誇りのため,一所懸命がんばりました」
「(お前の親父,百姓だったじゃん.いきなり経歴詐称かよ)」
「何だって?」
「ところで,名目だけとは言え,豊臣秀頼お墨付きの軍勢に
対して,よく戦闘する気になれましたね?」
「……まあ,私の見るところ,これはしょせん豊臣家中の
派閥争いに過ぎませんから」
「ということは,秀次事件のようなものですか? あのときは,
大勢の家臣が連座したにも関わらず,田中選手は逆に
加増されていますよねえ?」
「……何が言いたい?」
「ところで田中選手,佐和山城攻めでも勇猛果敢でしたね!」
「はい,ありがとうございます!」
「城の搦め手からの突入,見事でした!」
「そうですね,あそこが弱点と思ったんで,思いきってやって
みたらジャスト・ミートしました」
「関ヶ原で大勢は決しているのに,あそこで力攻めしたことが
意外でしたが? 戦死者も余計に出たようですし」
「……まあ,任務第一でしたから」
「そうですよね! あそこには三成の親族がいた
わけですからね!」
「そう,その通りですよ!」
「秀次事件のときにも田中選手をかばってくれた,あの三成の
親族ですからね!」
「……おい」
「そもそも田中選手が百姓から大出世できたのも,三成から
田中選手が目をかけられていたおかげですし,その三成の
親族ですからね!」
「おい!」
「やっぱり,忠義とか義理とか人情とかより,戦国武将に
とってはなりふり構わない出世が一番ですよね?」
「……」
「あれ,どうしました? 肩なんか小刻みに震わせて?
 そんなに嬉しいですか?
 では田中選手,最後に一言!」
「てめえ,ブッ殺す!」
 ゲラゲラ笑いながらタイム・マシンで逃げる
インタビューアー.
 予備のタイム・マシンを奪って追いかける田中.
 とっさにインタビューアーが飛び出したところが松の廊下.
 逆上してメチャクチャに刀を振りまわした田中が,
吉良上野介の背中をスパッ!
 そしてそのまま,インタビューアーを追って,次の
時空間へと消えてしまいます.

 一方,何が何だか分からないまま,乱入してきた暴漢に
対し,刀を構えようとしたのは浅野匠頭守.
 けれども刀を抜いたときには,すでに田中達は消えており,
後ろを振りかえってその刀を見咎めた吉良は,浅野に
斬られたものと勘違いして
「殿中でござる!」

 こうして,何が何だか分からないまま,浅野は乱心者として
切腹をさせられ,松の廊下の事件の真相は迷宮入りと
なってしまいましたとさ.

 めでたし,めでたし(?)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<太田>

 参考にされた文献等をつけていただくとありがたいですね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 コラム#2092(2007.9.28)「朝鮮戦争をめぐって(その2)」のさわりの部分をご紹介しておきます。
 ・・
 (3)ニューヨークタイムス2

 「ハルバースタム氏は、・・チャイナ・ロビーが及ぼした悪しき影響についても、歯に衣を着せぬ批判を行っている。彼らが蒋介石と国民党に無条件で支援を続けていたために、共産主義の支那と朝鮮における紛争に対して冷静な政策をとることが不可能になった、と。」

→そこまで言うなら、米国人の大部分がが蒋介石と国民党ロビーだけでなく、毛沢東と共産党ロビーでもあったため、支那における紛争に対して米国が冷静な政策をとることが不可能になった1930年代をどうしてくれる、と言いたくなります。
 ・・

 (4)ロサンゼルスタイムス

 「米国人数百万の頭の中に存在していた支那像は、米国と米国人が大好きな忠実で従順な農民で一杯、という幻想に満ちたものだった。
 
→そう。その裏返しが、米国と米国人を物とも思わぬ狡猾で好戦的なサムライで一杯、という幻想的な戦前の日本像だったことが問題なのです。
 ・・

 (5)スレート誌
 
 ・・<省略>・・>

→その通り。米国の指導者達は、ほとんど全員国際情勢が分からず、とりわけアジアのことなど、皆目分からないのであって、マッカーサーはフィリピンにいた期間が長く、その上日本に5年もいたのですから、当時の米国の指導者達の中ではまだマシな方だったのでです。
 何と言っても、マッカーサーは、(恐らく朝鮮戦争が起こったことで)先の大戦が日本の自衛戦争であったことに気付く程度の国際情勢リテラシーはあったからです。(後で再び論じる。)
 ・・

(続く)

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太田述正コラム#1998(2007.8.14)
<軍隊の訓練は人殺しのため?:消印所沢通信19>

 「こんばんは,『クローズアップ原生代』の時間です.さて,辺野古では業者側のダイバーと基地反対派のダイバーとが,互いに「人殺し!」と罵り合う事態になっています
http://obiekt.seesaa.net/article/48930018.html
が,基地反対派の反対理由の一つに,「人殺しの訓練をするための施設は,いかなる理由があろうと反対」 というものがあります.(例えば
http://atsukoba.seesaa.net/archives/20070503-1.html
>人殺しのための基地を作らせない). では,軍隊の訓練は人殺しのためのものなのでしょうか?今日はその点を検証してみたいと思います.それでは,ゲストをスタジオにお呼びしております.人殺しといえば,この方,ゴルゴ13さんです.ゴルゴさんは住所氏名年齢不詳.世界中の様々な人々から依頼を受けて,ライフルで狙撃して暗殺することをなりわいとしております.ゴルゴさん,今日はよろしく御願いします」
 「……」
 さてゴルゴさん,時間がありませんので単刀直入にうかがいますが,軍隊の訓練というのは,人殺しのためのものなのですか?」
 「……」
 「あのう?……」
 「……」
 「えー,大変無口な方のようですね(苦笑).軍隊の存在理由は,江畑謙介氏によれば,『軍事力(それは広くは軍隊自身を含め,兵士だけではなく国民の指揮や継戦能力,すなわちどれだけ戦闘を続けられるかの能力も含まれる)の最大にして最も根本的な役割は抑止力である』※ とのことですが,そうだとしますと,軍隊の訓練は抑止力のためであって,人殺しのためではない,ということにはなりませんか?」
 「……まあ,そうだな」
 「しかし,実際に戦闘になったら,やはり軍隊は戦うわけですよね?」
 「……」
 「だとしますと,やはり軍隊の訓練は人殺しの訓練という要素を含むということになるのでしょうか?」
 「……」
 そのとき原作者のさいとうたかをが,ゴルゴのあまりの無口さにとうとうしびれを切らし,自らスタジオに出てきて口を挟み始めた.
 「まあ,なんと言いますか,その場合でも,決して人を殺すこと自体が目的じゃないんです.ほら,警察だって銃を撃つ訓練はするけれども,決してそれは人を殺すためじゃないですよね? それはいざってぇときに,犯人を威嚇したり,犯人の抵抗をやめさせたりして,犯人逮捕を行うという目的のためのものですよね? 犯人が両手を上げて建物から出てきたってぇときに,犯人を撃つバカな警官はいない.軍隊もそれと同じことで, 目的のために敵を排除できればそれでいいんで,目的を達することができるなら,別に敵兵が何人死のうが死ぬまいが関係ないんです」
 さいとうの突然の乱入に戸惑いながらも,アナウンサーが, 「目的というのは?」 と聞くと,再びゴルゴを差し置いて原作者.「それは敵地を占領したり,兵站を妨害したり,偵察したり,都市を降伏させたり,色々でさあね.そしてその目的を妨害しにくる敵兵に対しては,それを『無力化』できればいいんでしてね.極端なことを言えば,敵を取り囲んで,弾丸を全部撃ち尽くさせてしまえば,そうすれば彼らはもはやこちらを攻撃することはできませんやね? このゴルゴにしたところで,みんなで取り囲んで彼の手に弾が渡らないようにし,ライフルがタマ切れになってしまえば,ただの格闘技の強いあんちゃんです.銃を持った人間にはなかなかかないませんから,あとは逃げるしかない.かくしてゴルゴを殺すことなく,ゴルゴから身を護るという目的を達成できますね?」
 調子に乗ったさいとうは,取り囲むかのようにゴルゴのまわりをグルグル回り始めた.  
 するととっさにゴルゴは 「俺の後ろに立つな」 と鋭く言って,椅子から回転するように降りて床に伏せざま,持っていた拳銃を一発発射.「ズキューーーーーン!」 という「ゴルゴ13」にはおなじみの擬音がとどろき,あおむけに倒れたさいとうのみけんには大きな穴が. これで超長期連載記録を伸ばしていた「ゴルゴ13」も連載終了かと思いきや,次の号にも何事もなかったかのように「ゴルゴ13」は載っていましたとさ.
 げに恐ろしきは,さいとうプロのオートメーション方式.
(終劇)

※1 『軍事力とは何か』(光文社,1994/12/20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<太田>
 消印所沢さん、コラム#1831(2007.6.23)以来久方ぶりのご登場ですな。歓迎します。

 おおむねおっしゃっておられることには同感ですが、江畑謙介氏が『軍事力・・の最大にして最も根本的な役割は抑止力である』と言っておられるらしいところ、そう所沢さんもお考えになっておられるとすれば、その点については不同意です。
 「軍事力」ならぬ「軍隊(armed forces」について、英語版のウィキペディアでは、「国家の軍隊は、・・その政府(governing body)の外交及び内政を推進する(further)ためのものである」としています(
http://en.wikipedia.org/wiki/Armed_forces
。8月13日アクセス)。
 ですから、外国等による自国または第三国に対する武力攻撃を抑止する、という江畑氏の定義は、軍隊の存在目的のうちの一つだけを取り出したものであって、軍隊の定義としては狭すぎて不適切です。

 江畑氏は、日本の自衛隊のことが念頭にあってこのような定義をされた可能性がありますが、そうだとしても依然不適切であり、私なら、「自衛隊は、米国に対する見せ金としての軍隊もどきとして設置されたものであり、その意図せざる結果として米国の抑止力の一端を担うことはある(コラム#30、58)ものの、もっぱら政治家や現役・OB官僚が金銭的利益を得るための手段となっている(コラム#1997)」と書くところです。


 補足1:防衛省が沖縄の普天間基地移設計画に伴い、移転先とされている辺野古の海で実施される事前調査に海上自衛隊の掃海母艦「ぶんご」を出動させたことに対 し、防衛庁は明確な法的根拠を示すことができないことを問題視する声がある(
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200705281645381
・8月14日アクセス)が、困った話だ。法的根拠がなければ動いてはいけない警察(
http://en.wikipedia.org/wiki/Police
。8月13日アクセス)とは異なり、本来軍隊は法的根拠なくして動けなければ存在意義はない(コラム#227)。自衛隊はやはり「見せ金としての軍隊もどき」に他ならないということだ。

 補足2:守屋次官は辺野古に関する政府案を堅持しているのに対し、沖縄での声を踏まえて政府案の修正を環境相兼沖縄・北方対策担当相や首相補佐官時代から小池防衛相は唱えており、この点でも二人は対立している、とも言われている(8月14日朝のTV朝日報道番組)。この二人、あるいは沖縄県、辺野古の地元、更には移転元の普天間の地元の動きにそれぞれいかなる利権がからんでいるのか、よくよく見極めなければなるまい。

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太田述正コラム#1896(2007.8.7)
<過去・現在・未来>

1 始めに

 Mixiでの読者とのやりとりの一端をご披露します。
 本篇は即時公開します。
 太田述正掲示板も活性化してきたので、ぜひ訪問してみてください。

2 読者とのやりとり

<バグってハニー>
 コラム#1892(2007.8.3)「中共の欠陥食品問題(続)」に関連して、最近、興味深かったのは段ボール肉まん事件ですね。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070726idw3.htm

 私が興味深いというのには二つの理由があります。
 ひとつは中国市民も欠陥食品問題を気にしているという点。そうでなければ、このようなニュースが中国国内でニュース・バリューを持つことはないでしょう。
 二点目は、中国の報道機関がやらせまでして、政府に都合の悪いことを報道できた、という点。つまり、中国の言論・報道は開放されつつあるのではないでしょうか。
 中国の経済がグローバル化することによって、それ以外の制度や組織もグローバル化するということなのではないでしょうか。所詮、経済体制だけ自由主義のつまみ食いをすることなど許されないということなのでしょう。
 ですから、私の考えは「中国共産党一党独裁体制を支那が擲って自由・民主主義化しない限りこの問題を克服することはできない」、あるいは「今の経済体制を維持する限り中国は早晩、自由・民主主義化する」ということになります。

<太田>
 おなつかしやバグってハニーさん。
 そろそろ、消印所沢さんの消息も分かる頃かも。

 さて、肉まんダンボールやらせ事件も、仮に本当にやらせだったとすれば、TVニュース(ドキュメンタリー?)が欠陥商品であったということであり、必ずしもバグってハニーさんのおっしゃたような読み方はできないのではないでしょうか。
 いずれにせよ、以前にも申し上げたように、私は「中国共産党一党独裁体制を支那が擲って自由・民主主義化しない限りこの問題を克服することはできない」とも「今の経済体制を維持する限り中国は早晩、自由・民主主義化する」とも考えていません。
 後者の点については、改めてコラムで書きたいと思います。

 なお、
 トウ小平体制原因論を詳細に述べたニューズウィークの記事
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20070803/131649/?P=1以下

は参考になります。
 この記事では、10年後もこの体制は変わっていないだろうと予想していますが、果たして?

<バグってハニー>
 私には中国には報道統制がきついという印象があったので。インターネットの検閲とか日本から見れば信じられないですよね。ですから、段ボール肉まん事件は、たがが緩んできた証拠かなと思いました。

 ところで、#1875(2007.7.22)「CIAの実相(その1)」に絡むことです。

 このコラムで名前の挙がったFBIのRobert Hanssen(旧ソ連のスパイだった)を題材にした「Breach」という映画を最近見まして、非常に面白かったです。
http://www.breachmovie.net/

 クリス・クーパー演じるところの老獪なハンセンを相棒の新米FBI捜査官エリックが追い詰めていくというストーリーです。スパイものにつき物の派手な銃撃戦とかないのですが、その分、本当のスパイとはかくありなん、という感じでよかったです。クライマックスはハンセンの捕り物劇なのですが、エリックはその場にも居合わせず、ポケベルでハンセン逮捕の報を受けるという地味な演出なのですが、手に汗握りました。よろしければご覧ください。

<バグってハニー>
 コラム#1895(2007.8.6)「10の決断と第二次世界大戦(その2)」について、前に同じこと書いたかもしれないですが一言。

 「日本が仏印(正確には南部仏印)侵攻を1941年7月に「決断」した時の首相は近衛文麿であり」

 その数ヵ月後に日本は乙案でこの南部仏印進駐を取りやめるとあっさり引き下がったんですよ、石油禁輸の解除を条件に。石油を止められて「タンマ!今の手は無しにして!」みたいなもんですよ。こんな見境のない外交はないです。
 北部仏印進駐によって日本はすでに鉄を止められていたわけで、さらに南進を続ければ米国がどのような対応をとるかなんて、少し考えれば分かるようなことです。まったく、当時の日本の指導者の「非理性的な決断」にも困ったもんです。
 ところで、国民党や共産党をファシズム呼ばわりするのは別にいいですが、三国同盟で正真正銘の本場のファシストと手を組んだ日本はそれでも民主主義的だったのですか?松岡のやり方は民主主義的だったの?

<太田>
>ところで、国民党や共産党をファシズム呼ばわりするのは別にいいですが、三国同盟で正真正銘の本場のファシストと手を組んだ日本はそれでも民主主義的だったのですか?松岡のやり方は民主主義的だったの?

 当時現在より更に甚だしい国際情勢音痴であった米国でも、さすがに日本の敗戦時点までに中国国民党を見限るに至りましたが、遡れば、米国は、中国国民党ではなく日本をこそ後押しすべきだったのです。いわんや米国は中国共産党については、一貫して敵視すべきであったのです。
 まあ、米国は仕方がないとしても、あの骨の髄から共産党嫌いのチャーチルだって、正真正銘の本場のスターリン主義のソ連とつるんでナチスドイツにあたったわけで、敵の敵は味方だ、というのはいつの世にも常識でしょう。敵の敵とつるむのは緊急避難的措置だということですよ。
 日本がナチスドイツと協力したのも、(松岡のように心底からそれを追求したバカもいたけれど、)マクロ的に見ればそれ以上でも以下でもありません。敵である米国の敵がたまたまナチスドイツだったということです。

<バグってハニー>
 コラムとは関係ないですが、こちらをご覧ください。
http://www.kunaicho.go.jp/gaikoku/300linneaus%20.html

 英国リンネ協会における天皇陛下による基調講演の原稿です。驚くべき博識と科学的洞察力に満ちています。しかも「原文【English】」ですよ。もちろん、誰か手助けする人はいたとは思いますが、正直びっくりしました。非常に頭が良い方なのですね。普段の寡黙は爪を隠してるだけみたいです。この講演の抜粋は

Essay: Linnaeus and taxonomy in Japan
Doctors at the Dutch Trading House on Dejima were a conduit for science into and out of Europe.
His Majesty The Emperor of Japan

として、Natureの7月12日号に掲載されました。このEssayというセクションは私の知る限りその分野の超大物だけが寄稿しています。世界の王族広しといえどもNatureとScienceに寄稿しているのは我らが天皇陛下だけではないでしょうか。想像ですけど。

<太田>
>天皇陛下<には>・・正直びっくりしました。非常に頭が良い方なのですね。普段の寡黙は爪を隠してるだけみたいです。

 言及された今上天皇の講演の概要は日本の新聞の電子版で読みました。
 確かBBCだったかが、Natureの上記へリンクを貼っていましたよ。

 ところで、今上天皇については私も同意見であり、このことは、私のコラムで今上天皇(皇太子時代を含む)を何回も採り上げている(コラム#214、215、824、934、939、1718)ことからもお察しいただけると思います。

 これらのコラムで、今上天皇が、支那事変の原因が支那側にあることを強く示唆されておられること、その一方で靖国神社参拝を昭和天皇同様、行おうとされていないことを指摘してきたところです。
 靖国神社を参拝されないのは、天皇家を国内外の政争から守るため、そして、昭和天皇同様、今上天皇も松岡のようなバカ(注)(狂人?)・・A級戦犯だが東條らと違って死刑にもなっていない・・を靖国神社が合祀していることに強い違和感を覚えておられるため、であろうと推察されます(
http://www.asahi.com/national/update/0804/TKY200708030506.html
(8月4日アクセス)、及び
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E6%B4%8B%E5%8F%B3
(8月7日アクセス))。

 (注)松岡は、1941年12月6日、日米開戦の方針を知り「三国同盟は僕一生の不覚であった」、「死んでも死にきれない。陛下に対し奉り、大和民族八千万同胞に対し、何ともお詫びの仕様がない」と無念の思いを周囲に漏らし涙を流した(
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20070107i202.htm?from=main2
。1月7日アクセス)

 いずれにせよ、その松岡だって、(普通選挙で選ばれた議員で構成される)衆議院で、外相として答弁しなければならなかったのですよ。
 どう考えたって当時の日本は、民主主義的な国家でした。

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太田述正コラム#1833(2007.6.25)
<日本の希少動物を救え!:太田述正通信>

 (本篇は即時公開します。)

1 始めに

 本日1330前後の時点で、次期会費納入済みの方は、新規の方5名を含む60名(30万円)、カンパを寄せられた方は、カンパだけの方2名を含む28名38口(19万円)です。

 設定させていただいた期限まで残り3日間だというのに、会費を納入された方がこんなに少ないのは一体どうしたのでしょうか。
 2期連続して120名以上の有料会員を確保してきたというのに、残念でなりません。
 コラムの質は、はばかりながらほとんど落ちていないはずです。
 無料会員の数1,139名だって、E-Magazineで幽霊会員が100名以上いたことを考えれば、年初から現在まで決して減少していないと言ってよいでしょう。
 ただし、一時的とはいえ、ホームページを閉鎖したのは大きかったようです。ホームページと旧ブログで計1日1,000人以上の訪問者がいたのに、現在のブログには1日500人くらいがやっとです。

 とにかく、カンパされなくたって全くかまいませんので、これまで有料会員であった方、お願いします。ぜひ継続してください。
 太田述正という日本の稀少動物が滅びようとしています。
 救えるのは皆さんだけです。
 連絡のない有料会員については、7月1日からコラム配信を停止させていただきますのであしからず。

2 読者が送ってくれた本

 (1)ウソで読者を釣ってはいけない

 私のことを心配したある読者が、本を送ってくれました。
 日垣 隆『すぐに稼げる文章術』(幻冬社新書)です。
 お気持ちは大変ありがたかったけれど、この本の帯を見た瞬間眉を顰めました。
 「元手も素質も努力もいらない。」とあるではありませんか。
 今をときめくこの出版社の主導で書き込まれたのでしょうが、いくらこの本を売りたいと言っても、そんなウソはダメです。

 (2)文章がうまくなる秘訣

 この本で文章の書き方のノウハウのところをいくら読んでも、文章がうまくなるとは思えません。文章を沢山書き続けることしかないのではないでしょうか。
 私自身、コラムを書き始めた頃の文章より最近の文章の方が読みやすくなっていると思います。
 ところで、沢山書き続けるためにこそ、私は「です」「ます」調を用いてきました。
 文章を書くなどとしゃちほこばらず、日常会話をするような気楽な気持ちで読者に語りかけることができるからです。
 ですから、日垣氏の、「「です」「ます」調のほうが「である」調よりも難しい<ので>・・大リーグ養成ギブス<のつもりで、>・・文章を敢えて「です」「ます」調で書いてみてはいかがでしょうか」(37頁)というくだりには、逆じゃないかと首をかしげてしまいました。

 (3)ブログ炎上をめぐって

 本を送ってくれた読者は、「ブログ炎上」の所(98〜106頁)を読んで欲しかったようです。
 私のブログ、というより旧ホームページの掲示板や旧(島田)掲示板の炎上は3回あり、一度目はホロコースト否定論の皆さんが相手、二度目は高卒や短大卒相当の人の限界を私が指摘した時にその指摘に反発した皆さんが相手、三度目は今回の軍事愛好家の皆さんが相手、です。
 いずれの場合も私は、日垣氏言うところの「「不用意に他人や属性を貶めない」という大原則」(98頁)に違背したわけではなく、「周到に考えた上で他人を挑発した」つもりなので、「炎上」は歓迎するところでした。
 ただ、今回の「炎上」で反省すべき一点があるとすれば、ホロコースト否定論の皆さんとは違って軍事愛好家の皆さんの多くは有益な知識を身につけている専門家であり、「専門家の読者から知識をありがたくいただいて利用すれば良い」(113頁)ということからすれば、「利用」するどころか、いささか「挑発」が過ぎて彼らを本気で怒らせてしまったらしいことでしょうね。
 ま、しかし、いずれ彼らが分かってくれる時が来ると信じています。

 (4)私のコラムのウリ

 日垣さんの本の「<私は>外国文献はどの程度読むか・・必要に応じてです。私は・・英・・語が非常に苦手なのですが、そうは言っても読まざるをえないものもある。」(186頁)のくだりには、思わず膝を打ちましたね。
 私は、もっぱら英語文献を用いてコラムを書いており、それだけでも日本では非常に少ないライターであると言ってよいのではないか、それこそ私のウリだ、と思ったのです。
 ただ、私のコラムの縦糸はアングロサクソン論、横糸は安全保障論ですから、英語文献だけを用いていてもそれでほぼ十分ですが、それだけでよいと考えているわけではありません。
 それだけに、孫子と杜牧に関し、漢文の文献を私に送ってくれた読者εさんにはうらやましい気持ちを抱きました。ああ、私に漢文(白文)が読めたらなあ、と。

3 例の裁判について

 (1)消印所沢さんとのやりとりの続き

<消印所沢>
>「反米非武装活動家」<は、>『業者のダイバーから殴る蹴るされた』など見
え透いたウソばかりつくウソつきなので<す。>

のところが名誉毀損にあたると、「反米武装活動家」から訴えられた時の対応は
大丈夫でしょうね。(太田)

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太田述正コラム#1831(2007.6.23)
<沖縄の希少動物を救え!:消印所沢通信18>

