太田述正ブログは移転しました 。
www.ohtan.net
www.ohtan.net/blog/
太田述正コラム#3238(2009.4.26)
<パキスタン解体へ(?)(その3)>(2009.6.7公開)
このように見てくると、下掲のような分析は、大甘だと思いますね。
アルカーイダとタリバンの差などほとんどない、と見るべきなのです。
「・・・我々は、果たして、<アフガニスタン等で>そこからアルカーイダが欧米に対してテロ攻撃をしかける聖域を奪おうとして戦っているのか、それとも、タリバンを敗北させようとして戦っているのか。
タリバンとアルカーイダは同義語ではない。しかも両者は、生来的同盟者であるとも必ずしも言えない。
タリバンは、アルカーイダをもてなしてきたにもかかわらず、「全地球的野心などほとんど」持っていない・・・。しかも、タリバンに加わる者全員がイデオロギー上の理由で加わるわけでもない。
タリバンの指導部が欲していることは、当然のことながら、アフガニスタンとパキスタンにおける厳格なイスラム教国家<の樹立>だ。<それ以上ではない。>・・・」
http://www.guardian.co.uk/books/2009/apr/25/operation-snakebite-afghanistan-stephen-grey
(4月26日アクセス)
<補注>
このコラムに出てくる地名になじみのない方が多いと思う。下掲の地図をご覧あれ。
http://www.nytimes.com/2009/04/26/world/asia/26buner.html?_r=1&hp=&pagewanted=print
(4月26日アクセス)
(3)ペシャワールの危機的状況
「・・・<スワト渓谷の南西に隣接しているペシャワール(Peshawar)>市とその周辺の安全を確保するのはペシャワール警察の役割だ。
しかし、現在は、43,000人の警官達は、自分達自身の安全を確保するのさえ困難な状況だ。
軍事要員達は警官を国家の手先とみなし、この2年間、警官を標的にしてきた。
2007年にはペシャワール警察は72人の警官をこうして失った。
2008年の12月半ばまでで、その年の死者は148人に達した。そして、このほか500人が負傷したのだ。その多くは重傷だ。・・・
だから、何百人もの警官が警察を去ったし、北西辺境州(NWFP)での警官の募集状況は史上最悪となった。・・・
<そこで、ペシャワールの市民達は自警団を作り始めた。>
最初は、政府は<自警団の行う>哨戒行動を無視した。
しかし、今年2月、NWFPの知事(chief minister)は、政府による地域の安全の確保に協力する同州すべての愛国的市民達に対し、銃3万丁を提供すると約束した。
多くの人々はこの政府の動きに批判的だ。
<タリバンに銃が横流しされかねないというのだ。>
<しかし、自警団に参加している市民達は、>選択の余地はないと言っている。
もし自分達が今行動しなければ、タリバンに先手をとられてしまうと・・。」
http://www.slate.com/id/2216901/pagenum/all/#p2
(4月25日アクセス)
ペシャワールは、NWFPの首都であり、同州最大の都市<(人口300万人>です。
私は、1988年の秋に英国防大学のインド亜大陸研修旅行で同市を訪れました(コラム#287)が、ペシャワールにタリバンの手が伸びているなんて信じられない思いです。
同市の市民のことはもちろん心配ですが、仏教美術をたくさん収納・陳列している博物館がタリバンによって爆破でもされたら、と気が気ではありません。
4 既に事実上2分割されてしまったパキスタン
「・・・タリバンが<首都>イスラマバードに物理的に接近したというのは誤解を招く表現だ。確かに、タリバンは、山奥から下りてきて平野を脅かすに至ったとは言えるかもしれない。
しかし、タリバンのブーネアーへのプレゼンスは、<イスラマバードの位置する>パンジャブ州よりは、NWFPにおける<ペシャワールに次ぐ>第二の都市であるマルダン(Mardan)にとってより脅威であると見るべきなのだ。・・・
・・・パキスタンはタリバンの手に落ちることになるのだろうか。
<この質問に対しては、>既に同国の一部はタリバンの手に落ちている、というのが答えだ。
しかし、だからといってパキスタン全土が危険に瀕しているというわけではない。
パキスタンには、潜在的にタリバンの手に落ちる可能性のある地域とそうでない地域とがある。<例えば、カラチなどは、逆立ちしてもタリバンの手に落ちる心配はない。>他方、前者の地域には、<パキスタンの政治と軍事の中心である>パンジャブ州も含まれており、タリバンは画策の手を同州に既に伸ばしているのだ。・・・」
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2009/apr/24/editorial-pakistan-taliban-islam
(4月24日アクセス)
5 タリバンの戦術的後退と今後の展望
