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太田述正コラム#793(2005.7.15)
<欧州における歴史的瞬間(その8)>
今回の同時多発テロが、サミットがスコットランドで開かれている最中、かつ、ロンドンでの2012年のオリンピック開催が決まった直後、というタイミングをねらい、英国を栄光の頂点から奈落の底に突き落とそうとしたものであることは間違いないでしょうし、このことは、誰もが指摘しているところです(典拠省略)。
ですが、このようなタイミングのメッセージ性のほか、今回のテロに込められている、場所のメッセージ性も忘れてはならないでしょう。
9.11同時多発テロの時のことを思い出してみましょう。
ハイジャックされた四機のうちの一機はワシントンの国防省を、二機はニューヨークの国際貿易センタービルを標的にしましたし、途中で墜落したもう一機はホワイトハウスを標的にしていた、とされています。
つまり、米国の政治の中枢と経済の中枢がねらわれたわけです。
今回も、爆発が起こった場所に同様の意味が込められているのではないか、と考えて見ることは必要でしょう。
そういう見地から、もう一度前に引用した地図(http://news.bbc.co.uk/1/shared/spl/hi/uk/05/london_blasts/html/default.stm前掲)を良く眺めてください。
ロンドンで居住した経験のある人であれば誰でも、キングスクロス駅から見て、地下鉄サークル・ラインを東(東南)に進んだ爆発地点と、ピカデリー・ラインを南に進んだ爆発地点の内側は、英国銀行等が鎮座するシティー(http://www.bbc.co.uk/london/travel/downloads/walking.pdf)を始めとするロンドンの(従って英国の)経済の中枢であることをご存じでしょう。
また、バスに乗って途中で爆発を起こした犯人は、やはりキングスクロス駅を通っている地下鉄ノーザン(Nothern)・ラインに乗り込むはずだったのに、この線がたまたま止まっていたため、途方に暮れてやむなくバスに乗った可能性があると報じられました(http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/4679001.stm。7月13日アクセス)。
ノーザン・ラインは、上記経済中枢を三方から包み込むように走っている路線であり、犯人がノーザン・ラインにバスと同じ方向に乗車して爆発を起こす予定だったとすると、(逆の方向に乗車しても基本的には同じだが、)経済中枢を完全に「包囲」した形で三箇所で爆発が起こっていたはずです。
そうだとすると、今回のテロの黒幕達がこの三人の犯人達に託したのは、英国の経済中枢攻撃、というメッセージを発せしめることだった、ということになりそうです(http://www.csmonitor.com/2005/0711/p01s01-woeu.html。7月11日アクセス)。
ちなみに、英国の政治中枢であるところの、バッキンガム宮殿・議会・首相官邸等は、経済中枢に対し、西南方向に離れた場所に位置しており(http://www.bbc.co.uk/london/travel/downloads/walking.pdf上掲)、明らかに犯人達は政治中枢を標的にはしていません。(政治中枢を「包囲」した同時爆破テロを敢行するためには、ビクトリア(Victoria)駅に集合して地下鉄に分かれて乗り込むのが自然だ。)
これで爆弾4発のうち、3発については説明がつきましたが、残りの1発、犯人がサークル・ラインを西方向に乗車してエッジウェアロード(Edgware Road)駅手前で起こした爆発についてはどう考えるべきなのでしょうか。
実はエッジウェアロード駅周辺は、アラブ人居住区であり、英国、ひいてはEUにおけるアラブ人の首都、という趣のある場所なのです。
ここに1970年代から次第にアラブ諸国から人々が集まり始め、現在では、アラブの本を扱った書店・シャリア法に準拠した銀行・アラブ食料品店・アラブ人の医者等、アラブ人に必要なもの一切がこの界隈にあります。
ここには、アラブ系英国人やアラブ人長期滞在者が居住しているだけでなく、夏には「避暑」目的で中東からアラブ人が大挙して押しかけます。
しかも、この界隈のアラブ人には、難民や政治亡命者や世俗的で英国に同化しようとする人々が多く、ロンドンの他のイスラム教徒地区とは一味も二味も違っています。
だからこそ、狂信的イスラム原理主義者達の目の敵にされて今回のテロの標的にされた、とこの地区の住民達は考えているのです。
(以上、http://www.nytimes.com/2005/07/10/international/europe/10neighborhood.html?pagewanted=print(7月10日アクセス)による。)
さて、今回の事件の黒幕達がそこまで考えていたかどうかは分かりませんが、英国の経済中枢攻撃と英国の開明アラブ人居住地区攻撃は、ロンドンすなわち英国の繁栄の原理そのもの・・脱国民国家性(transnationality)(後述)・・への攻撃、という意味で論理的に首尾一貫しているのではないでしょうか。
ロンドン市長のリビングストーン(Ken Livingstone)は反骨の労働党市長として知られている人ですが、今回のテロの後にファイナンシャルタイムスに寄せた文章(http://news.ft.com/cms/s/08676d34-f302-11d9-843f-00000e2511c8.html。7月13日アクセス)のさわりの部分をご紹介しましょう。
市長は、「ロンドンらしさは、何世紀にも渡って世界最大の港であったことによって培われた。ロンドンは、この地球上の特定の場所ではなく、世界中と緊密につながってきたのだ。シェークスピアはストラットフォード生まれだったがロンドンで働き、商売で生計を立てていた観客から木戸賃をもらっていた。300年前にジョージ2世の戴冠式に招かれたお歴々の四分の一はロンドンに住んでいた外国人だった。このような土壌の上に、世界最大の金融センターが生まれる。今では金融取引高ではニユーヨークがロンドンを上回っている。しかし、それは米国という市場が大きいからに過ぎないのであって、国際センターという意味では、ロンドンは依然ニューヨークを凌駕している。・・世界的な金融取引を行<い>・・無数の文化に接していたので・・ロンドンは・・娯楽・建築・メディア・音楽・広告においても世界の中心の一つになった。・・<現在>ロンドンの金融業の幹部の四分の一は外国人だし、ロンドンの三分の一近くの住民はアングロサクソン以外の人々(from ethnic minorities)だ。・・こうしてロンドンは、世界最初の脱国民国家的都市となった。・・私はこの感覚がロンドン市民の心に深く浸透していることを改めて痛感した。」として、息子さんが今回の同時多発テロで行方不明になり、ナイジェリアから駆けつけたイスラム教徒の母親の以下の言葉を引用して文章を終えています。
「<息子の>アンソニーはロンドンで生まれ、ロンドンで働いていたナイジェリア人です。息子は世界市民です。本日ここで私はアンソニーのことが大好きなキリスト教徒・イスラム教徒・ユダヤ人・シーク教徒・ヒンズー教徒の皆さんに会うことができたのですから。」
(続く)
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