太田述正コラム#1343(2006.7.14)
<ジダン事件>

1 始めに

フランスのジネディーヌ・ジダン(Zinedine Zidane。愛称Zizou)選手(34)が、彼の事実上の引退試合である晴れのサッカー・ワールドカップ決勝(9日)で、イタリアのマルコ・マテラッツィ(Marco Materazzi)選手(32)に頭突きをくらわせてレッドカード(退場処分)を受けたこと、そのジダンが12日、フランスのテレビ2社のインタビューに応じ、マテラッツィが「とても耐え難い言葉を繰り返した」と述べ、自分の母親と姉への侮辱が原因だったと説明したのに対し、マテラッツィは地元紙で緊急反論しつつもジダンの姉に関する発言を事実上認めたこと
http://www.daily.co.jp/soccer/2006/07/14/0000070489.shtml。7月14日アクセス)
は、ご存じの方が多いと思います。
この事件を、単に両者の個人的な喧嘩ととらえるべきではない、というのが今回のテーマです。

2 フランスの問題点

 ジダンの活躍で1998年のワールドカップにフランスが優勝した時以来、貧しいアルジェリア移民の子供であるジダンは、フランスにおける社会的調和の象徴と目されてきました。
 そのおかげで、ジダンは、フランスの右翼のルペン(Jean-Marie Le Pen)のような男からは、ジダンはフランス人ではないと中傷され、在仏等のイスラム・アラブ勢力からは、ジダンがアルジェリアの少数民族であるベルベル人(非アラブ)であることやジダンが敬虔でないイスラム教徒であることを咎められてきたのです(注1)。

 (注1)1998年に、ジダンはサウディの選手の人種差別的暴言に怒り、この選手をこづいて二試合出場禁止になったことがあるし、ジダンの父親は、アルジェリア独立紛争の際、フランス協力者(harki)であったと非難された

 このようにジダンは、(サッカー選手になる前もそうですが、)サッカー選手として、対戦相手だけでなく、四方八方の敵と戦い続けてきたのです。

3 イタリアの問題点

 1998年の時もそうでしたが、今次フランス・チームの特徴は、その「人種」的多様性にあります。14人の選手中10名はアフリカ移民の子供か孫です。
 それに対し、イタリア・チームの中に移民の子供や孫は全くおらず、欧州のワールドカップ参加チームの中では、唯一と言ってよい白人だけのチームなのです。
 しかも、イタリアのサッカーは親ファシズム勢力との関係が強く、イタリアがワールドカップに優勝すると、これを祝って、ローマの古いユダヤ人街には、ナチス鍵十字の落書きが沢山書き殴られましたし、政権交代前のベルスコーニ内閣で閣僚を務めた政治家は、イタリアは、「黒人・共産主義者・イスラム教徒」からなるフランス・チームに勝利した、と言ってのけたものです(注2)。
 (以上、http://www.nytimes.com/2006/07/11/sports/soccer/11cnd-italy.html?pagewanted=print
(7月12日アクセス)、及び
http://www.time.com/time/world/printout/0,8816,1213502,00.html(7月14日アクセス)
による。)

 (注2)この元閣僚は、オランダのムハンマド風刺漫画騒動の時に、風刺漫画の一つをプリントしたTシャツを着てTV番組に出演し、閣僚辞任に追い込まれた人物だ。

4 耐え難い言葉をめぐって

 マテラッツィがジダンに投げかけた「耐え難い言葉」が具体的に何であったのかはつまびらかにされていませんが、売春婦たる母親(姉)の息子(弟)、ないしテロリストたる母親(姉)の息子(弟)、であったのではないか、と噂されています。
 前者が本命ではないかと思われます(注3)が、そうだとすると、イギリスのベッカム(David Beckham)御大がそれをやらかしたことがあります。

 (注3)ジダンの母親は、「われわれ家族全員がジダンの選手としての経歴がレッドカードで終わったことは大変残念だが、少なくとも彼は名誉を守ることはできた。世の中にはサッカーより大切なことがある。」と語っている(タイム前掲)。

 2004年のレアル・マドリードの試合で、線審の判定に怒ったベッカムは「売春婦の息子」とスペイン語でその線審に呼びかけ、退場処分をくらったのです。
 ベッカムは、英国でなら問題にもならないことで退場処分をくらったことにショックを受けたといいます。
 それもそのはずであり、こんな言葉が問題になるのは、欧州の特にカトリック地域(=ラテン地域。フランス・イタリア・スペイン等)では、聖母マリア信仰の影響で母親が神聖視されているからなのです(注4)。
(以上、特に断っていない限り
http://football.guardian.co.uk/worldcup2006/story/0,,1818324,00.html(7月12日アクセス)による。)

 (注4)英国で一番ひどい悪罵は、女性器そのものを指す俗語を投げつける悪罵だ。他方、son of a bitchとかbastardといった、母親の性的放縦性を示唆する言葉は軽口として用いられ、決して深刻な悪罵とは受け止められていない。(とこのように、ガーディアンがお墨付きを与えてくれているのだから、何名かの読者から、使用禁止を促されているところの、私のbastard Anglo-Saxon なる米国を指す造語(?)も、そろそろ復活させていただこう。)

5 余談

 韓国で、朝鮮日報と並ぶ保守系の有力紙である中央日報は、テポドン等発射の後に開催された南北閣僚級協議決裂を受けて、北朝鮮側代表の発言に対し、韓国側代表はジダンのように頭突きをくらわすべきだった、という過激な論説
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=77859&servcode=100&sectcode=120
7月14日アクセス)を掲げました。
 韓国世論の反北朝鮮への急速な変化を象徴する論説だと思います。

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