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太田述正コラム#0631(2005.2.17)
<村上春樹(その3)>
(2)普遍性あるユニークさ
ア 始めに
日本文明に普遍性があるからこそ、村上作品に普遍性がある、ということを指摘しましたが、それが単にアングロサクソン的であるというだけのことなら、村上作品について、英米で高い評価が下され、ロシアや中国でももてはやされるはずがありません。英米では、わざわざ村上作品を翻訳出版する意味はないし、ロシアや中国でも、翻訳者が少なく、かつむつかしい日本語からの翻訳出版などせず、アングロサクソンの文学作品をそのまま読んだり、比較的容易な(英語からの)翻訳出版をすればこと足りるはずだからです。
ですから、村上作品ひいては日本文明は、アングロサクソンの文学作品ひいてはアングロサクソン文明にはないユニークさを持ち、同時にそれが普遍性を持っているということなのです。
その一つが「重層性・雑居性及び包摂性」であり、もう一つが「社会的癒しの構造」です。
イ 重層性・雑居性及び包摂性
前に引用した米国の書評が、「サスペンス的要素に乏しく、語り口もやや受け身だし、はでばでしい話が展開する割には筋が良く見えない。しかし、圧倒的な実在感があ」ると言っている(コラム#268)ことを思い出しましょう。
村上自身、「ぼくの考え<では>、小説にとってバランスというのは非常に大事である。でも、統合性は必要ないし、整合性、順序も主要ではないということです。」(前掲書78頁)とこの書評と同じようなことを言っています。
ところで、評論家・作家の加藤周一(1919年??)は、日本文学について、「一時代に有力となった文学的形式は、次の時代にうけつがれ、新しい形式により置き換えられるということがなかった・・新が旧につけ加えられる・・<従って>時代が下れば下るほど、表現形式の、あるいは美的価値の多様性が目立つ・・<にもかかわらず日本の文学は、>全体に統一性、形式的一貫性が著しい」とかつて語ったことがあります(典拠失念)。
村上自身が、「歴史という縦の糸をを持ってくることで、日本という国の中で生きる個人というのは、もっとわかりやすくなるのではないかという気が」する(前掲書57頁)、とも語っていることからすると、村上の文学作品は、歴史を経るに従って重層性・雑居性を増しつつも、これら重層性・雑居性を包み込む包摂性を失うことがなかった日本の文学の、一つの到達点を示すものである、と言えそうです。
文学以外の世界に目を転ずると、日本を代表する建築家の一人の磯崎新(1931年??)がいます。
彼は、バルセロナ・オリンピックのメインスタジアム(サンジョルディ・パレス。1990年竣工)等の設計者として世界的に著名ですが、身近にある彼の代表的作品の一つが、茨城県つくば市のつくばセンタービル(1983年竣工。http://tenplusone.inax.co.jp/archive/isozaki/isozaki012.html、及びhttp://www2.plala.or.jp/gavan/rokechi/tukuba01.html以下)です。
この建物は、ホテルとショッピングセンターとコンサートホールという全く異質な三つの機能が雑居している点で興味深いだけでなく、古今東西の異なった建築様式が雑居しているという破天荒なものであるにも関わらず、紛れもなく大きな美的感動を与える一つの綜合体です。
つまり、磯崎の作品にもわれわれは、重層性・雑居性及び包摂性を見出すことができます。
(以上、加藤・磯崎については、自衛隊向け週間新聞である「朝雲」(1991.12.5付)に掲載された私のエッセーによる。)
そもそも、日本文明そのものが、縄文モードと弥生モードという対蹠的要素を内包している上に、四回にわたる弥生モードの時代に、それぞれ、南支那(稲作)・北支那(隋/唐)・欧州(スペイン/ポルトガル)・アングロサクソンの各文明を貪欲に吸収し、その都度大変身を遂げて現在に至っているところの、重層性・雑居性及び包摂性を持つ文明なのです。
このような日本文明は、重層性・雑居性だけなら世界のどの文明でも見られるものの、類い希なことに包摂性を持っているという点で、(イスラム原理主義者やアングロサクソン至上主義に凝り固まった米国のキリスト教原理主義者等、)一部の狭量で排他的で多様性の並存を認めない人々を除いた、世界の殆どの人々から、普遍性があるものと受け止められるはずであり、磯崎や村上は、まさに日本文明の重層性・雑居性及び包摂性を体現している芸術家であるからこそ、世界の様々な異なった文明に属す人々に広く受け入れられるに至ったのではないか、と私は思うのです。
(続く)
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