 現在,辺野古ではある希少生物が危機に瀕している.  
 生物学者によれば,それはジュゴンよりも希少であるという.  
 その生物の名前は「反米非武装活動家」.チンパンジーに
次いで人類に近い種類の生物だと考えられている.
 テルアビブ海洋水産大学のアンネ・フランク博士は言う.
 「この生物は1960年代には大繁殖していたのですが,やがて,
非武装中立なる概念がウソであることが徐々に知られるに
つれて,生息範囲がせばめられていき,現在では多めに
見積もっても数千頭しか生き残っていないと思われています」
 先の「辺野古の基地建設反対のネット署名」では,
約一千という数しか署名が集まらず,世界の生物学者に
衝撃を与えた.  
 前出のフランク博士は次のように予測する.
 「このままでは,21世紀中頃までに完全に絶滅して
しまうかもしれません.  
 今や沖縄ですら,彼らは『うざい』存在でしかないのです.  
 早急に保護が必要です」
 だが,保護はそう簡単ではない.
 フランク博士はその理由を,次のように述べる.
 「訓練だけのために日本にやってくる新兵は,沖縄以外の
場所で訓練させてもいいのではないか?とか,辺野古沿岸
埋め立てが本当に最善の方法なのか?とか,当局の対応は
適切なのか?とかなど,論点はいくらでもあるはずなのに,
彼らはわざわざ,『基地全廃・日米安保反対』という
今日では支持が得られにくいところに出発点を置いています.  
 すなわち,わざわざ生き残るには厳しい環境を,この
生物は選んでいるわけです.  
 繁殖は非常に難しいと言わざるを得ません.
 加えて,『業者のダイバーから殴る蹴るされた』など見え
透いたウソばかりつくウソつきなので,この生物を保護する
ことに対する国民の理解も得られにくく,保護のための
十分な予算を確保できないのです.  
 害虫扱いして駆除すべきという強硬論すらあります.  
 しかし駆除してしまっては生態系が壊れるおそれが
あるのです」
 環境省では,防衛省に依頼して辺野古に海上自衛隊艦艇を
派遣してもらうなど,刺激をすることにより個体数を
増やそうとしているが,この生物の発する鳴き声が非常に
ワンパターンなスローガンでしかないため,すぐに飽きられ,
ほとんど刺激は成功していない.
 また,保護にはまずアセスメントが必要だが,固体を
捕獲して胃の内容物を調べたり,発信機を付けて行動を
監視したりといった以前の段階で躓(つまず)いている.  
 自衛隊情報保全隊によるアセスメント活動は,
「国民監視だ」としてクレームがつけられている状態だ.
 しかし,全く希望がないわけではない.  
 「正論」2006年5月号の,八木秀次教授のコラムによれば,
団塊の世代とはつまり全共闘世代であるが,彼らはその
当時の思想を捨て去ったわけではなく,企業に就職する際の
方便として「捨てた」ふりをしていたに過ぎないという.  
 そして定年退職し,暇をもてあました団塊世代は,再び
往時の思想に立ち戻って活動を活発化させるだろうと
予測している.
 もしそれが本当であるなら,お花畑系平和主義者が再び
大繁殖しないとも限らない.  
 さる左翼団体関係者は,次のように語っている.
 「今後は高齢者対策として,骨がもろくなっている老人の
ために,ゲバ棒をウレタン製のものに変え,日光で熱中症に
なって倒れる老人が出ないよう,デモも曇りの日か夜間に
限り,また,体力にも考慮して,デモで歩く距離も10m以内に
限ることを検討しています.  
 さらに,内ゲバでリンチをする際にも,ピコピコ・
ハンマーで叩くだけにするなど,細心の注意を払っています」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<太田>
>「反米非武装活動家」<は、>『業者のダイバーから殴る蹴るされた』など見え透いたウソばかりつくウソつきなので<す。>

のところが名誉毀損にあたると、「反米武装活動家」から訴えられた時の対応は大丈夫でしょうね。
 信頼性の高い典拠に拠って書いたので心配ない?
 それじゃダメなのです。
 私も自分が名誉毀損で訴えられて臍をかんだのですが、この典拠に拠りました、と言っても免責されないのです。
 しかも、一旦そのような主張をしてしまうと、今度は自分の書いたことの真実性の証明を直接しようとしても、そうさせてはもらえません。
 書いた時点では、その典拠のウラをとって書いたわけではないのに、後になって真実性の証明が仮にできたとしても何の申し開きにもならない、というのです。
 ですから消印所沢さん。今のうちにご自分で直接真実性の証明ができるように準備しておかれることを強くお奨めしておきます。
 さてここで、講読を継続され、かつカンパも寄せられたお二人の有料読者からのメールをご披露しておきます。

<読者Ω>
 <太田さんの>「脳死」宣言には驚きましたが,次から次へと出てくる偽装,デタラメにはイイカゲンにしてくれと思っています。

<読者Σ>
 <太田さんのコラムは、>ときには,そうかな?と感じることもありますが,全体としては非常に参考になる貴重なコラムだと思います。
 しかし,自民党から民主党へ政権が移ることと,「脳死状態の日本」が再生するきっかけになることが結びつくでしょうか?
 自民党もひどいけれど,民主党はもっとひどいという月並みの感じしかもてないのですが。
 もちろん,太田さんの主張,最近では<コラム>#1824のそれは,私も賛成です。
 今後ともコラムの継続,よろしくお願いいたします。

<太田>
>自民党もひどいけれど,民主党はもっとひどい

 失政をすれば政権の座を逐われる、という恐怖感を骨の髄までたたき込まない限り自民党が真に再生することはありえない、と思いませんか。
 しかも、前から私が何度も言っているように、それは、自民党をがんじがらめにしばっている既得権益集団から自民党を解放することにもつながるのです。
 自民党の方が民主党よりまだマシだとお考えなら、なおさら、当分の間民主党に投票すべきです。そうして、とにもかくにも、少なくとも数年間の政権交代を実現しましょう。

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太田述正コラム#1786(2007.5.30)
<ハリー・ウィンザーと賢者の意思:消印所沢通信17>

 太田氏コラム#1741(2007/4/20付,2007/5/21公開)に
よれば,英国王室のヘンリー王子(愛称ハリー)が
陸軍士官学校に行ったことに対し,
>ハリーもウィリアムも2人とも同じくサンドハースト
〔陸軍士官学校〕に行ったことは
>理解できない
ことだとされている.

 では,なぜハリーはサンドハーストを選んだのか?
 今回,我々取材班は,英国「サン」紙の協力を得て,その
謎に迫ることにした.

 我々の取材に対し,さる英国王室関係者は次のように語る.
「世界のVIPには故レーガン・アメリカ大統領など,
占いなどに頼る人間が意外に多いことは,ほとんど公然の
秘密ですが,女王陛下もあるとき,2人の王子のことを
水晶占い師に占わせたのです」
 するとその占いでは,驚きの結果が出たという.
 近い将来,一部の国では,ハンカチ王子や
はにかみ王子などというものが幅を利かせ,ハリーは本物の
王子であるにもかかわらず,ほとんど無名の存在に
なるだろうという予言が示されたのである.

「そのことをひどく気にかけた女王陛下は,秘密裏に
円卓会議を召集なされたのです」(前出・王室関係者)
 クリーズ卿を議長としたその会議には,各界から多くの
著名人・知識人が集められた.
 会議の議題は,「ハリー王子にはどんなキャラづけを
すればよいか?」というものだった.ハリーにも,
ハンカチ王子やはにかみ王子に負けないキャラづけをして,
彼ら以上の知名度と人気を得ようというのだ.
 最初に口を開いたのは,陸軍のチャップマン将軍だった.
「王子にはぜひとも陸軍士官学校に入っていただき,
『弾丸王子』として勇名を馳せていただきたい」
と彼は言った.
 すると海軍のペイリン提督が異議を唱えた.
「いや,すでに陸軍にはウィリアム王子がおられる.
 ここはぜひ海軍に起こしいただき,『ハンモック王子』と
して,軍艦内でのハンモック就寝に慣れ親しんで
いただきたく」
「いやいや,それならば『ハンガー(格納庫)王子』の
ほうが語呂がよろしかろう」
と,空軍のアイドル大将.
「語呂というのであれば,山岳部隊に入隊していただいて
『アルペン王子』というのはどうかね?」
と,チャップマン将軍.
「軍人諸君は,軍隊だけが国家に奉仕する道だとでも
思ってはいないかね?」と,そこに口を開いたのは,
ジョーンズ博士(歴史学).「我が国の学問の発展に
寄与するのも,立派な国家への奉仕であろう.王子には
学問の道にお進みになっていただき,『難解王子』として
大成していただきたい」
「国家への奉仕というのであれば,外交こそが国家存亡の
要であろう」と言い出したのはギリアム駐米大使.
「たとえば『かんざし王子』として英日友好を促進したり,
『シャンペン王子』として英仏友好に寄与してこそ,真の
意味の国家への奉仕と言える.
 クラウゼヴィッツも言っているように,戦争はしょせん
外交の一つの手段にしか過ぎないのだよ」
「ハリーにカエル野郎と仲良くしていただく必要がどこに
ある? むしろ『反則王子』として,ワールドカップで
フランス代表を叩きのめす立場に立っていただきたい」
とは,英国サッカー協会のイネス会長.
「皆さん,発想が古い.これからの世界で国家が
生き残るには,ソフトウェアの充実が不可欠.
 王子にはアニメーターとなっていただき,
『アンパン王子』として英国版『アンパンマン』など
アニメーションの隆盛に務めていただいてはどうか?」
と,やなせたかし.
「非常にですね,これからは英国にも野球がもっと
普及してもいいと思うわけでしてね,『阪神王子』と
してですね,……」
と掛布,の物真似をする松村邦洋.
「『断筆王子』」
と筒井康隆が言い出せば,
「『残酷王子』」
とフン族のアッチラも口を挟み,議論百出.

 どうにも議論が決着を見そうにないので,クリーズ議長は
収拾案を出した.
「まあまあ,本人そっちのけにして,我々だけでどうこう
言い合ってもらちがあかん.
 ここはハリーご自身の意見をお伺いしてはどうか?」
 そこでハリーから意見を聞くため,円卓会議のメンバーらが
ハリーに謁見した.松村邦洋のアポなし取材という形で.
 するとハリーはこう答えた.
「ボクは,目立たない『昼あんどん王子』がいいな」
 驚いた円卓会議一行が理由を尋ねると,彼は次のような
理由を述べた.
「だって,夕べ,枕もとでママがこう言ったんだ.
『お兄様と同じことをやって,つねにお兄様の影で
目立たない,『昼あんどん王子』になりなさい.
 目立つとパパラッチに追かけ回されて,ママみたいに
事故死してしまいますよ』」

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自衛隊は空っぽの洞窟?(その6):消印所沢通信13


 さて,「自衛隊は空っぽの洞窟?(その1)」(コラム#1700)
で,日英の攻撃ヘリについて比較したところ,太田氏から以下
のような反論をいただきました.

-------------------------------------------------------

<太田>

>リンクス<に>攻撃ヘリ並にTOWを搭載しても
スペック的に同じでも,実戦的な強さという意味では
攻撃ヘリの方が圧倒的に上です.
英国陸軍に納入されたタイプのガゼルAH1は,ATM運用能力を
持たず,武装はロケット弾と機関砲のみ.そのため,現在は
偵察・観測ヘリとして運用されており,通常は兵装を
搭載していない
 
 私は拙著の中では,「攻撃ヘリ」という言葉を,戦車並びの
「対戦車機動攻撃力」たるヘリ,という意味で用いています.
 TOW(ATM.対戦車誘導ミサイル)を搭載できるヘリなら
文句なく「対戦車機動攻撃力」でしょう.
 また,打ちっ放しの対戦車ロケットを搭載できるヘリだって
「対戦車機動攻撃力」と言えるのでは?

-------------------------------------------------------

 本日はこれについて考察してみましょう.

 たしかに,偵察・観測ヘリにも対戦車ロケットを搭載する
ことは可能です.
 フランス軍では湾岸戦争のときに,イラク軍戦車に対して
ガゼル・ヘリからHOTを発射した事例もあります.

 しかし,英軍のガゼルAHはフォークランド戦争,
湾岸戦争,コソボ紛争,イラク戦争などで用いられましたが,
フォークランド戦争の時期を除いて非武装であり,
唯一武装したフォークランド戦争においても,その武装が
使用されることはありませんでした.※ 1

 現在ではアパッチがある以上,わざわざガゼルを
再武装するようなリソースの無駄遣いなど英軍は
しないでしょう.
 ガゼルのような脆弱な機体で対戦車攻撃など,兵士に
自殺しに行けと言っているようなものですから.
 だからこそ実戦でも武装があるのに使わなかったし,
使うような任務に就かなかったわけであり,そしてそれ以降,
外してしまったわけです.※2

 それにまた,対戦車兵器で武装できるだけの理由で
「対戦車機動攻撃力」に算定してよいなら,自衛隊のヘリも
同様の理由で算定されねばフェアな評価とは言えないでしょう.
 実際,たとえば陸上自衛隊もUH-60JA 多用途ヘリコプターは,
当初は対戦車ミサイルやロケット・ランチャーの装備をする
計画でしたが,予算の関係で見送られたという経緯が
あります.※3
 これはつまり,予算次第ですぐにでも武装へリ化する
ことが可能ということですね.

 なお,「対戦車機動攻撃力」という単語は軍事用語としても
見慣れないものですので,そのようなレアな単語は定義や
出典を明記なされますと,議論が混乱せずに済むのでは
ないかと愚考いたします.

<脚注>
※1 ウィキペディアより
http://ja.wikipedia.org/wiki/SA_341_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)#.E3.
82.A4.E3.82.AE.E3.83.AA.E3.82.B9

※2 JDWのバックナンバーによれば,ガゼルの再武装という
話が2004年に出ているのですが,これはリンクス後継機
(今のフューチャー・リンクス) 計画が遅れていたせい.
 しかも,ガゼルそのものがすでに老朽化して減勢が
始まっており,既存の機体にも任務不適合が多いという
ことで,武装化は沙汰止みになったようです.
 それどころか,1 年ほど前には「ガゼルの早期退役を
検討中」なんて話も.

※3 ウィキペディアより
http://ja.wikipedia.org/wiki/UH-60_%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%
AF%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%AF#.E9.99.B8.E4.B8.8A.E8.87.AA.E8.A1.9B.E9.
9A.8A


 なお,本コラムはmixi
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=15572896&comm_id=342133
におけるJSF,井上@Kojii.net,極東の名無し三等兵,
メッサー=ハルゼー各氏のレスを参照しました.

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<太田>

>現在ではアパッチがある以上,わざわざガゼルを
再武装するようなリソースの無駄遣いなど英軍は
しないでしょう.
>実戦でも武装があるのに使わなかったし,
使うような任務に就かなかったわけであり,そしてそれ以降,
外してしまった

 (ガゼルを対戦車プラットホームとして用いることが可能で
あったという)フォークランド戦争は1982年、(フランスがガ
ゼルを対戦車プラットホームとして用いたという)湾岸戦争は
1991年、拙著が上梓されたのは2001年、そして今は2007年です。
2001年「現在」がどうであったかを知りたいものです。

 いずれにせよ、英国において、かつてガゼルに対戦車
ロケットを装備していたという以上、私が英国の「対戦車機動
攻撃力」の中にこれをカウントをしたのは適切であったのでは
ないでしょうか。
 他方、陸上自衛隊のUH-60については、対戦車ロケット類を
装備したことがない以上、「対戦車機動攻撃力」とは
言えないでしょう。

>「対戦車機動攻撃力」という単語は軍事用語として・・
見慣れない

 一般的な軍事用語を連結しただけであって、軍事的素養のある
方であれば、誰でもその言わんとするところはご理解いただける
はずです。

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太田述正コラム#1760(2007.5.8)
<作り話の系譜:消印所沢通信16>

 【質問】

 こんな報道がありましたが,ということは,中国諜報機関が
事件の背後にいるという話はガセだったんですね?
(45歳,映像クリエイター)

----------------------------------------------------
イージス艦情報、わいせつ画像交換で拡散
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070405it01.htm
(リンク切れ)

 海上自衛隊第1護衛隊群の護衛艦「しらね」の2等海曹(33)が
イージス艦情報を持ち出した事件で、情報は、2曹が
同僚からわいせつ画像をコピーした際に流出していたことが
4日、神奈川県警などの調べで分かった。 (中略)
 調べに対し、2曹は「わいせつ画像をコピーしたら、イージス艦の
情報ファイルも一緒に入っていた。後から気づいた」などと
供述。残る2人の下士官のパソコンなどにも、2曹と同様の
わいせつ画像が大量に入力されていたことが確認されている。 (後略)
-----------------------------------------------------
 【回答】

 「それ,犯人がそう言ってるというだけじゃん」
……と,これだけで話が終わってはコラムにならないので,
もう少し深く掘り下げてみましょう.

 たしかに,ありえるストーリーではあります.
 ですが,すれっからしの諜報マニアは,そんな「ストーリー」は
信じません.
 「何かの事実を隠すために捻り出されたカバー・ストーリーなの
では?」 と,まず考えます.
 しかもこの事件では,そのストーリーを言い出しているのは
犯人の側です.
 当然,捜査当局も,情報入手ルート隠蔽のために
作り出した「作り話」であることを疑うでしょう.
 疑わなきゃプロじゃない.
 前例もあります.  冷戦初期,CIAではベルリン地下にトンネルを掘り,
ソ連軍の電話交換局まで盗聴器を仕掛ける作戦を
行ったことがあります.  これが発覚したのは, 「巧妙に隠された
盗聴線を、偶然、技師が発見したからだった」  …長い間,このように
説明されていました.
 しかしこれはカバー・ストーリー,事実を隠すための作り話でした.
 事実は冷戦後に分かりました.
 当時の英国政府高官の中にスパイがおり,作戦は
計画段階からソ連に筒抜けだったのです.※
 (つまり,CIAが盗聴して得た情報は全て,欺瞞情報だった
可能性が高い.爆笑)
 日本でも例があります.
 ゾルゲ逮捕がそうです.  
 ゾルゲ・スパイ網が発覚したのは,全くの偶然からだ,とこれまで
言われてきました.
 すなわち,まず全くゾルゲとは無関係の件で,1941年6月に
日本共産党員であった伊藤律が逮捕された際,アメリカ
共産党員で当時日本に住んでいた北林トモの名を自供.
 さらに北林がアメリカ共産党の同志,宮城の名を自供した
ことがきっかけだった,というのがこれまでの通説でした.
 しかし近年の研究では,野坂参三がゾルゲを特高に
売ったという説が有力になりつつあります.※2
 だとすれば,「北林トモから」説は,情報源を隠したかった
特高が作り上げたカバー・ストーリーである可能性が高いでしょう.

 では,現職ではなく,元諜報員の証言や回想録なら
信頼できるかといえば,これもそうはいきません.
 それ自体,欺瞞情報やプロパガンダ工作である可能性を
考えねばならないからです.

 例えば1985年,KGBワシントン駐在員のユルチェンコが
亡命するという事件がありました.
 ところがしばらくすると,ユルチェンコはまたソ連に戻り,
「あれは拉致されたんだ」 などと言い出しました.
 この事件について, 「ソ連側のスパイ,オルドリッチ・エイムズ
から目をそらすため,ウソの情報をCIAに与えることを目的としたウソ
の亡命ではないか」 との声が今も根強いのです.※3
 (ユルチェンコはその後,処刑されたという話も伝わっていますが,
「死んだ」ことにされるのも諜報機関ではありふれた手口ですね)

 なら,機密文書が機密解除されるまで待つしかないのかと
いえば,これもあまりアテにできません.
 都合の悪い機密文書は,黒塗りで出されたり,「紛失」された
ことにされたり,そもそも存在自体を否定されるなど,
いくらでも隠蔽が可能だからです.
 旧KGB文書などは,膨大な上にろくに分類分けされておらず,
今でも全貌を掴んでいる人間など誰もいないという有様.※4  
 情報公開に対する一種のサボタージュなのがモロ分かりですね.

 ではどうするかと言えば,情報のクロス・チェックを丹念に
やるしかない,ということになります.
 一つの事項について可能な限り多くの文献を集め,比較する.  
 一致している場合,「だいたいそれで正解だろう」という
ことになります.
 一致しない場合は? これが厄介で.
 どちらの側の論拠が,より確かなのか?  主張者自体の信頼性は?
(歪曲やトンデモの常習者なら, 考慮の対象外です)
 そんな諸々を考察せなあかん,ということになります.
 しかもそんなめんどい作業をしても,それは絶対的な
回答でありません.  まあ,陰謀論という楽なところに逃げ込む人間の
気持ちも, 分かるというものですね(笑)

 しかし見方を変えると,これはクロスワード・パズルのような
ものです.

 縦のカギ:一冊の文献の中の時系列  横のカギ:同じ時期についての,
複数の文献にまたがる記述
 時々,数カ国にまたがり,3次元パズル,4次元パズルに
なったりもしますが,うまく縦横が一致したときなど,これほど
面白いパズルもないわけで,こんな面白いパズルを放棄して,
安易に陰謀論に走る人がいるのが,当方には理解できなかったりします.



 さーて,このコラム終わったし,雑誌のクロスワード・パズルでも
やるとするか…  …何これ!? 激ムズじゃん!! ムキーーーッ!!  これは
きっとナベツネの陰謀ぉぉぉぉ!!!!!

 (了)

※  『KGBの内幕』
(オレグ・ゴルジェフスキー著,文芸春秋,1993.12)

※2 『別冊歴史読本 太平洋戦争情報戦』
(新人物往来社,1998.5)

※3 『ザ・メイン・エネミー CIA対KGB最後の死闘』
(ミルト・ベアデン著,ランダムハウス講談社,2003.12)

 『FBIスパイハンター』
(ピーター・マース著,徳間書店,1995.8)他

※4 『KGB極秘文書は語る』
(アンドレイ・イーレシュ著,文芸春秋,1993.4)
 また,『闇の男 野坂参三の百年』
(小林峻一著,文芸春秋,1993.10)にも,ロシアで
野坂参三関係文書を探す際,機密文書がそのような
有様なので苦労した,という話が出てくる.

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太田述正コラム#1748(2007.4.26)
<消印所沢通信14:アバウトな話>

 排水量はフネの重量……と,そんなふうに思っていた
時期もありました.

 ついこないだ,調べて分かったんですが,実はそれでは
正解じゃないそうです.

 まず,アルキメデスの原理によれば,
「流体中の物体は,流体から浮力を受ける.
 浮力の大きさは,この物体が排除した分の周囲の流体
(すなわち物体と同体積の流体)に働く重力に等しく,
方向は重力と反対である」
 つまり船で言えば,船を水上に浮かべた際に,押しのけられる
水の重量,だということになります.※

 そして,これは船の自重に等しくなります.
 理論的に言えば.

 ところが…….さて,どうやって排水量を測るかというと,
何万tもある艦艇を,実際にプールに浮かべて,こぼれた
水を測るというわけにもいきません.
 そんなでっかいプールはどこにもないからです.
 船狂いのジェームズ・キャメロン監督でさえ,映画「タイタニック」を
撮るにあたって作ったプールには,タイタニック号の一部しか
浮かべることができませんでしたしね.

 そこで,喫水を測って排水量等測線図を作り,そこから
計算して排水量を求めることになります.
 ですが,それにも様々な誤差が出てくるので,単純に
「船の重さ」とは言えないのだそうです.※2
 何万トンとか,何千トンとか,表示が非常に大雑把なのも,
そうした誤差を考えると,細かな数字は意味がないためらしい.
 だから正確には,「排水量とは,船の重さについての
おおよその目安」でしかない,とか.

 船には尺度がもう一つあります.
 総トン数.商船ではこちらのほうがよく使われますね.

 じゃあ,こっちはアバウトなのか,そうでないのか,といいますと,
説明がちょっとややこしい.※3

 19世紀以前では,トン数は,大雑把だが確かに容積を
表す数字でした.
 そのころ,その数字の求め方は各国まちまちで,英国では,
船の内法(うちのり)の長さと幅の二乗との積をフィートで
計算し,それを94で割って算出していました.
 容積トンだと1トン=40平方フィートですが,船の前後の
痩せた部分や船体構造部材の出っ張りなどを考慮して
94で割ることにしたのだとか.

