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太田述正コラム#4192(2010.8.14)
<映画評論7:レッド・クリフ(その2)>(2010.9.14公開)
3 どうして荒唐無稽なのか
(1)三国志演義をベースにしている
陳寿(233年〜297年)が書いた歴史書である『三国志』は、魏が蜀を滅ぼした後、魏から禅譲を受けるという形で司馬炎が265年に建国した晋(西晋)によって、魏が正統であるとされたこともあって魏を正統としていますが、後世になると、朱子学の影響から、漢の皇室の血筋である劉備が建てた蜀(蜀漢)を正統とする考え方が次第に有力となり、明代に羅貫中(異説があるが、一応そういうことにしておく(太田))によって書かれた通俗歴史小説である『三国志演義』・・作者について定説はない・・もこのような史観に則っています。
E:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9B%BD%E5%BF%97_(%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E6%9B%B8)
『三国志演義』では、劉備の善良なイメージを損なうような話も出てきますが、何と言っても、曹操陣営の姦計・悪事が目に付きます。
後者については、必ずしも作者の創作ではなく、魏晋南北朝時代に書かれた『三国志』や『後漢書』等に書かれているものを踏まえているのですが、同じ事柄について諸説ある場合は、曹操について悪く書かれている方の説を多く採用する、というやり方です。(B)
このように、いわば歴史を歪曲している『三国志演義』をベースにしている『レッド・クリフ』が荒唐無稽になるのは当たり前でしょう。
つまり、『三国志演義』をよく知っている中共や日本の観客に見せるのですから、例えば、曹操と劉備を「対等」に「是々非々」で描くといったことをする自由は、制作者にはなかった、ということです。
(2)京劇の「三国志演義」を念頭に置いている
「三国志演義」は京劇で十八番中の十八番です。
F:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E5%8A%87
日本人も無視はできない・・だからこそ、準主役級に金城武と中村獅童と2人も日本人俳優をあてている・・けれど、この映画の最大のターゲットは中共の人々であり、その多くが京劇でこの出し物を直接鑑賞したり、そのTV中継・録画を鑑賞したりしているはずです。
私自身は、たまたま「三国志演義」は見てないのですが、京劇は、何度か、(北京で)直接あるいはTVで見ており、若干の知識を持っていて、雰囲気も一応分かります。
「京劇(Beijing opera)・・・は、伝統的な支那の劇の一形態であり、音楽・発声・所作・踊り・曲芸を複合させたものだ。
出現したのは18世紀末(注5)であり、完全に発展し認知されるに至ったのは19世紀半ばだ。・・・
(注5)しばしば比較される日本の歌舞伎は、出現したのが17世紀初めで完全に発展し認知されるに至ったのが17世紀末
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E8%88%9E%E4%BC%8E
だから、京劇より古い。(太田)
京劇は、もともとは宮廷で演じられ、それが後に一般観客の前で演じられるようになった。・・・
その特徴は舞台が簡素なこと(注6)であり、手の込んだ色鮮やかな衣装をまとって俳優達がもっぱら鑑賞の焦点となる。
(注6)この点も、書き割りや大道具、花道・セリ・宙乗りを駆使する歌舞伎(ウィキペディア上掲)との相違点だ。(太田)
彼等は、滑舌・歌・踊り・戦闘の技を、現実的というよりは象徴的かつ示唆的な動きの中で活用する。
俳優達の技は、何よりも、その動きが美しいかどうかで評価される。・・・
京劇は、当初は男優だけで演じられた。
乾隆帝は1772年に、北京において女優を禁じた。
非公式に女性が舞台に立ち現れるようになったのは1870年代中だった。
女優達は、男の役も演じるようになり、男優との平等性を唱えた。(注7)・・・」
http://en.wikipedia.org/wiki/Beijing_opera
(注7)この点も、今でも女優を解禁していない歌舞伎(ウィキペディア上掲)と異なる。(太田)
さて、京劇においては、俳優は、主に4つの役柄群のうちの一つを割り当てられ、それぞれの分野の具体的役柄を演じます。
これらと『レッドクリフ』の登場人物とを照合させてみましょう。
第一の役柄群は生(Sheng)であり、これは主に男性の役です。
その主な役柄と『レッドクリフ』の登場人物との照合は次のとおりです。
老生:善良な中高年の男性。『レッドクリフ』の場合、さしずめ劉備がそうでしょうか。
武生:基本的に、セリフは少なく、アクション(立ち回り)を専門とする男性。『レッドクリフ』の場合、さしずめ中村獅童が演じた甘興(「三国志演義」の甘寧をモデルとする)がそうでしょうか。
小生:若い色男。『レッドクリフ』の場合、さしずめ金城武が演じた諸葛亮がそうでしょうか。
長靠武生:鎧をかぶり、背には旗(軍隊を表す)を挿し、激しい立ち回りを演じる。『レッドクリフ』の場合、さしずめ孫権の武将の周瑜や劉備の武将の趙雲がそうでしょうか。
