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太田述正コラム#0487(2004.9.29)
<米国とユダヤ人(その3)>

4 最近の米国ユダヤ人事情

 ユダヤ人が大いに力を貸した公民権運動が成功し、これに加えてその後アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)までとられ、黒人に対しては機会の平等どころか、機会の優遇までお膳立てされた(注8)というのに、1990年代に入っても黒人と白人の間の所得格差は少しも縮まりませんでした。

 (注8)ただし、quota systemという差別の経験から、ユダヤ人は黒人に対するアファーマティブ・アクションなる逆差別にも反対した。

 このことによる黒人層の間の絶望的なフラストレーションは、かつての盟友、ユダヤ人にぶつけられることになりました(注9)。ユダヤ人が米国の人口のわずか2.%ちょっとであるにもかかわらず、富裕番付400位までの大富豪の四分の一をユダヤ人が占めていることでユダヤ人は黒人の目の敵にされたのです。
 
(注9)1991年にニューヨークのブルッキングスの、いつしか黒人街で取り囲まれてしまったユダヤ人地区で黒人暴動が起き、ユダヤ人に一人の死者と多数の負傷者が出るという衝撃的な事件が起きた。

 1992年の世論調査では、「強度の反ユダヤ主義的見解を抱く」とされた白人は白人全体の17%であったのに対し、黒人は黒人全体の37%を占めているという結果が出ています。
 最近では、9.11同時多発テロの頃から白人層の間でも再び反ユダヤ主義(anti-semitism)が高まってきています(注10)。

 (注10)今年2月に米国で封切られたメル・ギブソン(Mel Gibson)の映画The Passion of The Christが「キリストを殺したのはユダヤ人だ」という思いをかきたて、火に油を注いだ格好になっている。

 それはあたかも米国の欧州化を思わせるような状況です。なぜなら、左右両翼どちらにおいても反ユダヤ主義の高まりが見られるからです。
 左翼は、イラク戦争とブッシュ政権のイスラエル寄りの姿勢を批判することで事実上の反ユダヤ主義的スタンスを打ち出すようになりましたし、右翼の方はネオナチ諸団体のメンバーが急速に増えつつあり、現在5000人位に達しているとも言われています。右翼は、ネオコンにユダヤ人が多く、彼らがイスラエルのために国を売っていると思い込むとともに、同時多発テロ以降、米国で打ち出された対テロ諸施策の真のねらいは自分達の弾圧ではないかという妄想を抱いているといいます。
 (以上、http://www.csmonitor.com/2004/0915/p03s01-ussc.html(9月15日アクセス)及び佐藤唯行前掲書205、207、210、215、216頁による。)
 こうした逆風の中で、米国のユダヤ人達は、ブッシュ大統領が次第に民主党の伝統的な支持基盤を掘り崩しつつある現在(注11)、ブッシュのイスラエル寄り政策にもかかわらず、伝統的な民主党支持姿勢を堅持しており、ケリー候補を支持しています。

 (注11)女性は伝統的に民主党寄りであり(コラム#475)、2000年の大統領選挙の時にはゴアは女性票の54%をとったのに対し、ブッシュは43%しかとれなかったが、現在、ブッシュは女性の支持率でケリーを1%上回っている。それは、ブッシュの減税政策が、女性にも多い小企業経営者にとって有利であること、ブッシュの果断な対テロ姿勢が好感を生んでいること、によるとされている(http://www.latimes.com/news/politics/2004/la-na-bush18sep18,1,3429972,print.story?coll=la-home-headlines。9月18日アクセス)。

 すなわち、9月22日に公表された世論調査によれば、ケリー支持69%に対し、ブッシュ支持は24%に過ぎませんでした。(2000年の大統領選挙の時のユダヤ人票は、ゴア79%、ブッシュ19%でしたから、それよりはマシなのですが、これはユダヤ人の10%を占めるユダヤ教原理主義者(Orthodox)がブッシュのイスラエル寄り政策に幻惑されているためです。)
(以上、http://www.guardian.co.uk/uselections2004/story/0,13918,1310809,00.html(9月24日アクセス)による。)

 (青臭い)リベラルな理想主義こそ米国のソフトパワーの源泉でしたが、米国でこれまで一貫してこのリベラルな理想主義の旗手を務めてきたユダヤ人が、次第に保守化しキリスト教原理主義化しつつある現在の米国において、今後とも引き続きその役割を果たして行くことができるかどうかが、米国の将来ひいてはアングロサクソン文明の将来を左右するように私には思えてなりません。

(完)

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