太田述正コラム#4239(2010.9.7)
<皆さんとディスカッション(続x947)>

<太田>(ツイッターより)

 (コラム#4237に関し)要するに、私の次著は、MSさんの表現を借りれば、「実態としては太田史観の本に「も」なるわけですが、太田史観の歴史書というよりは、戦前の安全保障政策の解説書といった感じに」になったわけです。
 おのおの方、よろしいな。

<roma_sakamoto>(同上)

内容に関しては了解ですが、横書きにしてもらえると嬉しいです。
 最近、ネットのせいかその方が読みやすいので。電子書籍化にも対応できますしね。
 ま、それは別にいいにしても、タイトルと表紙だけは皆の気をひくようにあざといものにして欲しいな。
 絶対にしないでしょうが。

<Chase>

<次著の新しい目次は、>論理的な詰めが先鋭化して、目次だけでも 相当なレベル(と思われる)に達していることに驚きます。
<これで>よろしいのではないでしょうか(としか私には言えません)。

一点、コラム積み上げベースの視点からいいますと、「張鼓峰/ノモンハン事件」シリーズ(1〜5)は、極めて最近のまとまったものとしてあり、これを落とすのは勿体ないと思いますので、たとえば、4.5あたりに入れ込むことはどうでしょうか?
私自身、張鼓峰/ノモンハン事件の長期的なスパンでの意味合いは太田コラムを読むまで、認識していませんでした。

<太田>

 そう言えば、活かさないのはもったいないですね。
 内蒙工作と一緒のところに入れ込むのが筋だけど、そうするとその部分が長くなりすぎるかしら。
 MSさん、考えて下さい。

<MS>

 「張鼓峰/ノモンハン事件」シリーズ(1〜5)は2章に入れましょう。
 ざっとシリーズを眺めてみましたが、後ろ方の章で述べる予定のことと被っている部分が多いので、シリーズを短く編集でき(する必要があり)そうです。

<US>

 <新しい目次、>これでよいです。

 ところで、原爆はどの章に含めますか?

 前回案の7章にあることに対し違和感を持ったままなのですが、今回案もさて、どこの章でこの非人道的行いを糾弾すべきかと悩んでしまいました。
 原爆投下は、米国型帝国主義から実施されたものではなく、米国の人種差別感情に基づき落とすことに何の罪の意識もなく安易に実施されたものというのが太田コラムで何度か紹介された論調であったと思います。
 新5章は、帝国主義比較ですから、ちょっと人種差別のことを書くには場違いのように思うし、新7章の愚行のひとつと言えばひとつですが、新7章は、新5章でいうところの日本の戦略を実現するアプローチをじゃましたことこそを、愚行と糾弾するわけですので、対ロ政策を協業して行うべき日本に対し、戦争をしかけた米国の行為を、タイガーの話とか並べてつらつらと述べるのが中心となると思っており、やはり、新7章にも原爆の居場所はないなぁという気がしてしまいます。

 ロジックとして、米国はそもそも人種差別国家であった、よって、その米国の帝国主義もとても人種差別的だったということで、やはり新5章ですかね。
 底辺に差別意識を持った、上から目線の人道主義から、フィリピン経営等に口(手も)だしたっていう流れと同列に、原爆の話もまとめるしかないでしょうか。

 原爆は愚行、悪行の最たるものですが、事象としては、単品の事象であるため、ルーズベルトの話やフィリピンの話と同列に並べられるかなぁと気にしています。

 とりあえず、5章にしておいて、後でまた考えればよいってことにしましょうか。

<MS>

 ・・・原爆は7章で良いと思いますよ。

 一連の米国の行為は人種差別主義的帝国主義に基づいた愚行だったわけで、それを凝縮した行為が原爆投下だとおもいます。両者とも、合理的計算なしの、幻想(人種的使命感)に基づいて行った行為なわけですから。

