太田述正コラム#7524(2015.3.5)
<「個人」の起源(その1)>(2015.6.20公開)

1 始めに

 ラリー・サイデントップ(Larry Siedentop)の新著『個人の発明--欧米の自由主義の諸起源(Inventing the Individual: the Origins of Western Liberalism)』のさわりを書評類をもとにご紹介し、私のコメントを付したいと思います。

A:http://www.theguardian.com/books/2015/jan/27/inventing-individual-origins-western-liberalism-larry-siedentop-review
(1月28日アクセス)
B:http://www.ft.com/intl/cms/s/2/26722be8-81f1-11e3-87d5-00144feab7de.html#axzz3Qkt510A2
(2月4日アクセス。以下同じ)
C:http://www.spectator.co.uk/books/9140402/inventing-the-individual-by-larry-siedentop/
D:https://kenanmalik.wordpress.com/2014/01/25/christianity-and-liberalism/
( http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/books/reviews/inventing-the-individual-by-larry-siedentop-book-review-an-engrossing-book-of-ideas-that-redefines-liberalism-as-a-child-of-christianity-9081651.html (上の短縮版))
E:https://newhumanist.org.uk/articles/4765/what-the-christians-did-for-us
F:http://www.quarterly-review.org/?p=2640

 今頃、イギリス人の識者でこんなことを言い出す人がいるのか、と呆れつつも、英国の主要紙がこぞって書評で取り上げたとなれば、それぞれの書評でどうこの識者の主張をくさしているのか、或いはまた、くさしていないのか、確認するにしかず、と思い立った次第です。
 なお、サイデントップ(1936年〜)は米国生まれの英国籍の政治哲学者であり、19世紀のフランス自由主義専攻で、米ホープ単科大学卒、ハーヴァード大修士、オックスフォード大博士、その後、長く、オックスフォード大フェローや講師を務める、という人物です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Larry_Siedentop

2 「個人」の起源

 (1)序

「特別な記念日を祝いたいのなら、ここに、丁度700年前のが一つある。
 それは、フランスのルイ10世・・ルイ・ル・ウタン(Louis le Hutin)ないし頑固なルイ(Louis the Stubborn)としても知られている・・<(注1)>の布令(decree)だ。

 (注1)1289〜1316年。ナヴァー(Navarre)国王:1305〜1316年/フランス国王:1314〜1316年。農奴が自由を買えるようにするとともに、奴隷制を廃止し、一度禁止されていたユダヤ人のフランス在住を解禁した。
http://en.wikipedia.org/wiki/Louis_X_of_France
 ナヴァーは、824年にピレネー山脈にまたがって建国されたバスク人の王国。1521年にまず南部がスペインに吸収され、次いで1620年に北部がフランスに吸収され消滅した。
http://en.wikipedia.org/wiki/Kingdom_of_Navarre

 「自然法により、一人一人は自由である存在として生まれなければならない…我々の庶民の多くは、奴隷状態や我々を大いに不快にする種々の諸状況、に陥ってしまっている…我々は、我々の王国が…フランク人達[自由な男達]の国と…呼ばれていて、実態がこの名前と真に合致しているべきであることが祈念されている<(注2)>…<以上、余は>…かかる諸隷属状態(servitudes)は自由へと戻されるべきである、と命じてきたのだし、そのように命ずるものである・・・」

 (注2)「フランク人またはフランク族(フランス語: Francs, ラテン語: Franci, ドイツ語: Franken, 英語: Franks)は、ゲルマン人の1支族で、・・・西<欧>においてフランク王国を建国した事で知られる部族集団である。語義は「自由な人」「勇敢な人」を意味すると言われ、英語で率直な性格を表す「フランク」の語源ともなった。・・・近年の歴史学では「フランク」ないし「フランク人」という民族が存在したのではなく、ゲルマン系、イラン系、ケルト系、ラテン系の諸部族・諸集団の離合集散によって形成されていた一種の連合政権(同様の例にフン族がある)であったとする考えが主流になりつつある。・・・フランクは、髪型や武装を統一する事を帰属概念の指標としたことが知られて<いる。>・・・考古学者のヴェルナーは、1950年に「行列墓文明(Reihengraberzivilisation)」という概念を提唱した。この行列墓では<フランク人の>遺体は、盛装した上で武器を副葬するというゲルマン的伝統に繋がる方法で、ローマ的伝統に繋がる石棺に埋葬された。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E4%BA%BA

⇒ルイ10世は、(アングロサクソン文明にのみまともに受け継がれたところの、)ゲルマン人文化における核心的価値を宣明しているのであり、キリスト教のことなどに全く触れていないことを銘記すべきでしょう。(太田)

 要点が何かはお分かりだろう。
 奴隷制は廃止されたということだ。
 もちろん、君は自分の自由を購入しなければならないのであって、だからこれは、封建諸侯の先手を打つための一つの手段であると同時に収入を集める営みでもあった。
 しかし、この原則そのものは健全なものだった。・・・
 サイデントップは、図柄がはるかに複雑であることを示す。
 実際、彼は、我々は、我々が自由な主体群(agents)であるとの我々の概念について、キリスト教、とりわけ、暗く初期の中世の諸時代に形成されたところのキリスト教、に感謝する必要がある、と主張するのだ。」(A)

(続く)