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太田述正コラム#3216(2009.4.15)
<キリスト教・合理論哲学・全体主義(続)(その2)>(2009.9.15公開)
3 そもそもグレイの主張とは?
(1)実証主義者もやり玉に
「・・・「近代の革命運動は他の手段による宗教の継続なり」というわけで、グレイは、啓蒙主義に始まるところの、近代におけるあらゆる偉大な世俗的運動の中に、多かれ少なかれ、隠された宗教的衝動を見いだす。・・・
<この本に収録された>「原初的近代主義者達」と題する・・・論考は、<フランスの>サンシモン(Saint-Simon<=Claude Henri de Rouvroy, comte de Saint-Simon。1760〜1825年>)とオーギュスト・コント(August Comte<=Isidore Marie Auguste Francois Xavier Comte。1798〜1857年>)から、今日の全地球的自由市場の設計者達に至るところの、絶え間なく続く実証主義の足跡を追う。
グレイは、「意識しないまま・・というのも、思想史について、とりわけ自分の専門分野に係る思想史を彼らはほとんど無知であるからなのだが・・エコノミスト達の過半は自分達の物の考え方を実証主義者達から受け継いでいるのだ」と記している。
サンシモンとコントは、「人間のありとあらゆる知識が一群の諸法則に集約されたところの統合科学を構築しようとしたのだが、これらの実証主義者達は、単に社会で革命を引きおこそうとしたわけではない。
「彼らのねらいは新しい宗教をつくるところにあった。
サンシモンは、すべての科学者達が連帯して終身「僧侶」となった暁には、「実証主義的教義」が新しい「教会」の基礎となることを信じていた。・・・
共産党宣言、第二次世界大戦後の「近代化」の賛同者達、そしてグローバリゼーションの理論家達は、おしなべて実証主義的信条によって突き動かされていた。
悲しげに侮蔑しつつ、グレイは、「サンシモンとコントにとっては、テクノロジーは鉄道と運河を意味した。レーニンにとっては、それは電気を意味した。新自由主義者達にとっては、それはインターネットを意味した」と書き記す。
我々自身の時代が最後の「近代」であり、かつ我々が「最後の人間」であるという信念は、グレイに言わせると、人類が抱いている数多の幻想のうちの最もなげかわしいものの一つなのだ。・・・
しかしグレイは、我々の政治的・社会的・経済的思考を赤く染める宗教の水しぶきに対する否定的意見を抱いているにもかかわらず、彼は宗教それ自体については決して否定的ではない。
実際、彼は宗教と詩を、科学とテクノロジー、政治、あるいは「進歩」に比べて、「人生のより現実的な指針」であると見ている。(もっとも、彼にとっては、宗教は詩の一種なのだが・・。)
グレイは、啓蒙主義は、大災害に近い代物であったとみてきた、と言っても過言ではない。
<グレイに言わせれば、ポスト啓蒙主義時代の>哲学者達は、完全さとこの世における罪の購い(redemption)に向けての永久に上昇する旅としての人間の冒険なる観念を打ち立てようとして、無意識的に古の宗教<・・それは啓蒙主義者達によって粉砕されてしまった・・>の確実性を切望し続けることになったのだ。・・・
このような、<古の宗教がもはや失わてしまったという>悲しい事実に対するイライラ感と拒否感が米国のネオコンとイスラム原理主義者達を同じように突き動かしてきたというのだ。・・・
イスラム主義者達は、中世世界の単純な確実性に復帰したいとの希求というよりは、欧米の思想における実証主義的旋律(strain)によってより動かされており、彼らに「最も近い存在は、ルソーによって展開され、ロベスピエールによってフランス革命後の恐怖政治において応用されたところの、人民主権たる非自由主義的理論なのだ。・・・」
http://www.guardian.co.uk/books/2009/apr/11/john-gray-gray-s-anatomy
(4月11日アクセス)
「・・・グレイは<また>、無神論(atheism)は、比較的最近のキリスト教のカルトの一つであると主張<している。>・・・
サッチャリズムという言葉は、1970年代に<ジャマイカ生まれの英国の>社会学者のスチュアート・ホール(Stuart Hall<。1932年〜>)によって造られた<ところ、この>・・・サッチャリズムを、英国の学界の大勢に逆らって是としたのもグレイだった。(もっともグレイは、後にこれを撤回することになる。)・・・」
「<更にグレイは、>ネオコンのマルクス主義的母斑を探求しつつ、彼らが外交政策における世界的な米国の信頼性とイラクという国を二つながらものの見事に打ち壊してしまった<と指摘する。>・・・」
http://living.scotsman.com/books/Book-review-Gray39s-Anatomy.5117395.jp
(4月13日アクセス)
→グレイは、私とほぼ同じ年ですが、私とほとんどうり二つの考え方をしている、と改めて思います。
サッチャリズムやネオコンに対する姿勢も私とほぼ同じですね。
なお、今回特に参考になったのは、グレイがフランスの実証主義者達もやり玉にあげている点です。(太田)
(続く)
<キリスト教・合理論哲学・全体主義(続)(その2)>(2009.9.15公開)
3 そもそもグレイの主張とは?
