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太田述正コラム#3409(2009.7.21)
<米国における最新の対外政策論(その4)>(2009.8.21公開)
1 始めに
というわけで、ジョン・ボルトン(John Bolton)の'SURRENDER IS NOT AN OPTION Defending America at the United Nations And Abroad' ・・一昨年に上梓されたらしい・・の紹介です。
2 ボルトンの本の内容
最初は、既出のジョセフ・ナイの書評からです。
「・・・ボルトンは、ボルティモアの消防士の息子であり、奨学金をもらって<、彼の家族の中で初めて大学に、それもエールに入学した。>
エールの後、タルボットはタイム誌のジャーナリストになったが、ボルトンは、<やはり奨学金をもらってエール・ロースクールで学び、>弁護士になった。・・・
コリン・パウエルが以前、彼の国務省での上司であった時、自分に比べてより多国間的アプローチをとったのに対し、ボルトンは意図的にパウエルの立場を掘り崩そうとした。「そのことを彼は知っていたし、彼は私が彼が知っていることを知っていることを知っていた(he knew I knew it) 」とボルトンは記している。・・・
ボルトンは、この本を、1964年の<大統領選で共和党の大統領候補となった右派の>ゴールドウォーターの学生ボランティアたる選挙運動員を務めた経験から始め<る。>・・・」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/01/24/AR2008012402329_pf.html前掲
(<>内は以下↓による。)
http://www.yetanotherbookreview.com/title.aspx?titleId=11568
(7月21日アクセス。以下同じ)
カナダ人の書評子は、怒り心頭という感じで以下のように記しています。
「・・・ボルトンは、「米国においては、国連はよく言うと役に立たず、悪く言うと、米国の諸利益に相反するとともにひどく腐敗している、と広く見られている」と記す。・・・
・・・ボルトンにとって全球的安全保障とは、要するに、米国が世界をどう見ているかということと、米国が自分の安全保障と戦略的諸利益が求めるところは那辺か、ということに沿って世界は機能しなければならない・・・というものであるということだ。・・・」
http://www.countercurrents.org/miles311207.htm
次の書評には、本筋からはずれますが、ブッシュ前大統領の人となりについての一節があったので、まずそのくだりからご披露しましょう。
「・・・ブッシュは、テキサス州知事時代に152人の死刑を執行した。これは最近の州知事の中で一番多い数だ。減刑(commutation)したのが(明白に無実であった)1人、そして恩赦はゼロだ。・・・
・・・当時の州知事のブッシュによる一人の死刑囚・・・の物まね<は、>ぞっとさせる<ものがある。>
ブッシュは、法王、ジェリー・ファルウェル(Jerry Falwell)師、そしてパット・ロバートソン(Pat Robertson)師等の懇願にもかかわらず、この死刑囚に恩赦を与えなかったが、これはブッシュの・・・情け深い保守主義者(compassionate conservative)<という触れ込み>に合致しないこと甚だしい。・・・」。
では続けます。
「・・・ボルトンは、<弁護士資格をとった後、レーガン政権の司法長官・・の補佐官、パパ・ブッシュ政権の時の国務省職員、ジュニア・ブッシュ政権の時の行政担当国務次官、更には国連大使を勤めた。>
国連大使としては、ダニエル・パトリック・モイニハン(Daniel Patrick Moynihan)やジーン・カークパトリック(Jeane Kirkpatrick)の顰みに倣って国連で米国の諸利益や諸価値のために大いに弁じ、外交官達をおののかせる一方で米国大衆の喝采を博した。>・・・
ただし、モイニハンとカークパトリックは、ソ連圏とかなりの数の第三世界の諸国からなる、歴とした反米連合と対峙したのに対し、ボルトンは、彼の言うところの、「欧州諸国」と「時に「グループ・オブ・77(G-77)」と呼称されるところの第三世界の諸国」との連合、を罵倒する。ちなみに、数で言うとこれは130カ国にも達する<「連合」だ!>・・・」
