太田述正ブログは移転しました 。
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太田述正コラム#4114(2010.7.6)
<原爆論争(その5)>(まぐまぐに即日、誤って配信)(2010.11.12公開)
(3)ハセガワ他1名の北方領土問題に関する本に係る議論(2002年)
以下は、
Tsuyoshi Hasegawa(ツヨシ・ハセガワ=長谷川毅) 'The Northern Territories Dispute and Russo-Japanese Relations, 2 vols, Volume 1, Between War and Peace, 1696-1985, Volume 2, Neither War Nor Peace, 1985-1998. Berkeley, California: International and Area Studies Publication, University of California at Berkeley, 1998’
Hiroshi Kimura(木村汎)'Distant Neighbours, 2 vols, Volume 1, Japanese-Russian Relations under Brezhnev and Andropov, Volume 2, Japanese-Russian Relations under Gorbachev and Yeltsin'
をめぐる議論
http://www.h-net.org/~diplo/roundtables/#3.1
(7月4日アクセス。以下同じ)における、ハセガワによる反論部分からの抜粋です。
(木村汎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E6%9D%91%E6%B1%8E
による反論については、大変失礼ながら、世間話的な内容なので抜粋紹介はしないことにしました。
ちなみに、木村教授と私は、1981年だったかに伊豆で開かれた泊まり込みの国際シンポジウムでご一緒してから長らく年賀状を交換していた間柄であり、推理小説作家の故山村美紗は、彼の実姉です。
また、木村、ハセガワ両教授は、北海道大学スラブ研究センターで8年間にわたって机を並べた同僚でした。)
http://h-net.msu.edu/cgi-bin/logbrowse.pl?trx=vx&list=h-diplo&month=0204&week=d&msg=8yfefNtWZr7nG7vD1WCv9Q&user=&pw=
「・・・北方領土の返還以外に日本がロシアと友好関係を樹立することで得るものはほとんどないという、木村も同意しているように見える主張は、私に言わせれば、無責任で近視眼的だ。
北方領土紛争の解決を日本の外交政策の至上目標の1つに掲げ、それをロシアとの友好関係樹立の前提条件とすることは、馬の前に荷車をつけるようなものだ。
この領土紛争の解決の失敗の責任の割合について、木村は紛争の対象たる4島全部を返還せよとの日本の正当な要求をロシアが受け入れるのを拒否したことが交渉停滞の主要原因であるとするが、私は日本の方がこの問題の解決を妨げている責任がよりあると信じている。・・・
・・・歴史諸資料からすると、1855年の下田条約(注3)、1875年のサンクト・ペテルブルグ条約<(樺太・千島交換条約)(コラム#549)>、サンフランシスコ平和条約、そしてグロムイコ(Gromyko)−松本交換書簡(Gromyko-Matsumoto exchange of letters)(注4)に係る日本の公的解釈による日本の主張は、ヤルタ協定(注5)に基づくソ連による正当化と同じくらい説得力がない。・・・
(注3)日露和親条約。「本条約によって、千島列島の択捉島と得撫島の間に国境線が引かれた。樺太においては国境を設けず、これまでどおり両国民の混住の地とすると決められた。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%9C%B2%E5%92%8C%E8%A6%AA%E6%9D%A1%E7%B4%84 (太田)
(注4)松本俊一日本全権代表とグロムイコ・ソ連第1外務次官との間で1956年9月29日に交わされ、国交回復後も領土交渉を続けることで合意した。これによって、1956年10月19日の日ソ共同宣言による日ソ国交回復が可能となった。
http://www.mofa.go.jp/region/europe/russia/territory/edition92/preface.html
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Other/Topics/Gaiyou1/index.htm (太田)
(注5)1945年2月11日に米英ソ3カ国で合意。ソ連の参戦と千島列島のソ連への引き渡しが記述されている。