 当然,このやりかただと,幅が狭くて深さがある船を作れば,
トン数は実際より少なくなりますわな.
 実際,そんな船を作って税金をごまかす船主が現れるように
なり,船の安全性に問題が出てきたそうなんで.
 まるで,間口を税の軽重の目安にしたら,どの家もどの
家も間口だけ小さくて,その代わり奥のほうへ,のぼーっと
長くなってしまった,どこかの国のような話ですな.

 そこで1954年,Moorsom方式と呼ばれる大まかな
国際ルールができました.
 船の何個所かの断面を正確に求め,それを長さ方向に,
シンプソン法則と呼ばれる数式によって積分する方法が
それで.
 ただし甲板室スペースは算入し,機関室と乗組員常用室容積は
控除する.
 Moorsomは提唱者の名前.
 この方式により,1容積トン=100平方フィートとなりました.

 その後も,2度の国際条約で,何を含めて何を含めないかとか
やっている内に,現在の測度規則による総トン数は,もはや
重さや容積を表す数字ではなく,単に船の大きさの指標と
なる数値でしかないものになってしまいましたとさ.
 どっとはらい.

 こうして見ますと,排水量といい総トン数といい,技術の
塊のようなところに,意外に大雑把なものが潜んでいる
ものですな.
 厳密な正確さが要求されると思われている工学ですら,
このように,けっこうアバウトでもなんとかなるのですから,
もっと曖昧なもの,例えば人の生き方なんて,アバウトでも
なんとかなるんじゃないでしょうかね.
(了)

 【脚注】

※ 吉田文二著『船の科学』(講談社,1993.6.25)

※2
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Tan-Lee/modo/gijutu/haisui.html
参照.

※3 以下,総トン数の説明は,大阪商船三井船舶編
『海と船のいろいろ』(成山堂書店,1998.2)を参考にした.
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<太田>
 防衛庁時代に、私も自分で調べたことがありました。
 なつかしいですね。

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消印所沢通信13:自衛隊は空っぽの洞窟?(その5)

<消印所沢>

 本稿で,『防衛庁再生宣言』の文章そのものへの
反論は最後となります.
 これ以後は,反論に対する太田氏のコメントに,mixiの
ほうでコメントが来ておりますので,それを転載する形での
議論となろうかと存じます.

 さて,自衛隊の航空装備について,『防衛庁再生宣言』では
以下のように述べられています.

--------------------------------------------------

 最後に航空装備である.
 日本の戦闘機の数は,英国の2.5分の1しかない.(16)
 しかも,日本の戦闘機パイロットは,燃料費を節約する
ため(!),英国の3分の2の時間しか訓練していない.
 まことにお粗末な限りである.
 他方,英国の軍人が決まって嗤(わら)うのが,日本の
保有する固定翼対潜機の80機(かつては100機だった!)
という数の多さだ.
 なんと英国の4倍近い.
 この数は,米海軍の固定翼対潜機(空母搭載の
小型固定翼対潜機を除く)244機の3分の1にもなり,
堂々世界第2位である.(17)
 固定翼対潜機は陸上の飛行場から運用するが,
いかに日本が排他的経済水域を設定できる沿岸
200海里水域が広い海洋大国だとは言っても,明らかに
固定翼対潜機の持ち過ぎである.
 攻撃ヘリコプターや対潜ヘリコプターの少なさについては
すでに触れた.
 要するに,現代の軍事力の中心が航空兵力である
ことに思いをいたせば,日本の航空兵力は,(突出している
固定翼対潜機は別として)あまりにも弱体であると
言わざるをえまい.

 以上は,あくまでも数だけの議論である.
 輸出もできず,国内でも競争に晒されていない日本の
装備品は,価格が高いだけでなく,米国等の装備を
ライセンス生産しているものはともかくとして,日本で
独自開発した装備品の大部分の性能に疑問符がついて
いること――すなわち,仮に輸出が解禁され,それとも
あいまった価格を下げることができたとしても,他国に買って
もらえるものはほとんどないこと――も忘れてはなるまい.

太田述正著『防衛庁再生宣言』(日本評論社,2001/7/5),p.38-42

-----------------------------------------------------

 これに対する異論としては,以下のようなものがあります.

----------------------------------------------------

>日本の戦闘機の数は,英国の2.5分の1しかない
 とりあえず,作戦機を比べてみる.
 英国航空兵力(海軍航空隊を含む) トーネードF3 113機 ハリアーGR7/9 72機
トーネードGR4 145機 ジャギュア 60機 計 390機 (簡略化のため,2003年よ
り引渡しが始まったタイフーンは無視します) (まだ,大した数は揃ってないだ
ろうし)
 航空自衛隊 F-15J/DJ 203機 F-2A/B  94機 F-4EJ改  90機 計 387機
 ここで,トーネードGR4とジャギュア,ハリアーGR7/9は
攻撃機であり,制空戦闘機と言えるのは,トーネードF3 113機と,
まだほとんど数が揃っていないタイフーンのみである.
 しかし,空自の機体387機は,すべて戦闘機として
使用できる.  F-4EJ改は古いので除く――といっても電子機材などは
F-16級にアップグレードされているので侮れないのだが――
としても,約300機の戦闘機(F-2支援戦闘機を含む)がある.
 攻撃面に関しては英国は充実しており,トーネードGR4 145機を
中核とし,ハリアーGR7/9 72機,ジャギュア 60機が
これを補完する.  計277機である.  自衛隊は,F-2A/B 94機,F-4EJ改 90
機,が攻撃機として用いられる.  計180機であり,やや少ない.したがって,
対地攻撃能力は

英国に比べ劣っている.  しかしながら,F-2A/BはASM4発の搭載が可能であり,
F-4EJ改にも複数のASMが搭載できため,対艦攻撃能力は
英国に比べ圧倒的に高い.
 そして,空自の存在意義の一つは,敵の着上陸を阻止する
ことであり,対艦攻撃である.
 以上より,航空戦力に関しても,優劣つけがたく,それぞれ,
国の環境に合致した戦力を整備している.  全体的に,ドクトリンの違いにより,
編成や装備に違いが見られるが,自衛隊は英軍と比べ,大幅に勝っているわけでは
ないが,劣っているとは言えない.

by 極東の名無し三等兵

 1999年発行の英雑誌Air Force Monthly別冊"NATO
Air Power"のUKの部分から引用します.
 戦闘機は
トーネードGR1/4が173機,
F.3が112機,
ジャガーが74機,
ハリアーGR.7/T.1が85機の計444機.
 これの1/2.5ということは177機しか空自は戦闘機を
持っていないと主張していることになります.
 英海軍のシーハリアーFA2,35機を入れてもF-4EJや
F-1,F-2を計算に入れず,F-15しか勘定に入れていない
ことになります.

by BMP

 というか,これは寧ろロイヤルネイビーのASW戦力が
回転翼機に偏重してるのでは?と思い始めた.
 そんでもってプラットフォームも大型のキャリアに偏重している,と.
 CVSを守るため,あるいは広大なチョークポイント
一個(GIUKギャップ)を押さえるためのASW戦力なら,
これで正解だろうけど,こんじゃ海自の要求とは合致する
わけ無かろう,と.
 卵の入ったバスケットを二つに引き裂いて使うことは
出来ない訳で,今後CVF二隻態勢に移行するロイヤルネイビーの
ASW戦力構成がどうなるかはある意味,見もの.
 ジリジリと予算を削られて定数をジワジワと削る羽目に
なってる海自のASW戦力もまた見もの.
 つーか,「しらね」と「はたかぜ」の代艦どーすんだ?,マジで,
 あと地方隊に"保存"してる「はつゆき」も.

by メッサー=ハルゼー

 だって,固定翼ASW機は空軍の所属ですから.

by 井上@Kojii.net

--------------------------------------

 つまり,反論側の主張を,引用部分に対応した形で
まとめると,

(1) 空自の戦闘機の数が英国の2.5分の1しかない,
というのは,どう数えてもおかしい.
 空自についてはF-15Jしか計算に入れていないのでは
ないか?

(2) むしろ,ロイヤルネイビーのASW戦力が回転翼機偏重で
あり,単に両国の要求するものの違いの結果そうなっている
だけではないか?
 どちらがどちらを持ち過ぎといった問題ではないのでは?

ということになるでしょう.

 他方,

・パイロットの訓練時間

・日本で独自開発した装備品の大部分の性能に疑問符

についての反論は,今のところ見られません.

 私見では,ハードウェアだけでなく,ソフトウェアへの考察も
期待したいところですが,こればかりは自衛隊外部の人間には
難しいのかもしれません.
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<太田>

 最初に事務的なお話をさせていただきます。
 未公開のコラムについても、大部分、その内容の概要を掲示板(下掲)に掲載
しておりますので、ぜひご参照ください。

 さて、戦闘機の数の比較については、拙著37頁で、英国757機、日本300機、と
明記しているのに、批判者が、この数字に即した批判を行っていない以上、議論
になりません。
 ASW戦力については、前々回での私の回答で尽きています。

 それにしても、次のような言葉が依然として大手を振ってまかり通っている日
本で、以上のような議論をしてみてもむなしい限りであると思いませんか。

 現在の日本を代表する哲学者の一人ということになっている梅原 猛いわく、
「昭和19年の秋・・私は・・特攻隊になることが判っている特別操縦見習士官を
養成する学校に志願した・・反戦思想の持ち主であった私<は>・・日本および
私自身に希望を失って<おり、>・・どうせ死なねばならぬなら潔く死のうと考
え<たからだ。>・・最後に口頭試問があった。おそらく佐官級の軍人であった
と思うが、「日本の戦闘機の名前を言え」という質問であった。私は「加藤隼戦
闘隊」という言葉を聞いたことがあると思ったので、「隼」と答えた。試験官は
「もっと他の飛行機を知らないか」と問うた。・・「知りません」と答えると、
・・試験官たちはあきれたように顔を見合わせて、「本当に知らないとはあきれ
た奴だ。おまえは非国民だ」と一喝された。・・私は、戦争にまったく関心がな
かったのである。むしろ本音を言えば、戦争が嫌で嫌で、そのような戦争の情報
を強いて自分の心から追い払っていたのであろう。もちろん私は試験に落第した
・・参加した青年<の>・・動機はどうあれ、特攻隊の心情は限りなく悲しく、
限りなく美しい。しかし、・・日本の軍部は、日本国民に降りかかっている死の
運命より自分たちの権力の崩壊を恐れ、世にも無謀な特攻隊による神風作戦を考
え出したのである。そしてその主役は学徒兵と予科練、いずれも職業軍人からみ
ればとるに足らぬ人間なのである。特に学徒兵に対しては、心から戦争に協力し
ているとは思われない知識人へのひそかな懲罰の精神が込められていたような気
がする。私はこれを考え出したという大西滝治郎中将や、これを国策として採用
した東条英機大将は罪万死に値すると思っている。」(梅原猛『天皇家の"ふるさ
と"日向をゆく』新潮文庫2005年(原著は2000年)261〜263頁)

 現在の日本を代表する国際「俳優<ということになっているところ>の渡辺謙
(47)が<2006年11月>23日、慶応義塾大学三田祭(東京・三田)で、映画「硫
黄島からの手紙」(12月9日公開、クリント・イーストウッド監督)の特別講演
を行った 映画の撮影にあたり多くの資料や文献を読んだことを明かし「戦争が
始まったら個人の力で止めることは不可能。絶対に戦争は起こしちゃいけない」
と強調。続けて「戦争は悲惨だけどヒーローはいた、という映画にはしたくなか
った。戦争にヒーローはいない」と力を込めた。・・歴史教育についても言及し
「日本では“なぜ”を教えない。“なぜ戦争に行き着いたのか”を映画を通して
考えてもらえれば」と呼び掛けた。」(
http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/cinema/news/20061124spn00m200008000c.html'
。2006年11月24日アクセス)

 現在の日本を代表する評論家の一人ということになっている立花 隆いわく、
「いま大切なのは、誰が9条を発案したかを解明することではなく(究極の解明
は不可能だし、ほとんど無意味)、9条が日本という国家の存在に対して持って
きたリアルな価値を冷静に評価することである。そして、9条をもちつづけたほ
うが日本という国家の未来にとって有利なのか、それともそれをいま捨ててしま
うほうが有利なのかを冷静に判断することである。私は9条あったればこそ、日
本というひ弱な国がこのような苛酷な国際環境の中で、かくも繁栄しつつ生き延
びることができた根本条件だったと思っている。9条がなければ、日本はとっく
にアメリカの属国になっていたろう。あるいは、かつてのソ連ないし、かつての
中国ないし、北朝鮮といった日本を敵視してきた国家の侵略を受けていただろう
。9条を捨てることは、国家の繁栄を捨てることである。国家の誇りを捨てるこ
とである。9条を堅持するかぎり、日本は国際社会の中で、独自のリスペクトを
集め、独自の歩みをつづけることができる。9条を捨てて「普通の国」になろう
などという主張をする人は、ただのオロカモノである。」(
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070414_kaiken/
。2007年4月17日アクセス)

 第一の引用中の「私は・・戦争が嫌で嫌で、そのような戦争の情報を強いて自
分の心から追い払っていた・・<だから、>戦闘機の名前<は>隼<しか>知<
らなかった。>・・世にも無謀な特攻隊による神風作戦」といった箇所、第二の
引用中の「戦争は悲惨だけどヒーローはいた、という映画にはしたくなかった。
戦争にヒーローはいない」という箇所、そして第三の引用のすべての箇所、は、
私から見れば、いずれも非論理的かつ無知のきわみであり、呆れるのを通り過ぎ
て、同じ日本人として恥ずかしい気持ちで一杯になります。

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消印所沢通信11:自衛隊は空っぽの洞窟?(その4)


<消印所沢>

 前略 所沢です.

 「自衛隊は空っぽの洞窟(4)」の推敲の間,箸休めとして時事的な漫談を
お送りします.

 では,
 草々

--------------------------------------------------

   【珍説】「地震死者数と自衛隊出動の有無とには脈絡がない」???

石原都知事「どうもー! シンちゃんでーす!」
井戸・兵庫県知事「イドちゃんでーす!」
2人「2人合わせて『知事ちゃんズ』でーす!」
石原「いやあ,ボクらも漫才コンビ組んで,もう長いけどね」
井戸「組んだの,ついこないだやないか!」
石原「お蔭様で,ボクも3期目を続投させていただくことになりまして」
井戸「ピッチャーみたいに言いなや」
石原「ボクも松阪世代やし,完投せなあかんと」
井戸「誰が松阪世代や! スタルヒン世代やろ!」
石原「そない古いわけあるかい!」
井戸「だいたい,完投って何すんねん?」
石原「せやな,まずはオリンピック招致!」
井戸「北京でやったあとに,そない立て続けにアジアでできるかい!」
石原「それやったら,『ラーメン・オリンピック』でもええ」
井戸「そっちのオリンピックかい!」
石原「あとは防災,特に地震対策」
井戸「それは大事やね」
石原「都民をみんなサイボーグにして,地震でも
死なない不死身の体にする」
井戸「機械帝国か!」
石原「ピンチのときには都庁がロボットに変形して出動」
井戸「だから機械帝国かって!」
石原「地震が起きたときには自衛隊の特殊部隊を
呼べるようにして」※1
井戸「特殊部隊はレスキュー隊とちゃうて!」
石原「阪神淡路大震災では,自衛隊の出動が遅れた
せいで余計に2000人死んでるわけやし」※1
井戸「そら,フカし過ぎや! 9割は即死やったんやから,
ええとこ救えて600人や」※2
石原「600人かて,めっちゃ多いやん!」
井戸「多い言うたかて,阪神の地震は不意討ちやったんやから,
出動要請が遅れもするやろ」※3
石原「不意討ちやない自然災害が,どこにあんねん!」
井戸「不意討ちやったさけ,死者の数と,自衛隊出動の
有無との間には,何の脈絡もない」※3
石原「脈絡あり過ぎやろ!
 阪神大震災は直下型やったから,建物に潰された人の
数が多かったっちゅうだけやん.
 関東大震災なんて,死者・行方不明者10万人のうち
圧死は7500程度で,あとの殆どは火災の犠牲者.※4
 2004年のスマトラ沖地震かて,2万人以上の死者の
殆どが津波被害で,即死者は殆どおらへんがな.
 そういう直下型やない地震に自衛隊派遣せえへんかったら,
死者はうなぎ上りやないか」
井戸「阪神・淡路大震災のケースでは,て言うてるやろが」
石原「アホ言いなや.派遣要請するときには地震が
直下型かどうか分かってた言うんかいな」
井戸「そもそも,『自衛隊の出動が人命を救うんだと
いうふうに考えている知事がいるとすれば,建物を
燃えなくしたり壊れなくしたりするほうの対策に力点が
入らなくなるという疑いが出てきます』」※5
石原「なんでやねん! 耐震対策もやってるて!※6
 それに,自衛隊派遣後も,自衛隊と自治体との
コミュニケーションはめっちゃ重要やねん.※7
 コミュニケーションとれるためには,自衛隊・自治体の
合同訓練をようけやらなあかんねん.
 話聞いてると,あんたンとこ,そのへんをチャンと
やってんのか,心配になってくるわ」
井戸「あー,そら大丈夫.
 いざとなったら,誰でも知ってる人を連絡調整担当者に
任命する.
 こん人やったら自衛隊とのコミュニケートも,自治体との
コミュニケートもばっちりや」
石原「そら,誰や?」
井戸「神戸市須磨区生まれ(※8)の石原慎太郎」
石原「ええかげんにしなさい!」

 end

<脚注>

※1 石原慎太郎発言,2007/4/8記者会見にて

※2 貝原俊民・兵庫県知事(当時)へのインタビューでは
「犠牲者の8割以上が,発生直後に圧死していた」
朝日新聞2007/4/9付
 また,
http://mltr.e-city.tv/faq05e.html#07113
も参照されたし.

※3 井戸・兵庫県知事定例記者会見,2007/4/9
http://web.pref.hyogo.jp/governor/g_kaiken070409.html

※4 武村雅之著『関東大震災』(鹿島出版会,2003.5)より

※5 筑紫哲也発言 on TBS「ニュース23」,2007/4/9

※6 東京都都市整備局サイト
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/taisin/index.html
より

※7 http://mltr.e-city.tv/faq05e.html#07882 参照

※8 佐野眞一著『てっぺん野郎 本人も知らなかった石原慎太郎』(講談社,
2003.8)より
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<太田>
 典拠つきの力作時事漫談でしたね。
 大変勉強になりました。
 今度の東京都知事選は、私が仙台にいた時の宮城県知事だった浅野さんと、
東京都民である現在の私にとっての知事である石原さんの事実上の一騎打ちで
した。
 浅野さんは、知事3期目に情報公開で肩に力が入りすぎて警察を敵に回し、
かつクリーンではあっても人間的魅力に乏しいこともあって最後まで県庁内を
掌握しきれず、結局宮城県政を自民党に熨斗をつけて贈呈してしまいました。
他方、自民党の国会議員であった石原さんは、消印所沢さんも触れておられる
自衛隊との連携を強化した防災対策、現役の警察官僚を副知事に据えた治安対
策、銀行への課税等、政策の妙とその人間的魅力により、日本の前衛である東
京都民を惹きつけてすっかり保守化させてしまい、一旦死に体となっていた自
民党の延命に、たくまずして小泉前首相とタッグを組んだ形で、大きな役割を
果たしました。
 国政において政権交代が絶対に必要であると考えている私からすると、地方
政治の話であるとはいえ、まことに罪の深いお二人です。
 こういうわけで、私は結局棄権することにしたのです。
(続く)

太田述正ブログは移転しました 。
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消印所沢通信11:自衛隊は空っぽの洞窟?(その3)

 またまた間隔が空いてしまいましたが,続けます.
 海上装備についても,異論が出ています.しかも,たっぷりと.
「蜃気楼」という言葉が強過ぎたのかもしれませんね.

 まず,太田氏はこう述べています.

--------------------------------------------------

 次に海上装備である.
 人目見て分かることは,日本が,空母や揚陸強襲艦〔原文ママ〕を
潜水艦等の攻撃から守ることを主眼とする駆逐艦や,警戒監視
ないし警察行動を担うフリゲート艦の隻数だけはやたら多いが,
肝心の空母や揚陸強襲艦といった攻撃用の艦艇を全く持って
いないことである.
 しかも,「航空」の中の対潜ヘリコプターのところを見ると,
対潜ヘリコプターの数も英国より少ない.
 対潜ヘリコプターの大部分は艦艇(駆逐艦やフリゲート艦艇)に
搭載されて運用されるが,対潜ヘリコプターの数が少ないということは,
駆逐艦とフリゲート艦の隻数は多くても,その対潜水艦作戦能力
ないし哨戒能力が英国よりも劣っているということを物語っている.
 つまるところ,日本の海上兵力は,船の数だけは揃えているが,
蜃気楼のようなもので,実態は殆ど何もないと言っても過言ではない.

--------------------------------------------------

 これに対する異論は,次のようなものです.

--------------------------------------------------

>肝心の空母や揚陸強襲艦といった攻撃用の艦艇を全く
>持っていないことである.
 海上自衛隊のドクトリン上,空母も揚陸艦も必要ないのでは
ないだろうか.
 英国のように,大洋の向こう側に植民地を持っているわけでもなく,
アメリカと共同して,紛争に介入するわけでもないのだから.  簡単に比べる
と以下の通り.
海上自衛隊 人員約4万4000名 イージス艦4隻,護衛艦8隻,汎用護衛艦約20隻,
潜水艦16隻等(ディーゼル潜)
英海軍 人員4万600人 軽空母3隻,揚陸艦4隻,駆逐艦8隻,フリゲート18隻,
潜水艦15隻等(ミサイル原潜4隻を含む)
 まぁ,互角と言ったところ.  日本近海防衛を目的とする海自と,外征型で
ある英海軍の特徴を表している,くらいのものだろう.
>しかも,「航空」の中の対潜ヘリコプターのところを見ると,
>対潜ヘリコプターの数も英国より少ない.
 外征型の軍隊である英国海軍は,陸上機の支援が期待できない
場合があるので,艦載の対潜ヘリを多く持つ.  しかし,近海作戦主眼の海自
は,P-3Cのカバーがあるので
問題ない.
 というより,だから海自の対潜ヘリが少なく,逆にP-3Cが多いと
考えるのが自然である.

by 極東の名無し三等兵
>イージス艦4隻,護衛艦8隻,汎用護衛艦約20隻,
潜水艦16隻等(ディーゼル潜)
 正確にはヘリ無しのDDG(こんごう・はたかぜ・たちかぜ)が8
(あたごが就役すれば+1)
ヘリ3搭載のDDH(はるな・しらね)が4,ヘリ1搭載のDD(なみ・
あめ・きり・ゆき)が31(練習艦3隻除く)  で,対潜ヘリ枠はSH-60換算で都
合43となる訳だ(あたごは
どうせ乗せないから無視)
 一方の王立海軍  ヘリ1搭載の42型が8,同じくヘリ1搭載の23型が14,ヘリ2
搭載の
22型が4,ヘリ6搭載のインヴィンシブル級が3,ヘリ12+6搭載の
オーシャンが1.  以上,対潜ヘリ枠はリンクス換算で54とシーキング/マーリ
ン換算で
12となる.(23型はマーリン搭載可22型はマーリン搭載時定数半減42型は
搭載不可インヴィンシブルとオーシャンは不明)  ただし,オーシャンを純然
たる対潜戦力に加えるのはどうかと思うし,
インヴィンシブルとて既述のように陸軍と空軍の運び屋と化してるので,
これを除外した数も一応示してくとたったの30.  インヴィンシブルを加えて
も48と,対潜プラットフォームの数は実は
大したことないんだよね.  ま,22型が多数現役だった頃はもっと多かったん
だけど.
 それと卵とバスケット論というのがあって,英軍は見ての通り
インヴィンシブル一隻を沈められたらそれだけで対潜戦力が
ガタ落ちする(対潜だけじゃないが)リスクを抱えている.  この点,海自の
場合はきり型以降の汎用DD20隻でヘリ格納庫の
スペースを2機分確保しているので,仮にDDHが沈められたとしても,
対潜プラットフォームを残ったDDだけで最低限確保することが出来る.
(あたご型が就役すればマーリンクラスの大型ヘリプラットフォームも
確保可能)
 も一つ指摘しておくと,22型も23型も42型も新型の45型も
USMの類を全く装備していない,
 海自は地方隊のDEはおろか,ヘリ空母然とした16DDHにまで
アスロック標準装備なのにだ.  排水量に余裕がないのは分からんでもないが
,ちょっとそれは
どうかと思うぞと.
 以上を勘案すれば,海自とロイヤルネイビーのASWに対する
姿勢がどのようなものであるのかは自ずと見えてくる筈.  まぁそもそも,リ
ンクス/シーキング/マーリンとシーホークを一緒くたに
対潜ヘリなんて纏めちゃうのもどうかと思うが.
(マーリン>シーキング≒シーホーク>リンクスの順でそれぞれ5トンぐらいの
重量差がある)

by メッサー=ハルゼー

 英軍の対潜ヘリ現存数について,最新のものではありませんが,
ミリタリーバランス2004-2005が手元にありますので書きます.
ちょっと数字の読み方がいまいちわかんないのでそのまま写します.

