太田述正コラム#0501(2004.10.13)
<飛び級と日本の公教育>

1 始めに

 飛び級(grade skipping)とは、本来進級すべき直近の上位学年を飛ばしてそれより上位の学年に進級することです。
 日本においては、戦前、旧制中学から旧制高校に(そして小学校から旧制中学にも?)一年早く入ることができましたが、現在ではごく一部の大学の一部の学部で一年早く入学することを認めているところがあるだけであり、小・中・高校の間は飛び級は一切認められていません。
 私は、三重県四日市の小学校の一年の終わり近くの1956年に、父の赴任先のエジプトのカイロに行き、イギリス系の私立小学校に転入したのですが、帰国するまでの四年弱の間にこの学校で一回か二回飛び級を経験しました。
 全く英語ができない状態で遠い異国の英語環境に突然投げ込まれたことは、当時の幼い私にとっては飛び級の比ではない環境の大激変であり、その時のことは鮮明に覚えています。これに対し、その後私が経験した飛び級については、その回数を含め、殆ど記憶に残っていません。(私の両親も飛び級のことを、家で殆ど話題にしなかったのでしょう。)
 いずれにせよカイロの私の小学校では、このように飛び級が認められていたほか、クラスの生徒数が20名内外で、クラスでの生徒の座席配置が期末テストの成績順(一番前の一番先生の席に近いところに一番成績の良い生徒がすわる)であったこと、更にはカリキュラムが柔軟であったことから、私は、成績に応じて序列をつけて少人数できめ細やかな教育をするのが学校だ、という「常識」を身につけて1959年に日本に帰ってきました(注1)。編入先は東京の小学校です。

 (注1)もとよりこの「常識」は、当時のエジプトの現地の人々が通っていた劣悪な小学校の実態とはかけ離れたものだった。

 ところが日本の小・中・高等学校は、このような私のカイロでの小学校とは全く異なっており、硬直的・画一的なカリキュラムと悪平等の世界であって、生徒の数も一クラス50名近くいました。もちろん、飛び級は認められていませんでした。飛び級など認めようもなかった、と言った方が正しいかもしれません。
 それから半世紀近く経ち、日本は世界の最先進国の一つになりましたが、一クラスの生徒数が10名程度減ったことを除けば、現在でも日本の学校教育の状況は、飛び級が認められていないことといい、当時と全くと言ってよいほど変わっていません。
 その一方で世界を広く見渡せば、アングロサクソン諸国を始め、飛び級が認められている国の方がはるかに多いのです(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E3%81%B3%E7%B4%9A。10月12日アクセス)。

2 飛び級させることに問題はない

 米国やオーストラリアでの研究によれば、大幅に飛び級をさせると、長い目で見て学業成績に悪い影響を及ぼす、などというような懸念は全くないことが明らかになっています。
 それでは飛び級は、社会性に悪影響を及ぼすことはないのでしょうか。
これまでの研究によれば、大幅な飛び級をした青少年であっても、約三分の二は、年齢の離れた「同期生」とも容易に友人になれるし、課外活動等にも問題なく参加できるとされています。(適応できない場合は、元の級に戻せば基本的に問題は解消するといいます。)
 飛び級をした本人はどう思っているのでしょうか。
 昔大幅な飛び級をした経験のある大人を対象にした調査によれば、70%の人はこのことを後悔していませんし、不満を持っている人のうちの半分は、もっと何度もあるいは大幅に飛び級をしたかったという不満の持主でした。また、飛び級経験者たる大人を対象にした別の調査によれば、飛び級経験者の方が、同じ程度の能力があって飛び級をしなかった人より高い所得を得ていることが分かっています。
 逆に、飛び級させるべき者を飛び級させなければ、学校の授業について行けない者がむりやり進級させられる場合と同様、やる気がなくなったりドロップアウトしたりといった弊害が生じることもはっきりしているのです。
 なお、誤解のないように付言しておきますが、米国等の学校ではどこでも飛び級が行われているというわけではなく、行っている学校が数多くある、ということです。
(以上、http://www.time.com/time/magazine/printout/0,8816,1101040927-699423,00.html(9月21日アクセス)による。)

3 所感

 現在でも日本の公立小・中・高等学校の一クラスの生徒数(学級編成基準)は40名以下と世界の主要国の中では最も多く(http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/14/01/020101.htm。10月12日アクセス)(注2)、かつまた公立・私立を問わず、一切飛び級が認められていないということだけをとっても、日本では、世界の最先進国の一つにふさわしい、一人一人の能力に応じたきめ細やかな教育が、今だに行われていない、と言わざるをえません。

 (注2)日本の教員一人あたりの生徒数は他の主要国並みにまで減ってきているというのに、学級編成基準は、依然他の主要国よりも顕著に多いところに、日本の文部省がいかに既成観念にとらわれているかが端的にあらわれている。

 これでは受験塾が殷賑を極める一方で、学校の荒廃と地盤沈下が進行するのは当然のことです。
 一体いつまで文部省は、このような発展途上国的な公教育を、全国一律的に続けるつもりなのでしょうか。

<読者M>
思い起こせば、私も、退屈な授業で、苦労させられました(笑)
当時は、偏差値があったのですが、偏差値40と偏差値70が、同じ勉強をしている事は、お互いにとって不幸な事ですね。
これ以上、書くと悪しき平等主義者の悪口しかでなくなるので、ここまでで終わりにします

<読者N>
『飛び級と日本の公教育』で述べられている飛び級が、現在の日本の大学学部と大学院にはあります。
 学部三年終了で、大学院に飛び級入学し、博士前期課程(修士)を一年で飛び級して、後期課程に進み、博士論文を規定年限より早期に提出し、審査に合格すれば、博士後期課程を修了できます。とんとん拍子に進級できれば、正規の年限より四年早く学部、大学院を終えることができます。

<太田>
ご指摘の事実は知っております。
ですから、コラム冒頭で、
「小・中・高校の間は飛び級は一切認められていません。」
と書いたのです。

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