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太田述正コラム#0128(2003.6.22)
<軍人は単なるスペシャリストか>

 立派な軍人は、(軍隊経験のない者が立派な軍人になることはまず不可能という意味では)スペシャリストだが、同時に第一級のジェネラリストでもある・・というのはグローバルには自明のことなのですが、現在の日本では自衛官あがりなどつぶしがきくわけがないよとうそぶく人が少なくありません。
 しかし、そのようにうそぶく人も、自宅に帰れば「孫子の兵法」の解説本やら先の大戦時の日本軍の失敗の原因を解明したというふれこみの「失敗の本質」(戸部良一ら著。ダイヤモンド社1984年)、或いは湾岸戦争の時の米軍の兵站総責任者の回顧録である「山動く」(W.G.パゴニス著。同文書院インターナショナル。原著は1992年)が書架に並んでいたりします。軍事の世界におけるものの考え方や、失敗・成功物語をビジネス上の参考にしようというわけです。
戦前の日本では、立派な軍人が第一級の政治家、行政官、経営者たりうることは当然視されていました。戦後においても、先の大戦中大本営参謀であった瀬島さんが、11年間に及ぶシベリア抑留のブランクにもかかわらず、帰国後商社の伊藤忠に入社するや、トントン拍子で「出世」し、副社長から副会長、更には会長にまで登りつめたこと(http://www.sanbou.net/retsuden/sa/sejima.htm。6月22日アクセス)や、鈴木敏文会長(親会社のイトーヨーカ堂社長)の下でコンビニエンス・ストアのセブンイレブンの社長として辣腕をふるい、その大発展に貢献した元自衛隊師団長の栗田さん(http://c-faculty.tamacc.chuo-u.ac.jp/~hmasaki/98-1-seven11.html。6月22日アクセス)らは有名です。
考えてみれば、会社は中隊(company)、部は師団(division)、スタッフは参謀(staff)、社長は作戦担当最上級士官(COO=chief operation officer)が語源であり、そのものズバリの戦略(strategy)やロジ (logistics。兵站)等とともに、人間集団のマネージメントにかかわる概念は大部分が軍事に由来します。命のやりとりをするというぎりぎりの場から生まれた高度な概念が、命のやりとりまでする必要が必ずしもない、「危険度の低い」(=low intensityである)民間企業の世界においても活用されてきたということでしょう。
更に言えば、近代国家(nation state)そのものが戦争のための機構として成立したのであり、議会は軍事最高司令官の選出機関兼戦費捻出のための協賛機関として始まり、中央銀行すら戦費調達の手段として設立されたという歴史的経緯からすれば、経済問題や金融問題を真の意味で理解するためにすら本来軍事的視点は欠かせません。(このあたりについては、改めてコラムに書かねばなりますまい。なお、戦後の日本の政治経済体制が、戦前から続くところの戦争のための総動員体制であったことは、拙著「防衛庁再生宣言」でも触れたところです。)
 だからと言って、立派な軍人は第一級のエコノミストたりうるとまでは申しません。しかし、彼らが第一級のマネジャーないしマネジメントコンサルタントたりうることはどうやら間違いなさそうです。
 とりわけ彼らが、競合情報(competitive intelligence。コラム#126(2003.6.13)参照)や危機管理(crisis management)等の面で即戦力たりうることは請け合ってもよろしい。
 問題は、軍事とは無縁の世界に生きてきた現在の日本の企業人が、果たして軍人を見てその人間が「立派な」軍人であるかどうかを見極める鑑識眼を持っているかどうかです。いずれにせよ、自衛官あがりなどつぶしがきくかなどとうそぶく人は鑑識眼がないどころか、企業人としての最低限度の素養も持ち合わせていないということになりそうです。

 一般論は聞き飽きたと言われる方のために、最近仕入れた話を最後にご紹介しておきます。
革命フランスの海軍との戦いで活躍し、1802年にイギリスの艦隊を率いてトラファルガー沖海戦で大勝利を博し、ナポレオンの英国征服計画に最終的にとどめを刺しつつも戦死した、イギリス海軍史上の英雄ネルソン提督(http://www.admiralnelson.org/。6月22日アクセス)は、「彼の偉大なる同時代人であったボナパルトやウェリントン公が兵士達をチェスの駒のように扱ったのに対し、水兵達に人間として接した。彼は最初から魔法のように、緊張する若い少尉候補生に自信を取り戻させ、手強い敵手の武装・動員解除を行い、反抗的な艦船の乗組員達を手なずけ、志気を沮喪した艦隊を生き返らせるすべを知っていた。・・ネルソンは、ヒエラルキーによる支配ではなく助言と調整に立脚する近代的な任務別組織(mission command)というシステムを発明した。このシステムはウォール・ストリートで今日標準的な慣行となっているマネージメント方法論の先駆けとなった。」(http://www.nytimes.com/2003/06/22/books/review/22SPURLIT.html?pagewanted=2&8hpib。6月21日アクセス)

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