「・・・24日には、タリバンが<ブーネアーから撤退しない場合に備えて、>パキスタン陸軍が大軍事作戦計画を策定中であるという報道が広く流れた。・・・
NWFPでは、<タリバンとのスワト>平和協定を推進した同州政権与党(非世俗的)・・彼らは、これまで戦闘員達が新しい地域に進出して新たな諸要求を突きつけてきたにもかかわらず、この協定を擁護し続けてきた・・が、もうこれ以上は座視できないと意を決した。
彼らは24日朝に、この協定の仲介をした過激派聖職者たるスーフィ・モハマッド(Sufi Mohammad)と会い、一緒に車でブーネアーに赴き、戦闘員達に向かって、退去するよう説得した。・・・
ほとんど議論することなくこの平和協定を最近支持した国会議員達もまた、政府に行動を促すために立ち上がった。
ザルダリの政権与党たるパキスタン人民党(Pakistan People's Party)の主要なライバルであるところの、パキスタンイスラム連盟(Pakistan Muslim League)の一人の議員は、同国の諜報の最高責任者に対し、<タリバンの>軍事的脅威について自分達に説明をするよう求めた。・・・」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/04/24/AR2009042400386_pf.html
(4月25日アクセス)
「・・・24日の午後、軍部が行動を起こす時期がさし迫っているという噂が流れる中で、陸軍の最高位の将軍達は緊急会議を開き、陸軍参謀長のアシュファク・カヤニ大将は、陸軍は、「軍事要員達が条件や彼らの生活様式を押しつけることを看過しない」という声明を発した。 そして、24日の夜までには、タリバンは戦闘員達をブーネアーから引き揚げ始めた。
映像によると、戦闘員達はロケット・ランチャーを抱えてトラックに積み込まれ、スワトに帰り始めた。脅威は、当面、回避されたように見える。・・・
<実は、スワト渓谷の>係争者達は、シャリア法に大いに期待をしている。特段宗教に関心があるわけではないが、シャリア法は、効率的で公正だと思っているのだ。
「これまでの<裁判>制度は時間ばかりかかり、しかも腐敗していた。解決まで20年もかかるんだ」と・・・は言う。「しかし、これからは、数日間ないし数ヶ月で解決してくれるかもしれない」と。
しかし、この変化は早晩、より厳しい面を露わにしてくるだろう。
現にタリバンの法廷は、既に鞭打ち刑を課し始めた。・・・
<戦闘員達こそ姿を消したけれど、シャリア法は間違いなく施行されるのだ。>
・・・<戦闘員達は姿を消したけれど、ブーネアーの>一つの警察署は瓦礫と化し、学校の多くは爆弾で破壊された。
スワトの政治階級はペシャワールに逃亡した。<同地の>警察は意気地なく恭順の意を表している。警察の長は、警備された家の中に隠れており、取材を受けることを拒否した。・・・」
http://www.guardian.co.uk/world/2009/apr/25/taliban-mingora-pakistan-swat-islamists上掲
「・・・<タリバンの>ブーネアー攻撃は、議論の絶えないかったスワト平和協定の存続を危うくする可能性が高い。・・・
スワト協定が破綻すれば、陸軍はスワト渓谷に現在配置している15,000人の治安部隊を再び現役に戻すことになろう。
緊張は次第に高まりつつある。・・・」
http://www.guardian.co.uk/world/2009/apr/24/taliban-pakistan-islamists-swat-sharia-law上掲
(4月25日アクセス)
「・・・24日に、政府の役人達がタリバンの指導者達と会った後、タリバンは、彼らはブーネアーから撤退しつつあると表明した。
しかし、地元の住民達は、この動きは見せかけに過ぎず、叛乱者達の一部が去っただけだと言っている。・・・
陸軍の全師団は、過去12〜18ヶ月の間に導入されたところの、14週間の対叛乱訓練を実施しつつある。・・・」
http://www.nytimes.com/2009/04/25/world/asia/25pstan.html?_r=1&ref=world&pagewanted=print
(4月25日アクセス)
6 終わりに
このようにパキスタンは、中世世界と現代世界へと、既に事実上2分割されてしまっているのです。
タリバンは、アフガニスタン南部とパキスタンのNWFPにまたがって住んでいるパシュトン人が主体であり、中長期的には、パキスタンとアフガニスタンから切り離されたパシュトン人の国をつくるべきなのかもしれません。
しかし、当面は、とにもかくにも、タリバン/アルカーイダ勢力のペシャワールやパンジャブ州進出をパキスタン軍が武力で食い止めた上で、次に、パキスタン軍と米軍が協力してタリバン/アルカーイダのパキスタン内の軍事拠点をつぶさなければなりません。
パキスタンの政治・軍事当局が一刻も早く、態勢を整えた上で、かかる決断を下して欲しいと思います。