娃娃生:いわゆる子役。 『レッドクリフ』の場合、さしずめ劉備と側室との間の男児の阿斗、後の蜀の第2代皇帝・劉禅、がそうでしょうか。
紅生:「三国志演義」の関羽が典型例だそうです。
第二の役柄群は旦(Dan)であり、女性の役です。
その主な役柄と『レッドクリフ』の登場人物との照合は次のとおりです。
老旦:老女。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、劉備の妻の麋夫人がそうでしょうか。
青衣:しとやかな女性。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、呉の周瑜の妻の小喬や曹操の側室で映画オリジナルの人物たる驪姫がそうでしょうか。
花旦:溌剌とした若い女性。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、小喬のお付の女性で映画のオリジナル人物たる田田がそうでしょうか。
武旦:立ち回りを専門とする女性。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、呉の初代皇帝・孫権の妹で後に劉備の妻となる孫尚香がそうでしょうか。
第三の役柄群は浄(Jing)であり、主に、凶暴で暴れん坊な性格の男性の役です。
その主な役柄と『レッドクリフ』の登場人物との照合は次のとおりです。
正浄:豪傑な性格の男性の役。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、孫権がそうでしょうか。
副浄:地位が高く、性格が凶暴な男性の役。「三国志演義」の曹操や張飛が典型例だそうです。
三?瓦:地位は低いが、それなりの武術の使い手の男性の役。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、曹操軍の兵士の映画オリジナルの人物たる満トン(トンは口のなかに屯)がそうでしょうか。
第四の役柄群は丑(Chou)です。道化役です。
その役柄と『レッドクリフ』の登場人物との照合は次のとおりです。
文丑:歌や踊りがメイン。 『レッドクリフ』の場合、さしずめ、孫権の武将の魯粛や曹操の参謀の蒋幹がそうでしょうか。
武丑:戦いがメイン。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、孫尚香の親友で映画オリジナルの人物たる孫叔財がそうでしょうか。
彩丑:主に、年老いた女性の役。 これだけは、?です。
(以上、役柄群及び役柄は(F)、『レッドクリフ』での登場人物は
G:http://www.chugen.net/redcliff/index.html
による。)
(続く)
<映画評論7:レッド・クリフ(その2)>(2010.9.14公開)
3 どうして荒唐無稽なのか
(1)三国志演義をベースにしている
陳寿(233年〜297年)が書いた歴史書である『三国志』は、魏が蜀を滅ぼした後、魏から禅譲を受けるという形で司馬炎が265年に建国した晋(西晋)によって、魏が正統であるとされたこともあって魏を正統としていますが、後世になると、朱子学の影響から、漢の皇室の血筋である劉備が建てた蜀(蜀漢)を正統とする考え方が次第に有力となり、明代に羅貫中(異説があるが、一応そういうことにしておく(太田))によって書かれた通俗歴史小説である『三国志演義』・・作者について定説はない・・もこのような史観に則っています。
E:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9B%BD%E5%BF%97_(%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E6%9B%B8)
『三国志演義』では、劉備の善良なイメージを損なうような話も出てきますが、何と言っても、曹操陣営の姦計・悪事が目に付きます。
後者については、必ずしも作者の創作ではなく、魏晋南北朝時代に書かれた『三国志』や『後漢書』等に書かれているものを踏まえているのですが、同じ事柄について諸説ある場合は、曹操について悪く書かれている方の説を多く採用する、というやり方です。(B)
このように、いわば歴史を歪曲している『三国志演義』をベースにしている『レッド・クリフ』が荒唐無稽になるのは当たり前でしょう。
つまり、『三国志演義』をよく知っている中共や日本の観客に見せるのですから、例えば、曹操と劉備を「対等」に「是々非々」で描くといったことをする自由は、制作者にはなかった、ということです。
(2)京劇の「三国志演義」を念頭に置いている
「三国志演義」は京劇で十八番中の十八番です。
F:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E5%8A%87
日本人も無視はできない・・だからこそ、準主役級に金城武と中村獅童と2人も日本人俳優をあてている・・けれど、この映画の最大のターゲットは中共の人々であり、その多くが京劇でこの出し物を直接鑑賞したり、そのTV中継・録画を鑑賞したりしているはずです。
私自身は、たまたま「三国志演義」は見てないのですが、京劇は、何度か、(北京で)直接あるいはTVで見ており、若干の知識を持っていて、雰囲気も一応分かります。