http://www.nytimes.com/2008/02/10/books/review/Lind-t.html?_r=1&pagewanted=print
次は、英国の駐米大使であったクリストファー・マイヤー(Christopher Meyer)による書評です。上出のカナダ人による書評と比べながら読んでください。
なお、このマイヤーは、ボルトンは米国の<伝統的な>右翼たるナショナリストではあるけれどネオコンではない、と指摘しています。上出のナイもボルトンはネオコンではないという点では同意見です。
我々としては、そこまで厳密に考える必要はありますまい。
ボルトンはネオコン、ということにしておきましょう。
「・・・ブッシュ政権の全期間を通じ、豪州は米国の最も緊密な同盟国だった。この国は最も米国と似ていて最も米国に同情的だった。
英国人については、「連中は人生における自分達の役割はローマである米国に対してアテネを演じることだ、と信じ込んでいる。
連中には、より優れた慇懃さ(suaveness)の恵沢を我々にお貸しいただき、遺憾至極であるところの我々の植民知人としての粗野さ(rough edges)を糊塗していただける」、というわけだ。・・・
当時の英国の国連大使・・・に至っては、<ボルトンにかかると>ケチョンケチョンだ。
「・・・<国連大使>がやっていることを見ていると、英国が大帝国を形成したことが信じられなくなる。もっとも、どうして英国が米国を失ったかはよく分かる」と。・・・
<ボルトンが評価する人物は>極めて少ないが、それは目がくらむようなお歴々だ。
それは、ブッシュ大統領、ディック・チェイニー、ドナルド・ラムズフェルト、雑多なネオコン達と右翼の共和党員達、イスラエル人達、そして豪州人達だ。
英国人でこのエリート軍の一員であることを認められたのは一人だけだ。
現在英国の駐中共大使をやっている・・・だ。「彼は、英外務省でどんどん少なくなりつつある大西洋主義者(Atlanticist<。親米主義者(太田)>)だ」とさ。(言えてる。)・・・
ボルトンの主張は、米国は、国連を通じてその努力の大部分を成就しようとする罠を回避し、一方的(unilateral)行動、二国間諸同盟、多国間諸同盟、のすべてを正当な代替手段として追求しなければならない、というものだ。
「米国は、その諸利益を成就するために最善の手段を選ぶべきだ」というわけだ。
これには私としても全く異論はない。
これは、1945年以来、共和党と民主党の政権のどちらもが、米国の外国におけるふるまいをどのように律してきたかについての正確な記述だ。
にもかかわらず、ボルトンが外交政策における、このような「リアリスト」派の神髄を侮蔑するのは皮肉なことだ。
彼は、他にも外交に関して常識的な言を吐いている。
これらの根底にあるのは、全球化(globalisation)という、流行ってはいても不適切に定義されているところの観念に膝を屈する時代にあって、引き続き国益なるものを信じるという全くもって正当な考え方だ。・・・
ボルトンの世界観には、米国特有の深い文化的道徳的ルーツがある。
それは、建国の父達あるいはそれ以前にまで遡る。
それはまた、単に<米国の>右派にだけ限定されるものではない。
それは、この世界をマニ教的な善と悪との闘争と見る。
その世界において、米国は、選ばれし人々は、正義の剣を帯びている、というわけだ。・・・」
http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/books/non-fiction/article2871357.ece?print=yes&randnum=1248170951562
カナダ人と比べ、英国人は、もちろん、後者が外交官であったということを考慮しなければなりませんが、この種のデリケートな話をする時は、韜晦を施すことがここでも分かりますね。
これまで何度か記してきたことですが、ホンネベースで言えば、米国人は英国人(正確にはイギリス人)に全く頭があがらず、英国人は英国人で、米国人を見下しています。
ボルトンは、そのことを率直に述べているのに、マイヤーの態度は韜晦どころか慇懃無礼と言っても過言ではありません。
この書評を読んだボルトンの怒り狂っている姿が目に浮かびます。