http://www.mofa.go.jp/region/europe/russia/territory/edition92/preface.html 上掲(太田)
木村がこの論点について議論を行うことを拒否していることは、日本の4島に対する主張は自明の真実であるとする彼の見解の信頼性を減ずるものだ。・・・
それでは、どうして、私は、木村同様、日本によるところの、4島が最終的には日本に返還されるべきであるとする主張の正しさを信じているのか。
私の立場は、紛争の対象となっている4島は、一貫して議論の余地なく、かつロシア/ソ連によって疑問を投げかけられることなく、1945年8月まで日本の領土であり続けた、というものだ。・・・
露日戦争の後のポーツマス交渉の間、ロシアの首席交渉者たるセルゲイ・ウィッテ(Sergei Witte)<外相>は、南樺太を戦利品として日本に割譲せよとの日本の主張に強硬に異議を唱え、敗北した国から勝者が領土の一部を切り取ることは、将来の二国関係を毒する嘆かわしい先例を樹立することになる、と主張した。・・・
北方領土紛争は、私に言わせれば、20世紀のアジアにおける日本の外交/軍事政策というより大きな文脈の中に位置づけられるべきなのだ。
何よりも、議論の対象たる諸島の喪失は、太平洋戦争の間に起こったということが想起されるべきだ。
当時、ソ連による行動は、米国、英国、及び支那の承認を得ていた。
ここに木村と私自身との大きな違いがある。
木村は露日関係を二カ国間の問題として切り離すが、私はそれを、より広い歴史的文脈の中に位置づける。
私の見解では、日本とロシアとの間の領土をめぐる紛争は、ロシアが自分のスターリン主義の遺産といかに折り合いをつけるかに関連しているのと同じくらい、いかに、そして果たして日本が自分の過去と取り組むことができるかに統合的につながっている。・・・
私が、紛争の対象となっている全4島が最終的に日本に返還されることが実現されるべきだと信じている理由は、勝者が他者の領土の一部を戦利品として要求するという過去のパターンに終止符を打ち、過去の種々の悲劇とは係累のない 全く新しい原理に立脚した新しいパートナーシップを打ち立てるためだ。・・・
この領土紛争が、ロシアは紛争の対象となっている全4島を返還せよとの日本の要求を受け入れることによってしか解決されない、との木村の見解に同意しつつ、ザゴルスキー(<Alexei >Zagorsky<。名古屋の南山大学教授
http://www.h-net.org/~diplo/roundtables/#3.1 上掲(太田)
>)は、私が提案する二段階解決法を非現実的であると批判する。
私は紛争の対象となっている諸島全ての返還が日本として正当化できる要求であると信じつつも、私は、ソ連とロシアがこの要求を受け入れる国内的な政治状況がこれまで存在したためしがないと信じているからだ。
更に言えば、近い将来にロシアの国内状況が、日本の要求を受け入れるというコンセンサスが出現する方向に劇的に変化することはありえない。・・・
日露双方が合意できる唯一の共通の土俵は、1956年の共同宣言だ。
だから、私は二段階解決法を擁護しているのだ。
1956年の共同宣言に明記されているところの、2島(歯舞と色丹)の返還、そして他の2島(国後と択捉)についての交渉の継続、そして、その基礎の上に立った平和友好条約の締結を。・・・」
http://h-net.msu.edu/cgi-bin/logbrowse.pl?trx=vx&list=h-diplo&month=0204&week=d&msg=1XOo%2b6JjjA0AORotc9WWvQ&user=&pw=
(同上)
→私は、日本の国後・択捉返還要求には根拠がないと考えていること(コラム#549)はご承知の方が多いと思います。
ハセガワが国後・択捉日本の固有の領土論を唱えるとは、いささかがっかりですねえ。
そもそも、固有の領土論なるもの自体がナンセンスであることはさておき、仮に戦争の結果による領土の変更は行うべきではないとのハセガワの主張に乗ったとしても、先の大戦の結果の領土変更を彼はことごとく無効にせよとでもいうのでしょうか。
例えば、ロシアは、(ロシア人が住んでいたことのない)カリーニングラードをドイツに返還せよと言うのでしょうか。
また、ひょっとして、例えば、(ポーランド人がかつて住んでいたことはあるけれど)ポメラニアとシュレジアについても、ポーランドはドイツに返還せよと言うのでしょうか。
恐らくそんなことまでハセガワは考えていないのではないでしょうか。
となると、領土問題は「より広い・・・文脈の中に位置づけ」なければならない、とハセガワが自分で言ってた話、舌を噛んじゃいますよね。
この点でもハセガワにはいささかがっかりさせられました。
もちろん、ハセガワの二段階解決法は、政治的にはそれなりに妥当であるとは思います。
そういうことにでもしなければ、日本の国内が治まらないでしょうからね。
もっとも、ロシア側が二段階解決法を飲むかどうかは、私には疑問ですが・・。(太田)
