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太田述正コラム#2772(2008.9.5)
<読者によるコラム:英国=米国の属国?>(2008.10.26公表)

 (これは、バグってハニーさんによるコラムです。)

・はじめに

 太田コラムでは「日本=米国の属国」論がかまびすしいですが、私は実はそれには一切与していないのです。こんなの「属国」をどう定義するかによってどうとでも結論できるし、観念的すぎて根性論の一種としか思っていません。正直なところ。日本が今よりも軍事的に自立して米軍基地が縮小されたとして、日本の政治・政治家がよくなるかといえば、そうなるかもしれないし、そうならないかもしれないし。高校野球で根性入れて練習したとして、それで試合に勝てるようになるかもしれないし、勝てないかもしれない、というのと似ている。

 今回の守屋氏の不祥事ですけど、航空機の調達にまつわる不正というのは昔から繰り返されてきたわけです。ロッキード事件なんてのが一番有名ですよね。それで、そういう過去の事件と今回の守屋氏の事件を比較してはっきりと実感するのは賄賂がどんどんチンケになってきているということです。ロッキード事件では田中角栄氏にすごい額のお金が動いたと思うのですが、守屋氏の場合、ただのただゴルフですよね。あるいはリクルート事件とかもっと昔の造船疑獄とかと比較してみると、いまどきの政治家が悪事を働いたとして非難されているのは年金保険料をちょろまかしたとか、非常にちんけな話ばかりです。

 この間、日本の安全保障制度や国防に関する意識が抜本的に改革されたかというとそんなことはない。「日本=米国の属国」論に従えば、日本は戦後一貫して吉田ドクトリンを墨守しているということになっている。それが与党政治家、外交・国防当局の腐敗を招いているとのことですが、そのような主張とは逆に、政治の腐敗は規模として戦後一貫して縮小してきている。ということはどういうことかというと、安全保障の自立度と政治の腐敗度にはさして相関はなかろう、ということになるわけです。日本の国防・外交がてんでなってないことに異論を差し挟むつもりは毛頭ないですが、日本の国防・外交に対する意識がどうであろうと有権者の目は戦後どんどん厳しくなってきていて、日本の政治の腐敗は一貫して矮小化しているわけです。

 日本国内の経時的な比較だけでなく、国際的に比較してみても日本の腐敗印象度(CPI、潔癖度、2007年度)は決して低くなく、世界180カ国の比較で日本17位と英(12位)独(16位)仏(19位)米(20位)国と遜色ないわけです(太田コラム#2614)。
http://www.transparency.org/news_room/in_focus/2007/cpi2007/cpi_2007_table
 あんまりこういうこと書くと日本の最大の問題は官僚の天下りだと太田さんに怒られるのですが。

 そんなふうに私は「日本=米国の属国」論を懐疑的に見ているのですが、そういう私の考えをぴったり裏付ける記事を発見しました。タイトルはずばり「我々はもはや属国に成り下がった−英国は米国に主権を譲り渡した(We are now a client state - Britain has lost its sovereignty to the United States
)」です。
http://www.guardian.co.uk/politics/2003/jul/17/usa.world
 太田さんも一目置いている英ガーディアンの記事です。2003年とやや古い記事なのですが、日米の関係を占う上で米英の関係は非常に参考になるので紹介したいと思います。ちなみに、この原稿をほぼ書き上げた時点で、同記事が太田コラム#139で既に取り上げられていることに気づきました。太田さんの料理の仕方と比べてみるのも一興かも。


・我々はもはや属国に成り下がった

 英国というのは日本よりもちっぽけな国なのに、安全保障や外交はよほどしっかりしていて、実際国際的な影響力は絶大なわけです。日本が目指すべきような国で太田さんも目標にしているような国でしょう。そういう一見自立した国の中にも太田さんのように「自国は米国の属国だあ」と唱える人がいるわけです。Sir Rodric Braithwaite合同情報委員会(joint intelligence committee )前議長(1992-93年)・前駐ロシア大使がこの記事の主要な登場人物なのですが、この方、英国版太田述正といった趣で、彼の唱える「英国=米国の属国」論の根拠がふるっています。ちなみに、ガーディアン当該記事が下敷きにしている、Prospect誌に掲載されたBraitwaite氏の手記は以下から読めます。
End of the affair
http://www.prospect-magazine.co.uk/article_details.php?id=5563


