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太田述正コラム#7482(2015.2.12)
<日本の中東専門家かく語りき(その8)>(2015.5.30公開)

Isisはナジの本のような諸マニュアルを用いているが、Isisは、宗教的諸文献と諸物語に拠っている(reference)。
 イスラム教の聖職者達は、初期イスラム世界の権威あるイスラム教に係る人物群に係る諸物語と諸行為からなるところの、私が「動的(kinetic)」シャリーア・・Isisがそのイデオロギーを正当化するために大いに依存している・・と呼ぶものを十分に反駁することなどできないことを自覚しなければならない。
 「そのハディースは余り根拠がない(is weak)」とか、「戦争捕虜を殺すのは許されない」といった諸声明は宗教的諸文献によって裏付けることはできるが、初期のイスラム世界の指導者達いかなる行為をしたかも、より説得力があるとまでは言えないとしても、同等に強力なのだ。
 何がジレンマかと言えば、それらが宗派を超えた諸含蓄(implications)を有することから、主流の聖職者達が、時々、この種の諸物語に近づかないようにすることだ。
 例えば、<(焼殺による(? 太田))>生贄、捕虜達の殺害、及び、人々を高い諸建物から投げることを批判することは、スンニ派とシーア派の分断の核心に位置するイスラム世界の諸人物を論難することになる危険性がある。
 Isisの成員達は、この三つの諸行為は、(多くのスンニ派の聖職者達は、<このうちの>生贄に関する諸典拠には疑念を呈しているが、)イスラム世界の最初のカリフであるアブー・バクル・・彼をシーア派は非正統なる指導者とみなす・・によって実行されるか承認されたかしている、と主張する。
 スンニ派の学術の中心である、アル=アズハル大学の長老のアハメド・アル=タイエブ(Ahmed al-Tayeb)<(注15)>は、捕虜達の取り扱いに関するイスラム教の諸教えに触れた一般的な(generic)声明を発出し、Isisの成員達を「十字架にかけるか、両手と両脚を切断するか」すべきである、と呼びかけた。

 (注15)1946年〜。エジプト生まれで、パリ・ソルボンヌ大学でイスラム哲学の博士号を取得。2003年にアル=アズハル大学総長に任命され、2010年にはムバラク大統領(当時)によって、総長職を解かれアル=アズハル・モスクの導師に任命される。エジプトで(サラフィー主義に反対する)最も穏健なイスラム教聖職者の一人と目されている。ムスリム同胞団は、ほぼ一貫して彼に批判的。但し、反ユダヤ的言辞で知られる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ahmed_el-Tayeb

 イスラム世界の諸伝統は、慈悲と寛容の諸物語で満ちている。
 しかし、Isisのような諸集団に給養する、他の、より暗い諸章から切り離してこれらの諸物語を教えるだけでは十分ではないのだ。
 Isisは、これらの諸物語を、主流によって受け入れられている諸観念や諸概念と組み合わせて、発展途上(in the making)のイデオロギーや政治的プロジェクトの一環として用いている。
 <つまり、>イスラム教の聖職者達は理論の領域の中で語っているのに対し、Isisは諸物語や行為を通じて実践しているのだ。
 この集団がやっているのは、その諸実践を、「現実的(practical)な」イスラム世界の歴史と合致(match)させることなのだ。
 多くが、正しくも、これらの諸実践がイスラム教の諸教えと矛盾すると見ているにもかかわらず・・。
 Isisが天才的なのは、それが、人々を、その諸実践と「紙の上の」ジハードとの間ではなく、その諸行為と初期イスラム教徒達の諸行為との間の比較をさせるところにあるのだ。」

⇒このあたりは、私が、市民講座の「イスラム世界」のところで展開した所論と完全に一致しています。
 (このあたりと、前の方で紹介した、野蛮エスカレート戦略とは、論理的に殆んど矛盾していることがお分かりか?)

4 終わりに

 Isisに係る池内の所論は、私の知る限り、日本の論者の中では最も高く評価されるべきですが、それでも、最後に紹介したガーディアンのコラムの筆者に比べると、画竜点睛を欠いている・・致命的にもイスラム創世記におけるムハンマドや初期カリフ達に係る史実をIsisが重視していることへの言及がない・・と言わざるをえません。
 ウィキペディア上の彼の経歴には、中東、欧州を含め、海外長期滞在経験を見出せませんが、今後、彼が、可及的速やかに、機会を捉えて、中東ないし欧州に長期滞在をし、その学識を土地勘を踏まえてより豊饒なものにすることを願って止みません。
 
(完)

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