(続く)
<原爆論争(その5)>(まぐまぐに即日、誤って配信)(2010.11.12公開)
(3)ハセガワ他1名の北方領土問題に関する本に係る議論(2002年)
以下は、
Tsuyoshi Hasegawa(ツヨシ・ハセガワ=長谷川毅) 'The Northern Territories Dispute and Russo-Japanese Relations, 2 vols, Volume 1, Between War and Peace, 1696-1985, Volume 2, Neither War Nor Peace, 1985-1998. Berkeley, California: International and Area Studies Publication, University of California at Berkeley, 1998’
Hiroshi Kimura(木村汎)'Distant Neighbours, 2 vols, Volume 1, Japanese-Russian Relations under Brezhnev and Andropov, Volume 2, Japanese-Russian Relations under Gorbachev and Yeltsin'
をめぐる議論
http://www.h-net.org/~diplo/roundtables/#3.1
(7月4日アクセス。以下同じ)における、ハセガワによる反論部分からの抜粋です。
(木村汎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E6%9D%91%E6%B1%8E
による反論については、大変失礼ながら、世間話的な内容なので抜粋紹介はしないことにしました。
ちなみに、木村教授と私は、1981年だったかに伊豆で開かれた泊まり込みの国際シンポジウムでご一緒してから長らく年賀状を交換していた間柄であり、推理小説作家の故山村美紗は、彼の実姉です。
また、木村、ハセガワ両教授は、北海道大学スラブ研究センターで8年間にわたって机を並べた同僚でした。)
http://h-net.msu.edu/cgi-bin/logbrowse.pl?trx=vx&list=h-diplo&month=0204&week=d&msg=8yfefNtWZr7nG7vD1WCv9Q&user=&pw=
「・・・北方領土の返還以外に日本がロシアと友好関係を樹立することで得るものはほとんどないという、木村も同意しているように見える主張は、私に言わせれば、無責任で近視眼的だ。
北方領土紛争の解決を日本の外交政策の至上目標の1つに掲げ、それをロシアとの友好関係樹立の前提条件とすることは、馬の前に荷車をつけるようなものだ。
この領土紛争の解決の失敗の責任の割合について、木村は紛争の対象たる4島全部を返還せよとの日本の正当な要求をロシアが受け入れるのを拒否したことが交渉停滞の主要原因であるとするが、私は日本の方がこの問題の解決を妨げている責任がよりあると信じている。・・・
・・・歴史諸資料からすると、1855年の下田条約(注3)、1875年のサンクト・ペテルブルグ条約<(樺太・千島交換条約)(コラム#549)>、サンフランシスコ平和条約、そしてグロムイコ(Gromyko)−松本交換書簡(Gromyko-Matsumoto exchange of letters)(注4)に係る日本の公的解釈による日本の主張は、ヤルタ協定(注5)に基づくソ連による正当化と同じくらい説得力がない。・・・
(注3)日露和親条約。「本条約によって、千島列島の択捉島と得撫島の間に国境線が引かれた。樺太においては国境を設けず、これまでどおり両国民の混住の地とすると決められた。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%9C%B2%E5%92%8C%E8%A6%AA%E6%9D%A1%E7%B4%84 (太田)
(注4)松本俊一日本全権代表とグロムイコ・ソ連第1外務次官との間で1956年9月29日に交わされ、国交回復後も領土交渉を続けることで合意した。これによって、1956年10月19日の日ソ共同宣言による日ソ国交回復が可能となった。
http://www.mofa.go.jp/region/europe/russia/territory/edition92/preface.html
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Other/Topics/Gaiyou1/index.htm (太田)
(注5)1945年2月11日に米英ソ3カ国で合意。ソ連の参戦と千島列島のソ連への引き渡しが記述されている。
http://www.mofa.go.jp/region/europe/russia/territory/edition92/preface.html 上掲(太田)