・第一の根拠「英国は米国の許可なく巡航ミサイルが発射できない」

 実は、太田さんも忌み嫌う(隠れファンの?)田中宇氏もガーディアン当該記事をキャリーしていて、彼の記事を引用します。

アメリカの属国になったイギリス 2003年7月29日   田中 宇
http://tanakanews.com/d0729uk.htm
 また、7月17日の「わが国は属国になった」と題するガーディアン紙の記事などによると、イギリス軍の潜水艦部隊はアメリカの巡航ミサイル「トマホーク」を大々的に導入すべく改装を行っているが、トマホークはアメリカの許可なしには発射できない。トマホークは米企業レイセオンの製品で、イギリス軍には2001年から配備が開始され、イラク戦争前に95発を売ってもらい、米本国以外で初めての大量供与となった。だが、トマホークは、地図とミサイル直下の実際の地形と照合して誘導するターコム(Tercom)と、GPS(衛星を使った位置測定システム)というアメリカの2つのシステムがないと飛ばせず、イギリスにとって対米従属を強いるミサイルとなっている。
―――

Braithwaite氏はこのような状況に非常に悲観的で、「自分たちだけでベルグラーノ号(注)を撃沈したようなことは二度と起きない」と嘆いています。しかし、ちょっと待ってほしい。ガーディアン当該記事で指摘されているとおり、そもそも非常に強力な攻撃的兵器であるトマホークを米国から供与してもらっているのは同盟国の中でも「特別な関係(special relationship)」にある英国だけです。イラク戦争でもトマホークを搭載した英国王室海軍の潜水艦HMSスプレンディドとHMSタービュラントが活躍しました。
http://nofrills.up.seesaa.net:80/image/5th-oif.png
つまり、巡航ミサイルは使えるだけでも特権的なのであって、Braithwaite氏はないものねだりというか。ところで、日本はどうかというと当たり前ですが、巡航ミサイルのような攻撃的兵器は保有してはならないことになっています。


・第二の根拠「英国は米国の許可なくして核兵器を使用できない」

 英国の戦略核システムはトライデントと呼ばれるのですが、トライデントというのは正確には米ロッキード・マーティン社が開発した潜水艦発射弾道ミサイルの名称です。英国は核弾頭と原子力潜水艦は自前で用意して運搬手段のミサイルだけ米国から供与を受けて戦略核システムを構築しています(典拠省略、Wikipediaでも読んでください)。

 しかし、ちょっと待ってほしい。この「英国は米国の許可なくして核兵器を使用できない」という表現には誇張が含まれており、実際にはトライデントの発射には米国の許可は必要ではないというのが、英国防省の公式見解です。以下は情報公開法に基づくQ&Aからの抜粋。
http://www.mod.uk/NR/rdonlyres/E2054A40-7833-48EF-991C-7F48E05B2C9D/0/nuclear190705.pdf

 Q2.英国政府による核使用に、米国政府は何らかの関与をしますか?
 A2.いいえ。
 ただし、NATOとして使用する場合はこの限りではありません。
 米国を含むNATO同盟国には意見を表明するための手続きが定められています。

 Q3.米国政府は英国による核使用を禁止したり拒否権を発動することはできますか?
 A3.いいえ。

 Q4.英国政府には核使用に際し米国政府に通告する義務がありますか?
 A4.いいえ。ただし、A2にあるとおりNATOとしての核使用の場合、米国と相談することになります.

―――
 これはちょっと考えてみれば当たり前の話であって、戦略核というのは最終的・絶対的な報復手段であって、国家存亡の秋にいちいち外国にお伺いを立てなきゃならないというのだったら、そもそも何の役には立ちません。
 Braithwaite氏が言うように「トライデントの保守点検には米国の協力が必須である」ことは確かなのですが、そのことは「発射には米国の許可が必要である」とは同値ではありません。前者は実際の運用の話であって、後者は手続きの話なのですから。しかしながら、巡航ミサイルと同じ理屈で英国の戦略核も米国に大きく依存しているのは確かです。

 これは日本も同じですよねえ。日本の場合は「大きく」ではなくて「全面的に」ですが。太田さんはBraithwaite氏よろしく「米国の核の傘なんて信頼ならん」と過去に言ってましたよねえ(太田コラム#1339,1340)。


