太田述正コラム#2336(2008.2.1)
<皆さんとディスカッション(続x54)>

<読者NT>

 私は太田さんのファンです。私も太田さんに習って近い将来、 国益に関わる英語教育の問題を告発していこうと思っています。
 C型肝炎は人間の命に関わる問題でしたが、英語教育の問題は、 将来の日本の存亡に関わる深刻な問題だと思っています。
 これだけ時間とお金とエネルギーをかけて有能な国民が得られるコストパーフォーマンスは天文学的に低いと思います。
 原因は訳す事と文法にあると思っています。文法の代わりに音で学ぶ英語を、訳す代わりに英語で考える人材を育成しないとこの国の最も価値のある人材という財産(原敬談)は活かせないと思います。
 太田さんの仰る、政官業の癒着構造は痛快でわかりやすいです。
 太田さんも真実を告白しても暗殺されないカードを持っていて敵の急所をつかんでいるので、安心して発言されているのだと思いますが、応援しています。本当にマスコミに露出されて真実を暴露して頂き、感謝しています。平成の松本清張だと思っています。

<太田>

 どうもどうも。
 日本人の英語力を向上させるには、英語を使う必要性がある国に日本を作りかえていくことしかない、と私自身は思っています。
 ところで、

>太田さんも真実を告白しても暗殺されないカードを持っていて敵の急所をつかんでいるので、安心して発言されているのだと思います

 というより、権力側の人々はタカをくくっているのだと思います。
 小沢さんのような、テロ特措法やガソリン税をめぐり、拙劣極まる攻め方しかできない人物が反権力側のトップに座っていたり、大阪の橋下さんや、熊本の樺島さん(
http://www.asahi.com/politics/update/0111/SEB200801110001.html 
。1月11日アクセス)のように、権力側にすり寄るTVインテレクチュアルや東大政治学教授がこの期に及んで続出するような日本ですからね。

<読者>

 縄文だとか弥生だとかという、町の考古学マニアレベルのほとんど科学的でない話は、議論自体の信頼性を損ねるろ思いますので、適当な程度にしておいたほうがいいじゃないですかね。縄文→弥生といったら、卑弥呼以前ですから文字資料がないに等しいですし、ちゃんと検証できる話だとも思えません。
 縄文時代なんかより、戦国時代から明治時代までのほうがよっぽど今の日本人に影響を与えていると思いますし、仮に縄文の名残があるとしてそれがはたして全体の何%になるのか、論じる価値のあるのウェイトを占めているのか疑問です。もし、縄文→弥生に現在と同じようなことがあったとしても、因果関係の証明にはなりません。

<太田>

 「縄文だとか弥生だとか」の議論を冷笑するより前に、ご自分の歴史認識のナイーブさを直視されてはいかがですか。
 7世紀後半から8世紀後半頃にかけて・・私の言う、第一回目の縄文モードへの回帰期において・・編まれた、日本に現存する最古の日本語詩集である万葉集を通じて窺える当時の日本人の感性は、現在の日本人の感性そのものですし、10〜11世紀・・私の言う第一回目の縄文モードの真っ最中・・に書かれた源氏物語は、今なお、昭和期以降の何人もの文学者達が現代語訳を試みるほど現代(日本)性を持つ文学作品です。
 そもそも、皆さんが読んでいるこの私のブログは、ブログ数(正確にはブログ・アップ数)世界一の日本語ブログ(
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20070406_technorati_blog/
。1月31日アクセス)の一つであるわけですが、なぜこんなに日本人がブログが大好きかと言うと、これまた10世紀前半・・やはり私の言う第一回目の縄文モードの真っ最中・・に紀貫之が書いた最初の日記文学である『土佐日記』に始まる日本の日記文学や、その流れを汲む私小説の伝統があるからこそではないでしょうか。
 「戦国時代から」の日本より以上に、このような、今から約1000年以上前の日本が現在の日本人の感性や生き様に決定的な影響を与えているとさえ言えそうだとすれば、それから遡るところわずか約1000年プラスアルファ以前まで、約1万年続いた縄文時代の日本が、現在の日本人の感性や生き様に決定的な影響を与えている可能性、すなわち日本文明の基層を形作っている可能性、だってありうると思いませんか。

<Ichiki>

日本人が移民を受け入れられないのは、日本人が元来有しているムラ社会的な感情(よそ者に対する強固な拒否感情)によって説明できるのではないでしょうか。ムラ社会的気質は、日本人に特徴的なものであると考えます(日本人同士ですら、生まれ等によりよそ者とみられる者を排除してきた歴史もあります)。
 戦前、半島からの移民?を受け入れていたのも、植民地として支配していたから仕方がなかったからだけではないでしょうか?
 そして、現在はというと、相変わらずムラ社会であり、その拒否感情を正当化するに足る(偏った)情報だけを無意識に取り入れ、心地よく移民を拒否している人が多いのではないかと分析しています。
 そのような感情が不合理なものであると気付き、立派な国になって欲しいものです。