(1)実証主義者もやり玉に
「・・・「近代の革命運動は他の手段による宗教の継続なり」というわけで、グレイは、啓蒙主義に始まるところの、近代におけるあらゆる偉大な世俗的運動の中に、多かれ少なかれ、隠された宗教的衝動を見いだす。・・・
<この本に収録された>「原初的近代主義者達」と題する・・・論考は、<フランスの>サンシモン(Saint-Simon<=Claude Henri de Rouvroy, comte de Saint-Simon。1760〜1825年>)とオーギュスト・コント(August Comte<=Isidore Marie Auguste Francois Xavier Comte。1798〜1857年>)から、今日の全地球的自由市場の設計者達に至るところの、絶え間なく続く実証主義の足跡を追う。
グレイは、「意識しないまま・・というのも、思想史について、とりわけ自分の専門分野に係る思想史を彼らはほとんど無知であるからなのだが・・エコノミスト達の過半は自分達の物の考え方を実証主義者達から受け継いでいるのだ」と記している。
サンシモンとコントは、「人間のありとあらゆる知識が一群の諸法則に集約されたところの統合科学を構築しようとしたのだが、これらの実証主義者達は、単に社会で革命を引きおこそうとしたわけではない。
「彼らのねらいは新しい宗教をつくるところにあった。
サンシモンは、すべての科学者達が連帯して終身「僧侶」となった暁には、「実証主義的教義」が新しい「教会」の基礎となることを信じていた。・・・
共産党宣言、第二次世界大戦後の「近代化」の賛同者達、そしてグローバリゼーションの理論家達は、おしなべて実証主義的信条によって突き動かされていた。
悲しげに侮蔑しつつ、グレイは、「サンシモンとコントにとっては、テクノロジーは鉄道と運河を意味した。レーニンにとっては、それは電気を意味した。新自由主義者達にとっては、それはインターネットを意味した」と書き記す。
我々自身の時代が最後の「近代」であり、かつ我々が「最後の人間」であるという信念は、グレイに言わせると、人類が抱いている数多の幻想のうちの最もなげかわしいものの一つなのだ。・・・
しかしグレイは、我々の政治的・社会的・経済的思考を赤く染める宗教の水しぶきに対する否定的意見を抱いているにもかかわらず、彼は宗教それ自体については決して否定的ではない。
実際、彼は宗教と詩を、科学とテクノロジー、政治、あるいは「進歩」に比べて、「人生のより現実的な指針」であると見ている。(もっとも、彼にとっては、宗教は詩の一種なのだが・・。)
グレイは、啓蒙主義は、大災害に近い代物であったとみてきた、と言っても過言ではない。
<グレイに言わせれば、ポスト啓蒙主義時代の>哲学者達は、完全さとこの世における罪の購い(redemption)に向けての永久に上昇する旅としての人間の冒険なる観念を打ち立てようとして、無意識的に古の宗教<・・それは啓蒙主義者達によって粉砕されてしまった・・>の確実性を切望し続けることになったのだ。・・・
このような、<古の宗教がもはや失わてしまったという>悲しい事実に対するイライラ感と拒否感が米国のネオコンとイスラム原理主義者達を同じように突き動かしてきたというのだ。・・・
イスラム主義者達は、中世世界の単純な確実性に復帰したいとの希求というよりは、欧米の思想における実証主義的旋律(strain)によってより動かされており、彼らに「最も近い存在は、ルソーによって展開され、ロベスピエールによってフランス革命後の恐怖政治において応用されたところの、人民主権たる非自由主義的理論なのだ。・・・」
http://www.guardian.co.uk/books/2009/apr/11/john-gray-gray-s-anatomy
(4月11日アクセス)
「・・・グレイは<また>、無神論(atheism)は、比較的最近のキリスト教のカルトの一つであると主張<している。>・・・
サッチャリズムという言葉は、1970年代に<ジャマイカ生まれの英国の>社会学者のスチュアート・ホール(Stuart Hall<。1932年〜>)によって造られた<ところ、この>・・・サッチャリズムを、英国の学界の大勢に逆らって是としたのもグレイだった。(もっともグレイは、後にこれを撤回することになる。)・・・」
「<更にグレイは、>ネオコンのマルクス主義的母斑を探求しつつ、彼らが外交政策における世界的な米国の信頼性とイラクという国を二つながらものの見事に打ち壊してしまった<と指摘する。>・・・」
http://living.scotsman.com/books/Book-review-Gray39s-Anatomy.5117395.jp
(4月13日アクセス)
→グレイは、私とほぼ同じ年ですが、私とほとんどうり二つの考え方をしている、と改めて思います。
サッチャリズムやネオコンに対する姿勢も私とほぼ同じですね。
なお、今回特に参考になったのは、グレイがフランスの実証主義者達もやり玉にあげている点です。(太田)
(続く)
太田述正ブログは移転しました 。
www.ohtan.net
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