・第三の理由「米軍基地の存在」

 在英米軍基地には王室空軍フェアフォード基地とか王室空軍クラウトン基地とか英空軍の基地かと見まがう名前がつけられているのですが、これは英国が米軍基地を恥じているからインチキな名前を付けているのだとガーディアン記者はずいぶん自虐的です。Braithwaite氏曰く「英国人は米国人がこれらの基地を使用する理由を一度も問い質したことがない。これは基地に関わる取り決めでは我々にはそうする余地がほとんどないからだ。これもまた別の英国の主権に関わる傷だ。」

 米軍基地が存在するのは日本も同じで、太田さんも日本が米国の属国である根拠にしていますよね。しかしながら、米軍基地を抱える国というのは日英以外にも独伊豪韓国など一見自立しているように見える国が数多くあり、米軍基地の存在だけをもって日本は米国の属国であるとは結論することはできないのではないかという反論が読者からなされることがたびたびあります。太田氏の再反論は、「米軍基地が日本のように首都圏に集中している国はない(太田コラム#1823)」というものです。ううん、微妙な反論だなあ。


・第四の理由「諜報」

 ガーディアン記者はまたまた皮肉たっぷりに、イラクがニジェールからウランを購入したという疑惑
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%AB%E7%96%91%E6%83%91
と大量破壊兵器を載せたイラクの弾道ミサイルが45分以内に発射可能であるという疑惑
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/3466005.stm
を取り上げています。これらはブレア前首相がイラク開戦の根拠にした諜報なのですが、どちらも後に間違いであることがはっきりとわかりました。ガーディアン記者はガセネタであっても独自に情報を仕入れているということはMI6(英国の諜報機関)は少なくとも何か仕事はしているようだ、と強烈に皮肉っているわけです(参考:太田コラム#266)。記者とBraithwaite氏はまたも微妙な理屈をこねくり回して英国の諜報機関がどれだけ米国発の情報に依存しているかを指摘しています。でも、英国の諜報機関は世界でももっとも優秀な部類なんですよ。

 諜報も太田さんがいつも口をすっぱくして主張していることですよねえ。日本は英国よりずっとダメで、ガセネタとってくる諜報機関さえ存在してないですが。


・第五の理由「英国は米国の許可なくしてもはや戦争できない」

 英国は米国のお先棒を担いでいるだけだということですね。一方の米国は、ラムズフェルドが指摘したように、英国抜きでも戦争を遂行することができると。私にとって新鮮だったのは、左派のガーディアンが「戦争ができないこと=主権の喪失」としていることですね。

 この理屈だと憲法で交戦権を否定している日本にはそれだけでそもそも主権が存在していないことになってしまって、太田理論を補強することになってしまいますが。


・第六の理由「英国は英国市民を米国の権力から保護することができない」

 もう面倒くさくなってきたので、太田コラム#139からそのまま引用します。

―――
米国が対テロ戦争を遂行する過程で確保した「捕虜」を、通常の裁判所ではなく行政府が設置するMilitary Tribunal で裁くこととした(コラム#5参照)ことに伴って発生した米英両国間のあつれきを指しています。米国は、米国内で確保した「捕虜」や、たとえ米国外で確保した「捕虜」であってもそれが米国人であれば、通常の裁判所で裁く扱いにしたのですが、英国政府はグアンタナモ米軍基地で抑留されている英国人「捕虜」二名を英国の(通常の)裁判所で裁くべく、彼らの英国への移送を求めており、これを米国政府が拒否しています。
英国は米国と法意識を共有しており、緊急事態における特別な司法手続き導入の必要性そのものに反対しているわけではないので、いずれこのあつれきは両国間で「円満に」解決できると考えた方がいいでしょう。「英国は自国民を米国の権力から守ることができない」と肩に力を入れるような話ではありません。
―――

 さて、これらの英国人捕虜はその後、どうなったのでしょうか。この記事は2003年7月の時点に書かれており、二人の英国人捕虜と言うのがいったい誰を指しているのかがはっきりとしないのですが、ティプトンの三人組(Tipton Three)と呼ばれる、グアンタナモ・ベイに二年間拘留されていた英国人たちは2004年3月に英国に送還され、その翌日無罪放免となっています。
http://en.wikipedia.org/wiki/Tipton_Three
 逆に、グアンタナモ・ベイで虐待を受けたと米国政府を訴え、その廉で英国政府は現在調査中のようです。それ以外にグアンタナモ・ベイに拘留されていた英国人たちも軒並み開放されていますね。
http://en.wikipedia.org/wiki/Guantanamo_Bay_detainment_camp#Released_prisoners
 「いずれこのあつれきは両国間で『円満に』解決できる」という「太田予想」またしても大当たり!ぱちぱち。

