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太田述正コラム#0499(2004.10.11)
<イラク情勢の暗転?(その7)>

 (本篇は、コラム#493の続きです。)

来るべき来年1月末の選挙は、米国の息のかかった現在のイラク暫定政府(注13)がそのままの姿でイラク新政府へと横滑りすることをねらったしくみになっています。

 (注13)現在のイラク暫定政府、すなわちアラウィ政権は、7月初めに制定されたイラク安全保障法によって、戒厳令を敷き、通信を制限し、財産を収用し、集会を制限したり、あるいは緊急事態が宣言された地域において、礼状なしに軍や警察が家宅捜索を行い人々を勾留することができる権限を付与された(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A33260-2004Jul7.html。7月7日アクセス)。これはイラク暫定政府がフセイン政権当時と大差ない警察国家になった(戻った)ことを意味する。もとよりこの法律の制定は、これは現在のイラク治安情勢の悪化がもたらしたもの。ただし、フセイン政権との唯一かつ最大の違いは、イラク暫定政府が法治主義の下にあることだ。

実際、そうなる可能性は大きいと言えます。
というのは、第一に、選挙は全国区のみで、政党間で拘束名簿式で行われることになっており、現在のイラク暫定政府を構成する各種政党の連合体が単一政党(以下、「与党連合」という。)を名乗って選挙に臨むことになっているからです(http://www.nytimes.com/2004/09/23/international/middleeast/23sistani.html?pagewanted=print&position=(9月24日アクセス)、http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-iraqelect25sep25,1,2709265,print.story?coll=la-headlines-world(9月26日アクセス)。
そして第二に、(皮肉なことに、)イラクの治安情勢の悪化により、政党活動が妨げられ、恐らく選挙名簿への登録が始まる11月になっても、活発な選挙運動ができる状況には容易にならないと考えられるところ、暫定政府の日々の活動そのものがTV等を通じて選挙活動となる与党連合が選挙に勝利する可能性が高いからです。
 その選挙はおおむね平穏に実施されると私が見ていることは既にご説明しました(注14)。

 (注14)大事な点なので、この際改めて選挙がおおむね平穏に実施されるであろう理由を列挙しておく。
 a 米軍によるスンニ派地区平定作戦の進展
バグダッドの北方に位置するサマラを平定した米軍は、引き続きバグダッド南部の
農村地帯であるバビル(Babil)州平定作戦を、今度もまたイラク治安部隊とともに
展開している。スンニ派不穏分子等の兵站ルートとなっているバビル州を平定できれ
ば、の梁山泊であるファルージャ等のバグダッド西方の町の平定が日程にのぼってく
ることになる。(http://www.cnn.com/2004/WORLD/meast/10/05/iraq.main/index.html及び
http://www.csmonitor.com/2004/1006/p01s03-woiq.html(どちらも10月6日アクセ
ス))
 もっとも、バビル州平定作戦は、不穏分子が住民の中にまぎれこみ、これまでのところ顕著な成果を挙げるに至っていない(http://www.nytimes.com/2004/10/10/international/middleeast/10fighters.html?oref=login&pagewanted=print&position=。10月10日アクセス)。
 b 整備されつつあるイラク治安部隊
アルカーイダ系「戦士」等はイラク治安部隊志願者及び治安部隊員に対する自爆テロ等を執拗に繰り返しているが、治安部隊への新たな志願者は引きも切らない状況。これは、失業率が高く定職への需要が高いこと、そして全般的な治安情勢の悪さが死を日常化し、イラクの人々の感覚をマヒさせてしまっていること、による。(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-recruits5oct05,1,1672234,print.story?coll=la-headlines-world。10月6日アクセス)
 c 補給をめぐる明暗
米軍等に対する武器弾薬等の補給路において、米国人等が運転するトラックによる輸送車列に対して不穏分子による攻撃が行われてきたが、攻撃を受けることによるリスクが、得られる高収入への魅力を下回っているため、補給に支障は生じていない(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A4981-2004Oct4?language=printer。10月6日アクセス)。これに対し、イラクのような所では、外国からの補給路が確保できた南ベトナムのゲリラのケースと異なり、不穏分子側は早晩武器弾薬等が枯渇し、「ゲリラ」戦を継続することができなくなる(コラム#76、189参照)。
 d アルカーイダ系「戦士」とイラク国内系スンニ派不穏分子との内ゲバ
この内ゲバが必至(コラム#492)だからこそ、アルカーイダ系「戦士」は先手をうって、シーア派を装い、スンニ派宗教指導者へのテロを敢行することによって、スンニ派とシーア派の間に楔を打ち込み、両者間の内戦を勃発させ状況を一層泥沼化させようとたくらんでいると考えられる(http://www.csmonitor.com/2004/0922/p06s01-woiq.html。9月22日アクセス)。しかし、これはイラク国内系スンニ派不穏分子をスンニ派の敵意に晒すことになり、アルカーイダ系を含むスンニ派不穏分子の「没落」を一層早めることになろう。

問題はむしろ選挙の後にあります。
まず、選挙でイラク暫定政府連合が勝利したとしても、仮にスンニ派の人々の大半が選挙を棄権するようなことがあれば、選挙ひいてはイラク新政府(議会は憲法を制定する)の正当性が著しく損なわれることになってしまいます(http://www.nytimes.com/2004/10/11/international/middleeast/11sunni.html?oref=login&pagewanted=print&position=。10月11日アクセス)。
また、仮にスンニ派の人々の投票率を一定程度確保でき、選挙ひいてはイラク新政府の正当性が確保できたとしても、イラク新政府は、その制定する憲法において、暫定政府の構成原理であったいわゆるレバノン方式をどうするのか、という悩ましい問題の解決を迫られることになるでしょう。
レバノン方式とは、様々な宗教宗派の信徒等に、その人口比に応じて政府の権力を分配する方式のことですが、過去の一時点における人口比は時間が経つにつれて変化するものの、それに応じて権力の再配分を怠ったことが、レバノン情勢の混迷をもたらしたとされています。
いずれにせよ、ずっと以前に実施された国勢調査の結果をふまえた、イラクのシーア派、スンニ派、クルド派の順の現在の暫定政府における権力配分は、イラク新政府発足にあたって、国勢調査を実施した上で見直し、その結果を憲法に明記する必要があるのです。しかし、この国勢調査によって、スンニ派とクルド派の人口比の逆転が確認される可能性があり、これは既に権力の座から滑り落ちたスンニ派の憤懣を爆発させる恐れがあります。
(以上、http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/FI17Ak03.html(9月17日アクセス)による。)

(続く)

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