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太田述正コラム#0611(2005.1.31)
<ブッシュの歪んだ対日歴史認識>

ブッシュ米大統領がブレア英首相との昨年11月12日のワシントンでの首脳会談終了後の共同記者会見で、イラク等の民主化の必要性を強調する文脈で、民主化の成功例として世界大戦後の日本に言及し、その上で「歴史の中で、日米は敵同士だったが、今日私が最も密接に協力しているのは小泉首相だ」と絶賛したと報じられました(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20041113/eve_____kok_____002.shtml。11月14日アクセス)。
日本が戦後米国のおかげで民主化した、という趣旨の発言をブッシュが行ったのはその時が初めてではありません。
どうしてブッシュがこんな誤った歴史認識を抱いているのか解せませんでしたが、この認識をブッシュに吹き込んだのは、大統領補佐官当時のライスであったことが判明しました。
ライスが、国務長官就任後初登庁して国務省職員を集めて訓辞を述べた際、「トルーマン<大統領>やアチソン<国務長官>やマーシャル<国務長官>、そしてもちろん議会のバンデンバーグ上院議員・・らが構築した政策や諸制度がわれわれに恒久的な平和・・と自由・・をもたらした。おかげで、誰も当時民主的なドイツや民主的な日本など想像もできなかったにもかかわらず、今ではブッシュ大統領は、単に友人としてだけでなく、民主的な友人としてシュレーダー首相や小泉首相と席を同じくするに至っている」と語ったからです(http://future.state.gov/what/special/rice_welcome.html。1月29日アクセス)(注1)。

(注1)ライスは、もともと国際関係論の学者だが、旧ソ連が専門であり、日本に関するこのような認識は、恐らく、日本音痴のファーガソン(コラム#210)あたりの受け売りではないか。

米国の指導者達が繰り返しこの趣旨のヨタ話を繰り返しているため、例えば、今回のイラクの暫定国民議会選挙に立候補している、1968年のバース党支配確立直前のイラクで外相を務めた81歳のスンニ派のパチャチ(Adnan Pachachi)氏まで、「米国は、民主主義の強固な基盤のなかった日本とドイツと韓国において民主主義を確立することを手助けした」と語っています(http://www.nytimes.com/2005/01/30/international/middleeast/30democracy.html?pagewanted=print&position=。1月30日アクセス)。
これら発言は、イラクにおいても民主主義が確立できる、ということを言いたいがためのものであり、大目に見るべきなのかもしれませんが、やはり間違いは間違いだと指摘すべきでしょう。
どこが誤りなのかは、拙著「防衛庁再生宣言」を読んだ方やこのコラムの初期からの読者ならよくお分かりのように、日本は、戦前既に民主主義が確立しており、だからこそ戦時中も議会制民主主義が機能していた(コラム#47、48)(注2)ことから、民主主義が確立していなかったからこそ、授権法によってナチスに全権を委任してしまったドイツ(コラム#571)とは全く異なる、という点です。

(注2)1925年に普通選挙制度が導入され、戦時中の1942年4月に、普通選挙としては6回目の第21回衆議院総選挙が実施された(http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/fusenn.htm。1月30日アクセス)。

この日本とドイツの違いは、当時の米国以下の連合国政府にとっては自明のことでした。
だからこそ米国等は、戦後の(西)ドイツを直接統治し、民主主義が根付くまで国政選挙を四年間実施させなかった(http://slate.msn.com/id/2112699/。1月27日アクセス)のに対し、日本は間接統治にとどめ、早くも終戦の翌年の1946年に総選挙(第22回衆議院総選挙)を実施させた(http://www.pref.ibaraki.jp/senkan/shikumi/sikumi_7.htm。1月30日アクセス)のです(注3)。

(注3)この総選挙において、日本で初めて女性が選挙権を行使したが、この頃の米国では、依然として実質的に黒人が選挙権を行使できない状況にあったということを考えれば、戦前の日本の普通選挙が男性だけのものであったことだけをとらえて、戦前の日本の民主主義が未成熟であった、とは言えないことは申し上げるまでもない。

 なお、韓国の民主化についても、パチャチ氏が言うように米国のおかげなのではなく、台湾の民主化同様、日本の戦前の朝鮮半島統治の賜である(注4)ことを指摘しておきたいと思います。