88 seaking(42 HAS-5/6, 33 HC-4,13 AEW[2Mk7,11Mk2])
36 Lynx Mk3
6 Lynx Mk7(inclin Marinesentry)
23 Lynx Mk8
38 EH-101 Merlin Mk1
8 Gazelle AH-1(inclin Marinesentry)

 あと,空軍にもMerlinHC4が22機,seaking HAR3が23機あります.
 参考になればと思います.

by 唯野

 上記の中から,とりあえず対潜型だけ抜き出すと
シーキングが42機
リンクスが36+23機
マーリンが38機
合計139機か?

 連中のタイプ分けはいまいちハッキリしない.

 もひとつの70機という数字で思い当たったのが,SH-60J陸上型の
存在.
 しかし陸上型な筈のシリアルナンバーを付けた機体が護衛艦の
RAST上に鎮座してたり,明らかにRAST用拘束具が付いてたりと
更に混乱.
 陸上型=RAST未対応がガセなのか,シリアルナンバーが
間違ってるのか.

by メッサー=ハルゼー

 シーキングのうちHC.4は輸送型だから,ASW戦力からは
除外していいでしょう.
 ガゼルも攻撃ヘリの代用品でASWヘリじゃないですね.
 他にもいろいろ混ざっているので,純粋にASW戦力といえるのは,

・シーキングHAS.5
・リンクス(海軍型のみ) 
・マーリンHM.1

だけでしょう.

by 井上@Kojii.net

--------------------------------------------------------

 まとめますと,

・海上自衛隊のドクトリン上,空母も揚陸艦も必要ないのでは?
・対潜水艦戦力として算定されている英海軍ヘリの中に,戦力と
呼べるか疑問のものが混ざっている.
・英国海軍では対潜プラットフォームが比較的乏しく,ゆえに
「対潜水艦作戦能力ないし哨戒能力が英国よりも劣っている」とは
言えない.
というのが主な反論点になるのではないかと愚考します.

 軍事アナリストの小川和久氏も,海上自衛隊の対潜能力「だけ」は
高いことを認めていますね.
 以下引用.
------------------------------------
 例えば海上自衛隊は「単能海軍」と呼んでよいほど,単一の
機能が突出しています.それは対潜水艦戦(ASW)能力で,
その部分こそ世界トップクラスですが,それ以外の能力は備わっていないに
等しいし,もちろん空母も戦艦も巡洋艦も原子力潜水艦も
強襲揚陸艦もありません.

小川和久著『日本の戦争力』(アスコム,2005.12.5),p.41

------------------------------------------------

 私見では,この突出ぶりは,第2次大戦において日本が
米潜水艦によって輸送船を大量に沈められたという苦い記憶に
起因するのではないかと見ておりますが.

 おそらく,「海上自衛隊のドクトリン」という点等については,太田氏他,
一言おありの方も多いと思われますので,忌憚のないところをご
拝聴したいと存じます.
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<太田>

 お忙しいところを、太田述正コラムのためにご貢献いただいていることに対し
、改めて御礼申し上げます。
 その上で、普通の読者に分かりやすいように引用箇所に少しは手を入れていた
だくこと、(僭越ながら少し手直しさせていただきましたが)「まとめますと」
以下等、消印所沢さんご自身の文章をもう少し推敲していただくこと、をお願い
しておきます。

 さて、とりあえずのコメントをさせていただきます。

>海上自衛隊のドクトリン上,空母も揚陸艦も必要ないのでは?

 海上自衛隊だろうが、米海軍だろうが、およそ海軍というものは、(空軍もそ
うですが、)陸軍とは違って、本質的に攻撃的戦力なのです。(この程度の一般
論には典拠をつけるべきなのですが、ご勘弁を。)
 海軍に即して申し上げれば、一定の海域を守る、といった発想はないのです。
(ただし、対潜哨戒機、特に固定翼対潜哨戒機、や掃海部隊に限っては、それに
近い使い方をすることもできます。)
 ですから、どこの国の海軍でも、攻撃的戦力の最たるものであるところの、空
母や(揚陸艦に象徴される)本格的な着上陸兵力を持ちたいのは山々なのです。
 にもかかわらず、(海上自衛隊もそうですが、)空母や本格的な着上陸兵力を
持っていない海軍が多いのは、持ちたくても(日本の場合のように)政策上、あ
るいはカネや技術の制約上持てない、というだけのことです。

 次に、焦点の対潜水艦能力(対潜能力=ASW能力)についてです。

 まず、基礎知識から始めます。
 駆逐艦(デストロイヤー。巡洋艦やフリゲート艦との区別は無視する。=護衛
艦)の対潜能力と、(艦載、陸上を問わず、)対潜ヘリの対潜能力は、固定翼対
潜哨戒機(とりわけP-3C)の対潜能力と比べた場合、それぞれ、ほとんどゼロ、
ないよりマシ、程度であるということをぜひご認識ください。
 では、駆逐艦や対潜ヘリは何のためにあるのか?
 固定翼対潜哨戒機がカバーしきれない、あるいは固定翼対潜哨戒機に加えて念
には念を入れて、極めて狭い海域を「敵」潜水艦から守るためです。
 極めて狭い海域とは、駆逐艦(艦載対潜ヘリを含む)に関しては、護衛する空
母や本格的な着上陸兵力のいる(航海している)周辺の海域であり、陸上対潜ヘ
リに関しては、海峡や港湾です。 

 ここまでは、分かりましたか?
 この際、陸上対潜ヘリのことは捨象して議論を進めます。
 日本は空母や本格的な着上陸兵力を持っていないのに、これらを持っている英
国よりも沢山駆逐艦を保有しているのは、おかしいと思いませんか。
 結局のところ、海上自衛隊は、日本が空母や本格的な着上陸兵力を持つ日に備
えている、ということにならざるをえません。
 また、固定翼対潜哨戒機に至っては、日本は英国の何倍も持っています。
 日本が英国とほとんど同じ戦略環境にある以上、これもおかしいと思いません
か。
 この点については、説明のしようがありません。
 それもそのはずです。
 海上自衛隊の固定翼対潜哨戒機部隊は、S-2Fという小さな固定翼対潜哨戒機を
米国から供与されたところから始まるのですが、それが、P-2V(P-2J)、P-3C、
と更新されていく過程で、個機の対潜能力が(その時々の「敵」との相対関係に
おいて)幾何級数的に強化されていったというのに、保有機数約100機を(つい
最近まで)惰性で維持し続けたために、そんなバカバカしい結果になった、とい
うだけのことだからです。

><対潜能力>の突出ぶりは,第2次大戦において日本が 米潜水艦によって輸
送船を大量に沈められたという苦い記憶に起因する

というのは、海上自衛隊が苦し紛れにつけてきた理屈に過ぎません。
 これでは、説明しきれなくなった頃、有事において、最低所要輸入量を確保
するために、食糧や石油を積んだ輸送船団を「敵」潜水艦から守る必要があると
いう理屈を海上自衛隊がでっちあげたことがあります。
 この「理屈」の粉砕に私自身が関与したのですが、今となってはなつかしい思
い出です。

 いずれにせよ、結果としてであれ、これだけ対潜能力の整備に力を入れてきた
海上自衛隊が、それでもなお、

>「対潜水艦作戦能力ないし哨戒能力が英国よりも劣っている」とは 言えない

程度の対潜能力しかない、としたら、とんでもない話だと思いませんか。(実際
には、対潜能力だけなら、海上自衛隊は英海軍をはるかに凌駕しているわけです
。)

 重要なのは、小川さんも示唆しておられるように、対潜能力(と掃海能力)以
外では、英海軍に比べて海上自衛隊は無に等しいことです。

 拙著の件の日英比較は、当時の日英の累積実質国防費がほぼ同じだというのに
、いかに日本の自衛隊が英軍に比べて空疎な戦力でしかないかを説明しようとし
たものですが、陸上自衛隊に引き続き、海上自衛隊についても、ご納得いただけ
たことと思います。
 
(続く)

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消印所沢通信10:自衛隊は空っぽの洞窟?(その2)

 ちょいと他の論争に巻き込まれていまして,間隔があいて
しまいましたが,前回の続きをお届けします.
 ♪ネタはあっても時間がないけど
 そのうちなんとか なーるだろーおー(追悼・植木等)

 追伸:
 先のBDAに関する貴兄のコラムの要約,当方周辺では
評判になりましたが,拙作サイトへのアクセス数から判断す
る限り,北韓ネタは皆さん,食傷気味のご様子で…….

-----------------------------------------------------------

 さて,前回の続き.
 太田氏は『防衛庁再生宣言』におきまして,日英の
装甲兵力を比較して,次のように述べている.

以下引用-----------------------------------

 他方,装甲機動防御力を見てみると,装甲偵察車,
装甲歩兵戦闘車,装甲車の合計が日本は940両であるのに
対し,英国は2907両と3倍も保有している.

 結局,日本の陸上兵力は,攻撃力はそこそこあるが,
兵員の損耗を防止する努力をハナから怠っていることになる.
「見せ金」たる自衛隊の面目躍如というところか.

-------------------------------------以上引用

 これに対し,反論者は以下のように批判する.

以下引用-------------------------------

 戦車の保有数は,英国の二倍(陸自約1000 英国約550)は,まあ
良いとして,英国の装甲車の保有数が,日本より多いのは当たり前.  
 イギリス軍の防衛計画は,フォークランドのような大きな
一つの紛争に対処,あるいは,コソボなどの中規模な紛争二つ
を同時に対処することを目的としている.  
 簡単に言うと,外征型軍隊ということ.  
 したがって,仮に主力戦車の数を削ることになっても,より
展開しやすく,紛争地域の治安維持に使いやすい装甲車をそろえる
のは当然だろう.  
 加えて,90年代始めまで北アイルランド紛争を抱えていたので,
装甲車の数が 必要だったことも考えると良い.
 しかし,陸上自衛隊は,基本的に本土決戦のための部隊であり,
英国とは質が違う. (最近は対テロにも乗り出してるけど)  
 ここでは,展開性や治安維持に使える装甲車よりも,より重武装・
重防御で敵を正面から打ち破る力を持つ主力戦車の方が重要となる.  
 それで主力戦車に比重が置かれる.  
 これをして,陸自が劣っているというのは,間違いだろう.
 (まず,外征型の英軍と本土決戦型の陸自と比べるのが,間違いの
もとだろう)
 (それから英の主用小銃は,欠陥銃ということも,付け加えて
おかねばなるまい)

by 極東の名無し三等兵

-----------------------------------------以上引用

 さて,再反論やいかに?

(続く)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<太田>

 いやあ。顔が赤くなりました。
 もう20年以上前になりますが、北東アジアの安全保障問題研究者のドリフテ
(Reinhard Drifte。ドイツ出身。http://www.staff.ncl.ac.uk/r.f.w.drifte/)に「警
察予備隊(陸上自衛隊)は、朝鮮戦争に駆り出された日本占領米軍の代わりに日本国内
の治安を維持するためにつくられた」と言って、それでお前は防衛官僚か、と言わんば
かりの顔をされた時のことを思い出したからです。
 実際これはとんだ勉強不足であり、陸上自衛隊は、治安目的ではなく軍事目的でつく
られた上、朝鮮戦争に投入される後方控置の予備兵力として、つまりは外征軍として米
国によってつくられたからです。
 だからこそ、陸上自衛隊は最初から師団編成を基幹としてつくられたのです。(予備
隊時代は管区隊と呼ばれた。戦車を特車と呼んだ類の話だ。)
 これは、同じく外征軍である英国陸軍以上に陸上自衛隊が外征軍的であることを物語
っています。
 というのは、英国陸軍は、戦後ずっと、外地(西ドイツ)に駐留する陸軍をだけを師
団編成にして、後方控置の予備兵力たる英本国の陸軍は師団編成をとってこなかったか
らです。
 ただし、陸上自衛隊の場合、外征軍とは言っても、それは正面兵力だけの話であり、
後方兵力は極めて弱体であり、実際問題として外征などできないまま、現在に至ってい
るからです。
 どうしてそんなことになったかですが、それは吉田茂が、米国がつくれと要求してき
た師団数を飲む代わりに、後方兵力を中心に兵力量を半分に削って見かけだけの陸軍、
著しくいびつな陸軍をつくったからです。
 吉田としては、経費節約のためでもありましたが、間違っても陸上自衛隊が朝鮮戦争
に投入されないようにするためでもありました。私の力説するところの、吉田による米
国への意趣返しです。日本には憲法第9条があるというのも錦の御旗になりました。
 こんなハチャメチャな陸上自衛隊がどうしてそのまま維持されてきたのでしょうか?
 言うまでもなく、(英国本土もそうなのですが、)核の脅威とテロの脅威を除き、日
本には周辺国の地上軍の侵攻を受ける脅威などなかったからです。
 あのソ連の脅威華やかりし頃の陸上自衛隊の机上演習は噴飯ものでした。
 米軍や航空自衛隊や海上自衛隊による攻撃は最小限度にとどめて、ソ連軍を無理やり
北海道北部に着上陸させ、これをわが陸上自衛隊が迎え撃つのわけですが、ハチャメチ
ャではあってもその陸上自衛隊に着上陸したソ連軍が苦戦するのですよ。
 そこで、(戦前の帝国海軍の対米海軍の机上演習とは逆に、)ソ連軍が壊滅しないよ
うに手を加えながら演習を継続したものです。
 つまり、陸上自衛隊は、まさしく軍事力としては無意味な存在だったのであり、日米
安保があるおかげで日本の代わりに朝鮮戦争等で戦ってくれるところの米国、特に米国
議会、更に端的に言えば、米国世論に、日本がさも防衛努力をしているかのように思わ
せるための見せ金でしかなったということです。
 いちいちコラムのナンバーを引用しませんでしたが、過去の関係太田述正コラムで勉
強してくださいね。

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消印所沢通信10:自衛隊は空っぽの洞窟?(その1)

 先日,拙作サイトにて,太田述正氏の『防衛庁再生宣言』
http://www.bk1.co.jp/product/2043850(※1)
から
「自衛隊の戦力は実質ゼロ」
というくだりを紹介したところ,多くの異論反論を寄せられた.
 そこで今回から何回かにわたり,その要点を整理してみることで,議論を
喚起するものとしたい.
 太田氏からも許可を得ているので,忌憚なく御意見を寄せられたし(※2).

 (a)攻撃ヘリコプターについて

 太田氏は,同書の中で次のように述べている.

以下引用------------------------------

 まず陸上装備だが,対戦車機動攻撃力で見ると,戦車の数こそ日本が
上回っているが,攻撃ヘリコプターは英国の3分の1しかない.
 仮に戦車と攻撃ヘリコプターの戦力比が価格比とイコールであると言う,
いささか乱暴な仮定を置けば,日本の対戦車攻撃力は英国の4分の3にしか
ならない(計算方法は次の通り).

 (1) 日本が調達している最新の戦車である90式戦車の1997年度単価は
935,741万円であり,最新の対戦車ヘリコプターAH-1Sの1998年度単価は
486,600万円である.

 (2) この価格で,日本および英国の現有戦車と対戦車ヘリコプターを
買いかえるとしたら,それぞれいくらかかるかを計算する.
 日本: 90機×4866+1050両×935.741=1420468.050(単位:百万円)
 英国:269機×4866+ 627両×935.741=1895663.607

 (3) 最後に,この経費の額と戦力が比例するものとして,両国の比率を計算す
る.
 1420468.05/1895673.607=0.75

太田述正著『防衛庁再生宣言』(日本評論社,2001/7/5),p.38

---------------------------------------------
 なお,同書によれば兵器機材の数字は「ミリタリー・バランス 2000/2001」からの

ものだとのこと.

 さて,これに対し,
「英軍の攻撃ヘリの数を過大に見積もっている」
との声が多く寄せられた.

 異論の要点は
「攻撃ヘリと武装ヘリとの区別がついておらず,ただの武装ヘリまで攻撃ヘリとして

カウントしてしまっている」
というものである.

 以下にその反論の主なものを紹介したい.

--------------------------------------------

>攻撃ヘリコプターは英国の3分の1しかない.

 英陸軍の攻撃ヘリの数は,TOW搭載可能なものの兵員輸送用にも使われる
リンクスや観測用のガゼルを全部ひっくるめた数字ですな.
 それに対して陸自はコブラだけの数を比較している.

 1999年発行の英雑誌Air Force Monthly別冊 "NATO Air Power"のUKの
部分によれば,攻撃ヘリとしても使われるリンクスは124機に過ぎず,269機が
どこから来ているのか不明です.
 ガゼル162機を足せばその数に近づきますが,これは意味がありません.
 なお2000年7月の同誌記事によると,記事執筆時点で英軍に引き渡されている
アパッチはわずか9機.うち飛行隊配備はたったの4機です.
 2001年の「英軍の攻撃ヘリ」にアパッチはせいぜい1個飛行隊10機ていどしか
入れられません.
 当時の英軍攻撃専用ヘリはたったこれだけです.

by BMP in FAQ BBS

--------------------------------------------

--------------------------------------------

 リンクスというのは本来汎用ヘリです.正確には武装ヘリというと思います.
 攻撃ヘリ並にTOWを搭載してもスペック的に同じでも,実戦的な強さという
意味では攻撃ヘリの方が圧倒的に上です.
 そういう武装へりと攻撃ヘリを単純比較というのは??という感じがします.

 この文章の中で日本の攻撃ヘリの数が少ないという記述がありますが,世界中で
アメリカ,ロシアを除いた場合,AH1Sを90機装備してるのは決して少なくなく
先進国レベルでは平均的な数だと思います.

by ヒロ in FAQ BBS

--------------------------------------------

--------------------------------------------

 この人によると,英国の攻撃ヘリ269機,とのこと.  手元の『戦闘機年間2005-
2006 イカロス出版』をあたって内訳を見てみる.
アパッチAH1(AH64D) 67機(予定) リンクスAH7    89機 ガゼルAH1     120
機         計 276機
 端数は違うが,だいたいこんなところを想定してるんでしょう.  ここでマズイの
は,ガゼルAH1を戦闘ヘリとして計上してること.  英国陸軍に納入されたタイプのガ
ゼルAH1は,ATM運用能力を持たず,
武装はロケット弾と機関砲のみ.  そのため,現在は偵察・観測ヘリとして運用されて
おり,通常は兵装を
搭載していない.  すると,攻撃ヘリといえるのは,156機.(これは調達予定の67機
を含んでの数
字)  引き渡されたアパッチは,まだそれほど多くないので,戦闘ヘリの合計は
100〜120機程度だろう.
 では自衛隊の攻撃・観測ヘリを見てみる.
アパッチAH-64D  若干(60機調達予定) コブラAH-1S   86機程度  
計 150機(調達予定を含む) 加えて (観測ヘリ) OH-6D 145機 0H-1  25機(対空
攻撃能力を有する)
 戦闘ヘリは,調達予定を含め150機.アパッチは2002年に8機が
予算化されているが,調達は進んでいない.  実質,戦闘ヘリは90機と見てよい.  
これは英国と比べて,大幅に劣るとはいえない.  また,観測ヘリの数は英国よりもず
っと多い(機数で比べれば40%多い)
by 極東の名無し三等兵 in mixi支隊

--------------------------------------------

 つまり,武装はできるものの観測用でしかない「ガゼル」ヘリコプターを
算定するのは明らかに不適当だという.
 『防衛庁再生宣言』執筆時点の2001年で,英軍の攻撃ヘリは
アパッチ10機程度.
 これに,TOW搭載可能なものの兵員輸送用にも使われるリンクスを含めて,
やっと130機前後.
 当時の自衛隊の対戦車攻撃ヘリがAH-1Sだけで90機であるとすると,
そう遜色のない数字ということになるだろうし,現在でも調達予定数は,
英軍  156機
自衛隊 150機
と,ほぼ拮抗した数字になっている.

 したがって,『防衛庁再生宣言』内で行われている計算は,基礎となる数字が
誤っているために計算結果も誤っており,

>日本の対戦車攻撃力は英国の4分の3にしかならない

という結論はおかしい,ということになる.

(続く)

(※1)
 余談だが,同書はネット書店「ビーケーワン」においては防衛問題ジャンルでは
なく,官公庁問題ジャンルに分類されている.
 軍事に感心を持つ者に気付かれにくいジャンルに放り込まれているわけで,
他のところではどうなのか,チェックしたほうがいいかもしれない.
 「再生」という文言のせいで「リサイクル問題」なんかにジャンル分けされていた
ら笑うが.

(※2)
 ただし紳士的な議論態度を希望したい.
 某「反戦軍事専門家」
http://obiekt.seesaa.net/category/2748905-1.html
のような,罵詈雑言や自作自演が疑われる行為は慎まれたし.
 え? 「あんな奴,そうそういない」って? ごもっとも!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<太田>
>リンクス<に>攻撃ヘリ並にTOWを搭載してもスペック的に同じでも,実戦的な強
さという意味では攻撃ヘリの方が圧倒的に上です.
>英国陸軍に納入されたタイプのガゼルAH1は,ATM運用能力を持たず,武装はロケット
弾と機関砲のみ.そのため,現在は偵察・観測ヘリとして運用されており,通常は兵装
を搭載していない
 
 私は拙著の中では、「攻撃ヘリ」という言葉を、戦車並びの「対戦車機動攻撃力」た
るヘリ、という意味で用いています。
 TOW(ATM。対戦車誘導ミサイル)を搭載できるヘリなら文句なく「対戦車機動攻撃
力」でしょう。
 また、打ちっ放しの対戦者ロケットを搭載できるヘリだって「対戦車機動攻撃力」と
言えるのでは?

 現役やOBの自衛官の皆さん。
 拙著を読まれた方は、私が自衛隊の部隊等に寄贈したものを読まれた方を含め、数多
いはずです。
 私に対し、6年間、何のコメントもお寄せにならなかったという「汚名」を晴らすべ
く、遅ればせながらこの種議論に積極的に参加していただけないものでしょうか。
 もちろん、仮名で結構ですよ。

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消印所沢通信9:ここで会うたが6年目

               池波正太郎「剣客商売」シリーズより(うそ)

 その日…….
 秋山大地朗(だいじろう)は佐々木未冬(みふゆ)と連れ立って,
市ヶ谷田町の〔喜多川〕という店に,鰻(うなぎ)を食べに出かけた.
 大地朗の父,故兵衛(こへえ)から〔評判〕を聞いていたからである.
 大地朗にとり,鰻と言えば,丸焼きにしたやつへ山椒味噌をぬったり
豆油(たまり)をつけたりして食べさせる,江戸市中でも下等な料理と
されているそれしか知らぬ.
 まして,老中・田沼意次の娘である未冬にとっては
(一度も目にしたことのないもの)
 であった.
「〔喜多川〕のは違うのじゃよ」
 故兵衛は言うのである.
 近ごろ江戸では調理法も贅沢になってきてい,その店でも鰻を丸ごと
焼くのではなく,背開きにして食べようように切ったのへ串を打ち,これを
蒸銅壷(むしどうこ)にならべて蒸し,あぶらをぬいてやわらかくしたのを
今度はタレをつけて焼き上げるという.
 これをよい器へもって小ぎれいに食べさせる.
 これがうけて,つい先ごろ開業したばかりの〔喜多川〕は,押すな押すなの
繁盛ぶりであるとか.
(そのように父上が申されますならば,ものは試しに……)
 なのである.