(完)
<パキスタン解体へ(?)(その3)>(2009.6.7公開)
このように見てくると、下掲のような分析は、大甘だと思いますね。
アルカーイダとタリバンの差などほとんどない、と見るべきなのです。
「・・・我々は、果たして、<アフガニスタン等で>そこからアルカーイダが欧米に対してテロ攻撃をしかける聖域を奪おうとして戦っているのか、それとも、タリバンを敗北させようとして戦っているのか。
タリバンとアルカーイダは同義語ではない。しかも両者は、生来的同盟者であるとも必ずしも言えない。
タリバンは、アルカーイダをもてなしてきたにもかかわらず、「全地球的野心などほとんど」持っていない・・・。しかも、タリバンに加わる者全員がイデオロギー上の理由で加わるわけでもない。
タリバンの指導部が欲していることは、当然のことながら、アフガニスタンとパキスタンにおける厳格なイスラム教国家<の樹立>だ。<それ以上ではない。>・・・」
http://www.guardian.co.uk/books/2009/apr/25/operation-snakebite-afghanistan-stephen-grey
(4月26日アクセス)
<補注>
このコラムに出てくる地名になじみのない方が多いと思う。下掲の地図をご覧あれ。
http://www.nytimes.com/2009/04/26/world/asia/26buner.html?_r=1&hp=&pagewanted=print
(4月26日アクセス)
(3)ペシャワールの危機的状況
「・・・<スワト渓谷の南西に隣接しているペシャワール(Peshawar)>市とその周辺の安全を確保するのはペシャワール警察の役割だ。
しかし、現在は、43,000人の警官達は、自分達自身の安全を確保するのさえ困難な状況だ。
軍事要員達は警官を国家の手先とみなし、この2年間、警官を標的にしてきた。
2007年にはペシャワール警察は72人の警官をこうして失った。
2008年の12月半ばまでで、その年の死者は148人に達した。そして、このほか500人が負傷したのだ。その多くは重傷だ。・・・
だから、何百人もの警官が警察を去ったし、北西辺境州(NWFP)での警官の募集状況は史上最悪となった。・・・
<そこで、ペシャワールの市民達は自警団を作り始めた。>
最初は、政府は<自警団の行う>哨戒行動を無視した。
しかし、今年2月、NWFPの知事(chief minister)は、政府による地域の安全の確保に協力する同州すべての愛国的市民達に対し、銃3万丁を提供すると約束した。
多くの人々はこの政府の動きに批判的だ。
<タリバンに銃が横流しされかねないというのだ。>
<しかし、自警団に参加している市民達は、>選択の余地はないと言っている。
もし自分達が今行動しなければ、タリバンに先手をとられてしまうと・・。」
http://www.slate.com/id/2216901/pagenum/all/#p2
(4月25日アクセス)
ペシャワールは、NWFPの首都であり、同州最大の都市<(人口300万人>です。
私は、1988年の秋に英国防大学のインド亜大陸研修旅行で同市を訪れました(コラム#287)が、ペシャワールにタリバンの手が伸びているなんて信じられない思いです。
同市の市民のことはもちろん心配ですが、仏教美術をたくさん収納・陳列している博物館がタリバンによって爆破でもされたら、と気が気ではありません。
4 既に事実上2分割されてしまったパキスタン
「・・・タリバンが<首都>イスラマバードに物理的に接近したというのは誤解を招く表現だ。確かに、タリバンは、山奥から下りてきて平野を脅かすに至ったとは言えるかもしれない。
しかし、タリバンのブーネアーへのプレゼンスは、<イスラマバードの位置する>パンジャブ州よりは、NWFPにおける<ペシャワールに次ぐ>第二の都市であるマルダン(Mardan)にとってより脅威であると見るべきなのだ。・・・
・・・パキスタンはタリバンの手に落ちることになるのだろうか。
<この質問に対しては、>既に同国の一部はタリバンの手に落ちている、というのが答えだ。
しかし、だからといってパキスタン全土が危険に瀕しているというわけではない。
パキスタンには、潜在的にタリバンの手に落ちる可能性のある地域とそうでない地域とがある。<例えば、カラチなどは、逆立ちしてもタリバンの手に落ちる心配はない。>他方、前者の地域には、<パキスタンの政治と軍事の中心である>パンジャブ州も含まれており、タリバンは画策の手を同州に既に伸ばしているのだ。・・・」
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2009/apr/24/editorial-pakistan-taliban-islam
(4月24日アクセス)
5 タリバンの戦術的後退と今後の展望
「・・・24日には、タリバンが<ブーネアーから撤退しない場合に備えて、>パキスタン陸軍が大軍事作戦計画を策定中であるという報道が広く流れた。・・・