(続く)
<米国における最新の対外政策論(その4)>(2009.8.21公開)
1 始めに
というわけで、ジョン・ボルトン(John Bolton)の'SURRENDER IS NOT AN OPTION Defending America at the United Nations And Abroad' ・・一昨年に上梓されたらしい・・の紹介です。
2 ボルトンの本の内容
最初は、既出のジョセフ・ナイの書評からです。
「・・・ボルトンは、ボルティモアの消防士の息子であり、奨学金をもらって<、彼の家族の中で初めて大学に、それもエールに入学した。>
エールの後、タルボットはタイム誌のジャーナリストになったが、ボルトンは、<やはり奨学金をもらってエール・ロースクールで学び、>弁護士になった。・・・
コリン・パウエルが以前、彼の国務省での上司であった時、自分に比べてより多国間的アプローチをとったのに対し、ボルトンは意図的にパウエルの立場を掘り崩そうとした。「そのことを彼は知っていたし、彼は私が彼が知っていることを知っていることを知っていた(he knew I knew it) 」とボルトンは記している。・・・
ボルトンは、この本を、1964年の<大統領選で共和党の大統領候補となった右派の>ゴールドウォーターの学生ボランティアたる選挙運動員を務めた経験から始め<る。>・・・」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/01/24/AR2008012402329_pf.html前掲
(<>内は以下↓による。)
http://www.yetanotherbookreview.com/title.aspx?titleId=11568
(7月21日アクセス。以下同じ)
カナダ人の書評子は、怒り心頭という感じで以下のように記しています。
「・・・ボルトンは、「米国においては、国連はよく言うと役に立たず、悪く言うと、米国の諸利益に相反するとともにひどく腐敗している、と広く見られている」と記す。・・・
・・・ボルトンにとって全球的安全保障とは、要するに、米国が世界をどう見ているかということと、米国が自分の安全保障と戦略的諸利益が求めるところは那辺か、ということに沿って世界は機能しなければならない・・・というものであるということだ。・・・」
http://www.countercurrents.org/miles311207.htm
次の書評には、本筋からはずれますが、ブッシュ前大統領の人となりについての一節があったので、まずそのくだりからご披露しましょう。
「・・・ブッシュは、テキサス州知事時代に152人の死刑を執行した。これは最近の州知事の中で一番多い数だ。減刑(commutation)したのが(明白に無実であった)1人、そして恩赦はゼロだ。・・・
・・・当時の州知事のブッシュによる一人の死刑囚・・・の物まね<は、>ぞっとさせる<ものがある。>
ブッシュは、法王、ジェリー・ファルウェル(Jerry Falwell)師、そしてパット・ロバートソン(Pat Robertson)師等の懇願にもかかわらず、この死刑囚に恩赦を与えなかったが、これはブッシュの・・・情け深い保守主義者(compassionate conservative)<という触れ込み>に合致しないこと甚だしい。・・・」。
では続けます。
「・・・ボルトンは、<弁護士資格をとった後、レーガン政権の司法長官・・の補佐官、パパ・ブッシュ政権の時の国務省職員、ジュニア・ブッシュ政権の時の行政担当国務次官、更には国連大使を勤めた。>
国連大使としては、ダニエル・パトリック・モイニハン(Daniel Patrick Moynihan)やジーン・カークパトリック(Jeane Kirkpatrick)の顰みに倣って国連で米国の諸利益や諸価値のために大いに弁じ、外交官達をおののかせる一方で米国大衆の喝采を博した。>・・・
ただし、モイニハンとカークパトリックは、ソ連圏とかなりの数の第三世界の諸国からなる、歴とした反米連合と対峙したのに対し、ボルトンは、彼の言うところの、「欧州諸国」と「時に「グループ・オブ・77(G-77)」と呼称されるところの第三世界の諸国」との連合、を罵倒する。ちなみに、数で言うとこれは130カ国にも達する<「連合」だ!>・・・」