<太田>

 「日本人が元来有している・・よそ者に対する強固な拒否感情」のよってきたる所以を説明しようとしているのが私の縄文モード論なのです。

<Yoshu>

>NLP問題を通じて見えてくるのは、外交・安全保障を自らの意思で外注しながら、これを請け負った米国の邪魔ばかりしているのが、日本国民であり、日本政府だと言うことです。だから、私は外注を取り消し、自立せよと主張しているのです。

と、言うのを読み、肯くばかりです。
 太田さんのコラム内の日本属国論を呼んだり、太田総理での議論を視ているうちに、少しずつ、日本は、集団的自衛権行使するべきではないかと言う考えが、私の中で強くなってきました。#2251へのコメントにも書きましたが、NHKスペシャル日本とアメリカ http://www.nhk.or.jp/special/ の1月27日放送の第1回深まる日米同盟の中で、北朝鮮のミサイルの脅威に対抗しようと、急速に配備が進むミサイル防衛の話の中で、迎撃ミサイルのことが出てきました。日本は集団的自衛権を行使しないと言う原則の為、第三国からアメリカに発射されたミサイルを撃ち落とすことはできないと、言うことでした。なんと言うことでしょうか。日本は、アメリカに守って下さいと言い、アメリカに向かっては、第三国からアメリカに向かって、発射されたミサイルを日本は撃ち落とせませんなんて・・、なんて自分勝手な国でしょうか。恥ずかしいことです。
 それに、日米の軍事協力はグローバル化していて、このままでいけば、国際貢献が出来なくなります。だから、このまま日米同盟続けようが、今のままの状態で、アメリカから自立をしようとすれば、生まれたての赤ん坊を狼だらけの森の中に捨てるようなものですから、どちらにしても、集団的自衛権をすると言う最低限のラインは越えない限り、日本の進む道はない気がします。
 どちらにしても、日本政府が望む国連常任理事国には、なれないでしょうね、今のままでは。今の日本の状態で望むこと自体が、国家の恥です。

<太田>

 よくぞ言ってくれました。

<バグってハニー>

 <コラム#2334で桜の花さんが提示されたデータは朝鮮新報に掲載されたものですね。
 さぞ朝鮮新報がニヤけていることでしょう。>

知らずに引用してるのだと思いますけど、これ朝鮮総連の機関紙です。記事を読めば分かりますが、あなたの嫌いな在日朝鮮人の利益を代弁しているだけです。もちろん、北朝鮮のプロパガンダも担っています。「朝鮮人には気を付けろ」と主張する人が、その朝鮮人による宣伝を真に受けるというのに私は大いなる矛盾を感じるのですが・・。

まあ、この数値が正しいとして、数値を一つだけ引いてきても意味ないですよ。何も無いよりはましですけどね。多い/少ないというのは何かと比較しなきゃ判断できません。在日は世帯数しかわかりませんが、2005年の生活保護受給者数はおそらく2100人くらいでしょう。一方、同区の在日の総人口は 31,011(2006年)となっています。
http://www.city.osaka.jp/ikuno/about/status.html
よって、税金を払ってない在日はもちろん存在していますが、税金を払っている(世帯に属している)在日がほとんどです。

>在日の方で税金を払っている人も多いでしょうけど、払っていない人も多い現状

というのは間違いで、「在日で税金を払っている人は多く、払っていない人はずっと少ない」となります。

次に、コラム#2334のUeyamaさんの、

>実際問題として定住している外国人は特別永住者である(日本国籍を失った)在日韓国・朝鮮人だけではなく、永住者349,804、定住者265,639、日本人の配偶者等259,656人(2006年末現在。http://www.moj.go.jp/NYUKAN/nyukan53-2.pdf
)がおり、特別永住者に対する対応だけでは、当然特別永住者に対する解決にしかならない

ですが、日本人の配偶者というのはそうですし、永住者も日本人と結婚している人が多いのと違いますかね。だとすると子供は日本人なので、参政権で損するのは最初の世代だけなわけで、はなはだしく理不尽ということもないような気がします。ただ、日本が本格的な移民国家になって家族ごと移民してくるなんてケースが増えてきたら、こどもの国籍の要件になんらかの生地主義を取り入れる必要が出てくるとは思います。

更に、コラム#2332の太田先生の、

>日本の指導層が「軍事が日本にとって差し迫った問題」であるとは考えなくなったのはどうしてだとお考えですか。日本が分断国家にならなかったことが最大の原因だなどとおっしゃっていてよろしいのですか。

はい。「指導層」というのは考慮してないですけど、指導層は単に国民の代表だとすると、日本の安全保障がへんてこなのは日本国民にとって単に軍事が差し迫った問題じゃなかったからだったと思ってます。
前に挙げました、未だ平時徴兵を行っている主要国のドイツ、スイス、韓国、イスラエルに共通しているのは、顕在的・潜在的敵国と国境を接している(いた)ということです。陸続きになっていると抑止力としてどうしても大きな陸軍が必要になり、徴兵する必要が出てきます。国民皆兵となると男子はとりあえず軍隊に入り、いやが応にも軍事の何たるかをわきまえます。また、その家族も軍隊に男性を取られることがどんな意味を持つのかが身に染みます。徴兵制というのは国民全体に多大な犠牲を強いますから、自然と様々な議論が沸き起こると思います。