木村がこの論点について議論を行うことを拒否していることは、日本の4島に対する主張は自明の真実であるとする彼の見解の信頼性を減ずるものだ。・・・
それでは、どうして、私は、木村同様、日本によるところの、4島が最終的には日本に返還されるべきであるとする主張の正しさを信じているのか。
私の立場は、紛争の対象となっている4島は、一貫して議論の余地なく、かつロシア/ソ連によって疑問を投げかけられることなく、1945年8月まで日本の領土であり続けた、というものだ。・・・
露日戦争の後のポーツマス交渉の間、ロシアの首席交渉者たるセルゲイ・ウィッテ(Sergei Witte)<外相>は、南樺太を戦利品として日本に割譲せよとの日本の主張に強硬に異議を唱え、敗北した国から勝者が領土の一部を切り取ることは、将来の二国関係を毒する嘆かわしい先例を樹立することになる、と主張した。・・・
北方領土紛争は、私に言わせれば、20世紀のアジアにおける日本の外交/軍事政策というより大きな文脈の中に位置づけられるべきなのだ。
何よりも、議論の対象たる諸島の喪失は、太平洋戦争の間に起こったということが想起されるべきだ。
当時、ソ連による行動は、米国、英国、及び支那の承認を得ていた。
ここに木村と私自身との大きな違いがある。
木村は露日関係を二カ国間の問題として切り離すが、私はそれを、より広い歴史的文脈の中に位置づける。
私の見解では、日本とロシアとの間の領土をめぐる紛争は、ロシアが自分のスターリン主義の遺産といかに折り合いをつけるかに関連しているのと同じくらい、いかに、そして果たして日本が自分の過去と取り組むことができるかに統合的につながっている。・・・
私が、紛争の対象となっている全4島が最終的に日本に返還されることが実現されるべきだと信じている理由は、勝者が他者の領土の一部を戦利品として要求するという過去のパターンに終止符を打ち、過去の種々の悲劇とは係累のない 全く新しい原理に立脚した新しいパートナーシップを打ち立てるためだ。・・・
この領土紛争が、ロシアは紛争の対象となっている全4島を返還せよとの日本の要求を受け入れることによってしか解決されない、との木村の見解に同意しつつ、ザゴルスキー(<Alexei >Zagorsky<。名古屋の南山大学教授
http://www.h-net.org/~diplo/roundtables/#3.1 上掲(太田)
>)は、私が提案する二段階解決法を非現実的であると批判する。
私は紛争の対象となっている諸島全ての返還が日本として正当化できる要求であると信じつつも、私は、ソ連とロシアがこの要求を受け入れる国内的な政治状況がこれまで存在したためしがないと信じているからだ。
更に言えば、近い将来にロシアの国内状況が、日本の要求を受け入れるというコンセンサスが出現する方向に劇的に変化することはありえない。・・・
日露双方が合意できる唯一の共通の土俵は、1956年の共同宣言だ。
だから、私は二段階解決法を擁護しているのだ。
1956年の共同宣言に明記されているところの、2島(歯舞と色丹)の返還、そして他の2島(国後と択捉)についての交渉の継続、そして、その基礎の上に立った平和友好条約の締結を。・・・」
http://h-net.msu.edu/cgi-bin/logbrowse.pl?trx=vx&list=h-diplo&month=0204&week=d&msg=1XOo%2b6JjjA0AORotc9WWvQ&user=&pw=
(同上)
→私は、日本の国後・択捉返還要求には根拠がないと考えていること(コラム#549)はご承知の方が多いと思います。
ハセガワが国後・択捉日本の固有の領土論を唱えるとは、いささかがっかりですねえ。
そもそも、固有の領土論なるもの自体がナンセンスであることはさておき、仮に戦争の結果による領土の変更は行うべきではないとのハセガワの主張に乗ったとしても、先の大戦の結果の領土変更を彼はことごとく無効にせよとでもいうのでしょうか。
例えば、ロシアは、(ロシア人が住んでいたことのない)カリーニングラードをドイツに返還せよと言うのでしょうか。
また、ひょっとして、例えば、(ポーランド人がかつて住んでいたことはあるけれど)ポメラニアとシュレジアについても、ポーランドはドイツに返還せよと言うのでしょうか。
恐らくそんなことまでハセガワは考えていないのではないでしょうか。
となると、領土問題は「より広い・・・文脈の中に位置づけ」なければならない、とハセガワが自分で言ってた話、舌を噛んじゃいますよね。
この点でもハセガワにはいささかがっかりさせられました。
もちろん、ハセガワの二段階解決法は、政治的にはそれなりに妥当であるとは思います。
そういうことにでもしなければ、日本の国内が治まらないでしょうからね。
もっとも、ロシア側が二段階解決法を飲むかどうかは、私には疑問ですが・・。(太田)
(続く)
太田述正ブログは移転しました 。
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