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太田述正コラム#1375(2006.8.14)
<現在進行形の中東紛争の深刻さ(その4)>

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 その後、イスラエル政府もレバノン政府(2閣僚を出しているヒズボラを含む)も、安保理決議を受諾しましたが、戦闘はむしろエスカレートしています。
 安保理決議採択直前から増強され始めたレバノン領内侵攻イスラエル地上部隊は30,000人に達し、13日にはその一部はヘリコプター輸送や落下傘降下によって(イスラエルがもともと地上部隊を到達させようとしていた)リタニ河に達するとともに、ベイルート郊外のヒズボラ地区に対し、(ヒズボラ指導層の殺害をねらって)1,000ポンドのバンカーバスターを含む爆弾で、これまでの最大規模の空爆を行ったり、(シリアからのヒズボラの補給を断つ目的で)レバノンとシリアの残された陸路にかかる橋を空爆したりしました。この日イスラエル兵士19名が死亡しましたが、これは今次紛争における一日あたりの最大の死者数です。
 他方、ヒズボラは、これまた一日あたりとしては最大の、250発以上のロケットをイスラエル領内に打ち込みました。これで、今次紛争においてヒズボラが発射したロケットの数は4,000発に達しました。
 このこともあって、レバノン政府は、13日に予定していた、安保理決議実施のための閣議の開催を中止しました(注6)。

 (注6)もっとも、閣議中止のより大きな理由は、ヒズボラの武装解除について、ヒズボラの2閣僚が反対しているからだと推測されている。ちなみにフランス政府は、安保理決議は、UNIFIL拡大版に、強制的なヒズボラ武装解除任務は負わせていない、としている。
 
 そもそも、国連事務局とイスラエル政府との合意で停戦は14日午前5時(グリニッジ標準時。現地時間では午前8時)まで延ばされていただけでなく、イスラエルとしては安保理決議上、UNIFILの拡大版15,000人とレバノン政府軍15,000人、計30,000人が南レバノン(リタニ川以南)に配備されるまではイスラエル軍が南レバノンにとどまって戦闘を継続できると考えている(注7)上、それ以降もヒズボラがロケット等でイスラエル領内を攻撃したら反撃のための「防衛的」軍事作戦を行うことができると考えているのです。
従って、本当の停戦がいつ実現するか、分かったものではないのです。
(以上、http://observer.guardian.co.uk/world/story/0,,1843666,00.html
(8月13日アクセス)、及び
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,1843987,00.htmlhttp://www.nytimes.com/2006/08/13/world/middleeast/13cnd-mideast.html?ei=5094&en=a2731e850c9e6f90&hp=&ex=1155528000&partner=homepage&pagewanted=print
(どちらも8月14日アクセス)による。)

 (注7)ヒズボラの方はヒズボラの方で、イスラエル軍がレバノン領内にとどまっている限り、戦闘を続けると宣言している。地上戦が行われている限り、南レバノン軍はもとより、UNIFIL拡大版は事実上、南レバノンに配備できまい。第一、UNIFIL拡大版への兵力拠出国として、フランス、トルコ等が手を挙げてはいるが、まだ確定しているわけではなく、当然各国の拠出兵力量も、従ってまた、フランスが司令官を出すのかどうかも決まっていない。つまりは、UNIFIL拡大版の第一陣が現地に配備できる期日すらはっきりしていないのだ。
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 エ 補足
 今次紛争に関し、アングロサクソン諸国とは違って、反イスラエル側寄りのムードが支配的な欧州諸国(注7)の中で、めずらしくイスラエル支持の論陣を張っているのが、フランスのユダヤ系哲学者のベルナール・アンリ・レヴィ(Bernard-Henri Levy。1948年??)です。

 (注7)スペインのザパテロ(Jose Luis Rodriguez Zapatero。1960年??)首相は、度し難いことに、今次紛争に関しイスラエルを批判し、「ナチスがどうしてユダヤ人に対してあんなことをやったかが分かった」と語った。

 彼は、ヒズボラの今次紛争における目的は、パレスティナ問題はもとより、いかなる具体的な係争を解決しようとするものでもない、抽象的なものであるがゆえに、許し難いと指摘します。
 その上で彼は、今次紛争は、ヒズボラ対イスラエルの戦争というよりは、イランを首魁格とするネオ全体主義・・アラブないしイスラム・ファシズム・・対民主主義の大戦争の前哨戦であるとし、先の大戦の前哨戦であったスペイン内戦になぞらえることができる、と主張します。
 そして、ヒットラーが民主主義的に首相に選出されたことや、ムッソリーニがイタリア国民へのサービスにこれ努めたことを挙げ、ヒズボラの民主主義志向や住民福祉重視は、まさにポピュリスト的ファシズムの典型的属性であって、こんなものに目を眩まされてはいけない、と強調するのです。
(以上、
http://www.nytimes.com/2006/08/11/magazine/11levy-questions.html?8dpc=&pagewanted=print
(8月13日アクセス)による。)

 (3)ヒズボラと軍事
  ア ミサイル
 次に、ヒズボラの軍事面に着目したいと思います。
 最も衝撃を与えたのは、ヒズボラによるミサイル攻撃でしょう。

(続く)

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