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太田述正コラム#0549(2004.11.30)
<北方領土問題>
1 始めに
このところ、再び北方領土(Northern Territories)問題が話題になっています。
1970年だったかと思いますが、東大法学部の国際法の授業で、安保改正反対論者の一人としてならした寺澤一(はじめ)教授が、北方領土問題での日本政府の主張には法的根拠がない、と述べ、聴講していた私は腹が立ったことがあります。
当時学生の間で、学問的業績が乏しいとして、法学部の三バカ教授と呼ばれていた先生が三人おられ、寺澤教授は、後に東大総長になられた加藤一郎教授(民法)及び後に中労委委員長をお務めになった石川吉右衛門教授(労働法)とともにこのトリオのお一人だっただけに、こんなことを言うから寺澤さんはバカ呼ばわりされるのだ、と思ったものです。(三先生、怒らないで下さいね。)
ところが、寺澤さんの話を後でゆっくり反芻してみたところ、どうやら彼の指摘ももっともだという気になってきた記憶があります。
それから三分の一世紀もたって、いまだに日本政府のみならず、国会で全政党が口をそろえて十年一日のごとく同じ根拠薄弱な主張を行っているのにはあきれます。
寺澤さんの顔を思い浮かべながら、このことをご説明しましょう。
2 根拠のない北方領土要求
(1)論点
北方領土問題の論点は単純です。
千島列島(Kuril Islands)に国後・エトロフ両島が含まれるか否かです。
このことは、日本とソ連(ロシア)政府のそれぞれの主張から明らかです。
日本政府は、「1875年に締結された樺太・千島交換条約は、千島列島を日本領、樺太をロシア領としました。同条約は、千島列島として18の島の名前を全て列挙していますが、北方四島はその中に含まれていません。・・・1951年のサンフランシスコ平和条約で、日本は千島列島を放棄しましたが、放棄した千島列島の中に我が国固有の領土である北方四島は含まれていません。」(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/russia/hoppo.html。11月30日アクセス)と主張しています(注1)。
(注1)冷戦を契機に米国が日本の主張に賛同し、中ソ対立を契機に中国も日本の主張に賛同している(コラム#102)が、これは法律論ではなく、それぞれの政治的思惑に基づく。
それに対し、ソ連(ロシア)政府は、日本はサンフランシスコ平和条約で国後・エトロフを含むところの千島列島を放棄した、と主張しています。
1956年の日ソ共同宣言によって、ソ連が歯舞・色丹両島を平和条約締結後に日本に引き渡すことに同意した(上記外務省サイト)のは、この両島が千島列島に含まれない、という理解からです。
(2)分があるソ連(ロシア)の主張
これは、ソ連(ロシア)の主張の方が分があると言わざるをえません。
寺澤さんは、戦前の日本政府は、公式地図等において、千島列島に国後・エトロフを含めていたことを論拠とされたと記憶していますが、最近出てきたより強力な論拠(Journal of Oriental Studies, Vol 36, 1996, p10。ただし、http://www.atimes.com/atimes/Japan/FK30Dh01.html(11月30日アクセス)による)を、私の補足を加えながらご紹介しましょう。
日本政府が好んで引用する樺太千島交換条約(Treaty of St Petersburg)を見てみよう(http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/kaisetsu/other/chishima_karafuto.html。11月30日アクセス)。
同条約前文の「大日本国皇帝陛下ハ樺太島(即薩哈嗹島)上ニ存スル領地ノ権理全露西亜国皇帝陛下ハ「クリル」群島上ニ存スル領地ノ権理ヲ互ニ相交換スルノ約ヲ結ント欲シ・・・左ノ条款ヲ協議シテ相決定ス・・・」にいう「クリル」群島(=クリル(千島)列島)について、日本政府は、同条約第二款(第2条)の「全魯西亜国皇帝陛下ハ第一款ニ記セル樺太島(即薩哈嗹島)ノ権理ヲ受シ代トシテ其後胤ニ至ル迄現今所領「クリル」群島即チ第一「シュムシュ」島第二「アライド」・・<中略>・・第十七「チエルポイ」並ニ「プラット、チエルポエフ」島第十八「ウルップ」島共計十八島ノ権利及ビ君主ニ属スル一切ノ権理ヲ大日本国皇帝陛下ニ譲リ而今而後「クリル」全島ハ日本帝国ニ属シ柬察加地方「ラパツカ」岬ト「シュムシュ」島ノ間ナル海峡ヲ以テ両国ノ境界トス」から、ウルップ島以北の18島である、と主張している。