 そして……
「鰻というものが,こんなにおいしいものとは存じませんでした」
 未冬は驚いたように言い,箸を進めている.
 だが,大地朗の箸が止まっていることにやがて気付いた.
 大地朗は,〔喜多川〕の奥の電脳席のほうを,じいと見やっていた.
 そこには,数人の男達が対峙していたからである.

 江戸ではネット喫茶なるものも増え,〔喜多川〕でも奥座敷がネット専用と
なっていた.ネット喫茶を定宿とする若衆も,近ごろではいるそうである.
 大地朗の,剣客としての研ぎ澄まされた感覚は,そのネットの中の戦いまで
察知することができたのである.

 ここで……
 はなしは,2月下旬にさかのぼる.
 とあるサイトの,
 【質問】 志方さんが言ってた,自衛隊が世界の軍隊でも6位くらいに
強いってのは本当ですか?
http://mltr.e-city.tv/faq05b.html#04620
という箇所に,いわゆる「自衛隊戦力ゼロ」説が追記された.
 それはこのようなものであった.

以下引用--------------------------------------------------------------

 まず陸上装備だが,対戦車機動攻撃力で見ると,千社の数こそ日本が
上回っているが,攻撃ヘリコプターは英国の3分の1しかない.
 仮に戦車と攻撃ヘリコプターの戦力比が価格比とイコールであると言う,
いささか乱暴な仮定を置けば,日本の対戦車攻撃力は英国の4分の3にしか
ならない(計算方法は次の通り).

 (1) 日本が調達している最新の戦車である90式戦車の1997年度単価は
935,741万円であり,最新の対戦車ヘリコプターAH-1Sの1998年度単価は
486,600万円である.

 (2) この価格で,日本および英国の現有戦車と対戦車ヘリコプターを
買いかえるとしたら,それぞれいくらかかるかを計算する.
 日本: 90機×4866+1050両×935.741=1420468.050(単位:百万円)
 英国:269機×4866+ 627両×935.741=1895663.607

 (3) 最後に,この経費の額と戦力が比例するものとして,両国の比率を
計算する.
 1420468.05/1895673.607=0.75

 他方,装甲機動防御力を見てみると,装甲偵察車,装甲歩兵戦闘車,装甲車の
合計が日本は940両であるのに対し,英国は2907両と3倍も保有している.(15)

 結局,日本の陸上兵力は,攻撃力はそこそこあるが,兵員の損耗を防止する
努力をハナから怠っていることになる.「見せ金」たる自衛隊の面目躍如という
ところか.

 次に海上装備である.
 人目見て分かることは,日本が,空母や揚陸強襲艦〔原文ママ〕を潜水艦等の
攻撃から守ることを主眼とする駆逐艦や,警戒監視ないし警察行動を担う
フリゲート艦の隻数だけはやたら多いが,肝心の空母や揚陸強襲艦といった
攻撃用の艦艇を全く持っていないことである.
 しかも,「航空」の中の対潜ヘリコプターのところを見ると,
対潜ヘリコプターの数も英国より少ない.
 対潜ヘリコプターの大部分は艦艇(駆逐艦やフリゲート艦艇)に搭載されて
運用されるが,対潜ヘリコプターの数が少ないということは,駆逐艦と
フリゲート艦の隻数は多くても,その対潜水艦作戦能力ないし哨戒能力が
英国よりも劣っているということを物語っている.
 つまるところ,日本の海上兵力は,船の数だけは揃えているが,
蜃気楼のようなもので,実態は殆ど何もないと言っても過言ではない.

 最後に航空装備である.
 日本の戦闘機の数は,英国の2.5分の1しかない.(16)
 しかも,日本の戦闘機パイロットは,燃料費を節約するため(!),
英国の3分の2の時間しか訓練していない.
 まことにお粗末な限りである.
 他方,英国の軍人が決まって嗤(わら)うのが,日本の保有する
固定翼対潜機の80機(かつては100機だった!)という数の多さだ.
 なんと英国の4倍近い.
 この数は,米海軍の固定翼対潜機(空母搭載の小型固定翼対潜機を除く)
244機の3分の1にもなり,堂々世界第2位である.(17)
 固定翼対潜機は陸上の飛行場から運用するが,いかに日本が排他的経済水域を
設定できる沿岸200海里水域が広い海洋大国だとは言っても,明らかに
固定翼対潜機の持ち過ぎである.
 攻撃ヘリコプターや対潜ヘリコプターの少なさについてはすでに触れた.
 要するに,現代の軍事力の中心が航空兵力であることに思いをいたせば,
日本の航空兵力は,(突出している固定翼対潜機は別として)あまりにも
弱体であると言わざるをえまい.

 以上は,あくまでも数だけの議論である.
 輸出もできず,国内でも競争に晒されていない日本の装備品は,価格が
高いだけでなく,米国等の装備をライセンス生産しているものはともかくとして,
日本で独自開発した装備品の大部分の性能に疑問符がついていること
――すなわち,仮に輸出が解禁され,それともあいまった価格を下げることが
できたとしても,他国に買ってもらえるものはほとんどないこと――も
忘れてはなるまい.

 〔略〕

 統幕をいくら強化しても,所与の防衛力の運用が,より効率的・効果的に
行われるだけのことであり,最初から陸・海・空防衛力の統合的部分,
共同部分に手抜きがあればどうしようもない.
 陸・海・空の共通部分(人事制度等)に欠陥があっても同様である.
 内局は,これら統合的部分,共同部分および共通部分のあり方を所管しており,
内局キャリアが仕事を全くと言っていいほどしていないため,統合的・
共同的側面において,自衛隊では徹底的に手抜きが行われており,
トータル・システムとしては,自衛隊の能力はゼロに等しいと思ったほうが
よかろう
(このことを説明することは,防衛上の秘密のベールがあって容易ではないが,
2節の「非常識がまかり通る防衛庁」中の「ITをめぐるドタバタ劇」から
推察いただけるだろう).

太田述正著『防衛庁再生宣言』(日本評論社,2001/7/5),p.38-42

----------------------------------------------------------------以上引用

 編者がたまさか,その本を読んでい,その箇所を引用したのだった.

 すると,たちまち何人もの反論が同サイトに寄せられた.
 その反論は
http://mltr.e-city.tv/faq05b.html#08007
に,別個にまとめられることになったが,要点はこういうことである.
 つまり……
 攻撃ヘリと武装ヘリを混同するなど,ゼロ説の前提となる数字が,実態に
即していない,というのである.
(前提となる数字が正しくないとすれば,その前提にもとづいて導き
出されている説もまた,怪しい)
のである.

 彼らはべつだん,個人的な恨みといったものがあるわけでは,ない.
 国粋的イデオロギーといったものも,ない.
 ただ……
 軍事に関する〔正しい知識〕の追求には人一倍貪欲である.

 かくして……
 両者は相まみえることとなった.
 ゼロ説の主張者である太田述衛門(すけえもん)は,
「6年後たって,ようやく議論に巡り合うたか.
 欣快に耐えぬわい」
と,薄笑みを浮かべつつ,静かに太刀の鯉口を切っている.

「いったい,どうなるのでござりましょう?」
 今や未冬も,大地朗と同じように,およその事情を察したのだが,そう,
大地朗に尋ねた.
 なんといっても,未冬も井関道場の四天王と称されるほどの
“女武芸者”である.剣客としての感覚も,大地朗同様鋭いものを持ち
合わせているのである.

 すると大地朗は,未冬,というより,その役を演じている寺島しのぶに
向かって言った.
「結婚相手のフランス人がプー太郎っぽいのはこの際,置いておくとして,
『シングリッシュ』は寒過ぎだと思うぞ」

(太田コラムでの反論に続く?)

コラムここまで--------------------------------------------------

 前略 所沢です.

 例のコラム,お待たせしました.

 「しまだ」氏に
>ここからお笑いを加味するのが腕の見せ所ですが(笑
と言われてましたので,急遽ギャグを加味することにしました.
 不適切と思われるのでしたら,「真面目型」にモード・チェンジしますゆえ,
ご遠慮なくその旨ご通知ください.


 現代文の文法上,奇妙に思われる箇所もあるかと存じますが,〔池波正太郎の
文体の再現〕のためですので,念のため.

 <凡例>(和田誠著『倫敦巴里』より.池波正太郎の文体で書く,
川端康成「雪国」)

『それは……
 文筆家・島村が,再び〔湯沢温泉〕を訪れるための汽車の旅であったが,
〔国境〕の長いトンネルを抜けると,
(あっという間に……)
そこは〔雪国〕であった』

 それでは,実りある議論を期待しております.
 草々
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 消印所沢さん、私信部分までご披露させていただいたことをお許し下さい。
 http://mltr.e-city.tv/faq05b.html#08007上での議論は、私の掲示板にも「しまだ」
さんによって転載されているので、関心あるむきはお読み下さい。
 私としては、上記議論・・拙著に事実誤認あり?・・について、消印所沢さんに、コ
ラムの形で、論点を整理した上でそれぞれの論点にコメントを加えていただき、その上
で、読者の方々に私の掲示板上で議論を続けていただければと考えています。
 私のコラムを愛読しておられる現役・OBの自衛官の方々にもこの議論に加わっていた
だくことを期待しています。
 消印所沢さん、勝手なお願いですが、一つよろしくお願いします。
 それはそれとして、私の「反論」は全く別の次元で行うつもりであり、近々コラムの
形でお目にかけます。

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消印所沢通信8:伝染(うつ)るんです

「イスラエルとヒズボラ,パレスチナとの紛争が一応終結してから久しいですが,
パレスチナでは思い出したようにハマスとファタハが撃ち合っては休戦,撃ち
合っては休戦,という状況が繰り返されています.
 例えば最近でも,1月25日から30日までの間に30人が死亡,2月8日、
ファタハとハマスが「挙国一致内閣」設立で停戦合意したものの,24日には
双方のメンバーら計3人が死亡、約15人が負傷する銃撃戦が再び起きています.

 さらに時代をさかのぼってみれば,インティファーダ末期にもパレスチナ人
同士の殺し合いが行われています.

 なぜパレスチナでは,誰も彼もが互いに殺し合わずには
いられないのでしょうか?
 今日はこの問題を医学の面から研究しておられます,テルアビブ大学
ホロコースト学部収容所衛生学科のアンネ・フランク博士に
おいでいただきました.

 フランク博士はこのたび,パレスチナ人同士を殺し合いに駆り立てる
『同士討ちウィルス』を発見することに成功したとのことです.
 博士,これはどういうウィルスなのですか?」

「はい,これは,人間の脳のニューロン細胞に感染し,特定の思考以外の
神経を遮断してしまうというおそるべきウィルスです.
 これに感染してしまうと,複眼的思考を持ったり自分を客観視するという
ことができなくなり,少しでも自分とは異なる意見を持つ人間が許せなく
なり.攻撃的になります」

「恐ろしいウィルスですね.
 どのようなきっかけで博士はこれを発見なされたのですか?」

「ヒントとなったのはJ.G.バラードの小説『戦争熱』ですね.
 この小説はまさに,同士討ちウィルスの存在を予言しています.

 次にヒントとなったのは,次のこの文章でした.

以下引用---------------------------------------------------------

 一つだけ指摘しておきたい.

 エジプトのイスラーム・テロ組織に過激性を持ち込んだ要因の一つは,
エジプト中南部に位置する上ナイル地方に古くから伝わる「血の復讐」の
社会慣習である.

 (中略)

 他にも,テロリズムが先鋭化する地方には,似たような好戦的部族慣習が
残されている場所が少なくない.
 例えば,フィリピンのアブ・サヤフを構成するタウスグ族という部族は,その
戦闘性から,近隣の他のイスラーム系住民からも恐れられている.
 チェチェンの戦闘的氏族集団は,ゲリラとなる以前,既にチェチェン・
マフィアとしてロシア裏社会に君臨していた.
 ビン・ラーデンの下に集結したイスラーム義勇兵達が出会ったのは,
アフ【ガ】ーニスタンのパシュトゥン人という,これまた「血の復讐」で
知られる戦闘的部族である.
 こうした出会いが,アラブ人イスラーム義勇兵達に何らかの精神的影響を
与えたと言うことはなかっただろうか?

 筆者〔黒田〕は,何も人種差別の考えに与するものではないが,ある
民族社会には独特の好戦的慣習があり,それが紛争の底流に息づいている
ケースを,実際の取材現場を通してしばしば目撃してきている.

黒井文太郎著「イスラムのテロリスト」,講談社,2001/10/20),p.189-191

---------------------------------------------------------以上引用

 これを読んだ私は,感染性は低いが感染した場合には極めて強力に症状が
出る,このウィルスの存在を確信したのです.

 そこでモサドに頼んで,死に立てほやほやの新鮮なテロリストの死体を何体も
送ってもらい,それを片っ端から切り刻んで電子顕微鏡にかけ,ようやく
発見したという次第です」

「この発見で,テロは減らすことができるでしょうか?」

「そうですね.
 現在,このウィルスの毒性を強める研究を始めておりますので,それに
成功すれば,テロの撲滅に繋がるでしょう」

「えっ? 弱めるのではなくてですか?」

「はい,毒性をとことん高めたハイパー同士討ちウィルスを培養して,
アル・カーイダなどの連中に感染させれば,彼らも勝手に同士討ちを始めて
くれるでしょうから.
 そもそも,アル・カーイダなどはサウディアラビアのワッハーブ派をさらに
過激にした,イスラーム系カルト宗教であるという見方さえあります.
 こうしたカルト宗教は教団内部で内ゲバを起こして自滅するのが常です.
 そこで,ちょいとハイパー同士討ちウィルスを感染させてやれば,彼らは
アメリカそっちのけで身内で殺しあうことでしょう.

 もちろんハマス,ヒズボラなどにも同様の効果が期待できます」

「しかし,その過程で,今のハマスやヒズボラよりも過激な組織が生まれて
しまったりはしませんか?」

「その可能性はあるかもしれません.
 そこで,その可能性の備えて,我々はハイパー同士討ちウィルスをさらに
強めたメガ同士討ちウィルスを……」

「ふつーにワクチン開発しろよ」 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 もうそろそろ誤解は生じないと思いますが、以上は、私が執筆したものではなく、消印
所沢さん執筆です。(太田述正)

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太田述正コラム#1661(2007.2.16)
<消印所沢通信7:バカに徹したコラム>

<消印所沢>
 バカに徹したコラムをお届けします.
 今回の6カ国協議の結末が,おそらく日本人の圧倒的多数にとっては,
すっきりしないものだろうと存じますので,こういうときは笑いで発散しましょう.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 北朝鮮問題を巡る6者協議はああいう形で一応の水入りとなったが,北朝鮮を
巡る最近の話題では,いまだに分からないことが一つある.
それは
「結局,山崎拓は何しに北朝鮮へ行ったのか?」
ということである.

 山拓は,複数の政府要人や労働党幹部と会った旨述べているが、辺真一は,

>ランク上ならばあえて秘密に伏せる必要はなく、むしろ成果を
>強調したいならば、実名を公表してもよさそうなものです。
>そもそも、訪朝前から宋大使よりも格上の姜錫柱(カン・ソクチュ)
>外務第一次官(党序列41位)か、金養健(キム・ヤングォン)
>国防委員会参事(序列38位)らに会わなければ平壌に行く意味は
>ないと言われていただけに公表しないのは不自然極まりありません。
http://johoyatai.com/?page=yatai&yid=61&yaid=291,2007/2/9アクセス)
として,それに疑問を投げかけている.

 では,山拓の目的は何だったのか?

 ところで,みんなから忘れ去られている,朝鮮半島を巡る事実が一つある.
 それは,アントニオ猪木vsアリ異種格闘技戦30周年記念イベント
(イノキ・ゲノム)が3度目の延期により,2007年1月に韓国で開催される
ことになっていた,というものである.
http://blog.goo.ne.jp/prowrestle/e/5b8def2b5128774552e05b0cad042ae8
2007/2/11アクセス)

 アントニオ猪木といえば,北朝鮮とも関係が深く,ピョンヤンで行われた
格闘技大会に参加したこともある.
 その上,元国会議員……ともなれば,その関係で山拓と知り合いで
あっても何らおかしくはない.

 そう,これらから導き出される結論はただ一つ,
「山拓はイノキ・ゲノムに出場するために出かけたが,スケジュール上の
手違いが生じてそれができなくなったので,ついでに北朝鮮へ行った」
のである!!!!
 それどころか,もしかしたらアントニオ猪木vs山拓の対戦が,北朝鮮で
実現していたかもしれない.

 そのときの実況中継アナウンサーは,もちろん古館一郎だろう.
 試合はもちろん序盤から猪木ペース.
 山拓もシューマイ・ボマーや愛人チョップなど繰り出すものの,
試合慣れした猪木の前に防戦一方.
 すると,そこへ乱入してきた一人の男!
「おおっと,あれは!?」絶叫する古館.「加藤紘一だ! 加藤紘一が,盟友,
山拓のピンチを救いに現れた!
 どうでしょう,解説のキムさん」
「いやあ,これは泣かせますねえ.友情ですねえ」
「おおっと,2人で猪木をロープに投げて,その反動を利用してダブル・
エルボー! YKエルボーと申しましょうか.
 続いて『加藤の乱』ダブル・キック!
 猪木,リング外へ転げ落ちた.
 おおっと,山拓がロープ最上段に上って,トペを,……出す前に後ろから足を
引張られた?? 解説のキムさん,あれは?」
「プルガサリ・マスクですね」
「なんと!現れたのはプルガサリ・マスク! 金正日が作らせたという,
北朝鮮を代表する怪獣映画『プルガサリ』が,今度はマスクマンとして,ここ,
金日成総合体育館のマットに現れた!
 そして,そのセコンドについているのは,『北朝鮮擁護は俺に任せろ』で
おなじみ,和田春樹だ!
『北朝鮮が爆弾テロをやるというのはありえない』
『拉致は証拠がない』
など,数々の笑いをふりまいてきた和田教授が,木刀を振り回して,山拓側の
セコンドの李英和に殴りかかっている!
 これには観客席の辺真一や重村智計からも大ブーイングだ!
 一方,売店のほうに目をやると,そこでは宮塚利雄が北朝鮮の日用品を
買いあさっているぞ!
 これはすごい展開になってきた!
 おおっと!和田の木刀が,安明進の蹴りで跳ね飛ばされた! さすがは
元工作員! キック力は衰えていなかった!
 思わず高世仁も
『これでもシラを切るのか,北朝鮮!』
と絶叫だ!
 さらには青山健煕が,ウソなのかホントなのかワケ分からない動きで,周囲を
幻惑!
 西岡力のほうは,『救う会』のゴタゴタで身動きとれないでいるぞ!
 そしてそれらを衛星軌道上から睥睨(へいげい)しているのは,恵谷治だ!
核施設ウォッチングは俺に任せろ,核施設ウォッチングは俺に任せろとの過激な
アピールを繰り返している!
 どうでしょう,解説のキムさん!」
「ちょっと,これは収拾がつかなくなってきましたねえ」
「おおっと!ここでレフェリーがゴングを要請!
 大会委員長の金正男がゴングを鳴らしたぁ!
 なんということだ! 試合はノー・コンテスト,無効試合となりました!
 それにしても,相変わらずファッション・センスなさすぎだぞ,金正男!

 さて,解説のキム・ヘギョンさん,最後に一言どうぞ」
「うえーん(AD兼監視役からは『泣き』のカンペ)」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<太田述正>
 大阪の毎日放送のラジオ番組、MBSラジオ「特集1179」(昨年、日本放送連盟の報道部門で最優秀賞受賞)で、明2月17日(土)の20時??21時に談合問題が取り上げられます。
 この番組の中で私が登場するはずなので、関西圏居住者で関心のある方は聴いてみてください。
 なお、コラム#1655(未公開)は、11日にこの番組の記者のインタビューを受ける際に、準備したものです。既に有料読者には配信していますが、明日、2100以降、情報屋台にアップロードした上で、まぐまぐとE-Magazineの読者にも送付する予定です。

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太田述正コラム#1652(2007.2.8)
<消印所沢通信6:笑わないせぇるすまん>



 近年,投資家にも大人気のインド.
 

先だっては,NHKまでが,まるでカントリー・リスクも殆どないかのような特集番
組を放送するほどの加熱ぶりですね.

 しかし,インドで熱いのは民間市場だけではありません.
 兵器市場も同じようにホットな市場です.

 冷戦時代は,事実上のソ連との同盟国として,軍の装備の70%以上をソ連製に依存
していたインド軍ですが,冷戦終結後,1991年にソ印平和友好協力条約は失効し,同時
に,ソ連圏から軍事技術の供与を受けて,その見返りに消費財を低価格で供与するとい
う貿易構造も崩壊したことで,大打撃を受けました.
(『南アジアの安全保障』(日本国際問題研究所編,日本評論社,2005.10.10),
p.127-128参照)

 そんなわけで,現在では調達の多角化をインドは図っており,スペインに潜水艦を
発注したり,イスラエルとの協力関係を強めたりしているようです
http://www.kojii.net/opinion/col060612.html,2006/2/6アクセス)
が,やはり現在もロシアの主要な輸出先である状況は変わりありません.
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/india/kankei.html,2006/2/6アクセス)

 しかも昨今の経済成長が軍事費にも反映され,01??05年度の兵器輸入額は約93億ド
ルと,中国の約130億ドルに続く第2位となっています.
(日経新聞,2006/6/12)

 もっとも,1999年のカルギル紛争でのインド軍が,運搬手段はラバ,防寒衣さえ兵
士全員には行き渡っていないという貧弱な兵站状況を見せている
(C. Kremmer著『「私を忘れないで」とムスリムの友は言った』(東洋書林,
2006/8/10),p.392-400参照)
ところを見ると,まだまだ課題は多いようですが…….

 さて,インドの仮想敵国は主として中国です.
 そして中国は,ロシアにとってはインド同様,兵器輸出の良いお得意先.
 では,兵器輸出を巡り,インドの国益と中国の国益とがかち合ったら,ロシアは一
体どうするのでしょう?

 そんな珍事が最近ありましたので,それを藤子不二雄Aふうに紹介しましょう.
 
「私の名前はプーチン.人呼んで『笑わないせぇるすまん』と申します.
 ただのセールスマンじゃございません.
 私の扱う品物は兵器,ロシアの兵器でございます.
 ロシアの兵器が売れる国ならば,私はどこにでも出かけてまいります(注1).
 買っていただけるなら,日本にも明日にだってまいりますよ.

 いいえ,お金は一銭もいただきません,ロシアの企業からは.
 強い国ロシアが復活してくれたら,それが何よりの報酬でございます.

 さて,今日のお客様は……」

     (注1)
     「プーチン大統領は就任以来,積極的に外国訪問をしていますが,訪問先
はロシアの兵器の主要輸出国か,将来輸出市場になる可能性のある国であることは注
目すべきです」
     (小林和男著「ロシアのしくみ」(中経出版,2001/7/9),p.94-96)

悩んでいる胡錦濤.
「ああ,どうしたらいいんだ.天安門事件の影響が尾を引いて,中国初のステルス戦
闘機,FC-1梟龍に必要なパワーを出せるエンジンが調達できない……」

 と,そこに黒い人影が.
「あなた,お困りのようですね」

「き,君は??」
と驚く胡錦濤を気にもかけずにプーチンは続ける.
「もし中国がお望みなら,我が国ロシア製の Klimov RD-93 エンジンをお売りしま
しょうか?」
 
「ほ,本当かね!?」

「ただし,FC-1を勝手に第三国に転売しては困りますよ.特にパキスタンにはね.
 なぜならパキスタンがライバル視しているインドも,我が国ロシアのお得意様です
からね.
 いいですね,約束ですよ」

「わ,分かった……」

 頷く胡錦濤.
 そして,…

http://www.kojii.net/news/news061117.html
(JDW 2006/11/8)
「中国とパキスタンが共同開発している JF-17 (a.k.a. FC-1) のパワーソースとし
て,ロシア製のKlimov RD-93 を使用することが決まった」

 ところが,何ヶ月か後……
「えええ!? ロシアからのエンジンが届いていない!?」

 工場からの報告に驚愕する胡錦濤.

