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太田述正コラム#1865(2007.7.14)
<キリスト教・合理論哲学・全体主義(その1)>(2008.1.13公開)

1 初めに

 私は以前(コラム#1019で)、「ナチスのホロコーストは、<ロシア正教の世界における>ポグロムのカトリック・プロテスタント版であると言えますし、共産主義自体がカトリシズムの鬼子と言えるのであって、各国において共産主義が行った天文学的な数の「階級の敵」殺しはカトリシズムの伝統を踏まえた異端殺しである・・、と言ってよいでしょう。・・このヒントを得たのは、独文学者にして評論家であった竹山道雄(1903〜84年。「ビルマの竪琴」の著者として有名)の「昭和の精神史」(新潮社。1956年)を通じてだったと思<います>。」と記したところです。
 基本的に同じことを指摘した、LSE教授で政治哲学者グレイ(John N. Gray。1948年〜)の上梓されたばかりの本、Black Mass: Apocalyptic Religion and the Death of Utopia, Allen Lane が英国で大きな話題になっています。
 どうやら、英語圏でこんなことを指摘したのはグレイが初めてのようです。
 竹山が彼の考えを英文で論文にしておれば、と残念な思いがします。

 (以下、特に断っていない限り
http://books.guardian.co.uk/reviews/politicsphilosophyandsociety/0,,2125887,00.html、 
http://www.thefirstpost.co.uk/index.php?storyID=7581
http://www.literaryreview.co.uk/ryan_07_07.html
http://www.newstatesman.com/200707020045
http://arts.independent.co.uk/books/reviews/article2718285.ece
(いずれも7月14日アクセス)による。)

2 グレイの指摘

 ユートピア思想と(ジャコバニズム、共産主義、ナチズムといった)全体主義との関係を最初に指摘し、元凶はヴォルテール(Voltaire。1694〜1778年)やヘーゲル(Hegel。1770〜1831年)らの欧州の合理論(コラム#46、516、814、1254〜1256)哲学であると主張したのは、バーリン(Isaiah Berlin。1909〜97年。ロシア帝国領時代のラトヴィアに生まれ、英国の政治哲学者となる)とハイエク(Friedrich Hayek。1899〜1992年。オーストリアに生まれた英国の経済学者/政治哲学者)です。
 また、終末論的キリスト教思想が米国のネオコンに及ぼしている影響についても、これまでもしばしば指摘されてきました(注1)。

 (注1)2003年10月に米国防次官(under-secretary of defence)のボイキン(William Boykin)は、対テロ戦争における敵「は悪魔(Satan)と呼ばれる奴さ」と語ったが、馘首されるどころか、まだその職にとどまって活躍している。

 グレイの指摘の新しいところは、ネオコンの思想だけでなく、欧州の合理論哲学(注2)を起源とするところの全体主義の究極的な起源もまた、終末論的キリスト教思想であるとした点なのです。

 (注2)合理論哲学と啓蒙思想(コラム#1254〜56)とはオーバーラップしているが、グレイは、米国の歴史学者ベッカー(Carl L. Becker。1873〜1945年)のThe Heavenly City of the Eighteenth-Century Philosophersに拠って、一見世俗主義的思想に見える啓蒙思想だが、それは実は宗教的思想であったと述べている。

 グレイに言わせれば、世界が罪を購われて再生するという終末論的思想はキリスト教に始まるのです(注3)。

 (注3)キリスト教は終末論的思想をユダヤ教から受け継いだに過ぎない、というグレイに対する批判がある(太田)。

 そして、グレイによれば、20世紀における全体主義の双璧である共産主義とナチズムは、無神論的なユートピア思想に立脚しているように見えるけれど、革命の艱難辛苦の末、共産主義者にとってはプロレタリア、ナチス党員にとってはアーリア民族という選民のために素晴らしい社会が出現する、という発想はキリスト教の核心であるところの終末論思想そのものなのです。
 レーニン(Vladimir Lenin.1870〜1924年)は、啓蒙思想の申し子であるフランス革命(1789年〜)とパリ・コミューン(1871年)が失敗したのは、それぞれジャコバン党とコミューン指導部がギロチン等で死刑に処した人々の数が少なすぎたためであったと考え、ロシアにおける革命においては、大衆全体を恐怖に陥れ、従わせるため、大量殺戮を重ねた(注4)というのです。

 (注4)スターリンは、なぜ共産党幹部に対する見せしめ裁判で、到底ありえないような「反党行為」を犯した旨を被告に「告白」させ「自己批判」させることにこだわったのか? それは、スターリンらの発想がキリスト教から来ていたからだ。すなわちそれは、キリスト教(カトリシズム)の異端審問が、悪そのものであるとみなされたところの審問対象者に「魔女」であることを「告白」させ「自己批判」させることにこだわったのと同じことなのだ。

 中共において毛沢東が大躍進政策(1958〜61年)により3,800万人もの人々を意図的に餓死させたのも、同じ発想からだというわけです。
 グレイは、抑圧された性的欲求のように、キリスト教を擲った者に対しキリスト教はグロテスクな形で仕返しをする、すなわち、抑圧されたキリスト教は倒錯した政治をもたらす、と総括するのです。

 なおグレイは、イスラム教にはもともと終末論的要素が含まれているところ、現在のイスラム過激派は欧州の啓蒙思想の影響を無意識的意識的に強く受けている。だから、連中の思想はイスラム/ジャコバン主義(Islamo-Jacobinism)と呼ぶのがふさわしい、とも述べています。

 (続く)

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