太田述正コラム#0231(2004.1.16)
<私の分析手法の切れ味>

1 始めに

 私の分析手法については、このコラムでも何回かご説明してきたところです(コラム#20、152)が、どこが他の人々の手法と違うかを一言で言えば、軍事を縦糸とし、アングロサクソン文明と欧州文明との抗争を横糸とする手法だという点でしょう。
 この手法で世界の近現代史を切ってみると実に良く腑に落ちるし、国際情勢を切ってみるとこれまた的確な理解と予想ができる、と私自身は考えているのですが、その評価は読者の皆さんにおまかせしたいと思います。
 今回は、「横糸」の方に焦点をしぼり、その切れ味のほどをちょっとだけ確かめてみることにしましょう。

2 歴史解釈

 拙著「防衛庁再生宣言」では、日本の1639年の鎖国が、秀吉の始めた反ポルトガル・スペイン(同君連合)政策の総仕上げであり、第一次日本・アングロサクソン同盟の成立である、と記したところ(同書194??195頁)です(注1)。

 (注1)「オランダ<は>当時はイギリスと同君連合の国だった」(195頁)は、赤面すべき単純ミス。「オランダ<は>当時、長期にわたった戦争の結果事実上スペインからの独立を果たしていたが、これは同じ新教国であったイギリスの支援によるところが大きい」と改めるべき。

 これは私が、16世紀から17世紀にかけて、(私の言うところの)プロト欧州文明(カトリック文明)が日本に侵略の魔手を伸ばしつつあった、という認識を持っていたからですが、そのことを裏付ける本が出ました。立花京子「信長と十字架」(集英社新書2004年1月)です。何と織田信長の急速な台頭、本能寺の変、秀吉の信長承継、はすべてカトリック教会(イエズス会)が仕組んだ陰謀だったというのです。この説は、厳密な論理と史料解釈によって裏付けられており、説得力があります。してみれば秀吉は、自分自身の権力掌握の経緯からしても、ポルトガル・スペイン(同君連合)の宗教・政治・軍事・経済が一体となった全体主義の恐ろしさを知りぬいていたわけですから、その秀吉が当初の親ポルトガル・スペイン(親キリシタン)政策をやがて180度変更するに至ったのは当然だった、ということになります。
 私の手法は、(立花さんはむろんご存じないのでしょうが、)日本の近代における一連の大事件についても、一挙にその背景を解明する手がかりを与えてくれるのです。

 ところで、年末から年明けにかけてのコラム、「現代日本の来し方行く末」の中で日本の現代史をとりあげ、これを補足する意味で現在コラム「孫文」を連載中ですが、同じ手法で「戦前」の日本の歴史を切ってみると、複雑怪奇に見えた当時の日米や日支関係史が、見違えるほどすっきりしたのではないかと思っています。
 読者の中には、私がどんどん「過激」に、右翼チックになっている、と心配される方もいらっしゃるようですが、司馬(遼太郎)史観とその亜流たる、いわゆる自由主義史観を批判した拙著(228??233頁)を読まれている方は、私が一貫していることがお分かりいただけるのではないでしょうか。日露戦争終了以降、敗戦までの日本の歴史を暗黒視する史観は、帰するところ親全体主義史観であり、当時の歴史をわけの分からないものにしてしまっている元凶であると私は考えているのです。

3 国際情勢分析

一年ちょっと前のコラム(#80)で、「悪化する米韓関係」を取り上げましたことがありますが、その後状況は一層深刻化しています。
最近の韓国での世論調査で、韓国に脅威を与える国として北朝鮮をあげる者が33%であったのに対し、米国をあげる者は39%とそれを上回りました。20歳台の回答者にしぼると、数字は実にそれぞれ20%と58%にのぼるという結果が出ました(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200401/200401120029.html。1月13日アクセス)。若者の間ではもはや米国は嫌悪の対象になっていると言っていいでしょう。
そこへもってきて、1月15日の外交通商相辞任です。しかもそれが、彼の部下である「外交通商省の何名かの官僚がこれまでの従属的な(dependent)外交政策に固執し、新しい独立志向の(independent)外交政策の基本精神の方向性を十分理解できなかったかった」責任を問われたものであると青瓦台(大統領府)によって明らかにされる(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A18783-2004Jan15.html。1月15日アクセス)始末です。
この何名かの官僚が外交通商省の北米局の複数の高官を指すことは周知の事実であり、要は親米的な外交通商省を懲らしめた、ということを大統領自身が認めた、ということです。

