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太田述正コラム#1435(2006.10.6)
<北朝鮮の核実験実施宣言をめぐって>

1 始めに

 10月3日に、北朝鮮は核実験実施宣言を行いました。
 日本の防衛庁防衛研究所主任研究官で朝鮮半島情勢専門家の武貞秀士と米国の軍事評論家のウィリアム・アーキン(William M. Arkin)は、北朝鮮がミサイルを発射したり核実験実施宣言を行ったりするのは、石油・食料等を獲得することがねらいの瀬戸際外交を行っているわけではなく、本当に核戦力を保有しようとしている、という点では一致しつつも、北朝鮮がどうして核戦力を保有しようとしているかについて、180度違った見方をしています。
 お二人の見方をそれぞれご紹介した上で、どうして私がアーキンに軍配を挙げるか、ご説明したいと思います。(いつものことですが、敬称は略します。)

2 武貞の見方

 7月5日に北朝鮮はミサイル発射を行いましたが、それ以前から、一貫して北朝鮮はミサイル実験も核実験も必ず行うと主張してきたのが武貞です。
 武貞は、北朝鮮が、韓国民を北朝鮮シンパにするとともに、在韓米軍を撤退させ、米国を核で脅かしながら傍観者にした上で、自国主導で、特殊戦部隊を中心とする最小限の武力行使によって朝鮮半島を統一する、という戦略を持っており、そのために核戦力を保有しようとしている、というのです。
 既に、「韓国民を北朝鮮シンパにするとともに、在韓米軍を撤退させ」るところまで成功したと北朝鮮は思っており、その上、中共による投資で北朝鮮の経済状況は改善されつつあって、米国の金融制裁によるダメージは致命的なものではないことから、上記戦略に則り、予定通り北朝鮮は、核実験実施宣言を行った、と武貞は結論づけるのです。
 (以上、http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20060907/109414/、及び
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20061004/111121/
(どちらも10月5日アクセス)による。)

3 アーキンの見方

 アーキンは、今年夏の米軍の情勢分析によれば、北朝鮮の軍事力は、韓国に武力攻撃をしかけたり武力攻撃を続けたりするには、余りに装備が不足し弱体である、と指摘します。
 すなわち、燃料は極度に不足しており、装備はろくにメンテナンスされておらず、また使われることもほとんどなく、兵士は訓練不足で弱体化している、というのです。また、北朝鮮の弾道弾は、極めて命中精度が低く、故障が多い代物です。他方、在韓米軍の地上兵力は削減されたものの、航空兵力と諜報/特殊戦能力は大幅に増強されているし、韓国軍の兵力と能力は顕著に改善されており、だからこそ、朝鮮半島における戦時統制権の米軍から韓国軍への移管が論議されている、というのです。
 そしてアーキンは、米国の在韓特殊戦司令部は、2005年5月に、金正日体制の将来とその後に来る新体制への移行とこの新体制に係る諸問題を議論する秘密会議を開催した、また、米国による金融制裁は、北朝鮮に大きなダメージを与えている、と付け加えます。
 アーキンは、北朝鮮はこのように追いつめられており、窮鼠猫を噛む思いで核実験実施宣言を行った、と結論づけるのです。
 (以上、
http://blog.washingtonpost.com/earlywarning/2006/10/behind_north_koreas_latest_nuc.html
(10月6日アクセス)による。)

4 どちらの見方が正しいか

 武貞は、北朝鮮は現状を楽観的に見ているがゆえに核実験実施宣言を行ったと主張するのに対し、アーキンは、逆に、悲観的に見ているがゆえに核実験実施宣言を行ったと主張しているわけですが、一体どちらの見方が正しいのでしょうか。
 私はアーキンが正しいと断言できます。
 その理由をご説明しましょう。
 二人が、北朝鮮の経済状況と朝鮮半島の軍事バランスの現状認識を異にすることが、正反対の見方を導いたのかもしれません。
 まず北朝鮮の経済状況についてですが、現在の経済状況をどう認識するにせよ、それは当面、軍事バランスに大きな変化はもたらしません。私自身は、今回の核実験実施宣言により、そして、核実験を実際に実施すればなおさらのこと、米国や日本等による経済制裁強化により、北朝鮮の経済状況の悪化は避けられないと思っています。ですから、北朝鮮が軍事バランスを北朝鮮に有利な形に変えることができるような経済状況は到来しないであろうと思っています。武貞自身、「<金正日>の戦略は、短期的には細かく読んで手を打ちながらも、長期的には救いようがない道に追い込まれるもの」であると述べているところです(
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20060907/109414/
上掲)。
 ですから、経済状況の現状認識を異にすることと二人の見方とは直接関係はなさそうです。
 他方、軍事バランスの現状認識が二人の見方に大きな影響を及ぼしていることは明白です。
 軍事バランスに関しては、武貞よりアーキンの現状認識の方を信用せざるを得ません。
 なぜなら、アーキンは、かつて米陸軍で軍事情勢分析に携わり、民間に転出後も軍事情勢分析のコラムを書いてきたこの道の専門家であり、彼の上記コラムからも分かるように米陸軍等とネットワークを持ち、かつ、インターネット上等の米国防省の公開情報を活用するプロでもある(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/nation/columns/dotmil/
。10月6日アクセス)のに対し、武貞は軍事情勢分析の専門家ではないからです。確かに武貞は防衛研究所の所員ではありますが、防衛研究所に防衛庁の非公開情報が開示されるわけではありませんし、しかも、通信電波情報の傍受と民間並偵察衛星による撮影しかやっていないところの、防衛庁の持つ北朝鮮に関する非公開情報は極めて限定的でしかも偏っているため、仮に武貞が防衛庁の情報関係者とネットワークを持っているとしても、得られる情報はたかが知れています。
 ですから、アーキンの言うように、朝鮮半島の軍事バランスは、著しく北朝鮮が米韓に対して不利な状況であるに違いないのです。
 なお、武貞が、北朝鮮が韓国に対して武力攻撃を加えても、韓国軍が真面目に戦うのか、そして米軍が傍観しないのか、疑問を投げかけている
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20060907/109414/
上掲)点についても一言。
 これは武貞が、現在の「西側」の軍隊というものと、米国という国をいかにご存じないのかを物語る暴論です。
 統制権が一本化されていようがいまいが、北朝鮮の武力攻撃があれば、あらかじめ用意された共同作戦計画が(基本的に)自動的に発動され、米韓両軍は好むと好まざるとにかかわらず、この作戦計画に従って行動することになりますし、そもそも米国が軍事コミットメントを放棄するようなことはありえません。そんなことをしたら、日米安保もNATOも崩壊してしまいます。
 武貞のような奇矯な議論が出てくるのも、大方の日本人の軍事リテラシーが欠如しているからでしょう。

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