NWFPでは、<タリバンとのスワト>平和協定を推進した同州政権与党(非世俗的)・・彼らは、これまで戦闘員達が新しい地域に進出して新たな諸要求を突きつけてきたにもかかわらず、この協定を擁護し続けてきた・・が、もうこれ以上は座視できないと意を決した。
彼らは24日朝に、この協定の仲介をした過激派聖職者たるスーフィ・モハマッド(Sufi Mohammad)と会い、一緒に車でブーネアーに赴き、戦闘員達に向かって、退去するよう説得した。・・・
ほとんど議論することなくこの平和協定を最近支持した国会議員達もまた、政府に行動を促すために立ち上がった。
ザルダリの政権与党たるパキスタン人民党(Pakistan People's Party)の主要なライバルであるところの、パキスタンイスラム連盟(Pakistan Muslim League)の一人の議員は、同国の諜報の最高責任者に対し、<タリバンの>軍事的脅威について自分達に説明をするよう求めた。・・・」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/04/24/AR2009042400386_pf.html
(4月25日アクセス)
「・・・24日の午後、軍部が行動を起こす時期がさし迫っているという噂が流れる中で、陸軍の最高位の将軍達は緊急会議を開き、陸軍参謀長のアシュファク・カヤニ大将は、陸軍は、「軍事要員達が条件や彼らの生活様式を押しつけることを看過しない」という声明を発した。 そして、24日の夜までには、タリバンは戦闘員達をブーネアーから引き揚げ始めた。
映像によると、戦闘員達はロケット・ランチャーを抱えてトラックに積み込まれ、スワトに帰り始めた。脅威は、当面、回避されたように見える。・・・
<実は、スワト渓谷の>係争者達は、シャリア法に大いに期待をしている。特段宗教に関心があるわけではないが、シャリア法は、効率的で公正だと思っているのだ。
「これまでの<裁判>制度は時間ばかりかかり、しかも腐敗していた。解決まで20年もかかるんだ」と・・・は言う。「しかし、これからは、数日間ないし数ヶ月で解決してくれるかもしれない」と。
しかし、この変化は早晩、より厳しい面を露わにしてくるだろう。
現にタリバンの法廷は、既に鞭打ち刑を課し始めた。・・・
<戦闘員達こそ姿を消したけれど、シャリア法は間違いなく施行されるのだ。>
・・・<戦闘員達は姿を消したけれど、ブーネアーの>一つの警察署は瓦礫と化し、学校の多くは爆弾で破壊された。
スワトの政治階級はペシャワールに逃亡した。<同地の>警察は意気地なく恭順の意を表している。警察の長は、警備された家の中に隠れており、取材を受けることを拒否した。・・・」
http://www.guardian.co.uk/world/2009/apr/25/taliban-mingora-pakistan-swat-islamists上掲
「・・・<タリバンの>ブーネアー攻撃は、議論の絶えないかったスワト平和協定の存続を危うくする可能性が高い。・・・
スワト協定が破綻すれば、陸軍はスワト渓谷に現在配置している15,000人の治安部隊を再び現役に戻すことになろう。
緊張は次第に高まりつつある。・・・」
http://www.guardian.co.uk/world/2009/apr/24/taliban-pakistan-islamists-swat-sharia-law上掲
(4月25日アクセス)
「・・・24日に、政府の役人達がタリバンの指導者達と会った後、タリバンは、彼らはブーネアーから撤退しつつあると表明した。
しかし、地元の住民達は、この動きは見せかけに過ぎず、叛乱者達の一部が去っただけだと言っている。・・・
陸軍の全師団は、過去12〜18ヶ月の間に導入されたところの、14週間の対叛乱訓練を実施しつつある。・・・」
http://www.nytimes.com/2009/04/25/world/asia/25pstan.html?_r=1&ref=world&pagewanted=print
(4月25日アクセス)
6 終わりに
このようにパキスタンは、中世世界と現代世界へと、既に事実上2分割されてしまっているのです。
タリバンは、アフガニスタン南部とパキスタンのNWFPにまたがって住んでいるパシュトン人が主体であり、中長期的には、パキスタンとアフガニスタンから切り離されたパシュトン人の国をつくるべきなのかもしれません。
しかし、当面は、とにもかくにも、タリバン/アルカーイダ勢力のペシャワールやパンジャブ州進出をパキスタン軍が武力で食い止めた上で、次に、パキスタン軍と米軍が協力してタリバン/アルカーイダのパキスタン内の軍事拠点をつぶさなければなりません。
パキスタンの政治・軍事当局が一刻も早く、態勢を整えた上で、かかる決断を下して欲しいと思います。
(完)
太田述正ブログは移転しました 。
www.ohtan.net
www.ohtan.net/blog/