(注2)日本のマスコミの中には共同電によって「青瓦台高官は、同省の一部職員が「旧態依然の発想で国益に反する否定的言行を繰り返した」と指摘、「外交通商相は同省で起きた一連の事態について指揮監督の責務を遂行できなかったことを理由に辞意を示した」と述べた。」と報じているものがあります (例えば、http://www.sankei.co.jp/news/040115/0115kok060.htm(1月16日アクセス))が、これは外交通商相の辞任が事実上解任であること、かつ「一連の事態」の中身、について説明をしていない、典型的なピンボケ報道です。

このような状況は、上記コラム(#80)でも述べたように、100年前の李氏朝鮮末期の反日感情の高まりを思い起こさせるものがあり、遅ればせながら韓国における最有力紙の朝鮮日報が(日本の名前は直接出していませんが)同趣旨の論説を掲げて警鐘を鳴らしています(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200401/200401150035.html。1月16日アクセス)。
朝鮮半島においては、危機の時代には、親欧州文明、反アングロサクソン文明の潜在意識が噴出するのであって、100年前はそれが親露反日であったし、今はそれが親中反米である、というだけのことなのです。(韓国が現在危機にあることは、いずれコラムで取り上げます。)
このように、韓国社会の動きを的確に理解し、予想するのにも私の手法は役に立つと思っています。

<読者>
メルマガありがとうございます。
過去についてはとてもよくご存知でいらっしゃるので敬服します。
むしろ今後の未来についてどう作っていけばいいのかという貴殿の意見を楽しみにしております。
竹島問題について貴殿の考える具体的な解決方策を教えていただけますか。

<回答>
 歴史よりも政策論を聞かせて欲しい、とのお気持ちは分からないではありません。
 しかし、領土問題ほど歴史を知らなければ政策論を論じられないイッシューはありません。
 残念ながら、私は竹島問題の経緯を殆どつまびらかにしないので、一般論でお答えします。
韓国が「独島(竹島)の四季」を題材にした切手を発行することについて、小泉首相が竹島は「日本の領土だ」と語ったところ、「韓国ではインターネットのサイト上で、日本に対する憤激やひぼうがエスカレートし、「日本のサイトを攻撃しろ」とする檄文(げきぶん)が飛び交っている」と報じられています(http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040115/mng_____tokuho__000.shtml。1月15日アクセス)。
 コラム231で引用した1月15日付けの朝鮮日報の論説は、韓国政府が一体どこが「独立志向」なのかと、北朝鮮の核問題や中国の高句麗史の中国史への取り込み問題(コラム#141、142)への及び腰の姿勢を取り上げて批判しているのですが、問題は、竹島問題で日本に及び腰だとも批判していることです。
この論説は、全般的に私のかねてよりの見解を採用したかと思われるほど米韓同盟の重要性を強調しているのですが、竹島問題への言及は全くその文脈に即していない余計なことです。
 なぜなら、米韓同盟が重要なのであれば、日本との友好関係も重要であるはずであり、せっかく韓国政府が上記のように過熱する世論に逆らってローキーで竹島問題で日本政府に対応しているのに、その韓国政府を批判したのでは、日本との関係悪化を政府にたきつけているようなものだからです。
 韓国の良識を代表するメディアである朝鮮日報ですら、いまだにこんな調子である以上は、竹島問題の「解決」など、現時点では論じるだけむなしい、と言わざるを得ません。

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