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太田述正コラム#1069(2006.2.3)
<ムハンマドの漫画騒動(その1)>
(北朝鮮情勢とイラン情勢は最近書いたばかりですし、他方、一見大きく動きつつあるように見えるイラク情勢(総選挙の実施)とパレスティナ情勢(シャロンの退場とハマスの選挙での勝利)については、私がこれまで書いてきた基調には変化がないため、コラムで取り上げるのは、まだ少し先になりそうです。)
1 発端
イスラム教では、教祖ムハンマド(Muhammad)の姿を描くことは、たとえ肯定的に描いたものであっても涜神になります(注1)。
(以下、特に断っていない限りhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/4670370.stm、http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/4669210.stm、http://www.nytimes.com/2006/02/01/international/europe/01cnd-danish.html?pagewanted=print、http://news.ft.com/cms/s/6159a6fa-9352-11da-a978-0000779e2340.html、http://www.csmonitor.com/2006/0201/dailyUpdate.html(2月2日アクセス)、及びhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/02/02/AR2006020202720_pf.html(2月3日アクセス)による。)
(注1)アラーやムハンマドに関し、コーラン中にそのようなことに直接言及した箇所はないが、chapter 42, verse 11: "[Allah is] the originator of the heavens and the earth... [there is] nothing like a likeness of Him."と、Chapter 21, verses 52-54: "[Abraham] said to his father and his people: 'What are these images to whose worship you cleave?' They said: 'We found our fathers worshipping them.' He said: 'Certainly you have been, you and your fathers, in manifest error.'" が根拠とされている。
なお、ハディス(Hadith。ムハンマド及びその同朋達の言行録)には、アラーやムハンマド、そして新旧約聖書に出てくる主要な預言者、の姿を描いてはならないと明確に記されている。(http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4674864.stm。2月3日アクセス)
ところが、デンマークのある新聞が昨年9月に12枚ものムハンマドの漫画を載せ、しかもその中には、ムハンマドに爆弾の形のターバンを被せて爆弾テロ犯に擬したものや、ムハンマドに、自爆テロ犯の増加により天国では処女が払底してしまった(コラム#205)と言わせているものがあったため、イスラム世界で強い反発が起きたのです。
2 その後の展開
この新聞社は、爆弾テロのうわさが出たため、社員全員が社屋を引き払う羽目に陥ったところ、この種漫画の掲載はデンマークでは完全に合法だけれど、イスラム教徒の気持ちを傷つけてしまった、と遺憾の意を表明しました。
しかし、デンマークの首相が明確な謝罪をすることを拒否した(注2)こともあり、シリアとサウディ、そして更にシリアは駐デンマーク大使を本国に召還し、リビアは駐デンマーク大使館の閉鎖を決定しました。
(注2)デンマークは野放図なまでに表現の自由を尊重する国として知られており、1970年代にはポルノ大国として世界に名をはせた。
また、デンマーク製の食品のボイコットが中東全域に広まり、デンマークの食品会社では数百人の従業員をレイオフせざるをえなくなりました。
更に、デンマーク人は身の危険を感じ、サウディやパレスチナ等から退去することを余儀なくされます(注3)。
(注3)1989年に、英国籍のサルマン・ラシュディー(Salman Rushdie)の書いた小説に対し、イランのホメイニ師が死刑のファトワを発出した事件や、2004年にオランダの映画監督(ゴッホの子孫)がイスラム世界における女性虐待を描いた映画を製作したためにイスラム教徒によって殺害された事件を思い起こさせる。
そこへ、2月1日に、報道の自由と表現の自由を守るためと称して、(先月のノルウェーの小雑誌を嚆矢として、1月31日のスイス紙に引き続き、)フランスのフランス・ソワール紙やドイツのディー・ヴェルト紙を始めとする、フランス・ドイツ・オランダ・イタリア・スペインの12紙が上記デンマーク紙に掲載された漫画の全部または一部を一斉に紙面に掲載したため、事態は新たな局面に突入しました。(特段、各紙がお互いに示し合わせたわけではない、ということになっています。なお、BBCも英国のメディアとしては初めて、本件についての報道のために必要として、漫画の一部を放映しました。)
これに対し、今度はフランスとドイツのイスラム教徒の団体が非難声明を出しました。
フランス・ソワール紙については、エジプト人オーナーが強い遺憾の意を表明して編集主幹を首にしたところ、その上司の編集長がこれに抗議する論説を紙面に載せる、という騒ぎになっています。
イスラム世界でも、当然と言うべきか、抗議が一層エスカレートしました。
パレスチナ武装グループが、ガザ市内のEU代表部に押し入り、ノルウェー、フランス、デンマークの3か国に謝罪を求める声明を出し(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060202id24.htm。2月3日アクセス)、ヨルダン川西岸のナブルスでも、ドイツ人を拉致し、もっと外国人を拉致すると脅しました。(このドイツ人は後刻解放された。)
パキスタンでは、子供達がフランスとデンマークの旗を燃やしました。
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