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太田述正コラム#0519(2004.10.31)
<米国反仏「理論」あれこれ(その4)>

 (こむつかしい話しが続いてうんざりされている読者の方々の顔が思い浮かびますが、もう少しご辛抱頂き、お付き合い願います。)

 まず指摘しておきたいのは、フランスやドイツの啓蒙思想に比べて英国の「啓蒙思想」が語られることが少なく、いわんや米国の「啓蒙思想」など誰も語ったことがないのは、理由があるということです。
 ヒンメルファルブによれば、「啓蒙思想とは、理性と自由、科学と産業、正義と厚生への敬意」(コラム#516)であるわけですが、要するに啓蒙思想とは近代化の思想なのです。
 そうだとすれば、英国(正確にはイギリス)において、近代化の思想である啓蒙思想など成り立ち得るはずがありません。なぜなら、イギリスはどこまで遡っても既に近代であるという驚異の社会であるからです。
 イギリスの近代性は、イギリスが個人主義社会であることに由来します(コラム#88、89)。
 個人主義社会とは、個人が部族・封建制・教会・領域国家等、欧州史の古代・中世におけるような社会諸制度のしがらみから、基本的に解放されている社会です。
 ちなみに、個人主義社会と資本主義社会はイコールであると言ってよろしい。個人主義社会とは、上記のごとき社会諸制度によるしがらみから基本的に自由に、個人が自分の財産(労働力・カネ・モノ)の使用・処分を行うことができる社会であり、これぞまさしく資本主義社会だからです(注6)。

 (注6)これは、英国のマクファーレーン(Alain Macfarlane)の指摘だが、この話をもっと掘り下げて論じたいと以前(コラム#88)記しながら、マクファーレーンのその後の著作等の勉強を怠っているため、今後とも当分の間、この「約束」を果たせそうもない。

 問題は個人主義(=資本主義)だけでは社会は遠心力が働いて瓦解してしまう恐れがあることです。すなわち個人主義社会(=近代社会)は、社会に求心力を与える装置が備わっていなければ、安定的な社会たりえないということです。
 イギリスの場合、この装置の一つが客観的な「コモンロー」であり(コラム#90)、もう一つがこれと裏腹の関係にある主観的な「道徳的感情ないしコモンセンス」なのです。
 ここでもう一度ヒンメルファルブの啓蒙思想の定義、「理性と自由、科学と産業、正義と厚生への敬意」を振り返ってみましょう。
 私に言わせれば、このカギ括弧内は啓蒙思想ならぬ、イギリス社会の特徴なのであり、「理性と自由、科学と産業」はイギリスの個人主義(=資本主義)ないし遠心的側面を、そして「正義と厚生」はイギリスのコモンローと道徳的感情/コモンセンス、ないし求心的側面を指しているのです。
 そして、16??18世紀に前者の側面を理論化した英国の思想家がホッブス(Thomas Hobbes。1588??1679)・ロック・マンデヴィルらであり、18世紀に後者の側面を理論化した英国の思想家が、コモンローについてはコーク(Edward Coke。1552??1634年)、道徳的感情/コモンセンスについてはシャフツベリ・ハッチソン・レイド・ヒューム・スミス・ゴドウィンら(注7)だ、ということです。

 (注7)ヒンメルファルブご指名の「啓蒙思想」家中、ウェズレイについては、キリスト教の一宗派の創始者であり、それだけで(米国ならともかく)英国を代表する思想家たり得ないこと、またプライスはフランス革命を支持しており、それだけで(フランスならともかく)やはり英国を代表する思想家たり得ないこと、更にバークとギボンについては、著述家であって思想家とは言い難いこと、から除くことにした。
     シャフツベリ??ゴドウィンのうち四名、すなわち三分の二がイギリス人でなくスコットランド人である(コラム#517)ことは興味深い。

 この伝で米国についても解説を試みると、米国は、同じアングロサクソン社会として、個人主義(=資本主義)を母国英国と共有しつつも、「自由の政治」を重視することから英国に比べて遠心力が強いところ、「宗教的道徳性」を重視することから求心力も強く、不安定ながらもかろうじて瓦解を免れているが、「宗教的道徳性」の重視は米国を英国のような本来の意味での近代国家となることを妨げている、ということではないでしょうか。
 米国が英国から分離独立したのも、南北戦争という血腥い内戦が起こったのも、そして現在米国の両極分解が進んでいる(コラム#331、456、458、470)のも、米国における遠心力の強さを物語っているように私には思えてなりません。

(続く)

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