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太田述正コラム#3694(2009.12.8)
<米国とは何か(続x5)(その3)>(2010.1.9公開)
7 ロスの新仮説
「・・・刑事学者のゲーリー・ラフリー(Gary LaFree<。メリーランド大学
http://en.wikipedia.org/wiki/Gary_LaFree (太田)
>)・・・は、犯罪率は、政府に対する公衆の信頼と選挙で選ばれる公職者達への公衆の信用と逆相関することに気づいた。・・・
ロスは、このラフリーの議論を米国史全体へと移植したのだ。・・・」(D)
「・・・<ロスは、>殺人率の増加・・・は、4つの異なった現象に密接に関わっている<という>。
政治的不安定、政府の正統性(legitimacy)の喪失、人種的・宗教的・あるいは政治的反目に由来するところの社会の構成員達の間の仲間意識の喪失、そして、社会的階層(hierarchy)への信頼の喪失だ。
これらの4つの要素は、どうして殺人率が過去4世紀にわたって米国とそれ以外の欧米諸国で上下したのか、そしてどうして米国が今日では豊かな諸国中最も殺人志向的であるのかを最も良く説明する、とロスは主張する。・・・」(B)
<逆の言い方をすれば、>自分の政府が安定していて、その司法及び法的諸制度が偏っておらず効果的であるとの信条、政府の役人達を信用する気持ちとこの役人達の正統性に対する信条、仲間の市民達との愛国心と連帯の気持ち<の共有>、自分の社会における位置が満足のゆくものであって暴力に訴えることなく尊敬を勝ち取ることができるとの信条<、の4つの要因が満たされておれば、>時と場所のいかんにかかわらず、殺人率は一般に低くなる、とロスは言うのだ。・・・
「米国人達のうち、余りにも多くが政府を憎んだり不信感を抱いたりしている。
今日においても、これをワシントンや他の場所での様々な反政府集会に見出すことができる。
それは、極めて初期からの我々の文化の一部となっているが、とりわけ南北戦争以来、そうであり、それが、我々がかくも高い殺人率を持つ理由の一つなのだ」と彼は言う。
ロスは、彼の様々な分析結果は、未来に向けてのいくつかの警告を提供していると言う。
今年の初めからの統計値によれば、米国の殺人率は、今年前に落ちたのだが、これは、米国を統合させたいと約束した新しい大統領の周りに国民が結集したことを考えれば決して不思議なことではない。・・・
殺人率は、米国の英雄達の名前が郡の名称につけられた割合が最も多かった時期である1820年代と30年代において、最も低かった。
<それが、>北部と南部を引きちぎった内部抗争の時代においては、急角度で減ったところ、殺人率は劇的に増加した。
「米国人達が、互いを国家的英雄達と自己同一視するのを止めると、彼等は互いにより殺し合うようになった」とロスは言う。・・・」(E)
「・・・「米国人達は、人種、民族(ethnicity)、及び宗教によって深く分断(divide)されていた」のであり、ロスが我々に思い起こさせてくれるように、「殺人率ははこれらの分断が政治化された場合に、一層上昇すた」のだ。・・・」(F)
8 その他
「<殺人率の高さ以外の>米国人の生活で、もう一つの他と異なった様相は、米国では、230万人もの人々が牢獄に入っていることだ。
これは、成人100人中1人近くに相当し、世界中で最も高い率であって、世界平均の4倍に達する。・・・
25年前に比べて、犯罪率は15%低くなっているというのに、入獄率は4倍にもなっているのだ。・・・
<また、>20世紀の間に、死刑は、西欧の全ての国を含め、世界の多くの所で廃止されたが、米国では廃止されていない。
ドイツ、オーストリア、そしてイタリアは、第二次世界大戦の後、犯罪者達を処刑するのを止めた。
19世紀以来、その他の欧州諸国も死刑を制限し始めた。
デンマークは、死刑を1978年に完全に廃止した。
オランダ、オーストラリア、そしてニュージーランドは1980年代にそうした。
英国、カナダ、そしてベルギーは1990年代にそうした。・・・
