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太田述正コラム#0296(2004.3.22)
<台湾の総統選挙>

 3月20日に実施された台湾の総統選挙で民主進歩党(民進党)の陳水扁総統が再選されたのは、実は番狂わせでした(注1)。

 (注1)投票日の三日前に英国のファイナンシャルタイムスは、台湾総統選は野党有利と報じた(http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1079419700005&p=1012571727102。3月17日アクセス)

しかし、中国国民党の総統候補だった連戦氏は、選挙の過程と開票作業に疑惑があるとし、票の再計算を要求しているところ、野党の要求通り票の再計算が行われたとしても、結果がくつがえることはありえません。
 他方、同時に実施された住民投票が成立しなかったのは、予想通りでした。
 以上について、かねてから私が注目してきた、アジアタイムスのLaurence Eyton記者の記事に主として依拠して、ご説明しましょう。
 お読みになる前に、陳水扁、連戦陣営の得票がとちらも640万票台であったことをまず頭に入れておいてください。

1 当初、両陣営互角と予想された理由

 (1)全般
 国民党(とその分派たる親民党。この党首が連戦氏と組んで副総統候補として選挙戦を戦った)は、半世紀以上にわたる独裁的な台湾支配を通じ、台湾全国を利権で覆っています。また、国民党治世下の支那化イデオロギー教育によって台湾の人々に国民党への忠誠心を植え付けるのに成功しています。かてて加えて、経済界では、中共の経済発展と中共との経済的相互依存関係の進展とともに、中共寄りの国民党に共感を寄せる人が増えています。
 台湾の総統選を制するためには、連戦(国民党党首)・(親民党党首)のコンビが投票総数の半分以上をとらなければならないわけですが、確かにその可能性は大いにあったはずだ、という気がしてくるでしょう。
 以下、もう少し詳しく見ていきましょう。

 (2)外省人・客家・原住民
 民進党は台湾の人々に台湾人意識を持つように訴えてきているのですが、これはいきおい台湾人口の15%を占める外省人(=国民党とともに台湾にわたってきた人々及びその子孫)を敵に回すことになります。
ところが、この外省人以外の本省人が一枚岩かと言えば、そうではないのです。
本省人は、漢人としては、ホーロー語(福建語)を話す人々(福建人=Hokkien)と客家語を話す人々(客家=Hakka)がいます。この両グループは、日本の台湾統治が始まる1895年以前から土地をめぐって鋭い対立関係にあり、その対立感情は今もなお解消していません。客家は台湾人口の15%を占めていますが、外省人同様、多数派たる福建人による支配を恐れるがゆえに台湾「独立」には警戒的です。
国民党は、この客家を登用して福建人支配に活用しました。(李登輝前総統・前国民党主席も客家です。)
陳水扁政権としても、客家に食い込むため、客家語を学校で教えられるようにしたり、客家語のTV番組を始めたり、努力してきたところです。
このほか、台湾人口の2%を占める台湾原住民(aborigines。日本統治時代には高砂族と呼ばれた)がいます。
彼らも、少数派として福建人に弾圧された歴史があり、かつ国民党が彼らを懐柔するためカネを彼らに流してきたこともあって国民党支持グループです。
そこで、外省人+客家+原住民を合わせて国民党は350万票の基礎票を持っていることになります。

(3)利権票
農民や漁民は、国民党の利権の巣窟である農協や漁協による金融、就中農民はやはり国民党の利権の巣窟である灌漑組織による水の供給に依存しています
農漁民は70万世帯いるので、国民党はここから100万票以上の票が見込めることになります。
また、台湾の電力、鉄道、電電といった国営産業で働いている人々は公務員扱いになっており、解雇されることがありません。公社化や民営化には彼らは絶対反対です。
民進党は民営化を推進していますが、国民党は民営化に余り熱意がありません。
よって、国営産業からも、50万人程度の票が見込めます。

(4)経済界票
国民党は、政権をとったら三通(交通、通商、通信の三つのリンクを中共との間で開く)を推進すると公約しています。民進党もそうしたいのは山々なのですが、中共側が主権問題をからませているだけに慎重です。
従って、冒頭でも触れたように、経済界は、国民党の方が、中共との経済関係がより進展するのではないかと見ており、国民党乗りのムードです(注2)。

(注2)前回の総統選の時は陳水扁氏を支持した台湾の海運王でエバーグリーングループ会長の
張栄発(Chang Yung-fa)氏が、投票日の前日の3月19日に連戦支持を表明した
((http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/03/20/2003107050。3月20
日アクセス)ことがこれを象徴している。

特に、中共に渡ってビジネスをしている人々は、民進党政権が続いた場合、彼らのビジネスがどうなるのか、という懸念を抱いています。
中共に渡ってビジネスををしている人々だけで70万人もいるのですが、2万人くらいしか帰国して投票する人がいないのではないかと言われている点が国民党の泣き所です。
いずれにせよ、台湾の今日の繁栄を築いたのは国民党であって、民進党に比べて国民党の方が経済政策は一日の長がある、と多くの台湾人が思っていることは事実です。

(5)若者票
国民党が、現在20ヶ月間である徴兵期間を3ヶ月に短縮するという公約を掲げたこと・・実現可能性には疑問符がつきますが・・は、今回初めて総統選挙に投票する150万人の若者達、特に男性の若者達にとっては、徴兵が厭われているだけに魅力的です。
しかも、このうち大学に在学中の若者は、国民党時代に学問的・教育的能力と並んで反国民党思想の持ち主でないことをかわれて任命された教授達の形骸に接しており、国民党寄りの考えの者が少なくありません。

(6)その他の票
これも冒頭でも触れたように、国民党の半世紀に及ぶ支配の下で、台湾の人々は国民党支配が当然であるとの観念を教育を通じて注入されています。
また、これは民進党政権の責任ではありませんが、台湾はたまたま民進党が政権をとった2000年から、戦後最も深刻な不況に陥っており、失業率は4.7%に達しています。この失業者のうちから、50万人弱の票が国民党に投じられるのではないか、と言われています。
このほか、民進党政権なるが故に中共から投げかけられる脅し文句に心の底から震え上がっている人々がいますし、民進党の行政府と国民党が多数を占める立法府との角逐に嫌気がさしている人々もいます。
最後に福建人の中にも、民進党が福建人への風当たりを不必要に煽ってきたとの不満を持っている人々がいます。

(7)結論
以上の票を合算すると、手堅く見積もったとしても、国民党候補に投じられる票は600万票を軽く超えるであろうこと、従って投票の結果、両陣営のどちらに勝利の女神が微笑むか予想が困難であったこと、がご理解いただけることと思います。

(以上、特に断っていない限り、http://www.atimes.com/atimes/China/FC03Ad04.html(3月3日アクセス):Laurence Eyton記者の記事1、による。)

(続く)

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