これ、私の大好きだったコラムなんですけど、紹介しようとしているうちに読めなくなっちゃいました。ごめんなさい。有料検索できる人はぜひ試してみてください。

asahi.com: 「壁」と女子高生 - これってドイツ流 - ドイツ年特集
http://www.asahi.com/world/germany/korette/TKY200601100235.html

要点を紹介すると、東西分断下にある旧西ドイツの女子高にある日、現役軍人が派遣されてきて女生徒にレクチャーをするという話なんですけど、それでその内容はというと戦略・戦術核に関することで、まあ日本でトンデモ平和教育を受けた私としては想像もできない話だったのです。それで、最後にこの軍人が男性だけに兵役があるのは不公平ではないかと女生徒に問いかけるのですが、ある生徒は、女性はこどもを生み育てるという責任を果たしているわけでちっとも不公平ではないと答えるわけです。これを読んで私いたく感動いたしまして、ドイツ人は高校生の時分からなんと立派に自分の考えを持っているのか、また普段から肌身の感覚として安全保障が身につくわけで、日本が及ばないのも致し方なしと思うようになりました。
日本が分断国家になっていれば当然、旧西ドイツのように徴兵制が敷かれていて、今よりもっとまともな安全保障の議論が行われていたことでしょう。ただまあ、分断国家というのは大変な不幸ですし、安全保障がどんなにいい加減だったところで戦後の日本は大まかにいって大変平和であったわけで、それも米国のおかげであるし、日本は○○すべし、といったこともありますけど、実質的に害はほとんど無かったわけで、それでもよかったのかなと。

<太田>

 先生、先生と言わないでくれとお願いしているのに、先生と言い続けるバグってハニーさん。私が先生なら破門したいところですよ。
 何度説明しても、憲法論と立法論の違いを分かってくれない不肖の弟子ではね・・。
 そもそも米国や英国が、どちらも潜在敵国と陸上で接しているわけでもないのに、両国にとって戦後一貫して「軍事が差し迫った問題」であり続けてきたことをあなたはどう説明するの?(この間、米国も英国も平時徴兵制を取りやめたけど、そんなこととこの問題とが直接関係がないことくらいはお分かりですよね。)
 例えば、米国が遠く離れた韓国に今なお米軍を駐留させていることをあなたはどう説明するの?
 日本にとって「軍事が差し迫った問題」でなかったのではなく、日本が自ら米国の属国になり、軍事を米国にぶんなげた(委託した)結果、「差し迫った」軍事の問題を自分で思い煩う必要がなくなったというだけのことだとあなたは思わないってわけか。
 思わない、というのであれば、あなたは治癒不可能な吉田ドクトリン中毒者か、日本を属国のままにとどめておきたいと願っている米国内の圧倒的少数の人々のエージェントか、そのどっちかでしょうね。

<バグってハニー>

新しい裁判始まりましたね。
前にも書きましたが、対抗言論(被害者が論駁する手段)が存在する限り名誉毀損は成立しません。太田コラムはどれを読んでも分かるとおり、読んで文句のある人はブログのコメントなり掲示板なりメールなりに文句を書けば、かならず同じ媒体(太田コラム)で取り上げられるわけで、読者はどちらの言い分が合理的であるのか判断する機会が常にあります。名誉毀損はありえないはずです。実際、太田先生は原告がそのような手段を用いてないにもかかわらず、裁判の書面をそのままコラムとして配信しているわけで、読者はどちらの言い分が合理的であるかやはり判断できるわけで、名誉毀損は成立しないはずです。
太田コラムの対抗言論が機能している好例の一つは、NYタイムズで日本人が好意的に取り上げられた特集のとき、ある男の子のこと(名前忘れた)を太田先生が思い込みで「知恵遅れ」と書いたら、しばらくたってから当該コラムを読んだ母上から息子は知恵遅れではないと訂正が入ったときだと思います。これも母上の言い分は全くそのままコラムとして配信され、息子さんの名誉は速やかに回復されました。
というように、太田コラムには本質的に名誉毀損は成り立たないはずです。ここいらあたりのネットの言論を熱心に擁護している若手でリベラルな法学者に名古屋大学の大屋雄裕教授がいます。私は対抗言論という言葉をこの方のブログで初めて知りました。例えばこれ
http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000405.html#more
ちなみに、この方、所沢さんのお友達です。

<太田>

 ご支援いただくのはありがたいが、第一回目の裁判の控訴審の口頭弁論が終結する前にこの対抗言論の法理論とやらを教えていただきたかったですね。
 私はつい最近、独自でこの理論に到達したということのようです。
 どうせ日本の裁判所はまだ認めていない法理論なのだろうから、仮にこの理論を援用していたとしても、一審でも控訴審でも負けていたに違いないけど、この理論を前回の裁判中に援用したかったなあ。

太田述正ブログは移転しました 。
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