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太田述正コラム#0145(2003.8.26)
<ロシアについて(その2)>

ニコライ一世治世下のロシアを1839年に旅行したフランス貴族のアストルフ・ド・キュスティーヌ(Astlphe de Custine)は、旅行記をパリで1843年に出版します。
彼がこの本の中で展開したロシア論は、共産主義体制下のロシア、すなわちソ連を論じたものかと思われるほど、時代を超えて変わらないロシアの本質をうがっているという定評があります。

それでは余り日本では知られていないキュスティーヌのロシア論をご紹介することにしましょう。(以下、引用は、Journey for our Time, The Journals of the Marquis de Custine, Russia 1839, Phoenix Press 2001という英訳本より私が日本語訳。)

1 ロシアはどんなところか

「あなたのご令息がフランスに不平不満を漏らすようなら、私が使っている手だが、「ロシアに行ってみなさい」と言ってやればよい。・・真にロシアを体験した人間は、世界中のほかのいかなる場所でも満足して暮らすようになることうけあいだ。」(PP240)、「モスクワの<極寒の>気候は<かつて征服者たる>モンゴル人ですら恐怖におののかせたものだ・・モスクワっ子達は、機会さえあればほかの土地に逃げ出したいと思っている。」(PP236)、「ロシアに住んでおれば、まともな人間は気が狂う。」(PP226)、「ロシア帝国は広大無辺な、皇帝だけが鍵をもっている牢獄だと思えばよい。」(PP111)、「ロシア人は自らを兵士であると考え、兵士のように生きている。<あるいは、>ほかの囚人を見張る役の終身刑の囚人のよう<に生きている>」(PP111)、「ロシアは、いわば戒厳令が常態化したような国だ。」(PP58)、「フランスでは革命による暴虐は一時的な悪だが、ロシアにおいては専制主義による暴虐は恒久的な革命なのだ。」(PP96)、「商人達<すなわち>中産階級は余りに少なく、何の力も持っていない。第一彼らの大部分は外国人だ。」(PP109-110)、「製造業者、ビジネスマン、そして商人の大部分はドイツ人だ。」(PP68)、

2 専制主義がもたらしたもの

「専制主義は、これと戦おうと決意するような人々の意識ですら、やがて無関心と無気力で覆い尽くし萎えさせてしまう。知らないことは軽蔑するというのがロシア人の最も衝撃的な特徴の一つだ。理解しようとせずに彼らは嘲るのだ。」(PP215)、「国家から独立した宗教の意義を訴える人間・・<は>慈悲深い皇帝によって・・病人であるので<精神病専門の>医師達の手に委ねなければならない・・と宣告されてしまう。」(PP239-240)、「ほかの国では抑圧は許容されているだけだ。しかしロシア人民は抑圧を愛してきたし、今でも愛している。」(PP182)、「ロシアでは秘密主義が蔓延している。」(PP138)、「ロシア人はウソの達人だ・・ロシアでは恐怖が思考を麻痺させ、思考に取って代わってしまっている。」(PP108)、「哀れなロシア人よ。彼らの最大の楽しみは飲んだくれること、すなわち憂さを忘れ去ることなのだ。」(PP211)、

3 原因はどこにあるか

「ロシアは野蛮人から解放されてまだ四世紀しかたっていない。西側世界が同様の危機に直面したのは14世紀も前だ。」(PP31)、「ロシア人はまだ文明化していない。彼らは組織化された(regimented)タタール人以上の何者でもない。」(PP74)、「モンゴル人の侵略以来、スラブ人は奴隷になってしまった・・最初は征服者の、そしてその後は自分達の貴族達によって。そして農奴制がロシアに確立した。単に事実としてではなく、社会の根本法として。」(PP31)、「ビザンツ帝国のミニチュア版とモンゴル(horde)の凶暴さの不自然な合成物<こそロシアだ>」(PP37)、「四世紀もの間、欧州とアジアの間で揺れ動いてきたロシアは、いまだ自らの努力で人間精神の歴史に何物かを貢献するに至っていない。何となれば、ロシアの国民的性格(national character)は借り物によって影が薄くなってしまっているからだ。」(PP229)、

4 予言的分析

「ロシア人は我々に彼らが文明化していると信じさせるための努力は惜しまないが、自分達を本当に文明化する努力は惜しむ。」(PP124)、「ピョートル大帝以来、ロシアの統治者達が腐心してきたのは、6000万人もの人民を東洋的に統治するために、どのように欧州諸国の進歩した行政制度を活用するか、だった。」(PP107)、「皇帝は、毎日のようにロシアの年代記を気の向くままに改める。・・その時その時のフィクションに従って歴史上の真実がねじ曲げられることになる。」(PP237)、「<まつろわぬ農奴達の住む村については、>皇帝は村ごとシベリア追放を命じる。」(PP68)、「ロシアの文明は余りにも若く、野蛮の時代から抜けきっていない。・・ロシアの力は理念にではなく、戦争にある????すなわち、ロシアは謀略と凶暴さをその特質とする。」(PP236)、「あらゆる公的私的自由を涜神的に犠牲にしているという<汚れた>身を浄化するために、膝を屈した奴隷<たるロシア人>は世界征服を夢見る。」(PP234)、「もし誰かが真の革命に向けてロシア人民を立ち上がらせることに成功したならば、<ロシア全土において>あたかも整斉たる連隊の動きのように<統制の取れた>虐殺行為が行われるだろう・・村々は兵営に変えられ、<そこで>組織的殺人が・・行われるだろう。」(PP131)、

 いかがでしたか。「予言的分析」という小題の下でご紹介した諸フレーズなどは、ソ連のことだ、あるいは現在のロシアのことだと言ってもおおむねそのまま通りそうですね。

たまたま同じ頃、やはりフランス貴族のアレクシス・ド・トックビルが「アメリカにおける民主主義」という有名な米国論の著作をものしていますが、キュスティーヌもトックビルも、ロシアよりはマシだがアングロサクソンには足元にも及ばないフランスが、アングロサクソンとの三世紀にまたがる長期抗争に完膚無きまで敗れ、たたきのめされていたこの時期に、米国とロシアを通して祖国フランスが敗北した理由を見つめ直しそうとしたのでしょう。(二人がフランス革命によって「没落」した貴族階級に属していたことは、私には偶然の一致とは思えません。二人とも当時、二重の喪失感に苛まれていたのでしょう。)
(蛇足ながら、トックビルのこの本は私は駄作だと思っています。いつか別の機会にとりあげるつもりです。)

このキュスティーヌの本が、ソ連によって禁書に指定された(上記英訳本の裏表紙)ことは、キュスティーヌの予言がいかに正鵠を射ていたかを物語っています。
いずれにせよ、よかれあしかれ、我々は我々が属す文明(キュスティーヌに従えば、ロシアの場合は「文明」と括弧付きにすべきかもしれませんが)の「桎梏」から容易に逃れることはできないようですね。
(完)

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