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太田述正コラム#2019(2007.8.24)
<退行する米国(その2)>

 (「その1」にミスプリ等がたくさんありました。直したものをブログに再掲載してあります。)

4 私のブッシュ演説批判

 (1)女性参政権と日本の民主主義

 ブッシュは女性参政権の有無と民主主義とを(意図的に?)混同しています。
 スイスで女性参政権が認められたのは1971年ですが、それまではスイスは民主主義国ではなかったとでも言うのでしょうか。
 フランスだって女性参政権が認められたのは1945年であり、日本と同じ時期です。
 遡れば、米国と英国で女性参政権が認められたのは、それぞれ1920年と1928年ですが、それまでは米国も英国も民主主義国ではなかったとブッシュが思っているわけがありません。
 逆に、ソ連(ロシア)では早くも1917年に女性参政権が認められていますが、それと民主主義と一体いかなる関係があるというのでしょうか。

 (以上、事実関係は
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E6%80%A7%E5%8F%82%E6%94%BF%E6%A8%A9
(8月24日アクセス)による。)

 こんな非論理的な話を平気でしゃべる大統領を選んだ米国の大衆のレベルが推し量れます。

 (2)米国と日本の民主主義化

 より根本的な問題は、日本の民主主義化の経緯についてです。
 日本は、明治維新以降自由・民主主義化への努力が重ねられ、1925年には普通選挙制が導入され、大正デモクラシーの時代を迎え、ここに日本の自由・民主主義は確立したのであって、米国が日本を占領して初めて日本が民主主義化したわけではありません。
 しかも、ここまではドイツと似たような話ですが、1933年3月に全権委任法を成立させて議会機能を停止させ、ヒットラーによる独裁が確立したドイツ(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E5%8A%B4%E5%83%8D%E8%80%85%E5%85%9A
。8月24日アクセス)とは違って、日本では、先の大戦中においても、個人独裁や一党独裁にならなかっただけでなく、(何度も私が注意を喚起してきたように、)選挙で選ばれた議員で構成される衆議院が機能し続け、行政と軍に対するチェック機能を果たし続けました。
 つまり、日本の自由・民主主義は、先の大戦によって一瞬も断絶させられることなく、現在に至っているのです。

 今まで何度もブッシュは米国が日本を民主主義化したと発言してきましたが、その都度黙って発言を見過ごし、日本の自由・民主主義化の長い歴史をブッシュにインプットする努力を怠ってきたと思われる日本の外務省の責任は重大です。

 (3)日本軍人とイスラム・テロリスト

 ブッシュが先の大戦時の日本軍人をイスラム・テロリスト扱いをした部分は、靖国神社が差し障りがあるのなら、日本遺族会あたりが、旧軍人に代わって抗議の声を挙げてしかるべきです。
 真珠湾攻撃だって、カミカゼだって、国家の意思の下で、軍事目標に対して行われたものであり、無差別殺人を厭わずかつ責任の所在が明確でないイスラム・テロと同一視するなど、旧日本軍人に対する誹謗中傷以外のなにものでもないからです。

 (4)ナチスドイツ

 私をとりわけ暗澹たる気持ちにさせるのは、ブッシュが人種差別の米国の時代へとタイムスリップしてしまったかのように見えることです。
 なぜなら、イラクからの米軍の早期撤退を拒否する理由付けとしてブッシュが並べ立てた例は、日米戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争といった「黄色人種」を相手にした戦争ばかりであり、同じ先の大戦でも、「白色人種」を相手にした対ナチスドイツ戦争についてはほとんど言及していないからです。
 ブッシュがわずかにナチスドイツに言及した箇所をご紹介しましょう。

 「欧州中に存在する米兵の墓はナチズムに対する戦いのために費やされた人的コストの巨大さを示している。これらの墓は、それと同時に、今日その全域が自由で平和であるところの欧州大陸という勝利に対するわれわれの貢献を示している。この地において自由がかくも前進したということは、われわれが中東で従事している困難な営みが、これまでアジアと欧州で見出したのと同様の結果を・・同様の頑張りと同様の目的意識を持ち続けさえすれば・・必ずもたらすという確信を与えてくれる。」

 どうしてブッシュは、日米戦争なんぞではなく、悪そのものであるナチスドイツとの戦争について詳述しようとしなかったのでしょうか。
 英国の首相なら、そもそもこのような演説をしないでしょうが、仮にしたとすれば、ナチスドイツを持ち出しこそすれ、間違っても日本には言及しないはずです。
 ブッシュには(あえて厳しく言えばナチスドイツのそれに類似した)人種的偏見があり、そのためにあえてナチスドイツへの詳述を避けたのだとしか思えません。

 (5)先の大戦時の日本のイデオロギー

 ブッシュは先の大戦時の日本の狂信的なイデオロギーについても言及しています。
 いずれ、この問題についは別途取り上げたいと思いますが、とりあえず簡単に私見を申し上げておきます。
 
 ナチスドイツには、ナチスの25か条綱領(1920年)があり、ヒットラーの『我が闘争』(1925、1026年公表)があり、これらを手がかりにして、ドイツ至上主義・反ユダヤ主義・東方勢力圏追求といったナチスドイツのイデオロギーを論ずることができます(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%91%E3%81%8C%E9%97%98%E4%BA%89
http://ja.wikipedia.org/wiki/25%E3%82%AB%E6%9D%A1%E7%B6%B1%E9%A0%98
(どちらも8月24日アクセス))。

 しかし、先の大戦時の日本にイデオロギーの名に値するようなものがあったかどうかは疑問です。
 戦時中も生き続けた帝国憲法をイデオロギーとはもちろん言えませんし、この帝国憲法に基づいて発せられた開戦の詔勅(1941年)にせよ、大東亜会議において採択された大東亜宣言(1943年)にせよ、アングロサクソン的論理で貫かれている文書だからです(
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4669/daitoua1208.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9D%B1%E4%BA%9C%E5%AE%A3%E8%A8%80
(どちらも8月24日アクセス))。

 強いて言えば、文部省が編纂して日本全国の図書館や大学・高校・中学・小学校等に配布された『国体の本義』(1937年)や『臣民の道』(1941年)(
http://www.j-texts.com/showa/kokutaiah.html
http://www2s.biglobe.ne.jp/~shigeaki/ShinminMichi.html
(どちらも8月24日アクセス)による。)が、当時の日本におけるイデオロギー的なものであったと言えるのかもしれません。
 しかしこれらは、総力戦体制の時代に、しかもアングロサクソンが敵に回っているというねじれた時代に、全国民を国家に協力させようとひねり出されたプロパガンダであると受け止めるべきであり、こんなものを持ち出すのであれば、米国政府が大戦中にばらまいた、人種的偏見に満ちた無数の対日戦争プロパガンダ文書(
ジョン・W. ダワー 『人種偏見―太平洋戦争に見る日米摩擦の底流』(TBSブリタニカ) 、同『容赦なき戦争―太平洋戦争における人種差別』(平凡社ライブラリー)参照)も持ち出して、両者を比較しなければならないでしょう。
 
(続く)

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