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太田述正コラム#931(2005.11.3)
<現在の日本と英国を比較する>
(米原子力空母配備問題に関して、私のホームページの掲示板上で行われたやりとりを、ご関心ある方はお読み下さい。)
1 始めに
日本と英国は良く似ており、どちらも、ユーラシア大陸の縁辺に所在する島国であって人口は日本が英国の二倍ですが、面積はそれほど大きな懸隔はありません(注1)。私は、幼少の頃にカイロで英国系の小学校で教育を受け、役所に入ってからも、英国を母国とする米国に2年間留学し、後日更に英国そのものに1年間留学したということもあって、英国のことを常に念頭に置きながらコラムを書きつづってきました(注2)。
(注1)もっとも、英国と同じ元首をいただくカナダ・オーストラリア・ニュージーランドを併せれば、奇しくも人口はほぼ日本と同じになる。
(注2)拙著「防衛庁再生宣言」でも、英国をいわば理念型として、日本の防衛のあるべき姿を描いたところだ。
日本と英国は、どちらも自由・民主主義国ですが、社会的なセーフティーネットが、米国よりは厚く欧州の主要諸国よりは薄い、という点でも共通しています。
しかし、現在の両国にはきわだって違う点がいくつかあります。
むろん、日本と英国が違った文明に属する、などという話を今回するつもりはありません。
今回取り上げる両国の違いは、外国人への開放度・外資への開放度・核保有の有無・元首のあり方、の四つです。
2 日英両国の違い
(1)外国人への開放度
日本は、国の紹介をするときに、民族構成に言及されることがない、韓国や北朝鮮と並ぶ、世界でもまれな国です。
他方、英国は、少数民族が総人口の6%を占めるhttp://www.clair.or.jp/j/forum/forum/jimusyo/137LOND/INDEX.HTM#top。11月2日アクセス)、ごくあたりまえの国です。
(2)外資への開放度
日本は、いまだに外資に対して鎖国状況にあると言っても過言ではありません。
日本への累積の海外直接投資(Foreign Direct Investment=FDI)額は、わずかにGDPの2%にとどまっています(注3)。
(注3)もっとも、昨年度、日本へのFDI額は史上最高を記録し、同時に日本へのFDI額が日本からのFDI額を史上初めて上回った。今後日本へのFDI額の対GDP比の上昇が見込まれる。
他方、英国への累積FDI額はGDPの37%にも達しており、実に英国の産業の三分の一が外国企業や外国投資家に支配されるに至っています。
特に甚だしいのは金融界であり、1979年に外為管理が廃止されて以来、あれよあれよという間に、外為業務の90%がロンドン所在の外国銀行によって行われるようになっています。
つまり英国は、英国という場所だけ提供して、そこで外国企業に活躍してもらい、英国企業は脇役を演じることに甘んじる、という選択をしたということです。
こういうわけで、現在の英国は、ドイツやフランスはもちろん、(累積FDIがGDPの22%である)米国よりもはるかに外資に開放された国であると言えます。
(以上、http://news.ft.com/cms/s/7fcdf90e-9210-11d9-bca5-00000e2511c8.html(3月12日アクセス)、http://news.ft.com/cms/s/40fc9e52-e881-11d9-87ea-00000e2511c8.html(6月30日アクセス)、及びhttp://www.guardian.co.uk/economicdispatch/story/0,12498,1606236,00.html(11月2日アクセス)による。)
(3)核保有の有無
日本は、非核武装国の中では、いつでも短時間で核弾頭をつくることができるという意味で最右翼の国であり、一旦核武装を決意すれば、手元にある核物質の量やその経済力・科学技術力からして、それほど時間をかけずに質量共に端倪すべからざる核戦力を保有することができると考えられています(http://www.atimes.com/atimes/Japan/GI09Dh03.html。9月9日アクセス)。
しかし、憲法解釈上は戦術核であれば保有ができることになっているところ、日本は被爆国であることもあって、米国の核抑止力に依存し、核武装せずに現在に至っていることはご承知のとおりです。
他方、英国は、米国、ロシア(旧ソ連)に次いで三番目に核保有国となった国であり、現在でも、トライデント多弾頭弾道ミサイル搭載原子力潜水艦を4隻保有しています(注4)(The Military Balance 2004/2005 PP73)。
(注4)1隻に弾道ミサイル16基搭載可能で、ミサイル1基に弾頭を12個まで搭載可能。ただし、1隻には弾頭を48個までしか搭載しないこととされている。なお、英国が保有する総弾頭数は200個未満。
(4)元首のあり方
日本の元首は(少なくとも対外的には)天皇ですが、天皇や皇室成員の言動には、事実上大きな制約が課されています。
これに比べて、英国の元首たる国王並びに王室成員は、はるかに自由な言動を行っています。
