太田述正コラム#6387(2013.8.13)
<日支戦争をどう見るか(その23)>(2013.11.28公開)

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<脚注:米国の市民宗教>

 私にとっては、『日本近代化と宗教倫理――日本近世宗教論』(1962年。原著は1957年)でお馴染みだったロバート・ベラー(Robert Neelly Bellah。1927〜2013年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%A9%E3%83%BC
(コラム#758)が、表記を唱えていたことを知ったので紹介しておく。

 「ベラー・・・<は、>1967年に「米国における市民宗教(Civil Religion in America)」という論文<を書いた。>・・・
 米国は、その国民的アイデンティティを、一群の倫理的諸原則・・自由、平等、そして法の支配・・の見地から理解しているところ、これらの諸原則は、しばしば宗教的言葉群やシンボル群で描写される<、というのだ。>
 この宗教的言語は、公職者達による、一般的な(generic)、ほとんど儀式的な神への祈りから、購い(redemption)や「約束の地(Promised Land)」までにわたっている。・・・
 権利の章典、独立宣言、憲法、奴隷制廃止、共産主義に対する勝利、黒人差別法制(Jim Crow)の終焉・・これらは、そしてその他の無数のものは、単なる文書群や歴史的諸出来事を超えるものである、と理解されている。
 それらは、米国の運命(destiny)が導かれる(guide)ことを神の手が助けてくれていることの証(demonstrations)なのだ。・・・
 しかし、ベラーは、米国の市民宗教が、常に「立派な諸大義(worthy causes)のために発動された(invoked)わけではない」ことを余りにも良く知っていた。
 そうでないことを我々は望んでいるけれど、この国民的アイデンティティの宗教的言語は、容易に、何か惨めな(wretched)ものを賞揚(exalt)すべきものとして聖化(sanctify)することにもなりうる。
 市民宗教の言語は、アメリカ先住民の虐殺から我々の定期的な軍事的不運(misadventure)に至る、米国史における、あらゆる暗い諸章を正当化するためにも発動されてきたのだ。」
http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-margulies-civil-rights-civil-religion-20130813,0,3510855.story
(8月13日アクセス)

 いかに、米国が、良かれ悪しかれ、キリスト教の論理によって動かされてきたかが、ここからも分かろうというものだ。
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 (2)スターリン政権/中国共産党

 以上から、教義はプロテスタント的で典礼はカトリック的という鵺的宗派で、要は、イギリス古来の自然宗教にキリスト教の装いを纏わせただけの、ただし、聖書は英語でしっかり読む、という英国教(the Anglican Church)の分派にして、英国教の掣肘を全く受けなくなったところの、聖公会(the Protestant Episcopal Church)が、リベラル神学の影響を受けて、聖書を通じて窺われるキリスト教の論理だけによって無意識的に羈束される、米国のリベラルの(人種主義的・好戦的)政権がローズベルト政権であった、と言ってよさそうですね。
 それでは、日支戦争のプロデューサーであり、大団円において、ついに自ら主役として舞台正面に登場したところの、スターリン政権は、一体、いかなる政権であったのでしょうか。
 日本とも戦い、日支戦争終了後、支那の覇者となった中国共産党は、当時、スターリン政権の子会社のようなものでしたから、スターリン政権のことが分かれば、中国共産党もあらかた分かる、と考えてよいでしょう。
 さて、禁酒法の破棄がローズベルト政権の本質を解く鍵であったところ、スターリン政権の本質を解く鍵は、その同性愛の弾圧にある、と考えます。

 「1917年には、V・I・レーニンとレオン・トロツキーによって率いられたボルシェヴィキ革命の後、ロシアさえもが同性愛(homosexuality)を合法化した。
 しかし、ヨシフ・スターリンが権力を掌握すると、これらの前進(gains)は少しずつ後退させられ、政府によって同性愛は事実上再び違法とされるに至った。」
http://en.wikipedia.org/wiki/Sodomy_law 前掲

 スターリンは、小さい時から故郷の正教の聖職者学校に通い、16歳から20歳までグルジアの首都のトビリシのグルジア正教の神学校で教育を受け、その後、棄教してマルクスレーニン主義者になった人物です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Joseph_Stalin
 このことがこれまで余り顧みられてこなかったように思います。
 棄教してから、恐らく聖書など再読することはなかったでしょうが、若きスターリンに注入されたキリスト教の論理から、スターリンはついに解き放たれることはなかったと考えないと、スターリンによる、同性愛の取り扱いの180度転換・・というか復古・・の説明ができないのではないでしょうか。
 このことは、スターリンが、マルクスレーニン主義をスターリン主義に変貌させるにあたって、彼が注入されたキリスト教の基本的な物の考え方が決定的な役割を果たしたであろうことを強く推認させるものです。
 ということはまた、マルクスレーニン主義とスターリン主義が、通常考えられている以上に大きく異なることをも示唆しています。
 もとより、私がかねてから力説しているように、マルクス主義にせよ、マルクスレーニン主義にせよ、それは、カトリシズムないしプロテスタンティズムの無神論的変形物なのですから、非キリスト教世界に住む我々からすれば、マルクスレーニン主義とスターリン主義など大同小異ではあるのですが・・。
 ところで、仮にスターリンがキリスト教の専門教育を受けていなかったとしても、彼が、マルクスレーニン主義をキリスト教的に変貌させることは、ロシアの大衆を統治するために有効であったはずです。
 というのも、欧州の外延たるロシアでは、地理的意味での欧州とは異なり、宗教改革を経ないまま、つまりは、ロシア語で聖書を読む習慣が形成されないまま、大衆の間で、ロシア革命前の時点で、米国等におけるリベラルなキリスト教運動(前出)に類似したキリスト教の再生運動が活発化していたからです。(注43)

 (注43)ロシアで聖書を読む習慣が形成されなかったことについては下掲参照。
 「アレクサンドル二世の指示により再び着手された聖書のロシア語訳作業は、1876 年に宗務院版聖書として完成を見、正教会が公式に認めるロシア語訳聖書として通用するようになったが、教会スラブ語的な要素をなるべく多く残そうとした、伝統に強く配慮したものといわれている。
 ロシア正教会における典礼言語は、その後も教会スラブ語であり続ける。しかし、ロシア語が徐々に普及していくにつれ、信徒が理解できないという問題は大きくなっていったであろう。
 1917-1918年に行われたロシア正教会の・・・<この問題への>取り組<みは>、全体的な解決には至らなかった。そして、この問題は、教会内において現在でも未解決の問題として意識され続けているのである。」
http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/publictn/50/tonai.pdf
 また、20世紀初頭におけるロシアのキリスト教再生活動については、下掲参照。
 「<20世紀に入ると、>農民の間で、精神的・倫理的文献と非正教的な(non-conformist)運動への広範な関心が見て取られる。
 巡礼の流行と聖域や聖なるもの(とりわけイコン)への傾倒、執拗に続いた(幽霊、憑依、ゾンビ(walking-dead)、悪魔、精霊(spirit)、奇跡、魔術といった)超自然的なものの実在(presence)と力に対する諸信条、時には聖職者抜きで、また、自分達自身の聖なる場所群や敬虔の諸形態を規定するところの、自分達自身の典礼と精神的諸生活を積極的に形成する地方の「教会的(ecclesial)諸コミュニティ」の再活性化<、等がそうだ。>」
http://en.wikipedia.org/wiki/History_of_the_Russian_Orthodox_Church

(続く)