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太田述正コラム#2609(2008.6.14)
<イラクの現状をどう見るべきか>(2008.8.9公開)

1 始めに
 
 コラム#1889(2007.8.1)「奇跡が起こったイラク」を書いたのは昨年8月1日のことでした。
 それ以来、イラクに焦点をあてたコラムを書いていません。
 つい最近、コラム#2603でイラク情勢にちょっと触れたところですが、改めてイラクの現状を論じてみたいと思います。

2 イラクの現状をどう見るべきか

 (1)序論

 米国主導の対イラク戦によってフセイン・ファシスト政権は打倒され、それまで抑圧されていたシーア派とクルド人が解放されたものの、爾来イラクでは、マクロ的に申し上げれば、(アルカーイダ系テロリストと連携した)スンニ派対米軍、スンニ派対シーア派、そして途中からこれらに加えてシーア派対シーア派、という三つの内戦が平行して続いてきました。
 その結果、イラク人だけで、米国の人口に置き換えれば1,400万人が死亡するという大惨禍が引き起こされました(
http://www.washingtonpost.com/wp-srv/style/longterm/books/chap1/thesecondplane.htm  
。4月27日アクセス)。
 以上からすれば、5月のの世論調査で、米国民の60%以上が対イラク戦を行ったのは誤りであったと思っており、イラク情勢が好転しつつあると考える者は今年2月時点では46%だったのが、37%へと更に下がり、イラクからの速やかな米軍の撤退を求める者は、2月時点では49%だったのが、更に56%へと上昇した(
http://www.nytimes.com/2008/06/01/opinion/01richedit.html?ref=opinion&pagewanted=print 
。6月1日アクセス)のは不思議ではありません。

 (2)悲観論

 上記米国世論調査結果と基本的に同じ判断なのが、ハーバード大学ケネディー・スクールの公共政策教授のトフト(Monica Duffy Toft)です。
 彼女の主張は以下の通りです。

 アルカーイダ系テロリストのことをさておくとしても、イラクの現状は宗教的内戦と考えるべきだ。
 なぜなら、第一に、イラクのスンニ派もシーア派もそう考えているからだし、第二に、現実に敵の選択や脅威の定義にあたって彼らが宗教的アイデンティティーを用いているからだし、第三に、国外に戦闘員、武器、資金の支援を求めるにあたって、彼らが宗教的用語を用いているからだ。
 イスラム教にはキリスト教の法王のような存在がないが、スンニ派と違ってシーア派は、神の意思を解釈する宗教学者の存在が不可欠であると考えている。
 だからこそ、宗教学者であるサドル(Moqtada al-Sadr)師は最近イランに出かけて宗教研究に一層磨きをかけたのだし、宗教学者でないマリキ(Nouri al-Maliki)イラク首相がシーア派の間で今一つリーダーシップが発揮できなくて苦労しているわけだ。
 現在、一見イラクにおける治安状況が改善したように見えるけれど、イラクにおける宗教的内戦はこれから益々激しさを増していくと私は見ている。
 というのも、世界の現在進行形の内戦の46%は宗教がからんでいて、宗教的内戦のうちイスラム教がからんでいるものが80%以上占めていて、宗教的内戦は往々にして一方が勝利を収めるまで続くからだ。
 よって、米軍は可及的速やかにイラクから撤退すべきだ。
 米軍が撤退さえすれば、イラクのシーア派とスンニ派は、伝統的かつ歴史的な敵であるところのクルド人とイラン人に反対するという両派の共通の利害を発見するに違いないからだ。

 (以上、
http://www.csmonitor.com/2008/0602/p09s01-coop.html 
(6月2日アクセス)による。)

 (3)楽観論

 英エコノミスト誌は、正反対の以下のような楽観論を打ち出しています。
 
 われわれは2003年の対イラク戦開戦を支持した。
 その後、内戦が続き、余りにも多くのイラク人が辛酸を舐めることになった。
 しかし今や、治安状況が改善し、石油の値上がりで財政状況も改善した。イラク政府もイラク国民から信頼感を得つつある。
 このため、イラクが空中分解したり恒久的な混沌状況に陥ったりしてしまう切迫した危険性はもはやない。
 われわれは2007年9月にイラクにおける米軍の兵力増強に賛成した。ダメもとでやってみるしかない、と考えたからだ。
 その後、アルカーイダ系テロリスト達の残虐さに嫌悪の念を抱き、スンニ派の部族の多くが彼らと袂を分かち(=Sunni awakening=Sahwa)、米軍に協力し始めたことと、2006初めのシーア派モスク爆破事件以降スンニ派とシーア派が殺戮し合いを止めたこと、には、この米軍の兵力増強もあずかっている。
 もう一つの理由は、喜ぶべきことではないが、昨年の「民族浄化」の結果、スンニ派とシーア派の混住地区が少なくなったことだ。
 しかし、何と言っても最大の理由は、無差別殺戮の恐怖と訣別することをイラク人の多くが決意したことだ。
 シーア派同士の内戦も雲散霧消しつつある。
 過去数週間というもの、イラク政府は、港湾都市のバスラと首都バグダッドのサドル派拠点たるサドル・シティに、それぞれ軍隊を送り込んで制圧した。
 サドル師が自分の民兵に抗戦をさせなかったのは、今やイラク軍が民兵よりも強力になっただけでなく、少なくともシーア派の間では、イラク政府が政治的正統性を獲得したことを意味すると考えられる。
 結論的に言えば、マケイン大統領候補の主張であるところの、未来永劫イラクに米軍を駐留させる必要性はなくなったということだ。
 むしろ、オバマ大統領候補の主張であるところの、大統領就任後16ヶ月以内の米軍のイラクからの撤退、が不可能ではなくなったと言うべきだろう。
 もとより、イラクの近未来を確定的に予想することは誰にもできないが・・。

 (以上、
http://www.economist.com/opinion/displaystory.cfm?story_id=11535688  
(6月14日アクセス)による。)

3 終わりに

 この悲観論と楽観論のどちらに与すべきなのでしょうか。
 米国のクリスチャンサイエンスモニター紙より英国のエコノミスト誌(ファイナンシャルタイムスと同系列)の方が信頼性が高いこと、前者は一米国人学者のコラムであるのに対し、後者はいわばエコノミスト誌の公式見解であること、等から私は躊躇なく楽観論の方に軍配を挙げます。
 興味深いのは、ご紹介した悲観論も楽観論も、手段か結果かの違いはあれど、米軍(多国籍軍)のイラクからの早期撤退を語っている(提唱、あるいは予想している)ことですね。

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