しかし、この条約は、フランス語で書かれたものが正文であり、フランス語ではこの前文は、"En echange de la cession a la Russie des droits sur l'ile de Sakhaline, enoncee dans l'Article premier, Sa Majeste l'Empereur de Toutes les Russies pour Elle et pour ses heritiers, cede a Sa Mejeste l'Empereur du Japon le groupe des iles dites Kouriles qu'Elle possede actuellement, avec tous les droits de souverainete decoulant de cette possession, en sorte que desormais ledit groupe des Kouriles appartiendra a l'Empire du Japon."となっており、"le groupe des iles dites Kouriles"の後にカンマがないことから、ロシアが日本に引き渡した領土はクリル(千島)列島の全部でないことは明らかだ。
この論拠については、フランス語のできない方でも英語に置き換えてお考えになれば、確かにそうだ、と納得されることでしょう。つまり、同条約の日本語バージョンのこの箇所は誤訳に近く、従ってロシアの主張の方に分がある、ということです(注2)。
(注2)ちなみに、1855年に締結された日本国魯西亜国通好条約(日露通好条約=Treaty of Shimoda)では、「今ヨリ後日本国ト魯西亜国トノ境「ヱトロプ」島ト「ウルップ」島トノ間ニ在ルヘシ「ヱトロプ」全島ハ日本ニ属シ「ウルップ」全島夫ヨリ北ノ方「クリル」諸島ハ魯西亜ニ属ス「カラフト」島ニ至リテハ日本国ト魯西亜国トノ間ニ於テ界ヲ分タス是迄仕来ノ通タルヘシ」とあり、「北ノ方「クリル」諸島」からは、国後・エトロフはクリル(千島)列島でないようにも読めるが、この条約もフランス語が正文だった可能性があり、日本語バージョンは、「北ノ方」の後に「ノ」を入れ忘れた不適切訳であったのではないか、とも想像される。
いずれにせよ、後にできた条約である樺太千島交換条約が、言葉の定義についてもこの条約に優先するので、余りその解釈に拘泥しても始まらない。
3 ではどうすべきか
以上からだけでもはっきり断言できるのは、ロシアは金輪際、国後・エトロフの返還には応じないだろう、ということです。
それでは日本政府はどうすべきなのでしょうか。
今までの方針を根底から変えて、千島列島全部の返還を求めたり、逆に国後・エトロフ返還要求を取り下げたりするわけにもいかないでしょうから、私としては、(日本が負けるに決まっている)国際司法裁判所への提訴について前向きに検討する旨ロシアから言質を取った上で、平和条約を締結して歯舞・色丹を帰してもらうことで手を打ったらどうか、と考えています。
皆さんは、どう思われますか。
<読者J>
北方領土が千島列島に含まれるかどうかについては、地理的に考えれば、含まれると考えるべきだと思います。
未だに不思議に思っているのですが、サンフランシスコ平和条約はソ連(現在は引き継いだロシア)との間で締結されてません。つまり、日本が千島列島を放棄したことにロシアが同意してないことになります。つまり、ロシアが領有する根拠も日本が領有する根拠もないことになります。
いったい、この場合、どのように考えたらよいのか未だに判りません。
<太田>
ロシアが事実上占有しているだけです。
この状態には、仮に日露間で平和条約が締結されて北方領土問題が解決した(四島ないし二島が日本領と確認された)としても、(この四島ないし二島を除き)何ら変化は生じません。
投稿子が提起された問題は、サンフランシスコ平和条約で同じく日本が領有権を放棄したけれどもその放棄先の名宛人が書いてない「台湾及び澎湖諸島」や「新南群島及び西沙群島」と合わせて考える必要があります。
勉強不足のため、残念ながら現段階では私にも、まだ明快な回答はできません。
<読者K>
内容の是非はともかく、北方領土放棄論を唱えるからには、国会議員の夢は捨てて、評論家として生きていくことに決めたのですか?
<読者L>
尖閣諸島、竹島は、歴史的には異論もあるかと思いますが、法的に確実だと思うのですが、北方4島については、私も法的な根拠は少ないと、思っています。
講和条約に、ソ連が調印してないとしても、日本は、講和条約に調印しています。
実際は、ロシア以外が、北方領土に口を挟む事は、無いと思いますが、講和条約の調印国が返すと言えば、日本が講和条約に調印していようが、ロシアが領有する根拠は無くなるのとは思います(笑)
逆に、ロシアから返してもらったとしても、講和条約調印国が、文句を言ったら領有の根拠が、無くなると思うのですが・・・
法的根拠はともかく、先に、2島返還をしてもらった方が、利口だと思うのは、小病人的発想でしょうか?