中共、イラン、そしてサウディアラビアは、<米国よりも>もっと犯罪者を処刑しているが、豊かな民主主義諸国の中では、死刑<の依然としての存在>は、殺人率と入獄率<の高さ>同様、米国の例外性、というか、アナクロニズムを物語っている。・・・」(D)
9 終わりに
コラム#3693で米国人は、一層孤独になってきているという話をご紹介したばかりです。
恐らく、米国人は、もともと孤独な人々であったのでしょう。
どうしてかと言えば、米国を建国した人々は、イギリス人が中心であり、彼等は、もともと本国のイギリス人同様、個人主義という、ある意味、孤独を志向する文化の申し子であった上に、その本国を宗教的かつ政治的に捨て去った人々でもあったからです。
本国政府に代わって、彼等自身が設立した米国政府のような、伝統に裏打ちされていない、正統性の薄弱な政府など、容易に信頼できない以上、米国人達の孤独感とそれと裏腹の関係にある相互不信感は募ったはずですし、そこへもってきて、かつてはイギリス人中心であった米国に世界各地から移民が流入し、その結果、米国が人種的、民族的、宗教的にばらばらで分断された社会になって行ったため、米国人達の孤独感と相互不信感は募る一方で現在に至っている、と考えられます。
これが、米国の殺人率の高さをもたらしている、というのがロスの指摘であるわけです。
ところで、つい最近までの米国のイデオロギーであった人種主義的帝国主義は、このようなばらばらの米国人を一つの国民として結集するための必要悪であった、と私は考えています。
さすがに1960年代に至って、米国は、このアナクロなイデオロギーを克服し始め、2008年には、このイデオロギーの下ではおよそ考えられなかった、黒人の大統領の選出というところまでこぎつけたことはご承知のとおりです。
しかし、9.11同時多発テロを受け、対テロ戦争を遂行する過程で、米国がファシスト国家化の兆候を見せたことは記憶に新しいところであり、米国が、米国独特のキリスト教原理主義に基づく人種主義的帝国主義に代わり、今度は欧州直系の政治的宗教たるファシズムに染まるようなことがないか、我々は、常に警戒の念をもって、米国を見守っていく必要がありそうです。
(完)
<米国とは何か(続x5)(その3)>(2010.1.9公開)
7 ロスの新仮説
「・・・刑事学者のゲーリー・ラフリー(Gary LaFree<。メリーランド大学
http://en.wikipedia.org/wiki/Gary_LaFree (太田)
>)・・・は、犯罪率は、政府に対する公衆の信頼と選挙で選ばれる公職者達への公衆の信用と逆相関することに気づいた。・・・
ロスは、このラフリーの議論を米国史全体へと移植したのだ。・・・」(D)
「・・・<ロスは、>殺人率の増加・・・は、4つの異なった現象に密接に関わっている<という>。
政治的不安定、政府の正統性(legitimacy)の喪失、人種的・宗教的・あるいは政治的反目に由来するところの社会の構成員達の間の仲間意識の喪失、そして、社会的階層(hierarchy)への信頼の喪失だ。
これらの4つの要素は、どうして殺人率が過去4世紀にわたって米国とそれ以外の欧米諸国で上下したのか、そしてどうして米国が今日では豊かな諸国中最も殺人志向的であるのかを最も良く説明する、とロスは主張する。・・・」(B)
<逆の言い方をすれば、>自分の政府が安定していて、その司法及び法的諸制度が偏っておらず効果的であるとの信条、政府の役人達を信用する気持ちとこの役人達の正統性に対する信条、仲間の市民達との愛国心と連帯の気持ち<の共有>、自分の社会における位置が満足のゆくものであって暴力に訴えることなく尊敬を勝ち取ることができるとの信条<、の4つの要因が満たされておれば、>時と場所のいかんにかかわらず、殺人率は一般に低くなる、とロスは言うのだ。・・・
「米国人達のうち、余りにも多くが政府を憎んだり不信感を抱いたりしている。
今日においても、これをワシントンや他の場所での様々な反政府集会に見出すことができる。
それは、極めて初期からの我々の文化の一部となっているが、とりわけ南北戦争以来、そうであり、それが、我々がかくも高い殺人率を持つ理由の一つなのだ」と彼は言う。
ロスは、彼の様々な分析結果は、未来に向けてのいくつかの警告を提供していると言う。
