太田述正コラム#3682(2009.12.2)
<政治的宗教について(その3)>(2010.4.10公開)

 「道徳的進歩という信条は、常にキリスト教の一部をなしていたが、宗教改革までは眠り続けていた。」(PP22)

 「世界がやがて終末を迎えるという観念と世界が良い状況へと動いているという観念は正反対(antithetical)のように見える。
 世界が近い将来に破壊されるというのに、どうして世界をより良くしようと努力するのか、ということだ。
 しかし、どちらの史観の表現も、欧米の一神論によって形成された諸文化の外にはほとんど見られないものだ。」(PP22)

 「プロテスタントの牧師のトマス・ミュンツァー(Thomas Muntzer<。1488?〜1525。再洗礼派の神学者
http://en.wikipedia.org/wiki/Thomas_M%C3%BCntzer (太田)
>)<は、>彼等の諸要求がすぐそこに来ている新しい世界においてすべて達成されると信じた・・・。
 しかし、実際には、彼が率いた農民叛乱(Peasants' Revolt<=Peasants' War。1524〜25年>)は粉砕され、ミュンツァーと10万人前後の人々がその過程で殺された。」(PP22)

 「18世紀末期の、メソジスト(Methodism)<(コラム#3620)>のような宗教運動<も>、多くの至福千年信奉主義的諸様相を示した。」(PP24)

→欧州における善悪二元論的世界観には、善が最終的には勝利を収めるとするゾロアスター教の系譜と、このゾロアスター教の強い影響の下に生まれたところの、善悪のせめぎあいが永久に続くとするマニ教の系譜とがあるところ、前者は、キリスト教における至福千年信奉主義、再洗礼派、メソジスト等を経て近代以降の政治的宗教へと欧州文明の本流となったのに対し、後者は、グノーシス派やキリスト教の異端たるカタリ派等を経て、欧州文明の伏流となった、ということです。(太田)

 「米国の学者のカール・ベッカー(Carl Becker)は、どれほどキリスト教が啓蒙主義を形作ったかを、啓蒙主義者達が直面した問題を描写することで示した。
 「キリスト教哲学を打ち負かすためには、哲学者達は一定の共通の諸先入観(preconception)のレベルで相まみえなければならなかった。・・・人生は大いなるドラマである<とするキリスト教の考え方を>認めることで、初めて哲学者達は、キリスト教版のドラマは間違っていて有害であると主張することができた。そして彼等は、キリスト教版を置き換えるべく、それを鋳造し直し最新のものにすることに最大の希望を寄せた」と。」(PP25)

 「黙示録志向を回避することは不可能であることが分かった。・・・啓蒙主義の哲学者達は、悪の問題を創り出したが、それは、キリスト教神学者達が直面した時と同様、解くことが不可能だった。・・・啓蒙主義の思想家達は、光と闇の間の戦いという史観へと退行して行かざるをえなかったのだ。」(PP25)

 「近代の政治的諸宗教はキリスト教を否定するかもしれないが、それらは悪魔論(demonology)抜きではやっていけなかった。
 ジャコバン派もボルシェヴィキもナチスも、すべてが、今日の過激なイスラム主義者達同様、巨大な諸陰謀が彼等に対して行われていると信じた。
 人間の本性の諸欠陥がユートピアへの道に立ちはだかっているはずがない。
 それは、悪しき諸力の作用なのだ。
 究極的には、これらの闇の諸力は失敗するが、それは、あらゆる種類の非道な武器(device)でもって人間の前進を阻害しようと試みた後においてのみなのだ。
 これは、古典的な至福千年信奉主義症候群であり、かかる形において、この症候群は、近代の政治を形作った。
 すなわち、至福千年信奉主義とユートピア的な考え方は一つであり同じものなのだ。」(PP25〜26)

→啓蒙主義は、神抜きのキリスト教である、という私の指摘(コラム#3669)の意味、お分かりいただけたでしょうか。(太田)

 「至福千年信奉主義者達は、教会権力を覆すために暴力を用いる用意はあったが、そのうちの誰一人として、暴力が至福千年をもたらすことができると想像した者はいなかった。それができるのは神だけだった。
 人間が始めた恐怖政治が新しい世界を創造できると信じたのは、ジャコバン派が初めてだ。」(PP26)

 「この暴力信仰は後の革命的諸潮流へと注ぎ込まれた。
 創造的破壊の諸幻想の催眠術をかけられた、ネチャーエフ(<Sergey Gennadiyevich >Nechayev<。1847〜82年。ロシアの革命的無政府主義者でニヒリスト運動の担い手の一人
http://en.wikipedia.org/wiki/Sergey_Nechayev (太田)
>)やバクーニン(Bakunin)<(コラム#2264、2267、2270、3280)>といった19世紀の無政府主義者達、レーニンやトロツキーのボルシェヴィキ達、フランツ・ファノン(Frantz Fanon<。1925〜61年。マルティニク島出身の哲学者・革命家
http://en.wikipedia.org/wiki/Frantz_Fanon (太田)
>)のような反植民地思想家達、毛沢東やポルポトのような諸体制、ギャングのバーダー・マインホフ(Baader-Meinhof)<(コラム#3266)>、1980年代のイタリアの赤衛(Red Guard)、過激なイスラム諸運動、そしてネオコン集団、といった種々雑多な連中が暴力の解放力の信仰という点において一致しているのだ。
 この点においては、彼等は全員、ジャコバン派の使徒達なのだ。」(PP26〜27)

→そして、啓蒙主義の嫡子がジャコバン派、私に言わせれば、ナショナリズムであり、この欧州における最初の政治的宗教を範例として、共産主義(=マルクスレーニン主義=Bolshevism)、及びファシズムが生まれるのです。
 (なお、グレイは、ナチズムとファシズムを峻別し、後者は、全体主義ではないとして、彼の言う政治的宗教には含めていない(PP39)。この点については、当面、判断を保留したい。)(太田)

(続く)