「はい,おかげで共同開発国のパキスタンは,アメリカからF-16を買うことにしてし
まいそうですよ」
と開発主任は告げる.

 青ざめる胡錦濤.

 すると,KGB時代に取った杵柄なのか,いつの間にか彼の背後に立っているプーチ
ン.
「あなた,パキスタンに2007年からFC-1を150機も売る予定だそうじゃありません
か.
 前にも言ったように,インドも我が国のお得意様でしてねえ.
 そんなお得意様の敵に当たる国に,そんなに沢山の戦闘機を売ってもらっては困り
ますねえ.
 今も,インドのマルチロール戦闘機調達計画に対して,MiG-29OVT (a.k.a. MiG-35)
のせぇるすをかけているところなんですから」

「いや,それは…」

「これでは我が国のエンジンは渡せません. ドーンッ!!」

「ギニャーーー!!」

 その結果…

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太田述正コラム#1603(2007.1.2)
<すべての歴史は現代史(その2)・消印所沢通信2付>

  イ シーザーの事跡をふまえて
 シーザー(Gaius Julius Caesar。BC100??44年)は、共和制ローマのガリア(Gaul。南フランス)とイリリア(Illyria。ダルマチア海岸地帯)の総督(Proconsul)に任ぜられると、紀元前58年に北方ガリアの征服に乗り出し、現在のフランス全域とベルギー・スイスの大部分とドイツの一部を平定し、6年後に起こった大反乱を平定し、ローマのガリア支配を安泰なものにした上で、紀元前49年にルビコン川をわたってローマに引き揚げ、政敵ポンペイ(Pompey)に挑戦した。
 シーザーは、互いに相争っていて互いに言葉も通じないガリアの部族長達を集めて年一回会議を開くとともに、個別の部族長をしばしば訪問して懐柔を図ったが、まつろわぬ部族長達を惨殺したことが仇となって紀元前52年に大反乱が起こった。
 紀元前54年から53年にかけての冬には1.5軍団を失う大敗北を喫したが、シーザーはその2倍の軍勢をローマから呼び寄せて戦いを続けた。ローマの決意と無尽蔵の資源を現地部族達に見せつけるためだ。
 シーザーはこの9年間で、300万人の戦闘員を殺害し、100万人の戦闘員を奴隷にしたとされる。
 他方シーザーは、各部族に自治を許しつつ、原住民を公平に扱い、時間をかけて現地リーダー達のローマ化を図り、ローマによる支配を受け入れた方が武力に訴えるより魅力的であると説得を続けた。
 更に彼は、ガリアの平和を乱す懼れのある隣接地帯のゲルマン人やブリトン人の討伐も行った。
 また、ガリア滞在の間、シーザーはローマに年一回自ら執筆した名文の報告書を送り、本国の世論を味方につけることに腐心した。
 要するにシーザーは、ガリアでしばしば過ちを犯し、すんでのところで敗北を喫しそうになったが、最後は成功するということを信じ、過ちを犯した時はそれを率直に認め、状況に柔軟に対応し、計画を変更し、あらゆる資源を投入することによって、目的を達成するよう努めたわけだ。
 ガリアは結局その後500年間にわたって、西ローマが476年に滅亡するまでローマの支配下にとどまった。
 (以上、
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-goldsworthy29dec29,0,3767056,print.story?coll=la-opinion-center
(12月28日アクセス)によるが、
http://en.wikipedia.org/wiki/Julius_Caesar
(1月2日アクセス)も参照した。)

 このロサンゼルスタイムス掲載論考は、シーザーの事跡の中から、現在のイラクの状況を考えるよすがとなるものを、このようにピックアップした上で、それらと比べる形でブッシュ政権のイラク政策を批判しているのですが、そこまで紹介する必要はありますまい。
 次のロサンゼルスタイムス掲載論考は、フラグの事跡を取り上げているのですが、シーザーの場合とは違って、筆者のウェザーフォード(コラム#346)はモンゴルについての修正史観の持ち主であり、フラグの事跡についても、従来にない新しい見方を提示した上で、それらと比べる形でブッシュ政権のイラク政策を批判しています。

(続く)

消印所沢通信2:「ぷぷぷの法則」

「さて,12/30にサダム・フセインが処刑されました.
 この処刑は正しかったのか?
 本日は番組に,処刑と言えばこの人,藤枝梅安さんをゲスト解説者としてお呼びし
ています.
 藤枝さんは江戸・品川台町で鍼灸師(しんきゅうし)を営むかたわら,数多くの悪
人を処刑しておられます.
 藤枝さん,今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」

「さて,藤枝さん,単刀直入にお伺いします.
 この処刑は正しかったと言えるでしょうか?」

「正しいとは言えませんね」

「間違っている,と?」

「はい,やり方が間違っています.
 即決裁判で,逮捕したその日のうちに処刑すべきでした」

「それはなぜですか?」

「歴史が証明しています.
 独裁者に対する裁判では,日数をかければかけるほど,独裁者を訴追する側への批
判が大きくなるという本末転倒が起こりやすくなります.
 裁判が長引けば長引くほど,裁判の過程での不手際が発生する確率が必然的に高く
なります.人間のやることに完璧などないからです.
 何らかの政治意図をもって被告を擁護したい勢力にとっては,これは,裁判への攻
撃材料がそれだけ多くなることを意味しています.
 これを仕掛け人学会では『この世に完璧なものなどないのに,一つでもアラを見つ
けただけで無効裁判だとわめき散らす人権屋,必死だな(ぷぷぷ)の法則』と呼びま
す」

「法則名,長(なが)っ!
 即決裁判では,その点はどう違ってくるのでしょうか?」

「即決裁判では逆に,そのようなアラが発生する確率がきわめて低くなります.
 もちろん,その強引さに対して多少の批判は出ますが,やがて裁判自体が忘れ去れ
てしまうので,問題といえるほどの問題ではありません.
 チャウシェスク裁判をごらんなさい.誰が今,その裁判を声高に批判しています
か?
 ポル・ポト裁判も同様ですね.
 一方,例えばホーネッカー裁判では,時間をかけ過ぎ,そのうちにホーネッカーは
病気で釈放されてしまいました.コメディとしか言いようがありませんね.
 それどころか,最悪の場合,奪還テロだって起こりかねない.独裁者裁判ではあり
ませんが,日本もダッカ日航機ハイジャック事件という奪還テロに遭いましたね?」

「つまり,逮捕当日に処刑するのがベストだということですか?」

「もっといいのは裁判しないことです.
 裁判がなければ,裁判が批判される可能性はゼロです.
 例えばムッソリーニは,裁判抜きで処刑されましたが,そのことで今,イタリアを
非難する人権屋さんはだーれもいません.
 また例えば,ターリバーンはナジブッラー元大統領を,彼がかくまわれていた国連
施設に押し入ってまで逮捕し,裁判抜きで拷問,処刑しましたが,これも,ターリ
バーンを非難する人権屋さんはだーれもいませんね」

「つまり,その場で射殺するのがベストだったと?」

「一番いいのは『ヒトラー伝説方式』ですね.
 サダム・フセイン本人を殺す代わりに替え玉を殺し,本物はUボートに乗せて南極
へ逃がすんです.ついでにバース党残存勢力を武装させ,サダム・フセインの護衛と
して南極に送り届けるとなお良いでしょう」

「ええ?? なぜそんな回りくどいことをする必要が?」

「こうしておけば,これから先,フセインをかばう人達は,こう言わなければならな
くなるからです.
『処刑されたフセインは替え玉.
 本物のサダムはUボートに乗って南極へ逃れ,『最後の大隊(ラスト・バタリオ
ン)』を率いて再起を企んでいるんだぞ』と.
 これでフセイン擁護派は,月刊『ムー』顔負けの道化の集団に早変わりですよ」

(続く)

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太田述正コラム#1643(2007.1.31)
<ストーンヘンジ。附消印所沢通信5>

1 始めに

 私が1988年に一年間英国に滞在した時には、もちろんロンドン南西約100マイルに位置する世界遺産、ストーンヘンジも訪問しました。
 最近、ストーンヘンジの近くで、ストーンヘンジの一環をなす新たな建物群が発掘されたという話をご紹介しましょう。

2 ストーンヘンジに関する歴史の見直し

 私がストーンヘンジを訪ねてからも、歴史の見直しがどんどん進んでいたことが分かりました。
 まず、ストーンヘンジができた推定年代が、BC2640??BC2480年(確度95%)へと600年も遡ったということです。
 もう一つは、ストーンヘンジをつくった人々が、ブリトン人のブリテン島来住以前にこの島に住んでいた正体不明の原住民ということになっていたところ、ブリトン人だということが分かった、ということです。
 アングロサクソン等海外からの来住はしょっちゅうあったものの、つい最近に至るまで、ブリテン島の住人の主力はブリトン人であり続けた、という、これまた比較的最近はっきりしてきた事実を踏まえれば、現在の英国人とほぼ同じであるところのブリトン人は、エジプト人がギザのピラミッド群をつくったのとほぼ同じ時代に、それに匹敵する巨石建造物をつくる能力を持っていた、ということになるわけです。

3 新たな建物群の発掘

 2003年から始まった発掘により、ストーンヘンジの東北2マイル弱のところで建物群が発見されました。
 この建物群は、ラジオカーボン法により、BC2600からBC2500年、つまり約4,600年前につくられたと推定されています。
 この建物群のすぐ近くで、(ストーンヘンジの石柱ならぬ)木柱(timber)を立てた(ストーンヘンジと瓜二つの円形をした)ティンバーヘンジが1967年に発見されていました。ストーンヘンジが夏至の日の出と冬至の日没を指し示す建物であるのに対し、ティンバーヘンジは逆に冬至の日の出と夏至の日没を指し示す建物と考えられてきました。
 このことを改めて裏付けたのが、今回発掘された建物群(一つ一つの建物は、約5メートル四方の木造ワンルームで、部屋の中央部に炉床、焼き物を敷き詰めた床、ベッド跡、そして家具跡が認められる)から、冬至の頃に行ったと思われる宴会の跡(壊れた壺や石器や食い散らかした動物の骨等)が発見されたことです。冬至の頃と推定できる根拠は、動物の骨が約9ヶ月の月齢のものが多く、動物は春に子供を産ませるものだからです。
 この建物群は、250キロ離れたウェールズから運ばれてきた石を使ってストーンヘンジを建設した人々の宿舎でもあったと考えられています。
 また、この建物群からすぐ近くのエーボン(Avon)河まで火打ち石が敷き詰められた500フィート長の道路が設けられていたことも今回判明しました。ちなみに、ストーンヘンジからエーボン河までも同様の、しかしはるかに長い道路が設けられています。
 ストーンヘンジは太陽神と祖先を崇拝する施設であると考えられてきたところから、恐らく、当時まだ定住していなかったブリトン人の中で死者が出ると、遺体をティンバーヘンジに持参し、そこで宴会を行いながら死者が祀られた後、遺体ないし遺灰はエーボン河まで運ばれ、そこで河中に投じられ、特別な人物の場合は、遺体がエーボン河からストーンヘンジまで運ばれ、火葬後ストーンヘンジに埋葬された、と考えられています。(ストーンヘンジには少なくとも250体の遺体が埋葬されています。)
 (以上、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/6311939.stm
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/01/30/AR2007013000661_pf.html
http://www.nytimes.com/2007/01/31/world/europe/31stonehenge.html?pagewanted=print
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-ex-stonehenge30jan31,0,2474737,print.story?coll=la-home-headlines
(いずれも1月31日アクセス)による。)

4 感想

 王家の歴史こそ日本よりもちょっと短いけれど、同じ島国である英国の民族史は日本よりもはるかに長く、しかも英国は、日本とは違って木の文化ではなく、最初から木石混合文化であったというわけですが、その一方で、英国人も、もともとは太陽神と祖先を崇拝する信仰の持ち主だったという点では、神道成立後の日本と大変似通っており、改めて親近感がわきますね。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――消印所沢通信5:MMR,あるいは矢追純一スペシャル「宇宙人は日本を狙っている!」

局長「諸君,まずはこれを見てくれたまえ」
http://wiki.nothing.sh/1070.html

局員一同「これは……!!」

局長「これは,このところネットをにぎわせていた事件をまとめたサイトだ.
 社民党・阿部知子議員のネットでの発言に端を発し,非難の大合唱が起こったとい
うものだ.
 詳しい経過は
http://obiekt.seesaa.net/article/31798228.html
http://obiekt.seesaa.net/article/31950805.html
および
http://obiekt.seesaa.net/article/32049046.html
を見てほしい.

 最近でも,その秘書が
> ギョーカイ用語で「炎上」というらしいのですが、個人では収集がつかなくな
り、
>やむなく一旦閉鎖することにしました。
 (略)
> ネット上の方々を相手に、シャドーボクシングをする力量は今の私にはありませ
ん。
> 私は毎日、現実と格闘している方々のお話を伺い続けています。
http://www.cafeblo.com/happyspringwater/
と,火に油を注いだ上にダイナマイトを放り込むかのような,ネチズンの神経を逆な
でする
対応を見せているから,今後もまだまだ尾を引くだろう」

局員A「しかし,これではまるで,自衛隊がサボってたかのような物言いじゃないで
すか.
 出動準備は整えていたものの,シビリアン・コントロールという制約の下で,出動
しようにも
できなかった,ということも知らなかった議員がいるなんて,信じられません」

局員B「しかも,当時の首相,つまり自衛隊の最高指揮官は社会党の村山だったはず
ですよ..
 これはひょっとして,遠回しな内部批判?(笑)」

局員C「一応,村山首相の責任については,
・そもそも,『村山さんは,首相が自衛隊の最高指揮官であることすら知らなかっ
た』
ところへもってきて,
・官邸に『碌に情報が入っていなかった』ために生じた齟齬であって,『村山氏に全
く落ち度はない』
http://mltr.e-city.tv/faq05e.html#07707
http://mltr.e-city.tv/faq05e.html#ignorant-MURAYAMA
という意見もあるが……」

局員D「でも,とても信じられないわ.
 まるで,その当時の首相がどの党の人間なのかを知らなかったかのような議員や,
自分が自衛隊の
最高指揮官であることすら知らない首相がいるなんて」

局長「そう,とても信じられる話ではない.
 ということは,この阿部議員の発言は,何か別のことを暗に伝えようとするメッ
セージ….
 そう解釈するのが最も自然ではないだろうか」

局員A「? それはいったいどういうことでしょう?」

局長「つまり阿部議員は,自衛隊は本当は首相の指揮下になく,日本政府以外の何物
かに
コントロールされている,と言いたいんだよ!」

局員一同「……!!」

局員D「日本政府じゃないとしたら,じゃあ,まさか…」

局長「そう,自衛隊は,いや,日本全体が既にエイリアンのコントロール下にあると
いうことを
リークしようとしているに違いない」

局員一同「なっ…なんだってええええ!!」

局員C「そういえば腑に落ちないことがある.関西はそれまで殆ど地震がなかった地
域だ.そのせいで
防災への備えが弱かったという.
 そこへ突然あんな大地震.不自然すぎる…」

局員A「まさか,エイリアンの地震兵器…!?」

局員一同(ざわ… ざわ…)

局長「さらに,もう一つ不可解な点が,阿部議員メルマガにはある.
 この『国土保安隊』という単語だ.
 自衛隊の前身は保安隊,さらにその前身は警察予備隊であって,『国土保安隊』と
いう名前ではない.
 しかも阿部議員のサイトでは,何日か後にこっそり『警察予備隊』に書き換えられ
たという.
 いい年をした大人が,そんなコソコソした真似をするだろうか?
 これには何か別の意図があるはずだ」

局員B「もしかして,何かのアナグラムとか?」

局長「そう,そこで,この二つの単語,『国土保安隊』『警察予備隊』を分解し,並
べ替えてみよう.
 察,備,安,国,土,警,隊
 さつ・び・あん・こく・ど・けい・たい
 …『水金地火木土天海冥』という言葉と発音が似てないか?」

局員A「! そういえば…」

局員D「でも局長,『冥』がないわ」

局員C「冥王星は惑星ではなくなったばかりだぞ」

局員D「……!!」

局員A「そうか,全ては繋がっていたんだ!」

局長「そうだ.
 これは近い将来,惑星直列が起こるということを,阿部議員は予言しているんだ.

 そしてそのとき,惑星直列のエネルギーを利用してエイリアンは再び地震兵器を用
い,

 人類は

 滅亡する……」

局員一同「なっ…なんだってええええ!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<太田>
>さつ・び・あん・こく・ど・けい・たい …『水金地火木土天海冥』という言葉と発音が似てないか?

 ウーン。
 「び」=ビーナス=金星、「あん」=earth=地球、「こく」=もく=木星、「ど」=土星、「けい」=かい=海王星、あたりまでは何となく分かるけれど、「さつ」がどうして水星なんだろう。
 satu=sui=水 ということか?
 それに火星がいないのでは?
 「あん」を「あ」と「ん」に分解して、「ん」=「運命」を「火」ないし「火の鳥」、もしくは「mars」や「Ares」 にこじつけるのだろうか、
なーんて深刻に悩んでしまいました。
 近頃、こんなに頭を使ったことはありません。

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太田述正コラム#1633(2007.1.23)
<バグってハニー通信3:日露戦争から日米戦争まで>

 (無料購読者数が、どちらかというと目減り気味なので、即日公開版を少しでも増やすべく、バグってハニーさんの本日の投稿5本の順序を入れ替え、若干つなぎの文句等を付け加える等をしてコラム仕立てにさせていただきました。バグってハニーさんはご不満かも知れないけれど、ぜひご理解下さい。なお、脚注はすべて私がつけたものであること、その際、脚注すべてに典拠を付ける労を惜しんだことを、お断りしておきます。)

1 始めに

 太田コラム#1614(公開)に対する私の投稿への太田さんの回答に「誰かこういった反論をしてくれることを期待して、あえてスキを作っておいたのです」とありました。
 がび??ん!いわゆる釣りってやつですか。でも、対英作戦計画であるレッド計画についての太田コラム#1621(公開)はおもしろかったです。カナダ国境で陸軍を並べて大規模演習をするというのは関特演を彷彿とさせますよね。ただ、「1935年には...民間空港に偽装した航空基地の建設が始まります」(注1)というのは一見して陰謀論にありがちな曲解の匂いがしますが。もちろん、ちゃんと反論するには自分で調べてみなきゃなりません。

 (注1)「1935年には...民間空港に偽装した3つの航空基地の建設が始まります」の「3つの」を入れるのを忘れたので訂正しておきます。(太田)

 いずれにせよ、ある読者が、米英間の緊張関係は19c末に独露の台頭で英が対米懐柔外交に転換するまで続いたとする論考(
http://www.foreignaffairs.org/20020101faessay6564/walter-russell-mead/the-american-foreign-policy-legacy.html
)(注2)を紹介されているようように、米英間の敵意(どっちがどっちを敵視したのかはおいといて)が続いたのは19世紀末までですよ。

 (注2)この論考はインターネット上に公開されていないのですが、その紹介文を読む限り、筆者は米国人であり、米国は朝野を挙げてレッド計画の意味の矮小化に努めてきた、と私は既に(コラム#1621で)指摘しているところです。(太田)

 ですから太田コラム#1621(公開)で、「20世紀初頭の時点で米国が最も敵視していたのは日英同盟であり、その日英同盟の解消に成功してからは、米国の第一の敵は英国、第二の敵は日本となります。」という風に米英間の緊張を日露戦争後のワシントン体制、さらには1935年まで引き伸ばそうとするのは常識的におかしいですよ。
 これではなぜ米国がWWIで大規模な陸軍を欧州に派遣して(1917年から)英国に助太刀したのかが説明できないですよ。英国を敵視してるのだったら独にやっつけられるのを待てば良いだけですからね。そうではなくて、この時点で米国にとって独のほうがよほど優先順位の高い脅威であったと考えるのが普通だと思います(注3)。

 (注3)違います。当時の米ウィルソン大統領も米世論も欧州でのこの大戦争に参戦するつもりが全くなかったのに、米国が参戦せざるをえなくなったのは、ドイツが米国にとっての三番目の「仇敵」たる隣国メキシコに対米軍事同盟締結を働きかけたことを、英国が暴いて米国に通報したからです(
http://en.wikipedia.org/wiki/Zimmermann_Telegram
。1月23日アクセス)。つまり、米国は日本と違って、自らの国土防衛のために参戦したのです。参戦後、米国が日本よりもはるかに積極的に戦ったのはそのためです。(太田)
 

 この太田コラムでは、対ドイツ作戦計画であるブラック計画がないことも問題視されてましたが、ブラック計画はWWIとして実行されたのであり、その後新たなブラック計画が策定されなかったのはWWIの結果、米国が再び引きこもり状態に戻ったために、計画がリークしたときの政治的リスクが高かったからだと考えればいいのと違いますかね(注4)。

 (注4)とんでもない。そんなことを恐れていたら、リークされた時の政治的リスクがはるかに高かったところのレッド計画やオレンジ計画を米国政府が策定するわけがありませんよ。(太田)

 日本はWWIに海軍を派遣して100人単位で戦死者を出してますが(ウィキペディア調べ)、米国は海軍に加え仏に百万人以上の陸軍を派遣し10万人以上の戦死者を出しています(Wikipedia調べ)。日本が条約の条文に拘って一部の日本の政治家にとってはしぶしぶの派遣であったのに対して(日英同盟では日本には欧州に派兵する義務はなかった)、米英間にはそもそも条約が存在していないのにもかかわらず、米国は文字通り桁違いの貢献をしたわけですよ(注3)。英国にとって日本と米国とどちらが重要な同盟国であるのかはこれではっきりしたと思います。米国の思惑で日英同盟が廃れるのも自然なことですよね。

2 日露戦争について

 露の台頭もそうですよ。日露戦争の主要因は露の南進政策ですよね。これを米国は日本と同様に極東の安定を乱す脅威とみなしたわけで、だから危機感を共有した日米間に一種の同盟関係が生まれただけの話(注5)ですよ。米国が日本を側方支援したのは露の台頭を阻むためであって、米国には日本にほれ込む義理はないです。

 (注5)日露戦争勃発当時、米世論は判官贔屓で日本寄りでしたが、だからといって「日米間に一種の同盟関係」など全く存在していませんでした。ドイツ生まれで全米ユダヤ人協会会長でもあったユダヤ系米国人で銀行家のヤコブ・シフが、日露戦争勃発直前の段階においてその勃発と日本の戦時国債が発行されるであろうことを知る立場となり、在米ユダヤ人達とあらかじめ根回しし、いよいよこの戦時国債が発行されるや、その引き受けに尽力した話は有名ですが、これはシフが、当時ユダヤ人迫害の元凶であったロシア憎しの感情から、戦争での勝敗を度外視して日本を支援しようと思ったからであり、ここに米国政府の意向は入っていません。(
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe150.html
。1月20日アクセス)(太田)

 太田コラム#1628(未公開)には、「<日本は日露戦争に勝利してシベリアの半分を獲得するだろうというNYタイムス>記事の出た翌日、ルーズベルトは日露講和の斡旋を名乗り出る。そしてポーツマス条約にいたるが、そんな人物が、真剣に日本のためになる講和をやるだろうか。しかし、日本は愚直にも彼の善意を信じた。」という引用があり、なんだか太田コラムらしからぬ浪花節です。
 当たり前の話ですがルーズベルト大統領は合衆国大統領なのであって、彼の本分は日本ではなく米国のために働くことにあります。そうしてなかったらもちろん彼は責められて当然ですが...。米国にとって重要なことは極東の安定が保たれることにあるわけです。それが米国が日本に肩入れした理由です。ですから、その結果、逆に日本が広大な領地を獲得することは米国にとってやはり極東におけるバランス・オブ・パワーが崩れることを意味するので当然反対するでしょう。日本にはすでに戦争継続能力がなくなっていたというのが私の見立てでして、ですからポーツマス条約の内容は日本にとって分相応だと思いますが、この引用がそうではないとしているのは、米国の勘違いか、筆者がわざと米国を悪玉に仕立てるためにこんな風になったのでしょう(注6)。

