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太田述正コラム#2110(2007.10.7)
<完全なスパイ(その1)>(2008.4.19公開)

1 始めに

 ゾルゲや尾崎のように、刑死した有能なスパイもいれば、人生をまっとうした有能なスパイもいます。
 今回は、後者にあたる二人をご紹介したいと思います。
 一人はベトナム戦争時のベトナム人であり、もう一人は先の大戦時のオーストリア人です。

2 ベトナム人

 まず、ベトナム戦争当時にサイゴンで米タイム誌の記者を務める一方で北ベトナムのスパイを務めていたファム・スアン・アン(Pham Xuan An。1927〜2006年)の話です。

 北ベトナムは、彼を1957年から2年間米国カリフォルニア州のオレンジ郡の大学に送り、ジャーナリズムを専攻させます。ただし、彼は南ベトナム政府の役人に気に入られ、同政府のカネで留学したのです。
 タイムの記者時代の彼は、他社の米国人ジャーナリストにも気軽に情報を与えたり人を紹介したりしたので、南ベトナムに派遣された米国人ジャーナリストはみんな彼の友人になったものです。
 こんな彼だったので、南ベトナム政府要人や軍の幹部、及び在南ベトナムのCIA要員を含む米国政府関係者達に知人友人が多く、彼らから突っ込んだ情報がとれました。

 アンがスパイとしてどんなめざましい働きをしたのか、三つだけ挙げましょう。

 ベトナム戦争の初期、まだ米国の戦闘部隊が派遣されていなかった頃、米軍事顧問達は、ベトコン(実は北ベトナム軍)退治に有効であるとして、南ベトナム軍に対し、米国製ヘリコプターを使って戦う戦術を伝授しました。
 アンは、この戦術の全てを南ベトナムと米国の情報源から入手し、北ベトナムに伝えたため、北ベトナムは対処戦術を編み出し、1963年のサイゴンの南30マイルの村での戦いで5機のヘリコプターを撃墜し、米軍事顧問3人を殺害し、5人を負傷させるという大戦果を挙げました。

 また、1967年末に北ベトナムは彼に1968年初めにテト攻勢をかけると伝えてきました。 アン自身は、テト攻勢をかけても南ベトナム民衆が叛乱に立ち上がることはなく、無意味であると思っていましたが、サイゴン中を回って脆弱な地点を探し出し、事前に北ベトナム軍の指揮官を変装させてサイゴンに連れてきて、直接これらの地点を案内しました。
 これがテト攻勢の時のサイゴン潜入作戦にどんなに役立ったかは言うまでもありません。

 更に1975年、北ベトナムがサイゴンを攻略するかどうか迷っていた時、何年もかけて準備を整える必要はない、ただちに攻略せよと促しました。
 北ベトナムはこのアンの勧告に従い、サイゴンを陥落させたのです。

 ベトナム戦争後、統一ベトナムの当局は、アンを完全には信用していなかったため、アンは再教育の対象となり、米国に関するコンサルタント的に使われることはあっても本当に責任のある仕事を与えられることはありませんでした。
 もっとも、最終的にアンは少将に昇任し、人民軍英雄の称号を授けられます。
 諜報要員で同じ栄誉を与えられたのはアンの他には一人だけです。

 アンは愛国者でありベトナムの統一と独立を希求していたけれど、忠実なマルクス・レーニン主義者になるには米国人と米国を愛しすぎていたのですから、このようなアンに対する処遇はもって瞑すべきであると言うべきでしょう。
 アンの伝記を書くという前提で晩年のアンとつきあっていた、カリフォルニア大学デービス校の米国人教授が彼に対し、ベトナム戦争とその戦後についての所見を質した時、彼は、「君たちは第三次世界大戦・・冷戦のこと・・に勝利したではないか。小戦闘に敗北したからってどうってことないじゃないか」と答えたものです。

 アンが2006年に亡くなった時、軍事的儀式にのっとった公的葬儀が盛大に行われましたが、かつての南ベトナム派遣米ジャーナリスト達から多数の、友人たるアンに敬意を表し、感謝する弔辞が寄せられました。
 これは不思議ではありません。
 アンはベトナム戦争中、何千何万という米国人を死に至らしめた一方で、米ジャーナリスト達の命も数多く救ったからです。

 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/07/19/AR2007071902279_pf.html
(7月22日アクセス)、及び
http://hnn.us/articles/37934.html
http://www.nhamagazine.com/0307/art_and_culture/perfect_spy/perfect_spy.shtml
(どちらも10月7日アクセス)による。)

(続く)

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