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太田述正コラム#1368(2006.8.7)

<裁判雑記(続々)(その1)>




1 始めに




 私のコラム#195をめぐる裁判は、東京簡裁から東京地裁に移送され、6月27日に第一回口頭弁論が開かれましたが、弁論準備手続の期日を定めるだけなので、必ずしも出席しなくて良いと言われていたので、欠席しました。
 そして、第一回弁論準備手続が7月21日に開かれました。
 担当裁判官3名のうちの2名と担当書記官1名、原告(千葉)、更に被告たる私(太田)が出席し、主任裁判官から、原告より5月9日に簡裁の口頭弁論開始直前に法廷で簡裁と私に手交された準備書面に対し、私から反論等を行う準備書面が提出されていない理由を問われ、原告が展開した判例解釈については、その当否は基本的に裁判所の判断にゆだねるべきであるし、核心となる判例に関する私の解釈は既に訴状(コラム#1180)に対する答弁書(コラム#1223以下)に記したところであるので反論を行う必要はないと考え、また、原告被告間の論点がかみあっていないこともあって、原告が当該準備書面に添付した書証は、私から見れば、(判例以外は)私に有利なものばかりであるので、書証に関連する反論もまた行う必要はないと考えた、と答えました。
 すると裁判官が、それでもやはり提出した方がよい、と言うので、提出を約束しました。
 原告も被告も弁護士がついていないので、裁判官もいささかやりにくそうでした。
 なお、第二回準備手続きは、8月31日の午後に決まりました。
 原告が、クセ球を投げてきているので、今までの経緯をご存じない読者には、まるでチンプンカンプンかもしれませんが、原告の準備書面と、それへの反論として、私が提出する準備書面をご披露させていただきます。




2 原告の準備書面(添付書証への言及箇所及び添付書面は割愛した)




第1 答弁書に対する反論




 1 答弁書1から3における主張の根拠として4(1)において、判例を引用し本件記事は論評であると主張する。しかし、当該判決で言う論評とは「著作部分に関する著書作者の執筆姿勢を批判する内容の記述」であり、著作物自体あるいは当該著作物の著書に対する論評なのである。
 そもそも、同判決は、論評の内容に関し「著作部分に関する著者作者の執筆姿勢を批判する内容の記述」を前提にしているのであり、本の内容を紹介し、その記述内容に基づき間接的に事実を摘示した本件記事とは根本的に異質なものである。
 しかも、被告は、故意か過失かは定かではないが、答弁書4で引用した判例から上記前提部分を割愛していることは極めて不合理である。




 2 答弁書5(1)及び(2)は、公知の事実を新たに記事した(ママ)ことや原告の実名は記していないから名誉毀損は成立しないとする趣旨であろうが、この主張は、判例理論を無視した客観的根拠を欠くものであるから、以下詳述する。
すなわち、判例では
 第1に
 「・・・意見・論評の表明に当たるかのような語を用いても・・・第三者からの伝聞内容の紹介や推測の形式を採用することによりつつ、間接的ないしえん曲に前記事実を主張するものと理解されるならば、同部分は事実を摘示するものとみるのが相当である」
(平成9年9月9日最高裁判例)
 第2に
 「・・・真実性の立証対象となるのは風評ないし噂が存在したこと自体ではなく、その風評ないし噂の内容に関する諸事実である」
(平成9年9月9日最高裁判例)
 第3に
 「・・・社会的に知れ渡っていたとしても・・・事実を真実であると信じるにつき相当の理由があったということはできない」
(平成10年1月28日東京高裁判例)
 第4に
 「・・・被害者の指名を明確に挙示しなかったとしても、その他の事情を総合して何人であるかを察知しうるものである限り、名誉毀損として処断する」
(昭和13年2月28日大審院判例昭和12年(れ)第2403号事件)
と判示している。




 3 上記判例理論を基準に、答弁書での主張を検討すれば、以下のとおりである。
 第1に
 本件記事は訴状記載の通り、「創価学会員の原告が万引き事件をでっち上げ殺人事件を隠蔽した」との事実を摘示するものである。
 第2に
 被告の抗弁は、「創価学会員の原告が万引き事件をでっち上げ殺人事件を隠蔽した事実」の真実性に基づくものでなければならない。
 第3に
 多くのメディアにより原告の名誉を毀損する行為が先行し公知の事実となっていたことを根拠に本件記事は新たに名誉毀損は構成しないとの被告の主張は、責任回避の詭弁と言わざるを得ない。
むしろ、公務と無関係な原告の宗派を特定し公表した本件記事は先行記事よりも悪質性が高いのである。
 第4に
 被告が提出書証の雑誌、インターネット、新聞においても頻繁に「千葉英司副署長」と表現している。また、本事件発生当時や本件記事が掲載された前後の時期を含め、新聞や月刊誌において盗撮した原告の顔写真を掲載し、また、「東村山警察の千葉英司副署長」と明記して報道しているのであり、被告は、原告の実名は挙げなかったものの副署長とはすなわち原告であると察知しうるのである。