 (注6)日本の継戦能力がなくなっていたことに言及していない点では、どちらかと言えば日本悪玉論者と言ってよい朝河貫一も同様です(コラム#1629(未公開))。ということは、米国政府自体そう思っていなかった可能性が大です。米国の国際情勢分析能力のお粗末さは、私が累次指摘しているところでしたよね。いわんや当時の米国においてをや。(太田)

3 日米戦争について

 (1)日米戦争の原因

 WWIIというのは経済の観点からも切り込めると私は思うのです。つまり植民地主義経済から自由主義経済への転換ですよね。ここでは植民地主義とは植民地を獲得・運営して自給自足の経済体制を確立するという意味にしておきます。ですから経済は自然とブロック化します(注7)。そして、必ずそこからアボンされる国が出てきて、日独のように国民に不満がたまっていくわけです。それが暴発するのも自然な流れだったのでしょう。日本は結局身の丈を忘れて列強の真似事を始め(注8)て最後に貧乏くじを引く羽目になったというのが私の見立てです。

 (注7)列強が、本国と植民地間の貿易の関税を減免するのは当たり前ですが、戦間期に各列強が相互に関税引き上げ競争に走るきっかけをつくったのは、米国が大恐慌期に、愚かかつ無責任にも関税を引き上げたことです(典拠省略)。(太田)
 (注8)日本の台湾領有は、台湾に統治権が事実上及んでいないことを清が認めたことの論理必然的結果であることは当時も今も国際常識です(
http://www.nytimes.com/2006/12/01/world/asia/01wikipedia.html?pagewanted=print。12月2日アクセス)し、朝鮮半島の領有も、その前段たる朝鮮半島の保護国化も、李氏朝鮮(大韓帝国)が自立と近代化を拒み続けたために、不本意ながら行われたものであることも、当時の欧米人の共通認識でした(例えば、イサドラ・バード『朝鮮紀行』。コラム#403)。満州の保護国化までは、スペースの関係でここでは触れません。(太田)

 英国や米国からすれば、例えばフィリピンを獲得するのに大量のコストが要る。そして、そうやって獲得した権益を日本という脅威から守ろうとしたために日米開戦へとなったわけです。太平洋戦争で米国が費やしたコストは米比戦争の比ではないでしょう(注9)。米国から見ればあまりにも割りに合わないことです(注10)。まだはっきりと考えがまとまったわけではないのですが、おそらく米国がこの植民地主義に内在する矛盾に気付いた初めの国なのではないかと私は考えています。大戦中、ルーズベルト政権の肝いりで開催されたブレトンウッズ会議がまさにそうですよね。自由主義経済を確立するための布石ですよね。あるいは、もう一つ島田さんが挙げたスエズ戦争ですよね。未だに植民地主義の亡霊にしがみつこうとする英仏に米国がはっきりとノーを突きつけたという風には解釈できないでしょうか(注11)。

 (注9)それを言うなら、先の大戦で英国と日本をそれぞれ世界と東アジアの覇権国的地位から引きずり下ろすことに成功した結果、米国が、(欧州文明の派生物たる)共産主義の脅威に単独で立ち向かわざるをえなくなり、朝鮮戦争、ベトナム戦争等の熱戦とソ連や中共との冷戦に先の大戦に費やしたコストの何倍ものコストを費やす羽目に陥ったことを指摘すべきでしょう。(太田)
 (注10)米国は、日米戦争を含むところの先の大戦に参戦して、巨額のコストを費消することで、巨大な有効需要が創出され、初めて大恐慌以降の経済的苦境から脱することができたという明白な事実(典拠省略)を忘れてもらっては困ります。戦後の米国経済においても、巨額の軍事費は、軍事科学技術のスピンオフ等を通じてむしろ米国経済を牽引してきたとも言えます(典拠省略)。(太田)
 (注11)フランスは一貫して、そして米国は建国からフィリピン領有まで、植民地主義の亡者であったけれど、英帝国や日本「帝国」の形成は、「基本的」に国際法に従って、かつ英帝国の場合は合理的な経済計算に則って、淡々と行われたものでした。それなのに米国は、英国と日本への敵意から、国際法を無視して日本等の権益を蹂躙した支那の国民党政権に肩入れして、日本「帝国」を瓦解させ、次いで先の大戦で瓦解に向かった英帝国にトドメを刺すために国際法を無視して英仏の権益を蹂躙したエジプトのナセル政権に肩入れしたのです。前者の結果東アジアにどんな惨害がもたらされたかは既に何度も申し上げているところです。一方、後者の結果は、増長したナセルによる1967年の第三次中東戦争の惹起であり、これに敗北した恨みをはらすためのサダトによる1973年の第四次中東戦争の惹起でした(
http://en.wikipedia.org/wiki/Anthony_Eden
。1月23日アクセス)。(太田)

 太田さんが持ち出すイデオロギーの異同は私はまだはっきりとした意見はないですが、まあ、理想だけではお腹はふくれないですからね。現実的なお金という観点も見逃せないなと思います(注12)。

 (注12)理想(長期的国益)と実益(短期的国益)とのバランスをどうとるかが対外政策の要諦であることは誰にも分かります。米国の場合、英国と日本に対する敵視政策は、それ以前のひどいものです。それは、国際法の擁護・普及と自由・民主主義の防衛・普及という米英日共通の理想(長期的国益)をかなぐり捨て、しかも日本に対する敵視政策の場合は、米国の実益にもほとんどならないというとんでもない代物だったからです。(太田)

 補足です。物資のために植民地を武力で分捕ってくる、それを維持するのにまた武力を行使するのに対して、世界経済が自由で開かれていれば、つまり金を出せばなんでも買えるのであれば、自由主義経済には非常に低いコストで植民地主義経済と同じ効能が得られるという優位性があります。そのような経済体制の下、米国のようなすでに他に抜きん出た工業国はそのアドバンデージを永遠に維持し繁栄することができるでしょう(注13)。このように経済体制を転換させることに米国が戦争の途中から(あるいはその前から)気付いた、というのが私の主張です。

 (注13)植民地経営は本国の経済に寄与する場合もその逆である場合もありますが、それはともかくとして、中共等の発展途上国が経済的に台頭したつい最近までは、貿易にせよ投資にせよ、先進資本主義国の本国間におけるものが決定的に大きなウェートを占めていました(典拠省略)。戦間期に米国が率先して関税を低減させて他国にもそうするように促しておれば、何も英帝国や日本の「帝国」を瓦解させなくても、「米国のようなすでに他に抜きん出た工業国はそのアドバンデージを・・・維持し繁栄することができ」たはずです。(太田)

 ですから、黄禍論と太平洋戦争とはやっぱり関係ないですよ。
 いみじくも太田先生ご指摘の通り(確か)、アジア人排斥はそのターゲットになったのは日本人よりも中国人が先です。その中国人による蒋介石政権を米国は熱心に支援したわけですから。やはり、偏見とは関係なく利用価値があれば利用する、出すぎた杭は打つ、というふうに考えたほうがすんなりいくと思います。当時の米国にアジア人に対する偏見がなかっと、と言うつもりはないですよ。ただ、外交方針とはあまり関係なかったのではないかというだけです(注14)。

 (注14)米国は第一次世界大戦が始まってからでさえ、また、戦間期においては先の大戦が始まる直前まで、西欧で出すぎた杭は打つどころか、西欧への一切の介入を控えました。国益(実益)にほとんど関わらないからです。他方、北米大陸の二つの隣国であるカナダ(英国)とメキシコに対しては常に作戦計画を用意して、侵攻・併合の機会を狙いました。米国の国益(実益)に関わるからです。米国にしてみれば、前者にも後者にも戦争をふっかけ、領土をふんだくったのですから、英国やメキシコからの復讐に怯えるのは当然だし、米国として、目の前にある資源が欲しくてたまらなかったこともまた理解できないではありません。中南米大陸も米国にとって北米大陸に次ぐ国益(実益)に関わる地域でした。これも理解してあげることにしましょう。モンロー宣言を思い出してください。
 その米国が、西欧同様米国の国益(実益)にはほとんど関わらない東アジアにおいては、フィリピン領有を嚆矢としてこの上もなく軽々しく介入を行い、特に、出すぎた杭である日本に対し作戦計画を用意しつつ、その出る杭を打ち続けたのはどうしてでしょうか。米国人の大部分が抱いていた黄色人種(有色人種)差別意識のせいのおかげで、米国政府が気楽に介入することができたからだとしか考えようがありません。
 もう一つ、米国政府によるかかる介入を容易にした理由があります。それは、米国のプロテスタントの宣教師達が支那ではキリスト教の布教がうまく行ったのに、日本では全くダメだったということです。支那人が可愛くなるわけです。その上、蒋介石夫妻がメソジスト派のプロテスタントだということになれば、日本の「侵略」に「抵抗」する国民党ファシスト腐敗政権を米国政府が支援することに米国内から反対の声が起きなかったのは当然です(コラム#177??179(公開))。こんな馬鹿げたことになるのも、米国に(英国には全く見られないところの、)キリスト教原理主義的偏向があるからです。(太田)

 サダムも一緒ですよね。イランイラク戦争では利用価値があったから支援したが、利用価値がなくなればポイですよ。米国は道義がなってないぞ、と責めるのは自由ですし、実際サダムも相当米国を恨みながら死んでいったとは思いますが、外交・国際関係なんて所詮そんなもんじゃないですかね。

 (2)幣原喜重郎と吉田茂

 最後に、太田コラム#1622(未公開)での幣原喜重郎批判について。
 もちろん、太田先生が仰るように自分の所属する(していた)組織を批判的に眺められるのは大事ですが、岡崎さんが幣原を評価するのは外務省OBだからというだけではないですよ。「三国同盟はたしかに百害あって一益ない同盟」という文からも分かるように松岡洋右ら元外交官・元外相はおなじ外務省OBでも全く評価してないですよ。
 戦前の日本にも米英協調を唱え(注15)日米開戦に消極的な勢力が確かにあったわけです。政界には幣原喜重郎、海軍には山本五十六ら条約派、官僚には吉田茂、論壇には石橋湛山(この人はちょっと違いますが)、そして昭和天皇(好意的に解釈して)。岡崎さんや私のような現代の親米は誰だって、当時の親米がもうちょっとがんばってくれてたらな、と夢想せずにはいられないんですよ(注16)。

 (注15)コラム#1622(未公開)で指摘したように、当時米国は反日・反国際法であり、英国は基本的に親日・与国際法でしたから、米国協調や英国協調は理論上ありえても、米英協調なんてのは理論上ありえなかったのですよ。(太田)
 (注16)しかし、米国協調は理論上ありえても、実践することなど不可能だったでしょう。米国の意図していたのは日本「帝国」の瓦解と植民地や勢力圏を失った日本の対米隷属化だったからです。そんな途方もないことを追求していたくせに、米国の常備軍事力は、それに見合うものでは全くありませんでした。これでは、一戦を交えずに米国の言いなりになる、というわけにはいかなかったことは当然だと思いませんか。他に方法があるのなら、幣原、岡崎両名に教えて欲しいものです。(太田)

 太田先生の目から見れば幣原が親米英を名乗るのはおこがましい、ということなのでしょうが、外相まで勤めた彼が当時の親米の中では最右翼だったんですよ。太田先生の言う通り、日本人はもっともっとアングロサクソンを理解する必要があります。そうすればあんなばかげた戦争はなかった。
 蛇足ですが、WWII後、武力の行使は限定的になったのであり、自由主義経済の下ではある意味無用の長物と化した軍事を一切外注し全てのリソースを経済発展に注ぎ込むというという英断を下した吉田茂は来るべき世界経済の到来を予期していたのであれば恐るべき卓見であったと言えます(注17)。日本が自由主義経済の発展にいかほどの努力を払ってきたのかは私はよく知らないのですが。

 (注17)吉田の真意はそんなところにはなかったと拙著「防衛庁再生宣言」で詳細に説明しているのですがね。それにしても、ついに吉田ドクトリン礼讃ですか!ブルータスよお前もか、と言いたくなります。(太田)

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アシュレー。附消印所沢通信4

 (消印所沢通信さんのコラムがちょっと短いこともあり、私の、歴史物でも時事物で
もないコラムをとともにお送りします。また、この種コラムを消印所沢さんのコラムと
一緒にお送りする場合は、即日公開することとします。)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1 始めに

 米国でアシュレー(Ashley)ちゃんの話が随分話題になっています。
 一番詳しいタイム誌の記事と、スレート誌に載った、この話に批判的な論考の内容を
かいつまんでご紹介しましょう。
 (http://www.time.com/time/nation/article/0,8599,1574851,00.html?xid=site-
cnn-partner
(1月9日アクセス)、及び
http://www.slate.com/id/2157861/
(1月21日アクセス))

2 アシュレーちゃんの話

 米国人の6歳の女の子のアシュレーちゃんは、生まれてから3ヶ月の時に脳の発達が
止まったままで、寝返りを打つことも座ることも歩くこともできません。
 そのアシュレーちゃんは、両親が大病院の医師団と相談し、先だって、高単位のエス
トロゲンが投与され、身長が大きくならないようにされ、身長が13インチ縮められて4
フィート5インチになりました。こうすればアシュレーちゃんは小さく軽いままなの
で、彼女自身にとって心地よいだけでなく、介護する者にとっても彼女を扱うこと(運
ぶ、抱きしめる等)が容易になるというのです。また、子宮も摘出されました。そもそ
も、妊娠することはないので子宮は必要ないし、摘出することによって、月経の不快感
から彼女を解放するとともに、万一強姦されて妊娠したりするのを防ぐことにもなると
いうのです。また、乳首(breast bud)も切除されました。これは、家族に乳ガンや嚢
胞性線維症(fibrocystic disease)に罹った者が多いからだというのです。こうすれば
乳房が大きくならないので、車いすに乗せた時に拘束バンドですれることもなくなると
いうのです。そもそも、子供に母乳をやる必要もないので乳房はいらないし、性的にい
たずらをされる可能性も減らすというわけです。

3 あるコラムニストの批判

 コラムニストのサレテン(William Saletan)の批判は次のとおりです。

 そんなことが許されるのなら、沢山いる老人と呼ばれるところの、身体ないし視聴覚
障害者であって、持ち上げたりするのが大変で癌に罹りやすく、始終不快感に苛まれて
いて、子供を産み育てることができない人々にも同じことをしても良いことになる。
 実際、米国の高齢者の7%は重度の視聴覚障害を持っているし、1,500万人の米国人が
親のための介護に従事している。アルツハイマー病に罹った人の大部分は自宅で家族や
友人に介護されて生活している。アルツハイマー病に最も罹りやすい人は85歳以上の老
人であり、この層は最も増加率が高い。これらの人々の生殖機能は無用で危険だ。75歳
までにはほとんどの男性には前立腺癌の兆候が見られるようになるし、80歳までには女
性の10人に1人が乳ガンに罹る。

4 感想

 私はどちらかというと、批判論の方に共感を覚えるのですが、この種の問題は簡単に
は答えが出せないのではないでしょうか。
 今や、あらゆる種類の美容整形がおおはやりですし、成長ホルモンの投与が認められ
ている一方で、バレリーナ、体操選手、騎手等になりたい若者の中には、本人の同意の
上、親が成長抑制剤を投与している者がいるといった話も耳にします。
 筋肉増量のためのステロイド剤の投与は、プロスポーツ選手では禁じられています
が、それ以外の人で投与している人は少なくないとも聞きます。
 これからは、サイボーグ的技術やDNAをいじって人間を改造する技術が次々に登場して
くることでしょう。
 一体、両親が授けてくれた身体(精神を含む)に、いかなる場合にどの程度の改造を
することが許されるのか、まことに悩ましい問題です。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
      消印所沢通信(あほコラム)4 「スパイの家系」

 日朝間を巡る諸問題は依然,停滞している.
 これは一つには,日本が諜報能力を欠いているためだとの指摘がある.
 確かに,手の内の「カード」が新聞・雑誌記事の切り抜き程度では,外交交渉では日
本側が圧倒的不利だろう事は想像に難くない.

 これに関し,モンゴルの情報機関を活用せよ,と提言しているのは,元外交官の佐藤
優氏である.
 佐藤氏については,このメール・マガジン読者にとってはいまさら説明の必要もある
まい.
 彼は次のように述べている.

----------------------------------------------------------------
 モンゴルは北朝鮮に高官を置き,北もモンゴルを重視している.
 しかもモンゴルにとっては日本は大切なODA(政府開発援助)のドナー国ですからね,
モンゴルにお邪魔して情報収集に側面から色々動いてもらうんですよ.
 日本には横綱・朝青龍さんがいますからね.朝青龍さん一族というのは実はモンゴル
の共産政権時代の秘密警察と公安組織の人たちなんです.大変なエリート一族で情報の
ネットワークを持っているんですよ.

――そりゃ大変だ.政治記者も外交官も横綱に夜討ち朝駆けしないと(笑).

 そう.だから私なら朝青龍さんにモンゴルの情報機関の責任者を紹介してもらう.

 モンゴルの情報員なら北朝鮮の人と顔が似ているから平壌で動きやすい.
 しかも,もっと重要なのは,モンゴルにとっての一番の敵国ってどこですか.
中国ですよ.モンゴルは伝統的に対中警戒感が強いんです.日本政府,外務省関係者は
機密情報の入手,その裏どり,検証にモンゴルの利用価値が非常に高いことに気付くべ
きです.

「国家の自縛」(産経新聞社,2005/9/30),p.45-46より引用

---------------------------------------------------------

 朝青龍関がいわゆる「スパイの家系」だったとは非常に驚きである.
 しかし,これは本当の話なのだろうか? 諜報分野では欺瞞情報も意図して多く流さ
れるだけに,その信頼性の判定には細心の注意が必要である.
 事実,「ドルジ 横綱・朝青龍の素顔」(武田葉月著,実業之日本社,2003/8/2)で
は,横綱の父親について
「長距離トラックの運転手」
としか紹介されていない.

 そこでさっそく,2007年初場所で優勝したばかりの横綱に,突撃取材を敢行した.


「横綱,優勝おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「ところで,横綱の一族が公安関係ファミリーだという話がありますが?」

「そうですね,スジがいいですね.ありがとうございました」

「今でも諜報活動に携わっている親戚はおられるんですか?」

「そうですね,家族もね,喜んでると思いますね」

「旧KGBとの関係は?」

「そうですね,とにかくチャンスだけ待ってたんで.相撲的にはあんまりよくないんで
すけどね」

「北朝鮮の諜報員は手強いですか?」

「やっぱり固くなりましたね.優勝かかってるとね,横綱になってもやっぱり固くなり
ますね」

「日本の外務省についてはどうですか?」

「栃東,いい形を作りましたがね.不利な態勢になりましたが,そこから腰を引いてい
きました」

「では,日本の情報機関のためにも是非ご協力お願いします」

 すると横綱,顔をぐっと近づけ,小声で一言,
「『国家に真の友人はいない』(キッシンジャー) 」

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太田述正コラム#1612(2007.1.10)
<バグってハニー通信2:タイトルは下掲>

 DARPA博士 またはペンタゴンは如何にして心配するのを止めてトンデモ核爆弾を愛するようになったか

1 始めに

 「ジョルジュ・クレマンソー(注1)は戦争とはあまりにも重要なもので将軍たちには任しておけないと言った。50年前は確かにそうであったかもしれない。しかし、今の戦争は政治家たちに任せておくには重要すぎる。彼らには時間も素養もなく、戦略的に思考しようともしない。コミュニストの浸透、教化、 政権転覆、国際的陰謀に我々の尊い血肉を搾り取られ汚されることを黙って見過ごすことはもはや私にはできない。」 (ジャックDリッパー准将 。スタンリー・クーブリック『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(1964年)(注2)より)
 米軍が出かける先、火のないところ煙が立つのが常のようで、イラク戦争が始まってしばらくすると米軍がファルージャで白燐弾という殺人兵器を用いて虐殺を行っている、なんてデマメールが大量に舞い込みうんざりしたものです。今次の中東危機(太田流に言うところのレバント紛争)でもイスラエル軍が謎の殺人レーザー兵器を使っているなんてデマが撒き散らかされたようです。
 あまりにもくだらなくて反論する気にもなれないようなことですが、驚くことに米国国防総省ではおよそ実現性のない新型珍兵器の開発を大真面目に行っていたことを最近知りました。
 Science誌に掲載された二本の書評(注3、注4)を手掛かりに、今回はこのトンデモ核兵器ハフニウム爆弾とそれに引導を渡した謎のエリート科学者集団Jasonの実像に迫ってみたいと思います。

2 DARPAとJasonの成り立ち(注3)

 1957年の旧ソ連による人類初の人工衛星スプートニクの打ち上げは、米国に軍事研究開発機関の兄弟を産み落としました。
 翌58年、新技術の開発を通して敵に先んじるために兄貴分である防衛高等研究計画局(DARPA)が国防総省に設立されます。
 弟分のJason設立のきっかけは、さらにその翌年(59年)、マンハッタン計画の余韻に浸っていた物理学者たちが国防総省にある提案を持ち込んだことにあります。その計画とは一流の科学者を集めて、国家の安全保障に関わる重要な科学・技術的問題を集中的に研究する永続的な組織を創設するというものでした。翌60年には予算が認められ、Jasonは正式に発足します。
 政府は当初サンライズ計画という名前を用意しましたが、創設者の一人であるマーヴィン・ゴールドバーガー(Marvin Goldberger)の妻が他にもっと言い名前があると提案したのが、宝物探しの冒険に出たギリシャ神話の英雄イアソンにちなんだJasonでした。
 Jasonは発足以来、11人のノーベル賞受賞者を含む一流の研究者(主に物理学者)を常時40人前後、抱えてきました。Jasonという言葉は組織とともに組織を構成する個々のメンバーも指します。2002年の予算は約375万ドルに上ります。
 Jasonは隠匿性が非常に高い組織であり、発足以来50年を経ようとしている今、未だに科学者の間でもメディアの間でもその存在はほとんど知られていません。ヴァージニア州マクリーンにある事務所はメンバーのリストはおろかほとんどろくな情報を提供していませんし、Jasonメンバーが履歴書 やホームページでJasonであることを自慢することもありません。誰がJasonであるのかを知るにはJasonに聞くしかないのですが、口外するようなメンバーはいません。
 Jasonは他からの干渉を寄せ付けない、自律性の高い組織であり、それはJasonの独特の選考方法に起因しています。創設以来新たなメンバーはそのときのメンバーによって選ばれるしきたりであり、つまり、Jasonを選ぶのはJasonでしかありません。
 このようなメンバー選考方法は2002年、Jasonに解散の憂き目をもらたします(注6)。
 Jasonの主要なスポンサーであるDARPAは研究の方向性を変えるために勝手に三名の新メンバーを指定したところ、Jasonはこれに反発し新メンバーを認めなかったために、DARPAはJasonと手切れすることを決意してしまいます。幸いなことにDARPAに代わって国防総省でDARPAよりも上位にあるDDR&E(注7)が予算をつけることに名乗りを上げ、Jasonは存続の危機から救われます。

3 Jasonの功績(注3)

 (1)全般

 核爆発実験を伴わずに備蓄核兵器の信頼性を維持することは可能であることを証明したこと、大陸間弾道弾迎撃ミサイル防衛に関して数々の技術的問題を同定したこと、天体観測に用いるレーザーガイド補償光学系に必要な光源であるナトリウムレーザーの開発、などなどJasonの功績は枚挙にいとまがありません。