<読者M>
> 皆さんは、どう思われますか。
とありましたので、浅学非才ながら、卑見を述べてみたいと思います。
私は日本がポツダム宣言以降放棄した領土に北方4島は含まれないと考えます。
ポツダム宣言を見ますと、「日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国並びにわれらが決定する諸小島に局限される。」とあり、われらとは、米、英、中華民国です。
そして少なくとも米国は北方4島を日本領としており、その後サンフランシスコ条約以後も変わりません。そしてご存知のようにポツダム宣言においてもサンフランシスコ平和条約においてもソ連は当事者ではありません。日本政府の立場は一貫して4島は日本領です。
すなわち、日本はポツダム宣言、サンフランシスコ平和条約から今に至るまで4島を放棄した認識は無く、それは米、英等連合国側も同様と考えられます。ソ連はポツダム宣言にもサンフランシスコ平和条約でも当事者ではないため、それらを有権解釈できる立場にはありません。
以上から、千島樺太交換条約の解釈が、ロシア側に有利なように、たとえ千島列島に択捉島などが含まれるとなったとしても、それによりサンフランシスコ平和条約で放棄した千島列島の中に択捉島などが入るということには必ずしもならないでしょう。
日本側としては、現時点でロシアと関係改善を急ぐ必要はないでしょうから、あわてずにじっくりと4島が帰ってくるのを待つのがいいのではないでしょうか。日本は今むしろ対ロシアにはきわめて有利なポジションにあるのではないでしょうか。日本との関係改善が遅れることにより、ロシアの極東における立場は弱くなる一方でしょう。逆に日本の支援があれば、ロシアは極東開発が進められるでしょうし、中国に対抗できるようになるでしょう。
日本が急がなければならないとしたら、中国資本、韓国資本にシベリアが牛耳られるのを日本が我慢できるかどうかでしょうか・・。ロシアからすれば、中国資本の流入は最も避けたいところでしょう。韓国も長期的には中国の衛星国となるかもしれず、望ましいのは資本、技術、信用からしても、おそらく日本ではないでしょうか。
ロシアから見れば、ロシアが孤立したまま日中の友好関係が進み、中国が強大化していくことが、最悪ではないでしょうか。
問題の解決策としては、また千島樺太交換条約ではないですが、日本が択捉島、国後島を譲渡する代わりに、サハリンやオホーツク海などの天然資源すべての権利を取ったらいいのでは?いかがでしょう。
<読者N>
たまにはまともなことを主張する太田、と言っておきましょう。
> > 皆さんは、どう思われますか。
>
> とありましたので、浅学非才ながら、卑見を述べてみたいと思います。
本当に浅学非才ですね。基本的文献も読んでいない。
和田春樹『北方領土問題――歴史と未来』(朝日新聞社[朝日選書], 1999年)でも読んだらどうですか。
> 私は日本がポツダム宣言以降放棄した領土に北方4島は含まれないと考えます。
>
> ポツダム宣言を見ますと、「日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国並びにわれらが決定する諸小島に局限される。」とあり、われらとは、米、英、中華民国です。
> そして少なくとも米国は北方4島を日本領としており、その後サンフランシスコ条約以後も変わりません。そしてご存知のようにポツダム宣言においてもサンフランシスコ平和条約においてもソ連は当事者ではありません。日本政府の立場は一貫して4島は日本領です。
めちゃくちゃですよ。日本政府の立場は少しも一貫していません。
サンフランシスコ講和会議以前には、日本政府もクナシリ・エトロフが千島列島に含まれることを明確に認めていましたし(条約局長の国会答弁)、サンフランシスコ講和会議でも吉田茂は同様の発言をしています。
日本政府が「4島返還論」を公式の方針とするのは1956年になってからですよ。それも日ソ関係の進展を阻止したかった米国の横やりによるものです。
> すなわち、日本はポツダム宣言、サンフランシスコ平和条約から今に至るまで4島を放棄した認識は無く、それは米、英等連合国側も同様と考えられます。
日本が、クナシリ・エトロフを放棄したと認識していたことは上記から明らか。
>ソ連はポツダム宣言にもサンフランシスコ平和条約でも当事者ではないため、それらを有権解釈できる立場にはありません。
サンフランシスコ条約にソ連が署名したか否かはここでは問題ではない。
> 以上から、千島樺太交換条約の解釈が、ロシア側に有利なように、たとえ千島列島に択捉島などが含まれるとなったとしても、それによりサンフランシスコ平和条約で放棄した千島列島の中に択捉島などが入るということには必ずしもならないでしょう。