それはともかく、世界中の元首と違って、戦後、日本の元首たる天皇だけに見られる特異性は何だかご存じですか。
それは、軍(自衛隊)との関係が完全に絶たれていることです。自衛隊の総司令官は首相ですし、戦後、天皇や皇室成員は、自衛隊の部隊を視察したことも、自衛隊の駐屯地や基地を訪問したこともありません(注5)。
(注5)天皇や皇室成員が自衛隊の管理運行する政府専用機等に乗ることがあるが、これは部隊訪問とは言えない。
もちろん、皇室の成員が防衛大学校に入ったり、陸海空自衛隊の学校に入ったり、自衛隊で勤務したりしたことはありません。
これに対し、英国の国王は名目的ではあれ軍の最高司令官であって、王室成員は、男子であれば青年期に軍学校に入り、軍務に就くことが当然視されています。
一番最近の例で以上のことを確認してみましょう。
チャールス皇太子の次男のヘンリー王子(当時20歳)が、今年5月にサンドハーストの英陸軍士官学校(1年弱のコース)に入校した(コラム#741、及びhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/4526077.stm(5月9日アクセス))のですが、このたび、長男のウィリアム王子(現在23歳)も同じ学校に入校することになりました(http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1599270,00.html。10月24日アクセス)。
これは、英国の王室成員に、自分が受けるべき教育訓練に関し、かなり自由な選択権があることを示しています。ウィリアムは大学を出てから陸士に入るの対し、ヘンリーは大学に行かずにイートンを卒業しただけで陸士に入ったわけですし、兄が弟の後輩にならないようにとか、一人が陸士だから後の一人は海兵か空軍士官学校へとかいった配慮もまた、全くなされていないからです。
3 感想
これらの日英間の違いをどう考えたらよいのでしょうか。
私の持論である縄文モードから弥生モードへ、といったことを持ち出すまでもなく、このグローバリゼーションの時代に、民族的に同質であるということは決して胸が張れることではありません(注6)し、外資に対して事実上鎖国状況にあるなどということは、論外です。
(注6)麻生太郎外相が、まだ総務相であった10月15日に、「(日本は)一国家、一文明、一言語、一文化、一民族。ほかの国を探してもない」と発言して(http://www.nikkansports.com/ns/general/p-so-tp0-051017-0009.html。11月2日アクセス)胸を張ったアナクロニズムはなげかわしい。これは、同様の国である韓国や北朝鮮についての無知をさらけ出すとともに、日本在住の、日本籍を取得したり永住を許可された朝鮮半島出身者への配慮を欠く発言でもある。かつて田中真紀子を外相に起用したことと言い(コラム#15、28、53)、小泉首相の外交軽視の姿勢には度し難いものがある。
日本は、難民や政治亡命者の受け入れ枠を拡大するとともに、技術者や保育・看護・介護要員の受け入れ等に努め、外国人に対する開放度を高めるべきでしょう。
外資に関しては、英国は開放過剰だと思いますが、日本としては当面、外資が入って来易い環境作りに官民挙げて邁進すべきでしょう。
核に関しては、日本は、北朝鮮や中共に対し、これからも核恫喝するようなことがあれば日本も核を持つぞ、という形でその潜在的核能力を「活用」すべき時期が来ている、と思います(注7)。
(注7)他方、英国は、サッチャー時代には野党の労働党は核廃棄を主張していたものだが、トライデントの後継ミサイルを決めるべき時期が来ている現在、再び一部で核廃棄論が出ている。ガーディアン掲載の論考(http://www.guardian.co.uk/comment/story/0,3604,1605654,00.html。11月2日アクセス)は、北朝鮮やイランが核を持ったとしてもそれは地域的なものであって、英国に対する脅威にはならないという。中共の核のことは忘れたのか忘れたふりをしたのか言及がない。うらやましいことだ。この点では英国は日本とは全く別世界にいる。
最後に元首のあり方についてですが、私は代々の天皇や皇室成員の遺伝子には、千数百年にわたって天皇制の存続を可能にした鋭敏な感覚が備わっていると思いますし、その結果天皇制が続いてきたことは、日本にとっても幸いであったと思っています。
私は、現在の天皇や皇室成員が、言動を見事なまでに慎まれていることも、戦後自衛隊との関わりを絶って来られたのも、A級戦犯合祀以来靖国神社を訪問されていないことも、その鋭敏な感覚の賜であろうと、感嘆の念をもって眺めてきました。
しかし、これだけ内外情勢が変わってきたのですから、恐らく、天皇と皇室成員が自衛隊との関わりを開始されるのは目前であろう、と推察しているのです。よもや憲法が改正されて自衛隊が自衛軍と明記される時までお待ちになることはあるまい、と思うのです。
私のカンでは、言動の慎み方が足らない英国の王室が今世紀中にも廃止される可能性はあるけれど、日本の皇室は来世紀においても間違いなく安泰であり続けることでしょう。
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