 よって、本件記事は、「創価学会員の原告が万引き事件をでっち上げ殺人事件を隠蔽した事実」を摘示して原告の社会的評価を著しく低下せしめたものであることは明白である。




 4 なお、答弁書4(2)、6、7は、被告の独自の理論であることから反論は保留する。




第2 求釈明
 被告は「創価学会員の原告が万引き事件をでっち上げ殺人事件を隠蔽した事実」の真実性及び相当性について速やかに立証されたい。」




3 私の反論(準備書面)




第1 原告の準備書面(1)に対する反論
 1について
 判例時報1651号は、原告の引用する(被告が答弁書で引用した)最高裁判決を掲載しているところ、その58頁において、判決理由中の「本件評論部分は、全体として見れば、本件著作部分の内容をほぼ正確に伝えており、一般読者に誤解を生じさせるものではないから、本件評論における本件著作部分の引用紹介が全体として正確性を欠くとまではいうことができず、その点で本件評論部分に名誉毀損としての違法性があるということはできない」という箇所にのみ傍線が施されており、これは判例時報の編集者が、この判決理由中、先例としての価値(ratio decidendi)のある部分はこの箇所(だけ)であると判断したことを示している。
 よって、原告が問題としているところの、被告が執筆した評論(コラム)における著作の引用紹介(要約紹介)、が「全体として正確性を欠く」か否かだけが、「名誉毀損としての違法性」の有無の認定基準となる、と考える。
 以下付言する。
 第一に、原告は、上記判決は、著作の著者が著作の引用紹介者を訴えたケースに係るものであって、原告が著作に登場する第三者で被告が著作の引用紹介者である本件とは背景事情が異なると主張しているようにも見受けられるところ、これに対する反論も上記で尽きている。
 そもそも、本件と同じ背景事情の確定判決が見あたらないのは当然であって、著作の内容が名誉毀損にあたると考えた者は、その著作の引用紹介者ではなく、その著作の著者に対して裁判を提起すれば足りるからである。すなわち、原告が著作の引用紹介者に対して裁判を提起したことは筋違いも甚だしいのであって、この点だけからも訴権の濫用であると考える。
 第二に、原告は、被告が執筆した当該コラムを論評(評論)でないと主張するが、理解に苦しむ。
 当該コラムは、その冒頭で「日本の政治は、二つの深刻な問題点を抱えており、このままで日本の政治が世界の範例となることはありえない」とした上で、第一の深刻な問題点が、「創価学会すなわち公明党が、1993年、非自民連立政権の下で初めて政権の一翼を担い、1994年には創設メンバーとして新進党に合流し、1999年からは死に体の自民党を与党として支える、という具合に日本の政治のキャスティングボードを握ってい」ることであると論じたものであり、その理由として例示的に、創価学会がゆゆしき不祥事に関与している疑いが強いと主張しているところの、(東村山市で起こった事件を取り上げた)著作の内容を引用紹介(要約紹介)したものであって、それが論評(評論)であることは明らかであろう。




 2について
 第1と第2については、援用されている判決は、著作の引用紹介に係るものではないので、本件とは無関係である。
 第3については、援用されている判決が言及しているのは、「風説ないし噂」の流布であるところ、被告が引用紹介した上記著作については、それが上梓される以前に、別の著者による同趣旨の著作が上梓されており、また、発行人が明らかなミニコミ紙が同趣旨の記事を累次掲載しており、かつ著者を特定することが理論上可能なインターネット上の同趣旨の書き込みが多数なされていたのであって、これらは流布者を特定することが困難な「風説ないし噂」とは言えない。よって、本件とは事情が全く異なる。
 第4については、一般論としてはその通りであろうが、被告が原告を匿名にしたことは、答弁書において記したように、当該コラムに対する反響が皆無であっただけに、一定の意義はあったものと考える。
 なお、被告が原告を匿名にしたのは、被告の批判の対象が、主として(日本の政治に悪影響を及ぼしている)「創価学会すなわち公明党」、従として(職務の故意過失による怠慢が散見される日本の)捜査機関なのであって、捜査にあたった被告ら個々人ではなかったからでもある点に注意を喚起しておきたい。




 3について
 第1??第4については、以上記したことに付け加えるものはない。
 
 4について
 答弁書4(2)は、有力学説であって「被告の独自の理論」ではない。
 答弁書6は事実の指摘であって「理論」の開陳ではない。原告の反論を求める。
 答弁書7は和解の勧めであって「理論」の開陳ではない。原告は和解をする意思があるのかないのか、いかなる和解内容であれば検討する用意があるのか、回答を求める。




 原告の求釈明について
 本件の争点は、繰り返しになるが、被告が執筆した評論(コラム)における著作の引用紹介(要約紹介)、が「全体として正確性を欠く」か否かだけであり、原告が求める釈明はこの争点とは何の関係もないものである。




第2 求釈明
 原告が求める損害賠償は、いつからいつまでの損害を対象としたものなのか、損害額の算定根拠はいかなるものか、なにゆえに当該コラムの削除、原告の反論の被告のホームページへの掲載、被告の謝罪の被告のホームページへの掲載等を求めないのか、釈明を求める。

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