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太田述正コラム#9091(2017.5.13)
<米国のファシズム(その1)>(2017.8.27公開)

1 始めに

 本日のディスカッションで予告した、コラム
https://www.nytimes.com/2017/05/12/opinion/american-fascism-trump.html?ref=opinion&_r=0
のさわりをご紹介し、私のコメントを付します。
 このコラムは、米国がトランプ政権の下にあるということにひっかけて、先の大戦中のヘンリー・A・ウォレス(Henry A. Wallace)(注1)の米ファシズム論を、彼の孫のヘンリー・スコット。ウォレス(Henry Scott Wallace)(注2)が紹介したものです。

 (注1)Henry Agard Wallace。1888〜1965年。ローズベルト政権で、農務長官、副大統領、商務長官を歴任。アイオワ州立大卒[(動物飼育学)]、ジャーナリスト、[統計学者、]トウモロコシ品種改良者、起業家。戦後、第三党から大統領選に立候補したが、容共だったこともあり、2.4%の票しか取れなかった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BBA%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AC%E3%82%B9
https://en.wikipedia.org/wiki/Henry_A._Wallace ([]内)
 (注2)弁護士。Wallace Global Fundの共同主宰者。
http://www.universalaccessproject.org/essays/scott-wallace-2/

2 米国のファシズム

 「73年前、ニューヨークタイムスは、現職の副大統領に、米国にファシスト達がいるのか否か、いた場合、彼らが何ができるか、を訪ねた。・・・
 それに答えた彼の記事、「米国のファシズムの危険性」は、米国人達を欺き彼らの諸恐怖に付け込み、政治権力を追求しているけれど、実際には自分自身の富と特権を守ることのみに関心を抱いているところの、超ナショナリストの類を描写した。
 その副大統領とは、私の祖父である、ヘンリー・A・ウォレスだ。
 私の見解では、彼はトランプ大統領<の出現>を予言したのだ。・・・

⇒それはおかしいでしょう。
 ウォレス副大統領は、当時の米国にいたファシスト達を描写したのであって、将来について予言したわけではないのですからね。(太田)

 私の祖父は、ポピュリスト的諸テーマを噴出させているけれど、その真逆を達成すべく、人々や諸機関を操っているところの、香具師達(hucksters)について警告を発した。
 彼らは、「民主主義と共通の福祉にリップサービスをしつつ」、普通の働いている人々の側にいるふりをする、と彼は記した。
 しかし、それと同時に、彼らは、「民主主義を、それが機会の平等を象徴している(stands for)が故に疑っている(distrust)」、と。
 彼らは、おしなべて、「カネと権力を人間達よりも大事」にする、と彼は続けている。
 「彼らは自由な企業を求めるけれど、独占と既得権の広報官達(spokesmen)なのだ」、と。
 彼らは、「<自分達を>超愛国者達(super-patriots)であると唱えつつ、憲法によって保証されたあらゆる自由を破壊することだろう」、とも。
 彼らは米国第一に(putting America first)、と長広舌を行うが、それはタテマエ(cover)に過ぎない。
 「彼らは、自分自身の利己的帝国主義を隠蔽するためのスローガンとして孤立主義を用いる」、と。
 彼らは、諸スケープゴートを必要とし、「他の、諸人種、諸政党、諸階級、諸宗教、諸文化、諸地域、ないし、諸民族(nations)、に対する高水準の不寛容」を心に抱いている。

⇒ウォレス副大統領は、共和党から民主党に転じた人物です(彼の英語ウィキペディア前掲)が、私に言わせれば、彼は、(自分がローズベルトと共に推進してきた)ニューディールに反対し続け、日本の真珠湾攻撃まで、第二次世界大戦への参戦に反対し続けたところの、共和党をファシスト集団だと言っているようにも受け止められ得るところ、この受け止め方が正しければ、彼自身が、共和党という政党に対する「高水準の不寛容」を心にいだいてい」たファシストである、ということになりかねません。
 (彼自身は、黒人に対する差別意識はなかったようですし、キリスト教にも懐疑的でしたし、戦後も容共的・・正確には、マルクス主義者達に対するシンパシーがあった、と受け止めるべきか・・であったこと、等、当時の米指導層の中ではまともな方であったと思います。
 そんな彼が、人種主義者のローズベルト(コラム#省略)と、互いに一貫して良好な関係を維持できたことが、私には不思議です。)
 それどころではありません。
 「他の、諸人種、諸政党、諸階級、諸宗教、諸文化、諸地域、ないし、諸民族(nations)、に対する高水準の不寛容」なるものは、民主党、共和党を超えた総体としての(彼がその首脳の一人であった)米国の、他国、とりわけ、有色人種やその諸国・地域に対する姿勢そのものであるとさえ、受け止められ得るのです。
 仮にそう受け止めるのが正しいとすれば、かかる姿勢はファシストの属性である、と彼は言っているのですから、当時の米国は、ファシスト国家で、彼自身も、客観的にはファシストである、ということになるはずです。
 いや、実のところ、彼自身、心底ではそう考え始めていて、忸怩たる気持ちを抱いていたからこそ、そんな米国を非ファシスト国家へと脱皮させるべく、やむにやまれぬ思いで、戦後、彼は大統領選に第三党から立候補したのではなかろうか、と。(太田) 

(続く)

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