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太田述正コラム#0369(2004.6.3)
<民主主義の理論(その2)>
2 民主主義は経済発展に資するのか
(1)問題の所在
スロヴィエツキのおかげで民主主義は優れた制度であってしかも十分機能しうることが明らかになったわけですが、一体民主主義は経済発展にプラスなのでしょうか。
この問題の解明に精力的に取り組んできたのが米国のプルゼヴォスキ(Adam Przeworski)とリモンジ(Fernando Limongi)です。
この民主主義と経済発展の問題に入る前に、まず、(昨今の中国やインドの例から見ても市場主義(資本主義)は経済発展にプラスであるように見えるところ、)そもそも資本主義と民主主義はいかなる関係にあるかを押さえておきましょう。
プルゼヴォスキとリモンジも指摘しているように、19世紀の英米では保守もリベラルも資本主義は当然視しつつも普通選挙の実施には反対していた(コラム#91)のであり、資本主義と民主主義は必ずしも親和性(compatibility)を有さない(注1)のです。
(注1)他方、自由主義と資本主義は親和性を有する。自由主義すなわち財産権を含む人権の確立は、個人に自分の私有財産の最も効率的効果的な使用を促すことから、資本主義の発展に資する。
さて、現在の世界の経済先進国はことごとく民主主義国です。従って、一見民主主義は経済発展に資するように思えます。
また、情報の開示と資本と労働の移動の自由の確立は、資本主義の前提であると同時に、民主主義化を促す要素であることも疑いありません。
しかし、問題は発展途上国です。
発展途上国が民主主義国だと、政府は大多数の貧しい国民の声に従って当面の消費に資源を投入してしまい、将来の経済成長に向けての投資を怠りがちです。この傾向は、貧しい人の方が限界消費性向が高いという事実によって裏付けられます。
まさにこれが起こったのが、民主主義が普及し始めたばかりの19世紀前半の米国です。
1842年には、メリーランド、ペンシルバニア、ミシシッピー、ルイジアナの各州が借りたカネを返せなくなって破産宣告を発したために、米国全体が禁治産国家扱いを英国等のロスチャイルド等の金融機関からされたことがあります。
他方、発展途上国が非民主主義国だと、その国の独裁者は、投資に重点を置いた経済政策を心おきなく推進できます。ただし、その独裁者がこのような「正しい」経済政策を推進せずに国家資源をねこばばして自分の海外の隠し口座に貯め込むといった浪費を行う可能性も排除できません。また、そもそも投資に重点を置いたとしても、少数の専門家だけの判断で具体的な投資計画が決定されるところから、その計画が不適切なものになってしまう懼れもあります。
(以上、http://www.sba.oakland.edu/econpage/newsletters/IEL%2050txt.htm(6月2日アクセス)を参考にした。)
(2) プルゼヴォスキらの発見
プルゼヴォスキとリモンジらは、2000年に、135カ国の1950年から1990年の間の詳細なデータを統計学的に処理した結果をまとめた画期的な著作(Adam Przeworski, Michael E. Alvarez, Jos? Antonio Cheibub, and Fernando Limongi, Democracy and Development: Political Institutions and Well-Being in the World, 1950-1990, Cambridge University Press, 2000)を上梓しました。
彼らの結論は、世界の経済先進国がことごとく民主主義国であるのは、一定の所得水準(1985年ベースの実質価格で一人あたり所得6,055ドル米ドル)を越えた民主主義国は非民主主義国に逆戻りをすることがないからに他ならないとした上で、民主主義国と非民主主義国の経済成長率はほぼ同じであること、しかし非民主主義国の方が人口増加率が高いために非民主主義国の一人あたり所得の伸びは民主主義国に比べて低いこと、を明らかにしました。
(民主主義国の方が人口増加率が低いのは、民主主義国では、労働者や女性の搾取が少なく、技術をより効率的に用い、寿命を延ばし、社会福祉により力を入れるので、子供を沢山つくって働かせて生計の足しにしたり、子供に老後を依存する必要が少ないからでしょう。)
しかも以上のことは、その国が位置する地域、その国の宗教、文化、旧宗主国のいかんによらず成り立つというのです。
ちなみに、特定の国の長期的な経済成長率は、戦争、体制変革、体制の継続期間、以前の体制変革回数、によって影響されないという結論も出されています。
(以上、http://66.102.7.104/search?q=cache:3GWn8R8EBooJ:www.nd.edu/~mcoppedg/crd/PrzEtAl.pdf+Przeworski,+Limongi,+&hl=ja。6月2日アクセス)
3 エピローグ
米国が、反民主主義的伝統を引きずりながら、皮肉にも民主主義の普及を掲げてイラク戦争に乗り出し、発展途上国イラクの民主主義化(体制変革)に狂奔しているのはご承知の通りですが、イラクには米国自身が採用している反民主主義的政治体制(大統領制(注2))を押しつけることはせず、今般のイラク臨時政府の編成にあたって、大統領ではなく首相が実権を持つこととし、議院内閣制をイラクに採用させる布石を打ったのは当然のこととはいえ、興味深いところです。
(注2)統計的に見ると、どちらも同じ立憲主義体制ではあっても、議院内閣制を採用した国では革命やクーデタ等で転覆されるまでの期間が平均71年であるのに対し、米国を除けば大統領制を採用しながら、この期間が20年以上続いた国はない(Przeworski, Limongi, Jose and Alvares "Studies in Comparative International Development" New Brunswick, Summer 1996。メルマガ[JMM 272Su] 「アメリカ神話の崩壊」From Kramer's Caf?(5月31日受信)より孫引き。ちなみに、このメルマガ執筆者は、大統領制が民主主義を装った反民主主義的政治制度であることに気付いていないように見受けられる。)。200数十年にわたって倒れずに続いている米国の大統領制は希有な例外なのだ。
中南米の悲劇は、米国直輸入の大統領制をすべての国が採用しているため、独裁制が崩れるにつれて、政治の不安定化が増大し、人々の民主主義に対する幻滅感が蔓延し始めていること(コラム#330)だ。この問題は改めてとり上げることとしたい。
(完)
<読者??>(2006.5.21)
あるものを検索していて、コラム#369を拝読させて頂きました通りすがりのものです、
一点、気になった事がありましたので、指摘いたします。
プルゼヴォスキではなく、プシェヴォルスキです。
英語圏でも後者の発音で統一されております。
瑣末ではありますが…
記事の内容が良かっただけに、放置しておくのが偲ばれましたので。
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