太田述正コラム#3678(2009.11.30)
<政治的宗教について(その2)>(2010.4.9公開)

 「<ゾロアスター教(Zoroastrianism)の>二元論的世界観(注1)は、マニ教によって継承された。

 (注1)ゾロアスター教は、善と悪の二元論を特徴とするが、自由意思を与えられているところの人間も重要な役割を果たしつつ、メシア的存在が現れて善の勝利が確定し、死者が蘇る、という終末論を唱える。
http://en.wikipedia.org/wiki/Zoroastrianism (太田)

 マニは、<いつ頃の人間か定かではないゾロアスターよりもはるか>後に、イランで出現した預言者であり、216年前後にバビロニアで生まれ、ゾロアスター教当局によって277年に殉教させられたところ、彼の教えは極めて深い影響をアウグスティヌスに及ぼした。
 マニは、光と闇の二元性がこの世界の恒久的な様相であると信じる点で<、善の最終的な勝利が確定しているとする>ゾロアスター<教>とは異なっていた。
 マ二教は、実に支那にまで到達し、その過程で仏教の想像性と象徴主義の幾ばくかを採用した。
 しかし、<マニ教の>変容はあったが、マニ教徒達は、彼等の、悪は根絶できないという信条は堅持した。
 <繰り返しになるが、>この点で、マニの宗教は、ゾロアスター教やイエスの教えと根本的に異なっている。
 マニ教の二元主義は、グノーシス主義(Gnosticism)(注2)に取り入れられたところだが、このグノーシス主義は、キリスト教によって迫害されたにもかかわらず、現代に至るまで、様々な異なった変装の下で再出現することになる。

 (注2)「・・・善と悪、真の神と偽の神、また霊と肉体、イデアーと物質と云う「二元論」が、グノーシス主義の基本的な世界観であ<る。>・・・」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9%E4%B8%BB%E7%BE%A9 (太田)

 グノーシス主義は、全くもって複雑ではない流儀(tradition)であるところ、その、闇の世界が悪魔的諸力によって統治されている、という中心的ビジョンは、<その後の>宗教の歴史に深甚なる影響を与えた。
 イエスの死後の最初の2〜3世紀の間は、キリスト教内にグノーシス的な潮流があったが、それは、イエスによって伝えられた秘密の様々な教えに与った者達だけが救われるとの主張において、他の潮流とは区別される。」(PP10〜11)

 「12世紀のフランスで興隆したカタリ派<(コラム#1150、1839、2022、3041)>(注3)の信徒達(Cathars)の間でグノーシス主義は再表面化するが、それは、法王インノケンティウス(Innocent)3世が彼等に対する<アルビジャン>十字軍<(Albigensian Crusade。1209〜29年>)を送り、(40年(ママ)に及ぶ、50万人前後の人々が殺されるという戦争を経て)彼等を歴史からほぼ抹殺するまで続いた。

 (注3)「・・・カタリ派ではこの世界は「悪なる存在」(グノーシス主義ではデミウルゴス)によって創造されたと考えていた。カタリ派が古代のグノーシス主義と違っていたのはデミウルゴスをサタンと考えたことにあった。また、カタリ派は人間は転生するという信仰を持っていたと伝えられる。・・・<彼等は、>イエス・キリストが人性を持っていたことを完全に否定し、幽霊のごときでものであったとしていた。カタリ派にとってみれば、神聖な神が汚れた肉体に入るわけがないのである。・・・一般の信徒たちも死の直前に、「慰めの式」・・・という儀式を受けることができ・・・<たが、それ以外の>一切の秘跡<は>否定<され>た。・・・カタリ派はこれ以上罪人であるこの世の人間を生み出さないよう結婚を認めず、生殖を目的とする性行為を認めなかった。・・・さらに肉食を禁止し、菜食のみを認めた。・・・<ただし、>魚や海産物はなんでも食べてよかった。・・・一切の誓い<が>禁止<され>た。・・・<これ>と関連して、一切の商業行為も禁止されていた。・・・」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%83%AA%E6%B4%BE (太田)

 しかし、グノーシス主義が<これによって>破壊されてしまったわけではない。
 それは、生き延び、自らを再発明することによって、グノーシス的諸流儀の素晴らしい研究書の著者であるハンス・ヨナス(Hans Jonas<。1903〜93年。ドイツ生まれの哲学者
http://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Jonas (太田)
>)によれば、マルティン・ハイデッガーの哲学を含むところの、多くの予期せざる変装の下、<その後も、>何度も出現することになるのだ。
 しかし、キリスト教の歴史を通じて何度も生起した至福千年信奉主義の噴出の際に再出現したのは、グノーシス主義<そのもの>ではなかった。
 それは、善と悪との<間での>宇宙戦争についての信条、すなわち、イエスと彼の門弟達に生命を吹き込んだ、ゾロアスターの二元論的世界観<(コラム#770)>の反響たる信条だったのだ。
 その欧米の一神教・・イスラム教と近代の諸政治的宗教も広義においてはそれに含まれる・・への形成的影響を通じて、ゾロアスターの世界観は、欧米の思想と政治の多くを形成した。
 ニーチェが、善と悪はツァラトゥストラ<(=ゾロアスター)>からの招待状であると宣言した時、彼は、誇張をしていたかもしれないけれど、完全に間違っていたということではない。(PP11〜12)

 「1534年の初頭、大勢の説教者達、尼達及び俗人達を改宗させた後、再洗礼派(アナバプティスト派=Anabaptists)(注4)は、彼等の最初の武装蜂起を決行し、ミュンスターの市庁舎と市場広場を占拠した。

 (注4)再洗礼派は、武器の保持・使用を禁止し、また、公職に就いたり官位を得たりすることも禁止した。
http://en.wikipedia.org/wiki/Anabaptist (太田)

 同市は、再洗礼派の拠点となったが、その結果、ルター派は逃げだし、近傍の町々の再洗礼派信徒達が<入れ替わりに>やってきた。
 ミュンスター以外の地上界は復活祭の前に破壊され、ミュンスターは新しいエルサレムとなるべくとっておかれるだろうと発表された<けれど、実際には何も起こらなかった。>」(PP13)

 「ノーマン・コーン(Norman Cohn)<(コラム#3212、3218)>は、至福千年信奉諸派とその諸運動は、5つの明確な様相を持った救済観念を抱いているものとしている。
 それは、信仰心篤きコミュニティーによって享受されるという意味で集団的(collective)であり、天国や死後においてではなく地上で実現されるという意味では地上的(terrestrial)であり、それがすぐにしかも突然到来するという意味で切迫的(imminent)であり、それが地上における生活を改善するだけでなく変容させ完全なものにするという意味で全体的(total)であり、その到来が聖なる作用によって達成され或いは手助けされるという意味で奇跡的(miraculous)である、<という5つの様相>だ。
 ジャコバン派から始まる近代の革命家達は、これらの諸信条を共有しているところ、至福千年信奉主義者達は、神だけがこの世界を作り替えることができると考えたのに対し、近代革命家達は、人間だけでそれが再形成できると想像したのだ。」(PP14)

(続く)