太田述正コラム#0504(2004.10.16)
<米国とは何か(続)(その3)>

 (前回のコラム#503の冒頭や末尾に手を入れてホームページ(http://www.ohtan.net)の時事コラム欄に再掲載してあります。)

 ここまで読んでこられた方の中には、米国の建国の父達がキリスト教の強い影響下にあったことは分かったが、本国の英国人(イギリス人)達はそうではなかったのか、また、キリスト教の強い影響下にあったことがどうして米国の独立革命につながるのか、という疑問を抱かれた方がおられることでしょう。
第一の点ですが、イギリスは(堕落したキリスト教たる)カトリシズムが大嫌いで、ヘンリー8世の時にカトリック教会と手を切ります。しかし、それはイギリスの(大真面目なキリスト教たる)プロテスタンティズム化を意味したわけではなく、ヘンリー8世がつくった国教会という、カトリシズムとプロテスタンティズムのぬえ的宗派(見かけは前者、教義は後者に近い)の信徒にイギリスの人々の大部分は喜んでなりました。これはイギリス人の宗教意識の根底にケルト時代以来の自然宗教があり(コラム#461)、彼らがキリスト教に改宗してからも、キリスト教に違和感を覚え続けていたからです。つまり、国教会の成立は、カトリシズム及びプロテスタンティズム双方、つまりはキリスト教そのものに対する異議申し立てだったと見ることができるのです。
しかし、他の大部分の人々とカトリシズムに対する嫌悪感は共有しつつも、イギリス人の中にはプロテスタンティズムを信奉するに至った少数の人々がいました。
彼らは次第にイギリスの中で浮き上がった存在になって行き、17世紀に入ると、その少なからざる部分が、次々に北米大陸に新天地を求めて本国を去って行きます(注3)。

(注3)プロテスタンティズム信奉者の人々が主導的役割を果たして、カトリシズムにシンパシーを持つスチュアート朝を倒した清教徒革命が1642年に起こり、国王チャールス1世が処刑されることになるのだが、この話については、別の機会に詳しく論じたい。

 ですから、北米植民地のアングロサクソンは、本国のアングロサクソンとは違って自分たちこそ真のキリスト教徒だという自負心があったはずです。
 しかしこんな自負心だけで彼らが独立革命を起こすだろうか、と上記の第二の疑問を抱いた方々は、なお納得されないと思います。

(2)選民思想
 その通りです。真のキリスト教徒だという自負心だけで、世界の覇権国たる英本国に反旗を翻すなどという暴挙に北米の13州の人々が身を投じるはずがありません。実は彼らの理性をマヒさせた盲目的熱情があったのです。彼らが抱くに至っていた選民思想です。
 これを説明するためには、北米植民地の人々の旧約聖書フィーバーぶりから始めなければなりません。
 米国のクーゲル(James L. Kugel。元ハーバード大学教授で現在イスラエルの大学で教鞭をとる)も指摘しているように、旧約聖書の神、すなわちユダヤ人にとっての神は、人間そっくりの姿をして、人間のすぐ近くにいて、全知(omniscient)でもなければ遍在(omnipotent)することもない、従ってあちこち動き回る、一個の物理的存在でした。そしてこの神は、人間のような感情を持ち、ユダヤ人を依怙贔屓し、そのユダヤ人に他民族を大量殺戮して土地を奪えと命じ、有無を言わさず実行させる神でもありました(注4)。

(注4)「行ってアマレク族をぶち殺せ(smite)。やつらの持ち物もことごとく破壊しろ。男も女も、子供も乳児も、牛も羊も、らくだもロバも、一切何も残すな。」(サミュエル紀15:3)

 大西洋の波濤を超えて北米に植民した人々は、持って行った本といったら、英訳聖書くらいでした。従って彼らは来る日も来る日も聖書を読んで暮らしました。
 本国から遠く、本国とは全く異なった環境で、宗派等ごとにコミュニティーをつくり、東海岸の各地で互いに没交渉に近い形で生活していた彼らが、旧約聖書で展開されるユダヤ人の、バラバラに別れて中東各地に住んでいた支族が再結集する、という民族形成譚に惹き付けられたのはきわめて自然なことでした。
 どんなに彼らが旧約聖書の虜になったかは、彼らの名前に、旧約聖書に登場するユダヤ人の名前・・Abigail, Abraham, Zachary, Sarah, Rebecca等・・が、いわゆるキリスト教徒的な名前より多かったことが物語っています。
 ですから、17世紀後半以降、ユダヤ人が米国にやってくるようになると、北米植民地の人々はユダヤ人を暖かく迎え入れる(コラム#485)のです。
 そしてノヴァクによると、次第に北米植民地の人々は、自分たちがユダヤ人に代わって神に選ばれた「民族」ではないか、と考えるようになったというのです。
 米国建国の父の一人である第二代大統領のアダムスは1809年の手紙の中で、「ユダヤ人は、ほかのどの民族よりも人類の文明化に大きな役割を果たした、と私は思う。仮に私が無神論者であったとしても、・・それでもなお、運命がユダヤ人に世界の諸民族を文明化するという最も重要な使命を与えたということを信じるだろう。・・私が全ての道徳性と従って全ての文明の最重要の偉大な原理であると信じているところの、至高・利発・賢明なる宇宙の全能なる主権者の教義を全人類のために保持し、普及することを、偶然がユダヤ人に命じたと信じるだろう。」と思い入れたっぷりに(ユダヤ教徒たる)ユダヤ人のことを書いていますが、これが実は(本当のキリスト教徒たる)米国人のことを指していることは暗黙の了解ごとだったのです。
 
3 改めて米国とは何か

 このシリーズの冒頭で私は、「米国<は>アングロサクソン文明を主、欧州文明を従とする両文明のキメラ」ではないかと申し上げましたが、まさにその通りだと言っていいでしょう。
 両文明は本来相容れないはずです。なぜなら「自由」を至上原理とするアングロサクソン文明は人間の言動のみならず心までも規制しようとするイデオロギーを何よりも厭うのに対し、欧州文明は、世界史上めずらしいイデオロギーの文明だからです。カトリシズム・プロテスタンティズム・絶対主義・ナショナリズム・共産主義・ファシズム・無神論等のイデオロギーは、カトリシズムを原型として、欧州文明が手を代え品を代えて次々に生み出してきた欧州文明固有の特産物であり、アングロサクソン文明にとっては、ことごとく異質な仇敵なのです。
 ところが北米植民地、そして後の米国の人々は、旧約聖書的キリスト教に媒介された選民意識の下、アングロサクソン文明をイデオロギー化し、自分達にはその全世界への普及という使命が神から与えられていると思いこんでいるというのですから、まさに米国はアングロサクソン文明と欧州文明のキメラなのです。
 (最初の選民であったユダヤ人がジェノサイドを行うことすら神から嘉されていたように、)北米植民地人=米国人は自分達は神から特別な恩寵が与えられている選民だ、と思いこんでいたからこそ、彼らは最終的勝利を確信して英本国からの武力独立という暴挙を決行し、奴隷制・黒人差別を当然視し、インディアンを絶滅させつつ領土を拡大し、ラテンアメリカから領土を奪い、かつ隷属させ、黄色人種差別に血道を上げ、戦前において東アジアに恣意的な介入を行って東アジアの平和と安定を破壊し、東京大空襲や原爆投下を平然と行い、現在世界中に米軍基地網を張り巡らせ、唯一の超大国として世界で覇権をふるっている、ということになります。
 
(完)

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