 従って第7章の結論は、もう少し詳しく言うと、「米国が、人種的優越感という幻想に基づいて、日本のアプローチを邪魔するという愚行を行ったこと」ということです。

 この「...」に基づいてということを、原爆の記述を通して強調しましょう。
 そうすれば、一連の米国の行為が幻想だったから、結局戦後日本の戦略を引き継がざる得なかったということを第九章でいうことができる。

 第5章でも同じことは言えますが、第5章は日本以外に対する米国の愚行からみた人種的帝国主義の説明にとどめておきましょう。第9章につなげることを考えても、やはり第7章に置いておいた方がよいと思います。

 今決める必要はないですが、7章のタイトルは、闖入者よりももう少し厳しい名前にした方がいいかもしれませんね。

<鯨馬>

 太田述正コラム#4237(2010.9.6)にてFat Tailさんが、

≫恣意的な財政政策は特定業界/企業に人的・物的な経済資源を偏重させ、業界を超えた経済資源の再配分を阻害し、日本経済の復活にとって最大の障害である低いTFPの改善をもたらさない**→**そのものズバリの論考に目を通したことがあると記憶しているのだが、手元に見当たらない。≪

とおっしゃっていましたが、UCSDの星先生の「ゾンビ」説ではないでしょうか。Hoshi Zombiでいろいろヒットします。

<太田>

 クルーグマンは、Fat Tailさんのいうところの、最近の米国での通説に真っ向から逆らう主張を、ニューディール期についても現在についても繰り返してますねえ。↓
http://www.nytimes.com/2010/09/06/opinion/06krugman.html?ref=opinion&pagewanted=print

 そう言えば、「乗数」って何ですかって聞いてきた読者がおられましたが、基本的にはご自分でウィキペディア等にあたって下さいね。
 特別サービスで、前回のFat Tail投稿に「ソブリン債」に係る注を付けたところ、更にもう一つ、「TFP(Total Factor Productivity、全要素生産性)」に係る注を付け加えておきます。↓

 「通常、大規模な技術革新が起こらない場合、労働生産性と資本生産性は逆の動きをする<が、>・・・<こ>の二つの生産性を含めて、全投入要素1単位に対してどれだけ価値が生めたかを指す<のが>全要素生産性<だ>。通常は緩やかな上昇基調であるが、技術革新の際に高い上昇を見せる。交通革命やIT革命などが、その革新に該当する」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E7%94%A3%E6%80%A7

<roma_sakamoto>(ツイッターより)

アゴラにて絶版本の電子書籍化の要望受付をしておりますので『防衛庁再生宣言』をどうでしょうか。
 あまり自身の売り込みに興味がないようですが、この件はファンサービスにもなるのでやってもいいのでは。
 内容的に古いから、もう読まれたくないというなら話は別ですが。
 <ちなみに、>著者には売り上げの50%がはいるようです。

<太田>

 ご示唆感謝します。
 訂正箇所があることや、元々の出版社(日本評論社)と話をしなければならないのが面倒ですね。
 承っておきます。

<roma_sakamoto>(ツイッターより)

 ・・・太田さんの主張はシンプルなのですが、その主張を裏付ける典拠についての解説が難しいです。
 が、最近なんとかやっと面白くなってきました。

<太田>

 主張はシンプルだけど、その説明の仕方が不必要にむつかしいってことですか?
 スンマシェンねー。


 それでは、その他の記事の紹介です。

 日本は閉塞状況じゃー。↓

 ・・・average annual salaries for Japanese workers in their early 20s fell to ?2.48 million in 2008, the latest year for which figures are available, from ?2.83 million in 1997. At the current exchange rate, that is a decrease to $29,470 from $33,635. ・・・
 ・・・almost 17 percent of workers 20 to 50 years old had some form of side job. ・・・
http://www.nytimes.com/2010/09/07/business/global/07iht-jobs.html?ref=world&pagewanted=print
--------------------------------------------------------------

太田述正コラム#4240(2010.9.7)
<アナーキズム(その2)>

→非公開

太田述正ブログは移転しました 。
www.ohtan.net
www.ohtan.net/blog/