なるにきまってるでしょう。
> 日本側としては、現時点でロシアと関係改善を急ぐ必要はないでしょうから、あわてずにじっくりと4島が帰ってくるのを待つのがいいのではないでしょうか。日本は今むしろ対ロシアにはきわめて有利なポジションにあるのではないでしょうか。
一日も早くロシア・朝鮮との関係改善を急がないと危機に陥ることはあきらか。いつまでも中東から石油を輸入できると思うな。
サンフランシスコ条約があるかぎり、4島が帰ってくることなど永遠にないのだから、待っても無意味である。それよりもさっさと2島返還で領土問題を終結させ、天然ガスを買うべき。
> 問題の解決策としては、また千島樺太交換条約ではないですが、日本が択捉島、国後島を譲渡する代わりに、サハリンやオホーツク海などの天然資源すべての権利を取ったらいいのでは?いかがでしょう。
ばかばかしいにも程がある。エトロフ・クナシリはすでにロシア領土なのだから、そんなものを日本が「譲渡」できるわけもない。またそれによって対価を獲得できるわけもない。
<読者K>
まあ、学問と国際政治は違いますから、学問どおりにしたがっていたら、日本なんてとっくに昔に近隣国に割譲されて国を失っていたでしょうね。私が、太田さんは、政治家をあきらめて、評論家に成り下がったというのはそういう意味です。
ただ、テレビや雑誌で売れっ子になる評論家になるには、もっともっと、中国や韓国に媚びた論調をする必要があるでしょうね。さしあたり領土を捨ててまでロシアと仲良くする必要性もないですから、この問題はロシアが再分裂するまで塩漬けにしておいてもいいでしょうね。わざわざ日本から要りませんので仲良くしましょうという必要もないでしょう。
<太田>
日本は、幕末以来、一貫して国際法(国際慣習法・条約等)を遵守する努力をしてきました。例えば、幕末に諸外国と結んだ不平等条約を、諸外国が改訂に応じるまで守りきったことを思い出して下さい。
そのことによって国際的にかちえた信用こそが日本の興隆を支えてきた(長期的な国益の観点からプラスになった)、と私は考えており、このような考え方から北方領土問題にもアプローチすると、私の主張が当然の結果として導き出される、ということです。
ちなみに、国際法を守る側が長期的には「勝利」する、という前提で私は国際情勢予測をしており、このことも、私の予測があたる理由の一つだと考えています。
以上は、戦前、国際法遵守論者であった米国の外交官のマクマレーが、「大東亜戦争」の勃発とその後の北東アジア情勢をものの見事に予測し、的中させたことに感銘を受け、私が身につけた考え方です。(拙著「防衛庁再生宣言」参照。)
「政治家」、「評論家」について付言すれば、以上のような考え方を無視するような人物であれば、「政治家」は結果を出すことができず、「評論家」は分析・予測を誤り、それぞれ「政治家」・「評論家」失格の烙印を押されること必定である、と申し上げておきましょう。
<読者K>
ところで、日ソ不可侵条約違反にまったく触れていませんね。この問題が片付かない限り、北方領土だけでなく、北千島や南樺太もロシアに帰属できないことは、当のロシア政府まで負い目に感じていることをご存知ですか?
ロシアは該当区域の資源開発について一歩引いた姿勢をとっています。それは、日本および連合国がクレームをつけた場合、外資が政争区域として敬遠する可能性もあるからです。
<太田>
「連合国」ってロシア(ソ連)もその一員ではなかったですか?
そもそも、ロシアに千島・カラフトをおみやげに強引に国際法違反の対日参戦をさせたのはどこの国ですか?
ロシアに千島・カラフトを贈呈し、北朝鮮までくれてやり、しかも中国を中共が席巻するお膳立てまでして日本を敗戦に追いやり、その中共・北朝鮮と戦後5年にして朝鮮戦争を戦う羽目になり、しかもロシアとは冷戦を「戦う」ことになったのはどこの国ですか。
それもこれも、戦前の米国が国際法を次々に蹂躙する中国国民党政府(及び中共)に肩入れし、国際法を守り続けた日本を敵視したためです。
その結果は、まず国民党政権が没落し、中国国民は中共政権の下でモルモット扱いをされて数千万人の死者を出し、ロシアは半世紀経たずして大幅に領土を失い、米国はImperial overstretchを余儀なくされ(注)、その比較的早期の没落を運命づけられたのです。
(注)ここまでは、おおむね1935年のマクマレーの予測通りです。
最後の点は、まだ証明されていない?
証明されるのはそう遠くないでしょう。
米国の原理主義化は、その没落が音を立てて始まった証拠であると私は見ています。
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