 (注4)以前(コラム#197、201)、韓国や台湾の経済発展が日本の植民地統治の賜であることを指摘したことがある。

 それにしても、日本人の識者が優しいのか卑屈なのか分かりませんが、誰もブッシュらの発言を咎めようとしないのはどうしてなのでしょうね。

<もう二人の読者>
まず、最初にブッシュを責める前に日本の教科書を責めてくださいね。戦後の教科書で、戦前の日本は民主的だったと記述している教科書はないと思います。
さて、本題ですが、ブッシュの発言は、ブッシュが無知というより、南京大虐殺問題とバーター取引なんでしょう。
日本の戦争犯罪問題を誇張しないかわりに、日本が占領政策で民主化したという詭弁を作るしかなかったのだと思います。アメリカさんとしては、あの戦争を肯定するには、敗戦国の負の部分(日本の戦争犯罪)を強調するか、戦勝国の功績(日本の民主化)を強調するかのどちらかになります。
どちらもアメリカの主張に根拠がないことはわかりますが、勝てば官軍ですね。まあ、アイリスチャンのような中国のプロパガンダを政府が野放しにしていないだけでも、ブッシュのほうがクリントンよりはマシかと思いますね。

<別の読者>
#611ですが、小泉も「アメリカに開放してもらった」つまり「アメリカに民主化してもらった」って感じで言ってたような・・・。違ってたらすいません。でも多くの日本人はそうだったと思ってるんじゃないでしょうか。「もう2人の読者」さんのご指摘の通り、教科書やマスコミの影響ですね。

<太田>
 小泉発言は私も記憶があります。
 小泉さんは「識者」だとは思っていないので、(典拠が手元にないこともあって、)小泉発言は引用しなかったのですが、案外ブッシュは小泉さんから聞いた話を真に受けているだけかもしれませんね。(そうだとしても、ライスの発言は彼女が「学者」であるだけに申し開きはできません。)
 仮に先の大戦中の日本の議会制民主主義についてはご存じないとしても、(日本の教科書にも出てくる)「大正デモクラシー」という言葉さえご存じであれば、米国が日本に民主主義を教えてくれた、などといったなさけない言葉は、いやしくも日本の首相からは、口が裂けても出てこないはずです。
 全く自国の歴史を知らない首相、つまりは自国が何たるかが分かっていない首相。そして、その首相を「善導」するブレーンの不在。
 「吉田ドクトリン」の墨守が日本を脳軟化症に陥らせている、という私のかねてよりの指摘の正しさを改めて痛感させられます。

<森岡>
>  小泉発言は私も記憶があります。
>  小泉さんは「識者」だとは思っていないので、(典拠が手元にないこともあって、)小泉発言は引用しなかったのですが、案外ブッシュは小泉さんから聞いた話を真に受けているだけかもしれませんね。(そうだとしても、ライスの発言は彼女が「学者」であるだけに申し開きはできません。)

欧米では、「米国が日本を民主化した」というのが一般的な歴史解釈ではないですか?戦前の日本の民主主義について英語で論じたものは、太田さんが引用なさっていた「Parties out of power」しか私は見たことがないです。小泉さんが吹き込まなくとも、ブッシュは最初からそういうふうに学校で教えられ、それを単純に信じているだけではないでしょうか。もちろん、それを周りが正さないのは問題ですが。
ところで、昭和天皇の「人間宣言」として知られている昭和21年の年頭の詔書ですが、これは冒頭に明治天皇の「五箇条の御誓文」が引用されています。「人間宣言」を出すというアイデアは側近のものでそれにGHQが飛びついた、といういきさつであったようですが、草稿を読んだ昭和天皇は五箇条の御誓文を引用するように、とだけ指示をだしたそうです。つまり、昭和天皇にとってこの詔書の目的は、戦争に敗北し米国の政策で日本の政体が変わっていくように見えるが、民主主義は米国によって始めてもたらされるのではなく明治天皇以来の日本の国是であるのだ、と国民に対して強調するところにありました。天皇にとっては、自らの「人間性」の宣言など二の次であったようです。
そのような努力があったことを忘れて、首相自ら間違った歴史を吹聴するとは、なんともやりきれません。
(昭和21年の年頭の詔書は、例えばhttp://www5f.biglobe.ne.jp/~bun-bu/bungakuno-ma/meibunno-ma/%8F%BA%98a21%94N%94N%93%AA%94V%8F%D9%8F%91.htm
で読めます。)

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