今年の初めからの統計値によれば、米国の殺人率は、今年前に落ちたのだが、これは、米国を統合させたいと約束した新しい大統領の周りに国民が結集したことを考えれば決して不思議なことではない。・・・
殺人率は、米国の英雄達の名前が郡の名称につけられた割合が最も多かった時期である1820年代と30年代において、最も低かった。
<それが、>北部と南部を引きちぎった内部抗争の時代においては、急角度で減ったところ、殺人率は劇的に増加した。
「米国人達が、互いを国家的英雄達と自己同一視するのを止めると、彼等は互いにより殺し合うようになった」とロスは言う。・・・」(E)
「・・・「米国人達は、人種、民族(ethnicity)、及び宗教によって深く分断(divide)されていた」のであり、ロスが我々に思い起こさせてくれるように、「殺人率ははこれらの分断が政治化された場合に、一層上昇すた」のだ。・・・」(F)
8 その他
「<殺人率の高さ以外の>米国人の生活で、もう一つの他と異なった様相は、米国では、230万人もの人々が牢獄に入っていることだ。
これは、成人100人中1人近くに相当し、世界中で最も高い率であって、世界平均の4倍に達する。・・・
25年前に比べて、犯罪率は15%低くなっているというのに、入獄率は4倍にもなっているのだ。・・・
<また、>20世紀の間に、死刑は、西欧の全ての国を含め、世界の多くの所で廃止されたが、米国では廃止されていない。
ドイツ、オーストリア、そしてイタリアは、第二次世界大戦の後、犯罪者達を処刑するのを止めた。
19世紀以来、その他の欧州諸国も死刑を制限し始めた。
デンマークは、死刑を1978年に完全に廃止した。
オランダ、オーストラリア、そしてニュージーランドは1980年代にそうした。
英国、カナダ、そしてベルギーは1990年代にそうした。・・・
中共、イラン、そしてサウディアラビアは、<米国よりも>もっと犯罪者を処刑しているが、豊かな民主主義諸国の中では、死刑<の依然としての存在>は、殺人率と入獄率<の高さ>同様、米国の例外性、というか、アナクロニズムを物語っている。・・・」(D)
9 終わりに
コラム#3693で米国人は、一層孤独になってきているという話をご紹介したばかりです。
恐らく、米国人は、もともと孤独な人々であったのでしょう。
どうしてかと言えば、米国を建国した人々は、イギリス人が中心であり、彼等は、もともと本国のイギリス人同様、個人主義という、ある意味、孤独を志向する文化の申し子であった上に、その本国を宗教的かつ政治的に捨て去った人々でもあったからです。
本国政府に代わって、彼等自身が設立した米国政府のような、伝統に裏打ちされていない、正統性の薄弱な政府など、容易に信頼できない以上、米国人達の孤独感とそれと裏腹の関係にある相互不信感は募ったはずですし、そこへもってきて、かつてはイギリス人中心であった米国に世界各地から移民が流入し、その結果、米国が人種的、民族的、宗教的にばらばらで分断された社会になって行ったため、米国人達の孤独感と相互不信感は募る一方で現在に至っている、と考えられます。
これが、米国の殺人率の高さをもたらしている、というのがロスの指摘であるわけです。
ところで、つい最近までの米国のイデオロギーであった人種主義的帝国主義は、このようなばらばらの米国人を一つの国民として結集するための必要悪であった、と私は考えています。
さすがに1960年代に至って、米国は、このアナクロなイデオロギーを克服し始め、2008年には、このイデオロギーの下ではおよそ考えられなかった、黒人の大統領の選出というところまでこぎつけたことはご承知のとおりです。
しかし、9.11同時多発テロを受け、対テロ戦争を遂行する過程で、米国がファシスト国家化の兆候を見せたことは記憶に新しいところであり、米国が、米国独特のキリスト教原理主義に基づく人種主義的帝国主義に代わり、今度は欧州直系の政治的宗教たるファシズムに染まるようなことがないか、我々は、常に警戒の念をもって、米国を見守っていく必要がありそうです。
(完)
太田述正ブログは移転しました 。
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