太田述正コラム#1994(2007.8.11)
<イラク化しなかった米国(その1)>(2008.2.12公開)

1 始めに

 グレイ(John Gray)が指摘したように、「うまくいっているところの多民族からなる民主主義的国家の大部分は君主制を採用して」いる(コラム#1887)わけですが、多民族国家である米国が、君主制を採用していないのに、どうしてイラクのように独裁制になったり、無秩序になったりしなかったのでしょうか。
 19世紀後半に南北に分裂しそうになったけれど、南北戦争で北部が勝利することによってかろうじて分裂を免れ、しかも南北戦争を通じて米国なる民族国家(nation state)が形成されたおかげだ、というのが一応の答え(コラム#1887)ですが、それだけではないのではないでしょうか。
 私の仮説を申し上げることにしましょう。

2 独立戦争に反対した人々の予言

 英領北米植民地で独立戦争が起きた時、植民地の総人口約200万人の約5分の1は独立反対派(Loyalist)でした。
 うち、2万人は英本国の側に立って独立派と戦います。
 独立派が英軍に勝利すると、独立反対派の人々は様々ないやがらせや差別の対象になります。そして、英本国が土地と補償を提供することを約束したこともあって、総人口の約30分の1にあたる8万人が北米植民地を去るのです。独立反対派に与して戦った黒人奴隷達や、長年英国と友好関係にあったモホーク(Mohawk)インディアンも彼らについて行きました。これらの人々うち半分はカナダに定着します。
 この独立反対派の人々は、君主制を撤廃した米国は、無秩序と暴力が支配する国になり、早晩独裁者が現れることになるだろう、と予想していました。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/07/01/magazine/01wwln-essay-t.html?ref=magazine&pagewanted=print  
(7月1日アクセス)による。)

 グレイが当時北米におれば、同じような予想をしたことでしょう。
 ところが、アングロサクソンによる、「異少数民族」たる黒人奴隷やインディアンに対する暴力的支配や迫害はあったものの、その後米国の民族構成がどんどん複雑化して行ったというのに、米国は無秩序の国にも独裁国家にもなりませんでした。

 再度設問を投げかけましょう。
 一体それはどうしてなのでしょうか?

3 仮説としての答え

 (1)始めに

 私は三つの要因が挙げられると思っています。
 米独立戦争に勝利したこと、米国が拡張し続けることができたこと、この拡張を正当化するイデオロギーを米国が有していたこと、の三つです。
 私見では、この三つのおかげで米国の内部矛盾は先鋭化を免れ、だからこそ米国は無秩序の国にも独裁国家にもならずにすんだのです。
 以下、順次説明します。

 (2)米独立戦争に勝利したこと

 上記設問は米国が英国から独立しなければ、米国が存在しないのだからそもそも成り立ち得ない、という意味で「米独立戦争に勝利したこと」を挙げたわけではないのです。

 私は、当時の超大国であった英本国に挑むという大博打を打って薄氷の勝利を挙げたことで、北米植民地の独立派が、自分達が神の選民であること(コラム#504)を確信したであろうことの重要性を指摘したいのです。
 実際、独立派の総司令官であったワシントン自身が、独立戦争における勝利は奇跡に近いことだった(almost a miracle)と述べています。

 1776年8月、という独立宣言からわずか4ヶ月目に敗北寸前の状態に陥っていた独立派軍がニュージャージー植民地(州)トレントンで起死回生の大勝利を挙げることができた(コラム#510)とか、1780年9月にワシントンが、英本国側に寝返りワシントンの誘拐(と恐らくはその後の殺害)を期すに至ったところの、独立派の最も有能な将官の一人であったアーノルド(Benedict Arnold。1741〜1801年)と会うことになっていたところ、直前にこの企みが露見して九死に一生を得たとか、独立派はツキに恵まれ続けたのです(注1)(注2)。
 (以上、特に断っていない限り
http://www.csmonitor.com/2007/0703/p13s02-bogn.htm  
(7月3日アクセス)による。)

 (注1)この米独立戦争に比べれば、先の大戦において日本が対米開戦をしたことなど、大した博打ではなかったと思えてくる。占領時代の米軍による洗脳によって、われわれは対米開戦が不合理な死の跳躍であったと思いこまされているが、このマインドコントロールから脱しなければなるまい。1942年12月に真珠湾攻撃した際に米空母(複数)が真珠湾にいてこれを日本が撃沈できていたら、あるいは、1943年4月の山本五十六連合艦隊司令長官の米軍による暗殺が失敗していたらどうなっていたか、等を考えてみよう。
 (注2)独立戦争は独立派にとってまことに厳しい戦いだった。北米植民地の総人口約200万人中、兵士適齢期の男子の16分の1近くの2万5,000人が命を落とすという、南北戦争の時に次ぐ損耗率であっただけでなく、南北戦争の時の敗者南部を超える飢えと窮乏の惨めな戦後を人々は送った。ちなみに先の大戦の時の日本の内地の人口は8,000万人くらいだから、米独立戦争の時の損耗率をあてはめると100万人の死者という計算になる。独立戦争の時の死者は基本的に兵士だけであることを考えれば、勝ち戦としては、べらぼうに高い損耗率であったことが分かる。

(続く)

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