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太田述正コラム#8316(2016.4.4)
<ナチスの原点(II部)(その4)>(2016.8.5公開)

 (5)ベルリン時代

 「・・・刑務所を出所してからどんなにヒットラーの人気が高まったとしても、彼が鼓吹したこの運動は、1929年の大恐慌が襲ってからの最初の総選挙の時までは突破口を突破することはできなかった。・・・」(C)

 「・・・著者は、1933年の権力の掌握を捉える。
 その数カ月前、NSDAP(ナチ党)は人気の干満の最低の時期の一つを迎えていたが、暴力、諸脅迫、及び、たまのお世辞、を組み合わせることで、種々の諸政党を互いに角付き合わせさせることによって、ヒットラーは、自身を、到達したことが自分で信じられなかったところの、頂点へと引き上げたのだ。
 首相府に乗り込んだ5日後に、彼は、ヒットラー・ユーゲント(youth league)の長に向かって、「我々は権力を手にしたが、それを掌握し続ける。私はここを決して去ることはない」、と伝えた。
 そして、わずか5か月の間に、彼は自分の独裁を確固たるものにした。
 著者が記すように、彼が脆弱な民主主義的諸規範を取り壊したのは決して驚くことではない。
 ヒットラーは、彼の諸意図について包み隠すことは全くなかった。
 だから、彼と連立したパートナー達は、ヒットラーが冗談を言っていると思っていたか、自分達で彼をコントロールできると思っていたか、どちらかだった。・・・」(E)

 「・・・オーストリアは、最初からいじめの対象だったが、フランスとポーランドに対しては非常に低姿勢だった(positively craven toward)。
 だから、多くのドイツ・ユダヤ人達が、ナチ<という犬>は<ユダヤ人迫害を>吠えているだけで噛みつきはしないだろう、また、ヒットラーがより野生的な(wilder)連中を抑制すると信じてよかろう、と結論付けていた。
 ドイツの労働階級の旧き社会民主党への忠誠心を打ち壊したのは、最後のヴァイマル共和国諸政府の破滅的な引き締め経済諸政策を放棄したという単純な便宜主義的営為(expedient)によって達成されたところの、完全雇用への復帰だった。
 しかしながら、ここでも、これは、ナチスによるいかなる現実政策の結果でもなかった。
 経済は、既に改善しつつあったのだ。
 引き締めを捨て去ることで、ナチスは、単に、回復を加速しただけなのだ。
 いずれにせよ、これに、トップからの指示など皆無だった。
 ヒットラーは外交政策に完全に没頭しており、そんなことには殆ど何の関心もなかったからだ。・・・」(B)

 「・・・最初は、この体制の存続は、失業を無くす能力にかかっており、この任務を他の主要資本主義諸国の諸政府よりも速く達成することで、それは、社会から深い感謝を得た。
 ナチスは、左翼諸政党も諸労働組合も潰したけれど、著者は、禁止された社会主義の非合法運動の一人のメンバーの1934年6月から7月にかけての、次のようなつぶやきを引用している。
 「労働諸階級の主要諸部分は、ヒットラーに対する無条件の神格化に陥っている」。
 同様のもう一人の観察者は、1935年2月に諦めたようにこう結論付けている。
 「かつて無関心だった労働者達は、今日、体制の最も従順な追従者達であり、ヒットラーの最も熱心な信者達だ」、と。・・・
 この国が大量失業を克服した主要な理由は、経済回復と社会調和が彼の外交政策における諸冒険の必要諸条件であったはずだが、ヒットラーにとって最初の日から第一優先順位であったところの、無茶な軍事支出、を通じてだった。
 権力の座における最初の6年間の紙の上の勝利の都度、彼は変化し、より、自信を持ち、独断的になっていき、1939年4月の彼の50歳の誕生日には、彼の情宣相のヨーゼフ・ゲッペルスは、2日間の祝賀行事における熱狂的な公衆の反応に欣喜雀躍した。・・・」(C)

⇒著者は、悪の権化ナチという観念を叩き込まれた戦後ドイツ人だけに、ヒットラーが普通の人間であったことを指摘するだけで力尽きたのかな、という気にさせられます。
 というのも、ナチスと来ればアウトバーンやVWのカブトムシ、と誰でも連想するところ、実際、「<ナチ政権によって、>アウトバーン関連には1935年6月までに4億マルクが投資され、最大12万人の雇用が行われた。・・・<また、>ヒトラーは一家が一台乗用車を保有できるという「国民車」構想を喧伝し・・・自動車・オートバイの購入には免税措置が行われた。・・・特に自動車産業の成長が目立ち、1934年の生産額は過去最高の1928年比で148%、1935年には200%を超えた。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%81%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%AE%E7%B5%8C%E6%B8%88
というのに、書評類から見る限り、こういったことを含め、ナチ政権が行った積極的な経済政策についての言及を、著者が全く行っていないように思われるからです。(太田)

(続く)

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