 とりわけ、そのハイライトとなるのはベトナム戦争の北爆に取って代わる新戦術の提案にあるでしょう。そして、それはJasonの鉄の掟が破られ、その存在が公になった唯一の時でもありました。
 1965年から北ベトナムに対する戦略爆撃、いわゆる北爆が始まりますが、それがあまり成果を挙げていないことを悟ったJasonはホーチミン・ルートを遮断するために地上のセンサーとそのデータを中継する航空機、その情報を待つ攻撃機、およびそれらを統合するコンピュータ・システムを提唱しました。
 この提言は1966年のペンタゴン報告書で当時の国防長官の名前を取ってマクナマラ・ラインという作戦に結実します。もちろん、このペンタゴン報告書のどこにもJasonの名前は出てきません。そして、それが彼らの誇りなのです。
 しかし、Jasonの名前が漏れ出したためにベトナム反戦活動家から熾烈な攻撃を受けることになります。多くのJasonの名前が公開され、中には脅迫や嫌がらせを受けるものもいました。 抗議の嵐の中、プリンストン大学のウィル・ハッパー(Will Happer)はJasonを裏切り、活動家グループに加わることを選択しました。
 このような反戦運動とは裏腹に、マクナマラ・ラインが計画通りに実行されていれば北爆による双方の死傷者を激減させることができたはずですが、運用上の失敗からそうなることはありませんでした。
 ところで、みなさんお気づきの通り、このJasonが提案した戦術はとりもなおさず偵察機による攻撃対象の捕捉と精密誘導兵器によるその破壊という、現在米軍が採用している戦術の原型 となったのです。

 最後に、Jasonの功績の一つとしてハフニウム爆弾(注4)は実現性が皆無であることを証明したことも挙げておきます。

 (2)引導を渡されたハフニウム爆弾

 このような輝かしい功績の陰に使い物にならなかった兵器もまた数多でした。DARPAが承認した計画が怪しげな科学のアングラ世界に迷い込むこともありました。
 反物質物理学を応用したロケット、第六感で行方不明になった兵士や隠された兵器を見つけ出す霊能者スパイ、テレポーテーションやワープ物理学などなど...。
 「たとえ何が疑似科学か分かっていても、それがトンデモだとはっきり分かるまではそうとは気付かないものだ」とはJasonとも関わりのあった、米国兵器管理軍縮局(ACDA)で主任研究者を務めたピーター・ジマーマン(Peter Zimmerman)による釈明の弁です。

 とりわけ、Jasonによって「想像上の兵器」との烙印を押されたハフニウム爆弾は滑稽でした。
 ハフニウム爆弾とは放射性同位体ハフニウム178を利用した新型核兵器であり、実現されればたった15センチほどの手榴弾が2キロトンの爆発力を発揮し、コンクリート製の地下壕をも貫く強力なガンマ線でテロリストの肉体をどろどろに溶かしちゃう、夢の新兵器になるはずでした。
Jasonによる評決は至極単純明快です。
 ハフニウムは取り扱い不能なほど放射能が強すぎるし、高価すぎるし、そもそもこの兵器を熱心に支持した物理学者たちが考えるようにX線では連鎖反応を起こせっこない、とのことでした。

 なぜ、こんなトンデモなことになっちゃったのでしょうか。
 トンデモ兵器への処方箋は以下の通りです。

一.ハイリスクはあえて 冒すべし。DARPAの辞書に不可能はない。

一.科学研究には付き物の上からの監督が及ばないようにし、金銭感覚を麻痺させるべし。
 国防総省のDARPA 以外の部署では、定期的な監督と査察が入ります。

一.ネガティブな結果は無い。 DARPAの辞書に失敗はない。
 2002年の長官トニー・ヘザー(Tony Tether)曰く「DARPAはグラウンドホッグデー(注8)のようなものだ。我々は同じへまを何度も何度もやらかす」。
普通の科学者は見当違いの結果は何か新発見をする好機と捉えるんですけどね。

一.短期集中を志向せよ。
 DARPAでは計画主任者は最長でも4年しか務められない決まりになっています。これは、硬直した頭でっかちな官僚主義を打破する可能性を担保する一方、長期に渡る計画は、それがたとえダメな場合でも、引き継がれることを意味します。冒頭に掲げたリッパー将軍の言葉をコミュニストをアルカイダに置き換えてもう一度読んでみてください。案外、DARPAの科学者たちの気分を代弁しているのではないでしょうか。

 私がこのコラムを執筆するのに活用したインターネットはもともとはDARPAが開発した軍事用ネットワークを発展させたものです。そんなDARPAの科学者たちでさえ、自然の法則を曲げるのは難しかったようです。

(注1)Georges Clemenceau。第一次世界大戦時のフランスの首相。
(注2)米ソ冷戦を痛烈に皮肉った、荒唐無稽な喜劇映画。米国から英国に渡った後のクーブリックの代表的作品の一つ。もちろん、リッパー将軍は架空の人物です。
(注3)http: //www.sciencemag.org/cgi/content/full/314/5806/1685b
(注4)http: //www.sciencemag.org/cgi/content/full/314/5806/1684
(注5)設立時は防衛(D)がつかず、ARPA と言った。
(注6)http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/295/5564/2340
(注7) Director of Defense Research & Engineeringの略。DARPAを含め、防衛研究全般を統括する。
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/296/5568/635a            (注8)ジリスを用いて春の到来を占う北米のお祭り。なお、目が覚めると同じ日が繰り返されるというお天気キャスターの悲劇をおもしろおかしく描いたビル・マーレイ主演の同名映画(邦題「恋はデジャブ」)も傑作です。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<太田>
 文章は全くいじっていませんが、行変えを頻繁に入れ、若干行あけを行うとともに、小見出しをつける等をさせていただきました。
 なお、グラウンドホッグデーについては、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%9B%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%87%E3%83%BC
を参照してください。

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太田述正コラム#1611(2007.1.9)
<消印所沢通信3:長いのでタイトルは省略!>

<太田>
 消印所沢さんのコラム第三弾を、独立してお送りします。
 読みようによっては、これは、私の国際情勢予測を揶揄したコラムとも受け止められますね。
 なお、消印所沢さんやバグってハニーさんのコラムを独立してお送りする場合は、ただちに公開することにしています。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   実用(?)講座:あなたにも書ける「大胆予測!2007年,世界はこうなる」

 年始のテレビや雑誌などで定番なのが,「2007年はこうなる」といった予測もの.
 中には,こうした予測を「的中」させることで一躍,スターダムにのし上がった評論家や占い師もいます.

 しかし,実はこれ,誰でも簡単に書けるのです.
 これから述べるテクニックを使えば,誰でもお手軽・簡単に,「百発百中」の予測または予言をでっち上げることが可能です.

 では,さっそく始めましょう.

 さて,まず基本を押さえておきましょう.
 予言,予見で忘れちゃならないのがノストラダムス.
 1999年の「世界終末予言」ではちょいとポカをやっちゃいましたが,そのテクニックは今でも通用します.その証拠に,ノストラダムス・テクニックそのまんまのやり方をしている占い師やカルト宗教の教祖やゴーマニズム漫画家などは,今もしばしば散見されます.

 もはや言い古されている感もありますが,ノストラダムス・テクニックその1は,
「あいまいな予言をする」
例えば,「地震が来る」より「自然災害が起こる」のほうが,地震でも台風でも津波でも何でも「的中した」ことになる確率が高くなりますね.
 さらに「自然災害が起こる」より「災いが起こる」のほうが,自然災害でも事件でも事故でも「的中した」と言い易くなります.それだけ「的中」確率が高まるわけですね.

 また,時期に関しても,できれば「2007年には」と限定するより,「近い将来には」と曖昧な表現にしたほうがベター.
 2007年には起こらなかったことでも,その後何年かの内には起こる可能性は増すからです.
 単に「将来には」とか「やがて」とかいった表現にしておけば,そりゃ,いつの日か必ず何らかの事件・事故・災害などが起こりますから,もうこれは外しっこない「予言・予測」とすることができます.
 
 テクニックその2は,
「できるだけたくさん予言する」
 「下手な鉄砲,数撃ちゃ当たる」の言葉通り,数多く予言しておけば,どれかは当たります.
 6大陸の凶事は全て抑えておくようにしましょう.

 そして,テクニックその3:
「外れた予言は,なかったことにする」
 外れた予言が「なかった」なら,あなたは百発百中です.
 外れたものは,ブログから削除し,本からも消し,蒸し返す人には否定しまくりましょう.
 どうせ,外した予言をいちいちチェックするのはマニアだけですから,否定し続けていれば,なんとかなります.
 その代わり,当たった予言のことは毎日言い続け,宣伝し続けましょう.

 以上3点を踏まえた上で,国際情勢を騙る,もとい語るに当たって押さえておきたいのが,次の定石.

 (1) 中東は「新たな武力衝突が起きる」とか何とか言っておけば,まずハズレはしない.
 あそこほどしょっちゅう撃ち合いが起こっている地域もないのですから,どんな無知でも予測は可能です.
 現在も,ハマスとファタハが断続的に殺し合いをやっていますから,今日予言すれば,明日にでもすぐに「的中」します.

 (2)大国は必ず「将来」衰退する.
 そりゃ,今が最盛期なんだから「大国」を名乗ることができているんで,最盛期が永遠に続きはしないことは誰にでも分かる理屈.
 その時期がいつかを予測することはプロにも難しいのですが,「将来」としておけば絶対に「ハズレは」ありません.

 (3)テロは必ず起こる.
 あまり知られていないことですが,タイ南部やインドなどでは,ほぼ毎日テロが発生しています.ただ,あまりに頻繁なのと小規模なのとでニュース・バリューが低く,日本では報道されていないだけです.
 それに加えて,イスラム過激原理主義,ヒンドゥー過激主義,環境過激主義,過激無抵抗主義(一部ウソ)など各種過激派が世界中にはゴマンと存在しますので,これでテロが起きない日のほうが不思議.
 「テロが今年,起こる」とだけ予言しておけば絶対に当たりますし,それこそ連日報道されるような大きなテロが起こったなら,そのときはでかい顔をしましょう.

 さあ,これで予言・予測は完璧ですね.
 あとは演出.「ヤマ勘で言っているだけ」と見破られないようにする必要があります.
 占星術・易学などのデータを駆使して味付けするか,色々なソースを根拠として引っ張ってくることが肝心.

 前者なら,ホームページやブログはあえて無機質なデザインにし,かつ,数字と具体例とを次々と並べ,さも「科学的」であるように装うと現代チック.
 え? 「データはどこから持ってくるの?」ですって?
 それは適当に自作すればOK.占いなんて占い師の数だけやり方があるのですから,他の占い師があなたの占いの数字の根拠を検証するなんて不可能,バレやしません.

 後者なら,グーグル検索で適当に専門サイトなど探し,そのURLをべたべた貼れば,そのサイトをあなたが例え全く読んでいなくとも,まずバレません.
 具体的な引用は避けると共に,そうしたURLを20も30も並べておけばOK.
 訪問者はそれを全部読むことはまれですし,具体的な引用さえしなければ,どのサイトのどの部分からそうした結論を引き出したのか,検証はさらに困難です.

 両者とも,最後に文明批判,世評批判的なコメントを付け加えておけば,読者は「ああ,この人は真面目に世界のことを考えているんだな」と勝手に勘違いしてくれます.
 下手をすれば,マスコミ関係者までが勝手に勘違いして,大きく取り上げてくれるかもしれません.
 実際,そんな勘違いによって有名になった某ブログもありますね(笑).

 さあ,あなたも政治ブログの女王,政治サイトの雄を目指し,さっそく「予測」してみませんか?
 レッツ・トライ!

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消印所沢通信1:迷彩服の流行

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<継続されたある有料会員>
 いつもメルマガで勉強してます。
 ・・の節は本当にお世話になり、ありがとうございました。
 帰る道すがら丁寧に話をしてくださったことが昨日のように思い出されます。
 もう師走だというのにこの暖かさ。
 昨夜の東京の大雨はTVで知りました。。
 おかわりなければいいのですが。
 明日から冷えると聞いています、あったかくしてくださいね。
 さて、メルマガを読んでいてちょっと思ったことがありましたので以下に書いてみた
いと思います。

***

 コラム#1592からのある有料読者さん"とのやりとりなんですけど、

>私が言いたかったのは、期間を限って「会員」集める「PR」を記事下にすればいいと
思たからです。

は、すごくいい提案だと思いますよ。別に期限を限らなくてもねぇ!やっぱり、なにか
こうひとつの体裁を整えるという意味でも。
○タイトルを見て、多くの場合「やー相変わらずおもろいとこ衝いてきはるわー」とか
思うわけなんです僕の場合。好きでとってるんだから。で、期待に胸膨らませながらメ
ールを開くと。そしたら本編の前にまあ色々ある。んで結構濃かったりするわけです。
しかも本編とは話の内容があまり関係なかったりするわけです。そしたら僕みたいな凡
人はまず一旦集中力が切れちゃう。面白い面白くない同意するしないは別にして。→タ
イトルと関係ないことを文頭に書くと記事にとりかかる前に読み手の集中力継続を著し
く阻害する可能性があります 
○メルマガ読んでて思うのは、著述家とパブリッシャー(出版、というと紙のイメージ
が強いので・・・)を兼務なさるというのは大変なんだなあ、ということです。メルマ
ガ本編の前に編集記が掲載されているのは不思議な体裁だなあ、と前々から思ってまし
た。編集後記っていうくらいです。前の指摘と重なりますが→集中を阻害しそうなので
身辺雑記編集後記は記事下に編集した方がかえってちゃんと読んで貰えるのでは!!
 余談ですが、小泉首相のメルマガ、現首相による編集後記を一等面白く読んでた記憶
があります。

***

 いかがでしょう、酔いに任せてずいぶん無礼なことを書いてしまったかもしれません
が読んで頂けたら幸甚です。

PS 娘ができました☆

<太田>
 年が改まったら、おっしゃるような体裁にしましょう。
 お子様の誕生、おめでとうございます。

<新規申し込み者X>
 はじめまして。Xと申します。期限ぎりぎりで申し訳ありません。chの軍板FAQで
太田 様の記事が引用されていたのをきっかけにほぼ毎日HPを興味深く拝見させてい
ただています。私自身は特に学はないのですが、世界情勢に関心があり、また、有料化
で見れなくなるのも残念と思い、新規有料講読を申し込みいたします。よろしくお願い
します。

<新規申込者Y>
 有料購読申し込みます。特に文化面での記事が参考になっています。銀行が開いてい
れば、年内に送金したいと思いますので、連絡よろしく。
 それと、一つ注文ですが、老眼で、小さな字が非常に読みにくいのです。もう少し、
大きな字になるようにして欲しい。気に入った記事は、コピーして、大きな印字にして
読んでいるのですが、忙しい時には、それがうっとおしく、この点が、今まで遅くなっ
た有料化への抵抗です。
   
<太田>
 受け手の方のメールソフトで、常に字を大きく表示する設定にできるはずですよ。
 なお、これで、新規有料購読を申し込まれた方16名になりました。うち13名が会費を
納入済みです。
 現在、上記を含め、来期の会費を納入済の方は110名に達し、1名増えた助っ人(コラ
ム執筆等)2名を加えると納入済扱いは112名ですが、目標の129名を達成するためには
本日中に17名の方が会費を納入するか助っ人を引き受けていただく必要があります。な
お、納入を確約されたと私が見なした場合は、会費納入済扱いします。
 ちなみに、会費を振り込むとご連絡をいただいている方が、新規申込者を入れて現在
8名おられます。最後まであきらめませんので、その他の方々も含め、よろしくお願い
します。

 新規申し込みや助っ人(コラム執筆等)希望者は、ohta@ohtan.net へどうぞ。

 30日のオフ会出席者は依然3名です。出席される方は、ご連絡下さい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<太田>
 私のホームページの掲示板で既に活躍されている消印所沢さんに、コラムの執筆をお
願いすることにしました。
 今回は自己紹介を併せお願いしました。
 なお、消印所沢さんも、本名で執筆されがたい理由があります。
 今後は、私のコラムと一緒に掲載する場合もあろうかと思いますが、皆さんの息抜き
になれば幸いです。

<消印所沢>
 消印所沢【けしいん・ところざわ】固有名詞
 20世紀から21世紀にかけて生息した脊椎生物。ホモサピエンスの近縁種と見られる。
 1991年頃よりラジオ投稿方面にて生息が確認されるも、軍事マニアとしての歴史はさ
らに古く、それより10年はさかのぼるとされている。
 主として諜報史を好む。
 現在では、笑えて、かつ、ためになるホームページを目指した
http://mltr.e-city.tv/index02.html
を運営中。
 座右の銘は「♪人生で一番大事なものは、C調に、タイミングに、無責任」
----------------------------------------------------------------------
 【珍説】 「迷彩服の流行には、軍事行動を国民に空気の如く無意識化する目的が有
るのかもしれない」???

 「では、患者さん、どうぞ」
 「お願いします」
 「どうなさいました?」
 「実は、最近不安で夜も寝られないんですよ」
 「ほう? 何か気になることでも?」
 「はい、こんな記事を読んでしまいまして。

>■迷彩柄の流行から見る教育基本法の改変 >
http://www.janjan.jp/government/0612/0612226868/1.php

 それからというもの、不安で仕方ないんですよ」
 「ほほう、どれどれ? ……ははは,これは杞憂というものですよ」
 「そうでしょうか?」
 「そうですよ。
 まずですね、この記事では迷彩ルックの流行を2001年からとしていますが、
http://www6.plala.or.jp/gene/tamori/review/985.htm
など見ると、1998年から既に流行っていたという話もありますね。
 流行っている流行っていないは主観が入り込み易いのですから、何のデータの裏づけ
もなく、そう決め付けているような記事を、安易に信用するのはどうかと思いますよ」
 「はあ……」
 「それに、たかだかファッション一つが、軍事行動を国民に空気の如く無意識化する
目的が有るのかもしれない証拠になんかなりはしませんよ。まあ、この記事では『かも
しれない』などと逃げの余地を残てますけどね。」
 「それなら、冬場によく見られるトレンチ・コートは,どうなるんでしょうね? 」
「あれは直訳すると『塹壕外套』でね、第1次大戦の頃にイギリス兵が塹壕戦で着てい
たものがファッションに取り入れられているものですからね。
 それから、チノクロスという、カジュアル系の服によく使われる布地がありますが、
あれも、第1次大戦のときに中国に輸入された英国製の布地を、フィリピン駐屯のアメ
リカ陸軍が夏の制服用に買い付けてから流行りだしたんですね。
 他にもバトル・ジャケットというものもありますね。これは第2次大戦の米軍のジャ
ケットが元になっているんです。コサック兵の服装がルーツのコサック・ジャケットな
んてものもありますしね。
 だいたい、女子高生のセーラー服だって、元を辿れば水兵の服じゃないですか(笑)」
「なるほど」
 「だいたい、ミリタリー・ルックに限らず、ファッションなんて、そのデザインのル
ーツとは無関係に出回るもんです。
 例えばダウン・ジャケット。これは寒冷地用の実用着がルーツですが、今じゃ日本で
も冬にはそこらじゅうで着られてるじゃないですか。
 例えばコスモコール・ルック。これはアポロの時代にピエール・カルダンが宇宙服を
ヒントにしてデザインしたものがルーツですが、今でもスペース・ルックと呼ばれて、
今年のミラノ・コレクションにも出てきてますよ。
 それからピューリタン・カラーなんて、清教徒の服装がルーツなんですが、現代でこ
れを着ている人で、ピューリタンだって人がどのくらいいますかね? 日本じゃ一人も
いないんじゃないですかね。
 私に言わせれば、迷彩ルックだって、ポバティズムの亜種に過ぎないんじゃないかと
思うんですがね。ちなみにポバティズム,貧乏主義というのは、わざと貧乏くさい薄汚
れた感じのものを着るのが新しいという、60年代後半に流行ったファッションの考え
方です。
 迷彩服は目立たないために着るのが本当なんですが、目立たないのが逆に新しい、と
いう考え方に過ぎないと思いますね」
 「じゃあ、やっぱり考えすぎなんでしょうか?」
 「そうだと思いますよ。まあ、お薬お出ししておきますので、どうしても眠れなかっ
たら、それ飲んでください」
 「ありがとうございました」
 「はい、お大事に。それでは、次の患者さん、どうぞ」
 「先生! 聞いてください!」
 「どうなさいました?」
 「ノロ・ウィルスあるじゃないですか! あれは政府の陰謀です!
 このノロ・ウィルスの流行の始まりが安倍政権誕生と符合し、流行が定着しつつある
時期に教育基本法が改正されています!
 これは単なる流行とは思えません! 軍隊にも防疫部隊というのがあるし、あの731部
隊だって表の顔は防疫給水部隊です! つまりこれは陰謀なんです! そうに違いありま
せん!!」

 【参考文献】
「実用服飾用語辞典」(山田好文編,文化出版局,1989/4/23改訂第一版)

太田述正ブログは移転しました 。
www.ohtan.net
www.ohtan.net/blog/

太田述正コラム#1573(2006.12.17)
<バグってハニー通信1:自己紹介>

 皆様、あらためて初めまして。太田先生の瀬戸際戦術にまんまと引っかかって、コラムを執筆することになったバグってハニーです。
 もちろん、皆さんご承知の ように太田先生は長期間にわたり(しかもほとんど休みなく!)高いレベルを維持してきたのであり、太田コラムに寄稿することは大変な名誉であり、わくわくしています。

 まずは簡単な自己紹介から。
 私は米国人の父、日本人の母のもと、日本で生まれ育ちました。
 親米的になるのを運命付けられたようなものですね。
 太田先生とは立ち位置が決定的に違うのですが、ここは小異を捨てて大同に就くべき時だと考えた次第です。
 大学院で博士号取得後に渡米し、現在、研究員として基礎医学研究に当たっているしがない研究者です。
 私の政治信条は親米・ネオコンでして、私もその理由ははっきりとはわからないのですが、高校生のときに湾岸戦争や韓国のDMZ見学を経験したことが影響したようです。
 ネオコンの起源には諸説あるようですが、レーガン政権時に内政に関しては民主党の伝統であるリベラル、大きな政府を保ったまま、外交に関してはソ連を打倒すべき敵と規定したレーガン大統領に共鳴して共和党に宗旨替えした人々を指すことがあります。私はこの定義に非常に近いです。
 旧植民地から移民を受け入れて日本を活性化すべきだ、との太田先生の意見には大いに頷きました。
 理系の道には進んだものの、政治や 軍事、国際情勢そして米国の歴史に関心を持ち続け、趣味でいろいろ調べているうちに太田コラムに出入りするようになった次第です。
 商売柄Natureや Scienceといった科学誌をいつも眺めているのですが、ときどき社会や政治に関わる記事が出るので、そういうのを紹介していけたら、と考えています。

 米国が現在遂行中の対テロ戦争は一種の総力戦であり、米国に住んでいると様々な変化が身に沁みます。科学者が戦争に借り出させるのは世の常であるようで、 北朝鮮の核実験もこの業界では衝撃をもって受け止められました。軍事が基盤となっている太田コラムで、私は対テロ戦争における科学者たちの活躍を紹介して いこうと思います。

 私はクリスチャンでもありまして、科学と宗教の関係にも興味があります。
 太田先生も聖書を読んだときの率直な感想を以前記されていましたが、科学者の私に とって聖書を信じ続けることは一つのチャレンジであります。
 以前アイザック・ニュートンの記事を読んだときに彼が偉大な科学者であると同時に聖書を熱心に 研究していたことを知ってずいぶん励まされました。この偉大なイギリス人についてもそのうち紹介できたら、と考えています。
 あるいは、今の米国における進化論と公教育を巡る混乱も興味深いトピックです。太田先生には、だから米国人は迷信深いんだ、とか切り捨てられるかもしれませんが。

 つい最近、太田コラムで男女の指向の違いと女性の社会進出に関して取り上げられましたが、私たちの業界でもラリー・サマーズ前ハーバード大学長の発言以 来、男女の能力差と女性の社会進出について、しばしば男と女の間で泥仕合にまで発展する、非常にホットな議論が続いています。
 サマーズが言う通り、果たし て女性の知能は男性よりも劣っているのか、仮にそうだとして(そうではなくても)女性の社会進出はどのように実現されるべきか、男脳と女脳に関する最新の 知見などもお届けする予定です。

 太田先生同様、私は太田コラムは本来、無料で誰でも読める公共物であるべきだと考えています。そのほうが日本のためになります。
 ひとまず、完全有料化とい う悪夢を振り払うために、私に続く新たなコラム執筆者、あるいは有料読者が現れることを切に願いつつ、最初のコラムを閉じさせていただきます。
 それでは、近い将来また誌面でお会いしましょう。

太田述正ブログは移転しました 。
www.ohtan.net
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