太田述正コラム#6369(2013.8.4)
<日支戦争をどう見るか(その14)>(2013.11.19公開)

 これから例示として取り上げる諸事項は、それぞれシリーズに仕立てることができるくらい中身のあるものばかりであるところ、丁寧に記述していたら、本シリーズがいつまで経っても完結しないので、大急ぎで印象論風に素描させていただくことをお許しいただきたいと思います。

一、鯨

 捕鯨については、「北大西洋にお<いて、>・・・1680年代になると、一時的にオランダの優位が確立した。オランダの捕鯨会社は<欧州>の鯨油市場を独占し、その利益はアジアとの香辛料取引を上回るまでになった。・・・18世紀後半に捕鯨を再開した<英国>そして<米国>の捕鯨船も加わり、20世紀に入ると大西洋におけるセミクジラとホッキョククジラはほぼ姿を消した。・・・
 <米国の捕鯨船は、>・・・日本周辺にも1820年代に到達し、・・・操業海域の拡大にあわせて捕鯨船は排水量300トン以上に大型化し、大型のカッターでクジラを追い込み、銛で捕獲し、船上に据えた炉と釜で皮などを煮て採油し、採油した油は船内で制作した樽に保存し、薪水を出先で補給しながら(このような事情が日米和親条約締結へのアメリカの最初の動機であった)、母港帰港まで最長4年以上の航海を続けるようになった。・・・メルヴィルの『白鯨』は、この時期の捕鯨を描いたものである。・・・カリフォルニア州沿岸のコククジラは激減し、マッコウクジラやセミクジラも大きく減少した。・・・」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8D%95%E9%AF%A8
という次第であり、米英と準アングロサクソンのオランダは、各種鯨の乱獲を行い、少なからぬ鯨種を絶滅近くに追い込むとともに、その過程で、米国は武力による威嚇の下で日本に開国までさせたわけです。
 ところが、「第二次世界大戦以降、鯨に対する人々の姿勢に文化的転換(shift)<が起こる。>
 捕鯨産業は、欧米<(注32)>の大衆文化の中で、鯨が、単に<殺すと>脂と髭<が得られる獣>から、何百万年も環境と調和しながら生きてきたところの、優しく平和的で高度に知的なベヒモス<(注33)>たる、深海における仏陀的な存在へと変容を遂げたことを受け止めるのに、今なお苦労している。」という有様です。
http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-zelko-japan-whaling-20130723,0,4733565.story
(7月23日アクセス)

 (注32)「伝統的文化を持ち食糧として捕鯨をしている国々には、ロシア、日本、ノルウェー、アイスランド、フェロー諸島(デンマーク自治領)、カナダなどが挙げられる。<米>国は、国内少数民族の先住民生存捕鯨は是認しているが商業捕鯨には反対しており、そのように国内に捕鯨推進派・捕鯨反対派の両者を抱える国も珍しくない。一方で捕鯨国のカナダは、国際捕鯨委員会を脱退している。捕鯨反対国には、商業鯨油目的の捕鯨を行っていた元捕鯨国の<豪州>・フランス・スペインなどのEU加盟諸国、ラテンアメリカ諸国(反捕鯨の立場を鮮明にしているアルゼンチンやブラジルなどが主導するかたちで、他のラテンアメリカ諸国も反捕鯨の立場で足並みをそろえている)、ほかニュージーランド、インド等が中心となって<いる。>」
 「欧米」と言っても、(ロシアやラテンアメリカは非欧米だとして、)少数ながら、カナダやノルウェー等は商業捕鯨を行っており、アングロサクソンの中も割れていることが分かる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8D%95%E9%AF%A8%E5%95%8F%E9%A1%8C
 (注33)「『旧約聖書』(『ヨブ記』『エノク書』)で、陸に住む巨大な怪物として記述されている。ゾウ、もしくはカバがモデルになったと考えられている。・・・神が天地創造の5日目に造りだした存在で、同じく神に造られ海に住むレヴィアタン(リヴァイアサン)と二頭一対を成すとされている。空に住むジズを合わせて三頭一対とされることもある。・・・世界の終末には、ベヒモスとレヴィアタンは四つに組んで死ぬまで戦わさせられ、残った体は終末を生き残った「選ばれし者」の食べ物となる。『ヨブ記』によれば、・・・性格は温厚なもので、全ての獣はベヒモスを慕ったという。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%92%E3%83%A2%E3%82%B9

 注意すべきは、世界覇権国たる米国は、あくまでも捕鯨反対なのであって、同国がアメリカ先住民による生存捕鯨を是認しているのは、私見では、アメリカ先住民差別の結果に過ぎません。
 彼らは、先住民を、鯨をも捕食の対象とするところの、(広義の鯨、すなわち鯨類に属する)シャチ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%81
に毛が生えた程度の存在と見ており、食物連鎖の一環として、そんな先住民が捕鯨をすることなど咎めだてしてもせんないことだと考えているだけである、ということです。(注34)

 (注34)「「インディアン強制移住法」の違法を<米>国最高裁が認め、「インディアン<(=アメリカ先住民)>は人間である」と判決文に添えたのは1879年になってようやくのことである」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E7%A8%AE%E5%B7%AE%E5%88%A5
ことを想起されたい。

 鯨に対する姿勢の上述のような大転換が欧米で起こったのは、キリスト教世界において、鯨、広くはイルカ等を含む鯨類全体が、単なる動物から、人間に準じる存在へと恣意的に格上げされた(注35)ためであり、この転換に関して中心的役割を果たしたのが、先進国としては世俗化が著しく遅れているところの、キリスト教世界の雄たる米国における、環境運動家等のリベラルであった、というのが私の仮説です。(どなたか、この私の仮説を検証していただけるとありがたい。)

 (注35)捕鯨問題に関する日本語ウィキペディア(前掲)は、その背景を十分説明していない。例えば、その背景として一番有力な、「クジラ知的生物論」に対して、「このような価値観が反捕鯨の世論の形成の根底にあると主張されることはあるが、国際捕鯨委員会(IWC)等公式の場でこの系統の主張がなされることは少ない」と片付けて済む話ではなかろう。

 もとより、鯨類が人間に準ずる存在であるかどうかなど、聖書には書いてありませんし、いかなるキリスト教宗派の教義でも説かれていません。
 だからこそ、キリスト教に内在する選民/差別の論理がストレートに働くことによって、このような、鯨類の動物差別階梯における格上げが突然なされうるのだ、と私は考えているのです。(注36)

 (注36)注32から分かるように、インドが捕鯨に反対していることは興味深く、その理由が欧米の影響なのか、ヒンズー教の影響なのか、等を知りたいところだ。
 そのインドは、最近、法律で、鯨類に属するイルカを「非人類の人間(non-human people)」と宣言した上で、イルカを飼う(=奴隷にする(太田))ことを禁じた。
http://www.latimes.com/news/opinion/editorials/la-ed-killer-whale-20130801,0,6263962.story
(8月4日アクセス)
 このインドに倣って、今後、米国や豪州で、鯨はもとより、シャチやイルカを含む鯨類全体が飼育禁止になり、それもまた、日本等に押し付けようとする動きが起こることすら、覚悟しておいた方がよいかもしれない。

(続く)