 日本人でグアンタナモ・ベイに拘留されている人は寡聞にして聞いたことないです。強いてあげれば、日本で無罪が確定したにもかかわらず、2008年にサイパンで逮捕された三浦和義氏ですかねえ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Kazuyoshi_Miura_(businessman)
 彼の場合、日米間で外交問題にはなってないですが。


・最後、第七の理由「不平等条約」

 これは米英間の刑事共助条約(Mutual Legal Assistance Treaty、MLAT)のことを指しています。英国は米国が証拠を示さずとも英国人容疑者の身柄を引き渡すのに対して、米国は、合衆国憲法修正第4条に基づいて、確かな証拠がない限り米国人容疑者の身柄を引き渡さないことが不平等だと主張しているのですが...。ちょっと調べてみましたが、何が問題なのかよくわかりませんでした。ガーディアン記者はまたしてもシニカルで、反米が主張するように英国が実際に51番目の州であったなら、今の英国政府以上に米国政府から守られているのに、と皮肉を吐いています。

 ちなみに、日米間でも、2003年に同様の条約が締結されています。その取り決めによると

―――
同条約は相手国の共助請求に基づき、関係者の取り調べや証人尋問、証拠物の授受などに協力する義務を明記。外交ルートを通さず、日米の捜査当局(法務省、国家公安委員会、米司法省)が直接、やりとりできる「中央当局制度」を採用し、国際テロや兵器関連物資の違法取引などへの対応を迅速、効果的に行うことを目指している。  このほか日本の制度としては初めて、相手国の要請に基づき、国内で身柄が拘束されている受刑者らを証人として出頭させるため、拘束状態のまま相手国に移送する制度も創設。双方の国内法が犯罪と規定する「双罰性」を満たさなくても原則として共助に応じることとした。
http://www.47news.jp/CN/200308/CN2003080501000666.html
―――

となっています。「不平等条約」というほどのものなんですかねえ。


・最後に

 最後がややしりつぼみになってしまいましたが(もとの記事がそうなのですが)、「英国=米国の属国」論は屁理屈が多く、誇張にすぎるような気がします。こういう議論も踏まえた上で、日本が本当に米国の属国であるかどうか、どの部分で独立を目指すのかを議論していかなければならないでしょうね。


 (注)ベルグラーノ号。フォークランド紛争で英海軍に撃沈されたアルゼンチンの艦艇。アフガン・イラク戦争とは異なり、英国はフォークランドでは単体で戦争しました。これはNATOが北米・欧州の地域同盟でありフォークランドが対象地域外であったために、NATOの集団的自衛権が発令されなかったからです。ちなみに、911は米国本土に対する攻撃であったためにNATOは史上初めて集団的自衛権を行使し、英国はアフガニスタンでは他のNATO同盟国と協同して作戦に従事しています。
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<太田>

 全般的にはこれも大変よくできたコラムですが、出だしがひどいねえ。
 私の属国論は根性論なんかじゃ全くなくて、防衛官僚としての体験論(旅先であるがゆえに典拠省略)であり、何よりも法律論(コラム#1823)であることを忘れてもらっちゃ困ります。
 私の日本の米国属国論(保護国論)を批判しようと思ったら、まずは、英文ウィキペディアの「保護国(protectrate)」についての記述を批判するところから始めなければなりません。
 ちなみに、ここの記述に日本はズバリあてはまるけれど、どう逆立ちしても英国はあてはまりません。
 また、現在の日本の腐敗・・官から業への天下りを中核とする政官業の三位一体的癒着構造・・は、世界で他にほとんど例を見ない特異な腐敗であり、腐敗度の国際比較に俎上に載せられることのない腐敗であると指摘していること(同じく典拠省略)については、バグってハニーさんもご存じのようですが、私の腐敗論を批判されるのであれば、これまた、正面から批判を展開していただきたかったですね。
 このような観点からは、私は、日本の腐敗度はむしろ増してきている、とさえ考えているところです。

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