http://www.nytimes.com/2008/02/10/books/review/Lind-t.html?_r=1&pagewanted=print
次は、英国の駐米大使であったクリストファー・マイヤー(Christopher Meyer)による書評です。上出のカナダ人による書評と比べながら読んでください。
なお、このマイヤーは、ボルトンは米国の<伝統的な>右翼たるナショナリストではあるけれどネオコンではない、と指摘しています。上出のナイもボルトンはネオコンではないという点では同意見です。
我々としては、そこまで厳密に考える必要はありますまい。
ボルトンはネオコン、ということにしておきましょう。
「・・・ブッシュ政権の全期間を通じ、豪州は米国の最も緊密な同盟国だった。この国は最も米国と似ていて最も米国に同情的だった。
英国人については、「連中は人生における自分達の役割はローマである米国に対してアテネを演じることだ、と信じ込んでいる。
連中には、より優れた慇懃さ(suaveness)の恵沢を我々にお貸しいただき、遺憾至極であるところの我々の植民知人としての粗野さ(rough edges)を糊塗していただける」、というわけだ。・・・
当時の英国の国連大使・・・に至っては、<ボルトンにかかると>ケチョンケチョンだ。
「・・・<国連大使>がやっていることを見ていると、英国が大帝国を形成したことが信じられなくなる。もっとも、どうして英国が米国を失ったかはよく分かる」と。・・・
<ボルトンが評価する人物は>極めて少ないが、それは目がくらむようなお歴々だ。
それは、ブッシュ大統領、ディック・チェイニー、ドナルド・ラムズフェルト、雑多なネオコン達と右翼の共和党員達、イスラエル人達、そして豪州人達だ。
英国人でこのエリート軍の一員であることを認められたのは一人だけだ。
現在英国の駐中共大使をやっている・・・だ。「彼は、英外務省でどんどん少なくなりつつある大西洋主義者(Atlanticist<。親米主義者(太田)>)だ」とさ。(言えてる。)・・・
ボルトンの主張は、米国は、国連を通じてその努力の大部分を成就しようとする罠を回避し、一方的(unilateral)行動、二国間諸同盟、多国間諸同盟、のすべてを正当な代替手段として追求しなければならない、というものだ。
「米国は、その諸利益を成就するために最善の手段を選ぶべきだ」というわけだ。
これには私としても全く異論はない。
これは、1945年以来、共和党と民主党の政権のどちらもが、米国の外国におけるふるまいをどのように律してきたかについての正確な記述だ。
にもかかわらず、ボルトンが外交政策における、このような「リアリスト」派の神髄を侮蔑するのは皮肉なことだ。
彼は、他にも外交に関して常識的な言を吐いている。
これらの根底にあるのは、全球化(globalisation)という、流行ってはいても不適切に定義されているところの観念に膝を屈する時代にあって、引き続き国益なるものを信じるという全くもって正当な考え方だ。・・・
ボルトンの世界観には、米国特有の深い文化的道徳的ルーツがある。
それは、建国の父達あるいはそれ以前にまで遡る。
それはまた、単に<米国の>右派にだけ限定されるものではない。
それは、この世界をマニ教的な善と悪との闘争と見る。
その世界において、米国は、選ばれし人々は、正義の剣を帯びている、というわけだ。・・・」
http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/books/non-fiction/article2871357.ece?print=yes&randnum=1248170951562
カナダ人と比べ、英国人は、もちろん、後者が外交官であったということを考慮しなければなりませんが、この種のデリケートな話をする時は、韜晦を施すことがここでも分かりますね。
これまで何度か記してきたことですが、ホンネベースで言えば、米国人は英国人(正確にはイギリス人)に全く頭があがらず、英国人は英国人で、米国人を見下しています。
ボルトンは、そのことを率直に述べているのに、マイヤーの態度は韜晦どころか慇懃無礼と言っても過言ではありません。
この書評を読んだボルトンの怒り狂っている姿が目に浮かびます。
(続く)
太田述正ブログは移転しました 。
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