太田述正コラム#1999(2007.8.14)
<産業革命をめぐって(続)>(2008.2.16公開)

1 始めに

 産業革命論については、過去に(コラム#1477、1489、1501、1515、1570、1586において)かなり詳しく採り上げており、18世紀のイギリスで就業人口の農業から工業へのシフトという産業構造の変化が生じたけれど、これは一人当たり実質経済成長率の加速化を伴っておらず、その意味では18世紀に産業「革命」と言えるようなものはイギリスにおいて起きなかったものの、19世紀に入ってからようやくイギリスの一人当たり実質経済成長率が加速した、とご説明したところです。
 他方、イギリスの工業システムを輸入した諸外国においては、産業構造の変化と一人当たり実質経済成長率の加速化が同時に始まり、文字通りの産業革命が起きます。
 だから、イギリスの18世紀から19世紀にかけての緩慢な変化も、同じく産業革命と呼びたい、という気持ちも分からないではありません。
 いずれにせよ、このような変化は世界で最初にイギリスで起きた、ということをコラム#1489で申し上げたところであり、これは、イギリスのユニークな政治・法・自由・哲学の賜であるとする通説のご紹介をしました。

 このたび、新たな有力説・・イギリス人構成変化説・・を米カリフォルニア大学デービス校の経済史教授のクラーク(Gregory Clark)が唱えていて、来月この説を詳述したA' Farewell to Alms という本を Princeton University Press から出版することを知ったので、この説をごくかいつまんでご紹介することにしました。

 (以下、
http://www.slate.com/id/2172145/
http://www.nytimes.com/imagepages/2007/08/06/science/20070807_INDU_GRAPHIC.htmhttp://www.nytimes.com/2007/08/07/science/07indu.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print  
(どちらも8月14日アクセス)による。)

2 イギリス人構成変化説

 クラークの説は、イギリスで1800年頃に産業化が起きた、とした上で、

 一、1200年から1800年にかけての産業化以前のイギリスにおいては、遺言書等のデータにより、一貫して金持ち階級の方が貧困階級より、生存する子孫をたくさん残してきたことが分かった。
 二、この結果、金持ち階級の子孫が貧困階級の職に進出して行った。
 三、換言すれば、中世の上流階級が近代以降のイギリスの人口の大半を占めるようになったのだ。
 四、すなわち、「節約、慎重、交渉志向、勤勉」という生産志向価値が「浪費、衝動的、暴力志向、遊び好き」という価値に取って代わったのだ。
 五、 このことが、暴力沙汰の減少(例えば殺人率の低下)と、識字率・計算能力・労働時間・貯蓄率の上昇をもたらした。例えば、貯蓄率の一貫した上昇に伴い、利子率は1200年から1800年にかけて一貫して低下した。
 六、つまり、かかる変化はイデオロギーや理性によってではなく、遺伝子によって起こったのだ。
 七、1200年から1790年まではイギリスの生産性(production efficiency)は乱高下を繰り返し、長期的に見れば停滞していた。1790年時点でイギリス人の平均所得は世界一だったけれど、平均カロリー摂取量は2322カロリーにしか過ぎず、現在の狩猟採集経済下の人々の2300カロリーと大差はなかった。大きな変化が生じたのは1790年であり、この年以降、生産性は一貫して上昇傾向を示すようになり、ついに生産性が上昇しても人口増によって上昇分が帳消しにされてしまうというマルサスの罠をイギリスは克服し、これに伴ってカロリー摂取量もようやく狩猟採集経済レベルを脱し、現在に至っている。
 七、他方、支那や日本では意外にも、金持ち階級(日本の場合は武士階級)が貧困階級よりも子孫をたくさん残すことはなかった。このため、支那や日本では、支那人構成、日本人構成の変化が生じず、従って生産志向価値が普及することもなかった。

というものです。

3 感想

 1200年から1800年にかけて、イギリスでは一貫して金持ち階級の方が貧困階級より、生存する子孫をたくさん残してきた、というのは確かのようであり、このことを発見しただけでもクラーク教授は大きな業績を挙げたと言えますが、イギリス以外では本当に同様の趨勢が見られないのか、更に検証する必要がありそうです。
 日本の武士階級が金持ち階級であるなどとは、江戸時代の半ばにもなれば言えなくなるわけですが、クラーク教授はこのあたりのことが分かっておられないように見えます。
 また、欧州諸国についてもどうだったのか知りたいところです。
 また、金持ち階級と貧困階級の価値観が、クラーク教授のように本当に対蹠的なものであったのか、これについてももっと詳しい説明が聞きたいところです。
 ですから、イギリス人構成の変化が1790年頃に臨界点に達し、産業化がイギリスで始まった、というクラーク教授の主張にもまた、現時点では首肯するわけにはいきません。 

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