太田述正コラム#0182(2003.11.4)
<台湾は「独立」できるか?>

1 始めに

 隣「国」である台湾の「独立」運動家の眼に映る日本は、まことに頼りない存在であるに違いありません。(台湾「独立」運動とは何か、は後日説明します。)
 米国の保護国ですから当然と言えば当然なのですが、日本は自前の外交・安全保障政策を持っておらず、台湾政策もまたないのですから。
 そんな国ではありますが、日本は台湾の旧宗主国であるだけでなく、台湾は日本と経済面やヒトの面での結びつきも強く、また、在日米軍は台湾の安全保障にとって不可欠な存在でもあります。
 以上のことからして、台湾(中華民国)前総統の李登輝氏や、在日台湾同郷会(=在日台湾人の会)前会長の林建良氏(コラム#178で登場)が、台湾「独立」運動に日本人が関心を持ち、この運動を積極的に支援してくれるようになることを期待し、日本の覚醒を求めて日本の世論にさまざまな働きかけを行うことは自然なことであり、理解できます。李登輝氏の「武士道精神を思い出せ」(http://www.wufi.org.tw/jpn/limkl/limkl15.htm。11月4日アクセス)、林建良氏の「靖国神社を参拝せよ」(http://www.wufi.org.tw/jpn/limkl/limkl30.htm。11月4日アクセス)、という日本人に対する呼びかけがそうです。
 しかし、私はお二人のような親日派の台湾「独立」運動家の対日戦略にはかねてから危うさを感じています。
 このような働きかけは内政干渉だとなどとケチなことを言うつもりはありませんし、日本が覚醒してほしいということにも全く異存はないのですが、お二人が喧伝しておられる「武士道」や「靖国神社」が、いわゆる戦前の時期の姿のまま・・日本統治下の台湾で当時理解されていた姿のまま、と言い換えてもいいでしょう・・現在の日本人に推奨されているところに危うさを感じているのです。
 武士道について言えば、縄文モードの武士道、すなわち土着勢力たる蝦夷(エミシ)の武士道なのか、弥生モードの武士道、すなわち渡来勢力たる貴族=武士の武士道なのか(注1)、そこまで遡らないとしても、それぞれこの二つの武士道の系譜をひくと考えられるところの、在野武士道(中世に由来し、一味同心たる君臣という考えの下、情・実を重視。禅宗と親和性あり。教科書は山本常朝の「葉隠」)と公定武士道(江戸時代に由来し、知・法を重視。儒教と親和性あり。教科書は新渡戸稲造の「武士道」)があり、両者は相当異なる代物なのですが、李氏の眼中には後者の武士道しかない(注3)ように見受けられます。

 (注1)川合康「源平合戦の虚像を剥ぐ 治承・寿永内乱史研究」(講談社選書メチエ 1996 
   年4月)や高橋昌明「武士の成立 武士像の創出」(東京大学出版会 1999年11月)は、
武士の起源を蝦夷に求めている。
 (注2)嘉村孝氏のサイト(http://www.pdfworld.co.jp/bushidou/。10月30日アクセス)参
照。ただし、「在野」武士道と「公定」武士道は私の造語。
 (注3)李氏はキリスト教徒として、同じくキリスト教徒の新渡戸の「武士道」を読んで感動
し、新渡戸と同じ農政学(農業経済学)を専攻することを決意する
http://www.wufi.org.tw/jpn/limkl/limkl15.htm。11月4日アクセス)。私自身は初め
て新渡戸の「武士道」を読んだ時、洋書を読んだような違和感を覚えた記憶がある。武
士ないし武士道については、改めて論じたい。

 靖国神社について言えば、幕末期までの日本には政府の戦没者(だけ)を慰霊するという発想がなかったことはさておくとしても、林氏の主張においては、招魂社時代から日露戦争時代にかけて靖国神社が持っていた「超ハイカラな東京名所」・・境内で競馬やサーカスが行われた楽しい場所・・という側面(http://www.tanken.com/yasukuni.html。11月4日アクセス)が全く捨象されているように見受けられます。

 尊敬する李登輝、林建良ご両名を始めとする親日派の台湾「独立」論者に申し上げたいことは、縄文モードと弥生モードを行きつ戻りつしつつ、ダイナミックに様相を変えて進んで来たのが日本の歴史であり、今後とも日本はそのように進んで行くであろうことから、一つの時代の日本の、しかも一断面を切り取って理想視されない方がよいということです。
 台湾「独立」運動シンパの日本人が、一部の、どちらかと言えば保守的で高齢の人々だけであって欲しくないというのが私の気持ちです。

2 台湾について

 ここで台湾について、基本的なことを押さえておきましょう。

 (1)人口:2,240万人。イラク、マレーシア、北朝鮮とほぼ同じであり、台湾は世界的に見れ
  ば決して小「国」ではありません。
 (2)言語:公用語は北京語です。そのほか、南福建語、客家(注)語、原住民の言語が用いら
れています。言うまでもなく、北京語は植民地時代の日本語に代わり、蒋介石政権によっ
て公用語として押し付けられたものです。
   (ちなみに客家(ハッカ)とは、4世紀の初め(西晋末年)から12世紀初め(北宋末年)
 にかけて黄河流域から南方へ移住してきた漢民族の一派であり、太平天国の乱の首魁洪秀
全、孫文(客家の後裔)、トウ小平、李登輝(父親が客家)、元シンガポール首相のリー・
クワンユーらを輩出していますhttp://www.otcjpn.co.jp/chi_isan/chi
  _hakka/hakka_1.html。11月3日アクセス)。)

 (3)人種:殆どが漢民族で、このうち、福建人と客家(大部分が広東出身)が85%(福建人が
客家の三倍)、蒋介石政権とともに台湾に渡ってきたいわゆる外省人が15%です。原住民(南
方系と南支那系)は全体の2%しか占めていません。漢民族は欧州民族に相当するメタ民族
ですが、いずれにせよ、台湾に住んでいるのは漢民族だ、という点は重要です。
 (4)宗教:信者の数が多い順に、仏教、道教、キリスト教(プロテスタントがカトリックの二
倍)、新興宗教です。キリスト教徒の割合は総人口の4%弱に過ぎません。
  (以上、事実関係は、http://www.gio.gov.tw/taiwan-website/5-gp/q&a/index.htm(11月
3日アクセス)による)
   しかし、蒋・宋一族の多くがキリスト教徒であったように、キリスト教徒の影響力には
大きいものがあります。キリスト教徒の割合が多いのは、原住民、外省人、福建人(の1%)、
客家(の0.3%)の順です
  (http://www.send.org/taiwan/climate.htm。11月3日アクセス)。李登輝氏はキリスト教
徒ですが、客家としては例外中の例外であるのに対し、林建良氏がキリスト教徒であるの
は原住民出身だそうですから、珍しくも何ともないということになります。
 (5)経済:2002年の一人当たりGNPは、13,250ドルであり、中東を除くアジアでは、ダントツ
の日本、そしてシンガポール(都市国家)、ブルネイ(産油国で小人口)に次ぐ第四位で、実
質二位と言ってもよく、韓国をはるかに上回っており、中国の970ドルの実に14倍弱です
(The Military Balance 2003-2004, IISS, PP298-302,288-290)。

(続く)

太田先生へ

力作を送って頂き、有り難うございます。

大変参考になりました。

  林 建良拝

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