「京劇(Beijing opera)・・・は、伝統的な支那の劇の一形態であり、音楽・発声・所作・踊り・曲芸を複合させたものだ。
出現したのは18世紀末(注5)であり、完全に発展し認知されるに至ったのは19世紀半ばだ。・・・
(注5)しばしば比較される日本の歌舞伎は、出現したのが17世紀初めで完全に発展し認知されるに至ったのが17世紀末
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E8%88%9E%E4%BC%8E
だから、京劇より古い。(太田)
京劇は、もともとは宮廷で演じられ、それが後に一般観客の前で演じられるようになった。・・・
その特徴は舞台が簡素なこと(注6)であり、手の込んだ色鮮やかな衣装をまとって俳優達がもっぱら鑑賞の焦点となる。
(注6)この点も、書き割りや大道具、花道・セリ・宙乗りを駆使する歌舞伎(ウィキペディア上掲)との相違点だ。(太田)
彼等は、滑舌・歌・踊り・戦闘の技を、現実的というよりは象徴的かつ示唆的な動きの中で活用する。
俳優達の技は、何よりも、その動きが美しいかどうかで評価される。・・・
京劇は、当初は男優だけで演じられた。
乾隆帝は1772年に、北京において女優を禁じた。
非公式に女性が舞台に立ち現れるようになったのは1870年代中だった。
女優達は、男の役も演じるようになり、男優との平等性を唱えた。(注7)・・・」
http://en.wikipedia.org/wiki/Beijing_opera
(注7)この点も、今でも女優を解禁していない歌舞伎(ウィキペディア上掲)と異なる。(太田)
さて、京劇においては、俳優は、主に4つの役柄群のうちの一つを割り当てられ、それぞれの分野の具体的役柄を演じます。
これらと『レッドクリフ』の登場人物とを照合させてみましょう。
第一の役柄群は生(Sheng)であり、これは主に男性の役です。
その主な役柄と『レッドクリフ』の登場人物との照合は次のとおりです。
老生:善良な中高年の男性。『レッドクリフ』の場合、さしずめ劉備がそうでしょうか。
武生:基本的に、セリフは少なく、アクション(立ち回り)を専門とする男性。『レッドクリフ』の場合、さしずめ中村獅童が演じた甘興(「三国志演義」の甘寧をモデルとする)がそうでしょうか。
小生:若い色男。『レッドクリフ』の場合、さしずめ金城武が演じた諸葛亮がそうでしょうか。
長靠武生:鎧をかぶり、背には旗(軍隊を表す)を挿し、激しい立ち回りを演じる。『レッドクリフ』の場合、さしずめ孫権の武将の周瑜や劉備の武将の趙雲がそうでしょうか。
娃娃生:いわゆる子役。 『レッドクリフ』の場合、さしずめ劉備と側室との間の男児の阿斗、後の蜀の第2代皇帝・劉禅、がそうでしょうか。
紅生:「三国志演義」の関羽が典型例だそうです。
第二の役柄群は旦(Dan)であり、女性の役です。
その主な役柄と『レッドクリフ』の登場人物との照合は次のとおりです。
老旦:老女。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、劉備の妻の麋夫人がそうでしょうか。
青衣:しとやかな女性。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、呉の周瑜の妻の小喬や曹操の側室で映画オリジナルの人物たる驪姫がそうでしょうか。
花旦:溌剌とした若い女性。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、小喬のお付の女性で映画のオリジナル人物たる田田がそうでしょうか。
武旦:立ち回りを専門とする女性。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、呉の初代皇帝・孫権の妹で後に劉備の妻となる孫尚香がそうでしょうか。
第三の役柄群は浄(Jing)であり、主に、凶暴で暴れん坊な性格の男性の役です。
その主な役柄と『レッドクリフ』の登場人物との照合は次のとおりです。
正浄:豪傑な性格の男性の役。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、孫権がそうでしょうか。
副浄:地位が高く、性格が凶暴な男性の役。「三国志演義」の曹操や張飛が典型例だそうです。
三?瓦:地位は低いが、それなりの武術の使い手の男性の役。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、曹操軍の兵士の映画オリジナルの人物たる満トン(トンは口のなかに屯)がそうでしょうか。
第四の役柄群は丑(Chou)です。道化役です。
その役柄と『レッドクリフ』の登場人物との照合は次のとおりです。
文丑:歌や踊りがメイン。 『レッドクリフ』の場合、さしずめ、孫権の武将の魯粛や曹操の参謀の蒋幹がそうでしょうか。
武丑:戦いがメイン。『レッドクリフ』の場合、さしずめ、孫尚香の親友で映画オリジナルの人物たる孫叔財がそうでしょうか。
彩丑:主に、年老いた女性の役。 これだけは、?です。
(以上、役柄群及び役柄は(F)、『レッドクリフ』での登場人物は
G:http://www.chugen.net/redcliff/index.html
による。)
(続く)
太田述正ブログは移転しました 。
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